エホバの証人

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エホバの証人
設立年 1884年
種類 宗教法人
本部 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
公用語 英語、他
設立者 チャールズ・テイズ・ラッセル
ウェブサイト エホバの証人
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ニューヨーク市ブルックリン区にある世界本部。建物の反対側には大きく『神のみ言葉 聖書を毎日読みましょう』という標語が掲げられている。
宣教の様子。聖書の例に倣い2人組みで行動するのが一般的である。マルコ 6:7[新世界訳 1][口語訳 1]ルカ 10:1[新世界訳 2][口語訳 2]
王国会館と呼ばれる集会所で週2回の聖書講演会や勉強会等が行われる

エホバの証人(エホバのしょうにん、: Jehovah's Witnesses)は、キリスト教系の新宗教の信者または組織。ものみの塔聖書冊子協会はその主要な法人である。

独特な聖書解釈や、ものみの塔誌・目ざめよ!誌などの出版物を用いる訪問とその後の聖書レッスン(家庭聖書研究)などによる熱心な勧誘で世界的に知られてきた。

聖書の神יהוהを唯一まことの神エホバとして崇拝。神の子イエス・キリストを礼拝せず、三位一体を否定し、基本信条を告白しない。もはやキリスト教会とは呼べないことを自他共に認め、いくつかの国々またキリスト教世界では異端カルトとして扱われる[1][証人 1][証人 2]。日本では宗教学上「キリスト教系の新宗教」に分類。『時事用語のABC』[2]には「キリスト教系の宗教団体」とある。

ある種の終末思想を掲げ、これまで#ハルマゲドン預言の変更を繰り返してきた。#兵役拒否、国旗敬礼拒否の[3]ほか、#輸血拒否などのタブーを持つ。

近年は公式ウェブサイトにもより力を入れ、対応言語数は2013年には300を超え[証人 3]2014年には約500に達し[証人 4]、世界一であるという。2013年現在、239の国や地域で活動している。

本項では、特に断らないかぎり引用・参照聖句の書名および章節番号は#新世界訳聖書に準拠する。

沿革[編集]

彼ら自身によれば、1世紀のクリスチャンの復興であるという。

現代の活動は、19世紀末のアメリカにおけるチャールズ・テイズ・ラッセル聖書研究者を起源とする。

日本においては20世紀初頭から「萬國聖書研究團」(新字に直すと、万国聖書研究団)という名称で活動し、日本支部は「燈臺社」(灯台社)の名称で1927年明石順三を主幹あるいは支部長として設立された。

(戦時中に受けた弾圧については灯台社などを参照)

戦後、明石の質問に対して本部のネイサン・ホーマー・ノア会長(当時)より送られてきたという「牧師会の会員中より除名」の書状以来、本部と灯台社には直接的な関係はない。

1949年ドナルド・ハズレットらが新たな日本支部である「ものみの塔聖書冊子協会」を東京に設立した。静岡県沼津市を経て、この支部は1982年神奈川県海老名市に移転し、現在に至る。

組織[編集]

霊的に油そそがれた者であるとの確信を抱くエホバの証人のうち、特に数名の男子が全世界の組織を監督し教義を制定する「統治体」として「指導の任に当たる」。2014年現在、19351965年生れの中高年7名である。

うち1名がアメリカにふたつあるものみの塔聖書冊子協会の会長に任命され、以下、次のようなさまざまな規模の「指導の任に当たる」者が存在する。これらもすべて男子である。

  1. ものみの塔聖書冊子協会会長
  2. 統治体の成員
  3. 世界本部の代表者
  4. 支部委員会の調整者
  5. 支部委員
  6. 国内委員(ない場合も)
  7. 地域監督(廃止予定)
  8. 巡回監督
  9. 長老団の調整者
  10. 会衆の長老
  11. 奉仕の僕(しもべ)

長老といっても、おじいさんである必要はなく、中年がほとんどである。また、奉仕の僕は「指導の任に当たる」わけではなく、「雑用の任に当たる」若いお兄さんである場合が多い。もっとも、会衆を教えるための講演を扱うことはあり、担当の長老がこれを割り当てる。

「ニューヨーク法人 ものみの塔聖書冊子協会」は、エホバの証人が用いる数ある法人の1つで、関連法人を代表している。他の法人として「ペンシルベニア州のものみの塔聖書冊子協会」、「エホバの証人のクリスチャン会衆」、そして英国ロンドンにある「国際聖書研究者協会」がある。世界の他の主だった国々で、組織の活動を促進するための地元法人が設立されている。

名称[編集]

全体の総称
エホバの証人
各信者の称
エホバの証人
神のみ名
エホバ
宗教名
(正式名称なし)
主要法人名
ものみの塔聖書冊子協会(一部信者のみ入会)

エホバの証人とは、組織を構成する個々または全体の成員そのものを指す名称であり、同時に組織名でもある。彼らは宗教法人として国、州、郡、都道府県市町村に登録された関連団体は別に名称(ものみの塔聖書冊子協会・エイドアフリーク・国際聖書研究者協会・エホバの証人の○○会衆等)を持っており、それらすべてを統括した組織名が「エホバの証人」である。

ものみの塔聖書冊子協会はエホバの証人の用いる主要な法人であるが、宗教の名前ではない。またエホバは神のみ名であって、信者や宗教を指す語ではない。俗に、エホバの証人を指して単に「エホバ」と呼ぶことがあるが、公式な略称ではなく、蔑称に近い。ひとりのエホバの証人は、「エホバの証人は自分たちのことを『エホバ』などと言ったりはしません」とこの用法を強く否定し、「エホバ信者」などというものは「差別的な表現」であると述べている[4]。もっとも、この「エホバ信者」という表現は、エホバの証人が「エホバ神を信じる者」であることから導出された可能性もある。

「エホバの証人になる」のを「キリスト教に入る」「仏教に入る」などと同様に「エホバに入る」と言った場合、神の中に入ることになってしまう。教義の上で、神に入ることを述べたものはないといってよい。「ものみの塔に入る」だと、ものみの塔聖書冊子協会で奉仕するエホバの証人は世でいう上層部に相当するので、雲の上の人としてたいへんな出世をする意味になる。大多数のエホバの証人は、ものみの塔から指示が下ることこそあれ、生涯入ることはない。「キリスト教を信じる」「仏教を信じる」などと同様の意図で「ものみの塔を信じる」と言うと、組織崇拝者というニュアンスが加わることになる。また「エホバの証人」も宗教の名前ではなく、それを実践する人を指す語であるため、「エホバの証人を信じる」あるいは「エホバの証人の信者になる」などには、信者の信者になるという意味がある。

エホバの証人の宗教には、万人に認められる名前はない。出版物などで自ら「真のキリスト教」などという場合があるが、公式に制定されたものではなく、また実際のキリスト教会でもほぼ決して認められることはない。キリスト教会では、プロテスタントクリスチャン結城浩と同意見で「ものみの塔、エホバの証人、王国会館(中略)などは、キリスト教ではありません[5]という場合が多く、モルモン教統一教会などに対すると同様にその関係を否定する。

1931年以前の呼称としては、「ラッセル派」「ラザフォード派」「千年期黎明派」「地獄否定者」「ものみの塔信奉者」などの蔑称があった。一方で彼らは、「聖書研究者」、「国際聖書研究者」などと自称していたが、これらにしても決して彼らの正式名称というわけではなかったといわれる。

1931年7月24日から7月30日までコロンバス (オハイオ州)で開かれた大会の参加者に配られた大会プログラムの用紙に、JWという謎の文字があった。7月26日、日曜日にJehovah's Witnessesという、今日では「エホバの証人」と訳される名称を採択する決議が承認される。この大会を皮切りとして、その後、世界各地で開かれた大会もこれに追随し、以降これは彼らの正式名称となった。

日本では当初、明石順三灯台社主幹によりエホバの證者と訳されたが、戦後、ものみの塔聖書冊子協会によりエホバの証人に改められた。

対策相談窓口[編集]

エホバの証人は自らを指して、神の価値規準に従う良い夫、妻、親また市民であるとする場合があるが、一方で、そこまでの円熟に達せられず、あるいは教団そのものの教義など他の理由で起こる、家庭や社会でのさまざまな問題が報告される場合もある。

具体的には、配偶者や家族の理解を十分に得ぬまま、時間や家計を宗教活動につぎ込み、子女に独自の宗教教育や体罰を加え、教団からの指示・情報のみを優先するなどして家庭不和や一家離散をもたらしたり、信者や研究生の選挙権・被選挙権行使を許さず国民の義務を犯したり、#輸血拒否により生命の危機を生じたり、社会習慣に関するタブーが自己や他者の生活に支障をきたしたり、真の幸福が得られると聞いて入信したが苦痛が増しただけだったりするなど、枚挙にいとまがない[6][7][8][9]

エホバの証人の引き起こす問題について、「初期の段階でご相談いただくことが大切ですが、それ以上に、エホバの証人との学びを始めないことがもっとも大切なのです」[10]と専門家は述べる。学びとは、ここでは彼らの信者養成活動である「家庭聖書研究」改め「聖書レッスン」を指す。いずれも出版物に説かれる教義を質問と答えで刷り込むものであり、マインドコントロール技術の応用が指摘されている[1]

