霊波之光
ウィキペディアはオンライン百科事典であって、プロパガンダや提言、求人や勧誘の場ではありません。 |
この記事には複数の問題があります。 |
この記事の文章は日本語として不自然な表現、または文意がつかみづらい状態になっています。 |
| 設立 | 1954年 |
|---|---|
| 設立者 | 波瀬善雄 |
| 種類 | 宗教法人 |
| 法人番号 | 5040005014656 |
| 目的 | 人類救済、世界平和の実現 |
| 本部 | 千葉県野田市山崎2683-1 |
| 座標 | 北緯35度55分15秒 東経139度54分30秒 / 北緯35.92083度 東経139.90833度座標: 北緯35度55分15秒 東経139度54分30秒 / 北緯35.92083度 東経139.90833度 |
| ウェブサイト | https://www.rhk.jp |
霊波之光(れいはのひかり)は千葉県野田市に本部がある新宗教である。
創始者(初代教主、教祖)は波瀬善雄(はせ よしお、本名:長谷義雄、1915年7月2日 - 1984年3月19日)。二代目教主は波瀬敬詞(はせ けいじ、 - 2024年7月※不祥事による離職 )。現教主 波瀬敬仁(はせ たかひと 2024年8月 - )。
概要
[編集]「霊波」と教団が称する一種の神通力により、病や苦しみから救われ奇蹟が起こると教団は主張しており、「人類救済」「世界平和の実現」を目的としている。創始者である波瀬善雄は、教団では「神の分身」「救世主」とされており、「御守護神様」と称される。波瀬善雄が死去した1984年に波瀬敬詞が教主を継ぐ。二代目教主である波瀬敬詞は、教団では「二代様」と称されていた。現教主(2024年『霊波110年』8月~)は、波瀬敬仁。「教主様」と称されている。
教団では波瀬善雄が誕生した1915年(大正4年)を霊波元年とする「霊波暦」という暦を採用している。
教典は「御書」と称されている。
2024年8月2日の講話で、御聖主二代が一般人となり教主三代が霊波を継承されたと発表。
同時に「耐震性や諸問題があり、建物としての維持が難しくなりました」と天使閣の取り壊しを全信者に公式発表をした。現在、天使閣は解体されている。
特徴
[編集]本部含めて全国の御神域(支部・支所・支局)は信者でなくても誰でも参拝できる。
御神域に入れる日を開門日、閉館している日を閉門日と称している。 現在(2026年)の閉門日は原則月曜日と木曜日になっているが、現状は不定期として扱われている。
教団では信者になることを「御絆(おつながり)」「御つながり」と称し、本部の参拝受付、支部、支所で受付けている。入信費は1人につき1,000円(年会費制、2026年現在)で「感謝金」と呼ばれる。入信すると「御神体御札」と称される札が配布される。
年会費は前納制となっており、年末年始に会費を添えて「更新」の手続きが必要となる。「更新」を行わない場合は自動的に退会となり、新年度の札は配布されない。
賛助会は家族単位ではなく個人で10,000円からの奉助会と、50,000円からの奉賛会のどちらか。二十歳前の子供の祈願料は親の入会状況にかかわらず賛助会料金。単回祈願、一手100円で御神酒を得られるようになった。
病気・ケガ・金銭問題・人間関係等、病院や自分自身で修繕できない事象を、お祈り・奉仕活動・協力金(教団への寄付)・布教を行い、その事柄を良い方向へと導いてもらう事を目的に信者は信仰活動を行っている。病気が治った・会社での人間関係が良くなった等、活動後に改善があると、御守護神様から奇跡を与えていただいたと実感する。その奇跡を教団・信者間では『体験』をいただいたと言う。
その『体験』をいただく事、日常生活の安定・日々の安全/安心を目的として信仰信者になる。
信者になると以前は毎月会報が送られていたが、現在はペーパーレス化が行われ、信者専用 Webページ『光報えがお』から、「御講話」・「光報えがお」・「機関紙霊波」・「体験まんが」等を観覧出来るようになっている。
光報えがおの印刷版は1冊千円で御神域で頒布されている。
教えは、「笑顔見せてますか? 感謝伝えてますか? 参拝お誘いしませんか?」など。
「御守護神様、御守護神様、御守護神様....」と唱えて祈る。
信者が亡くなった場合の葬儀や墓については、教団特有の形式などは無く、教団は一切の関与をしない。そのため、仏式葬、神式葬、キリスト教式葬など、葬儀は他宗教の宗派により執り行われる。
宗教慣行
[編集]開門日に教団職員や信者は、教団施設内で「御奉仕」と称して施設の清掃活動を行う。その際、白色の行衣下衣を着用。
行事日には信者が礼拝堂で体験の発表をしている。その発表会を収録したビデオを御神域全域の開門日に、1時間に1回繰り返してで上映されている。
