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モンゴル語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
モンゴル語
Монгол хэл
ᠮᠤᠩᠭᠤᠯ
ᠬᠡᠯᠡ

[mɔŋɢɔɬ xeɬ]
発音 IPA: [mɔŋɢɔɬ xeɬ]
話される国 モンゴルの旗 モンゴル
中華人民共和国の旗 中国 内モンゴル自治区
ロシアの旗 ロシア ブリヤート共和国
ロシアの旗 ロシア カルムイク共和国[1](諸説あり)
地域 モンゴル高原
話者数 500–600万人[2]
言語系統
モンゴル諸語
  • 東部モンゴル語
    • モンゴル語
表記体系 モンゴル文字
キリル文字モンゴル語キリル文字英語版
ラテン文字
パスパ文字(13世紀 - 14世紀)
アラビア文字(13世紀 - 15世紀)
漢字(13世紀 - 15世紀)
ウイグル・モンゴル文字
公的地位
公用語 モンゴルの旗 モンゴル
中華人民共和国の旗 中国 内モンゴル自治区
統制機関 モンゴル:
State Language Council (Mongolia),[3]
内モンゴル自治区:
国家言語文学工作委員会[4]
言語コード
ISO 639-1 mn
ISO 639-2 mon
ISO 639-3 monマクロランゲージ
個別コード:
khk — ハルハ方言
mvf — チャハル方言
テンプレートを表示
モンゴル文字で書かれた「モンゴル」

モンゴル語(モンゴルご、Монгол хэл、Mongol hel、ᠮᠤᠩᠭᠤᠯ
ᠬᠡᠯᠡ
、mongGul kele、: Mongolian, Mongol)は、モンゴル諸語に属する言語である。モンゴル国の国家公用語であるほか、中華人民共和国内モンゴル自治区においても主要な公用語の一つとして使用されている。

モンゴル国の憲法英語版第8条はモンゴル語をモンゴル国の国家公用語に規定している。モンゴル国では、行政教育放送のほとんどがモンゴル語でなされるが、バヤン・ウルギー県では学校教育をカザフ語で行うことが認められている。 モンゴル国以外では、中国の内モンゴル自治区新疆ウイグル自治区甘粛省などの一部、およびロシア連邦のブリヤート共和国カルムイク共和国などに話者が分布している。

モンゴル諸語のうち、どこまでを「モンゴル語」と呼ぶのか明確な定義はないが、一般的にはモンゴル国や中国の内モンゴル自治区でも話されているものがモンゴル語とされる[1]

系統

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ブリヤート語オイラト語(カルムイク語)などとともにモンゴル語族に属する。

モンゴル諸語は、テュルク語族ツングース語族などとともに次のような特徴を持つ。

  • 母音調和がある
  • 固有語の語頭にrが立たない
  • いわゆる膠着語で接尾辞型の言語である
  • 語順類型はSOVである
  • 英語の「have」(有する)に相当する動詞が存在しない

これらの共通点から、かつてはこれらの言語が共通の祖語に遡るというアルタイ語族仮説が有力視されたこともあった。しかし、基礎語彙間の厳密な音韻対応規則が立てられないことなどから、現在では、これらの共通点は遺伝的な親縁関係によるものではなく、長期間の地理的近接による相互影響(言語連合)の結果であると考える見方が主流となっている。

方言

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音韻

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モンゴル語を話す女性

ハルハ方言の音韻について述べる。

アクセント

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モンゴル語にはアクセントによる単語の弁別は存在しないが、語の第一音節の母音、長母音・二重母音がはっきりと発音される。高低は、((一音節の単語を除き)低く始まり、)その後高くなり、低く終わる[5]塩谷 & 中嶋 (2011), p. 8では、モンゴル語のアクセントは概して最終音節に来るとしている。