一般的な相談窓口を次に列挙する。キリスト教会によるものが多く、迫害だとするエホバの証人があるが、害を加えるわけではないし、そもそもものみの塔聖書冊子協会初代会長チャールズ・テイズ・ラッセルの時代から足かけ3世紀の間キリスト教を攻撃してきたことからくるエホバの証人の自業自得ともいえる。

聖書[編集]

「新世界訳聖書翻訳委員会」によって翻訳された新世界訳聖書で知られるが、もともとは、キリスト教会と同様の、通常の聖書のみを使用していた。

たとえば英語圏ではジェイムズ王欽定訳 (KJV) とアメリカ標準訳 (ASV) を、日本では舊新約聖書(日本聖書協会文語訳)を使用していた。

今日も上記に加え、たとえば日本語出版物では、新共同訳新改訳など通常の聖書のほか、欽定訳・今日の英語訳など英語訳聖書をエホバの証人が一部和訳したものが引用されることがある。

聖書もそれ以外も、ものみの塔聖書冊子協会の出版物はエホバ神の言葉であるとして、事実上の教典となっている。

新世界訳聖書[編集]

「エホバの証人は聖書を研究するに当たり, 様々な翻訳聖書を用いてきました」[証人 5]というように、新世界訳以外に聖書を使用することは公式教理上違法ではない。組織の出版物にもしばしば、さまざまな翻訳が登場する。

しかしながら、その続きに「「新世界訳」が出版されている言語では, とりわけその聖書を活用しています」とあるように、日本のような新世界訳が自国語で入手できる国では、信者各々の宗教活動はおもに新世界訳による。

エホバの証人の組織を監督し教義を制定する「統治体」のひとりジェフリー・W・ジャクソンは、教団のビデオに自ら出演し、「この新世界訳は、英語版も、他の言語のものも、エホバの証人の組織の、聖書を理解している人たちによって翻訳されたので、安心して読むことができことができます」[証人 6]と述べているが、後述するように、これは一方的な主張であるといえる。

ビデオによれば、彼らは通常の聖書では「安心」できないという。実際、信者によっては、立場を異にする「キリスト教世界」のものであるとして通常の聖書を露骨に嫌悪する場合さえある。もちろん各種翻訳の収集をたしなむ愛好家もまた存在するものの、多くの場合、現実問題として日本などのエホバの証人は新世界訳に依存しているといってよい。

前述の「統治体」の成員を11年間勤めたのち排斥された(脱退した)レイモンド・ビクター・フランズによれば、「新世界訳聖書翻訳委員会」は次の5名からなり、すべて統治体の成員であるという[12]。組織の最上層部による翻訳といえる。

同著によれば、この中では

聖書の言語について、この種の翻訳をするための知識があるのはフレッド・フランズだけだった。フレッド・フランズは、シンシナティ大学でギリシャ語を二年間学んでいたが、ヘブライ語は独学だった。

レイモンド・フランズ著・樋口久訳、『良心の危機 ―「エホバの証人」組織中枢での葛藤』(Crisis of Conscience) せせらぎ出版2001年

すなわち「言語知識があったのはひとりだけ」であり、先の「聖書を理解している人たち」が訳したというエホバの証人側の主張はこれと矛盾する要素を含んでいる。

しかも、スコットランドの法廷で1954年になされた証言では、そのフランズ四代会長独学のヘブライ語知識も怪しいようである。ヘブライ語を知っているかと聞かれ「イエス」、話せるかについては「ノー」、「創世記」2章4節[新世界訳 3][口語訳 3]のヘブライ語訳を求められると「やりたくない」と答えたという[9]

訳されたヘブライ語については、たとえば「創世記」2章3節[新世界訳 4][口語訳 4]に登場する、一般に「休まれた」と訳される完了態の語を未完了態として「休んでおられる」と訳し、自分たちの出版物にあたかもそれでよいかのように書いている[証人 7]が、牧師で神学校教授の故千代崎秀雄が「ビックリし」て「念のためにヘブライ語聖書を開いて見た」ところ、「そこにはシャーバトとあ」り、「休んだ」と「まぎれもなく完了態」であった[9]という。千代崎によれば、「この訳者はヘブライ語文法を学んだことがないとしか思えなくなる」[9]

そもそもエホバの証人による新世界訳を正当に聖書と呼ぶことができるかについて、この訳がさまざまな箇所に変更を加え、自らの教理との矛盾を避けて訳されたことなどが、しばしば問題となる。のみならず『舊新約聖書』(文語訳聖書)も含め、圧倒的多数の聖書が写本などの研究に基づいて正しく旧約聖書にのみ神の名を用いるのに対し、『新世界訳』では、原文にその神の名の登場しない[13]新約聖書(彼らの「クリスチャン-ギリシャ語聖書」)にまでエホバの名を用いている。

一方で、エホバの証人はしばしば「米国ノーザン・アリゾナ大学英語版宗教学准教授ジェイスン・デービッド・ベドゥーン英語版」(現在は教授)などの説を「好意的な論評」[証人 8]として引用し、次のように宣伝する。

ベドゥーンは,「新世界訳」の一部の訳語選択に異を唱えてはいますが,この訳を「非常に良い」翻訳,調べた他の翻訳より「はるかに良い」,また「一貫して良い」翻訳としています。結論として,全体的に見ると,「新世界訳」は「現在,入手可能な英訳新約聖書の中で最も正確なものの一つ」であり,「比較した聖書翻訳の中では,最も正確であった」と述べています。―「翻訳の真実: 新約聖書英訳における正確さと偏り」(Truth in Translation: Accuracy and Bias in English Translations of the New Testament)。

ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)、『ものみの塔2004年12月1日号30ページ[証人 9]

しかしながら、同著の別の箇所で、たとえば次のように述べられていることが、先ほどの引用に含まれていないことを見逃してはならない。[新世界訳が]現代の英文読者に最善の翻訳とは思わないという意味である。

I do not think it is the best possible translation for a modern English reader;

ジェイソン・デイヴィッド・ベドゥーン英語版Truth in Translation: Accuracy and Bias in English Translations of the New Testament、133ページ

これは自らに有利な引用のみを行い、不利な情報を退けることにより、印象を操作していると言うこともできる。この種の引用に関する指摘はかねてより多くあり[14][15]、エホバの証人側の情報を盲信することは危険を伴うとして注意喚起がなされている。

舊新約聖書[編集]

日本語版『新世界訳』の最初の部分訳が発行された1973年、少なくとも全訳が発行された1982年までは、名訳の誉れ高い[16][17]『舊新約聖書』(日本聖書協会文語訳聖書)をおもに使用してきた歴史がある。

神の名を「」などに読み替えず、「ヱホバ」と名のままで訳していたため、エホバの証人の共鳴を呼んだのである。

事実上彼らの教典とするその出版物のひとつは、この「文語体の聖書」について次のように述べている。

その翻訳は表現も美しく, 広く神のお名前を用いているとはいえ, 戦後に教育を受けた人たちにとって, 古風な構文を理解するのは難しいことでした。

ものみの塔聖書冊子協会 (エホバの証人)、『1997奉仕年度の報告を収めた 1998 エホバの証人の年鑑』[証人 10]

統計[編集]

平均伝道者数, 1945年〜2005年

2014年の公表値によると、エホバの証人の全世界での伝道者数は約820万1,545人である。[証人 11]日本においては2014年度時点で平均21万5,292人、最高21万5,703人であるという。さらに、聖書研究の平均、記念式出席者数などから算出するに、伝道者に至らない聖書研究生を含めると平均で30万〜40万人であると察せられる。聖書研究を始めてから伝道者として認められ、更にバプテスマを受けた成員として認められるまで、一般的に早くとも3〜5年程度かかる。

信条[編集]

聖書無謬説に立つとし、自らを真のクリスチャンと位置づける一方で、「聖書にない教義を勝手に作り上げ」[1]るなど通常のキリスト教との乖離が指摘されている。

神の名「エホバ」[編集]

エホバの証人は、自らの神を「エホバ」と呼ぶ。エホバとは、彼らの新世界訳聖書に7,210回[証人 12][証人 13]登場する神の名である。ヘブライ語יהוהと書き、聖書原典には6,828回登場する[証人 14]ラテン文字に直すとYHWHである。新世界訳でない通常の聖書には旧約のみに見られる名であることから、この神は旧約聖書に描かれる創造主として知られる。エホバの証人は、日本語ではエホバと書くことを好むが、古くには明治元訳聖書で「ヱホバ」とも表記された。聖書原典(底本)より新世界訳の方が出現回数が多い、つまり新約にも出現する件については、新世界訳の改ざんが指摘されている[18]

この神の名יהוהには、かつて正しい発音があったと思われるが、紀元前3世紀初めごろまでに、そのまま読まずにアドーナーイ()、エローヒーム()などと読む習慣ができ、その習慣のように読むため点々(ニクダーまたはニクード)をつけて母音のを示した。

