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モンゴル語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
モンゴル語
Монгол хэл
ᠮᠤᠩᠭᠤᠯ
ᠬᠡᠯᠡ

[mɔŋɢɔɬ xeɬ]
発音 IPA: [mɔŋɢɔɬ xeɬ]
話される国 モンゴルの旗 モンゴル
中華人民共和国の旗 中国 内モンゴル自治区
ロシアの旗 ロシア ブリヤート共和国
ロシアの旗 ロシア カルムイク共和国[1](諸説あり)
地域 モンゴル高原
話者数 500–600万人[2]
言語系統
モンゴル諸語
  • 東部モンゴル語
    • モンゴル語
表記体系 モンゴル文字
キリル文字モンゴル語キリル文字英語版
ラテン文字
パスパ文字(13世紀 - 14世紀)
アラビア文字(13世紀 - 15世紀)
漢字(13世紀 - 15世紀)
ウイグル・モンゴル文字
公的地位
公用語 モンゴルの旗 モンゴル
中華人民共和国の旗 中国 内モンゴル自治区
統制機関 モンゴル:
State Language Council (Mongolia),[3]
内モンゴル自治区:
国家言語文学工作委員会[4]
言語コード
ISO 639-1 mn
ISO 639-2 mon
ISO 639-3 monマクロランゲージ
個別コード:
khk — ハルハ方言
mvf — チャハル方言
テンプレートを表示
モンゴル文字で書かれた「モンゴル」

モンゴル語(モンゴルご、Монгол хэл、Mongol hel、ᠮᠤᠩᠭᠤᠯ
ᠬᠡᠯᠡ
、mongGul kele、: Mongolian, Mongol)は、モンゴル諸語に属する言語である。モンゴル国の国家公用語であるほか、中華人民共和国内モンゴル自治区においても主要な公用語の一つとして使用されている。

モンゴル国の憲法英語版第8条はモンゴル語をモンゴル国の国家公用語に規定している。モンゴル国では、行政教育放送のほとんどがモンゴル語でなされるが、バヤン・ウルギー県では学校教育をカザフ語で行うことが認められている。 モンゴル国以外では、中国の内モンゴル自治区新疆ウイグル自治区甘粛省などの一部、およびロシア連邦のブリヤート共和国カルムイク共和国などに話者が分布している。

モンゴル諸語のうち、どこまでを「モンゴル語」と呼ぶのか明確な定義はないが、一般的にはモンゴル国や中国の内モンゴル自治区でも話されているものがモンゴル語とされる[1]

系統

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ブリヤート語オイラト語(カルムイク語)などとともにモンゴル語族に属する。

モンゴル諸語は、テュルク語族ツングース語族などとともに次のような特徴を持つ。

  • 母音調和がある
  • 固有語の語頭にrが立たない
  • いわゆる膠着語で接尾辞型の言語である
  • 語順類型はSOVである
  • 英語の「have」(有する)に相当する動詞が存在しない

これらの共通点から、かつてはこれらの言語が共通の祖語に遡るというアルタイ語族仮説が有力視されたこともあった。しかし、基礎語彙間の厳密な音韻対応規則が立てられないことなどから、現在では、これらの共通点は遺伝的な親縁関係によるものではなく、長期間の地理的近接による相互影響(言語連合)の結果であると考える見方が主流となっている。

方言

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音韻

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モンゴル語を話す女性

ハルハ方言の音韻について述べる。

アクセント

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モンゴル語にはアクセントによる単語の弁別は存在しないが、語の第一音節の母音、長母音・二重母音がはっきりと発音される。高低は、((一音節の単語を除き)低く始まり、)その後高くなり、低く終わる[5]塩谷 & 中嶋 (2011), p. 8では、モンゴル語のアクセントは概して最終音節に来るとしている。

母音

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音素としての短母音は /ɑ, e, i, ɵ, o, ɔ, u/ の7つであり、それぞれに対応する長母音 /ɑː, eː, iː, ɵː, oː, ɔː, uː/ が存在する。短母音は第一音節では /ɑ, e, i, ɵ, o, ɔ, u/ となるが、それ以外の場合には、/ɑ, e, ɵ, o/弱化し、元の音価と関係なく [ə] になる[6]/i/は弱化すると[ɪ]になる[6]。なお、第二音節以降に短母音/o, u/は若干の接尾辞を除き現れない[6]。長母音は概ね [aː, eː, iː, ɵː, oː, ɔː, uː] で実現されると考えて良いが、гааль、хуваарь など、/Cj/の前では й を伴う二重母音と似た発音になる。Svantesson (2003), Svantesson et al. (2005), Janhunen (2012) によると/e//i/に合流したとされるが、植田 (2014) は完全に合流したとは言い難いとしている。

前舌 中舌 後舌
i [iː] u [uː]
半狭 ɵ [ɵː] o [oː]
e [eː] ə
半広 ɔ [ɔː]
ɑ [ɑː]

斎藤 (2004) によると、/ɑ//ɔ//o/は/Cj/の前で前舌化し、[æ][œ̠][ø̠]となる。山越 (2022), pp. 32–33は[æ][œ][y]となるとしている。 二重母音のうち、主要母音が前にあるものには/ɑi, oi, ɔi, ui/の5つがある。なお、эйээ と同じ発音をする長母音に同化した。斎藤 (2004) によると、これらの音声は概ね次のようになっている。

斎藤 (2004) による二重母音の音声
/ɑi/ [ae]
/oi/ [o̟e]
/ɔi/ [ɔ̟e]
/ui/ [u̟i]

主要母音が後ろにあるものには/jɑ, je, jɵ, jo, jɔ, ju/の6つがある。

子音

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両唇 唇歯音 歯茎 歯茎硬口蓋 硬口蓋 軟口蓋 両唇軟口蓋 口蓋垂
破裂音 張り子音 /p/[注釈 1] /t/ /k/[注釈 1]
緩み子音 /b/ /d/ /ɡ/ /ɢ/
摩擦音(無声) /f/[注釈 1] /s/ /ɕ~ʃ/[注釈 2] /x/ (/χ/)
破擦音 張り子音 /ts/ /t͡ɕ~t͡ʃ/[注釈 2]
緩み子音 /dz/ /d͡ʑ~d͡ʒ/[注釈 2]
鼻音(有声) /m/ /n/ /ŋ/
震え音(有声) /r/
接近音(有声) /j/ /w/[注釈 3]
側面摩擦音(無声) /ɬ/
  • 語末において、г単独だと[ɡ~ɣ]になるが、гаやгоのように短母音を伴って表記している場合は[ɢ~ʁ]となる[7]
  • /g/[ʃ], [s], [t] などの直前で [k] となる場合のほか、[x] となる場合もある[8]
  • вは、т, ц, ч, с などの直前は無声化する[8]
  • [ɬ]はモンゴル語の特徴的な発音である。この子音は母音間で有声化し、[ɮ] として発音されることがある。
  • /r/は基本的に語頭には現れない。(アルタイ諸語に見られる特徴)そのため、この音から始まる外来語で、/r/ の前に母音をつけて発音する話者が存在する[9]。また、この子音は/t/などの前で逆行同化し、無声化しうる[8]
  • 小沢 (1986)塩谷 & エルデネ・プレブジャブ (2001) によると /x/ は、男性語では [χ] 、女性語では [x] になるとしている。藤田 (2009) による聞き取り調査では、更に以下の条件異音が報告されている。
藤田 (2009) による /x/ の異音
[χ] [ɑ], [ɔ]の前後
[x] [o], [e]の前後
[ç] [i][注釈 4]の前後
[ɸ] [ɵ], [u]の前後

口蓋化の対立

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表では非口蓋化音のみを記しているが、モンゴル語では口蓋化音と非口蓋化音の対立があり、ロシア語の軟音と硬音の対立と同様にьの有無で区別する。ただし、軟音符の直前の母音が男性母音である場合は、その母音は[i]に近づく[10]。なお、人称関係助詞におけるьは、口蓋化を行わないが、а[æ]と発音される[11]

  • 例:тав[tɑβ]「5」, тавь[tæβʲ]「50」)。

「張り子音」と「弛み子音」の対立

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  • モンゴル語の子音は、破裂音・歯擦音に対し、「張り子音」と「弛み子音」の対立が見られる。この対立が有声性によるものとみなされ、張り子音が無声子音、弛み子音が有声子音と書かれることがあるが、「一般に、張り子音の安定した特徴は無声で緊張があること、弛み子音の安定した特徴は無気または時には完全に弱くなることにある[12]と述べられているとおり、この対立は帯気性も関わることが示唆されている。斎藤 (2004) によると、張り子音と弛み子音の条件異音は以下のとおりである[13]。この対立は、音韻論的にはそれぞれ一つの音素(例えば弛み子音 /b/ と張り子音 /p/)として扱われるが、その音声的な実現は、語頭か語中かといった位置や話者によって多様である。重要なのは、/b/ が常に有声音 [b] で発音されるわけではなく、むしろ無気音の [p] として現れることが多い点であり、同様に /p/ は有気音 [pʰ] として現れることが多い。したがって、この対立は有声・無声の対立というよりは、無気・有気の対立として捉える方が実態に近い。
張り子音と弛み子音の条件異音 斎藤 (2004)
張り子音 弛み子音
音素 語頭 語中・語尾 音素 語頭 語中・語尾
/p/ [pʰ] [pʰ] /b/ [p] [w]
/t/ [tʰ] [t] /d/ [t] [d̥]
/k/ [kʰ] [kʰ] /g/ [k] [g̥]
/ts/ [tsʰ] [tsʰ] /dz/ [ts] [d̥z̥]
/tʃ/ [tʃʰ] [tʃ] /dʒ/ [dʒ] [d̥ʒ̥]

また、植田 (2020) による分析結果は以下のとおりである。

植田 (2020) による分析結果
張り子音 弛み子音
/p/ [ʰp], [ɸ] /b/ [p], [b], [β]
/t/ 安定して[ʰt] /d/ 安定して[t]
/k/ 安定して[ʰk], [k] /g/ 主として[ɣ], [ɰ]
  • /g/に関しては、藤田 (2009) による聞き取り調査では、以下の条件異音が報告されている。
藤田 (2009) による/g/の異音
硬口蓋 軟口蓋 口蓋垂
破裂音 k g q ɢ
語末または[ʃ],[t]いずれかの前 語頭かつ[ɑ],[ɔ]以外の母音の前 語末の男性短母音字の前 語頭かつ[ɑ],[ɔ]の前
摩擦音 ç ɣ ʁ
[s],[t],[tʃ]いずれかの前 語中かつ[ɑ],[ɔ]以外の母音の前 語中かつ[ɑ],[ɔ]の前

母音調和と配列規則

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モンゴル語では、単語内および後付けする語尾における母音の組み合わせに関して次のような制限がある。

母音調和の規則

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モンゴル語の母音は、次のように男性母音女性母音中性母音のどれかに分けられ、1つの単語内に男性母音と女性母音とが共存できないという法則がある。これを母音調和という。中性母音は男性母音・女性母音どちらとも共存できる。

男性母音 女性母音 中性母音
А系列 а, аа, ай, я, яа Э系列 э, ээ, эй, е, еэ И系列 и, ий
О系列 о, оо, ой, ё, ёо Ө系列 ө, өө, эй[注釈 5], е, еө
У系列 у, уу, уй, юу Ү系列 ү, үү, үй, юү