母音

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音素としての短母音は /ɑ, e, i, ɵ, o, ɔ, u/ の7つであり、それぞれに対応する長母音 /ɑː, eː, iː, ɵː, oː, ɔː, uː/ が存在する。短母音は第一音節では /ɑ, e, i, ɵ, o, ɔ, u/ となるが、それ以外の場合には、/ɑ, e, ɵ, o/弱化し、元の音価と関係なく [ə] になる[6]/i/は弱化すると[ɪ]になる[6]。なお、第二音節以降に短母音/o, u/は若干の接尾辞を除き現れない[6]。長母音は概ね [aː, eː, iː, ɵː, oː, ɔː, uː] で実現されると考えて良いが、гааль、хуваарь など、/Cj/の前では й を伴う二重母音と似た発音になる。Svantesson (2003), Svantesson et al. (2005), Janhunen (2012) によると/e//i/に合流したとされるが、植田 (2014) は完全に合流したとは言い難いとしている。

前舌 中舌 後舌
i [iː] u [uː]
半狭 ɵ [ɵː] o [oː]
e [eː] ə
半広 ɔ [ɔː]
ɑ [ɑː]

斎藤 (2004) によると、/ɑ//ɔ//o/は/Cj/の前で前舌化し、[æ][œ̠][ø̠]となる。山越 (2022), pp. 32–33は[æ][œ][y]となるとしている。 二重母音のうち、主要母音が前にあるものには/ɑi, oi, ɔi, ui/の5つがある。なお、эйээ と同じ発音をする長母音に同化した。斎藤 (2004) によると、これらの音声は概ね次のようになっている。

斎藤 (2004) による二重母音の音声
/ɑi/ [ae]
/oi/ [o̟e]
/ɔi/ [ɔ̟e]
/ui/ [u̟i]

主要母音が後ろにあるものには/jɑ, je, jɵ, jo, jɔ, ju/の6つがある。

子音

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両唇 唇歯音 歯茎 歯茎硬口蓋 硬口蓋 軟口蓋 両唇軟口蓋 口蓋垂
破裂音 張り子音 /p/[注釈 1] /t/ /k/[注釈 1]
緩み子音 /b/ /d/ /ɡ/ /ɢ/
摩擦音(無声) /f/[注釈 1] /s/ /ɕ~ʃ/[注釈 2] /x/ (/χ/)
破擦音 張り子音 /ts/ /t͡ɕ~t͡ʃ/[注釈 2]
緩み子音 /dz/ /d͡ʑ~d͡ʒ/[注釈 2]
鼻音(有声) /m/ /n/ /ŋ/
震え音(有声) /r/
接近音(有声) /j/ /w/[注釈 3]
側面摩擦音(無声) /ɬ/
  • 語末において、г単独だと[ɡ~ɣ]になるが、гаやгоのように短母音を伴って表記している場合は[ɢ~ʁ]となる[7]
  • /g/[ʃ], [s], [t] などの直前で [k] となる場合のほか、[x] となる場合もある[8]
  • вは、т, ц, ч, с などの直前は無声化する[8]
  • [ɬ]はモンゴル語の特徴的な発音である。この子音は母音間で有声化し、[ɮ] として発音されることがある。
  • /r/は基本的に語頭には現れない。(アルタイ諸語に見られる特徴)そのため、この音から始まる外来語で、/r/ の前に母音をつけて発音する話者が存在する[9]。また、この子音は/t/などの前で逆行同化し、無声化しうる[8]
  • 小沢 (1986)塩谷 & エルデネ・プレブジャブ (2001) によると /x/ は、男性語では [χ] 、女性語では [x] になるとしている。藤田 (2009) による聞き取り調査では、更に以下の条件異音が報告されている。
藤田 (2009) による /x/ の異音
[χ] [ɑ], [ɔ]の前後
[x] [o], [e]の前後
[ç] [i][注釈 4]の前後
[ɸ] [ɵ], [u]の前後

口蓋化の対立

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表では非口蓋化音のみを記しているが、モンゴル語では口蓋化音と非口蓋化音の対立があり、ロシア語の軟音と硬音の対立と同様にьの有無で区別する。ただし、軟音符の直前の母音が男性母音である場合は、その母音は[i]に近づく[10]。なお、人称関係助詞におけるьは、口蓋化を行わないが、а[æ]と発音される[11]