母音
「エ」(オ? レニングラード写本には部分的にないが、ギンスブルク版ヘブライ語聖書には完全にある)
「ア」(エローヒームの場合はイ)

やがて正しい発音は忘れられ、1278年にはカトリック教会の神学者でスペイン人修道士のライムンダス・マルティーニの著書『信仰の短剣』(プゲオ・フィディ)の中に、ラテン語字母ヘブライ語の行間訳の表記によりYohoua(ヨホウア)という発音が提案された[証人 15]。レニングラード写本 B 19Aの母音符号の打ち方では、神の名יהוה(ラテン文字でYHWH)はエフワー、エフウィ、およびエホーワー(YeHouWa-H)と読め、ギンスブルクが編纂したマソラ本文の母音符号の打ち方では、エホーワー、エホーウィと読めるため、もとを正せば「エホバ」という発音の伝統的慣習(想定)はここから来たともいえる[証人 16][証人 17]

JEHOVIST(エホバ崇拝者/エホバ信者)と言う人たちも、エホバと言う言い方が正しいものであると言う意見もある。それは「エホバ」と言う御名の言葉の中にテトラグラマトンYHV(W)H/YeHoV(W)aHと言う要素が入っているからだと言う。その様にお祈りした場合、エホバがいて下さる事は間違い無いと言う事である。逆に「LORD!!」と祈っても、例え大文字でも、YHWHの要素が入って居無いので、「主よ!!」と同じ様に、から看做(みな)されてしまうと言う。

エホバは明治以来、文豪たちに愛されてきた伝統ある表記である」という者があるが、エホバは現代仮名遣いであり、明治元訳聖書では歴史的仮名遣でヱホバと訳されている。日本語としての音韻は同じでも、表記としては同一とはいえない(の差異に注目)。

ともあれ、これに近い発音が各地に普及し、文化をはぐくんできたことも事実である。エホバの証人の出版物は、このような発音が「ベルディオペラ, 『ナブッコ』の最後の場面の終わりにも用いられ」ることなど、さまざまな用例に関心を向ける[証人 18]。もっとも、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』において「神の名をたどれ」との指示にインディがJehovah(エホバ)をたどろうとしたことを指摘する出版物があるかは不明である。

現在、神の名יהוהの正確な発音がどのようなものであったのかについては様々な見解が存在するが、彼らの関心事は「正確な発音」や「正確な名称」そのものにはなく、神の御名が人々の間で高められることに焦点が置かれる。むしろ、「正確な発音が神にとって真に重要であるならば、神ご自身がその保存を怠るはずもなく、そういう事実が無い以上、発音それ自体は重要ではない」、「もし神の名を正確に発音することが必要なら、イエス・キリストもエホーシュア・マシーアハ(ヘブライ語)に変えなければならない」といった見解が見出される。また、聖書に登場するダゴンモレクバアルといった他の神々と区別するためには「主」や「神」といった称号では不十分であり、固有名詞の使用は不可欠であるとしている[証人 19]

教会の反対、人の偏見があっても、実際に証人たちの話と出版物を聞いて見てみることと考えられる。教会の一方的な言葉を信じるのではなく、人の風評を鵜呑みにするのではなく、マタイ12:18-21の言葉の意味はキリストの行動言葉を人の風評をそのまま信じないようにベレア人のように実際に聖書を個人的に確認研究する、(使徒17:11)ということである。新世界訳普通版相互参照資料、脚注、研究する時は聖句を聖句によって明らかにし、理解する、ということが勧められている。問題は聖書の言葉をその通り、実際に真実 [要曖昧さ回避]に文字通りに信じているか、行動に表しているかと考えられる。何事も聖書から答えて居る証人たちの一致とエホバ神との一致は、聖書を真実に信じているから個人の勝手な答えはし無いんだろうと!!(使徒10:34,35)。

神の王国[編集]

  • キリストの再臨は「しるし」であり、目には見えない(「臨在」という語が用いられる)。
  • キリストは「雲と共に」来る。地上に現れるのではなく、知覚可能であるに過ぎない。
  • 神の王国は、すでに天で統治を開始している。
  • それらの出来事は1914年を起点としている。

「神の王国」とは、エホバの証人が全面的に支持し到来を期待している新しい社会、またそれを実現する政府であり、心の中にある架空の世界などではない。イエス・キリストを王として天に設立され、遠くない将来、地上においても統治を開始するとされる機関である。

出版物の中ではしばしば、「人間に苦難をもたらす状態をすべてこの地から除去し、永続的な平和と安全をもたらし得る唯一の政府」、「『平和の君』であるみ子イエス・キリストが治める」、「地上の多種多様な人間の物事を管理する義の世界政府」などと定義されている。1960年代までは「御国(みくに)」と表記されていた[証人 20]。神の目的は「地球が楽園となり、死ぬことのない、義にかなった人々で満たされること」で、これは神の王国によって実現される[証人 21]

バプテスマを受けた成員はその王国の「臣民」(「国民」、「民」とも称される)として位置付けされており、すべての成員には、その政府を全面的に支持し、王国の到来に伴う希望(「王国の良いたより」)を布告する義務が課せられている。その布告は主な方法として戸別訪問などを用いて行われる[証人 22]。また王国政府への支持を表明する故に地上に現存するいかなる政治に対しても厳正中立的な立場を保つ[証人 23]

また、その「臣民」には「神の王国」の法律、「原則」と呼ばれるものに従う義務を持つ。その「原則」と呼ばれるもののなかには、殺人および窃盗の禁止など多くの国の法律に共通する規則や結婚外での性関係の禁止などの規則が含まれている[証人 24]

長年にわたり「神の王国」を宣べ伝えることを主な活動としており、関連用語に「王国」が含まれていることが多い。「王国会館」「エホバの王国を告げ知らせる ものみの塔」「わたしたちの王国宣教」などがある。

地上における支配は、キリスト教世界の壊滅、国際連合その他地上に現存するすべての政治組織の一掃をもって開始される。それを「ハルマゲドン (全能者なる神の大いなる日の戦争)」と言い、どのような勢力によっても阻止することはできないとされている。

聖書解釈[編集]

  • 神は素晴らしい変化を地上にもたらす。死んだ人は復活し、死や病気はなくなり、新しい地では食料が豊富に産出される。[証人 25]
  • 神にはエホバという名前がある。[証人 26]
  • イエスは神の子であり、神ではない。[証人 27]
  • イエスは神の王国の王でもある。
  • 聖霊は、神の活動する力。
  • 血を避ける。血液食の忌避のほか、#輸血拒否
  • 人は死ぬと存在しなくなる。[新世界訳 5][口語訳 5]
  • 復活は「天への復活」と「地上への復活」の2種類がある。天への復活は14万4,000人であるとされ、天に復活した人は、神の王国の一部となる。

現代の預言[編集]

天でイエス・キリストが宇宙政府の王座に就き、その「臨在」がはじまったという。 また近々、「大患難」の時代が国際連合による宗教組織への攻撃とともにがはじまり、「ハルマゲドンの戦い」が邪悪な人々を滅ぼして終わるという。

そして神により任じられた「油そそがれた者」である、天に復活した14万4,000人とイエス・キリストとが、地上で生き残った人と復活した死者からなる「大群衆」を統治し、裁く「千年王国」が始まる。

言うまでもなく、復活し、また生き残るのはエホバの証人で、滅ぼされる邪悪な人々とはエホバの証人の教えを聞かない者のことである。

エホバの証人はこの「神の王国」を待ち望み、全宇宙的な神の政府としてこれを支持する[証人 28][証人 29][証人 30][証人 31][証人 32][証人 33]

そしてこのことを人々に伝え、新たなエホバの証人をひとりでも多く生み出さなくてはならない、としている。

行動様式[編集]

  • 戦争に参加せず、兵役につかない。政治的に中立を保つ。
  • 兵役拒否の他、格闘技の習得も忌避する。(ただしチェスなどのように戦いに関するゲームは行ってもよいとしている。)
  • 成員間では称号を用いない。兄弟、姉妹と呼び合う。しかし公的な場等においては許容範囲内で用いることもある。
  • イエス・キリストはエホバによって遣わされた者(代理者)である。彼は会衆の頭でもある。ものみの塔聖書冊子協会の会長、統治体の成員、監督(長老)は「指導の任」にあって、指導者として振舞ってはならず、そのように振舞うものは「指導の任」を外されることになっている。
  • エホバの証人は「解き明かしは神による」と信じている。
  • 毎日、聖書を読んで研究をすることが勧められている。
  • 支部事務所は、宣教奉仕にできるだけ参加することを勧めている。近年、宣教奉仕ではなるべく新世界訳聖書から証言することが強く勧められている。伝道者はみな月末に会衆へ「野外奉仕報告用紙」を自分の氏名を明記して提出しなければならない。それを会衆の書記が集計し、インターネットを通して支部事務所に報告しなければならない。

行事[編集]

