高等専門学校

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高等専門学校(こうとうせんもんがっこう)は、後期中等教育段階を包含する5年制(商船に関する学科は5年6か月)の高等教育機関と位置付けられている日本の学校[1] 。一般には高専(こうせん)と略される。 学校教育法を根拠とし「深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成する」ことを目的とする一条校である[2]

主に中学校卒業程度を入学資格とし、修業年限5年(商船学科のみ5年6か月)間の課程のもと、主に工学技術・商船系の専門教育を施すことによって、実践的技術者[注釈 1]を養成することを目的にした教育機関である。

「完成教育」を標榜する教育機関であることから、5年制の課程を終えた卒業生の過半は就職を選択してきた。就職希望者に対する求人倍率は常に高校卒・大学卒を大きく上回り、就職率はほぼ100%となっている。また、学生の進学意欲に応えるため、主に高専卒業生を受け入れ対象にする2年制の専攻科が各校に設置されている。本科卒業後は大学編入学(主に3年次編入学)、専攻科修了後は大学院進学の道もある。

本科(5年課程)の卒業生は準学士と称することができる。本科卒業後に専攻科(2年過程)を修了した者は、大学評価・学位授与機構の審査に合格することにより学士(主に工学)の学位を取得できる。高専内部では便宜的に、5年制の課程を本科もしくは準学士課程、専攻科を学士課程と称している。

概要[編集]

高等専門学校は、学年制を基本に、一般科目と専門科目をくさび形に配置し、1年次より徐々に専門教育が増えていく教育課程に特徴があり、旧文部省・旧国立高等専門学校協会は、都合7年間を要する高校段階から大学工学部レベルの教育を、重複なく5年間で完成する一貫教育を行うと標榜してきた[3][注釈 2]UNESCOの国際標準教育分類(ISCED)によれば、高等専門学校1,2,3学年はLevel-3B[1]、高等専門学校4,5学年および専攻科はLevel-5B[1]に分類されているが、前期課程/後期課程等と内部で分かたれることなく、後期中等教育機関である高校の生徒と同年代の学生(1-3年次)も含めて、高等教育を受けているものと法的にはみなされている。

高専における標準的な総授業時間数は、高校短大を併せた時間数を大幅に上回り、かつ四年制大学工学部において履修する専門科目の総時間数を若干上回っている。その一方で、一般教育・教養教育にかかわる科目の授業時間数は、高校と短大を併せた時間数を若干下回る[4]。高専の教育課程は、他の教育機関と比して、専門科目に厚く、一般科目に薄いのが特徴である。しかし、大学が教養部を廃止してからはその差は小さくなっているため、一般科目が薄いとは一概に言えなくなっている。

学校教育法上の一条校として制度が誕生したのは1961年(昭和36年)と、50年以上の歴史がある。「5年一貫の技術教育を行う実践的技術者養成機関として発展し、その教育成果は産業界等から高い評価」を得る一方で、「高等教育機関の中では小規模な学校種となっており、社会的認識の面で様々な問題が指摘されている」との評価もある[5]。高専創設後、学校教育法上の新たな教育制度として中等教育学校専門学校が誕生しているが、それらがより一般に認知されているのとは対照的である。

学校一覧[編集]

2014年(平成26年)4月1日現在、高等専門学校は57校あり、設置者別の内訳は、国立51校、公立3校、私立3校である[注釈 3]

高専全57校のうち、51校は独立行政法人国立高等専門学校機構の設置する国立学校である。公立・私立を含め、各47都道府県には、最低でも1校ないし複数の高専が設置されている。未設置あるいは既存校の4年制大学への転換により、高専が設置されていないのは埼玉県神奈川県山梨県滋賀県佐賀県の5県である。

校名を英語表記する場合、単科大学や短期大学に相当する「College」を使用するのが一般的である。国立高等専門学校機構が設置運営する工業高専は、全校ともNational Institute of Technology, ○○ College(◯◯:地名)と称している[注釈 4]

学科制をとる。かつては、全ての国立高専は1学科1学級(クラス)であったが、現在では、低学年次において、学科をまたいだ混合クラスを編成している学校もある。そして全学生共通のカリキュラムで授業を行っているところがある。高学年になると学生の希望と成績により各専攻へ分属する。また、公立・私立高専には、複数の学級で構成する学科もある。高等専門学校設置基準では、学級定員は40人を標準としている[注釈 5]

学生数[編集]

平成26年度(2014年度)の文部科学省学校基本調査」によると、国公私立全高専の在学生は2014年(平成26年)5月1日現在、本科、専攻科、及び聴講生・研究生等をあわせて5万7,677人(男子4万7,905人、女子9,772人)、本科のみでは5万4,354人(男子4万4,970人、女子4,384人)、専攻科のみでは3,262人(男子2,884人、女子378人)であった。また、2014年(平成26年)3月の本科の卒業者数は1万307人(男子8,598人、女子1,709人)、うち大学編入等(専攻科を含む)の進学者は4,047人、就職者は5,945(正規5,934人、非正規7名、臨時4名)、専修学校・海外の学校等の入学者は122人、その他193名となった。