  • 例:тав[tɑβ]「5」, тавь[tæβʲ]「50」)。

「張り子音」と「弛み子音」の対立

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  • モンゴル語の子音は、破裂音・歯擦音に対し、「張り子音」と「弛み子音」の対立が見られる。この対立が有声性によるものとみなされ、張り子音が無声子音、弛み子音が有声子音と書かれることがあるが、「一般に、張り子音の安定した特徴は無声で緊張があること、弛み子音の安定した特徴は無気または時には完全に弱くなることにある[12]と述べられているとおり、この対立は帯気性も関わることが示唆されている。斎藤 (2004) によると、張り子音と弛み子音の条件異音は以下のとおりである[13]。この対立は、音韻論的にはそれぞれ一つの音素(例えば弛み子音 /b/ と張り子音 /p/)として扱われるが、その音声的な実現は、語頭か語中かといった位置や話者によって多様である。重要なのは、/b/ が常に有声音 [b] で発音されるわけではなく、むしろ無気音の [p] として現れることが多い点であり、同様に /p/ は有気音 [pʰ] として現れることが多い。したがって、この対立は有声・無声の対立というよりは、無気・有気の対立として捉える方が実態に近い。
張り子音と弛み子音の条件異音 斎藤 (2004)
張り子音 弛み子音
音素 語頭 語中・語尾 音素 語頭 語中・語尾
/p/ [pʰ] [pʰ] /b/ [p] [w]
/t/ [tʰ] [t] /d/ [t] [d̥]
/k/ [kʰ] [kʰ] /g/ [k] [g̥]
/ts/ [tsʰ] [tsʰ] /dz/ [ts] [d̥z̥]
/tʃ/ [tʃʰ] [tʃ] /dʒ/ [dʒ] [d̥ʒ̥]

また、植田 (2020) による分析結果は以下のとおりである。

植田 (2020) による分析結果
張り子音 弛み子音
/p/ [ʰp], [ɸ] /b/ [p], [b], [β]
/t/ 安定して[ʰt] /d/ 安定して[t]
/k/ 安定して[ʰk], [k] /g/ 主として[ɣ], [ɰ]
  • /g/に関しては、藤田 (2009) による聞き取り調査では、以下の条件異音が報告されている。
藤田 (2009) による/g/の異音
硬口蓋 軟口蓋 口蓋垂
破裂音 k g q ɢ
語末または[ʃ],[t]いずれかの前 語頭かつ[ɑ],[ɔ]以外の母音の前 語末の男性短母音字の前 語頭かつ[ɑ],[ɔ]の前
摩擦音 ç ɣ ʁ
[s],[t],[tʃ]いずれかの前 語中かつ[ɑ],[ɔ]以外の母音の前 語中かつ[ɑ],[ɔ]の前

母音調和と配列規則

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モンゴル語では、単語内および後付けする語尾における母音の組み合わせに関して次のような制限がある。

母音調和の規則

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モンゴル語の母音は、次のように男性母音女性母音中性母音のどれかに分けられ、1つの単語内に男性母音と女性母音とが共存できないという法則がある。これを母音調和という。中性母音は男性母音・女性母音どちらとも共存できる。

男性母音 女性母音 中性母音
А系列 а, аа, ай, я, яа Э系列 э, ээ, эй, е, еэ И系列 и, ий
О系列 о, оо, ой, ё, ёо Ө系列 ө, өө, эй[注釈 5], е, еө
У系列 у, уу, уй, юу Ү系列 ү, үү, үй, юү

男性母音を含む単語を男性語といい、女性母音を含む単語および中性母音のみを含む単語を女性語という。たとえばохин「娘」、сайхан「楽しい・すばらしい」、дулаан「暖かい」、бодно「思う」は男性語であり、хүү「息子」、эхлэх「始まる」、миний「私の」、гэр「家」(ゲル)、өвөө「祖父」は女性語である。

ы は母音 /iː/ を表す母音字であるが、「~の」を表す変化語尾 –ы(н) など限られた変化語尾にしか使われず、なおかつ男性語にしか使用されない。女性語につく場合は ий が使用される。

ただし、この原則にはいくつかの例外が存在する。

  • 2つ以上の単語から成る複合語や合成語では、それぞれの語が元の母音を保つため、男性母音と女性母音が共存することがある。例:Нарангэрэл (ナランゲレル、人名)
  • -гүй (~ない), -жээ (~したようだ) のように、母音調和に従わない不変化の接尾辞が存在する。例:явахгүй (行かない), харжээ (見たようだ)