  • バプテスマとして浸礼を採用する。
  • 誕生日を祝わない。また、キリストの誕生日も祝わない。聖書に記述されている誕生日は2例存在するが、そのどちらも異教徒による祝いであるうえ悪い例であるとする。
  • キリストの死の記念を祝う。
  • 聖書通読の他、毎回の集会の予習を行うことが勧められている。近年は家族が成員であれば、一緒に研究を行うことが強く勧められている。
  • 週に2回、集会を行う。(公開聖書講演会・「ものみの塔」研究、会衆の聖書研究・神権宣教学校・奉仕会)
  • 上記以外に年に1回、地区大会が、年に2回、巡回大会が催される。(地区大会においては、毎年新しい出版物やDVD作品などが発表されている。)また1年に1度、ユダヤ暦のニサン14日にキリストの死の記念式を祝う。―詳細はエホバの証人の組織構造参照
  • 反聖書的な伝統的行事を祝わない。ただし、何を反聖書的とするかは伝統的なキリスト教との間で相違が見られる点が多い。

戸別訪問宣教[編集]

  • 通常「二人ずつ」ペアで「家から家」の戸別訪問での宣教を行う。

偶像礼拝[編集]

  • 他の宗教の冠婚葬祭は、宗教合同、偶像礼拝と関係することになるので、出席できない。
  • 崇敬の対象となる像や宗教画は、文字通りの偶像である。ただし、自身が発行する雑誌や書籍には、預言者などの人物の挿絵は用いられており、イスラム教のように、図画を完全否定しているわけではない。しかし神の姿が描かれる事だけは決してない。
  • 国旗敬礼(旗に対する専心)や国歌斉唱(国家の賛美)などは、偶像礼拝である。
  • 淫行・性的欲情などの不道徳・強欲なども、神ではなく各種欲求に対する崇拝者となっているという意味で偶像礼拝に当たる。

政治的中立[編集]

  • 神から見て相対的な立場にある人間の政府が課す命令には従わなければならない。
  • ただし、神の掟に背く行為を要求された場合には、神の掟を優先する。
  • 神の王国への支持を表明するため、政治への参加(投票など)をしない。

離婚[編集]

  • 結婚は神がもうけた制度で不倫は罪。
  • 性格や信条の不一致、経済的破綻、家庭内暴力を理由とした離婚と再婚は基本的には罪となる。
  • 再婚が可能な離婚の唯一の聖書的な根拠となるのは淫行である。[新世界訳 6][口語訳 6]
  • しかし、配偶者の不倫を知った上で、その後また配偶者と性関係を持つことは、配偶者の罪を許したこと、また結婚関係を続ける願いのあることを示すことになり、離婚の根拠は存在しなくなる。
  • 一方、配偶者からの暴力が継続し、生命の危機が冒されたり、配偶者が当人の宗教活動を禁じたりするなどの根拠では離婚の根拠は成立しないが、やむを得ず別居や再婚の自由のない離婚をすることは可能であるとされる。 しかし、離婚後、元配偶者が他の人と性関係を持った場合、再婚の自由を得られる。
  • また、状況によっては離婚することを推奨する。1947年には一夫多妻制を明確に否定する教理が追加される。第一夫人以外の女性についても同様である。
  • 相手と死別した場合は、相手の淫行の有無にかかわらず再婚が可能である。

悪霊・悪魔[編集]

復活[編集]

復活に対するエホバの証人の解釈では、「天への復活」と「地上への復活」の2種類があるとされる。

天への復活への道は、キリストの死によって初めてもたらされたとされ、地震によって神殿の聖所と至聖所とを隔てる垂れ幕が2つに裂かれた出来事は、それを象徴的に表すものであったと主張する。

こうした解釈は、イエスの死に先んじて死亡することになったバプテスマを施す人ヨハネが、その当時までに「女から生まれた者」のうち最も偉大であると同時に「天の王国において小さいほうの者も彼より偉大」であるとする聖句[新世界訳 17][口語訳 17]と調和するという(この聖句はバプテスマを施す人ヨハネが天へは行かないと同時に、偉大さの点で彼よりも劣る、アブラハムモーセでさえも天に行かない、と解される。

天への復活には人数制限があり、その数は14万4,000人[新世界訳 18][新世界訳 19][口語訳 18][口語訳 19]であるとされる。

一方、地上への復活には人数制限がなく、「だれも数えつくすことのできない大群衆」[新世界訳 20][口語訳 20]であるとされる。

論争となる教理[編集]

三位一体否定[編集]

  • 聖書正典にその根拠が見出せないとし、三位一体を否定する。
  • 「父」は、旧約聖書中で「エホバ」と呼ばれる神であり、「全能者」(Almighty)「全能の神」(Almighty God)である。
  • 「子」は、イエス・キリストであり、全能者なる神ではない。「大能者」(: Mighty)、「力ある神」[新世界訳 21][口語訳 21](: Mighty god)、箴言の擬人化された「知恵」であり、人となる前はミカエルであり、黙示録の白い馬の乗り手でもある。
  • 「聖霊」は、神の行使する目に見えない力(活動力[勢力:英語:Force:Powerではない])である。新約聖書中の「聖霊」の語について、原文のギリシャ語に定冠詞の存在が認められないものが多数あるため、人格を持つ特殊な存在ではないと解釈している。
  • イエス・キリスト自ら「父はわたしよりも偉大な方だからである」と述べていること、キリストが神なら地上ではいったい誰に祈っていたのかなどの疑問が残ると主張する。
  • 忠実で思慮深い奴隷とは、「統治体」の数名を指していると主張する。
  • マタイによる福音書」(エホバの証人の言い方では、『マタイによる書』)24章36節[新世界訳 22][新共同訳 1][新改訳 1][口語訳 22][文語訳 1]から、「父」(エホバ)が知っていて「子」(イエス・キリスト)の知らない事柄があると論じ、三位一体を否定する。しかしながら、現在は父も子も「その日と時刻」を知っているという。

一般の聖書で、マタイ24:36(欽定訳)の聖句では無くマルコ13:32なのは欽定訳の同箇所(マタイ伝)でが抜けているように思えるため。But that day and hour knoweth no man, no, not the angels of heaven but my Father only二番目のnoのあとにsonがない。これは教会の三位一体の側の人が、父と子が同質で在ると言う信経が否定させるからと言った、三位一体の側からの御言葉のへの禁じられている重大な削り取りである(黙示録22:19!!)!!1988年4月1日号p,20ページ脚注、またヨハネ第一5:8の聖句(欽定訳)もよく知られている書き込みで、その黙示録の言葉に違反して居る!!(三位一体)。

  • 三位一体説は後世に付け加えられた教義であると理解している。-啓示22:18: 正統と異端の項も参照

霊魂不滅の否定[編集]

  • 人や獣そのものが魂である。魂が不滅であることを前提とする、「地獄」およびその「永遠の責め苦」や「煉獄」などの概念を否定する。人は死ぬと無に帰す。「あなたは塵だから塵に帰る」[新世界訳 23][口語訳 23]
  • エホバの証人にとって、人間を焼く地獄の火という概念は神のものではありえない。古代人が人間の子供を焼いて偶像神にささげるのと同じだという。[新世界訳 24][口語訳 24]
  • 義人が死んでも多くは「天国」へは行かない。復活後の人類が住む場所はあくまで地上である。
  • は生命の活動力[新世界訳 25][口語訳 25]であり、人が死ぬとなくなる[新世界訳 26][口語訳 26]。生命エネルギーと解釈してよい。

考えは個人のものであったため死ぬ滅びるといっている。考えは死ぬというのは(物質)に考えが在ったからだ。霊が出て行く時考えが存続するならば、死ぬべき可能な魂に考えが無かったことになるが、死ぬ時に考えも滅ぶと言っている。霊とは魂を生かす動的エネルギーである息に他ならない。であるからとは物質的な肉の人自身であって(創世記2:7)霊が生命力「息」と翻訳されている。魂とは霊的なものでは無い。-コリント第一2:14 新世界訳の*の脚注。または、ヘブライ4:12 と原語で言う言葉と、原語のギリシャ語で言う言葉は違って居る。-『論じる』p,303頁。sec2節。『論じる』の本の魂の定義と、p,301ページ。sec4節。「新カトリック百科事典」の第13巻、449-450ページ英文の引用、日本語訳。「ゲヘナ」および「魂の絶滅説」のウィキペディアも参照。

ハルマゲドン[編集]

  • その日を知ることはできないと教えている。
  • しかし一方「しるし(出来事)が1914年に明らかになり始める時に生きている世代の生涯と、大患難の始まりを見る世代とが重なる(2010年)重なる期間が重複するので同じ1世代と看做される」とも教えている。(わかりやすく書くと「1914年から二世代以内にハルマゲドンでの戦いの日が来る」)
  • 今は終わりの日である。国際連合のキリスト教と偽りの宗教への攻撃をもって大患難が始まり、短い時を経てハルマゲドンによって大患難が終わる。その後キリストの千年王国が始まる(2012年)。

教理への誤解[編集]

14万4,000人と大群衆[編集]

