文系と理系

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文系(ぶんけい)と理系(りけい)とは、学問や人を大まかに二つに分類する日本固有の文化である。それぞれ文科系(ぶんかけい)、理科系(りかけい)とも呼ばれ、両者を合わせて文理(ぶんり)という。

概要[編集]

伝統的に、文系とは主に人間の活動を研究の対象とする学問(主に人文科学社会科学に分類される)の系統とされ、理系とは主に自然界を研究の対象とする学問(およそ自然科学に分類される)の系統とされてきた。しかし現在では、研究対象よりもむしろ課題解決のために用いる手法で分類されることが多い。たとえば金融工学社会工学は、研究対象こそ「人間の活動」であるが、研究対象をほとんど同じくする経済学社会学とは異なり一般には理系とみなされる。[1]

個別の学問分野がいずれに属するのかについては、文系的と捉えられることが多い学問理系的と捉えられることが多い学問を参照のこと。なお、学問分野を理系と文系で区別する概念がある国は日本だけである。[2][要ページ番号]

有意な成果や果実を得るためには総合的な知見や能力が重要であるため、実際のところは、研究の現場において研究者自身が文理の別を強く意識する機会はなく、自分の専門分野がどちらに属するかをことさらに強調することもない。ただ自らの興味や社会の要請に従って、扱う問題をあらゆる手法の中から適切なものを選んで解決した結果、用いた手法がたまたま「文系的」であったか「理系的」であったかという違いに過ぎない。

しかしながら、教育現場では便宜上、生徒・学生を文系と理系に分けて扱うことが多く、高等教育の普及につれてその区別を知る者が大半を占めるようになった。どちらの分野も直接的であれ間接的であれ社会において重要な役割を果たしているが、実際には社会でしばしば「文系」「理系」の区別は利用され、そこに属する者の性向や思想信条、男女比、年収に有意な差があるなどと論じられることがある。

文系と理系とを特徴づける性質[編集]

細胞生物学者の太田次郎が「どうも、文科と理科というのは、(中略)旧制高校時代にはそれなりにはっきりしていたが、しだいにその区別がぼやけてきたような感じがする」[3]と述べているように、近年では昔に比べると文系・理系のそれぞれに特有の性質というのが明確ではなくなってきている。しかしながら、それでもなお、依然として文系・理系の区別は社会にも教育・研究の現場にも根強く残っている。ここでは、いまだ失われていない文理それぞれの特徴を洗い出し、見ていく。

数理科学の応用度[編集]

一般に、理系の学問は数学との親和性が高いため、「理数系」と呼ばれる場合もある。物理学計算機科学はまさしくその代表であるし、化学生物学のように数学とはかけ離れているように思える分野も、実際には数学と密接に関連する物理学を基礎として成り立っており、突き詰めて研究していけばやがては物理学、あるいは数学上の問題に帰着する(生物物理学なる分野も存在する)。高分子化学分子生物学は純粋数学、とりわけ幾何学解析学等の研究成果を直接応用する(特に分子生物学に対する位相幾何学の貢献は計り知れない)し、ナビエ-ストークス方程式のような非線型微分方程式の研究が進めば工学をはじめとする幅広い分野を刺激するだろう。また理系分野全体にわたって種々の統計手法は重視される。一方で、法学文学歴史学等は、まだ数学・物理学との密接な関係が見出されておらず、政治学言語学においても、数理的手法の応用は(増えつつあるが)まだまだ限定的である。このように、数学や物理学との繋がりの深さは理系分野に特徴的である。

ただし、同じ理系であっても、全分野で一様に高度な数学を用いるとは限らない。工学博士の森博嗣は、解剖学者の養老孟司と対談した際、「総じていえば、実験科学に高度な数学は不要でした」と述べ[4]、たとえば自身の専門であるコンクリートの研究においては「研究の六割方は実験」「微積分も不要」「文系の人でもできる作業」などと発言した[4]。しかしその後

「どうしてその強度が発現するのか」が研究者の視点であって、そうなると数学が必要になります。 — 森博嗣による発言[5]、『文系の壁―理系の対話で人間社会をとらえ直す』(養老孟司、PHP新書、2015)24頁

とも述べ、実験科学においても突き詰めて研究していけば数学が必要になることも認めている。

また、後に述べるように、文系分野における数学・物理学の活用は皆無ではない。それら例外については文系的と捉えられることが多い学問を参照のこと。

業績評価の違い[編集]