母音配列の規則

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一単語に存在する母音の種類は、上記の母音調和の規則のみならず、次に示す母音配列の規則にもしばられる。モンゴル語の単語は、外来語や固有名詞など一部をのぞき、単語の第一音節にくる母音の種類によってそれ以降にくる母音に一定の制限が加わる。この規則を表にすると、以下のようになる。

第一音節の母音 第二音節以降にくることのできる母音
男性母音 А系列、У系列 А系列、У系列(短母音 у を除く)、И系列
О系列 О系列、У系列(短母音 у を除く)、И系列
女性母音 Э系列、Ү系列、И系列 Э系列、Ү系列(短母音 ү を除く)、И系列
Ө系列 Ө系列、Ү系列(短母音 ү を除く)、И系列

付加語尾への母音規則の適用

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上記の母音調和の規則および母音配列の規則は、名詞の格変化や動詞の活用語尾(後述)にも適用される。

たとえば、疑問詞(「何」「いつ」など)なしの疑問文で未来に対する行動を質問する場合、文末は "(動詞語幹)-х + уу / үү ?" で表現され、たとえば次のようになる。

  • 男性語 авна 「買う」⇒ авах уу? 「買うか?」
  • 女性語 үзнэ 「見る」⇒ үзэх үү? 「見るか?」

このように、語尾の接続される単語が男性語か女性語かによって、語尾も母音調和に適合するようにそれぞれ男性母音形(上例ではУ系列)、女性母音形(上例では、У系列に対応する女性のҮ系列)を接続する。単語に含まれる母音の種類によって母音が異なる語尾であることを明示するため、辞書などでは "-х уу2?" のように表記されることが多い。

У/Ү/И系列以外の母音をもつ語尾には、母音配列の規則が適用される。母音の変化を単語の母音の種類と対照させると、下表のようになる。

単語(動詞の場合は語幹)に含まれる母音の種類 語尾の母音
男性語 А系列 and/or У系列 А系列
О系列 (and И系列) О系列
女性語 Э系列 and/or Ү系列 Э系列
И系列のみ
Ө系列 (and И系列) Ө系列 (ただし語尾によってはЭ系列)

平たく言えば、О系列はА/У系列と、Ө系列はЭ/Ү系列とともには現れないということになる。

たとえば、手段や方法をあらわす「~で」などの意味をあらわす -(г)аар は、単語によって次のように変化する。

  • А系列:халуунаар 熱で、дугуйгаар 自転車で
  • О系列:мориор 馬で(<морь
  • Э系列:сэрээгээр フォークで、сүүгээр 乳で
  • Ө系列:мөнгөөр お金で(<мөнгө

このように母音が4種類とりうる語尾であることから、-аар4 と表示することが多い。

なかには、Ө系列からなる単語に対して、語尾にӨ系列をとらずにЭ系列の母音を採る語尾がある。一例として、-тай3「~とともに」は、өй という二重母音が存在しないことから、代わりに -тэй をとる:өвгөнтэй「祖父とともに」。

外来語や固有名詞・合成語などでО系列とА/У系列、男性母音と女性母音などが共存する単語の場合、最終音節の母音の系列にしたがって語尾の母音が変化する。たとえば、場所や時間の起点などを示す -аас4「~から」に対し、Японоос「日本から」(<Япон)Осакагаас「大阪から」(<Осака)

なお、以上で述べた母音調和や母音配列の規則に従わず、母音が変化しない例外的な語尾が一部存在する。たとえば、名詞や形容詞につけて「~のない」「~ではない」の意を表す -гүй は、母音調和の規則に従わず、不変化である:болохгүй「だめだ」(<болох 「よろしい」)

表記

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モンゴル語の表記は歴史的に、古ウイグル文字をもとに作られた縦書きのモンゴル文字(モンゴルビチゲ)により表記される蒙古文語が専ら使用されてきた。歴史的には、この他にパスパ文字(元朝の公用文字)、ソヨンボ文字チベット文字漢字(『元朝秘史』など)なども表記に用いられた。

モンゴル文字表記

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伝統的なモンゴル文字は、13世紀初頭に古ウイグル文字をもとに作られた音素文字であり、縦書きで、行は左から右へと進められる。チンギス・カンによる採用以来、モンゴル語の主要な表記法として長きにわたり使用されてきた。