  • キリスト教会でいう天国へ入ることと、エホバの証人の天へ行く希望とがしばしば混同されるが、両者は全く別物である。
  • エホバの証人の信条では、天で復活するエホバの証人「油そそがれた者」は、死をまぬがれたエホバの証人や地上で復活する人を、キリストとともに裁く仕事が与えられる。聖書の音信を聞かずに亡くなった人たちが、キリストの千年統治の期間中に地上に復活するのである。[証人 34]。つまり天に行く者たちは、千年の間裁判員を行うのであり、キリスト教会でいう天国とはニュアンスが異なる。
  • エホバの証人の信条では、彼らは、「復活のさい, 男はめとらず, 女も嫁」がない。「天にいるみ使いたちのように」なり、天で結婚することはできない[新世界訳 27][口語訳 27]。すなわち、自らの性的欲求を犠牲にして天へ行くことになる。また、天へ行く前に婚姻していた者は、天で再婚することはできない。
  • ちなみに、地上の楽園を希望する人たちも、キリストの千年統治の期間中に復活する、聖書の音信を聞かずに亡くなった人たちに、聖書の音信を伝道、教育する仕事が与えられるので、こちらも、安逸な生活とは異なる。
  • エホバの証人によれば、キリスト教会でいう天国は、彼らが「神学」と呼ぶギリシャ哲学に基づいているといい、エホバの証人の考える聖書と相容れないのはこのためであるという。

統治体は楽か[編集]

  • 統治体の仕事は、主にエホバの証人の出版物を執筆することである。エホバの証人の出版物は、多くの引照聖句(聖書の言葉)やエホバの証人以外の人が執筆した出典が載せられているが、これらを調査するのも統治体の仕事である。ゆえに、聖書に相当精通していなければならない。また、エホバの証人の全集会の予定表の作成、公開講演会や全大会の講演者の筋書きの作成、宣教者を育成するギレアデ聖書学校の卒業式の講話、地域大会・特別集会での講話など、その仕事は多岐にわたる。
  • もちろん、統治体のメンバーだからと言って、他のエホバの証人が行っている、集会や野外奉仕への参加が免除されるわけではない。当然、集会の予習や奉仕の準備もしなければならない。

過去の教理[編集]

ハルマゲドン預言の変更[編集]

このほかにもまだあるが、信者が話題にすることはほとんどない。

1916年
今はハルマゲドンのさなかである。
1941年
数カ月もすれば、ハルマゲドンに突入する。
1967年
人類歴史の第七の千年区分(ハルマゲドンの後に来る千年王国)は1975年の秋に始まる。
1995年
1914年の出来事を見た世代が絶える前にハルマゲドンが来る。

医療行為[編集]

  • 種痘、ペニシリン、ワクチンが血液を穢すとして禁止された過去があるとの指摘に対し、当時はまだ安全性に不備があるので「警告」した[要出典]臓器移植、のだと説明することがある。鵜呑みにするのではなく、当時の資料を適切に確認することが必要である。骨髄移植の禁止もこれに並ぶ。(現在は差し支えない)

歴史観[編集]

古代イスラエル[編集]

エホバの証人の信条によれば、最初のエホバの証人はアベルであった。聖書中、アベルは神の「大勢の証人たち」の一人とされている。エノクノアアブラハムイサクヤコブヨセフもそのように呼ばれている。古代イスラエル人は一国民として神に献身しており、彼らもまたエホバの証人と呼ばれた。

1世紀以降[編集]

イエスはその生涯中、神の教えを宣べ伝えた。イエスの死後、一世紀のキリスト教徒たちはイエスの「証人」となった。彼らは神の栄光を証ししたゆえに、神の「証人」ともなった。しかし、西暦56年ごろ、背教が起こり、彼らの心は引き離され始めた。最後の使徒であった、ヨハネの死後、背教が拡がり始めた。エホバの証人の信条によると、初期キリスト教徒たちは聖書の教義からそれ、ギリシャ哲学や他宗教の教えを取り入れ始めた。エホバの証人は、背教したキリスト教徒たちがカトリック教会を形成した、と考えている。彼らの信条によると、この背教した状態が1914年の「終わりの時」開始まで続くことになっていた。

現代[編集]

現代のエホバの証人の起源は聖書研究者という名の宗教運動にある。聖書研究者は、1870年初頭にチャールズ・テイズ・ラッセルにより聖書研究会のクラスとして創始された。1917年にラッセルの後継者、ジョセフ・フランクリン・ラザフォードがものみの塔聖書冊子協会の会長になると、それを不服とした人々が離れていった。聖書研究者たちは1931年、ラザフォードの講演で「エホバの証人」という名を採択した。彼を支持しない人々がラッセルの教えを引き継いだ別の聖書研究者の組織を結成した。それ以後、エホバの証人は自分たちのことを「聖書研究者」とは呼ばなくなった。(ものみの塔聖書冊子協会の他の会長についてはものみの塔聖書冊子協会参照)いまだバプテスマを受けていない仲間を「聖書研究生」と呼ぶ。

社会的側面[編集]

国旗・国歌[編集]

エホバの証人は国旗敬礼、国歌斉唱を行わない。国旗への敬礼、国歌斉唱は、国家崇拝に該当すると判断している。また国旗・国歌は偶像であり、これへの敬礼は偶像礼拝であるとする。

兵役拒否[編集]

「戦いを学ばない」「剣を取るものは剣によって滅びる」という聖書の記述を理由に兵役を拒否する。兵役が義務化されている国々で問題視されることがある。国家はそれに対してエホバの証人を投獄するのが一般的である。近年では、良心的兵役拒否が人権の一つとして認識されるようになってきたことから、社会奉仕活動への参加を義務付けることによって、兵役の義務の代わりとする事例も増えている。場合によっては投獄ではなく、「兵役」か「処刑」かのどちらかの選択を迫られることもあったが、その場合にも処刑されることを選んだという(エホバの証人とホロコースト参照)。

政治[編集]

すべての成員は、政治情勢に対しては常に関心を持ち世界情勢の進展を把握するよう勧められている[証人 35]が、聖書中の「世のものではない」[新世界訳 28][口語訳 28][新世界訳 29][口語訳 29][新世界訳 30][口語訳 30]という聖句、また王国政府のみに対する全面的支持の表明などを根拠とし、この世の政治活動に直接関与すべきではないという姿勢をとっている。選挙においては、被選挙権の行使はもちろん、選挙権も行使しないのが原則であり、選挙で投票することをしない。

「カエサルのものはカエサルに」という原則に基づいて、納税などの市民としての義務をきちんと果たすよう成員は指導されている。ただし、自分たちの信仰に関する原則に触れるような法律については、法律よりも信仰を優先するよう指導されることもあり、前述したような徴兵制度を採用している国では、成員たちが投獄されるようなケースも珍しくない。

また、自由な伝道活動を行う権利や、#輸血拒否の面での権利に関して、教団側が自分たちの権利を守るため、当局側と裁判を行うことがある。

公選によらない形で、公務員として就労することは特に禁じられていない。しかし政治家等として国政に関わることはない。

輸血拒否[編集]

輸血拒否はエホバの証人の独特の教理である。

そもそも聖書ではユダヤ人の時代から、神の「定め」と「おきて」を「行うならば、これによって生きる」(エホバの証人の訳でも同様に「法令と司法上の定めとを」「守り行なうなら」「それによって必ず生きる」)[新世界訳 31][口語訳 31]とあり、「定め」も「おきて」も救命 (ピクアハ・ネフェシュ)英語版すなわち「人を生かすもの」と解されてきた。言い換えれば、定めとおきてを守るつもりでも、人を死なせてしまっては、実際にはそれらに反するのである。イエス・キリストもこれを肯定し、安息日に活動をとどめるよりも、右手のなえた人の病気をいやすことを選んだ[新世界訳 32][新世界訳 33][新世界訳 34][口語訳 32][口語訳 33][口語訳 34]

にもかかわらずエホバの証人は、輸血をするのと血を食べるのとが同じだといい、「血を避けるよう」「食べてはならない」といういろいろな聖句を引き合いに出して、自分や他人が死のうとしていても輸血をしない。これらの聖句は「創世記」9章4節[新世界訳 35][口語訳 35]から「使徒言行録」(エホバの証人の言い方では「使徒たちの活動」)15章20節[新世界訳 36][口語訳 36]までさまざまである。エホバの証人は、屁理屈だと言われれば言われるほど、文字通りこれを死んでも守るのである。

輸血をすることと血液食とを結びつけて考える宗教は、エホバの証人のそれのほか見いだされない。彼らは「アルコールを飲んではいけない人は静脈に注入してもいけないのと同じ」と言うものの、アルコールを飲んでもいい人でも静脈注射はそもそもしないことや、経口摂取をしない薬品でも注射はされること、つまり食べるのと注射は関係ないという指摘については、いまだ論理的な反論がなされていない。

彼らの理解では、ノアの時代も、律法の時代も、使徒の時代も、現代も、一貫して血は神聖なものであり、食べることは禁じられているという。

輸血(全血)は罪とされるが、自己輸血血液分画の使用は各人の良心に基づいて決定する。自己血液は、血が流れる機械に通すのはよいが、固定的に保存するのはいけない。臓器移植は行ってもよい。しかし、これらの判断についても、個人の良心に委ねられている。