男性母音を含む単語を男性語といい、女性母音を含む単語および中性母音のみを含む単語を女性語という。たとえばохин「娘」、сайхан「楽しい・すばらしい」、дулаан「暖かい」、бодно「思う」は男性語であり、хүү「息子」、эхлэх「始まる」、миний「私の」、гэр「家」(ゲル)、өвөө「祖父」は女性語である。

ы は母音 /iː/ を表す母音字であるが、「~の」を表す変化語尾 –ы(н) など限られた変化語尾にしか使われず、なおかつ男性語にしか使用されない。女性語につく場合は ий が使用される。

ただし、この原則にはいくつかの例外が存在する。

  • 2つ以上の単語から成る複合語や合成語では、それぞれの語が元の母音を保つため、男性母音と女性母音が共存することがある。例:Нарангэрэл (ナランゲレル、人名)
  • -гүй (~ない), -жээ (~したようだ) のように、母音調和に従わない不変化の接尾辞が存在する。例:явахгүй (行かない), харжээ (見たようだ)

母音配列の規則

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一単語に存在する母音の種類は、上記の母音調和の規則のみならず、次に示す母音配列の規則にもしばられる。モンゴル語の単語は、外来語や固有名詞など一部をのぞき、単語の第一音節にくる母音の種類によってそれ以降にくる母音に一定の制限が加わる。この規則を表にすると、以下のようになる。

第一音節の母音 第二音節以降にくることのできる母音
男性母音 А系列、У系列 А系列、У系列(短母音 у を除く)、И系列
О系列 О系列、У系列(短母音 у を除く)、И系列
女性母音 Э系列、Ү系列、И系列 Э系列、Ү系列(短母音 ү を除く)、И系列
Ө系列 Ө系列、Ү系列(短母音 ү を除く)、И系列

付加語尾への母音規則の適用

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上記の母音調和の規則および母音配列の規則は、名詞の格変化や動詞の活用語尾(後述)にも適用される。

たとえば、疑問詞(「何」「いつ」など)なしの疑問文で未来に対する行動を質問する場合、文末は "(動詞語幹)-х + уу / үү ?" で表現され、たとえば次のようになる。

  • 男性語 авна 「買う」⇒ авах уу? 「買うか?」
  • 女性語 үзнэ 「見る」⇒ үзэх үү? 「見るか?」

このように、語尾の接続される単語が男性語か女性語かによって、語尾も母音調和に適合するようにそれぞれ男性母音形(上例ではУ系列)、女性母音形(上例では、У系列に対応する女性のҮ系列)を接続する。単語に含まれる母音の種類によって母音が異なる語尾であることを明示するため、辞書などでは "-х уу2?" のように表記されることが多い。

У/Ү/И系列以外の母音をもつ語尾には、母音配列の規則が適用される。母音の変化を単語の母音の種類と対照させると、下表のようになる。

単語(動詞の場合は語幹)に含まれる母音の種類 語尾の母音
男性語 А系列 and/or У系列 А系列
О系列 (and И系列) О系列
女性語 Э系列 and/or Ү系列 Э系列
И系列のみ
Ө系列 (and И系列) Ө系列 (ただし語尾によってはЭ系列)

平たく言えば、О系列はА/У系列と、Ө系列はЭ/Ү系列とともには現れないということになる。

たとえば、手段や方法をあらわす「~で」などの意味をあらわす -(г)аар は、単語によって次のように変化する。

  • А系列:халуунаар 熱で、дугуйгаар 自転車で
  • О系列:мориор 馬で(<морь
  • Э系列:сэрээгээр フォークで、сүүгээр 乳で
  • Ө系列:мөнгөөр お金で(<мөнгө

このように母音が4種類とりうる語尾であることから、-аар4 と表示することが多い。

なかには、Ө系列からなる単語に対して、語尾にӨ系列をとらずにЭ系列の母音を採る語尾がある。一例として、-тай3「~とともに」は、өй という二重母音が存在しないことから、代わりに -тэй をとる:өвгөнтэй「祖父とともに」。

外来語や固有名詞・合成語などでО系列とА/У系列、男性母音と女性母音などが共存する単語の場合、最終音節の母音の系列にしたがって語尾の母音が変化する。たとえば、場所や時間の起点などを示す -аас4「~から」に対し、Японоос「日本から」(<Япон)Осакагаас「大阪から」(<Осака)

なお、以上で述べた母音調和や母音配列の規則に従わず、母音が変化しない例外的な語尾が一部存在する。たとえば、名詞や形容詞につけて「~のない」「~ではない」の意を表す -гүй は、母音調和の規則に従わず、不変化である:болохгүй「だめだ」(<болох 「よろしい」)

表記

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モンゴル語の表記は歴史的に、古ウイグル文字をもとに作られた縦書きのモンゴル文字(モンゴルビチゲ)により表記される蒙古文語が専ら使用されてきた。歴史的には、この他にパスパ文字(元朝の公用文字)、ソヨンボ文字チベット文字漢字(『元朝秘史』など)なども表記に用いられた。

モンゴル文字表記

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伝統的なモンゴル文字は、13世紀初頭に古ウイグル文字をもとに作られた音素文字であり、縦書きで、行は左から右へと進められる。チンギス・カンによる採用以来、モンゴル語の主要な表記法として長きにわたり使用されてきた。

この文字体系は、歴史的な蒙古文語の表記を基本としており、現代の口語(ハルハ方言など)の音韻体系と必ずしも一対一で対応するわけではない。例えば、一部の音素(o と u、 ö と ü、t と d)を文字の上で区別しない場合がある。

中国内のモンゴル系民族はモンゴル文字トド文字オイラト語の表記に使用)による表記体系を現在まで維持している。なお、中華人民共和国内モンゴル自治区では、文字こそ伝統的なものではあるものの、かつての文語ではなく、言文一致を指向してきた。しかし、近年は教育現場などで中国語の使用が優勢となる状況も報告されている[15]

キリル文字表記

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ソビエト連邦の全面的な支援によって独立を果たしたモンゴル人民共和国では、1930年代ラテン文字による表記体系が試みられた時期を経て、1941年にロシア語キリルアルファベットに2つの母音字を加えた表記体系が採用され、言文一致の表記が可能となった。

結局、モスクワからの指示で1941年にロシア語キリルアルファベットに2つの母音字を加えた表記体系を採用し、言文一致の表記が可能となった。1957年にはキリル文字で書かれた教科書も出版されている。

このキリル文字表記法は、言語学者のツェンディーン・ダムディンスレン(Ц. Дамдинсүрэн)が中心となって起草したもので、1942年に草案が完成し、1946年から全国的に施行された。この正書法は、いくつかの微修正を経て、1983年にダムディンスレンとB.オソル(Б. Осор)による『モンゴル語正書法辞典(Монгол үсгийн дүрмийн толь)』として集大成された。その後も言語の現状に合わせて見直しが続けられ、2018年には大統領直属の国家言語政策評議会が中心となり、1983年版を基礎としつつ一部の規則を現代に合わせて更新・明確化した『モンゴル語正書法規範辞典(Монгол хэлний зөв бичих дүрмийн журамласан толь)』が刊行され、現在の公式な規範となっている。

現在用いられているモンゴル語の文字と音価の対応はおおよそ以下の通りである[16]

大文字 А Б В Г Д Е Ё Ж З И Й К Л М Н О Ө П
小文字 а б в г д е ё ж з и й к л м н о ө п
転写 a b v g d je jo ž (dž) z (dz) i i k l m n o ö p
音価 [ɑ] /b/ /β, w/ /g~ɣ~ɢ~ʁ/ /d/ /je~jɵ/ /jɔ/ /dʒ/ /dz/ /i/ /j/ /k/ /ɬ~ɮ/ /m/ /n/ /ɔ/ /ɵ/ /p/
大文字 Р С Т У Ү Ф Х Ц Ч Ш Щ Ъ Ы Ь Э Ю Я
小文字 р с т у ү ф х ц ч ш щ ъ ы ь э ю я
転写 r s t u ü f x (kh) c č (tš) š šč y ' e ju ja
音価 /r/ /s/ /t/ /o~ʊ/ /u/ /ɸ~f/ /x~χ/ /ts/ /tʃ/ /ʃ/ /ʃtʃ/ /iː/ /e/ /jo~ju/ /ja/

モンゴル語に用いるキリル文字はロシア語に用いるキリル文字に өү の2つの母音字を追加したものである。母音字12、子音字20、記号2、半母音字1の35文字からなる。このうち、к, п, ф, щは外来語にのみ用いられ、固有のモンゴル語に用いられることはない。また、о, у の発音はロシア語ではそれぞれ[o, u]だが、モンゴル語ではそれぞれ口を大きく開けて[ɔ, o]と異なって発音されることに注意。また、еおよびюは2種類の発音がある。

男性母音 女性母音 中性母音
短母音 表記 а о у ү ө э и
音価 [ɑ] [ɔ] [o] [u] [ɵ] [e] [i]
長母音 表記 аа оо уу үү өө ээ, эй ий
音価 [ɑː] [ɔː] [oː] [uː] [ɵː] [eː] [iː]
二重母音 表記 я ё ю е
音価 [jɑ] [jɔ] [jo] [ju] [jɵ] [je]
表記 яа ёо юу юү еө еэ
音価 [jɑː] [jɔː] [joː] [juː] [jɵː] [jeː]
表記 ай ой уй үй
音価 [ai] [ɔi] [oi] [ui]

モンゴル語の正書法では、第一音節の7つの母音は上記7文字の1つ1つを対応させる一方、第二音節以降に唯一現れうる1つの短母音については、実際の発音とは一切関係なく、機械的にいずれかの文字を選ぶことになっている。

長母音を表記するための専用の文字はなく、対応する短母音(第一音節に現れるもの)を表記する母音字を2つ重ねることでこれを表記する[17]。従って、ハーン (/xɑːŋ/) は、хаан となる。ただし、и の長母音のみは例外で、記号である「ハガス・イー」й を使い ий と書く場合と ы の字を使う場合との2通り存在する。ただし、ыは付属的な要素が男性語に後続する場合のみで用いられ、発音はどちらもほぼ同じである[18]。なお、й は、и 以外の母音字と共に2文字で1つの重母音を表記する綴りともなる。

ただし、一音節のみからなる一部の単語би, чи, та, вэ, бэについては、長母音であるが母音字を重ねない[19][20]。また、ロシア語借用語の一部ではアクセントを持つ母音を長母音として発音する[6]。一方で、一音節のみからなる単語でない場合は、一つの母音字で終わる場合、その母音字は読まれない[21]。ロシア語からの借用語の語末のиは発音されない[22]。ただし、二重子音に後続するиは、口蓋化を表す[23][24]

ロシア語の借用語の場合は、元の綴りがу[u]を表すものとして用いられていれば、モンゴル語でもүではなくуのままで[u]を表すことがある[25]

ロシア語における軟音記号 ь や硬音記号 ъ は、モンゴル語においても同様な用途でもって使用される。

軟音符 ь は単独では使用されず、一部の子音の直後に付き、その子音に半母音 /j/ の音が弱く混じったような音に変化することを表す(例:морь /mɔrʲ/ 馬)。この際、ь 自体単独で音価を持つことはなく(ゆえに単独では使われず)、子音に付くことで元の子音とは別なもう1つの子音であることを意味している(さきの例で言えば р /r/ に対し рь /rʲ/ という別な1つの子音であることを表している)。これを子音の軟音化といい、この軟音ともとの子音との対立が語彙の違いに影響する。なお、人称関係助詞におけるьは、口蓋化を行わないが、а[æ]と発音される[11]