文科省高等教育局専門教育課の調査によると、2014年度(平成26年度)の全高専の本科の入学定員は、1万580人(国立9,400人、公立720人、私立460人)、 また、学校基本調査によると、2014年度(平成26年度)の本科の志願者数と入学者数は、それぞれ1万9,197人(男子1万5,870人、女子3,327人)、1万969人(男子8,973人、女子1,993人)だった。

歴史[編集]

創設までの経緯[編集]

日本は、第二次世界大戦敗戦後、「教育の民主化」[注釈 6]などを求めたアメリカ教育使節団の勧告により、学校体系を「6・3・3・4制」(小学校6年間・中学校3年間・高等学校3年間・大学4年間)に一本化する単線型教育制度を導入するなどの学制改革を行った。これにより、旧制専門学校と、旧制高等学校を経て入学する旧制大学とに分化・階層化され、互いに交わることのなかった複線型教育制度が廃止された[注釈 7]

だが、1950年代(昭和25年-昭和34年)に入ると、吉田茂首相の私的諮問機関・政令改正諮問委員会は、教育体系の例外として高校3年と大学の2年または3年をあわせた5年制または6年制の農・工・商・教育等の職業教育に重点を置く「専修大学」(学校法人専修大学の設置する大学を指すものではない)制度の創設を答申。旧・中央教育審議会は、これに追随する答申をまとめた。日経連経団連などの財界・産業界も、敗戦後の急激な工業化に即応するため、戦前型の旧制工業専門学校に見合う中級技術者養成を目的にした教育機関の新設を要求する「科学技術教育振興に関する意見」(日経連、1957年(昭和32年)12月)、「専科大学制度創設に対する要望意見」(日経連、1960年(昭和35年)12月)などの文書を次々と発し、制度の具現化を求めた[注釈 8]

政府は、これらの動きに対応して、専科大学法案を1958年(昭和33年)の第28回国会に上程。だが、日本短期大学協会は、暫定的な制度とされるも大学の一類型と見なされていた短期大学制度が専科大学に「格下げ」になるのではないかと反発。野党も「戦前の差別的な複線型教育制度を復活させるものだ」として反対したことから、第30回国会、第31回国会と3度法案を上程するも審議未了廃案となった。

そのため、政府は、専科大学法案に代えて高専法案を策定。専科大学法案では「深く専門の学芸を教授研究」を目的としていたものを、高専法案では「大学」の呼称を外したうえで「研究」目的を除外。さらに、工業分野に限定するなどの手直しを行い、大学・短期大学とは異なる教育制度であることを明確にしたうえで、第38回国会に上程。その結果、与党の賛成多数により、1961年(昭和36年)、高専法は成立することとなった。

創設後の沿革[編集]

高専法の成立を受け、全国各地の自治体は高等専門学校の誘致合戦を展開、設置初年度の1962年(昭和37年)には、国立12校(1期校と呼称)が開校した。以後毎年10校前後が開校し、数年のうちにほぼ現在の学校数となった。全体で1,500人ほどの募集だった国立高専1期校は、平均17倍の志願倍率となり、これに刺激を受けた他の都道府県もいっそう強力に高専誘致を推し進めた結果、短期間のうちにほぼ全国に設置されるに至ったものである。また、国立高専1期校の開校と同時に、公立は東京都立の2校(工業高専航空高専)、私立は金沢高専、熊野高専(現 近畿大学高専)など5校が開校した。

さらに、1967年(昭和42年)には国立商船高等学校5校が、1971年(昭和46年)には国立電波高等学校3校が高専に昇格。1974年(昭和49年)には複合学科を特色とする徳山高専八代高専が開校して、国立高専の新設は一応の区切りを迎えた。その後、2002年(平成14年)に沖縄高専が設置され、2004年(平成16年)から学生の受け入れを開始した。

なお、商船、電波以外のほとんどの国立高専は新設校であったが、長岡高専宇部高専久留米高専の各校は、高専制度の創設に先行して設けられた国立工業短期大学が前身である[注釈 9]高知高専は暫定的に私立校として設置され、開校翌年、国立に移管された。このほか、都立2高専[注釈 10]や神戸市立六甲高専(現 神戸市立高専)、聖橋高専(現 埼玉工業大学)は工業高校から昇格し、大阪高専(現 摂南大学)は大阪工業大学に併設された各種学校(専科大学コース)が前身となり、大阪府立高専は大阪府立大学工業短期大学部第一部の廃止に前後して同一の敷地に新設されるなど、公立・私立にも既存の学校・短大を改組したところがある。なお、各校の設置・廃止の年度については、下記の一覧を参照のこと。

国立高専1期校は1967年(昭和42年)3月に初の卒業生を送り出し[注釈 11]高度経済成長とも相まって、「全員が殆ど大企業に就職が内定」し、その後も、高専の設置数の拡大や景気の動向にもさほど左右されることなく、大企業を中心にほぼ10数倍の求人倍率を維持し、就職希望者の就職率もほぼ100%の実績を残した[6][注釈 12]