太田次郎は、研究業績の評価について、文理間では大きな違いがあると指摘している。いわく、

理工系では、ふつう論文第一主義である。オリジナルな研究論文を、いつ、何編、発表したかが問題であって、その他の業績は付随的にしか扱われない。たとえば、その専門分野で一般に認められている著書を書いたにしても、あまり評価されないことが少なくない。啓蒙書や専門向きのテキストなどは、業績としてはノー・カウントにされることが多い。先端の研究をまとめた総説にしても、論文ほどには認められない。 — 太田次郎、『文科の発想・理科の発想』(講談社現代新書、1981)15頁

とのことであり、少なくとも理工系においては「一次情報第一主義」がとられているという。また、理系の多くの分野は、研究に際して高額な実験器具や測定器具があったほうが有利であり[6]、そのための研究費は論文数にほぼ比例して支給されるので、研究費を求める理系の研究者はとにかくたくさんの論文を量産しなければならない[7]。 一方、文系においては事情はかなり異なる。太田によれば、

この点は、文科系とはたいへん違うように思われる。大学の同僚に聞いてみると、文科系では、著書は論文より大きな評価を受けるのがふつうの由である。(中略)研究の集大成的な著書の方が価値が高いと考えられるようである。 — 太田次郎、『文科の発想・理科の発想』(講談社現代新書、1981)15頁、中略は引用者

とのことであり、論文をこまめに発表することは「悪いとは言われない」[8]が、基本的に業績評価の中心は総説であって、むしろ論文のほうが業績評価においてマイナーな扱いを受けることさえあるという。

論文様式の違い[編集]

1973年にノーベル医学・生理学賞を受賞したローレンツ(動物行動学者)の論文について、太田は「きわめて文科的な表現の仕方」[9]と評している。なぜなら、

彼の著書や論文には、図や表がほとんどなく、気の短い人には耐えがたいと思えるほど、淡々と観察結果とそれに基づく自分の考えが記されている。 — 太田次郎、『文科の発想・理科の発想』(講談社現代新書、1981)18頁

からだという。当時生物学の最先端であった分子生物学の専門家からは、観察結果のみを図や表を用いて簡潔にまとめ、考察も極力排したような論文が好まれる傾向にあり、[9]また理系の他の分野についても

理工系の論文の大部分は、単なるデータの報告に過ぎず、それから著者の考え方や人間像を推測するのは、とうてい無理であり、また初めからこんなことは問題となっていないということができよう。 — 太田次郎、『文科の発想・理科の発想』(講談社現代新書、1981)19頁

などといわれるように、ほとんど考察の無い図表のみの論文が多い。このように、論文の様式も文理では大きく違うものである。

研究適齢期[編集]

理系の研究者の場合、一般に若い頃の方が画期的な成果を出しやすい。数学者の広中平祐が「数学は、若いうちにやらないと駄目である」[10]と発言したように、数学や理論物理学の分野では、二十代がピークとされ、三十代半ばを過ぎると新たな成果は稀になる。顕著な業績をあげた学者というのは、三十歳くらいですでに傑出していることが多い。[10]

数学や理論物理学ほどではないものの、実験科学の分野でも、アイデアは若いときに出て、その後はそれを実証したり、さらに幅を広げるという人生を送ってきた研究者が多い。[11]

一方、文系の学問の場合は必ずしもそうではないという。太田次郎によれば、

基本的な文献や資料を調べて、研究を進め、さらに集大成して、初めて一つの業績となる分野もあるように思われる。また、長期間の学習を重ねて、ものを見る眼がしだいに養成される分野もあるであろう。 — 太田次郎、『文科の発想・理科の発想』(講談社現代新書、1981)80頁

とのことで、「どうも、理科系と文科系では、一般に勝負の速さに違いがあるように感じている」[11]という。

歴史と現状[編集]

歴史[編集]

学問を文系と理系に分けることの起源がおそらく日本にあるということは、多くの論者が指摘しているところである。太田次郎は、文系と理系の区別について、「おそらくその起源は、旧制高校の制度にあると思われる」と述べた。[12]山梨大学講師(当時)で理学博士の藤井康男によれば、「おそらくわが国だけの分け方ではないかと思う」[13]とのことである。また藤井は、「外国の事情をよく調べたことはないのだが、」[14]とことわったうえで、「外人と話してみてわかることは、彼らは文科とか理科とかをあまり口にしないということである」[14]とも述べている。

どうも外国では、この文科、理科というものの区別が日本ほどはっきりしていないような気がする。少なくともそういった名前の分け方はないようである。 — 藤井康男、『文科的理科の時代 新・学問のすすめ』(福武書店、1982)12頁