また、軟音符 ь で終わる単語に母音で始まる接尾辞や、一部の子音で始まる接尾辞が付く場合、ьи に変化する。

  • суурь (基礎) + -ийнсуурийн (基礎の)
  • тавь (置け) + -аадтавиад (置いてから)
  • зорь (目指せ) + зорих (目指す)

硬音符 ъ は、子音と母音の間に挟んで、それぞれが分けて発音されることを本来表す文字である。この文字は勧誘形を形成する場合以外で見ることはない[18]。勧誘形で用いられる「軟音符/硬音符+半母音」の形において、実際の発音は[əj~ii]である[26]。 例:суръя [sorəj] (学ぼう)

語末のя, е, ё は半母音 /j/ のみを発音する[26][27]

  • 例:сая [sɑj](百万)

иа, ио, иуは口蓋化音に続く長母音を続ける[28][29]уаは前の子音を唇を丸めて発音し、その後に長い母音を続ける[30]

еүは、[juː]と、ёуは、[joː]と、еийは、[jiː]と、それぞれ発音される[29][31]

語末におけるнは、[ŋ]と発音される。そのため、語末において[n]を表すために、短母音が附される[32]

語末におけるгは、[g~ɣ]と発音される。そのため、語末において[ɢ~ʁ]を表すために、短母音が附される[7]

固有語において бв は相補分布をなす。語頭では б を書き、語中では л, м, в, н の後では б を書き、それ以外では в を書く。語尾では в を書く。

モンゴル語の正書法に関して、日本語資料としては『モンゴル語の音声と正書法』(ナドミド ジャンチブドルジ ラグチャー、栗林均訳)がある。

正書法の基本原則

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モンゴル語のキリル文字表記は、発音と表記が常に一致するわけではない。特に、第一音節以外の短い母音は弱化して曖昧な「ə」のような音になるか、ほとんど発音されなくなる。これを曖昧母音балархай эгшиг)と呼ぶ。この発音されない、あるいは曖昧にしか発音されない母音を、どの位置にどの母音字で書くかについては、厳密な規則が存在する。

曖昧母音の表記規則

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曖昧母音を表記するかどうかの規則は、子音の性質に基づいている。子音は以下の2種類に大別される。

  • 7つの母音要求子音эгшигт гийгүүлэгч): м, н, г, л, б, в, р。これらの子音は聞こえ度が高いため、単語内で前か後ろのどちらかに必ず母音字を伴わなければならない。(記憶法として「Монгол баавар」が用いられる)
    なお、 н,г は識別母音としての母音がつくことがある。
  • 9つの半子音заримдаг гийгүүлэгч): д, т, ж, з, с, ш, ц, ч, х。これらの子音は、母音字を伴わずに表記されうる。

なお п, к, ф, щ は外国語表記のみで使われ、7子音にも9子音にも相当しない。

基本的な規則は以下の通りである。

7つの母音要求子音が単独で現れる場合、必ず前後に母音字が必要となる。
  • уулар (山で), хөдөлмөр (労働)
9つの半子音が2つ連続する場合、2つ目の半子音の前後に母音字が必要となる。
  • хотод (街に), бусад (他人)
例外として、с, х の後に т, ч が続く場合は、間に母音を入れずに表記できる。
  • түүхт (歴史的な), усч (水泳選手)

母音の脱落規則

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単語に長母音で始まる接尾辞が付く際に、語幹最終音節の短母音が脱落する[33]

  • аймаг (県) + -аасаймгаас (県から)

ただし、これに対しては例外もある[34]

  • эхнэр (妻) + -ийнэхнэрийн (妻の)

また、固有名詞では常に母音は脱落しないことになっている[34]

  • Улаанбаатар (ウランバートル) + -аасУлаанбаатараас (ウランバートルから)

長母音、二重母音終わりの語幹に長母音、二重母音が接続するときはгが挿入される[34]

  • хороо (囲い) + -оосхороогоос (囲いから)

モンゴル国におけるモンゴル文字の再評価

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モンゴル人民共和国がソビエト連邦の崩壊に伴い新生モンゴル国となって以降、民族意識の高揚と共に、伝統的なモンゴル文字を復活させようという動きが起こった。1991年には1994年からのモンゴル文字公用化が決定された。

しかし、長期間キリル文字が使用されてきたことや、言文一致のキリル文字表記に比べ伝統的なモンゴル文字(文語)の習得が困難であることなどから、モンゴル文字への全面的な切り替えは実行されなかった。

現在、モンゴルの一般教育ではモンゴル文字の教育が行われているが、社会生活においてはキリル文字が主流である。なお、モンゴル政府は、パソコン上での使用のためのラテン文字への置換え基準を制定したが、電子メールなどでは個人によって様々な表記が使用されている実態がある。(A-4, A-5の修正を反映)

その後もモンゴル文字への回帰を目指す動きは続いており、モンゴル政府は2020年に、2025年までに公文書におけるキリル文字とモンゴル文字の併記を段階的に進め、最終的にはモンゴル文字を主要な公用文字とする方針を発表した。

文法

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統語

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モンゴル語は類型論上膠着語に分類される[35]。語順は日本語と同じく「主語―補語―述語(SOV)」の順、修飾語は被修飾語の前に置かれる。基本的な文法は一貫して「修飾語-被修飾語」の語順である。

     Би    Монгол    хэлийг      сурна.   (私はモンゴル語を学ぶ)
  主語   修飾語  被修飾語
補     語
  述語

ただし、モンゴル語の語順は比較的柔軟であり、文脈や強調したい点に応じて語順を変化させることができる。特に、文の主題や焦点を明確にするために、目的語や補語が文頭に置かれることがある。主題が示される場合、主語が省略されることも少なくない[36]

  • Би энэ номыг уншсан. (私はこの本を読んだ - SOV, 通常の語順)
  • Энэ номыг уншсан. (この本を私は読んだ - OSV, 目的語を話題として文頭に提示)

モンゴル語には主題を明示する専用の格標識はないが、助辞болを用いて主題を提示することができる。また、語順の変更によって主題を文頭に置くことも可能である。主題は必ずしも主語と一致せず、目的語や場所など文の他の要素が主題となることもある。

  • Энэ номыг бол би уншсан. (この本については私は読んだ。)

また、関係代名詞がなく代わりに動詞が連体形を取って名詞を修飾するのも日本語と同様である。

    Миний   сурдаг   хэл   (私が学んでいる言語)
    主語   連体形   名詞

日本語の連体形は(現代標準語では)形式名詞なしに助詞を伴うことができないが、モンゴル語の連体形は(形動詞)は、それ自体が名詞のように振る舞う。

  • Би маргааш явахаар шийдсэн. (私は明日行くこと決めた。)

また、モンゴル語には、ある単語の最初の子音を м に置き換えた単語を繰り返すことで、「~など」といった包括的な意味合いや同位成分の暗示を表す畳語表現が存在する[37][38]。繰り返される後半の単語はそれ自体では意味をなさない。

  • Би дэлгүүрээс талх малх авсан. (私は店でパンか何かを買った。)

所有・存在表現

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モンゴル語には、「持つ」という独立した動詞がなく、「所有」と「存在」をそれぞれ異なる構文で表現する。この節は岡田 & 向井 (2016), 所有・欠如の派生接辞と関連表現に基づく。

所有構文

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人や物が何かを恒常的に所有している状態は、所有物に共同格語尾相当の派生接辞 -тай3 (~を持つ、~のある) または欠格語尾 -гүй (~を持たない、~のない) を付けて形容詞化し、コピュラ文として表現する。

  • Тэр цэнхэр нүдтэй. (彼女は青い目をしている。)
  • Би нэг ахтай. (私には兄が一人いる。)
  • Манайх шинэ машинтай. (私たちの家は新しい車がある。)
  • Тэр мөнгөгүй. (彼はお金がない。)

存在構文

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「~に~がある・いる」という存在を表す表現は、その存在が話し手にとって既知か未知か、また恒常的か一時的かによって、4つの述語が使い分けられる。

存在述語の使い分け
区分 ある (Present) ない (Absent)
未知・一時的
(新しい情報、その場限りの存在)
байна алга
既知・恒常的
(一般的な事実、変わらない存在)
бий байхгүй
  • Ширээн дээр ном байна. (机の上に本がある。) ← 話し手が今気づいた新しい情報
  • Энэ хотод номын сан бий юү? (この街に図書館はありますか?) ← 街の恒常的な施設についての質問
  • Миний түлхүүр энд алга. (私の鍵がここにない。) ← 一時的に見当たらない
  • Монголд далай байхгүй. (モンゴルに海はない。) ← 恒常的な事実

所有と存在の使い分けと重なり

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所有と存在の構文は、意味に応じて使い分けられたり、互いの領域をカバーしたりすることがある。

一時的な所有
「今、手元にお金を持っている」のような一時的な所有は、所有構文 (-тай) ではなく、存在構文の байна を用いて表現する。
  • Надад одоогоор бэлэн мөнгө байна. (私には今のところ現金がある。)
恒常的な所有の別表現
親族や財産など、切り離し可能なものの恒常的な所有は、存在構文の бий / байхгүй を使って表現することもできる。
  • Надад нэг дүү бий. (私には弟/妹が一人いる。) (Би нэг дүүтэй. とほぼ同義)
  • Манайд компьютер байхгүй. (私たちの家にはコンピューターがない。) (Манайх компьюргүй. とほぼ同義)
ただし、身体の部分や性格など、所有者から切り離せないもの(不可譲物)は、この存在構文では表現できない。
  • (誤) Түүнд өндөр хамар бий. (正: Тэр өндөр хамартай.)
場所の恒常的な特徴
逆に、「モンゴルには家畜が多い」のように、ある場所に何かが恒常的に存在することを、その場所を所有者と見なして所有構文で表現することができる。
  • Энэ нутаг олон нууртай. (この地方は多くの湖がある。)
ただし、人や物が一時的にどこかにいる・ある場合には、この所有構文は使えない。
  • (誤) Цэцэрлэгт хүүхдүүдтэй. (正: Цэцэрлэгт хүүхдүүд байна. 公園に子供たちがいる。)

名詞

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モンゴル語の名詞は格と再帰を表す必要がある[39]

モンゴル語では名詞が並列される場合、何もつけずに並べることが多い。より明確に接続を示す場合は、接続詞баを用いることもある。名詞の複数形は接尾辞[40]-(н)ууд2[41]-чууд2(特定の属性を持つ人々の集団)[42] нар(人間に対して)[43][40]などを付けることで表されるが、使用は義務的ではなく、使われるのは特別な場合に限られる[40]。 また、現代語では生産性を失った複数形語尾 が存在する[40]。 名詞を繰り返すことで、「~たち」という複数の意味や、「~ごと」という配分(distributive)の意味を表すことがある[44][38]

  • ном (本) → номууд (本〈複数〉)
  • залуу (若い人)→ залуучууд (若者たち)
  • аймаг аймаг (県々、各県)

格変化

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名詞の格変化は語幹の後ろに膠着的な格語尾(助詞)が付くことによって表される。格語尾は母音調和および母音配列の規則に従って交替する。一部の名詞(「不定のн」語幹あるいはН交代語幹[39])は、特定の格語尾(属格、与位格、奪格)が付く際、名詞を修飾する形になる際、上下を表す後置詞的副詞が続く際に、語幹末子音 н が現れることがある[45]。 また、末尾に гが出てくるГ交代語幹も存在する[39]。Г交代語幹において、гは子音字 нに後続する。 本記事中では、男性語と女性語でыとийが交代するものも便宜的にы2と書くことにしておく。

