涅槃

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涅槃図(19世紀)
仏教用語
ニルヴァーナ
英語 liberation, salvation
パーリ語 निब्बान
サンスクリット語 निर्वाण
ベンガル語 নির্বাণ
ビルマ語 နိဗ္ဗာန်
(IPA: [neɪʔbàɴ])
中国語 涅槃
(ピン音nièpán)
日本語 涅槃
(ローマ字: nehan)
クメール語 និព្វាន
韓国語 열반
(RR: yeolban)
モン語 နဳဗာန်
([nìppàn])
モンゴル語 Нирваан дүр
シャン語 ၼိၵ်ႈပၢၼ်ႇ
([nik3paan2])
シンハラ語 නිර්වාණ
(Nivana)
チベット語 མྱ་ངན་ལས་འདས་པ།
(mya ngan las 'das pa)
タイ語 นิพพาน
ベトナム語 Niết bàn

涅槃(ねはん、サンスクリット語: निर्वाणnirvāṇa(ニルヴァーナ)、パーリ語: निब्बानnibbāna(ニッバーナ))とは、仏教において、煩悩を滅尽して悟り智慧菩提)を完成した境地のこと[1][2]。涅槃は、生死を超えた悟りの世界であり、仏教の究極的な実践目的とされる[1][注釈 1]。完全な涅槃を般涅槃(はつねはん)、釈迦入滅大般涅槃という[1][3][注釈 2]。この世に人として現れた肉体を指すこともある[1]仏教以外の教えにも涅槃を説くものがあるが、仏教の涅槃とは異なる[1]

原語・漢訳・同義語[編集]

原語は: nirvāṇa(ニルヴァーナ、: nibbāna)。古くは煩悩の火が吹き消された状態の安らぎ、さとりの境地をいう[3]

「涅槃」はこれらの原語の音写である[1][2][注釈 3]。音写はその他に泥曰(ないわつ)、泥洹(ないおん)、涅槃那、涅隸槃那などがある[1]

: nirvāṇaは、滅、寂滅、滅度、寂、寂静、不生不滅[要出典]などと漢訳される[1]。また、解脱、択滅(ちゃくめつ)、離繋(りけ)などと同義とされる[1]釈迦入滅を、大いなる般涅槃、すなわち大般涅槃(だいはつねはん、: mahāparinirbāṇa)、あるいは大円寂という[3]

解釈[編集]

涅槃の解釈は大乗仏教部派仏教で異なり[1]、大乗と部派の各々の内部にも、後述のように異なる説がある。

部派仏教[編集]

部派仏教では、涅槃とは煩悩を滅し尽くした状態であるとしている[1]。部派仏教でいう涅槃には有余涅槃(有余依涅槃)と無余涅槃(無余依涅槃)の2つがある[1][注釈 4]。有余涅槃は、煩悩は断たれたが肉体が残存する場合を指す[1]。無余涅槃は、全てが滅無に帰した状態を指す[1]。無余涅槃は灰身滅智(けしんめっち)の状態である[1][注釈 5]

説一切有部などでは、涅槃は存在のあり方であるとして実体的に考えられたが、経量部などでは、涅槃は煩悩の滅した状態を仮に名づけたものであって実体のあるものではないとされた[1]

また、説一切有部では涅槃は択滅(ちゃくめつ、: pratisaṃkhyānirodhaプラティサンキヤーニローダ)ともいい、五位七十五法無為法の一つに数えられる[4][5]。択滅は、正しい知恵による煩悩の止滅[6]を意味し、苦集滅道四諦のうち「」のことをさす[7]。なお、「択」とはに対して正しい弁別判断をなす洞察力のこと[8]

説一切有部では、1つ1つの煩悩が断たれて、有情の相続がその煩悩の拘束から離繫する(離れる)ごとに、「択滅」という無為(ダルマ)が1つ1つ、その有情の相続に結びつけられ、涅槃となると考える[5]。こうしてすべての煩悩が断ち尽くされたのを般涅槃(はつねはん)、すなわち完全な涅槃という[5]

大乗仏教[編集]

大乗仏教では、・楽・・浄の四徳を具えない部派仏教の涅槃を有為涅槃とするのに対して、この四徳を具える涅槃を無為涅槃とし、無為涅槃を最上のものとする[1]。大乗仏教では、涅槃を積極的なものと考える[1]

唯識宗では、本来自性清浄涅槃・有余依涅槃・無余依涅槃・無住処涅槃の四種涅槃を分ける[1]地論宗摂論宗では、性浄涅槃・方便浄涅槃の二涅槃を分ける[1]天台宗では、性浄涅槃・円浄涅槃・方便浄涅槃の三涅槃を分ける[1]

釈迦牟尼仏の肉体の死としての涅槃[編集]

涅槃、般涅槃、大般涅槃の語は、この世に人として現れた仏(特に釈迦牟尼仏)の肉体の死を指すこともある[1]。『総合仏教大辞典』は、これは無余依涅槃を意味しているようだとしている[1]

仏典における扱い[編集]

ダンマパダ[編集]

飢えることは、最悪の病である。
サンカーラは、最悪の苦しみである。
このことをあるがまま知る者にとって、涅槃は最高の幸福である。

南伝のパーリ語教典を訳した中村元は、ダンマパダ、第十章暴力、百三十四節の訳注[要追加記述]において、

安らぎ - Nibbāna(= Nirvāṇa 涅槃)声を荒らげないだけで、ニルヴァーナに達しえるのであるから、ここでいうニルヴァーナは後代の教義学者たちの言うようなうるさいものではなくて、心の安らぎ、心の平和によって得られる楽しい境地というほどの意味であろう。

としている[疑問点]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 涅槃が仏教の究極的な実践目的であるところから、法印の一つに涅槃寂静がある[1]
  2. ^ 「般」は: pari音写であり、完全という意味[1]
  3. ^ 各言語では次のように表記される。プラークリット: णिव्वाणṇivvāṇaタイ語: นิพพานNípphaanベトナム語: niết bàn[要出典]
  4. ^ 有余涅槃・無余涅槃は、パーリ語の sa-upādisesa-nibbāna, anupādisesa-nibbāna で、このうち、「余」にあたるウパーディセーサ(upādisesa)は、「生命として燃えるべき薪」「存在としてよりかかるべきもの」を意味する[要出典]
  5. ^ 灰身滅智(けしんめっち)とは、身は焼かれて灰となり、智の滅した状態をいう[要出典]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 総合仏教大辞典 1988, p. 1132-1133.
  2. ^ a b 涅槃(ねはん)とは - コトバンク”. 朝日新聞社. 2017年10月16日閲覧。
  3. ^ a b c 岩波仏教辞典 & p647.
  4. ^ 中村 2002, p. 96.
  5. ^ a b c 櫻部・上山 2006, p. 142.
  6. ^ 櫻部・上山 2006, p. P109.
  7. ^ 櫻部 1981, p. P61.
  8. ^ 櫻部・上山 2006, p. P142.
  9. ^ アルボムッレ・スマナサーラ 『原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話』 佼成出版社、2003年、Kindle版, 4.6。ISBN 978-4333020447 

参考文献[編集]

関連項目[編集]