東北学院大学

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東北学院大学
正門と本館
正門と本館
大学設置 1949年
創立 1886年
学校種別 私立
設置者 学校法人東北学院
本部所在地 宮城県仙台市青葉区土樋一丁目3番1号
キャンパス 土樋キャンパス(宮城県仙台市青葉区)
多賀城キャンパス(宮城県多賀城市
泉キャンパス(宮城県仙台市泉区
学部 #教育および研究参照
ウェブサイト 東北学院大学公式サイト
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東北学院大学(とうほくがくいんだいがく、英語: Tohoku Gakuin University)は、宮城県仙台市青葉区土樋一丁目3番1号に本部を置く日本私立大学である。1949年に設置された。大学の略称はTGU、TG、東学大(とうがくだい)、東学(とうがく)。宮城県内では学院大と呼ばれることが多い。

概要[編集]

大学全体[編集]

キリスト教主義学校(ミッションスクール)のひとつであり、リベラルアーツを重視した私立総合大学である。 1949年 教育基本法学校教育法に基づき、新制大学としてスタートした。

東北学院大学のルーツは1886年明治19年)に開校された私塾「仙台神学校」(英文標記:Sendai Theological Training School)に遡る[PR 1]

1872 年(明治 5年)、横浜で洗礼を受け、日本最初のプロテスタント教会である日本基督公会の設立に関わった旧伊予松山藩士押川方義と、1885年(明治18年)に来日したアメリカ人ドイツ改革派教会宣教師ウィリアム・エドウィン・ホーイがキリスト教の伝道者の育成を目的に設置した[PR 2][PR 3]

押川とホーイが本学を離れた後は、ホーイと同じく、フランクリン・アンド・マーシャル大学で学び、ホーイの推薦によって日本伝道の任に就いていたデヴィッド・ボウマン・シュネーダーが指導的立場に立った。 1891年(明治24年)に、伝道者育成に加え、普通高等教育を施すようになり、校名を「東北学院」(英文標記:Tohoku Gakuin/North Japan College)に改称した。

先に記した、押川方義W・E・ホーイD・B・シュネーダーの3名は、「三校祖」と呼ばれており、特に、シュネーダーは、その人格的影響力と学校経営の手腕により、50年にわたり本学の礎と発展に尽力した「東北学院中興の祖」である[PR 4]

名称の由来[編集]

本学の地である 「NorthJapan」「東北」と「College」「学院」を合わせ、「東北学院」と名付けられた。国内では「明治学院」「関西学院」に次いで「学院」を名乗った。なお、明治期、多くのミッションスクールでは「英和学校」(Anglo-Japanese school) と呼ばれていた。

教育および研究[編集]

文系5学部、理系1学部、そして国内では数少ない教養学部を擁し、毎日の「大学礼拝」と「キリスト教学」(全学部全学科で必修科目として、1年次及び3年次の科目として履修)の学習による聖書の教えをもとにした、福音主義キリスト教に基づく教養教育(リベラルアーツ)を重視している。

開校以来の伝統を継承する文学部総合人文学科(旧基督教学科)は、北関東以北で唯一の神学教育機関であり、日本基督教団牧師を始めとするキリスト教伝道者・教育関係者を育成している。

大正から昭和初期にかけ「英語の東北学院」と称され、伝統的に英語教育に力を入れている。


学風および特色[編集]

創立時に欧米のリベラルアーツ・カレッジをモデルとしていることから、学術研究・学生生活を含め、自由な学風である。

2016年度における入学者の出身地をみると、東北地方だけで95%以上を占めている[PR 5]

沿革[編集]

年表[編集]

基礎データ[編集]

所在地[編集]

  • 土樋キャンパス(宮城県仙台市青葉区土樋一丁目3番1号)
  • 多賀城キャンパス(宮城県多賀城市中央一丁目13番1号)
  • 泉キャンパス(宮城県仙台市泉区天神沢二丁目1番1号)

教育および研究[編集]

組織[編集]

学部[編集]

大学院[編集]

附属機関[編集]

