チベット語

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チベット語
བོད་སྐད་ (^phöökää)
話される国 中華人民共和国ブータンインドネパールパキスタン
地域 チベットカシミール
話者数 約615万人
言語系統
公的地位
公用語 ブータン中華人民共和国の各チベット系民族区域自治行政体など
統制機関 なし
言語コード
ISO 639-1 bo
ISO 639-2 tib (B)
bod (T)
ISO 639-3 各種:
bod — ウ・ツァンチベット語(中央チベット語)
adx — アムド・チベット語
khg — カム・チベット語
Lenguas tibeto-birmanas.png
  標準チベット語が属すチベット諸語の分布域
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チベット語(チベットご)は、ユーラシア大陸の中央、およそ東経77-105度・北緯27-40度付近で使用されているシナ・チベット語族(支那-蔵系)のチベット・ビルマ語派ヒマラヤ語群に属する言語

形態論において孤立語に分類されるが膠着語的な性質ももつ。方言による差はあるが、2種ないし4種の声調をもつ。チベット系の人々自身が樹立したブータンをはじめ後述の四カ国に分断されたチベット高原における約600万人、国外に移住した約15万人のチベット人母語として使用している。

文字[編集]

チベット語に用いられるチベット文字は、表音文字であり、起源はブラーフミー文字である[1]。ラテン文字に転写するにはいくつかの方法があり、統一されていない。

チベット文字はUnicodeにも収録されており、Windows XPやMac OS X上で使用可能である。

30の基字がある。

第1列 第2列 第3列 第4列
ˉka /k/ ˉkha /kʰ/ ˊkha /kʰ/ (ga /g/) ˊnga /ŋ/
ˉca /ʨ/ ˉcha /ʨʰ/ ˊcha /ʨʰ/ (ja /dʑ/) ˊnya /ɲ/
ˉta /t/ ˉtha /tʰ/ ˊtha /tʰ/ (da /d/) ˊna /n/
ˉpa /p/ ˉpha /pʰ/ ˊpha /pʰ/ (ba /b/) ˊma /m/
ˉtsa /ʦ/ ˉtsha / ʦ ʰ/ ˊtsha / ʦ ʰ/ (dza /dz/) ˊwa /w/
ˊsha /ɕ/ (zha /ʑ/) ˊsa /s/ (za /z/) ˊ'a /ʔ/ (h /ɦ/) ˊya /j/
ˊra /ɹ/ ˊla /l/ ˉsha /ɕ/ ˉsa /s/
ˉha /h/ ˉa /-/  

発音[編集]

チベット語の音節は、

  • 子音+短母音(例:la ~へ、~に)
  • 子音+長母音(lâa えっ?)
  • 子音+短母音+末子音(lâp 言う)

の3種類のみである。単語は、1音節または2音節以上の組み合わせで構成される。

子音[編集]

子音は地域差・個人差が大きいが、最高で39種に弁別される。無気音有気音の区別があること、そり舌音が多彩であることなどが特徴である。音節末子音には -ʔ, -k, -p, -r, -m, -ŋ がある。-kと-pは内破音である。

チベット文字の後置字と実際の発音の関係は単純ではない。-d -s は -ʔ と発音されるか、または無音になる。-g は -ʔ と発音するもの、-k と発音するもの、無音になるものがある。-b は -p と発音するものが多いが、一部は -ʔ になる。-l は発音されない。-r も大部分は発音されないが、一部の語で -r と発音する。-n は発音されず、母音が鼻母音化する。

母音[編集]

ラサ口語には最低次の8種の短母音と、それぞれの長母音が存在する。また鼻母音もある。

  • a - ア
  • e - 舌の位置を高めにして エ
  • i - イ
  • o - オ
  • u - 唇を丸める ウ
  • ä - エ /ɛ/
  • ö - 口を o の形にして e を発音する。/ɵ/
  • ü - 口を u の形にして i を発音する。/ʉ/

チベット文字はアブギダであるため、正書法上 a に対応する母音記号はなく、記号がついていない場合に母音 a があると見なされる。また ä, ö, üの3母音は専用の文字がなく、末子音-d, -l, -n, -sの前にa, o, uが来た場合に出現する。長母音は歴史的に末子音の消滅と引き換えに出現したものだが、正書法上は末子音をつけた形で表記する。

母音の数は文献によって異なる。金鵬は上記のほかに /ə/ を認める(p と m の前にのみ出現)[2]。ロサン・トンデンは「ダラムサラのチベット図書館で認定されている標準的な音韻体系」として、上記8母音に ė ȯ を加えた10母音(ė は alone の a のように、ȯは object の o のように発音する)を認める[3]。張琨夫妻は a i ė ȯ u ü ʌ e ɛ ɔ o ö の12母音が6つずつ対をなして母音調和を起こすとする[4]

声調[編集]