血液食は忌避するが、血抜きの工程を経ている肉はよいとされている。当然、完全に血が抜かれているわけではないので、あくまでも程度の問題である。

血を食べることは血を内臓で「消化」することだけではなく、体に取り込むこと全般が含まれると解釈しているので、血管からの輸血も拒否しなければならないと主張する。手術や怪我等で出血がひどいなど、輸血が不可欠な場合であってもこれを拒否し、医師やエホバの証人の医師等で構成される医療機関連絡委員会が輸血の代替医療を行う病院へ転院措置を行う。結果として、死に至る場合もある。

輸血拒否による生命の危険についてしばしば非難される。エホバの証人側は、輸血という手段を望まないだけで、代わりの代替療法(無輸血治療)を推奨したり、妊娠中絶を否定していることなどを挙げ、決して命を軽視しているわけではないと弁明する。無輸血治療にくらべ、輸血にはHIVやウイルス性肝炎などの感染の危険があるとも指摘する。

大人が死の危険を納得して輸血を拒否するのであれば、少なくとも通常の殺人などにくらべればある意味で罪が軽いと見ることもできないことはないが、そのような判断ができない子供の生命を親の信仰によって危険にさらす行為について、人道的に許しがたいばかりかイエスの教えにも逸脱する、としばしば指摘される。エホバの証人は「輸血拒否で死んだ子供はエホバが復活させて下さって永遠に生きられるが、輸血をすると自分や子供がエホバに滅ぼされるかもしれないから、今死ぬとしても拒否するのがよい」と思っている。

詳細は「輸血拒否#エホバの証人の主張と、それに対する批判」以下の節、および英語版「Jehovah's Witnesses and blood transfusions」を参照。

国連[編集]

国際連盟機構また後の国際連合は、「野獣の像」[新世界訳 37][口語訳 37]「緋色の野獣」[新世界訳 38][口語訳 38]、また「八人目の王」[新世界訳 39][口語訳 39]の正体であると解釈されている。国際連合が平和実現へ向けて努力を行っていることは認めるも、神の王国の主権の無視、平和実現を確約するも成し遂げられない無力さ、国連軍による数々の流血行為など、神に対する冒涜(神の王国の政治的顕表現など)故に裁きが下されると主張している。しかし国際連合は、裁きを受ける前に、他の宗教体制すべて(「大いなるバビロン[新世界訳 40][口語訳 40])を荒廃させる神の裁きのための役割を担うとされている。特筆すべき点として、エホバの証人組織が国際連合および加盟国と協定関係等を結ぶのではなく、あくまでも神が聖霊(エホバ神の活動させる力)により連合加盟国を誘導して行われる。「神がご自分の考えを遂行することを彼らの心の中に入れる」[新世界訳 41][口語訳 41]「緋色の野獣」[新世界訳 42][口語訳 42]、また「八人目の王」[新世界訳 43][口語訳 43]の正体であると解釈されている。国際連合が平和実現へ向けて努力を行っていることは認めるも、神の王国の主権の無視、平和実現を確約するも成し遂げられない無力さ、国連軍による数々の流血行為など、神に対する冒涜(神の王国の政治的顕表現など)故に裁きが下されると主張している。しかし国際連合は、裁きを受ける前に、他の宗教体制すべて(「大いなるバビロン[新世界訳 44][口語訳 44])を荒廃させる神の裁きのための役割を担うとされている。特筆すべき点として、エホバの証人組織が国際連合および加盟国と協定関係等を結ぶのではなく、あくまでも神が聖霊(エホバ神の活動させる力)により連合加盟国を誘導して行われる。「神がご自分の考えを遂行することを彼らの心の中に入れる」[新世界訳 45][口語訳 45]のである。[証人 36][証人 37][証人 38]

しかし、2001年10月15日号のイギリスの週刊誌、「ガーディアン」がエホバの証人の母体である『ものみの塔協会』が国連NGOに加入していた記事を掲載。これまで一貫して、国際連合国際連盟を非難してきた態度とは矛盾が発生していると報じている。[20]また、上記の問題について国連へ公式な文書がものみの塔聖書冊子協会より発行されており、更なるこれらの矛盾点が明確化されたという見解が提出されている。[21]。これに対し国連側は、公式な回答をドナ・ロイティブの署名でものみの塔聖書冊子協会に提出し、ある一定施設の利用を目的とした国連NGOの登録は不当とする書面が送付される形となった。[22]

なお、エホバの証人としては、「国連は(限定的な範囲に限って)神の代理機関であるからそれに従属しなければならないという内容の教理があるから、自分たちが一貫して国連を否定してきたとされる報道は正しくないし、国連へのNGO加盟もそれ自体に問題があるわけではない。」と答えている。[要出典]この論争については、これまでにも同様の問題提起が、エホバの証人組織の各国における宗教法人登録に対して行なわれてきた事情があるという。[23]

世界強国[編集]

エホバの証人は、次の国々を歴代の世界強国と考える。

  1. エジプト
  2. アッシリア
  3. バビロン
  4. メディア-ペルシャ
  5. ギリシャ
  6. ローマ
  7. 英米世界強国
  8. 国際連合

米英の二国は現代世界における主要な強国であり、出版物中ではしばしば「英米世界強国」または「英米二重世界強国」と表現される。英米の二国は7番目の世界強国であり「南の王」[新世界訳 46][口語訳 46]、「野獣(「子羊のような二本の角」を持ち龍のように話す)」[新世界訳 47][口語訳 47]の正体であると解釈されている。[証人 39][証人 40]2010年、ダニエルの予言の足(最後)の部分、英米世界強国に混ざっている粘土は、英米の力を弱める勢力との見解が示された(帝国主義-は強力なローマ強国伝統、鉄の支配だから)。それにより、いつ終わりが来てもおかしくないとの見解になっている。

共産主義[編集]

共産主義は、宗教否定により、人間のために地上に楽園をもたらすメシア(救世主)イエス・キリストの役割を不要と唱えた故に、神による裁きが下されるとされており、虐げられた人民の解放や政治的・宗教的独裁の排除等を公約してきたが、実際には何一つ人類に対する平和を実現できない無力な勢力であり、滅びは免れないとされている。「北の王」[新世界訳 48][口語訳 48]の正体は冷戦における共産主義陣営であると解釈されている。[証人 41]一方日本共産党は機関紙『しんぶん赤旗』内でマインドコントロールを警告している。[24]

他宗教[編集]

見解[編集]

他のキリスト教仏教イスラム教ヒンドゥー教ユダヤ教・その他いかなる宗教も、サタンの手段であると主張している[25]。また、「大いなるバビロン[新世界訳 49][口語訳 49]」が他宗教の総称であると解釈(当時のバビロニア帝国(現在のイラク)が多数の神々で入り乱れていたことに由来)されている。特に他のキリスト教(カトリックプロテスタントギリシャ正教・その他)は「大いなるバビロン」の最も主要な部分でエホバ神が最も憎まれるものであるとされている。他宗教すべては「ハルマゲドン(全能者なる神の大いなる日の戦争)」の初期段階で壊滅すると主張している。その故に、他宗教に由来する教理や習慣はことごとく避ける。

対応[編集]

原則、冠婚葬祭や年中行事等の参加は禁じられていないが、異教由来の儀式(焼香をあげる行為など)は偶像崇拝にあたるとし参加しない。そのため地域社会や親族と摩擦が起きることがある。

エホバの証人は、他宗教を「サタンの手段」として教義上退けている[25]宗教多元主義のような考え方や宗教間対話などにも関与しない。黙示録に出てくる大いなるバビロンは主にキリスト教世界を中心とした偽りの宗教(エホバの証人以外)であるとし、一切関わることはない。

また、七夕節分ひな祭りなど、民間信仰の行事にも不参加が基本であり、学校にてこれらの行事が行なわれる際には参加をしない成員の子どもたちも多い。

宗教系の保育所や福祉施設、病院などを利用したりということもしない成員もいるが、これについては、地域によっては利用できる施設が不足していることなどから、これらについては成員個々の良心上の問題とされている。

社会生活の中で広く受け入れられている慣習を、どこまで宗教とみなすかは非常に難しい問題であるため、個別的なケースを見れば、成員個々によって対応が異なるということもある。明確な教義上の違反でない限り、個人の下した決定に対してほかの成員が批判することはしない。

教会や寺院などの宗教施設で開かれる葬儀や結婚式への参列は、成員個々の良心上の問題とされている。

裁判・法的規制[編集]

性的児童虐待[編集]

2012年6月13日、カリフォルニア州のAlameda County Superior Court jury(アラメダ上級裁判所)[26]で行われた裁判で敗訴し、当協会は約800億円相当の協会の資産の凍結を命じられ、賠償金280万ドル(22億円)の40%を支払うように命じられた。判決によると、エホバの証人の男性信者が当時9才だった少女に1年の間、性的虐待を加えているという通報を知りながら(証人が足りないという理由で)、警察へ通報をせず、長老たちが決定した組織的な隠蔽が違法であるという判決に繋がった[27]。しかしながら、2013年3月現在エホバの証人側がこの判決を不服として控訴している。

バーネット事件[編集]