日本においては、第2次・高等学校令大正7年勅令第389号)の第8条に「高等学校高等科を分ちて文科及理科とす」(原文は平仮名部分がカタカナ)という規定があった。明治中期から第二次世界大戦降伏前は、旧制高等学校は、旧制大学で教育を受けるための準備教育を行う場としての位置づけが大きかった。高等学校の高等科においては、学修する外国語英語およびドイツ語が大半)によって、「文科甲類」「文科乙類」「理科甲類」「理科乙類」などに分け、「文科」「理科」のどちらで学んだのか、学んだ外国語は何であったかによって、旧制大学で学ぶ専攻分野を大きく左右した[13]

東京工業大学教授で社会学が専門の橋爪大三郎によれば、学問を文系と理系とに区別することの本来の動機は、予算がかかる学問の学生数を制限することだという。

そもそもこんな区別があるのは、発展途上国の特徴である。黒板とノートがあればすむ文系にくらべ、理系は実験設備に金がかかるので、明治時代の日本は、学生数をしぼらざるをえなかった。そこで数学の試験をし、文系/理系をふり分けることにした。入試問題が別々なので、その前の段階で文系/理系を選択しなければならない。 — 橋爪大三郎、『橋爪大三郎の社会学講義2』(夏目書房、1997)63頁

近代の日本において、大学教育に対する準備教育の課程を「文科」と「理科」に区分したことは、現代における文系と理系の区分に事実上引き継がれている。現代において文系を文科系と、理系を理科系と呼ぶのは、旧制高等学校の区分けの名残である。「系」の語が付与されているのは、「文科」「理科」という学科組織に基づく分類によっていないからである(なお、現代においても「高等学校」および「中等教育学校の後期課程」に「理数科」という学科があり、この場合、「理数科」を卒業した場合は、「理数科卒業」となる。ただし、大学進学に際し文系の学部・学科・課程への入学制限は、一切ない)。

現状[編集]

専門教育の準備段階において[編集]

ひとりの人間の発達史において、文系・理系の区分が初めて明確に意識されるようになるのは、一般には大学受験に備える高校の高学年からである。[12]しかしながら、大学受験という一回のチャンスに人生が大きく影響されるという考えが根強い日本では、幼いころから「この子は算数や理科が得意だから理系」「この子は社会や国語を好むから文系」などと言われるようである。[12]後述

旧制高校の廃止に伴い「文科」「理科」のあからさまな区分を廃した現代の日本の大学では、入学試験を学部単位、学科単位あるいは専攻単位といった細かい区分のもと行うことが多く、それぞれ入試科目や試験制度をきめ細やかに設定することも多い。とはいえ、文系学問を専攻する学部・学科どうし、理系学問を専攻する学部・学科どうしでそれぞれ比較すると、多少の差異はあれども入試科目のパターンはそれぞれ似通っていることが多い。国公立大学の個別試験や私立大学の入学試験では、文系ならば英語国語の2教科を必須とした上で数学地理歴史(大学によっては公民も選択可能)のいずれか1科目から選択させることが一般的であり、理系ならば英語、数学の2教科を必須とした上で理科のうちいずれか1科目または2科目を選択させることが一般的である。国公立大学の入学試験にはこのほかに大学入試センター試験の受験が必須とされるが、ここでも文系は地理歴史と公民を合わせて2科目受験することが要求される一方理系は1科目で許されたり、同様に理科に関しても文系は理系よりも科目数ないしは試験範囲を少なくして良いなど、入試科目構成が文理それぞれで定型化してしまっている現状がある。

このような事情もあって、「高等学校」および「中等教育学校の後期課程」などにおいて、大学進学を希望する生徒が授業を履修する際には、大学の入学者選抜に対応するために、生徒の希望学部・学科・専攻の入試科目に応じて、生徒の履修科目が文系型または理系型になるように、教員や保護者が指導することが慣習化[15][16]し、学習塾もこれを受けた事業を展開している。

太田次郎によれば、文系と理系に分かれるさい、最大の要因となるのは数学の得手・不得手である。[17]「理系」分野へ進学を希望する場合、入学試験科目の一つに数学が課せられることが多い反面、「文系」では数学が選択できないか、選択できても必須でない大学が圧倒的に多く、また数学を必須とする大学でも文系の場合には配点が低めに設定されている。このことから「数学が出来ないから理系をやめて文系を目指そう」と考える者が少なくない[18]。一方、理系の大学入試で国語が独立科目として必須とされる例は東京大学京都大学などほんのわずかしかなく、選択できるのもごくごく一部の私立大学のみにとどまっている。数学と地理歴史の選択制をとっている入試が多い文系に比べると、理系の入試は科目選択の幅が小さく、見方を変えればそれは苦手科目を抱えてしまった際の逃げ道が少ないということにもなる。