主格
語尾なし。
主語や、名詞述語文の述語となる[46][47]
属格
標準的には-ын2。不定のнを持つ単語は-ны2。長母音で終わる単語とг交代語幹を持つнで終わる単語は-гийн。二重母音で終わる単語は-н。ただし、不定のнを持つが属格の場合にだけ交代しない語や、本来は持つはずのない不定のнが生じる語(借用語にみられる)もある[48]
所有者や修飾語における動作主を表す[49]
対格
標準的には-ыг2。長母音で終わる単語・г交代語幹を持つнで終わる単語・二重母音で終わる単語は-г。疑問代名詞юуは対格接辞なしに対格を表すことがある[36]
定目的語(特定されている目的語)を表し、目的語をはっきりと示す必要があるときに用いられる。具体的には、目的語が「特定のもの」であったり、動詞から離れた場所にあったりする場合である[36]。また、主節と主語が異なる従属節(特に -хад, -хаар などで導かれる節)では、その従属節の主語が対格(まれに属格)で示されることがある[50]
  • Намайг ирэхэд тэр байсангүй. (私来たとき、彼はいなかった。)
(不定格)
主格と同形。
不特定の目的語が動詞の直前に来る場合に用いられる。
与位格
標準的には-д。不定のнを持つ単語は-нд。д/тで終わる単語は母音を挿入して-ад4。г、р、сで終わる多くの単語とвで終わる単語のごく一部は-т[51]
動作の受け手(与格)も動作の行われる場所(位格)もこの格を用いる[52]。場所だけでなく、特定の時点(時間)を示すのにも用いられる[51]
具格
標準的には-аар4。長母音で終わる単語と二重母音で終わる単語は-гаар4
道具・手段・材料・原因・経路を表す。使役文における動作主も具格を用いる[53]
奪格
標準的には-аас4。不定のнを持つ単語は-наас4。長母音で終わる単語は-гаас4。二重母音で終わる単語は-наас4
時間的・空間的な起点や理由、比較の対象を表す。目的物の一部分を表す場合もある[54][55]
共同格
-тай3
共同でおこなう相手を表す。また、主体となる人や物の持ち物や性質を表し、「~を持っている」という意味になる場合があり、この場合は形容詞派生接尾辞とみなすこともできる。この用法においては、共同格が述語となることが可能である[56]
モンゴル語には「好む」に直接対応する単純動詞がなく、「好み」という意味の名詞 дур と共同格接尾辞 -тай を組み合わせた派生形容詞 дуртай (好みがある=好きな) を用いて表現する。対象は与位格で示す。嫌いな場合は、欠格の -гүй を用いて дургүй (好みがない=嫌いな) となる[57]
Би номд дуртай. (私は本好きだ。)
年齢を言う際も、年齢を意味する名詞 нас に共同格接尾辞を付けた настай (~歳を持っている) を用いる[58]
Би хорин настай. (私は20歳だ。)
欠格
-гүй(母音調和しない)
格とみなされないこともある[59]。共同格とは逆に、「持っていない」ことを表す。
方向格
標準的には руу2。рで終わる単語は луу2。分かち書きをする。
格とみなさない場合もある[60]。方向を表す。
様態格
шигを後置。
格とみなさない場合もある[59]山越 (2022)は格とみなしていない。「~のように」という意味である。

以下に、語幹のタイプが異なる名詞の格変化の例を示す。

名詞の格変化の例
ном (本)
子音語幹
ээж (母)
子音語幹
мод (木)
不定のнを持つ語幹
далай (海)
二重母音語幹
эмээ (老婆)
長母音語幹
主格 ном ээж мод далай эмээ
属格 номын ээжийн модны далайн эмээгийн
対格 номыг ээжийг модыг далайг эмээг
与位格 номд ээжид модонд далайд эмээд
具格 номоор ээжээр модоор далайгаар эмээгээр
奪格 номоос ээжээс модноос далайнаас эмээгээс
共同格 номтой ээжтэй модтой далайтай эмээтэй
  • Хаанаас ирсэн бэ? (どこから来たのか?)
  • Улаангомоос ирсэн. (ウラーンゴムから来た。)

属格語尾の後ろにが付くことで、「~のもの」という所有を表す名詞を作ることができる[61][62]。意味的には新たな語幹が作られたことになるため、これにさらに他の格語尾が後続する形が見られる。

миний (私の) → минийх (私のもの)
  • Минийхээс (私の(もの)から)
  • Түүнийхтэй (彼の(もの))

接尾辞-хан2は、属格に後続し、特定の場所や属性を持つ人々の集団を指すのに用いられることがある[62]

  • гадаад (外国) → гадаадынхан (外国人たち)

хөдөө「田舎」など一部の名詞は、空間的な場所や帰着点を表す場合であっても、与位格語尾 -д/-т が省略されることがある[51]

  • Би зун хөдөө явдаг. (私は夏に田舎へ行く。)

指す対象が目的物の一部分か否かによって対格と奪格が使い分けられる[55]

  • Тэр усыг уув (彼はその水を飲み干した。)
  • Тэр уснаас уув. (彼はその水(の一部)を読んだ)

不定のнが付いた形は形容詞的に他の名詞を修飾することができる。この用法は材質や性質を表すのに対し、属格は所有・所属関係を主に表す。これは歴史的なн語幹の名残で、モンゴル語の主格はそれが脱落した形であるが、ブリヤート語の主格はそれが保存された形であり、モンゴル語でも名詞を形容詞的に使う際に古い形が復活しているのである。

  • алт (金) → алтан (金の)
  • алтан бөгж (金の指輪)

名詞述語文においては、現在時制ではコピュラ動詞は通常省略される[63]。ただし、断定や説明のニュアンスを込めて、юм(口語ではしばしば юм аа)が用いられることもある。過去を表す場合はбайхの活用形を用い、未来を表す場合はболноを用いる[64]

  • Би багш. (私は教師だ。)
  • Би багш юм. (私は教師なのだ。)
  • Би багш байсан. (私は教師だった。)

モンゴル人の人名については、姓は社会主義時代に廃止されており、本人の名の前に父親の名を属格の形で記すのが正式な形式である(例:Дамдины Сүхбаатар「ダムディン(父)の スフバートル」)。日常的には本人の名のみで呼ばれる[65]

再帰と人称関係助詞

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モンゴル語では、主語以外の名詞類が「主語と関係がある」か否かを表現する必要がある。このうち「主語と関係がある」ことを示すのが再帰語尾である。主語が所有・管理するものなど、主語と何らかの繋がりを持つ名詞句に接続される[66]。標準的には-аа4。目的語に付く場合は対格接尾辞は脱落し、長母音で終わる単語と二重母音で終わる単語は-гаа4。属格に付く場合は-хаа4[67]

  • Би номоо уншсан. (私は自分の本を読んだ。)
  • Би энэ тухай найзаасаа сонссон. (私はこのことについて(自分の)友達から聞いた。)
  • Тэр ээжтэйгээ явсан. (彼は(自分の)母と一緒に行った。)

所有物だけでなく、主語が管理・操作する対象にも用いられる。

  • Хаалгаа нээгээрэй. ((あなたが管理すべき)ドアを開けてください。)

文中に主語と関係するものが複数ある場合、それぞれに再帰語尾を付けることができる。

  • Би цүнхнээсээ түлхүүрээ гаргалаа. (私は(自分の)カバンから(自分の)鍵を取り出した。)

対格語尾 -ыг2 の後に再帰語尾が続く場合、特に対象が無生物のときに、対格語尾が省略されることが多い。

  • дэвтэрээ (自分のノートを) < дэвтэрийгээ
  • ажлаа (自分の仕事を) < ажлыгаа

一方、対象が生物の場合は対格語尾が残る傾向がある。

  • аавыгаа (自分のお父さんを)
  • нохойгоо (自分の犬を)

人称関係助詞は名詞の後ろに付され、その名詞が文の主語以外の特定の人称と関係があることを示す付属語(小詞)。1人称単数минь、2人称単数чинь、3人称(数の区別なし)нь、1人称複数маань、2人称複数тааньがある[68]。ただし、2人称複数の таань は現代口語ではあまり用いられない[69]。このьは発音されない。これら人称関係助詞が、文の主語以外の所有者(聞き手や第三者など)を示すのに対し、前述の再帰語尾 -аа4 は、その文の主語自身と関係していることを示す点で機能が異なる。なお、миний ... миньのように属格と併用されることはない[70]

  • Тэр номоо уншсан. (彼は自分の本を読んだ。) ← 主語「彼」の所有物
  • Тэр номыг нь уншсан. (彼はその人の本を読んだ。) ← 主語「彼」以外の第三者の所有物

関係先と所有者が異なる場合もある。以下の例では、「友人」の所有者は属格で示された三人称(Түүний)だが、聞き手(чи)と何らかの関係がある(例:聞き手がその友人のことを知っている)ため、2人称の小詞 чинь が付いている。

  • Түүний найз чинь явсан уу? (彼の(君が知っている)友人は行ったか?)
また、3人称の нь には特殊な用法がある。「聞き手から見た話し手の立場」を表す名詞(親族名称や社会的立場を表す語)に нь を付けると、話し手自身(一人称)を指す表現となる。これは、日本語で父親が子供に対して自分のことを「お父さんはね…」と言うように、聞き手との親しい関係性の中で、自分の役割や立場から自身を指し示す表現であり、温かみのあるニュアンスを持つ[69]
  • Аав нь одоохон очно. ((この)父さんすぐ行くよ。) (話し手=父)
  • Багш нь үүнийг зааж өгье. (先生これを教えてあげよう。) (話し手=先生)

語形成

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モンゴル語では、接尾辞を語幹に付加することで、ある品詞から別の品詞の単語を派生させることが頻繁に行われる。以下に代表的な派生接尾辞を挙げる。

動詞から名詞を派生
-гч: 動作主を表す。「~する人・もの」[71]
  • бичих (書く) → бичигч (作家、書く人)
  • сурах (学ぶ) → сурагч (生徒)
-вар4: 道具や方法を表す。「~するもの」[72]
  • хавчих (挟む) → хавчуур (クリップ、挟むもの)
名詞から動詞を派生
-л-: 「~をする」「~になる」[73]
  • ажил (仕事) → ажиллах (働く)
  • нэр (名前) → нэрлэх (名付ける)
-ж-: 「~の状態が増す」[74]
  • хүн (人) → хүнжих (人らしくなる)
名詞から形容詞を派生
-т(ай)3: 「~を持つ、~のある」。(共同格の -тай)[42]
  • сахал (ひげ) → сахалтай (ひげのある)
  • хүч (力) → хүчтэй (強い)
-гүй: 「~のない」。(欠格の -гүй)[42]
  • ус (水) → усгүй (水のない)
-лаг4: 「~のような性質を持つ」
  • мах (肉) → малаг (肉付きのよい)

代名詞・指示詞・疑問詞

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人称代名詞には1人称単数 би、1人称複数 бид 、2人称単数 чи および та、2人称複数 та нар がある。3人称は指示代名詞を流用し、単数ではэнэтэрを、複数ではэд( нар)тд( нар)を用いる。ただし、эд は主格形ではほとんど用いられない[75]。2人称単数чи親称та敬称である[76][75]

1人称複数属格には биднийманай がある。一般に бидний は聞き手を含む「私たちの」(包括形)、манай は聞き手を含まない「私たちの」(排除形)と説明されることがあるが[48]манай の中心的な機能は「我が家(манай гэр)」「我が国(манай улс)」のように、話し手が所属し親近感を抱いている集団を示すことにある。聞き手が親近感を抱いている集団を示すにはтанайを用いる[77]

  • Чи япон хүн үү? (は日本人か?)
  • Та япон хүн үү? (あなたは日本人ですか?)