その一方で、旧・国立高等専門学校協会(国専協)を中心にして、高専卒業生の進学意欲に応えるため、専攻科の設置、大学院への進学ルートの新設、あるいは大学への編入学枠を拡大しようとする動きが浮上。専攻科の設置はいったん断念し、高専卒を受け入れる工業技術大学(院)・科学技術大学院構想を策定して方向転換したものの、実現には至らなかった。その後、国専協による旧文部省などへの働きかけにより、主に3年編入を受け入れ、修士課程に連なる4年間の課程を前提にした技術科学大学の創設が決まり、1976年(昭和51年)に長岡技術科学大学豊橋技術科学大学のふたつの大学が開学した。ただし、一部の国立大学では、すでに第1期生が卒業するのと同時に、3年ないしは2年編入の受け入れを開始していた[注釈 13]

1991年(平成3年)には、法改正により、高専卒者に対して準学士学術称号を授与することになり、設置できる学科の分野としても工業・商船分野への限定を解除。これにより、福島高専富山商船高専宇部高専の各校には文系・学際系の学科が誕生[注釈 14]。芸術・デザイン分野の学科を設置する札幌市立高専も新設された[注釈 15]。さらに、専攻科の設置が認められ、修了生は学位授与機構の審査を経て学士号を取得できることになった。専攻科は、系列に大学のある私立金沢高専1校を除き、国公私立全校に設置され、ストレートに大学院に進学することも可能になった。

その後、2006年(平成18年)4月には、15歳人口の減少等に対応するため、東京都立の2高専(都立工業、都立航空)が、総定員を減らした上で2キャンパス制の都立産技高専として再編統合[注釈 16]された。同様に2009年(平成21年)10月には、宮城・富山・香川・熊本の各県に設置されていた国立8高専(「宮城・仙台電波」、「富山・富山商船」、「高松・詫間電波」、「八代・熊本電波」)が、やはり学科数・定員を減らした上で1県1校2キャンパスの4高専(仙台富山香川熊本)に再編統合[注釈 17]された。統合後の各高専は、それぞれ東北地区、東海北陸地区、四国地区、九州・沖縄地区の拠点校と位置づけられた[注釈 18]。さらに2011年(平成23年)4月には、大阪府立高専でも大阪府立大学への運営移管に併せて総定員が削減されるなど、少子化による若年人口の減少傾向に合わせたスリム化の動きがみられる。

現況[編集]

15歳人口の減少、理科離れの進行、4年制大学をはじめとした高等教育機関への進学者の増加などの影響により、高等専門学校をめぐる環境は大きく変化している。受験時の志願倍率は、創設直後の高倍率を経て1970年代(昭和45年-昭和54年)以降漸減を続け、21世紀に入ってからは2005年度(平成17年度)に初めて全高専の平均で2倍を切り(1.9倍)、2008年度(平成20年度)には1.78倍と過去最低(ただし2009(平成21)年度のデータは不詳)となった。学校によっては、定員割れによって2次募集を行うところも現れている。中央教育審議会の答申「高等専門学校教育の充実について」(2008(平成20)年12月24日)では、志願倍率の低下によって「(入学生の)学力の幅にも広がりが出てきつつある」と指摘した。

一方、国立高等専門学校機構・今後の高専の在り方検討小委員会「今後の国立高専の整備について(中間まとめ)」(2006(平成18)年6月29日)によると、2005年(平成17年)春の工学系新規採用技術者約7万名に占める高専出身者の割合は、約12%(専攻科修了生約700名と編入後大学・大学院を卒業・修了した者約3000名を含む)と推計され、前述の中教審答申においても「卒業生の高い就職率・求人倍率に見られるように、社会から高く評価」されていると記されている。公教育全体から見ればマイナーな教育機関であるため、社会一般の認知度は低いものの、大学などの工学系の専門教育の場や卒業生を受け入れている産業界では、現状においても一定の評価を受けているものと見られる。

高専の入学試験[編集]

入学[編集]

  • 受験資格としては、学校教育法第118条より、同法第57条に規定する高等学校受験資格を有する者としている。具体的には中学校卒業または卒業見込みの者、中等教育学校の前期課程を修了または修了見込みの者などである。
  • 学力試験は、国立高専の場合、同一日に同一の問題で行われる。公立高専のうち、大阪府立と神戸市立は国立高専と同一の問題である。
  • 高専には複数の学科やコースがあり、入学願書の出願時に志望学科の順位を記し、学力検査や内申・面接の成績と志望順位に従って、入学する学科を決めるところもある。
  • 各高専とも推薦入試枠が設けられており、おおむね定員の20% - 50%となっている。推薦入試の不合格者は、学力選抜を受験することができる。私立高専においては、特待生入試(サレジオ)やAO入試(近大高専)を実施しているところもある。また、学力選抜の得点や内申点に対して、5教科または理数系に重み付けをする場合がある(国立の各高専、東京都立など)[7]
  • 国立高専に合格し入学を希望する者に対しては、各地域の公立高校入試日に招集がかけられ、公立高校を受験できない場合がある[注釈 19]。また、公立高専合格者は公立高校を受験することができない(いずれも併願は可能)。なお、公立高専の受験資格には住所要件があり、従来は設置する地方自治体の居住者に限られていたが、都立産業技術高専については設置者が公立大学法人首都大学東京に移管されたことに伴い、2009年度(平成21年度)入試から、東京都外居住者の受験を認めている。

編入学[編集]

後期中等教育を修了した者または修了見込みの者(高等学校(主に工業や理数・情報に関する学科)・中等教育学校を卒業または卒業見込みの者など)や留学生を対象に、4年次または3年次への編入学制度が設けられている。編入学定員は各高専の裁量に委ねられているが、若干名とする場合がある。編入学試験は各高専の独自作成問題による。