この文字体系は、歴史的な蒙古文語の表記を基本としており、現代の口語(ハルハ方言など)の音韻体系と必ずしも一対一で対応するわけではない。例えば、一部の音素(o と u、 ö と ü、t と d)を文字の上で区別しない場合がある。

中国内のモンゴル系民族はモンゴル文字トド文字オイラト語の表記に使用)による表記体系を現在まで維持している。なお、中華人民共和国内モンゴル自治区では、文字こそ伝統的なものではあるものの、かつての文語ではなく、言文一致を指向してきた。しかし、近年は教育現場などで中国語の使用が優勢となる状況も報告されている[15]

キリル文字表記

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ソビエト連邦の全面的な支援によって独立を果たしたモンゴル人民共和国では、1930年代ラテン文字による表記体系が試みられた時期を経て、1941年にロシア語キリルアルファベットに2つの母音字を加えた表記体系が採用され、言文一致の表記が可能となった。

結局、モスクワからの指示で1941年にロシア語キリルアルファベットに2つの母音字を加えた表記体系を採用し、言文一致の表記が可能となった。1957年にはキリル文字で書かれた教科書も出版されている。

このキリル文字表記法は、言語学者のツェンディーン・ダムディンスレン(Ц. Дамдинсүрэн)が中心となって起草したもので、1942年に草案が完成し、1946年から全国的に施行された。この正書法は、いくつかの微修正を経て、1983年にダムディンスレンとB.オソル(Б. Осор)による『モンゴル語正書法辞典(Монгол үсгийн дүрмийн толь)』として集大成された。その後も言語の現状に合わせて見直しが続けられ、2018年には大統領直属の国家言語政策評議会が中心となり、1983年版を基礎としつつ一部の規則を現代に合わせて更新・明確化した『モンゴル語正書法規範辞典(Монгол хэлний зөв бичих дүрмийн журамласан толь)』が刊行され、現在の公式な規範となっている。

現在用いられているモンゴル語の文字と音価の対応はおおよそ以下の通りである[16]

大文字 А Б В Г Д Е Ё Ж З И Й К Л М Н О Ө П
小文字 а б в г д е ё ж з и й к л м н о ө п
転写 a b v g d je jo ž (dž) z (dz) i i k l m n o ö p
音価 [ɑ] /b/ /β, w/ /g~ɣ~ɢ~ʁ/ /d/ /je~jɵ/ /jɔ/ /dʒ/ /dz/ /i/ /j/ /k/ /ɬ~ɮ/ /m/ /n/ /ɔ/ /ɵ/ /p/
大文字 Р С Т У Ү Ф Х Ц Ч Ш Щ Ъ Ы Ь Э Ю Я
小文字 р с т у ү ф х ц ч ш щ ъ ы ь э ю я
転写 r s t u ü f x (kh) c č (tš) š šč y ' e ju ja
音価 /r/ /s/ /t/ /o~ʊ/ /u/ /ɸ~f/ /x~χ/ /ts/ /tʃ/ /ʃ/ /ʃtʃ/ /iː/ /e/ /jo~ju/ /ja/

モンゴル語に用いるキリル文字はロシア語に用いるキリル文字に өү の2つの母音字を追加したものである。母音字12、子音字20、記号2、半母音字1の35文字からなる。このうち、к, п, ф, щは外来語にのみ用いられ、固有のモンゴル語に用いられることはない。また、о, у の発音はロシア語ではそれぞれ[o, u]だが、モンゴル語ではそれぞれ口を大きく開けて[ɔ, o]と異なって発音されることに注意。また、еおよびюは2種類の発音がある。

男性母音 女性母音 中性母音
短母音 表記 а о у ү ө э и
音価 [ɑ] [ɔ] [o] [u] [ɵ] [e] [i]
長母音 表記 аа оо уу үү өө ээ, эй ий
音価 [ɑː] [ɔː] [oː] [uː] [ɵː] [eː] [iː]
二重母音 表記 я ё ю е
音価 [jɑ] [jɔ] [jo] [ju] [jɵ] [je]
表記 яа ёо юу юү еө еэ
音価 [jɑː] [jɔː] [joː] [juː] [jɵː] [jeː]
表記 ай ой уй үй
音価 [ai] [ɔi] [oi] [ui]