指示詞は近称と非近称の2系列からなる。このうち指示代名詞は、энэ(これ)― тэр(それ)、эдгээр(これら)― тэдгээр(それら)がある[78]。話し手と聞き手が同じ場所にいて、具体的な物を指す場合(現況指示)、日本語の「それ」(聞き手の近くにある物)に相当する用法はтэрにはない[78]。一方、会話や文脈に現れた事柄を指す場合(文脈指示)、日本語で「これ」が使われる場面でも、モンゴル語ではтэрが用いられることがある[78]。指示代名詞は、名詞の直前で指示形容詞としてふるまうこともできる[78]

これらに加え、聞き手と話し手の間で既に話題に上っている特定の対象を指すнөгөө がある。日本語の「例の~」「あの~」に近い。

  • Нөгөө хүн ирсэн үү? (例の人は来ましたか?)
  • Нөгөө номыг авчир. (あの本を持ってきて。)

人称代名詞と指示詞は不規則な格変化をする。

格変化表
би (私) бид (私たち) чи (君) та (あなた) тэр (彼/彼女/それ) тэд (彼ら) энэ (これ)
主格 би бид чи та тэр тэд энэ
属格 миний бидний / манай чиний таны түүний тэдний үүний
対格 намайг биднийг чамайг таныг түүнийг тэднийг үүнийг
与位格 надад бидэнд чамд танд түүнд тэдэнд үүнд
具格 надаар биднээр чамаар танаар түүгээр тэднээр үүгээр
奪格 надаас биднээс чамаас танаас түүнээс тэднээс үүнээс
共同格 надтай бидэнтэй чамтай тантай түүнтэй тэдэнтэй үүнтэй

人称代名詞(単数形または複数形)に基数詞を組み合わせ、複数の人間を表す表現がある。組み合わせる基数詞は実際の人数に応じるが、通常は5人までで、それ以上の人数では一般的な複数表現が用いられる。

  • Бид хоёр кино үзсэн. (私たち二人は映画を見た。)

「自分」という意味を表す再帰代名詞がある。単数形は өөр、複数形は өөрсөдである[66]。再帰代名詞が格語尾と再帰語尾を伴う形 (例: өөрийнхөө) は、「~自身の」という意味で、再帰的な関係を強調する。名詞側の再帰語尾と併用することも、単独で用いることもできる。

  • Тэр өөрийнхөө ажлыг хийж байна. (彼は自身の仕事をしている。) [代名詞のみ再帰]
  • Тэр ажлаа хийж байна. (彼は自分の仕事をしている。) [名詞のみ再帰]
  • Тэр өөрийнхөө ажлаа хийж байна. (彼は自分自身の仕事をしている。) [両方が再帰、より強調]

語幹に直接再帰語尾を付けた形 өөрөө (単数) / өөрсдөө (複数) は、「自分自身で」という副詞として機能する。

  • Би энэ хоолыг өөрөө хийсэн. (私はこの料理を自分で作った。)

初対面の相手などで、чи (君) と та (あなた) のどちらを使うか迷う場合に、өөрөө を中立的な二人称として使うことがある。日本語の関西弁の「自分」に近い用法[66]

  • Өөрөө хаанахын оюутан бэ? (どちらの学生さんですか?)

疑問詞には хэн(誰)、юу(何)、хаана(どこ)、аль(どの)、ямар(どんな)、хэд(いくつ)、хэзээ(いつ)、хичнээн(いくらの)、яах(どうする)、яагаад(なぜ)、яаж(なぜ、どのように)、хэрхэн(どのように)などがある。 このうち、альямархэдхичнээнは疑問代名詞としての用法と疑問形容詞としての用法を併せ持つ[79]。 モンゴル語では、名前に関しては人であるか事物であるかに応じてхэнюуを使い分ける[79]

疑問詞に助辞чが付くと、「~も」「~でも」という譲歩の意味を持つようになる[80][81]。否定文で使われると全否定を表す[81]

  • Энд хэн ч байхгүй. (ここに誰もいない。)
  • Би юу ч идээгүй. (私は何も食べなかった。)

疑問詞を用いないYes/No疑問文は、文末に疑問助辞уу2(母音に後続する場合はюу2)を付けることで形成される[82][83]。一方、疑問詞(хэн, юуなど)を含む疑問文では、文末に疑問助辞бэ/вэ(正書法規則に応じて交代)が付く[84][83]

  • Та сайн байна уу? (お元気ですか?)
  • Энэ таны ном уу? (これはあなたの本ですか?)
  • Энэ хэний ном бэ? (これは誰の本ですか?)

この他に、以下のような疑問を表す形式がある。

биз
聞き手への同意を求めたり、確認したりする際に用いられる。「~でしょう?」というニュアンスを持つ[85]
  • Та түүнийг таних биз? (あなたは彼のことを知っているでしょう?)

数詞

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モンゴル語の数詞は基数詞と序数詞に分けられる。基数詞は以下のように形成される。1から10まではнэгхоёргуравдөрөвтавзургаадолоонаймесаравである[86]。11以上は十進法をベースに形成される。序数詞は基数詞に -дугаар2を付けて作られる[87]。ただし「第一」はнэгдүгээрではなくанхдугаарを用いることが多い。数詞は名詞を修飾する際、通常名詞の前に置かれ、名詞は通常単数形で現れる。その際、1,2以外は不定のнが現れる[88]

  • гурван ном (三冊の本) ← гурван номууд にはならない
集合数詞
「~人で」といった意味を表す。基数詞に-уул(аа)2を付けて作る。ただし、「一人で」を表すのはганцаар(аа)である。再帰語尾を伴う形が普通である[89]
хоёр (2) → хоёул(аа) (二人)
Бид гурвуулаа явсан. (私たちは三人で行った。)

形容詞

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形容詞は語形変化をしない。名詞を修飾したり、述語となったりする。格接尾辞をつけて名詞的に用いられることがある。比較級をもたない[90]。形容詞の時制を示すためにはコピュラ動詞であるбайхを後接して変化させる。

  • Миний ээж хөөрхөн. (私の母は美しい。)
  • Миний ээж хөөрхөн байсан. (私の母は美しかった。)

接尾辞-хан4を付けることで、元の形容詞に指小的なニュアンスを加えることができる[91]

  • улаан (赤い) → улаахан (赤みがかった)

ただし、сайн (良い) に付いた сайхан (美しい、素晴らしい) のように、元の意味から大きく変化し、独立した単語として定着しているものもある。

比較表現

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形容詞に比較級・最上級の語形変化はないが、比較表現は奪格(-аас4)を比較の基準として用いて行う。副詞илүү(より)を用いて比較を表すことができる。

  • Энэ ном тэр номоос сонирхолтой. (この本はあの本より面白い。)

最上級は、比較対象を「すべて」などを意味する言葉(бүх, хамгийнなど)にすることで表現する。

  • Энэ хамгийн сонирхолтой ном. (これが一番面白い本だ。)

強調表現

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形容詞の意味を強調するいくつかの方法がある[92]

  • маш сонирхолтой (とても面白い)
  • сайн сайн (とても良い) (畳語)
  • улаан (赤い) → ув улаан (真っ赤な)
  • муугаас муу (悪い(もの)よりも悪い → 最悪の)

形容詞がとる補語

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形容詞は、それ自体が別の語句を補語として従え、より複雑な意味を表すことができる。形容詞が補語をとる構文には、主に以下のパターンがある[93]

主題・主語構文
日本語の「象は鼻が長い」のように、「全体」を主題として提示し、その「部分」の性質を述べる構文。形式上、主題と主語(意味的には部分)が並置され、形容詞には所有を表す共同格の接尾辞 -тай3 が付く。この構文は、本来の属格を用いた文の主題を強調した形と見なすことができる。この構文を形成しやすい形容詞には、сайн (良い)→сайтаймуу (悪い)などがある。
  • Тэр оюутан мэдлэг ихтэй. (その学生は知識が多い。) (← Тэр оюутны мэдлэг их. "その学生の知識は多い")
  • Манай эмээ чих муутай. (うちの祖母は耳が悪い。) (← Манай эмээгийн чих муу. "うちの祖母の耳は悪い")
範囲を限定する補語
形容詞の意味が適用される範囲や側面を、具格や与位格を用いて補足する構文。「~において」「~の点で」という意味合いになる。
  • Энэ нутаг эрдэнэсээр баян. (この土地は鉱物資源が豊かだ。)
  • Тэр надаас биеэр том. (彼は私より体が大きい。)
  • Тэр шатарт сайн. (彼はチェスが上手だ。)
  • Миний дүү дуунд авьяастай. (私の弟/妹は歌の才能がある。)
同じ形容詞でも、この構文と主題・主語構文ではニュアンスが異なる。
  • Тэр тоогоор сайн. (彼は数学において優れている。) ← 彼の能力の側面を記述
  • Тэр толгой сайтай. (彼は頭が良い。) ← 彼の「頭」という部分の性質を記述

動詞

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動詞は語幹に動詞語尾を伴って終止形・連体形(形動詞)・連用形(副動詞)になる。命令形は文法形式上終止形として現れる。動詞の辞書形は語幹に連体形語尾-хが接続したものである。連体形は名詞を修飾するほか、文末において用いられることも多い。

動詞は人称による活用を持たず、主語の人称に関わらず同じ形を用いる。時制・アスペクト・法(モダリティ)などは接尾辞や補助動詞によって表される。

動詞の接尾辞を表にまとめると以下のようになる[94]

接尾辞 意味 日本語訳
陳述/終止形
-на4 現在未来 〜する、〜だろう
過去(客観・報告) 〜した
-лаа4 過去(直接経験、完了) 〜した
-жээ(母音調和しない) / чээ 過去(間接経験、発見) 〜したようだ
(ゼロ語尾) 命令(対等・目下) 〜しろ
-аарай4 依頼・丁寧な命令 〜してください
-аач4 懇願 〜しておくれ
許可・第三者への命令 〜させろ
-(ъ/ь)я3 意思・勧誘 〜しよう
-тугай2 祈願(文語的) 〜であれ
-гтун2 命令(文語的) 〜せよ
-сугай2 願望(文語的) 〜したいものだ
-аасай4 願望 〜ますように
形動詞/連体形
未来 〜する(ための)
-даг4 現在 〜する(習慣・反復)
-сан4 過去 〜した
-аа4 未完了 〜している
副動詞/連用形
-ж / -ч 不完了 〜して
-аад4 完了 〜してから
複合 〜して
-саар4 継続 〜し続けて
-маар4 願望 〜したく
-вч 逆接 〜だが
-нгаа4 同時 〜しながら
-хлаар4 直後・時・原因 〜してすぐ、〜する時、〜するので
-магц4 即時 〜するやいなや
-нгуут2 即時 〜するとすぐに
-тал4 限界 〜するまで
-вал4 / -бал4 条件 〜すれば
-хаар4 原因・目的 〜するので、〜するために
  • Би уншсан ном. (私の読ん本。)
  • Би ном уншсан. (私は本を読ん。)

-на4は、非過去の出来事について、恒常的な動作・状態、未来、一般的な真理を広く表す。байнаは純粋な現在の状態を表すことができる。習慣を表すこともあるが、あまり多くは見られない[95]。現在進行中の動作は通常、後述の複合構文-ж байнаで表現される。

非過去(現在・未来)を表す文をYes/No疑問文にするには、動詞の未来連体形(-х)に疑問助詞уу/юуを付ける。終止形-наにуу/юуを付けることはできない。ただし、状態動詞байх「ある、いる」は例外で、未来のことなら-х уу?、現在の恒常的な状態を問うなら-на уу? を使う。

  • Чи маргааш ирэх үү? (君は明日来ますか?)
  • (誤) Чи маргааш ирнэ үү?
  • Чи маргааш энд байх уу? (君は明日ここにいますか?)
  • Энд номын сан байна уу? (ここに図書館はありますか?)

