セブンスデー・アドベンチスト教会

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セブンスデー・アドベンチスト教会( -きょうかい、: Seventh-day Adventist Church, SDA)は、アメリカ再臨待望運動において1843年-1844年にキリストが再臨すると予告して起こったキリスト教系宗教組織。SDAは自らをプロテスタント教会と位置付けており[1]、宗教分類学的にはキリスト教系の新宗教に分類される[2][3][4]

キリスト教大事典』652頁(教文館、昭和48年9月30日 改訂新版第二版)では、プロテスタントと位置づけず、一方で異端(キリスト教系の新宗教)とも位置づけず、冒頭文で単に「アメリカに始ったキリストの再臨と安息日厳守を主張する教派」としている。

名称の「セブンスデー」は週の第7日(=土曜日)の安息日を、「アドベンチスト」はキリスト再臨を待ち望む者を意味することから、日本では安息日再臨派(あんそくび さいりん は)と呼ばれることもある。

教義[編集]

キリストの十字架による贖罪死を信じる信仰によって救われるという立場をとり、十戒を現在も守るべきものと解釈する。

ウィリアム・ミラーが1843年にイエス・キリストの再臨の日を特定したことにより、様々な教会から(メソジスト派やバプティスト派が多かったが、他の教派からの集合であった)人々が集まって始まった。当時はまだ日曜教会であったが、4世紀カトリック教会が地域毎の安息日の習慣にあわせて、土曜日のほかに日曜日もミサ祭礼を行うことを認めるようになった事に目を向け、我々は古代のキリスト教に戻るべきだとする安息日礼拝(土曜日礼拝)をのちに支持した。アメリカやその他の地域においてキリスト教専門の総合テレビ局などで土曜日はほぼ一日中この教会の礼拝を中継しており、その知名度はかなり高い事がわかる(この教会よりも歴史の古いセブンスデーバプテスト教会なども中継されており、アメリカではこの安息日を固守する教団が191団体にも及ぶ)。[要出典] 主日(日曜日)と安息日の関係について、ヘンリー・シーセン著『組織神学』[5]p397では『宗教改革者のジョン・ノックスマルティン・ルタージャン・カルヴァンらは、主日は旧約聖書の安息日と、同一視されてはならない、と言った。』と指摘している。

SDAの教理は超教派的で様々な他教団の教理を取り入れ、自分達がそれなりに客観的に見て、聖書的だとする教理を受け入れたものであるとされる[誰によって?]。それらは以信得義の教理であるルター派やアルミニウス主義的思想から、復活信仰は再洗礼派から、聖化される精神成長はジョン・ウェスレーチャールズ・ウェスレーホーリネス運動から、バプテスマの教理はバプテスト派から、社会奉仕は救世軍から、世界宣教の理想はモラヴィア兄弟団から、安息日の意味はセブンスデー・バプテスト派からであるとされている[誰によって?][要出典]

天地創造は字義とおりの6日間で創造されたと解釈し、キリストの復活昇天および再臨も字義とおりのものと解釈する。また、人間の死は、キリストの再臨の際の復活までの無存在の状態と解釈する。伝統的なキリスト教と同様、キリストの処女降誕神性奇跡・贖罪死・復活と再臨の基本教義を堅持する。

彼ら特有の信仰の一つに「調査審判」がある。彼らがキリストの再臨を予告した1844年10月22日に実際には再臨が起こらなかったことから、その後に教団は「調査審判」という教義を発表した。1844年10月22日にキリストは贖罪の業を続けるために天上の聖所に入られ、その日から人類に対する調査審判が始まったとする。イエス・キリストは今、誰が救われて天国に入りうる資格があるかどうかを検定するために調査中であるとしている。福音派尾形守による著書では、このSDAの教義は全く聖書的根拠がないと指摘されている[6]