研究所[編集]
  • キリスト教文化研究所
  • 東北産業経済研究所
  • 経営研究所
  • 社会福祉研究所
  • 英語英文学研究所
  • 教育研究所
  • 東北文化研究所
  • ヨーロッパ文化研究所
  • 宗教音楽研究所
  • 工学総合研究所
  • 人間情報学研究所
  • 法学政治学研究所
  • アジア流通文化研究所
センター[編集]
  • カウンセリング・センター
  • オーディオ・ヴィジュアルセンター
  • 教職課程センター
  • 情報処理センター
  • 産学連携推進センター
  • 入学試験センター
  • 工学基礎教育センター
  • ハイテク・リサーチ・センター
  • バイオテクノロジー・リサーチ・コモン
図書館[編集]
  • シュネーダー記念中央図書館(土樋キャンパス)グーテンベルク聖書の不完全本が所蔵されている。[1]
  • 多賀城キャンパス図書館(工学部分館)
  • 泉キャンパス図書館(泉分館)
博物館[編集]
  • 東北学院大学博物館

研究[編集]

私立大学学術研究高度化推進事業[編集]

  • オープン・リサーチ・センター整備事業
    • 大学院文学研究科(アジア流域文化論)
    • 大学院文学研究科(ヨーロピアン・グローバリゼーションと諸文化圏の変容に関する研究)
  • ハイテク・リサーチ・センター整備事業
    • 大学院工学研究科(特殊環境下における外場誘起によるナノデバイスの機能性発現および新素材探索)
  • 東北における神学・人文学の研究拠点の整備事業[2]
  • 地域共生教育による持続的な『ひと』づくり『まち』づくり」事業[3]

教育[編集]

  • 大学院教育改革支援プログラム
    • 遺跡遺物資料処理技能開発の日中韓共同推進
  • 社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム
    • 21世紀のキーテクノロジーを学ぶ
  • 私立大学戦略的研究基盤形成支援事業
    • 環境保全と健常生活のための先端バイオテクノロジーの統合的研究
  • 戦略的大学連携支援事業
    • 仙台圏所在大学等の連携を強化・拡充することによる相互的及び総合的発展
  • TG Grand Vision 150(東北学院大学中期計画)[4]

学生生活[編集]

サークル・課外活動[編集]

[PR 6]