星条旗への敬礼を拒んだ女性信者の姓にちなむ行政訴訟。1943年6月14日米最高裁判所はエホバの証人の子弟を放校する権利は教育委員会にはないという判断を下した。米国ウェストバージニア州での事例「バーネット事件」。

神戸高専剣道実技拒否事件[編集]

必須科目であった剣道の科目を履行しなかったことで退学または留年処分になったことの是非が争われたケースで、1996年3月8日、日本の最高裁判所は、学校側が主張する剣道の必須性を退け、格闘技を拒否された場合の代替措置を用意しなかったことは、学校側の落ち度であると指摘し、退学または留年処分は不当であるとの判決を下した。

過去の法的規制[編集]

兵役や国家に対する忠誠の拒否などで処罰されたものある。エホバの証人は「彼らはその剣をすきの刃に、その槍を刈り込みばさみに打ち変えなければならなくなる。国民は国民に向かって剣を上げず、彼らはもはや戦いを学ばない[新世界訳 50][口語訳 50]という聖書の記述に従ってであるが、当該国から見れば従軍拒否などはあくまでも法令違反とされている。代表的な事例として、ナチス・ドイツにおいて兵役を拒否したためにより強制収容所に送還され多くが処刑された出来事などが挙げられる(エホバの証人とホロコースト)。現代でも一部の国々で同様の事例が存在する。アメリカでのエホバの証人の弾圧英語版カナダでのエホバの証人の弾圧英語版を参照。

カルト・セクト指定[編集]

エホバの証人は、いくつかの政府によって、カルトまたはセクトと分類されている。例として以下の政府・議会報告が挙げられる。

取材作品[編集]

映画[編集]

ドラマ[編集]

小説[編集]

  • 『羊飼のいない羊たち』 — 1984年津山千恵。第二次大戦中の灯台社と良心的兵役拒否を貫いた明石順三の生涯。明石は戦後、教団に対して出した公開質問状の内容が「反逆」と見なされ、排斥されている。
  • 説得―エホバの証人と輸血拒否事件』 — 大泉実成1985年6月に神奈川県で実際にあった小学生の輸血拒否事件を基に、ある信者家族の信仰と生命の尊さを巡る葛藤を一人のルポライターが刻銘に綴ったノンフィクション小説。1993年にTBSでドラマ化され話題になった。
  • NHKにようこそ!』 — 2001年滝本竜彦。作中の登場人物、中原岬は信者である叔母の戸別訪問に同行しているときに、主人公と出会う。同宗教の内容は、実際にはエホバの証人の信条とは異なる部分が多く、架空の宗教であると考えられるものの、勧誘の様子(二人一組で戸別訪問し「目をさませよ!」という雑誌を配布する)など、その類似性からエホバの証人を基にしたものと思われる。
  • 1Q84』 — 2009年村上春樹。「証人会」という宗教団体は、その類似性からエホバの証人を基にしたものと思われる。

著名な信者[編集]

脚注・引用[編集]

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  1. ^ a b c FEBC特別番組「今、エホバの証人を問う」
  2. ^ エホバの証人【えほばのしょうにん】『時事用語のABC』松山大学檀研究室/株式会社エア 2000年8月13日更新。
  3. ^ 世界大百科事典【ものみの塔】
  4. ^ エホバの証人記者クラブ (エホバの証人個人) 『エホバの証人報道の際の注意点』、2004年7月1日更新
  5. ^ 結城浩さまざまな教会」『聖書を読みたい・教会へ行きたい』1997〜2009年(一部編集)
  6. ^ ウィリアム・ウッド『エホバの証人 カルト集団の実態』三一書房1997年ISBN 978-4-3809-7275-1
  7. ^ 林俊宏 (ジャーナリスト)『「エホバの証人」の悲劇 ものみの塔教団の素顔に迫る』いのちのことば社1997年2007年ISBN 978-4-8175-7002-4
  8. ^ デービッド・A・リード著 村上純子訳『隠された「ものみの塔」の実態』いのちのことば社1996年2月15日ISBN 978-4-264-01574-1
  9. ^ a b c d 千代崎秀雄『「エホバの証人」はキリスト教か』いのちのことば社1986年12月1日ISBN 978-4-264-00832-3
  10. ^ エホバの証人統一協会対策香川ネット(「対策ネット」)エホバの証人問題相談所、2002年
  11. ^ 日本イエス・キリスト教団カルト対策検討委員会『異端・カルト ハンドブック 健全な信仰生活への指針』、2010年2月15日 ISBN 978-4-903370-12-5
  12. ^ レイモンド・フランズ著・樋口久訳 『良心の危機 ―「エホバの証人」組織中枢での葛藤』(Crisis of Conscience) せせらぎ出版2001年)
  13. ^ 正木 弥神のみ名」『新世界訳聖書は改ざん聖書』びぶりや書房(現ビブリア書房)、2007年11月
  14. ^ NATROM 「エホバの証人の本に見られる「不完全な引用」」『進化論と創造論 科学と疑似科学の違い2004年8月6日最終改訂
  15. ^ トトロのとなり 「エホバの証人」『一歩 日豊 散歩』2011年10月16日午前1時13分02秒。
  16. ^ 日本聖書協会文語訳 小型聖書』 「明治初期、J.C.ヘボンを中心とした委員会が翻訳し、広く日本の思想・文学に影響を与えた旧新約聖書です。スマートかつコンパクトに仕上げました」
  17. ^ バイブルハウス南青山日本語文語訳聖書』 「ヘボンらを中心とした翻訳委員社中および聖書翻訳出版常置委員会により翻訳され、聖書協会として初めて発行した記念すべき日本語聖書。愛読者が絶えない名訳です」
  18. ^ 正木 弥神のみ名」『新世界訳聖書は改ざん聖書』びぶりや書房(現ビブリア書房)、2007年11月。 (新約聖書の)「多数の写本のどこにもエホバという表記が出てきません」 「新約聖書のいかなる古代訳にも、また、教父文書のどこにも、エホバという名は出てきません」 (新約聖書の)「信用ある校訂本文には、もちろん、“エホバ"という言葉はどこにも出てきません」
  19. ^ 「ヨハネによる福音書」14章30節『口語訳聖書』1954年1955年。 わたしはもはや、あなたがたに、多くを語るまい。この世の君が来るからである。だが、彼はわたしに対して、なんの力もない。
  20. ^ ガーディアン 2001年10月15日
  21. ^ エホバの証人世界本部2001年12月1日より
  22. ^ ゆーじ(元エホバの証人2世)「エホバ神の教えに背教したものみの塔組織 神権的戦術 後編 国連NGO問題」『昼寝するぶた2003年2004年
  23. ^ エホバの証人記者クラブ (エホバの証人個人) 『エホバの証人の国連NGO加盟問題について』、2004年7月8日更新。
  24. ^ 日本共産党エホバの証人(ものみの塔)とは?」『しんぶん赤旗』2003年1月16日
  25. ^ a b ガエタノ・コンプリゆがめられたキリスト エホバの証人 モルモン教 原理運動ドン・ボスコ社 1989年10月ISBN 978-4-88626-033-8
  26. ^ Jehovah's Witnesses ordered to pay more than $20 million to woman who said she was sexually abused 『NBC NEWS』2012年6月15日午前9時6分
  27. ^ ものみの塔に致命的なダメージを与える判決真理のみことば伝道協会2012年8月18日
  28. ^ Enquête Parlementaire visant à élaborer une politique en vue de lutter contre les practiques illégales des sectes et le danger qu'elles représentent pour la société et pour les personnes, particulièrement les mineurs d'âge. Rapport fait au nom de la Commission d'enquête par MM. Duquesne et Willems. Partie II. (カルトの不法行為、社会や人々、特に未成年者にとっての危険と戦うことを目的とした政策を説明する議会公聴。ドゥケイン氏、ウィレム氏による委員会での公聴、の名称での報告 パート2) available online -- フランス語とフラマン語の2言語報告, retrieved 2007-01-08.
  29. ^ フランス語の報告1995年(英語の翻訳), フランス国民議会, 議会委員会報告
  30. ^ フランス国民議会 (1999年6月10日). “Les sectes et l'argent {Cults and money]” (French). République Française. 2009年4月20日閲覧。 “enquête sur la situation financière, patrimoniale et fiscale des sectes, ainsi que sur leurs activités économiques et leurs relations avec les milieux économiques et financiers [カルトの財務、所有物、収益、同様にそれらの経済活動、経済・金融に関するコネクションに関する公聴]”
  31. ^ 世界初かどうかは諸説あるが、ベーシストとして、スラップ奏法は彼が編み出した奏法であるとされている。プリンスも彼に影響されて入信した。
  32. ^ マイケル・ジャクソンも、母親に倣いエホバの証人の二世信者であったが、晩年(50歳)には、ロサンゼルスに在住する二人の友人の勧めでイスラム教改宗した。イスラム教の聖典コーランの前でシャハーダ(信仰告白)を行い、名前を「ミーカーイール (Mikaeel) 」に改めた。

エホバの証人の出版物など[編集]

