出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

(が、われ、: ātman: attan)とは、バラモン教(のちヒンドゥー教)及び仏教上の概念。アートマン(梵我)。

語義上の意味は「自己(self)」。 この語が生命存在について、その本質実体を意味するようになった。

ヒンドゥー教では世俗的な我意識のみを否定してニラートマン(nirātman、無我)といい、自我意識(ahaṅkāra)のない純粋な実体としての真我(paramātman)を否定しないが、仏教は実体的な我を全面的に否認してアナートマン(anātman、無我)という。

ヒンドゥー教における我[編集]

ウパニシャッド[編集]

このような「アートマン」は仏教以前のウパニシャッド哲学で力説され、一方に「ブラフマン」(brahman)との同一がいわれた。(梵我一如

仏教における我[編集]

五蘊仮和合[編集]

仏教では、ここで説かれるような実我を常一主宰と規定付けた。すなわち、我は、常住であり、他との何らの関係をもたないで単独で存在することができるものと考え、それは働きのうえで自由自在の力をもつとした。この我によって人間生存は根拠付けられ、支配されていると考えるのである。

釈迦はこのような実我観念を批判し、「我として認められるものはない」として、諸法無我と説いた。これを色受想行識の五蘊について説き、生物(衆生)は無常である五蘊の仮和合したものであるから、私(aham)、自己(ātman)は仮りの存在であると説いた。

補特伽羅説[編集]

犢子部(とくしぶ)は我を否定した通常の仏教宗派と逆に、補特伽羅(ふとがら、pudgala)を説き、アートマンとは別の実体論を説いた。

龍樹[編集]

龍樹(150年-250年)の大智度論 に「問うて曰く、若し仏法中に一切法は空にして一切に我あること無しといわば、いかんが仏の経に初頭に如是我聞というや」と問い、「無我は了解しているが、俗法(言語習慣、言い習わし)に随って我といったので、それは実我ではない」といっているのは、これを示している。

世親[編集]

一般的に「我」「私」とかいうのは仮我についていうので自他を区別するためである。しかし、それでは、その「我」とか「私」とかが自他を区別する為であるとしても、いったい、それは何についていわれるかという点で、世親(320年-400年)は「仮によって我法と説く、種々の相転ずることあり、彼は識が所変による」と説いて、唯識といい、阿頼耶識のうえに我を仮説することを示している。

大我[編集]

仏教では実体としての真我を否定し、無我を根本教理とする一方、一部では「大我」 (paramātman) を説く。もちろん、この大我は他宗教の所説のような実在としての我でなく、仏果すなわち涅槃の徳の上につけた名である。すなわち涅槃の境地は真実であり、いっさいの繋縛をはなれて完全自由であるからとの両面より、さとりのうえに大我の称号を認めるのである。

日常用語・慣用句[編集]

一人称
日常会話で使われる範囲では、日本語一人称の一つであるが、フィクション成句以外で使われることは滅多にない。ただし関西地方など一人称を二人称に転用する時に、使われる場合がある。(ワレは~)また、自己主張、我儘などを指して「我(が)の強い人間」という表現もある。中国語では「」と読み、広東語では「ngo5」と読む。
天上天下唯我独尊 
天の上にも下にも尊い者は自分一人である、という言葉。仏陀が生まれた時、両手の親指でそれぞれ天地をさしてこれを表していたという伝説がある。現代では、極端なナルシズムエゴイズムを批判して使われることが多い。
我思う、故に我あり
デカルトの言葉。懐疑論によってあらゆる事象の根拠が揺らいだとしても、自分が思考しているという事実は思考によって否定されえず、ゆえに自分の存在も否定されえない確かな物である、という意味。
和歌俳句
我こそは新島守よ隠岐の海の荒き波風心して吹け - 後鳥羽天皇
我のみやあはれと思はん蛬なくゆふかげのやまとなでしこ - 『寛平御時后宮歌合』(素性法師)
吾はもや安見児得たりみな人の得がてにすとふ安見児得たり - 藤原鎌足
われを思ふ人を思はぬむくいにやわが思ふ人の我を思はぬ - 『古今和歌集』(読み人知らず)
我と来て遊べや親のない雀 - 小林一茶
古語

自称の代名詞のほか、対等または目下の者[1][2]や、相手を卑しめて使用[3]する。

脚注[編集]

  1. ^ 狭衣物語
  2. ^ また、この場合、「我様」「わり様」という表現を用いる場合もある。
  3. ^ 浮世床』(式亭三馬

関連項目[編集]