1.学生会 (文・経済・経営・法・教養学部)
総合役員会
〜総合役員会は、学生の要望をまとめ、学内の問題や学生会行事について審議する学生総会に次ぐ第二議決機関として11団体で構成されている。〜
学生会代議委員会, 英字新聞会(休部), 応援団, 学生アルバイト委員会, クラブ幹事会, 経済・経営学生ゼミナール協議会, 新聞会, セツルメント会, 体育会常任幹事会, 文化団体連合会, 放送会
体育会
〜体育会には43団体が所属しており、体育会常任幹事会がその所属団体を統括している。〜
合気道部, アメリカンフットボール部, 空手道部, 弓道部, 剣道部, 硬式野球部, ゴルフ部, サイクリング部, サッカー部, 山岳部, 自転車競技部, 自動車部, 柔道部, 準硬式野球部, 少林寺拳法部, 水泳部, スキー部, スキューバーダイビング部, スケート部, 相撲部, ソフトテニス部, 体操競技部, 卓球部, 軟式野球部, ハンドボール部, 馬術部, バスケットボール部, バドミントン部, バレーボール部, フェンシング部, ボウリング部, ボート部, ボクシング部, 洋弓部, ヨット部, ライフル射撃部, ラクロス部, ラグビー部, 陸上競技部, レスリング部, ワンダーフォーゲル部, 硬式テニス愛好会男子, 硬式テニス愛好会女子
文化団体連合会(文団連)
〜文化団体連合会には、文科系のサークルが所属。〜
映画部, 英語英文学研究部,英語会(ESS), 演劇部,奇術研究会, キャロラーズ(女声合唱団), グリークラブ(男声合唱団), 軽音楽部(T.M.S.), 考古学研究部, 写真部, 萩鳳会【法律の勉強】, 将棋部, 書道研究部, 釣友会, 地理研究部, ハイキング部, ヒムネンコール(混声合唱団), 美術部, プレクトラムソサエティー【マンドリン中心の管弦楽】, 邦芸部【茶道・華道】, 漫画研究会, 落語研究会, 旅行研究会, The Catching Tomorrow(TCT)【コンピュータ】, 紙芝居クラブ
クラブ連合会
〜体育会、文化団体連合会とは別になる体育系と文科系のサークルが所属。〜
  • 体育(10団体)
    クラブ連居合道部, クラブ連空手道部, クラブ連剣道部, クラブ連サッカー部, クラブ連卓球部, クラブ連テニス部, クラブ連バスケットボール部, クラブ連バドミントン部, クラブ連バレーボール部, クラブ連ヨット部
  • 文化(7団体)
    クラブ連温泉研究会, クラブ連軽音楽部, クラブ連現代文化研究会, 競技麻雀団体 三色同好会, クラブ連放送メディア研究会, クラブ連旅行研究会, クラブ連ノートテイクサークル
特別団体
  • 大学宗教部の付属機関である聖歌隊(正式名称は東北学院大学宗教部聖歌隊)は、当大学の学生によって組織されていることから、サークル団体と同様に扱われることがある。大学の公式行事であるクリスマス礼拝等では、他の合唱団(グリークラブ、キャロラーズ、ヒムネンコール)と合同で活動している。
  • 吹奏楽団( S.W.E.シンフォニック・ウインド・アンサンブル)はサークル団体として組織されており、かつては全日本吹奏楽コンクールの常連であった(最後の全国大会出場は2002年)。
特別団体(47団体)
〜大学のサークルとして公認された団体。〜
基礎スキー愛好会, 球技研究会, けん玉同好会, 剣道愛好会, 祭友会, 室内合奏団, 推理小説研究会, 卒業記念アルバム制作実行委員会, 卒業祝賀実行委員会, ソフトボール愛好会(VTEC), ソフトテニス愛好会stage, チアリーディングチーム, 手打ちそば研究会, テニス愛好会Fine, 天文同好会, 東洋哲学研究会, トリム運動研究会, 日本語ボランティアサークルHANDS, バドミントン同好会, バレーボールクラブ ZONE, フォークソング愛好会, フライングディスク・アルティメット, サークルUnchain(アンチェイン), 古着愛好会, フランス文化愛好会(休部) , 文芸同好会, 民俗学研究会, モーターバイク愛好会, 幼稚園英語活動サークル, 料理研究会, Ausdruck(アウスドルック)【ジャグリング】, Bridge(ブリッジ)【留学生へのサポート】, Dance Factory's, Extend Hobby Sports【球技】, GUYS(ガイズ)【国際交流】, LIBERO(リベロ)【サッカー・フットサル】, POCKET'S(ポケッツ)【ビリヤード】, reMix(リミックス)【アカペラ】, SEASON(シーズン)【スポーツ全般】, Selfish(セルフィッシュ)【球技全般】, SKP(エスケービー)【スポーツ新聞発行】, SOUND OF NO GENERATION【映画・音楽等カルチャー研究】, SPAβ(スパーシュ)【バスケットボール】, SURGE(サージ)【サーフィン】, S.W.E.【吹奏楽部】, TGタイクラブ(休部), VS-ALL ROUND SPORTS-, 4-LEAVES【仙台のまち起こし】
2.工学部学生会
学生会(4団体)
〜多賀城キャンパスで学ぶ工学部学生が所属する各サークルを統括する組織として4団体で構成。〜
学生会執行委員会, 応援団, 基督教青年会(S.C.A), 代議委員会
体育部(27団体)
〜工学部学生会の体育部には27団体が所属し、文科系学部の学生で構成される体育会とは別に組織され、スポーツを楽しむ学生を主体に活動を行っている。〜
合気道部, アメリカンフットボール部, オフロードバイクサークル, カート部, 空手道部, 弓道部, 剣道部, 硬式庭球部, ゴルフ部, サッカー部, 山岳部, 自動車部, 柔道部, 準硬式野球部, 少林寺拳法部, スキー部, ソフトテニス部, ソフトボール部, 躰道部, 卓球部, ハンドボール部, バスケットボール部, バドミントン部, バレーボール部, 洋弓部, ラグビー部, 陸上部
文化部(16体)
〜20団体で構成される工学部学生会文化部は、文化団体連合会などにはない独自のサークルも多く、多賀城キャンパスを拠点に活発なクラブ活動を展開している。〜
囲碁・将棋部, 英語会(E.S.S.) , エコノパワー研究会, 環境土木工学研究会, 視覚文化研究会, シミュレーション研究会, 写真部, 書道研究部(休部), 通信部, 釣友会(休部), 天文部, 美術部, フォークソング部, ロックバンド部, ロボット研究会, T.G.Machina ものづくり工房
その他公認団体(3団体)
ダンス愛好会(休部), 撞球会, TG sign