また、義雄氏の御祈上映が開門日の午前10時・午前11時・午後1時・午後2時に行われる。
御祈前後に義雄氏の講話も御神域全域で上映される。
本部の礼拝堂の一階と地階で義雄氏、敬仁氏、義敬氏の講話や波瀬善雄自身が監督となり自身の修行時代のエピソードを現した「神への道」シリーズの映画などが開門日に上映されている。
公式YouTubeチャンネルで「聖神殿ライブ」というタイトルの本部の聖神殿の様子を24時間映すライブ配信が行われている。
不祥事
[編集]御聖主二代こと敬詞(けいじ)が神子に対し、「天使閣[注釈 1]であるまじき行為が数十年間にわたり横行していたことが発覚。」(*2024年8月 各支所班長会発表事項から抜粋)、よって、波瀬敬詞は永久追放となった。
なお、「永久追放」は役職のある信者に連絡事項として伝えられた言葉で、一般信者には永久追放という言葉を使って発表はされていない。
不祥事発覚とその後の教団
[編集]神子制度は廃止されたが、現在は光務員と称して人員を募っている。
ただし条件が限定されている。(*一部記載)未婚の女子対象、高等学校を卒業ないし卒業見込み※であること。、体重が規定内であること。などの条件がある。
※2026年より、入教者は男女共に高等学校卒業年代の18歳のみに限定されている。
従来は「異性との交際をしておらず性交経験のない処女であること」等の条件が定められていたが、現在この規定は削除されている。
- 「光報えがお」(信者専用Webサイト(広報ページ))内の、波瀬敬詞が関連する 講話・月刊誌・機関紙の全てが削除された。
- 支所ごとのブログ-SNS発信/更新を停止した。現在は公式ホームページ(誰でも観覧可)と光報えがお(信者限定)から情報を得ることが出来る。
全国の御神域(本部・支部・支所・支局)
[編集]沿革
[編集]- 1954年3月7日:霊峰山にて波瀬善雄が大宇宙神よりの啓示を受けたとされ立教する[注釈 2]。
- 1956年2月:霊波之光讃仰会発足。
- 1957年
- 1969年
- 1975年3月2日:天使閣[注釈 1]落成。3月7日に波瀬善雄、天使閣に移転。
- 1982年7月2日:「御書」発刊される。
- 1983年11月2日:御由来「神への道」発刊。
- 1984年
- 1985年6月8日:総教司令本部落成。
- 1996年:利根運河にふれあい橋を建設し野田市に寄贈[2][3]。2013年(平成25年)に流山市の管理となる。
- 2003年12月7日:新聖神殿落成。
- 2015年7月2日:新礼拝堂落成。
- 2022年6月26日:静岡支部、落成[1]。
- 2024年8月2日:御聖主二代を永久追放、二代の長男 波瀬敬仁が霊波を継承。天使閣の取り壊しを発表。
教主を波瀬敬仁に承継以降
[編集]交通アクセス
[編集]※ 毎年6月8日は周辺の国道16号や流山街道が大変混雑し、野田市議会でも問題になったことがあった。ここ数年、第一駐車場拡張工事(平成24年)など駐車場の大幅な増設を行い、混雑にも若干の改善が見られる。
CM
[編集]催事
[編集]- 教団では3月7日「奉御聖神大祭」、3月19日「奉祝御聖光大大祭」6月8日「奉御聖旅大祭」、7月2日「奉祝御聖誕大大祭」を四大佳節と称している。
- 6月8日は「先祖浄霊御祈願」と称する先祖供養や水子供養が信者以外の参拝者にも無料で行われる。
- 毎月2日と19日は「奉御聖礼祭」と称する礼祭日がある。
注釈
[編集]脚注
[編集]- 1 2 Facebook 霊波之光
- ↑ 参拝ガイド - 宗教法人 霊波之光
- ↑ 「[しおかぜ]利根運河にふれあい橋――野田市 / 千葉」『毎日新聞』1996年8月7日、地方版千葉。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]全国の青年部ブログ
[編集]- 本部南部青年部ブログ 絆~kizuna~
- 本部北部青年部ブログ 和・輪・笑〜wawawa〜
- 札幌支部 WAI WAI ふれあいと~く
- 仙台支部 まごころ
- 郡山支部 RHK みちのく
- 横浜支部 〜眞〜
- 関西支部 RHK 笑~和
- 高知支部 RHK こうち
- 北九州支部 暖心RHK
- 沖縄支部 RHKちゅらかーぎー (https://rhkokinawa.ti-da.net/) ※こちらへのリンクは現在ブロックされているため、直接移動できません。URLをコピペしてご覧ください。
- 釧路支所(礼拝所) 青年部にこにこ広場
- 旭川支所(礼拝所) 〜輝☆喜(キラ☆キラ)〜
- 函館支所(礼拝所) 〜イカす通信〜
- 新潟支所(礼拝所) 〜しろがね〜
- 長野支所(礼拝所) 青年部 にこにこ広場
- 静岡支所(礼拝所) いいっけね!ちゃっきり
- 名古屋支所(礼拝所) 〜のぞみ〜
- 松山支所(礼拝所) 読んでみんけん!見てみんけん!