理系の入試においてほぼ必ず数学が課せられている現状に対しては、太田次郎による次のような批判がある。

演算が不得意であっても、空間感覚がすぐれていたり、言語に対する感覚がすぐれている人は少なくない。そんな人が、入試でふるい分けられて、理科系へ進めないのは、残念なことである。 — 太田次郎、『文科の発想・理科の発想』(講談社現代新書、1981)99頁

京都大学経済学部のように、入学試験を文系受験生用と理系受験生用に分け、それぞれ異なる科目構成で行う大学・学部も存在する[19]

専門教育において[編集]

旧制高等学校は、戦後になって新制大学教養部として大学に組み込まれた。多くの大学で教養部が廃止された現在においても、その名残から文系理系のどちらかに大学教育の内容を分ける習慣がある。多くの大学では、1・2年次の教養科目の選択パターンが文系学部同士・理系学部同士でそれぞれ酷似していたり、必修授業の一部を文系学部全体・理系学部全体の合同で行ったりする。また法科大学院には理系学部出身者を優先的に入学させる「理系枠」なるものがあるなど、専門課程を過ぎても「文系」「理系」の括りは何かにつけて付いて回る。

しかしながら西欧圏では、学問分野は基本的に自然科学・人文科学・社会科学の3つに大別される。文系と理系は、日本の歴史的な事情によって形成された便宜的な分類である。実際に事物を深く学修・研究しようとすると、文系と理系という二者択一の区分法に、限界が見て取られることは多い。太田次郎は

どうも、文科系と理科系という分け方は、あまりに粗雑であるし、その分け方にもとづいて、高校や大学で教育が行われるというのは、現代的でないように思われる。もっとカリキュラムを多様化して、様々な選択ができるようにした方が、現在の学問により適合するであろう。 — 太田次郎、『文科の発想・理科の発想』(講談社現代新書、1981)99頁

と指摘している。

学位(修士号・博士号)取得状況とその扱い[編集]

日本では理系のほうが文系に比べて修士・博士課程に進学する割合や意識が高く[20]博士号取得者の8割が理系である。これは卒業後の就職・採用事情と大きく関係しており、理科系大学生は大学院修了者も含めての技術職や研究職の募集に関しても往々にしてあり、研究室の教員の紹介などのルートもあるのに対して、文科系には大学院修了見込者用求人や研究職の募集自体が極端に少なく、文科系卒業生が一般的に就職する就職先の職場では経理や営業現場でのOJTを重視する傾向にあるためと見られる。文系とされる博士号取得者は欧米には多数存在する一方で、日本では付与条件や取得状況が極端に厳しく、これが海外留学生の受け入れにおいてしばしば問題とされる[21]

専門化と学際化[編集]

旧制高校には全寮制のところが多く、しかも文系と理系の学生がひとまとまりに同居する形であった[22][23]ため、文系・理系の学生たちは最低限の知識を共有することができ[23]、互いの交流を通して「全人的な影響」[24]を受け、「文科と理科のカオスなかに若い燃えたぎる生命が打ち込まれ、陶冶され、そして磨かれてい」[25]った。ところが、旧制高校は「エリート教育だから」という理由で戦後の学制改革により廃止され[23]、学生運動対策として学生寮もどんどん壊された[23]結果として、現在の大学が輩出する人材は戦前に比べて文系・理系のどちらかへとより偏り、後述のごとき「会社人間」が蔓延することにつながっている[23]

また専門化と同時に隣接分野の融合(学際化)も起こっており、言うなれば「○○系寄りの□□系」、「□□系寄りの○○系」といった分野も存在するため、これが同一学問系内における更なる乖離を生み出している。

学際化が文系と理系にまたがると文理融合(ぶんりゆうごう)と呼ぶ。また、そのような分野が文系・理系の両方にわたることを強調して学際系と呼称することもある。なお、工学的知見と文系諸学問の知見の双方が扱われる分野を「文工融合(ぶんこうゆうごう)」と呼ぶ者もいるが、あまり普及した言葉とは言えない。

社会とのかかわり[編集]

文系・理系の区別は、社会生活にも大きな影響を与えている。橋爪大三郎によれば、大学が社会へ送り出す人材が文系と理系とに専門化されることにより、個の力が弱まり、大組織中心の社会が形成されるという。