ラサ口語においては高平調、高降調、低昇調(低平調)、低昇降調の4つが区別される。これらは発音されない子音が消滅した代償に発生したため、文字から予測する事ができる。具体的には核子音字が有声の時に低調(低昇調、低昇降調)となり、無声の時に高調(高平調、高降調)となる。鼻音とyとlの単独時は低調で発音されるが先行子音があると高調となる。降調となるかどうかは発音されない末子音の種類と有無によって決定される。

多音節語になると日本語と同様の高低アクセントとなり、自立していない接尾辞としての2音節目と全ての3音節目以降は軽声となって高低が弁別に寄与しなくなる。具体的には一音節目+二音節目がそれぞれ高平or高降+高平or低昇=高高、高平or高降+高降or低昇降=高低、低昇or低昇降+高平or低昇=低高、低昇or低昇降+高降or低昇降=昇降といった組み合わせのアクセントとなる。

文法[編集]

文語体では接辞文法機能を担う例が多く膠着語に近いが、現代語ではこれらの多くを失い、孤立語化が進んでいる。

またチベット語は能格言語であり、絶対格と能格の区別がある。文語体では名詞にこれを含めて9つのがあり、これらは絶対格(無標)を除き、接尾辞で示される。これらは日本語の助詞と同じく、名詞のあとにまとめてつける。複数は必要な場合にのみ接尾辞で示される。

動詞には、形態的に最高で4つの基本形式(活用)があり、それぞれ現在形・過去形・未来形(実際にはむしろ必要性や義務を意味する)・命令形と呼ばれる。活用は母音交替接頭辞・接尾辞によるが、あまり規則的ではない。ただしこのような活用ができる動詞は限られており、代わりに助動詞を用いるのが普通である。動詞の大多数は2種に分けられ、1つは動作主(助辞 kyis などで示される)の関与を表現し、もう1つは動作主の関与しない動作を表現する(それぞれ意志動詞と非意志動詞と呼ばれることが多い)。非意志的動詞のほとんどには命令形がない。動詞を否定する接頭的小辞には、mi と ma の2つがある。mi は現在形と未来形に、ma は過去形(文語体では命令形にも)に用いられる。現代語では禁止にはma+現在形が使われる。有無は存在動詞の「ある」yod と「ない」med で表す。

名詞と動詞に関して日本語と似た敬語組織が発達している。基本的動詞には別の敬語形があり、その他は一般的な敬語形と組み合わせて表現する。

方言[編集]

チベット語は大別するとパキスタンバルティスターン地方やラダックに分布し文語の音韻体系を残す西部古方言、インドのヒマーチャル・プラデーシュ州からウッタル・プラデーシュ州ガルワール地方英語版にかけて分布する西部革新的方言、ブータンの公用語ゾンカ語を含む南部方言、中央方言と呼ばれラサ口語が属するウーツァン方言、チベットの東に分布するカム方言、そして東北のアムド方言に分けられ、後者3つの語彙の共通性は75%以上で、広範囲にわたり言語的類似性を保持している。

ウーツァン方言では他の方言が破擦音化する場合を除きそれぞれの形で残している先行子音が発音されなくなり声調へ影響を与えるだけに留まっている。声調の数も各方言で異なっており、アムド方言のように全く声調が存在しないものもある。

アムド方言では先行子音が /h//ɣ/ へ収束し、子音 py が残存する。このような保守的な側面の一方、母音では /i//u/ が合一して /ə/ となるなど独自の変化を遂げている。

転写方式[編集]

チベット語の文字は7世紀に表音文字として制定されたが、その後、綴字と発音の乖離が著しく進んだため、チベット語を他言語の文字によって転写する方式としては、発音を写し取る目的と、綴り字を写し取る目的とで、全く別個の体系を用意する必要がある。

発音を写し取る体系

綴り字を写し取る体系

  1. ワイリー拡張方式
  2. ダス式

分布[編集]

チベット語は以下の4カ国にまたがるチベット高原で伝統的に用いられてきた。

  1. ブータンゾンカ語
  2. インドカシミール州ラダック地方、シッキム州等)
  3. 中華人民共和国チベット自治区青海省甘粛省甘南チベット族自治州天祝チベット族自治県四川省アバ・チベット族チャン族自治州カンゼ・チベット族自治州雲南省デチェン・チベット族自治州
  4. ネパール北部の沿ヒマラヤ地方など

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ "The Routledge Handbook of Scripts and Alphabets" by G. L. Campbell and C. Moseley
  2. ^ 金鵬 (1983). 蔵語簡志. 民族出版社. pp. 9-13. 
  3. ^ ロサン・トンデン 『現代チベット語会話』1、石濱裕美子、ケルサン・タウワ訳、世界聖書刊行協会、1992年、12頁。
  4. ^ Chang, Kun; Shefts, Betty (1964). A Manual of Spoken Tibetan (Lhasa Dialect). University of Washington Press. 

外部リンク[編集]