動詞の過去を表す終止形には主に-лаа4-жээ / чээ、そして連体形でもある-сан4が用いられるが、それぞれ話者が事態をどう捉えているか、情報をどのように得たか(証拠性)によって使い分けられる。

  • : 客観的な事実を淡々と述べる過去。新聞やニュース、公式な報告などで用いられる。
  • -лаа4: 過去の出来事を表す。近未来に確実に起こることも表す[96]
  • -жээ / чээ: 話者が直接経験していない出来事を表す[97]。疑問助辞уу2を伴う疑問文では、жээ / чээж / чの形になることがある。
  • -сан4: 過去の事実として陳述する。山越 (2022), p. 112によると、日常会話では-лаа4よりも多く使われる印象がある。

-маар4は「~したい」という願望を表し、通常は補助動詞байхを伴ってуншмаар байна(読みたい)のように用いる。分類には検討の余地が残されている[98]。また、「~しそうな」という、可能性のニュアンスを表す場合もある[99]

副動詞の -аад4 は、どちらも先行する動作を表すが、ニュアンスが異なる。

主節の動詞と時間的に近接している、あるいは同時に行われる動作を表す。付帯状況(~しながら)や方法・様態を示すことも多い。
  • Би гүйж ирсэн. (私は走っ来た。)
-аад4
ある動作が完了し、その後に主節の動作が起こることを示す。継起(~してから)や原因・理由を表すことが多い。ただし、に置き換えても大差ないことも多い。
  • Би гэртээ харьж хоолоо иднэ. (家に帰っご飯を食べる。帰宅と食事は一連の行動)
  • Би гэртээ харьчихаад хоолоо иднэ. (家に帰ってからご飯を食べる。帰宅という行為の完了を強調)

複合のは、2つの動詞が密接に結びついて1つの複合動詞を形成する場合に用いられる。を用いた形式よりも使われる動詞が限定的であり、と異なり間にлを挿入した強調表現は使えない。特に書き言葉によく用いられる形式である[100]の重複を避ける際には先行する動詞がを用いた形式となる。

нисэх (飛ぶ) + ирэх (来る) → нисэн ирэх (飛んで来る)

モンゴル語の条件文は、条件を表す副動詞-вал4または-бал4を用いて形成される[101]

  • Бороо орвол би гэртээ байна. (雨が降れ私は家にいる。)

反実仮想(もし~だったら)を表す場合は、条件節に-сан4 болを用い、主節に-х байсан-х байлааを用いる[102]

  • Мөнгө байсан бол худалдаж авах байсан. (お金があったら買っただろうに。)


動詞の派生接辞

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動詞の派生接辞は、など様々な文法範疇を示す働きをする。 以下のようなものがある[103]

接尾辞 意味 日本語訳
ヴォイス
-гд- (-д-, -т-) 受動 〜される
-р- 自発 自然と〜なる、〜できる
-уул2- / -лга4- 使役・他動詞化 〜させる
-лд- 相互 互いに~しあう
-лц- 協働 一緒に〜する
アスペクト
-чих- 完了 〜してしまう
-аадах-4 即時 〜してみる
-схий- 暫時 しばらく~する
-лз- 反復 何度も〜する
  • Удаан хүлээ-лгэ-чих-лээ. (長くお待たせしました。)
  • хүлээ-:動詞「待つ」、-лгэ-:接辞<使役>、-чих-:接辞<完了>、-лээ:語尾<過去>

動詞の格支配

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特定の動詞は、意味上の目的語や対象語をとる際に特定の格を要求することがある。以下に注意すべきものを示す[104]

対格をとる動詞
сонирхох (~に興味を持つ)など。
  • Би Монгол түүхийг сонирхдог. (私はモンゴルの歴史興味があります。)
与位格をとる動詞
итгэх (~を信じる), туслах (~を助ける)など。
  • Би чамд итгэж байна. (私は君信じている。)
  • Тэр надад тусалсан. (彼は私助けてくれた。)
奪格をとる動詞
айх (~を怖がる), асуух (~に質問する), салах (~と別れる), хамаарах (~に関係する) など。
  • Би нохойноос айдаг. (私は犬怖い。)
  • Багшаас асуугаарай. (先生質問してください。)
  • Тэр найз залуугаасаа салсан. (彼女は彼氏別れた。)
具格をとる動詞
бахархах (~を誇りに思う), тоглох (~をからかう) のほか、移動動詞が経路を表す場合。
  • Би эх орноороо бахархдаг. (私は祖国誇りに思う。)
  • Энэ замаар яв. (この道行け。)
方向格をとる動詞
дайрах (~を襲う), шахах (~に迫る) など。
Чоно хонь руу дайрсан. (狼が羊襲った。)

その他の品詞と機能語

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否定

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否定の語には以下のようなものがある[105]

否定 用法 意味
биш 名詞述語文 ~ではない
бус 名詞・形容詞を修飾 ~でない(連体修飾)
алга 存在の否定 ない、いない
үгүй 所有の否定・応答 ない、いいえ
-гүй 動詞の連体形に接続する否定 ~ない
-гүй 名詞の欠格 ~を持っていない
битгий, бүү 動詞に前置する禁止 ~するな
эс, үл 動詞連用形に前置する否定 ~せず
-ж яд- 不可能 ~できない

動詞の否定は動詞連体形に-гүй(母音調和しない)を用いる[106]

  • Би мэдэхгүй. (私は知らない。)
  • Би уншаагүй. (私は読まなかった。)

否定辞の位置によって、否定の焦点が変わることがある。

  • Би биш унших гэж байна. (読もうとしているのは私ではない、) ← 主語を否定
  • Би унших биш гэж байна. (私はしようとしているのは読むことではない。) ← 動作を否定

後置詞

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後置詞は名詞の後ろに置かれ、格語尾だけでは表せない空間的・時間的関係などを示す。後置詞は特定の格を要求する(格支配)[107]

(不定のнのある語幹は交代せず)主格を要求する後置詞
шахам (~近く), болтол (~まで)
(不定のнのある語幹は交代して)主格を要求する後置詞
дээр (~の上に), дотор (~の中に)
属格を要求する後置詞
тухай (~について), өмнө (~の前に), дэргэд (~のそばに)
  • ширээний өмнө (机の前)
与位格を要求する後置詞
ойр (~近くに)
奪格を要求する後置詞
хойш (~以降), өмнө (~より前に)
  • өчигдрөөс хойш (昨日以降)
共同格を要求する後置詞
зэрэг (~と同時に)

副詞

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副詞には場所・時間・様態・程度などを表すものがある。場所を表す副詞にはэнд(ここ)、тэнд(そこ)、хаана(どこ)などがあり、時間を表す副詞にはодоо(今)、өчигдөр(昨日)、маргааш(明日)などがある。

接続詞

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接続詞にはхарин(しかし)、тиймээс(だから)などがある。動詞гэх(言う)やболох(なる)に由来する接続詞も多い。

  • гэхдээ (けれども)
  • гэвч (しかしながら) < гэх + -вч
  • боловч (〜だが、しかし) < болох + -вч

また、引用を表す副動詞гэжは、思想や発話の内容を示すだけでなく、目的(~しようと)や様態(~というふうに)を表すのにも広く用いられる。

  • Тэр "байна" гэж хэлсэн. (彼は「いる」と言った。)
  • Би ном уншъя гэж бодсон. (私は本を読もうと思った。)

名詞や名詞句を接続する「と」に相当する接続詞として болон がある。また、文語では бөгөөд が文や節を接続するのに用いられる。

  • Монгол хэл болон түүх (モンゴル語歴史)

助辞

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助辞は単語や文末に付き、強調、断定、確認、詠嘆など様々なニュアンスを加える。
бол
主題を提示するのに用いられる。「は」の意[108]。書き言葉の側面が強い[109]
Харин би бол явна. (一方、私は行きます。)
бас
「~もまた」という意味で、日本語の「も」に近い働きをする[108]
Би бас оюутан. (私も学生です。)
ч, л
直前の語に焦点をあてる。чは「~も」、лは「~だけ」といった意味を持つ[108]。2つ組み合わせてч лとすると「~でさえも」となる[110]
Би ч мэднэ. (私も知っている。)
Би л мэднэ. (私だけが知っている。)
юм
名詞述語文で断定や説明の意を加えたり、動詞の連体形について事柄を名詞化し、「~なのだ」「~ということだ」というニュアンスを表したりする[111]。юмを用いることによりフォーカスを移動することができる[112]
Тэр ирсэн юм. (彼は来たのだ。)
аа4
感嘆、呼びかけ、命令の強調など、文脈に応じて様々な感情を表す。
Ид ээ, ид! (さあ食べろ、食べろ!)
шүү
念を押す。「~だよ」「~だからね」というニュアンス[113]
Та тэгж хэрсэн шүү. (あなたはそう言いましたよ。)
даа
詠嘆や、聞き手への同意を求めるような、穏やかな妥当化を示す。「~よね」の意[114]
Сайхан байна даа. (素晴らしいなあ。)
Энд бич дээ. (ここに書いてね)
шив
軽い推定を表す。「~らしい」「~のようだ」の意[115]
Бороо орсон шив. (雨が降ったようだ。)

これらの助辞は、複数を組み合わせて用いることで、より複雑なニュアンスや確信の度合いを表現することができる。

Энэ кино үнэхээр сайхан байна даа шүү. (この映画、本当に素晴らしいよねえ。)
Чи явах юм уу? (君は行くの?)