会社に就職してから、理系の人間は研究所や現場で新製品の開発にたずさわり、文系の人間は営業・経理・人事・総務・労務など、製品の販売や会社の管理にたずさわる。手分けをして会社を支えましょうという、予定調和なのだ。知識が偏っているから、独立しようにも一人では何もできない。会社を飛び出してベンチャービジネスを起こそうというタイプの人間は、だからほとんどいなくなる。文系/理系の区別は、卒業生の知識を偏らせ、会社に依存させるための仕組みなのである。 — 橋爪大三郎、『橋爪大三郎の社会学講義2』(夏目書房、1997)64頁

技術系の最高資格である技術士一次試験での共通科目受験免除の条件の一つとして理科系の学部学科卒が挙げられている。またNASA宇宙飛行士に応募するためには理系出身でなくてはならない。

過去には太平洋戦争末期に行われた学徒出陣において、理科系学生には技術要員として徴兵猶予が継続された一方、文科系学生は士官候補生として動員された。


文系人気・理系人気[編集]

文理選択は将来の学部選択・専門分化を通じて職業選択に影響する。特に医師歯科医師薬剤師建築士など資格取得に学歴を要求するような職業は、たいてい人気が高いこともあり大学入学の1~2年前からすでに準備していなければならない。したがって、本人の学問に対する興味そのものよりも、本人の希望する職業、あるいは親が子供につかせたい職業によって文理選択を決める(決められる)場合が往々にしてある。それゆえに文理選択の全体的な傾向は、選択時の経済状況や経済予測、技術革新や流行等に影響を受けるとされる。

一般に、「不況になると理系が人気になる」とされている。代々木ゼミナール進学情報・指導部本部長(当時)の坂口幸世は、理・工学部志望者が減少して1995年頃に最少となり、そこから増加し2002年までに減少前の水準に戻った(代ゼミ調べ)ことについて、

長引く不況の中、理系学部出身者は専門的知識で勝負でき、就職にも有利だとして見直されている。学生は世情に敏感ですよ — 坂口幸世による発言、『理系白書 この国を静かに支える人たち』(毎日新聞科学環境部、講談社、2003)94頁

と分析している。

文系人気・理系人気は時代とともに変わりゆくので、需給のバランスもまた変わる。後の章で述べるように、平均収入や生涯賃金は文系と理系との間に有意な差があることが多く、時に優劣を逆転させながら、時代の流れによる需給バランスの変化に伴い連続的に変化してきた。それが原因となって逆に、文系人気・理系人気の波が加速・減速することもある。すなわち、文理選択の時点での文理別平均収入や生涯賃金予測を参考にして文理選択する者もいるわけである。

たとえば、理系の生涯賃金の平均が文系より5000万円近く低いとする1998年の調査もあり[26]、これが理系離れの原因だと主張する言説が往々にして見受けられる。一方で2009年のデータを元に2011年3月に公表された調査報告では、46歳男性では理系出身者の平均所得が600.99万円で文系559.02万円を上回るとされた[27]。この違いについて、IT産業の興隆などにより理系出身社長・取締役が増えたことやバブル期の調査データには銀行・証券会社など給料が製造業より高くこれが文系理系の差に反映されていたとの分析がある[28]

文理別・学部別収入に関する調査[編集]