モンゴル語の正書法では、第一音節の7つの母音は上記7文字の1つ1つを対応させる一方、第二音節以降に唯一現れうる1つの短母音については、実際の発音とは一切関係なく、機械的にいずれかの文字を選ぶことになっている。

長母音を表記するための専用の文字はなく、対応する短母音(第一音節に現れるもの)を表記する母音字を2つ重ねることでこれを表記する[17]。従って、ハーン (/xɑːŋ/) は、хаан となる。ただし、и の長母音のみは例外で、記号である「ハガス・イー」й を使い ий と書く場合と ы の字を使う場合との2通り存在する。ただし、ыは付属的な要素が男性語に後続する場合のみで用いられ、発音はどちらもほぼ同じである[18]。なお、й は、и 以外の母音字と共に2文字で1つの重母音を表記する綴りともなる。

ただし、一音節のみからなる一部の単語би, чи, та, вэ, бэについては、長母音であるが母音字を重ねない[19][20]。また、ロシア語借用語の一部ではアクセントを持つ母音を長母音として発音する[6]。一方で、一音節のみからなる単語でない場合は、一つの母音字で終わる場合、その母音字は読まれない[21]。ロシア語からの借用語の語末のиは発音されない[22]。ただし、二重子音に後続するиは、口蓋化を表す[23][24]

ロシア語の借用語の場合は、元の綴りがу[u]を表すものとして用いられていれば、モンゴル語でもүではなくуのままで[u]を表すことがある[25]

ロシア語における軟音記号 ь や硬音記号 ъ は、モンゴル語においても同様な用途でもって使用される。

軟音符 ь は単独では使用されず、一部の子音の直後に付き、その子音に半母音 /j/ の音が弱く混じったような音に変化することを表す(例:морь /mɔrʲ/ 馬)。この際、ь 自体単独で音価を持つことはなく(ゆえに単独では使われず)、子音に付くことで元の子音とは別なもう1つの子音であることを意味している(さきの例で言えば р /r/ に対し рь /rʲ/ という別な1つの子音であることを表している)。これを子音の軟音化といい、この軟音ともとの子音との対立が語彙の違いに影響する。なお、人称関係助詞におけるьは、口蓋化を行わないが、а[æ]と発音される[11]

また、軟音符 ь で終わる単語に母音で始まる接尾辞や、一部の子音で始まる接尾辞が付く場合、ьи に変化する。

  • суурь (基礎) + -ийнсуурийн (基礎の)
  • тавь (置け) + -аадтавиад (置いてから)
  • зорь (目指せ) + зорих (目指す)

硬音符 ъ は、子音と母音の間に挟んで、それぞれが分けて発音されることを本来表す文字である。この文字は勧誘形を形成する場合以外で見ることはない[18]。勧誘形で用いられる「軟音符/硬音符+半母音」の形において、実際の発音は[əj~ii]である[26]。 例:суръя [sorəj] (学ぼう)

語末のя, е, ё は半母音 /j/ のみを発音する[26][27]

  • 例:сая [sɑj](百万)

иа, ио, иуは口蓋化音に続く長母音を続ける[28][29]уаは前の子音を唇を丸めて発音し、その後に長い母音を続ける[30]

еүは、[juː]と、ёуは、[joː]と、еийは、[jiː]と、それぞれ発音される[29][31]

語末におけるнは、[ŋ]と発音される。そのため、語末において[n]を表すために、短母音が附される[32]

語末におけるгは、[g~ɣ]と発音される。そのため、語末において[ɢ~ʁ]を表すために、短母音が附される[7]

固有語において бв は相補分布をなす。語頭では б を書き、語中では л, м, в, н の後では б を書き、それ以外では в を書く。語尾では в を書く。

モンゴル語の正書法に関して、日本語資料としては『モンゴル語の音声と正書法』(ナドミド ジャンチブドルジ ラグチャー、栗林均訳)がある。

正書法の基本原則

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モンゴル語のキリル文字表記は、発音と表記が常に一致するわけではない。特に、第一音節以外の短い母音は弱化して曖昧な「ə」のような音になるか、ほとんど発音されなくなる。これを曖昧母音балархай эгшиг)と呼ぶ。この発音されない、あるいは曖昧にしか発音されない母音を、どの位置にどの母音字で書くかについては、厳密な規則が存在する。

