梵我一如
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梵我一如(ぼんがいちにょ)とは、梵(ブラフマン:宇宙を支配する原理)と我(アートマン:個人を支配する原理)が同一であること、または、これらが同一であることを知ることにより、永遠の至福に到達しようとする思想。古代インドにおけるヴェーダの究極の悟りとされる。不二一元論(advaita, アドヴァイタ)ともいう。
概略[編集]
仏教では、梵(ブラフマン)が人格をともなって梵天として登場するが、本来のインド思想にあっては、自然そのもの、あるいは遍在する原理、または真理を指していた。一方、我(アートマン)とは、身体の中にあって、他人と区別しうる不変の実体(魂のようなもの)として考えられ、「真我」と漢訳される。
ヴェーダにおける究極の解脱とは、この個人の実体としての我が、宇宙に遍在する梵と同一であることを悟ることによって、自由になり、あらゆる苦しみから逃れることができるとする。
参考文献[編集]
- Books Esoterica 『ヒンドゥー教の本』 学習研究社、1995年。ISBN 4-05-600871-X。
- 辛島昇、前田專學、江島惠教、他、監修 『南アジアを知る事典 新訂増補』 平凡社、2002年。ISBN 4-582-12634-0。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- インド哲学入門(リンク切れ)
- お前はそれである(梵我一如の思想)-「インド思想史略説」(リンク切れ)
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