収入に関する統計には、文理別・学部別・偏差値別・男女別の様々な統計が出されている。

  • 天野郁夫著『旧制専門学校』(大正6年)には、高学歴社員の処遇として、日本郵船の初任給が掲載されている(日本郵船は当時の就職したい企業1位であった)。それによると、東京帝国大学工学部の初任給が45円。東京帝国大学法学部が40円。東京高等商業学校が35~40円。慶応義塾・早稲田が30円。という具合である。当時は大学や学部によって賃金が変わることが一般的であった。[29]
  • 前田一著『サラリマン物語』(昭和3年)には、出版前年の昭和2年の実績と見られる有名企業の初任給一覧が出ている。たとえば、三菱合資では、帝大工90円、帝大法80円、商大80円、商大専門部と早慶、神戸高商75円、地方高等商業と中央、法政、明治65~70円、私大専門部、50~60円、中学程度35円である。[30]この時代は、大卒就職率約30%という不況の時代でもあり、『大学は出たけれど』などの映画が作られたほどの就職難であった。また、当時(昭和5年)の東京帝国大学の就職率は、医学部94.7%、工学部82.3%、農学部79.4%、理学部70.2%、経済学部39.2%、文学部37.3%、法学部32.1%である。[31]
  • 松繁寿和らは1998年に、ある国立大の理系学部と文系学部を一つずつ選んで、調査用紙を郵送し、その時点での年収などをたずねた。この統計調査をもとに毎日新聞の記者が計算したところによると、生涯賃金の差がおよそ5000万ほど文系学部の卒業生が高くなった。[32]
  • 2009年のキャリコネの調査によると、理系の大学の出身者は、平均年収が638.9万円。これに対して文系は、551万円だった。学部別の年収だと、工学部661.1万円、理学部616.1万円、法学部615.3万円、経済学部608.3万円、商学部・経営学部604.3万円、薬学部551.4万円、農学部526.3万円、社会学部464.9万円、文学部409.5万円である。また、東京大学出身者の学部別平均年収は、理学部1381.3万円、法学部1158.7、工学部1057.6万円、経済学部923.8万円、農学部700.5万円であった。[33]
  • 2010年の慶応大学の調査では、男性の平均年収は文系が559万円だったのに対し、理系は601万円で、42万円高かった。 女性も文系203万円に対し、理系は260万円で57万円高かった。 年代別比較では、理系男子は、国立大出身なら35歳で文系男子よりも100万円弱ほど高く、60歳では150万円以上高かった。国立大以外の理系は35歳までは文系より低いが、40歳ではほぼ同じ、45歳では追い抜いていた。 また、役職員に就いている正社員の割合も文系は20.3%に対し、理系は35.0%。会社の経営者の割合も文系1.3%に対して、理系2.1%とわずかに高かった。[34]
  • 2010年の京都大学と同志社大学の調査では、文系の平均年収約583万円に対し、理系は約682万円だった。格差は年齢と共に広がり、25歳では理系が文系より約60万円多く、60歳では約168万円に拡大していた。このほか、サンプルをもとに40歳時のモデル年収を推計したところ、理系男性が約717万円、文系男性が約680万円だった一方、理系女性が約498万円、文系女性が約402万円と男性の方が約220~280万円も高く、男女間の賃金格差が浮き彫りとなった。また、出身学部をベネッセコーポレーションによる大学難易度別にA(偏差値60以上)、B(50~59)、C(50未満)に分けたところ、同じ難易度ではいずれも理系が高く、最も高いのはAの理系。Bの理系はAの文系の平均を下回ったものの、Aの文系でも受験で数学を選択しなかった人の平均よりは高かった。[35]
  • 2011年の浦坂純子と西村和雄の調査では、慶応義塾大学パネル調査共同研究拠点の「日本家計パネル調査(JHPS)」のデータを分析して、文理別に国立・非国立大卒の年収を調べている。それによると、所得の順位は、国立理系男子、非国立理系男子、国立文系男子、非国立文系男子の順となっている。また、偏差値別の分析では、高偏差値理系男子、高偏差値文系男子、中偏差値理系男子、中偏差値文系男子の順となっている。しかし、50歳以降になると高偏差値文系男子は、中偏差値理系男子に所得で追い越されてしまう。これは、文系の賃金カーブのピークが50歳であり、以降は賃金が下がっていくのに比べ、理系の賃金カーブは50歳以降も上昇するためと考えられる。[36]
  • 2011年の経済産業研究所の調査では、理系学部出身者の平均所得は文系学部出身者より約130万円高く、そのうち高校時代に物理が得意だった人が最も高所得である。平均所得は全体が552万円だったのに対し、理系学部出身者は637万円、文系学部出身者は510万円であった。理系学部出身者の平均所得は、高校時代に得意だった理科科目別では物理681万円、地学647万円、化学620万円、生物549万円の順だった。[37]また、同調査では、同志社大経済学部の八木匡らによって、得意科目別と年収の調査についても調べられている。それによると、文系、理系を合わせた大卒就業者約1万人(平均年齢43歳)の得意科目と平均所得(年収)の関係を調べると、数学が得意な人の所得が約620万円と最も高く、2番目は理科が得意な人の約608万円だった。数学が得意な人と国語が得意な人とでは、約183万円の差があった。
  • 2011年に「週刊東洋経済」が「DODA」の協力を得て転職サービス登録者の調査を基に推計したところ、生涯年収は理系で2.25億円に対し、文系は2.10億円足らず。1500万円以上の差がついた。その理由として、DODA編集長の美濃啓貴は「モノ作りのできる技術者は営業職に就けるが、文系出身の営業マンは専門的な知識や経験がないので技術者にはなれない」と、職業選択の幅の違いを指摘している[38]
  • 2011年に株式会社アイ・キューが行った調査によると、営業職の学歴・文理別平均年収は、国公立大院卒/理系 682.00万円、国公立大学/理系 676.30万円、私立大学/理系 617.91万円、私立大院卒/理系 617.39万円、国公立大学/文系 584.53万円、海外大学院 583.33万円、私立大学/文系 543.61万円、専門・短大・高専・各種学校 503.86万円、国公立大院卒/文系 502.83万円、私立大院卒/文系 490.00万円、高校 486.71万円、海外大学 482.76万円の順であった。[39]
  • 2018年の寺田好秀の論文では「慶應義塾家計パネル調査」のデータを利用して、男性の文系・理系間の所得格差の推移について分析している。その結果、2003年から2012年の10年間、一貫して理系の方が文系よりも平均所得が高く、さらに所得格差が拡大しており、またその原因は景気変動にあると結論付けている。また、このことから高い所得と安定をもとめるのであれば理系の方が好ましいと考えている。[40]