間投詞

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会話において、感情や呼びかけ、応答などを表す間投詞が頻繁に用いられる。

  • Аа: 納得、想起 (ああ、なるほど)
  • Ээ: 驚き、感動 (おお、ええっ)
  • За: 同意、承諾、促し (はい、わかった、さあ)
  • Хөөе: 呼びかけ (おーい)

話法

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モンゴル語では、他者の発話や自己の思考を引用する際、引用節の末尾に動詞 гэх (言う) の副動詞形である гэж を置いて示す[116]。これを引用標識と呼ぶ。引用節をとる動詞には、伝達・思考・認識に関する様々なものがある。話法には、引用部分をそのままの形で埋め込む直接話法と、引用部分の形を一部変えて埋め込む間接話法がある。

直接話法

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直接話法は、(引用文) гэж (主文の述語動詞)という形式で表される。引用部分はクォーテーションマーク(" ")や括弧(《 》)などで囲み、文頭を大文字で始める[116]

  • Эмч надад "Энэ эмийг уу" гэж хэлсэн. (医者は私に「この薬を飲みなさい」と言った。)
  • Тэр надаас "Та хаанаас ирсэн бэ?" гэж асуусан. (彼は私に「あなたはどこから来ましたか」と尋ねた。)

引用部分が複数の文にわたることもある。

  • Багш "Хичээлээ сайн хий. Тэгвэл шалгалтад тэнцэнэ" гэж зөвлөсөн. (先生は「勉強をしっかりしなさい。そうすれば試験に合格する」と助言した。)

間接話法

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間接話法も гэж を用いる点は同じだが、引用部分の主語の扱いに次のような規則がある[116]

主文の主語と引用節の主語が同一の場合
引用節の主語は省略される。
  • 直接話法: Оюун "Би ном уншина" гэж хэлсэн. (オユンは「私は本を読みます」と言った。)
  • 間接話法: Оюун ном уншина гэж хэлсэн. (オユンは(自分が)本を読むと言った。)
主文の主語と引用節の主語が異なる場合
引用節の主語は対格になる。
  • 直接話法: Би түүнд "Миний найз маргааш ирнэ" гэж хэлсэн. (私は彼に「私の友人は明日来ます」と言った。)
  • 間接話法: Би түүнд найзыг минь маргааш ирнэ гэж хэлсэн. (私は彼に私の友人が明日来ると言った。)
  • 直接話法: Тэр "Чи юу хийж байна?" гэж асуусан. (彼は「君は何をしていますか?」と尋ねた。)
  • 間接話法: Тэр намайг юу хийж байна гэж асуусан. (彼は私が何をしているのかと尋ねた。)
引用節が命令文などで主語が明示されていない場合
間接話法では、文脈上の動作主を補い、対格で示す。
  • 直接話法: Аав "Хурдан бос!" гэж хэлэв. (父は「早く起きなさい!」と言った。)
  • 間接話法: Аав намайг хурдан бос гэж хэлэв. (父は私に早く起きなさいと言った。)

гэх の用法

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гэж は、本来「言う」という意味を持つ動詞 гэх の副動詞形である。この гэх 自体が主文の述語動詞として使われることも非常に多い。

その場合、гэх は引用標識 гэж を伴わずに、直接引用節を受ける。

  • Дарга "Ажил дууссан" гэв. (部長は「仕事は終わった」と言った。)
  • Энэ уулыг "Отгонтэнгэр" гэнэ. (この山を「オトゴンテンゲル」と呼ぶ。)

гэх を本動詞として使う文で、さらに引用標識 гэж を使うことはできない。

  • (誤) Дарга "Ажил дууссан" гэж гэв.

文の拡張と表現

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モンゴル語では、動詞の様々な形(副動詞、形動詞)や補助動詞、助辞などを組み合わせることで、文を長く連結したり、複雑な意味や話し手のニュアンスを加えたりすることができる。

動詞гэх(言う)の現在連体形であるгэдэгは、名詞や節の後に付いて「~という」という意味の同格表現を作る。これは特定の名称を持つ事物を示したり、ある事柄の内容を節として受けて名詞化したりする機能を持つ。

  • "Чингис хаан" гэдэг зочид буудал (「チンギス・ハーン」というホテル)
  • Түүнийг ирсэн гэдэг нь үнэн. (彼が来たというのは本当だ。)

節の連鎖(副動詞構文)

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モンゴル語の統語論における大きな特徴は、副動詞(連用形)を用いて複数の節(文)を鎖のように繋ぎ、文末に置かれた一つの定動詞(終止形)で完結させる「節の連鎖」構造である。これにより、日本語の「~して、~して、~した」のように、一文で複雑な一連の出来事を表現することができる。

  • Би өглөө босч, цайгаа уугаад, хувцсаа өмсөөд, сургуульд явсан. (私は朝起き、お茶を飲んでから、服を着てから、学校へ行った。)

この文では、最後の「行った (явсан)」のみが時制を持つ定動詞であり、それ以前の動詞「起きる」「飲む」「着る」は全て副動詞形となって従属的に繋がっている。

また、特定の動詞の副動詞形(特に 形)を繰り返すことで、その動作が長時間に及んだことや、その結果としてある事態に至ったことを強調する慣用表現が多数存在する。

  • Би бодож бодож шийдвэрээ гаргалаа. (私は考えに考え抜いて決心した。)
  • Тэр явж явж зорилгодоо хүрсэн. (彼は紆余曲折の末、目的を達成した。)

その他の従属節

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副動詞による節の連鎖の他に、形動詞(連体形)や名詞に後置詞や特定の形式名詞が付くことでも、様々な意味の従属節が作られる。

理由・原因
-сан учраас, -аас болж (~ので、~のために)
Бороо орсон учраас хурал хойшлогдсон. (雨が降ったので、会議は延期された。)
目的
-хын тулд (~するために)
Би сурахын тулд Монголд ирсэн. (私は勉強するためにモンゴルに来た。)
時間
-х үед (~する時), -сны дараа (~した後で)
Бага байх үедээ би энд амьдардаг байсан. (幼い時、私はここに住んでいた。)
Хоолоо идсэний дараа явъя. (ご飯を食べた後で行こう。)
名詞節
-х гэдэг (~ということ)
Түүнийг ирэх гэдэг үнэн үү? (彼が来るというのは本当か?)

複合構文(補助動詞)

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連用形・連体形に補助動詞等を後置することで、様々なアスペクトや法(モダリティ)を表現することができる。

アスペクト (相) を表す構文
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-ж байх
進行・継続を表す。副動詞形байхを後置する。
「~している」いう意味を表す[117]。ただし、日本語と異なり状態動詞に接続できる一方、「動作の進行」には用いることができるが、「結果の残存」や「習慣」「反復」「対象の属性」「完了」を表すことはできない[118]
  • Би ном уншиж байна. (私は本を読んでいる。)
  • Тэр хичээллэж байсан. (彼は勉強していた。)
-ж эхлэх
「~し始める」「~しだす」という意味で、動作の開始を表す[119][120]
  • Би монгол хэл сурч эхэлсэн. (私はモンゴル語を習い始めた。)
-ж дуусах
「~し終える」という意味で、動作の完了・終了(終結相)を表す[120]
  • Тэр хоолоо идэж дуусав. (彼は食事を終えた。)
-ж орхих
完了・完遂を表す。副動詞形орхих(置く、捨てる)を後置する。
日本語の「~してしまう」に近く、動作を完全に終えることや、時に意図せずそうなってしまったというニュアンスを表す。
  • Би мартаж орхисон. (私は忘れてしまった。)
-ж явах
継続・進行を表す。副動詞形явах(行く)を後置する。
動作が継続していることや、徐々に変化していく様子を表す。
  • Цаг агаар дулаарч явна. (天気が暖かくなっていく。)
  • Би ном уншиж явлаа. (私は本を読み続けた。)
-ж ирэх
継続して現在に至ることを表す。副動詞形ирэх(来る)を後置する。
「~してきた」という意味を表す[120]
  • Би Монголд олон жил амьдарч ирсэн. (私はモンゴルに何年も住んできた。)
-х болох
変化・決定を表す。動詞の連体形болох(なる)を後置する。
「~することになる」という意味を表す[120]
  • Би маргааш явах болсон. (私は明日行くことになった。)
-х шах-
危うく~するところだ、という状況を表す。動詞の連体形шах-を後置する。
「~しそうになる」という意味を表す[120]
  • Би унах шахсан. (私は転びそうになった。)
-аад байх および -саар байх
動作や状態の継続または反復を表す[121]
  • Би багадаа энд тоглодог байсан. (私は子供の頃、ここでよく遊んだものだ。)
-даг байх
「いつも~する」といった恒常的・習慣的な時間的意味の実現を表す。ただしテンスが現在の場合は-дагのみを終止形として用いる[121]
  • Гадаа бороо орсоор л байна. (外では雨が(まだ/ずっと)降りつづけている。)
-сан байх
完了アスペクトを表す。「結果の残存」や「完了」を表すことができる[122]
  • Бичсэн байна. (すでに書いた。)
テンスだけを表す用法も存在する。
  • Монголын эзэнт гүрэн 13-р зуунд байгуулагдсан байна. (モンゴル帝国は13世紀に建国された。)
モダリティ (法) を表す構文
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-х ёстой
義務・当為を表す。動詞の連体形ёстой(道理)を後置する。
「~すべきだ」「~のはずだ」という意味を表す[123][124]
  • Би явах ёстой. (私は行くべきだ。)
  • Тэр ирэх ёстой. (彼は来るはずだ。)
-х хэрэгтэй
必要性を表す。動詞の連体形хэрэгтэй(必要だ)を後置する。
「~する必要がある」という意味を表す[123]
  • Би амрах хэрэгтэй. (私は休む必要がある。)
-х вий, -чих вий дээ
「~しないといいのだが」という懸念・心配のニュアンスを表す[125]
  • Бороо орох вий. (雨が降らないといいんだがなあ。)
-х гэж байх
意図・近未来を表す。動詞の連体形гэжбайхを後置する。
「~するつもりだ」「~しようとしている」という意味を表す[120]
  • Би явах гэж байна. (私は行こうとしています。)
  • Тэр кино үзэх гэж байсан. (彼は映画を見るつもりだった。)
-形動詞形 байх
「~だろう」という推量を表す[126]
  • Маргааш бороо орох байх. (明日は雨が降るだろう。)
可能・能力
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-ж чадах
可能を表す。副動詞形чадахを後置する。
「~(能力があって)することができる」という意味を表す[119][127]
  • Би монгол хэлээр ярьж чадна. (私はモンゴル語で話すことができる。)
  • Чи энийг хийж чадах уу? (君はこれをすることができるか?)
-ж болох
許可・可能を表す。副動詞形болохを後置する。
「~してもよい」「~(制約上)することができる」という意味を表す[128][129][127]
  • Энд сууж болно уу? (ここに座ってもいいですか?)
-ж амжих
時間的な制約の中でなんとか~できる、間に合うという意味を表す[127]
  • Би галт тэргэнд сууж амжсан. (私は列車になんとか乗ることができた。)
行為の様態
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-ж өгөх
恩恵を表す。副動詞形өгөх後置する。
「~してあげる」という意味を表す。なお日本語の「あげる」「くれる」「もらう」のような恩恵の受けてとの関係による区別はなく、一律-ж өгөхを用いることができる[130]
  • Би танд тусалж өгье. (私があなたを手伝ってあげよう。)
-ж авах
自益を表す。副動詞形авах(取る)を後置する。
「~してもらう」「~しておく」という意味を表す。
  • Би номыг уншиж авлаа. (私は本を読んでおいた。)
-ж үзэх
試行・経験を表す。副動詞形үзэх(見る)を後置する。
「~してみる」という意味のほか、「~したことがある」という経験を表す用法も用いられる[130]
  • Энийг идэж үз. (これを食べてみて。)
  • Би монгол хоол идэж үзсэн. (私はモンゴル料理を食べたことがある。)
否定の複合構文
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否定の複合動詞を形成する場合、通常は否定接辞-гүйを動詞連体形に付けた後、байхなどの補助動詞を後置する。

  • Би үзээгүй байна. (私は見ていない。)
  • Тэр ирээгүй байсан. (彼は来ていなかった。)

可能の否定には-ж чадахгүйまたは-ж яд-を用いる[131]

  • Би уншиж чадахгүй. (私は読むことができない。)
  • Би барьж ядлаа. (私は掴むことができなかった。)

敬語

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モンゴル語には、日本語ほど体系的ではないものの、敬意を示す表現が存在する。人称代名詞における親称 (чи) と敬称 (та) の使い分けが最も基本的である。このほか、特定の動詞や名詞をより丁寧な語彙に置き換える語彙的敬語もある。

  • 例: идэх (食べる) → зооглох (召し上がる)
  • 例: унтах (寝る) → нойрсох (お休みになる)
  • 例: нэр (名前) → алдар (御名)

定型表現

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モンゴル語には日常会話で頻繁に用いられる定型表現が存在する。