曖昧母音の表記規則

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曖昧母音を表記するかどうかの規則は、子音の性質に基づいている。子音は以下の2種類に大別される。

  • 7つの母音要求子音эгшигт гийгүүлэгч): м, н, г, л, б, в, р。これらの子音は聞こえ度が高いため、単語内で前か後ろのどちらかに必ず母音字を伴わなければならない。(記憶法として「Монгол баавар」が用いられる)
    なお、 н,г は識別母音としての母音がつくことがある。
  • 9つの半子音заримдаг гийгүүлэгч): д, т, ж, з, с, ш, ц, ч, х。これらの子音は、母音字を伴わずに表記されうる。

なお п, к, ф, щ は外国語表記のみで使われ、7子音にも9子音にも相当しない。

基本的な規則は以下の通りである。

7つの母音要求子音が単独で現れる場合、必ず前後に母音字が必要となる。
  • уулар (山で), хөдөлмөр (労働)
9つの半子音が2つ連続する場合、2つ目の半子音の前後に母音字が必要となる。
  • хотод (街に), бусад (他人)
例外として、с, х の後に т, ч が続く場合は、間に母音を入れずに表記できる。
  • түүхт (歴史的な), усч (水泳選手)

母音の脱落規則

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単語に長母音で始まる接尾辞が付く際に、語幹最終音節の短母音が脱落する[33]

  • аймаг (県) + -аасаймгаас (県から)

ただし、これに対しては例外もある[34]

  • эхнэр (妻) + -ийнэхнэрийн (妻の)

また、固有名詞では常に母音は脱落しないことになっている[34]

  • Улаанбаатар (ウランバートル) + -аасУлаанбаатараас (ウランバートルから)

長母音、二重母音終わりの語幹に長母音、二重母音が接続するときはгが挿入される[34]

  • хороо (囲い) + -оосхороогоос (囲いから)

モンゴル国におけるモンゴル文字の再評価

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モンゴル人民共和国がソビエト連邦の崩壊に伴い新生モンゴル国となって以降、民族意識の高揚と共に、伝統的なモンゴル文字を復活させようという動きが起こった。1991年には1994年からのモンゴル文字公用化が決定された。

しかし、長期間キリル文字が使用されてきたことや、言文一致のキリル文字表記に比べ伝統的なモンゴル文字(文語)の習得が困難であることなどから、モンゴル文字への全面的な切り替えは実行されなかった。

現在、モンゴルの一般教育ではモンゴル文字の教育が行われているが、社会生活においてはキリル文字が主流である。なお、モンゴル政府は、パソコン上での使用のためのラテン文字への置換え基準を制定したが、電子メールなどでは個人によって様々な表記が使用されている実態がある。(A-4, A-5の修正を反映)

その後もモンゴル文字への回帰を目指す動きは続いており、モンゴル政府は2020年に、2025年までに公文書におけるキリル文字とモンゴル文字の併記を段階的に進め、最終的にはモンゴル文字を主要な公用文字とする方針を発表した。

文法

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語彙

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モンゴル語の語彙の中核は、モンゴル高原の伝統的な遊牧生活や自然環境を反映した固有語彙によって形成されている。 特に家畜(モンゴル「五畜」:馬、牛、駱駝、羊、山羊)に関する語彙が非常に豊富である。例えば、馬だけでも性別、年齢、毛色などによって無数に呼び分けが存在する(例:адуу (馬の総称)、азарга (種牡馬)、гүү (牝馬)、унага (仔馬)、даага (2歳の馬)など)。