文系的と捉えられることが多い学問[編集]

ただし、経営学経済学社会学言語学心理学デザイン学には高度な数学的・統計学的解析を伴うものも多く、たとえば東京理科大学には文理融合型の経営学をうたった経営学部が1993年に設置されている。さらに近年では経済物理学という新分野の開拓や、言語学研究における脳波解析の活用、音楽における音響工学の応用などにより、人文科学・社会科学と物理学との距離が縮まっている。政治学国際関係論の研究にはゲーム理論等の応用数学的アプローチが用いられることがあり、公共政策大学院には実際に数学の授業が開講している。

一方、地理学地球科学と密接な関係を持ち、特に自然地理学地図学は理系の学問と位置づけられることも多い。考古学放射性炭素年代測定など理化学的検査の必要が年々増加しているため、やはり数学や理科が重要視される傾向にある[41]

心理学脳科学神経科学との関連が密であり、人間の行動や認知を扱う基礎心理学認知科学の諸分野と親和性がある。臨床心理学精神医学と関連する部分も多い。福祉関係分野では医療に関する知識も必要となる。また、家政学は、自らを「総合科学」と定義(詳細は同項を参照)しているように、医学寄りの学問である栄養学や、理系寄りの分野である児童発達学被服材料学をも内包する。

哲学は歴史的に自然科学の影響を強く受けてきた。集合論をはじめとする数学基礎論の発達は、哲学が紀元前から武器としてきた「論理」に確かな拠り所を与えたし、量子力学の勃興は、それまでの宇宙観を大きく揺るがすものとして哲学の幅広い分野を刺激してきた。他方、臓器移植脳死の概念、あるいは多様な生殖補助医療の出現は哲学に生命倫理への深い考察を要求した。

理系的と捉えられることが多い学問[編集]

農学工学には経営学経済学地域研究などの社会科学との複合分野がある。例として金融工学経営工学農業経済学がある。

デザイン学、生物学医学には哲学倫理学が密接にかかわり、とりわけ精神医学は文系に属するとされる心理学と深く関わっている。情報学には社会学と近縁な分野がある。また文系と同様、理系分野にも自身の歴史を扱う分野がそれぞれ存在する(「○○学史」「○○史」と呼ばれる)。

建築学は特に日本では概ね理系の範疇に入るとされているが、建築学科の設置学部は工学部のみにとどまらず、建築デザインなどデザインや美術の範疇に入る部分も多く、日本の大学でも21世紀以降は海外の状況をかんがみて建築学部に独立するケースがみられる。また、農学の範疇に入るとされている造園学ランドスケープデザイン学・環境デザイン学として、それらを学ぶことができる学科自体が文理双方で多岐にわたって設置されている。ランドスケープ系研究室を参照。

また日本では大学入試センター試験における地学科目の試験がほかの理科科目に比べて易しいため文系受験生からの人気が高く、一方で理系出身者の中には高等学校時代も通算し地球科学天文学を全く学んでいない者も多い[42]ため、当該分野の知識・理解が文系出身者のほうが優れているという逆転現象がみられる。なお、地質学等の研究や土木工学の中でも河川工学方面の研究などでは、過去の自然災害を調べるため古文献にあたることもある。

脚注[編集]