また、聖書の基本教義の一つである永遠の地獄説を否定し、「永遠の火にあぶられる。(マタイ3-12)」の聖句を研究した結果、創世記19の「ソドムとゴモラの滅亡時に火に焼かれ、灰になった」を根拠に永遠地獄説を否定する。これは審判を受ける者に火が彼を焼き尽くすまで消える事のない永遠の火を意味すると言うのが彼ら独特の解釈であり、正統的プロテスタントキリスト教信仰と異なる点である。この教理はイングランド国教会米国聖公会と同じ教理でもある。[要出典] 正統的プロテスタントキリスト教信仰について書かれたハロルド・リンゼル、チャールズ・ウッドブリッジ共著『聖書教理ハンドブック』[7] p51では、地獄を否定することは非常に危険である、として以下の4点が明記されている。 (1)聖書の明白な教えを否定し、聖書の真実性と権威に異議を唱える (2)主イエスの教えを偽りであるとして拒否する (3)天国、キリスト教信仰の主要な教理に関しての聖書の教えを損なう (4)キリスト教会は2千年間偽りを宣べ伝えてきたことになる

もうひとつ彼らの教理の一つ霊魂消滅説がある。これは再臨時に主が選ばれたものを呼び集める。と言うマタイ福音書24の部分を根拠に、「その時、人の子が天に現れ、一人一人選ばれた人達を四方から呼び集める。」つまりこれは、人が死亡時霊魂がそのまま離脱し、昇天してしまうと、主の再臨時とかみ合わず、人はいったん土に帰り、そして後の再臨時に土から主に呼ばれると言うのが教理である。この解釈においては特に北米で高い評価を受けている。[要出典] 霊魂消滅説を否定する見解として、ハロルド・リンゼル、チャールズ・ウッドブリッジ共著『聖書教理ハンドブック』[7]p384では、絶滅説(霊魂消滅説)は地獄に関する誤った見解であり、地獄に関する真理を否定することは、聖書のその他の教えに対しても疑問をいだくことであると述べている。 エル・ベルコフ著『改革派神学通論』[8] p374では、絶滅説(霊魂消滅説)について、"死" "壊滅" "死滅"などの名称が絶滅を指示すると推定することは恣意である、とし、反証聖句として伝道12:7、マタイ25:46、ローマ2:8-10、黙示14:11、20:10を挙げている。 マイヤー・パールマン著『聖書教理の研究』[9] p629では霊魂必滅論(霊魂消滅説)について「まちがった考え方」としている。霊的な死は神から離れることである、と解説している。

プロテスタントの中でも一般的な異言の解釈に対し、聖句の中のうめき声を出す祈りの方法に異を唱え、神聖なお祈りを追求し静かな祈りを教理とする。彼らの異言とは不明瞭なうめき声ではなく、外国語を意味し、宣教時等に主の力を得て、今まで話せなかった外国語が出ると言う教理を持っている。(しかしこの教理は絶対的な教理ではなく、異言を唱える信徒が存在する。)

「異端」であるかどうかの見解[編集]

キリスト教界において、「異端(ないしキリスト教系の新宗教)」として位置付けるかどうかの見解に違いがある。

「異端」としない見解[編集]

「異端」とする見解[編集]