固有語彙の基盤の上に、以下に述べるような歴史的経緯による借用語が加わっている。

サンスクリット語・チベット語
16世紀以降のチベット仏教の普及に伴い、宗教、哲学、医学、天文学などの学術用語が大量に流入した。
例: шашин (宗教) < チベット語、тив (大陸) < チベット語、рашаан (聖水) < サンスクリット語
中国語
古くから交易等を通じて日常的な語彙の借用があったほか、近代以降にも新しい概念を表す語が入ってきている。
例: цай (茶)、бууз (肉まん)、ган (鋼)
ロシア語
20世紀のソビエト連邦との強い結びつきの中で、政治、経済、科学技術、教育などの近代的概念を表す語彙が大量に借用された。モンゴル国で話されるモンゴル語に特に多い。
例: машин (車、機械)、инженер (エンジニア)、сонин (新聞)
英語
近年のグローバル化に伴い、情報技術やビジネス、ポップカルチャーなどの分野で英語からの借用語が増加している。
例: компьютер (コンピューター)、интернет (インターネット)、менежер (マネージャー)

外国語の概念を取り入れる際、単語をそのまま借用するだけでなく、モンゴル語の既存の語根を組み合わせて新しい単語を作り出すこと(翻訳借用)も活発に行われる。

例: хөргөгч (冷蔵庫) < хөргөх (冷やす) + 接尾辞 -гч
例: мэдээлэл зүй (情報学) < мэдээлэл (情報) + зүй (学)

脚注

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注釈

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  1. ^ a b c 借用語のみに存在
  2. ^ a b c 塩谷 & 中嶋 (2011)は前者を、山越 (2022)は後者で記述している。
  3. ^ 本来語においては/b/と相補分布をなすため、同一音素とみなす考えもある。借用語を考えるとАраб аравのようなミニマル・ペアが存在する。
  4. ^ 同化によりiに近づいたeを含む
  5. ^ 二重母音が含まれる接尾辞の場合、өйは存在しないので例外的にэйが用いられる[14]

出典

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  1. ^ a b モンゴル語”. 東京外国語大学言語モジュール. 東京外国語大学. 2008年9月23日閲覧。
  2. ^ 山越 2022, p. 3.
  3. ^ Törijn alban josny helnij tuhaj huul'”. MongolianLaws.com (2003年5月15日). 2009年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年3月27日閲覧。 The decisions of the council have to be ratified by the government.
  4. ^ "Mongγul kele bičig-ün aǰil-un ǰöblel". Sečenbaγatur et al. (2005), p. 204 も参照せよ
  5. ^ 山越 2022, pp. 34–35.
  6. ^ a b c d 塩谷 & 中嶋 2011, p. 6.
  7. ^ a b 山越 2022, p. 31.
  8. ^ a b c 斎藤 et al., 3.1 後ろの音による子音の発音の変化.
  9. ^ 斎藤 et al., 2.5 語頭のр.
  10. ^ 山越 2022, pp. 32–33.
  11. ^ a b 山越 2022, p. 33.
  12. ^ Мөөмөө 1979, p. 97.
  13. ^ 植田 2020.
  14. ^ 山越 2022, pp. 24–25.
  15. ^ 二木博史. “中国のモンゴル語教育の危機”. 日本モンゴル学会コラム. 2021年12月28日閲覧。
  16. ^ 山越 2022, p. 9.
  17. ^ 山越 2022, p. 13.
  18. ^ a b 山越 2022, p. 17.
  19. ^ 山越 2022, p. 32.
  20. ^ 斎藤 et al., 1.17 「子音字1つ+母音字1つ」だけからなる単語の母音.
  21. ^ 斎藤 et al., 2.4 短い母音は語末、音節末に現れません.
  22. ^ 斎藤 et al., 2.6 ロシア語からの借用語の語末のи.
  23. ^ 斎藤 et al., 2.3 「子音2つ+母音и」で終わる語.
  24. ^ 塩谷 & 中嶋 2011, pp. 2–3.
  25. ^ 塩谷 & 中嶋 2011, p. 4.
  26. ^ a b 山越 2022, p. 30.
  27. ^ 斎藤 et al., 1.14 語末・音節末のе ё я.
  28. ^ 塩谷 & 中嶋 2011, p. 3.
  29. ^ a b 塩谷 & 中嶋 2011, p. 2.
  30. ^ 斎藤 et al., 2.1 иа ио иу уа.
  31. ^ 斎藤 et al., 1.15 еү ёу еий.
  32. ^ 山越 2022, pp. 30–31.
  33. ^ 山越 2022, p. 28.
  34. ^ a b c 山越 2022, p. 29.

参考文献

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外部リンク

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