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  1. ^ 例えば技術士経営工学部門の科目に金融工学がある
  2. ^ 『社会学講義〈2〉新しい社会のために 橋爪大三郎978-4931391246
  3. ^ 『文科の発想・理科の発想』(太田次郎、講談社現代新書、1981)196頁、中略は引用者
  4. ^ a b 『文系の壁―理系の対話で人間社会をとらえ直す』(養老孟司、PHP新書、2015)24頁。フックファラデーが正規の数学教育を受けずに物理学者として顕著な業績をあげたという話題から転じて。
  5. ^ 引用文中の「その強度」とは、実験によって得られたコンクリート強度のことを指している。
  6. ^ 『文科の発想・理科の発想』(太田次郎、講談社現代新書、1981)140頁
  7. ^ 『文科の発想・理科の発想』(太田次郎、講談社現代新書、1981)16頁
  8. ^ 『文科の発想・理科の発想』(太田次郎、講談社現代新書、1981)15頁
  9. ^ a b 『文科の発想・理科の発想』(太田次郎、講談社現代新書、1981)18頁
  10. ^ a b 『文科の発想・理科の発想』(太田次郎、講談社現代新書、1981)79頁
  11. ^ a b 『文科の発想・理科の発想』(太田次郎、講談社現代新書、1981)80頁
  12. ^ a b c 『文科の発想・理科の発想』(太田次郎著・講談社現代新書)8ページ
  13. ^ a b 『文科的理科の時代』(藤井康男著・福武書店、1982)11頁
  14. ^ a b 『文科的理科の時代 新・学問のすすめ』(藤井康男、福武書店、1982)12頁
  15. ^ 進学校でなくても、普通科高校では生徒を文系・理系に分け、課目選択の型を決めてしまっていることが多い
  16. ^ 大学付属高校でも、内部進学の際に理系学部、文系学部がそれぞれ付属高校での生徒の文系理系選択をもって、該当学部への進学条件としている場合もある
  17. ^ 『文科の発想・理科の発想』(太田次郎、講談社現代新書、1981)96頁
  18. ^ 『文系?理系?―人生を豊かにするヒント』(志村史夫、ちくまプリマ―新書、2009)52頁
  19. ^ 京都大学一般入試学生募集要項 - 2017年11月6日閲覧。リンク先PDFファイルを参照のこと
  20. ^ 東大博士が語る理系という生き方
  21. ^ 第96回参議院文教委員会 宮之原貞光
  22. ^ 『文科的理科の時代』(藤井康男著・福武書店、1982)32頁
  23. ^ a b c d e 『橋爪大三郎の社会学講義2』(橋爪大三郎、夏目書房、1997)64頁
  24. ^ 『文科的理科の時代』(藤井康男著・福武書店、1982)34頁
  25. ^ 『文科的理科の時代』(藤井康男著・福武書店、1982)35頁
  26. ^ 大谷・松繁・梅崎「卒業生の所得とキャリアに関する学部間比較」
  27. ^ 「理系出身者と文系出身者の年収比較」経済産業研究所2011.3[1]
  28. ^ J-CAST会社ウォッチ「やっぱり「理系」の方が「文系」より高給だった」2011.3.21[2]
  29. ^ 『旧制専門学校』天野郁夫著 日経新書 p154
  30. ^ 『サラリマン物語』(昭和3年)前田一著 東洋経済出版部
  31. ^ 帝国大学年鑑 (帝大新聞社)
  32. ^ 「文系理系の生涯賃金格差は5000万円」~さらば工学部
  33. ^ 理系は損か? 文系は損か? 学部別での年収格差を分析
  34. ^ 「文系より理系が高収入で出世する 慶大などの約3500人分析で判明」(産経ニュース 2010/12/09)
  35. ^ 「理系は文系より年収が100万円高い」 京大など調査 (朝日新聞 2010/8/24)
  36. ^ 理系出身者と文系出身者の年収比較-JHPSデータに基づく分析結果-(経済産業研究所)
  37. ^ 物理が得意な理系、高所得 平均681万円、科目間でも格差 経済産業研究所(産経ニュース 2011/10/21)
  38. ^ 「週刊東洋経済」(2011.3.19号)
  39. ^ 学歴・文理別年収ランキング
  40. ^ 寺田好秀(2018)「文系出身者と理系出身者間の所得格差の推移-格差拡大の検証と要因分解-」『クオリティ・エデュケーション』Vol.9,pp.23-38.
  41. ^ ただし、日本の考古学研究者には数学・理科の素養が乏しい者が多く、理系研究者からは「単に外部委託した分析結果を理解もせずに利用しているだけ」という批判も多い。
  42. ^ 理系大学入試で地学を使える大学・学部は限られているためほとんどの受験生は地学以外の科目で受験する。また多くの大学では物理学・化学は必修である一方、地球科学に関しては授業自体が開講していないか、開講していても選択履修とされているところが多い。それゆえ、地球科学を履修しないと卒業できないという大学・学科は少ない。

関連項目[編集]