高専教育[編集]

教育課程[編集]

修業年限(卒業までに教育を受ける期間)は5年(商船に関する学科は5年6か月)とされ[8]、高等学校の3年間と大学(短期大学)の2年間を合わせた5年間に相当する。卒業すると準学士と称することができる。

一般教育とともに、学科ごとに専門教育が行われている。学校教育法では、大学が「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させること」を目的とする一方、高専は「深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成すること」が目的とされ、「研究」等は含まれていない[注釈 20]。高専は、職業教育に特化している点が大学と最も異なるところである。

専門科目は、学年が上がるにつれて時間数が増える「くさび形」に傾斜配分され、大学工学部に相当ないしは準じた教育内容であると国立高等専門学校協会などは標榜してきた[注釈 21]。さらに、実験・実習やゼミ輪講・卒業研究など、実践的な教育の重視にも大きな特徴がある。

高等専門学校設置基準では、卒業認定に要する単位数は、商船学科を除き167単位以上(一般科目75単位以上、専門科目82単位以上)、商船学科は練習船実習を除き147単位以上(一般科目75単位以上、専門科目62単位以上)となっている。単位の計算方法は、30単位時間(1単位時間は標準50分)の履修をもって1単位とする(高校と同様の)従来の方式のほか、1991年(平成3年)からは大学に準じる45時間の学修(授業時間は15~45時間)を1単位とする方式を60単位を上限として導入できることになり、実験系科目の充実や新たな科目の開設等、高専各校の裁量にもとづくカリキュラム編成の幅が広がった。一般科目の総時間数は、高校+短大の教育課程と比して若干少ない。規定の単位の積み上げによって修了を認められる大学や単位制高校とは異なり、学年制をとっていることから、原級留置となれば、取得した単位であっても再履修を課される場合がある。

なお、高専制度が創設された当時の設置基準(1961(昭和36)年8月30日文部省令第23号)では、(卒業要件にかかわる規定の記載はなく)総授業時間数187単位(一般科目83単位、専門科目104単位)を最低基準とし、事実上190単位以上の履修を課しており、高校・大学と比して過密なカリキュラムであった。以後、卒業要件となる単位数は徐々に減らされ、さらに、インターンシップ(工場実習など)の単位化、英検や各種資格に応じた単位認定、学修単位の導入などにより、実質的な授業時間数は創設時よりも2割ほど減少した。卒業要件となる単位数が現行の167単位以上(工業系学科)となったのは、国立高専協会が1987年(昭和62年)6月、文部省(現:文部科学省)などに「学生にゆとりを持たせ、個性を伸ばせる教育(ゆとり教育)が行えるようにする」よう、事実上、単位数の削減を求める要望書を提出したことなどにより、設置基準の改訂がなされたという経緯によるものである。

また、商船学科では、5学年の10月より、日本丸海王丸等の独立行政法人航海訓練所の練習船による1年間の航海実習が必修になっている。

中央教育審議会の大学分科会・高等専門学校特別委員会で配布された「工業高等専門学校の現状と課題」(2007(平成19)年4月13日)では、在籍学生1000人当たり、毎年の原級留置(留年)は35~47人、休学は4~8人、中退学(進路変更)は9~13人、入学生の5年卒業率は82%としている[2]

テキスト[編集]

低学年次の文科系一般科目では、高等学校用の検定教科書が使用されることもある。他の一般科目や専門科目では、専門書や大学生向けのテキスト、教員作成の資料等により、おおむね大学の学部レベルの講義が行われているとされる。

また、数学・物理・化学などの理科系一般科目においては、高等学校+大学一般教養に相当する内容を、おおむね3年次(一部は4年次)までに履修することから、高専用に特化したテキスト(教科書)も使われている。同様に、低学年用の専門科目にも、高専向けのテキスト(教科書)があり、これを使用する教員もいる。

なお、高等専門学校は高等教育機関に位置付けられているため、高校生と同じ学齢の1~3年次の学生であっても文部科学省検定済教科書の使用は義務づけられず、学習指導要領にも拘束されない。

資格取得[編集]

学校によっては、公的資格の取得を奨励し、資格によっては単位認定しているところもある[9]。また、公的資格を所管する官庁から認定を受けている学科では、所定科目の単位を取得することにより、資格を取得することができる(試験の科目免除や実務年数要件の緩和も含む)[9]

在籍学科に応じて取得可能な資格には、危険物取扱者情報処理技術者無線従事者電気主任技術者電気工事士などがある。なお、高専卒業を資格要件とする教員免許はない。

教員[編集]

学校長以下、学生を教授するための教授准教授助教教員を置かなければならず、講師・技術職員を置くことができる。また、他大学の教員や企業出身の技術者ほかが非常勤講師として講義を担当することもある。高専の教員が、他大学ほかで非常勤講師として講義を行っている場合もある。

専門学科の教員は、自ら教育研究活動を行うとともに、5年次の卒業研究および専攻科の学生に対して研究指導を行う。高等専門学校設置基準等により、博士修士の学位、ないしはこれに相当する教育・研究・技術に関する実績などが教員の資格となっている。