スポーツ[編集]

  • 毎年、青山学院大学、北海学園大学の2校と「総合定期戦」が開催されている。
    • 青山学院大学1950年〜) 建学の精神を同じくする同大学とは、関係も深く、設立以来の交流がある。
    • 北海学園大学1955年〜) 北海道内最古で学生総数も最多の同大学とは交流がある。

大学関係者と組織[編集]

大学関係者一覧[編集]

施設[編集]

キャンパス[編集]

2005年東北大学が青葉山新キャンパス[PR 7]の整備方針を策定した際、同大学の片平キャンパス南地区から電気通信研究所などを移転させて跡地を売却する方針も決めたため、本学は土樋キャンパスに隣接する同地を取得して一体整備する計画を立て[5][6][PR 8]2020年度までに泉キャンパスを土樋地区に統合整備する計画を策定した[5]。しかし、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)による被害が多額にのぼった東北大学が、売却益より移転費用の方が上回る見込みの片平キャンパス南地区の売却を断念したと6月2日に報道された[6]

2016年12月20日、仙台市が設置した仙台市立病院跡地購入事業者選定委員会は、約1万7500平方メートルの跡地の売却に関する優先交渉者として東北学院を選定したことが明らかとなった。売却額は44億円。これによって東北学院は、2021年をめどに東北学院大の教養学部(泉区)と工学部(多賀城市)を跡地に集約し、近接する同大土樋キャンパス(青葉区)と一体的に整備する方針と報じられている[7][8]

土樋キャンパス[編集]

当キャンパスは、北側を南六軒丁通り[注 1]、東側を猿曳丁通り[注 2]、南側を土樋通り[注 3]、西側を米ケ袋鹿の子清水通[注 4]に囲まれる街区の多くを占める。東北大学片平キャンパスの南側に隣接する文教エリアにあり、周辺は閑静な住宅街である。

当地は広瀬川河岸段丘である仙台中町段丘と同段丘より一段低い仙台下町段丘にまたがっており、両段丘の間の段丘崖の地形に沿って南西方向に凸の状の街区を形成している。当キャンパスは、段丘崖上に並ぶ仙台藩上級家臣の3邸宅(西から佐藤家、柴田家、砂金家)跡地[PR 9]明治になって継いだデフォレスト邸、ブラッドショー邸、明善分寮などの跡地[9]、および、段丘崖下の町人地に広がっている。正門がある南六軒丁通りは、江戸時代にその東端近くで四ツ谷用水支流と交差しており、ここを境に西側が侍屋敷、東側は奥州街道田町の町域となっていた。

住所の「土樋」は段丘崖下の町人地の町名に由来し、江戸時代は仙台弁の影響で「つっとい」と読んだが、現在は共通語標準語に基いて「つちとい」と読む。

2016年8月、「デフォレスト館」が「東北学院旧宣教師館」として日本国重要文化財に指定された。 「明治20年代初め」という建築年代については、調査結果から「明治20年の冬」であることが確認された。これにより、「デフォレスト館」が「現存する日本最古の旧宣教師館」であることが裏付けされたことになった。

キャンパス内には多数の建物が所狭しと建っているが、中でもアメリカ人建築家J・H・モーガン設計したカレッジ・ゴシック様式の2つの建物が目を引く。1つは土樋キャンパスのシンボルであり、重厚な正門を入って正面に位置する「東北学院大学本館」である。 1925年大正14年)に旧・専門部校舎として建てられ、現在は法人本部が使用している。2014年に日本国登録有形文化財に登録された。1923(大正12)年の関東大震災後に建設が計画されたことから、耐震性も念頭に置いた構造となっており、鋼鉄の窓枠やリノリュームの床はアメリカからの輸入、外壁には秋保の自然石が用いられている。33万円という当時における巨額の工費は、国内外の多くの篤志家からの献金によって賄われた。1978(昭和53)年の宮城県沖地震で外装の石材が一部剥離したが、その後補修され、東日本大震災でもその堅牢さが証明された。この正門J・H・モーガンの作品である。