  • Сайн байна уу? (こんにちは?) - 直訳は「良いですか?」で、これに対する返答は Сайн. (良いです) となる。
  • Баярлалаа. (ありがとう)
  • Зүгээр. (どういたしまして、大丈夫です)
  • Уучлаарай. (ごめんなさい)
  • Баяртай. (さようなら)
  • Тийм. (はい), Үгүй. (いいえ)
  • За. (はい、わかった、どうぞ) - 文脈に応じて様々な意味で使われる極めて頻度の高い応答詞。

語彙

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モンゴル語の語彙の中核は、モンゴル高原の伝統的な遊牧生活や自然環境を反映した固有語彙によって形成されている。 特に家畜(モンゴル「五畜」:馬、牛、駱駝、羊、山羊)に関する語彙が非常に豊富である。例えば、馬だけでも性別、年齢、毛色などによって無数に呼び分けが存在する(例:адуу (馬の総称)、азарга (種牡馬)、гүү (牝馬)、унага (仔馬)、даага (2歳の馬)など)。

固有語彙の基盤の上に、以下に述べるような歴史的経緯による借用語が加わっている。

サンスクリット語・チベット語
16世紀以降のチベット仏教の普及に伴い、宗教、哲学、医学、天文学などの学術用語が大量に流入した。
例: шашин (宗教) < チベット語、тив (大陸) < チベット語、рашаан (聖水) < サンスクリット語
中国語
古くから交易等を通じて日常的な語彙の借用があったほか、近代以降にも新しい概念を表す語が入ってきている。
例: цай (茶)、бууз (肉まん)、ган (鋼)
ロシア語
20世紀のソビエト連邦との強い結びつきの中で、政治、経済、科学技術、教育などの近代的概念を表す語彙が大量に借用された。モンゴル国で話されるモンゴル語に特に多い。
例: машин (車、機械)、инженер (エンジニア)、сонин (新聞)
英語
近年のグローバル化に伴い、情報技術やビジネス、ポップカルチャーなどの分野で英語からの借用語が増加している。
例: компьютер (コンピューター)、интернет (インターネット)、менежер (マネージャー)

外国語の概念を取り入れる際、単語をそのまま借用するだけでなく、モンゴル語の既存の語根を組み合わせて新しい単語を作り出すこと(翻訳借用)も活発に行われる。

例: хөргөгч (冷蔵庫) < хөргөх (冷やす) + 接尾辞 -гч
例: мэдээлэл зүй (情報学) < мэдээлэл (情報) + зүй (学)

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ a b c 借用語のみに存在
  2. ^ a b c 塩谷 & 中嶋 (2011)は前者を、山越 (2022)は後者で記述している。
  3. ^ 本来語においては/b/と相補分布をなすため、同一音素とみなす考えもある。借用語を考えるとАраб аравのようなミニマル・ペアが存在する。
  4. ^ 同化によりiに近づいたeを含む
  5. ^ 二重母音が含まれる接尾辞の場合、өйは存在しないので例外的にэйが用いられる[14]

出典

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  1. ^ a b モンゴル語”. 東京外国語大学言語モジュール. 東京外国語大学. 2008年9月23日閲覧。
  2. ^ 山越 2022, p. 3.
  3. ^ Törijn alban josny helnij tuhaj huul'”. MongolianLaws.com (2003年5月15日). 2009年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年3月27日閲覧。 The decisions of the council have to be ratified by the government.
  4. ^ "Mongγul kele bičig-ün aǰil-un ǰöblel". Sečenbaγatur et al. (2005), p. 204 も参照せよ
  5. ^ 山越 2022, pp. 34–35.
  6. ^ a b c d 塩谷 & 中嶋 2011, p. 6.
  7. ^ a b 山越 2022, p. 31.
  8. ^ a b c 斎藤 et al., 3.1 後ろの音による子音の発音の変化.
  9. ^ 斎藤 et al., 2.5 語頭のр.
  10. ^ 山越 2022, pp. 32–33.
  11. ^ a b 山越 2022, p. 33.
  12. ^ Мөөмөө 1979, p. 97.
  13. ^ 植田 2020.
  14. ^ 山越 2022, pp. 24–25.
  15. ^ 二木博史. “中国のモンゴル語教育の危機”. 日本モンゴル学会コラム. 2021年12月28日閲覧。
  16. ^ 山越 2022, p. 9.
  17. ^ 山越 2022, p. 13.
  18. ^ a b 山越 2022, p. 17.
  19. ^ 山越 2022, p. 32.
  20. ^ 斎藤 et al., 1.17 「子音字1つ+母音字1つ」だけからなる単語の母音.
  21. ^ 斎藤 et al., 2.4 短い母音は語末、音節末に現れません.
  22. ^ 斎藤 et al., 2.6 ロシア語からの借用語の語末のи.
  23. ^ 斎藤 et al., 2.3 「子音2つ+母音и」で終わる語.
  24. ^ 塩谷 & 中嶋 2011, pp. 2–3.
  25. ^ 塩谷 & 中嶋 2011, p. 4.
  26. ^ a b 山越 2022, p. 30.
  27. ^ 斎藤 et al., 1.14 語末・音節末のе ё я.
  28. ^ 塩谷 & 中嶋 2011, p. 3.
  29. ^ a b 塩谷 & 中嶋 2011, p. 2.
  30. ^ 斎藤 et al., 2.1 иа ио иу уа.
  31. ^ 斎藤 et al., 1.15 еү ёу еий.
  32. ^ 山越 2022, pp. 30–31.
  33. ^ 山越 2022, p. 28.
  34. ^ a b c 山越 2022, p. 29.
  35. ^ 岡田 & 向井 2016, 語の基本構造.
  36. ^ a b c 岡田 & 向井 2016, 対格と不定格.
  37. ^ 山越 2022, pp. 271–272.
  38. ^ a b 岡田 & 向井 2016, 重複法による表現.
  39. ^ a b c 岡田 & 向井 2016, 名詞類の形と変化.
  40. ^ a b c d 岡田 & 向井 2016, 複数表現.
  41. ^ 山越 2022, p. 220.
  42. ^ a b c 山越 2022, p. 221.
  43. ^ 山越 2022, p. 219.
  44. ^ 山越 2022, pp. 269–270.
  45. ^ 山越 2022, pp. 51–53.
  46. ^ 山越 2022, pp. 55–56.
  47. ^ 岡田 & 向井 2016, 主格.
  48. ^ a b 岡田 & 向井 2016, 属格.
  49. ^ 山越 2022, pp. 57–59.
  50. ^ 山越 2022, p. 137.
  51. ^ a b c 岡田 & 向井 2016, 与位格.
  52. ^ 山越 2022, pp. 60–61.
  53. ^ 山越 2022, pp. 66–68.
  54. ^ 山越 2022, pp. 68–70.
  55. ^ a b 岡田 & 向井 2016, 奪格.
  56. ^ 山越 2022, pp. 70–72.
  57. ^ 岡田 & 向井 2016, 好き・嫌いの表現.
  58. ^ 岡田 & 向井 2016, 年齢の表現.
  59. ^ a b 岡田 & 向井 2016, 欠如格と様態格.
  60. ^ 岡田 & 向井 2016, 方向格.
  61. ^ 山越 2022, p. 225.
  62. ^ a b 岡田 & 向井 2016, 格語尾のあとに接続する派生接辞.
  63. ^ 岡田 & 向井 2016, コピュラ文(1).
  64. ^ 岡田 & 向井 2016, コピュラ文(2).
  65. ^ 岡田 & 向井 2016, 人名の表現.
  66. ^ a b c 岡田 & 向井 2016, 再帰語尾と再帰代名詞.
  67. ^ 山越 2022, pp. 73–74.
  68. ^ 山越 2022, p. 201.
  69. ^ a b 岡田 & 向井 2016, 人称関係助詞.
  70. ^ 山越 2022, p. 203.
  71. ^ 山越 2022, p. 229.
  72. ^ 山越 2022, p. 232.
  73. ^ 山越 2022, pp. 239–240.
  74. ^ 山越 2022, p. 240.
  75. ^ a b 岡田 & 向井 2016, 人称代名詞.
  76. ^ 山越 2022, pp. 47–48.
  77. ^ 山越 2022, pp. 50–51.
  78. ^ a b c d 岡田 & 向井 2016, 指示代名詞.
  79. ^ a b 岡田 & 向井 2016, 疑問代名詞.
  80. ^ 山越 2022, p. 169.
  81. ^ a b 岡田 & 向井 2016, 疑問代名詞の特殊な用法.
  82. ^ 山越 2022, pp. 162–165.
  83. ^ a b 岡田 & 向井 2016, 質問文の作り方.
  84. ^ 山越 2022, p. 165.
  85. ^ 山越 2022, p. 170.
  86. ^ 山越 2022, p. 78.
  87. ^ 岡田 & 向井 2016, 序数詞.
  88. ^ 山越 2022, pp. 79–80.
  89. ^ 山越 2022, pp. 81–82.
  90. ^ 山越 2022, pp. 76–77.
  91. ^ 山越 2022, p. 226.
  92. ^ 山越 2022, p. 77-78, 272-273.
  93. ^ 岡田 & 向井 2016, 対形容詞の補語.
  94. ^ 山越 2022, p. 88.
  95. ^ 岡田 & 向井 2016, テンス(2) 非過去(1).
  96. ^ 山越 2022, p. 91.
  97. ^ 山越 2022, p. 92.
  98. ^ 山越 2022, p. 133.
  99. ^ 岡田 & 向井 2016, 形動詞形(2).
  100. ^ 山越 2022, pp. 130.
  101. ^ 山越 2022, p. 142.
  102. ^ 山越 2022, pp. 145–146.
  103. ^ 山越 2022, p. 249.
  104. ^ 岡田 & 向井 2016, 動詞の格支配.
  105. ^ 山越 2022, p. 150.
  106. ^ 山越 2022, pp. 154–156.
  107. ^ 岡田 & 向井 2016, 後置詞.
  108. ^ a b c 岡田 & 向井 2016, 取り立て.
  109. ^ 山越 2022, p. 192.
  110. ^ 山越 2022, pp. 192–197.
  111. ^ 山越 2022, p. 209.
  112. ^ 岡田 & 向井 2016, フォーカスの調整.
  113. ^ 山越 2022, p. 212.
  114. ^ 山越 2022, pp. 212–213.
  115. ^ 山越 2022, pp. 213–214.
  116. ^ a b c 岡田 & 向井 2016, 話法と引用節.
  117. ^ 山越 2022, pp. 122–123.
  118. ^ 岡田 & 向井 2016, アスペクト(1) 進行・継続.
  119. ^ a b 山越 2022, p. 125.
  120. ^ a b c d e f 岡田 & 向井 2016, 補助動詞.
  121. ^ a b 岡田 & 向井 2016, アスペクト(3) 継続・反復.
  122. ^ 岡田 & 向井 2016, アスペクト(2) 完了.
  123. ^ a b 山越 2022, p. 222.
  124. ^ 岡田 & 向井 2016, 当為・義務 の 表現.
  125. ^ 岡田 & 向井 2016, モダリティ(10) 懸念.
  126. ^ 岡田 & 向井 2016, モダリティ(6) 概言.
  127. ^ a b c 岡田 & 向井 2016, 可能・不可能の表現.
  128. ^ 山越 2022, p. 123.
  129. ^ 岡田 & 向井 2016, 禁止・許可の表現.
  130. ^ a b 山越 2022, p. 124.
  131. ^ 山越 2022, p. 160.

参考文献

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外部リンク

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