草創期の高専教員は、大学教員出身、企業出身、高校教員出身がおおむね3分の1ずつを占めていた。とりわけ企業出身の技術者や研究者を教員として迎え入れたのが、高専ならではの特徴となった[注釈 22]。その後、徐々に高専が正規職の最初の任用先となる教員が増え、その教員が准教授、教授などに昇任するにつれて、外部出身の教員の割合は減少している。

なお、高等専門学校の教員は、大学など他の高等教育機関同様、教員免許を必要としない。

学生寮[編集]

国立高専・私立高専全校には、教育寮として学生寮(設置基準では「寄宿舎」と呼称)が設置されている。かつては低学年次の学生を対象に全寮制をとる国立高専もあったが、1990年代(平成2年-平成11年)以降、これらの高専でも自宅通学を認める方向となっている。女子寮は1984年(昭和59年)時点で、国立高専では8校のみに設置されていたが、1991年(平成3年)には17校に増加している。その後、他の高専でも、女子学生の増加に対応して女子寮の新設が続いた。公立高専では、いずれの学校も学生寮を設置していない。

卒業後の進路[編集]

求人倍率就職(内定)率の高さが特徴である。各高専によって若干異なるが、基本的に理工系大学生と同じように、学校が学生と話し合って受験企業を一社に絞って受けさせる「一人一社制」によって就職活動を行う場合が多いが、文科系大学生と同じように、企業が高専卒採用枠を設けてインターネットなどで採用情報を公開し、全国の高専生を対象とした選考をすることもある。また大学卒と同一の採用枠・試験枠となる場合や、企業によっては現役生として考えると同じ年齢である、短大・専門学校卒業対象となることもある。

また、高専を卒業すると技術科学大学を始めとする大学の3年次に編入学することができ、高等専門学校に設けられた専攻科への進学とあわせて進学の幅も増えている。

高等専門学校の専攻科(2年制)を修了または修了見込みの者が、大学評価・学位授与機構に課題論文を提出し審査に合格すると、学士学位を取得することができ、大学院修士課程への入学資格を得ることが出来る。

なお、これは卒業ではないが、高専の第3学年までに規定の単位を取得または取得見込みの者には高校卒相当の資格[注釈 23]が生じ、大学等を受験することが出来る[注釈 24]。文系や芸術系へ進路変更する場合など、第3学年を修了した後に高等専門学校を退学して大学に入学する者もいる。ただし高専のカリキュラム上、大学受験は全く考慮されないため、第3学年次受験は高校生よりも不利である。特に普通高校文系)に比して、高専では第3学年までの人文社会系科目の受講単位数が少ないため、文転する場合のハードルは高い。

就職[編集]

大学進学率が急増する中で、技術者供給源としての高専の価値は相対的に低下している。ただし、そのことで就職試験を受ける機会が減っているということはない。

工業高専卒業者は、基礎学力から大学工学部レベルの工業技術を学び、若年次から実践的な専門教育を受けているため、産業界からは即戦力として高い評価をうけている。また大学工学部卒業者よりも2歳若い。このことは、採用する側・される側の双方にとって大きな利点とされている[注釈 25]

2005年度(平成17年度)の本科卒業者に占める就職者の割合は53.0%であり、有効求人倍率は、本科16.3倍、専攻科20.8倍となっている[10]

就職先は、上場クラスの企業である場合も多いが、地方の高専では地場志向も見られる。また、有名大学卒業者の確保が難しい中小企業やベンチャー企業からも、高専卒業者に対する引き合いは強い。配属先は、メーカーであれば製造技術や生産技術、試作や評価検証、量産設計など、特に実践的な技術者を必要とする職場が多い。商社に就職して技術営業やFAEとして働く人もおり、進路の多様性は大学工学部等と変わるところはない[注釈 26]

なお、最近の上場クラスのメーカーではものづくりに関する機能を分社化している場合も多く、そのような企業に就職する場合はその分社(子会社)側の採用となる場合が多いようである。

進学[編集]

卒業後、進学する者が増えており、学校によっては本科の卒業生に占める就職者の比率が20%を割り込む例も見られる。この現状については、高専の設置目的と照らし合わせて揶揄される場合もある。しかし研究機関や企業の研究職・開発設計職を目指す場合は、大学院修了が要件とされている場合も多く、その様な職に就きたいと考える学生が大学に編入学し、大学院を目指すのは必然であるとも言える。

進学を希望する学生は、大学の学部3年次に編入学[注釈 27] するか、高専専攻科へ進学する。 さらに、学部や高専専攻科を卒業後、大学院修士課程(または博士前期課程)へ進学する者も多い。 なお文系学部へのセンター入試は高専のシステムの関係上難しいという見方も少なからずあり、進学する場合でも殆どの場合編入学で進学することが多い。

2005年度(平成17年度)の本科卒業者に占める進学者の割合は42.9%であり、進学者のうち大学へ編入学した者は65.2%、専攻科に進んだ者は34.8%となっている[10]