もう1つは本館の右手にあり、作家伊藤整が「日本の大学のチャペルで最も美しい。」と絶賛した「ラーハウザー記念東北学院礼拝堂」である。 名称にある「ラーハウザー」とは、第2代院長であるD・B・シュネーダーが米国にて募金活動を行った際、それに賛同し、献金を寄せた、エラー・ラーハウザー嬢に由来する[PR 10]1932年昭和7年)に建てられた当礼拝堂は、地下1階地上2階建ての南北に長い鉄筋コンクリート造建築で、十字形の礼拝堂の南に玄関とホール、北に教壇を構え、両脇とホール2階も聴衆席としている。扁平尖頭アーチの縦長窓や笠付の柱形が垂直性を強調するカレッジ・ゴシック様式の外観で、本館とともに大学の核を構成する。約900名を収容でき、正面からイエス・キリスト昇天の場面を極彩色で描いたステンドグラスが見える。高さ約4.4メートル、幅約3.5メートル。これは英国のヒートン・バトラー&バイン(HeatonButler& Bayne、以下HBB)工房で制作されたもので、同社制作のものは当時国内にはほか2ヵ所に設置されていたという。しかしその内の1つ「横浜クライスト・チャーチ横浜山手聖公会)」の作品は1945年に焼失。もう1つは神戸の邸宅に設置されたもので現存せず、今はこの作品しか遺されていない。キリストと天使たちの衣は同じ黄色でも異なる色で表現。D・B・シュネーダーが横浜のアメリカ人建築家モルガン、HBB工房に注文を出した際の手紙では「天使の数を減らし、キリストを目立たせるように」と指示している。さらに中央にエルサレムを強調して描くことで、「仙台をエルサレム(聖地)に」と思料したのである。ステンドグラスの横には、かつて活躍し、形のみを残した米国モーラー社(en:M. P. Moller)製のパイプオルガンが、北関東以北で最も古いパイプオルガンとして現存している。現在は、ドイツハンブルク)のルドルフ・フォン・ベッケラート社(de:Rudolf von Beckerath Orgelbau)による、ネオ・バロックスタイルのパイプオルガンが使用されている。この建物もまた2014年に日本国登録有形文化財に登録された。なお、礼拝堂地下室には、「東北学院歴史資料館」がある。

この他に「東北学院大学大学院棟」(旧シュネーダー記念東北学院図書館)[PR 11]、も日本国登録有形文化財に登録された。 シュネーダーの描いたマスター・プランの実現には、大戦をはさんで実に28年の歳月を要した。西半を吹抜けの閲覧室、東半を各階書庫とし階高を抑えた鉄筋コンクリート造5階建であるがにもかかわらず、縦長窓を巧妙に配して3階建風にまとめ、均整のとれた外観となっている。1階と3階にそれぞれ2層吹抜けの閲覧室を配し、5層の書庫、10室の教授研究室等を備えたこの建物は、当時日本の大学のどこに比べても遜色のない最新式図書館と言わ賞賛された。東北学院大学本館北東に西面し、学院の核を構成している。

これらの建造物は大正15(1926)年から昭和28(1953)年にかけて、順次、建てられたものである。 3棟の配置については、「本館を中央にして、東側に図書館、西側に講堂を兼ねた礼拝堂を置き、知識の訓練と霊性の訓練の実現を目指す」(『東北学院時報』61号、1925年7月発行)と、D・B・シュネーダー院長が明快にその意図を述べている。

多賀城キャンパス[編集]

  • 使用学部:工学部
  • 使用研究科:工学研究科
  • 交通アクセス:JR仙石線多賀城駅から徒歩10分。JR東北本線国府多賀城駅から徒歩20分・塩釜駅から徒歩25分。
  • 以前は一部東北本線利用者以外の大半が仙石線多賀城駅を利用していたが、東北本線国府多賀城駅が出来たことで混雑を回避しこちらに乗る利用者も多くなった。