  • 福音派尾形守による著書『異端見分けハンドブック[6]では異端とキリスト教の根本的な違いは「霊の違い」であるとし、異端は悪霊によるとする。その聖句として、第一ヨハネ4:1-3、黙示録16:13、第一テモテ4:1をあげている。p12にSDAは「異端とみなされている団体」と明記されている。さらにp168以降ではSDAの教理的問題点として「1844年にキリストの再臨があると主張したこと」「安息日(土曜日)礼拝を守らなければ真の教会ではないとすること」「1844年から天においてキリストの調査審判が始まったとすること」「霊魂不滅・地獄の否定」を挙げている。
  • 辻川宏の『異端ポケットシリーズ4』[19]では異端であるかについては両論あるが異端であるとし、教義的問題点として「真の教会はSDAのみとする」「安息日を守ることは永遠の生死にかかわるとする」「霊魂不滅・地獄の否定」「贖罪は調査審判中である」を挙げている。
  • 元・SDA教会員で三育学院の神学生だった、山本杉広(現在は和歌山県内のプロテスタント教会牧師)は、『異端ポケットシリーズ6』[20]で、信者であった頃の自身の体験を告白している。
  • 日本宗教学会会長の宗教学者である井門富二夫は『カルトの諸相 キリスト教の場合』においてSDAをモルモン教等と同様の「キリスト教系の新宗教」と位置づけ、また終末を特定化し、社会不安をあおりたてた行為は逸脱的かつ反社会的(カルト的)と批判されている、と述べている[2]
  • J.G.メルトン の編集する『アメリカのカルト百科事典』では、SDAは『既成のカルト』の項に分類されている[4]
  • E.ケァンズ著『基督教全史』[21]ではSDAをモルモン教クリスチャン・サイエンスと同様に『非正統説の分派(異端)』として取り上げている。
  • バーナード・ラムは著書『聖書解釈学概論』[22]において、SDA、モルモン教クリスチャン・サイエンスエホバの証人に対し『聖書のほかに人間の声を加える諸教派に反対する』と述べている。
  • バプテスト派の牧師John R. Rice は著書『False Doctrines(偽りの教義)』[23]で「SDAの教義は誤っている」としている。
  • 元・英国国教会聖職者であり、キリスト教異端史研究者であるD.クリスティ・マレイは『異端の歴史』の中でSDAを異端として取り挙げている[3]
  • プロテスタント牧師Anthony A. Hoekemaは著書『The Four Major Cults: Christian Science, Jehovah's Witnesses, Mormonism, Seventh-day Adventism』にてSDAを『4大カルトの1つ』としている[24]
  • 牧師だったセブンスデーアドベンチスト教会を去り、バプテストの牧師となったDM Canright [25]はSDAに対し最も厳しい批評家の1人である。
  • 福音派の牧師Walter Ralston Martin と同氏が設立した米国の研究所Christian Research Institute も異端の認識を表明している[26]

対話[編集]

セブンスデー・アドベンチストと世界福音同盟との対話が2007年8月に行われた[27][28]。双方が互いに、共通する信仰内容があることを確認した一方、同意がみられなかった点があることを確認した上で、今後の協力関係を発展させることで合意した共同声明が発表された[29]

歴史[編集]

1800年代前半に北米で起こった再臨待望運動を源としている。中心人物であるウィリアム・ミラーが、1843年にイエス・キリストの再臨の日を特定して予告した。しかし、実現しなかったので翌年また特定しなおしたが、どちらも実現しなかった。これは、これはミラーの支持者であるエレン・グールド・ホワイト夫人が第7日目安息日(土曜日)を守らないことが実現できない理由であると解釈して、土曜日を安息日にするという意味で、セブンスディー・アドベンティスト教会が発足した。 [30]

ミラーはキリストの再臨を1843年3月21-1844年3月21日の間と特定し、再臨待望集会は100以上の場所で開かれ、熱狂的な雰囲気であった。1843年が近づくにつれ、フィラデルフィアやボストンでは、ディオニソス的酒宴といってもよい自暴自棄的乱痴気騒ぎが開かれた[31]。しかし、再臨は起こらず、今度は翌年1844年10月22日だと主張し、彼らは再び熱狂的にその日の到来を待った。ある者は仕事を放棄し、屋根や山の上に登って天を仰いだ。しかし、その日も何の変化もなく、彼らの失望は非常に大きかった。その後、セブンスデー・アドベンチスト教会の指導者たちはキリストは天の聖所に再臨したので、預言が成就したと説明した[19]

社会心理学者レオン・フェスティンガーによると、ミラーの預言失敗後も、ミラーの同調者は自分たちの計算ミスを数え立てて、預言の日を次々と変え、時が過ぎゆくうちに不協和に悩む人々の心を落ち着かせていったという。しかし同時に世間的現実に引き戻そうとする強制から精神不安定となり、精神障害者施設に収容された患者は、ボストン近郊だけでも170人以上もいたと報告されている(『カルトの諸相 キリスト教の場合』p152)[2]

ミラーとホワイトたちと袂を分かったグループは教区を作り(アドベント教会)活動していたが、1865年から盛んに解放奴隷の伝道や国外伝道をした。日本へも岩越政蔵を派遣しアドベント教会の流れを作った。(日本アドベント・キリスト教団)[32]