理工系の学部を有するほとんどの国公立大学で、定員を設けて高専からの編入学を実施しており、高専卒業生の受け入れを目的の一つとして創設された国立大学国立大学法人)である豊橋技術科学大学長岡技術科学大学をはじめ、その他の国公立大学工学部に編入学する場合が多い。また近年、少子化などによる学生不足から、理工系に限らず編入学定員を設ける私立大学も増えており、短大卒者と同様に文系の学部へ編入学するケースも見られる。また、医学部への編入学は学士編入学に限られていたが、東海大学医学部では2005年度(平成17年度)から一般編入学(2年次)に転換され、高専からの医学部編入学に道が開かれることになった。また薬学部北海道医療大学(2008(平成20)年度)などで編入学を実施するなど、工学系の高等専門学校生にも門戸が開かれるようになってきた[11]

工学系の学部で高専に同様の専攻がある場合は、高専卒業見込者を対象に推薦編入学制度を持つ大学も多く(最大のケースで編入学定員の50%)、一説に、通常の高校 → 大学(一般受験)コースよりも高専 → 編入学コースの方が国公立大学に入りやすいと言われる所以にもなっている。

推薦編入学の場合は、成績が上位であって(概ね1クラス上位の10〜20%)学校長推薦を受けられる事が必要条件で、調査書及び志望論文の選考と面接試験(口頭試問)によって合否判定される(不合格の場合は筆記による編入学試験も受験可能である)。学校長推薦を受けるためには、特に3・4学年の成績が重要である。なお長岡技術科学大学豊橋技術科学大学は、書類審査のみで推薦編入学の合否判定を行う[12][13]

また筆記による編入学試験では、選考日程さえ重ならなければ、同年度中に複数の国公立大学を受験することができる。

国公立高専の独立行政法人化[編集]

国立大学の法人化(国立大学法人への改組)に伴い、国立の高等専門学校の設置者も同様に、すべての国立の高等専門学校の設置に関しては、の直接設置から「独立行政法人国立高等専門学校機構」に変更された。これにより、国が直接設置する学校ではなくなったが、国立高等専門学校機構もまた国が設けたものであるため、学校教育法の第2条により国立高等専門学校機構が設置する学校も国立学校とされている。

独立行政法人化したことにより、文部科学大臣が定めた中期目標を達成するための中期計画(5年)、年度計画(1年)の、機構による作成・実行が義務付けられた。達成度によっては国からの予算(運営費交付金)が減らされることもあり得るため、51の各国立高等専門学校は、中期計画に沿うように、学生サービスの向上、事務の効率化などの努力をしている。また、地域の企業と連携して技術研究や商品開発などを行い、収益を上げることで予算減を穴埋めしようとする学校もある。

国立高等専門学校機構の中期計画[14]の主な内容は、次のとおりである。

  1. 中学生が高等専門学校の学習内容を体験できるような入学説明会、体験入学、オープンキャンパス等の充実を支援する。
  2. 入学者の学力水準の維持に努めるとともに、入学志願者の減少率を18歳人口の減少率よりも低い5%程度に抑え、中期目標の最終年度においても全体として18,500人以上の入学志願者を維持する。
  3. 公私立高等専門学校と協力して、スポーツなどの全国的な競技会やロボットコンテストなどの全国的なコンテストを実施する。
  4. 図書館の充実や寄宿舎の改修などの計画的な整備を図る。
  5. 教員の研究分野や共同研究・受託研究の成果などの情報を印刷物、データベースウェブサイトなど多様な媒体を用いて企業や地域社会に分かりやすく伝えられるよう各学校の広報体制を充実する。

また、公立高専においても法人化が図られつつあり、東京都立産業技術高専は、2008年(平成20年)4月から公立大学法人首都大学東京に運営が移管され、専門職大学院である産業技術大学院大学も含め、9年一貫のものづくり教育を視野に入れた一体運営が行われる。また大阪府立高専も、2011年(平23成年)4月に公立大学法人大阪府立大学に移管され、大阪府立大学工業高等専門学校と改称された。

外部評価[編集]

  • 国立高専の場合、独立行政法人大学評価・学位授与機構による評価を定期的に受けて教育機関としての認証を受けている。なお、評価には学科数によって異なるが費用として概ね300万円前後必要である。

学生生活[編集]

クラブ活動[編集]

運動部[編集]

高校や大学に準じるクラブ活動を行なっていて、国公立の場合は全て全国高等専門学校体育協会に所属しており、各競技の専門部により年1回に全運動部の競技種目を対象に全国高等専門学校体育大会(高専大会)が実施されている。

ただし、競技種目や学校によっては、高専大会にも参加する一方で、任意で高校の連盟である全国高等学校体育連盟(高体連)や日本高等学校野球連盟(高野連)、大学の連盟である各学連、さらには各社会人連盟などに参加している場合もある。なお高校生・大学生(短大を含む)向けの大会・連盟登録にはそれぞれで対象になっている年齢・条件の者しか参加できない。

吹奏楽部[編集]

吹奏楽の場合、コンクールでは大学の部に入る。これは、高専の4・5年生は短期大学の学齢に相当するためである。様々な組織の行事にも大学が加盟する組織で活動・出場するのが一般的である。過去には全日本吹奏楽コンクールに出場した高専もある(詫間電波工業高等専門学校吹奏楽部など他多数)。

ロボコン[編集]

NHKの「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト」(ロボコン)の優勝を目指して日夜励んでいると言われる。これに参加するために入学する者も多く、その性質から電気・電子・機械系の独擅場である。名目として全学的に取り組んでいる場合が多い。高専在学中にロボコン参加した者が、卒業後に進学等をして学位取得後に再度教員として高専へ戻り、ロボコンを指導している場合もあり、近年はより高度な戦いとなっている。