1942年(昭和17年)から多賀城村(当時)に建設開始され稼動した多賀城海軍工廠は、第二次世界大戦後の占領期進駐軍「キャンプ・ローパー」として使用された。その跡地は広大であり、現在は多賀城駐屯地東北管区警察学校多賀城市文化センター仙台港臨海工業地区などに転用されている。当キャンパスもその跡地の一部に設置されており、進駐軍完全撤退後の1961年(昭和36年)9月25日東北財務局に払い下げ申請し、1962年(昭和37年)4月1日に多賀城町(当時)に開設した[PR 12]

キャンパス内には稲荷殿古墳という小型の円墳があり、1981年1982年(昭和56年と57年)に、大学が発掘調査を実施して、7世紀後半の築造と推定した[10]

多賀城駅からキャンパスの方向を見ると、「工学部礼拝堂」の十字架を望見することができる。打放しコンクリートの近代的な礼拝堂には、毎日「大学礼拝」のため、多くの教職員・学生が集まり、祈りをささげている。

礼拝堂の手前には、工学専門図書を収集している「多賀城キャンパス図書館(工学部分館)」と、トレーニングルームや武道場を設けている「工学部体育館」がある。礼拝堂を中心に霊育・知育・体育の教育施設が設置されており東北学院の教育の特徴を総合的にあらわしている。当キャンパス礼拝堂には、ドイツベルリン)のカール・シュッケ社(de:Karl Schuke Berliner Orgelbauwerkstatt)製のパイプオルガンが設置されている。

近年は、隣接している国有地の取得や、老朽化している施設の解体整理を進めており、「工学基礎教育センター」の開設など、教育施設の拡大充実を図っている。なお、同キャンパス内には東北学院幼稚園がある。

泉キャンパス[編集]

  • 使用学部:文学部・経済学部・経営学部・法学部(各1・2年)・教養学部
  • 使用研究科:人間情報学研究科
  • 交通アクセス:地下鉄泉中央駅から徒歩35分。同駅から宮城交通バスを利用し15分。

当キャンパスは1965年(昭和40年)に泉町(当時)において用地取得され、1972年(昭和47年)に東北学院榴ケ岡高等学校が現榴岡公園の地から移転した。1986年(昭和61年)の東北学院100周年にあわせ更に造成され、東北学院総合運動場として利用された(現在は東北学院陸上競技場などがある)。泉市(当時)が仙台市に合併された1988年(昭和63年)に文系学部の教養部が当地に移転し、仙台市が政令指定都市に移行した翌1989年平成元年)に教養学部が新設された。

約10万坪の広さと最新の教育施設を誇る、豊かな自然に囲まれた最も恵まれたキャンパスである。また、1200名を収容できる当キャンパス礼拝堂には、フランスのアルフレッド・ケルン社(de:Alfred Kern & fils)によるフレンチ・クラシカルオルガンが設置されている。

対外関係[編集]

地方自治体等との協定[編集]

[11]

他大学との協定[編集]

[PR 13]

姉妹校[編集]

校祖を同じくする同大学とは関係が深い。

社会との関わり[編集]

メディアへの露出
2006年(平成18年)、映画「アヒルと鴨のコインロッカー」(原作:伊坂幸太郎)のロケ地の一つに選ばれ、泉キャンパス掲示板、2号館前の噴水、大学生協などで大塚寧々瑛太濱田岳などを迎え撮影が行われた。作中では、「青葉学院大学」として登場している。
2008年(平成20年)、TBS系列である東北放送(TBC)制作の深夜バラエティー番組『サンドのぼんやりーぬTV』の第2回放送で、新入生歓迎行事の模様が放送された。部員不足にあえぐ応援団とチアリーディングチームの新入生獲得を手伝うという設定で、お笑いコンビのサンドウィッチマンが登場。同学応援団やチアリーディングチーム、アメリカンフットボール部、放送会らと絡むシーンもある。TBCアナウンサーの名久井麻利はチアリーダー、サンドは学ランのコスプレを披露した。

東日本大震災[編集]