一方、ミラーとホワイトが指導するグループは集まり、1863年に教団組織を発足。かつては律法主義的色彩が濃かったが、その後、福音主義的教義を受け入れる。発足当初からホワイトが中心になり組織を急速に拡大し、ほぼ全世界で布教活動をしている。

その他[編集]

特記事項[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b セブンスデー・アドベンチスト教団とは? - セブンスデー・アドベンチスト教団公式サイト
  2. ^ a b c 井門富二夫『カルトの諸相 キリスト教の場合』岩波書店1997年
  3. ^ a b 『異端の歴史』教文館1997年
  4. ^ a b J.G.メルトン (1992). Encyclopedic Handbook of Cults in America. Garland. 
  5. ^ ヘンリー・シーセン著『組織神学聖書図書刊行会1961年
  6. ^ a b 尾形守異端見分けハンドブック』プレイズ出版
  7. ^ a b ハロルド・リンゼル、チャールズ・ウッドブリッジ共著『聖書教理ハンドブック』いのちのことば社1962年
  8. ^ エル・ベルコフ著『改革派神学通論』活水社書店1952年
  9. ^ マイヤー・パールマン著『聖書教理の研究』日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団出版部1959年
  10. ^ Seventh-day Adventist Church - The World Council of Churches
  11. ^ Apostolic Journey to the Orient, Homily of John Paul II, 9 May 1984 - バチカン公式サイト
  12. ^ 2012年キリスト教一致祈祷週間小冊子,P51 (PDF) (2015年1月26日時点のアーカイブ) - カトリック中央協議会が配布している冊子
  13. ^ 国連人権理事会 「宗教の中傷」反対決議に懸念高まる 2009年4月18日(2009年4月30日時点のアーカイブ
  14. ^ 『礼拝探訪 神の民のわざ』第8章 礼拝は土曜日に セブンスデー・アドベンチスト教会の礼拝
  15. ^ 東京小金井市内11教会が一致祈祷会--クリスマスには共通の教会案内(2015年5月1日時点のアーカイブ) - クリスチャン新聞 2010年02月21日号
  16. ^ おすすめリンク集(日本聖書協会)
  17. ^ 「聖書全巻リレー通読」を実施された教会の方々(日本聖書協会)
  18. ^ 日本キリスト教連合会加盟団体
  19. ^ a b 辻川宏『異端ポケットシリーズ4』オリーブ社
  20. ^ 山本杉広 『異端ポケットシリーズ6/「体験」セブンスデー・アドベンチスト教会』オリーブ社
  21. ^ 『基督教全史』p565-566聖書図書刊行会1957年
  22. ^ バーナード・ラム『聖書解釈学概論』p232聖書図書刊行会1963年
  23. ^ John R. Rice (1994). False Doctrines. Sword of the Lord Publishers. 
  24. ^ Anthony A. Hoekema (1963). The Four Major Cults: Christian Science, Jehovah's Witnesses, Mormonism, Seventh-day Adventism. Eerdmans. ISBN 0-85364-094-7. 
  25. ^ "Life of Mrs. E.G. White - Her Claims Refuted", by DM Canright, 1919
  26. ^ Walter Ralston Martin (1960). The Truth About Seventh-Day Adventism. Zondervan. 
  27. ^ アドベンチストと福音同盟が共通ゴール目指す声明発 : クリスチャントゥデイ
  28. ^ アドベンチスト教会、WEAと神学的対話 共同声明発表へ : クリスチャントゥデイ
  29. ^ Joint Statement of the World Evangelical Alliance and the Seventh-day Adventist Church(PDF)、左記共同声明英文の私訳→世界福音同盟およびセブンスデー・アドベンチスト教会による共同宣言(2007)(上田彰)
  30. ^ 大山武俊『セブンスデー・アドベンティスト』「新キリスト教辞典」p.851
  31. ^ Joseph.S.O'Leary (1994). Arguing the Apocalypse. Oxford U.P.. 
  32. ^ 中村敏『日本における福音派の歴史』p.122
  33. ^ : Seventhday Adventist Reform Movement、SDARM

関連項目[編集]

教育[編集]

医療[編集]

外部リンク[編集]