これらの大会によって、マイナーな学校種であった高等専門学校が広く認知されるようになった。

プロコン[編集]

毎年、高等専門学校連合会の主催で「全国高等専門学校プログラミングコンテスト」が毎年行われる。ロボコンほどメジャーではないが、学校によっては全学的に取り組んでいるところもある。主に電気系の学生が多いが、近年は他学科でも情報化が進んでいることもあり、他学科からの参加も少なからずある。

高等専門学校を題材とした作品[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 高専関連の種々の文書では、「中堅技術者」「中級技術者」「実践的技術者」等の記述がある。たとえば、文部科学省「今後の国立高等専門学校の在り方に関する検討会(第1回)」(2002(平成14)年8月22日)に国立高等専門学校協会が提出した資料「国立高専における法人化問題検討の現状」では、高専の目的を「『即戦力を持つ中級技術者』の養成」と記載し、同検討会の答申「国立高等専門学校の法人化について(中間報告)」(2003(平成15)年2月5日)[1]では「実践的技術者」と記述されている。
  2. ^ 高専創設当時、大学においては前期(1-2年間)の教養課程と後期(2-3年間)の専門課程に分離したカリキュラムが一般的であった。それに対して高専は、早期に専門教育を開始し、徐々に専門科目を増やすくさび形教育を行うことに特別の意義づけがなされていた。しかし、現在では、大学でも教養課程の廃止等により、くさび形教育が浸透し、高専に特徴的な教育課程とはいえなくなった。
  3. ^ 都立工業高専都立航空高専は2006年(平成18年)3月に合併し、都立産業技術高専となった。工業航空の両校は、合併以前の在学生が卒業した2010年(平成22年)3月に閉校した。札幌市立高専は2006年(平成18年)4月に開学した札幌市立大学デザイン学部に移管され、2006年度(平成18年度)より本科の学生募集を停止。本科在学生が卒業した2009年(平成21年)3月に本科を廃止、専攻科の在学生が卒業する2011年(平成23年)3月に閉校した。また、高専全体の志願者減などを理由に2009年(平成21年)10月、国立8校が再編統合の対象となり4校に再編された。
  4. ^ 下記の例外がある。College of Maritime Technology(商船高専全校)、Technical College(金沢高専、近畿大学高専)、College of Industrial Technology(都立産業技術高専)、College of Aeronautical Engineering(都立航空高専)、School of The Arts(札幌市立高専)、Polytechnic(サレジオ高専)。なお、独立行政法人国立高等専門学校機構は、組織名の英語表記Institute of National Colleges of Technology, JapanをNational Institute of Technologyに変更し、それに伴い、2015年度(平成27年度)より国立高専機構の各高専の英称をNational Institute of Technology,○○(学校名) College(略称は、例えば東京高専であればNIT, Tokyo College)に変更された。
  5. ^ 私立の高専には45人の学級定員が認められていたが、現在では全3校(サレジオ、金沢、近大高専)とも40人の学級定員となった。
  6. ^ 「アメリカ(米国)教育使節団報告書(第1次)」(1946年(昭和21年)3月31日)による。米国教育使節団報告書(文部科学省サイト掲載の要旨)
  7. ^ ただし、「旧制高等学校並」の認定を受けた旧制専門学校から旧制大学に進学することもできた。
  8. ^ 飯吉弘子「戦後日本産業界の人材・教育要求変化と大学教養教育 (特集 「大学」の機能分化と大卒労働市場との接続)」、『日本労働研究雑誌』第54巻第12号、労働政策研究・研修機構2012年12月、 8頁、 NAID 40019506842
  9. ^ 同時期に創設された他の工業短大は、その後4年制大学に改組された。
  10. ^ 都立工業は都立工業短大の付属工業高校であった。改組に伴い、工業短大は分離され、後に4年制大学に昇格した。
  11. ^ 新設時、前身校の在学生を高専に転編入させた私立大阪は1964年(昭和39年)、都立工業は1965年(昭和40年)、久留米は1966年(昭和41年)に卒業生を出している。
  12. ^ 国立高専1期校からはじめて卒業生の出た1967年、大学・短大卒業生のうち就職希望者の就職率は90.2%だった一方、高専の卒業生は「国立14校、公立2校、私立4校の計20校とも、一人の落ちこぼれもない「完全就職」という売れっ子ぶり」と報道された(朝日新聞1967年6月17日付)。
  13. ^ 国立高等専門学校協会 (1982, pp. 38-39,232-233)によると、国立高専1期校初の卒業生(1967(昭和42)年3月卒)のうち、現役で大学に編入したのは福島3人、新居浜1人、佐世保1人の5人のみ(浪人後進学した者を含めると計18人)だったが、翌年12人、翌々年19人、1970年(昭和45年)32人と徐々に拡大した。当初、高専卒の編入を受け入れたのは、東北大学茨城大学静岡大学山梨大学など。とりわけ山梨大は、進学先を求めていた高専卒業生のために臨時の特別編入枠を設けて対応した。その後、「編入学生の真摯な勉学態度と優秀さに(ママ)立証され」、東工大、電通大、東京農工大などが比較的早期に高専卒の編入学生受け入れを開始した。一方、千数百人の1期卒業生のうち、やむなく1年次からの大学進学を選んだ卒業生は100人前後にも及んだ。