  • 「災害ボランティアステーション」
「災害ボランティアステーション」を立ち上げたことで、現在100を超える大学と連携し、その事務局となっている。他の大学とのコミュニケーションが親密になり、また自治体、NPO、住民との関係も築くことができた。地元は元より、国内さまざまな組織と連携している。
  • 東北学院大学震災のプロジェクト
本学 教養学部地域構想学科 教授、社会学者(専門は災害) の金菱清教授とゼミ生たちによる東北学院大学「震災の記録プロジェクト」
2015年、東日本大震災から5年。本学、金菱清ゼミナールが行った「震災の記録プロジェクト」をまとめた本書である。このゼミの学生と指導教官である金菱清が2013年から始めたものである。
  • 「私の夢まで、会いに来てくれた 3・11 亡き人とのそれから」
2018年、2月下旬に刊行された本書は2016(平成28)年1月に刊行された『呼び覚まされる霊性の震災学 3・11生と死のはざまで』(東北学院大学震災のプロジェクト 金菱ゼミナール編 新曜社刊)と対をなすもので、震災で死去した家族の夢を見た遺族に聞き取りした話をまとめた本である。中央紙から地元紙、地元テレビ局も加わり、当日夜から翌日にかけてニュースとして放送され、新聞では『震災7年特集』として3月11日前後に掲載された。その後も共同通信社、時事通信社の配信により、特に関東以西の西日本のメディアによって大きく報道された。一方、ゼミ生は、報告会の後も要請に応えてラジオ番組に生出演し、取材に応じてくれた方々に上梓された本を届ける様子などの取材にも応え、様々なメディアで取り上げられた。
これは東日本大震災により、日本から避難していたブルガリア共和国大使館に代わり、ブルガリア共和国外務省からの「被災地慰問」の意向が 宮城県出身で、これまでブルガリア共和国の国際・イベントプロモーションを主催しブルガリア共和国の花であるブルガリアン・ローズ(burugariann・rose)の普及に努めていた本学OBに打診され、依頼されたことによる。
本趣旨を受けた上記OBの援助により、ブルガリアの歌手「ヴァリャ・バルカンスカペタル・ヤネフ(バグパイプ奏者)」を日本に招き、ブルガリア大使館一行に同行し、震災で壊滅的な被害を受けた宮城県東松島市を慰問した。その際、校舎が全壊し多くの犠牲者を出していた鳴瀬第一中学鳴瀬第二中学を慰問。その後、ブルガリア共和国と東松島市は国際姉妹都市となっている(参照 外務省:ブルガリアによる被災地生徒受入れ)。また、本件ではこのOBが「青山学院大学」の賛同、協力を得て 東京の青山学院・アスタジオにおいて、司会を行い、ヴァリャ・バルカンスカとペタル・ヤネフの「東日本大震災復興チャリティーコンサート」が開催された。この模様は青山学院・アスタジオから本学にテレビ中継されている(本イベントのチャリティーは「日本赤十字社」の東日本大震災義援金と「青山学院大学」から本学への義援金として納められている)。
東日本大震災で多大な被害を受けた本学を「関西学院大学」の応援団、チアガールチーム、吹奏楽部が慰問し「東北を元気に」と銘打ちパフォーマンスを披露した。キリスト教主義学校(ミッションスクール)として、明治の同時期に誕生し、日本基督教団同盟校でもある「関西学院大学」は阪神・淡路大震災で大きな被害を経験している(震災時、本学は関西学院大学に義援金援助)。東日本大震災の深刻な状況に発起した学生主導による慰問であった。

系列校[編集]

東北学院大学の各教育機関は大学を頂点とする附属学校ではなく、学校法人東北学院の設置する学校である。 学校法人のもとで平等の取り扱いを受ける独立した併設学校である。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 仙台市道青葉1315号・片平丁線の一部
  2. ^ 仙台市道青葉1311号・田町線
  3. ^ 仙台市道青葉1313号・土樋線の一部。当街区の南辺の区間は「上土樋」と呼ばれた。
  4. ^ 仙台市道青葉1321号・米ケ袋鹿の子清水通線

出典[編集]

自主公表された情報源・公式サイト・プレスリリース[編集]

公式サイト[編集]