  14. ^ ただし、福島高専・宇部高専は情報学、富山商船高専は流通学と、理工系という名目で開講できる学際分野であった
  15. ^ 札幌市立はインダルトリアル・デザイン学科という工業の一分野として設立
  16. ^ さらに2008年(平成20年)4月には首都大学へ運営移管
  17. ^ 国立高専機構は、これを「スーパー高専」としての「高度化再編」としている。
  18. ^ 再編された高専では、本科の学生数・学科数が減っても、専攻科の定員増に伴う専任教員、拠点地区校としてのセンター専任教員などの配置により、教員の総数に大きな変動はなかった。各種の予算措置においては、再編された高専に重点的に予算配分される傾向があるとされている。
  19. ^ 徳山高専や鈴鹿高専のように、合格後に公立高校の入学試験を受験することが可能な学校もある。
  20. ^ ただし、高等専門学校設置基準第2条(教育水準の維持向上)の2項に「高等専門学校は、その教育内容を学術の進展に即応させるため、必要な研究が行なわれるように努めるものとする」とされ、研究を行うことについての努力義務が明示されている。
  21. ^ 理数系の一般科目も同様。たとえば、数学は工業に必要な内容の履修を重点的に課し、早期に大学レベルの数学(微分積分学・線形代数学など)を履修するカリキュラムとなっている。工学に必要な応用数学も履修する
  22. ^ 国立高等専門学校協会『国立高等専門学校三十年史』(1992(平成4)年)には「高等専門学校の性格とその教育目的から、教官は高等学校と大学の現職者からのみではなく、産業界の第一線で活躍中の技術者か、かつて活躍した経験豊富な技術者を加えるのが適切妥当であろうとして、いずれの学校の創設人事も規(ママ)を一にした方針で進められた」「高等学校からの場合は、県内または隣県の高等学校の当該教科のトップクラスの者を県教育委員会等の斡旋によって(教員)候補者とするの方法を取ったが、高等専門学校の5年の一貫教育は教官の職務内容も高等学校の教諭とは質を異にし、むしろ大学の教員に準ずることへの配慮も内蔵(ママ)して行わなければならなかった。また、大学からの場合は学究的であって且つ教育に熱意のある人の方針であった」(p20)、「高専の教員構成は、創設に際し、大学、企業、高校の3者の出身教官で出発した点を特長としている。そして、実際に仕事をした経験のある企業出身教官の存在は、大学とは異なる高専の実践的技術教育の質を高めてきた」(p153)などの記述がある。
  23. ^ 学校教育法第90条の「通常の課程による12年の学校教育を修了した者」
  24. ^ 3学年修了で中退した場合、大学等を受験する場合に「高校卒相当の資格が生じる」のであって、学歴的には「高専中退」となることに注意を要する。
  25. ^ 中央教育審議会 大学分科会 高等専門学校特別委員会 - 文部科学省 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/016/gijiroku/07051717/004.htm 1. 高等専門学校教育の現状と評価 『15歳の柔軟な頃から技術者としてのトレーニングができる点が、ほかでは絶対にまねができない強みである。』 『大学は3,4年生で工学の基礎を行うが、高専の準学士課程ではそれはほとんど済んでいる。』 『若い頭に実践的な技術力を身につけさせることができるという点が高専の長所。』
  26. ^ 独立行政法人国立高等専門学校機構 > 各種資料・データ > ■ 高専卒業生の産業別就職者数 http://www.kosen-k.go.jp/outline4.html
  27. ^ 基本は3年次編入学であるが、専攻分野が異なったり教養学部が独立している場合など、大学のカリキュラム編成によっては2年次編入学になる場合がある。また、編入先の専攻分野が異なる場合は、3年次編入ではあっても、専門科目の認定単位が不足し、必然的に留年する場合がある。教員免許の取得を目指す場合も、一般教養科目に加え教職科目を履修する都合により、留年を伴う場合がある。

出典[編集]

  1. ^ a b c UNESCO (2008年). “Japan ISCED mapping”. 2015年10月31日閲覧。
  2. ^ 学校教育法第115条1項
  3. ^ 国立高等専門学校協会 1982.
  4. ^ 国立教育研究所編『日本近代教育百年史』第10巻、産業教育2、1973年(昭和48年)、p.434ほか
  5. ^ 旧文部省・大学審議会総会への審議経過報告「短期大学及び高等専門学校の在り方について」、2000年(平成12年)11月22日
  6. ^ 国立高等専門学校協会 1982, p. 38.
  7. ^ 各高専の募集要項または選抜基準を参照。
  8. ^ 学校教育法第70条の4
  9. ^ a b 各高等専門学校のカリキュラムを参照
  10. ^ a b 国立高等専門学校機構・今後の高専の在り方検討小委員会「今後の国立高専の整備について(中間まとめ)」2006年6月29日
  11. ^ 北海道医療大学入試情報
  12. ^ 長岡技術科学大学 入試情報(学部3年)
  13. ^ 豊橋技術科学大学 募集要項(工学部3年次)
  14. ^ 国立高等専門学校機構

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]