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  1. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「読者の質問に答える エホバの証人はプロテスタントの一派ですか」『ものみの塔2009年11月1日号、19頁。
  2. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「エホバの証人はプロテスタントですか」『JW.ORG / エホバの証人の公式ウェブサイト
  3. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「JW.ORG ― 300言語を突破!」『JW.ORG / エホバの証人の公式ウェブサイト
  4. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「対応言語数世界一のウェブサイトjw.orgの宣伝キャンペーン始まる」『JW.ORG / エホバの証人の公式ウェブサイト
  5. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「エホバの証人は独自の聖書を使っていますか」『JW.ORG / エホバの証人の公式ウェブサイト
  6. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「「神の神聖な宣言」の翻訳を託される―ローマ 3:2」『JW.ORG / エホバの証人の公式ウェブサイト』吹き替えを聞き書き
  7. ^ ものみの塔聖書冊子協会 (エホバの証人) 『聖書全体は神の霊感を受けたもので,有益です』第1版、328ページ、1983年。
  8. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「「新世界訳」は正確ですか」『JW.ORG / エホバの証人の公式ウェブサイト
  9. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「[「非常に良い」翻訳]」『ものみの塔2004年12月1日号30ページ。
  10. ^ ものみの塔聖書冊子協会 (エホバの証人) 『1997奉仕年度の報告を収めた 1998 エホバの証人の年鑑』
  11. ^ ものみの塔聖書冊子協会 (エホバの証人) 『2014 エホバの証人の年鑑』14ページ、2014年
  12. ^ ものみの塔聖書冊子協会 (エホバの証人) 「参照資料付き新世界訳聖書付録1イ ヘブライ語聖書中の神のみ名」、1985年。 「新世界訳のヘブライ語聖書の本文には, 「エホバ」の名が6,973回出て来ます」
  13. ^ ものみの塔聖書冊子協会 (エホバの証人)「参照資料付き新世界訳聖書付録1ニ クリスチャン・ギリシャ語聖書中の神のみ名」、1985年 「わたしたちのこの翻訳の本文中に神のみ名の訳出されている237回」
  14. ^ ものみの塔聖書冊子協会 (エホバの証人) 「参照資料付き新世界訳聖書付録1イ ヘブライ語聖書中の神のみ名」、1985年。 「その方のお名前はヘブライ語本文中にיהוה(YHWHもしくはJHVH)というつづりで6,828回出て来ます」「四文字語<テトラグラマトン>はヘブライ語本文(BHKおよびBHS)中に6,828回出て来ます」などと書いてある。
  15. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「神のみ名と聖書翻訳者たち」前半『神のみ名は永久に存続する』17ページ、1984年
  16. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「付録 神のお名前―それを用いることとその意味」『聖書は実際に何を教えていますか』195〜197ページ、2005年
  17. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「囲み記事 YHWHで表されるみ名のもともとの発音について, さまざまな学者が異なった考えを抱いています。」『神のみ名は永久に存続する』7ページ、1984年。エホバでもヤハウェでもない説がいくつか挙げられている。
  18. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「囲み記事「エホバ」は神のみ名として, 聖書以外の事柄を扱った文の中でも広く用いられています」『神のみ名は永久に存続する』11ページ、1984年
  19. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「神には名前がありますか」『JW.ORG / エホバの証人の公式ウェブサイト
  20. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「神の王国とは何か - 第8章 神の王国とは何ですか」『聖書は実際に何を教えていますか』77ページ、4〜7節、2005年
  21. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「神の王国は何を行なうか - 第8章 神の王国とは何ですか」『聖書は実際に何を教えていますか』81ページ、15〜18節、2005年
  22. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「聖書の真理を他の人に伝える - 第18章 バプテスマ, そして神とあなたとの関係」『聖書は実際に何を教えていますか』177ページ、8〜11節]、2005年
  23. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)真の宗教を見分ける方法 - 第15章 神に是認される崇拝『聖書は実際に何を教えていますか』149ページ、11〜12節、2005年
  24. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)囲み記事 エホバが憎むものを退けなさい - 第12章 神に喜ばれる生き方をする」『聖書は実際に何を教えていますか』122ページ、2005年
  25. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「神はこのようなことを目的とされたのですか」『聖書は実際に何を教えていますか』4〜5ページ、2005年
  26. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「あなたが神を知ることを, 神は望んでおられる - 第1章 神に関する真理とは何ですか」『聖書は実際に何を教えていますか』12〜14ページ、2005年
  27. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「126 「確かにこれは神の子であった」」『これまでに生存した最も偉大な人』1991年
  28. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)『ものみの塔1978年6月15日号12〜16ページ。
  29. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)『ものみの塔1996年7月15日号10〜15ページ。
  30. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)『ものみの塔1998年9月1日号13〜18ページ。
  31. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)『目ざめよ!1999年9月22日号7〜9ページ。
  32. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)『来たるべきわたしたちの世界政府―神の王国』4〜16、64〜70、183〜191ページ、1978年
  33. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「神の王国」『聖書に対する洞察』第1巻、619〜631ページ、1994年
  34. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「王国を受けるにふさわしい者とされる」『ものみの塔2008年1月15日号。
  35. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「[目ざめていて, 勇気をもって前進しなさい!]」『ものみの塔2002年4月1日号 25〜31ページ。結びの節(「付加的な集まり」の副見出し)に「今は, 目ざめていて, ずっと見張りつづけ, 世界情勢がどのように進展するかを見極めるべき時です」などと述べる「統治体の準備した感動的な声明」がある。
  36. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)『啓示の書―その壮大な最高潮は近い!』227〜258ページ、1988年
  37. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)『世の苦難からの人間の救いは近い!』227〜240ページ、1976年
  38. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)『ものみの塔1981年2月15日号 30〜31ページ。
  39. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)『啓示の書―その壮大な最高潮は近い!』66〜73ページ、1988年
  40. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)『ダニエルの預言に注意を払いなさい』128〜305ページ、1999年
  41. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)『ダニエルの預言に注意を払いなさい』210〜285ページ、1999年
  42. ^ ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)「『満足できず, もの寂しく, むなしさを感じました』。―国持 一洋 - 聖書は人の生き方を変える」『ものみの塔2011年4月1日号 29〜30ページ。

新世界訳聖書より[編集]

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  1. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「マルコによる書」6章7節 『新世界訳聖書』1985年。 さて[イエス]は十二人を呼び寄せ,彼らを二人ずつ遣わすことに取りかかり,汚れた霊たちを制する権威を彼らに与えはじめられた。
  2. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ルカによる書」10章1節 『新世界訳聖書』1985年。 これらの事ののち,主はほかの七十人を指名し,行こうとしておられたすべての都市と場所へ,自分に先立って二人ずつお遣わしになった。
  3. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「創世記」2章4節 『新世界訳聖書』1985年。 これは,天と地が創造されたとき,エホバ神が地と天を造られた日におけるその歴史である。
  4. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「創世記」2章3節 『新世界訳聖書』1985年。 それから神は七日目を祝福してそれを神聖にされた。その[日]に,造るために神が創造を行なったそのすべての業を休んでおられるのである。
  5. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「伝道の書」9章5〜6節 『新世界訳聖書』1985年。 生きている者は自分が死ぬことを知っている。しかし,死んだ者には何の意識もなく,彼らはもはや報いを受けることもない。なぜなら,彼らの記憶は忘れ去られたからである。また,その愛も憎しみもねたみも既に滅びうせ,彼らは日の下で行なわれるどんなことにも,定めのない時に至るまでもはや何の分も持たない。
  6. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「マタイによる書」19章9節 『新世界訳聖書』1985年。 あなた方に言いますが,だれでも,淫行以外の理由で妻を離婚して別の女と結婚する者は,姦淫を犯すのです」。
  7. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「エゼキエル書」28章16節 『新世界訳聖書』1985年。 「『「あなたの満ちあふれる商品のゆえに,人々はあなたの中に暴虐を満たし,あなたは罪を犯すようになった。それで,覆うことをするケルブよ,わたしはあなたを汚れた者として神の山から出し,あなたを火の燃える石の中から滅ぼすであろう。
  8. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨブ記」2章4節 『新世界訳聖書』1985年。 しかしサタンはエホバに答えて言った,「皮のためには皮をもってしますので,人は自分の魂のためなら,持っているすべてのものを与えます。
  9. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「箴言」27章11節 『新世界訳聖書』1985年。 我が子よ,賢くあって,わたしの心を歓ばせよ。わたしを嘲弄している者にわたしが返答するためである。
  10. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネによる書」14章30節 『新世界訳聖書』1985年。 わたしはもう,あなた方と多くは語らないでしょう。世の支配者が来ようとしているからです。そして,彼はわたしに対して何の力もありません。
  11. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「エフェソス人への手紙」2章2節 『新世界訳聖書』1985年。 あなた方は,この世の事物の体制にしたがい,また空中の権威の支配者,不従順の子らのうちにいま働いている霊にしたがって,一時はそうした[罪]のうちを歩んでいました。
  12. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネの第一の手紙」5章19節 『新世界訳聖書』1985年。 [また,]わたしたちが神から出ており,全世界が邪悪な者[の配下]にあることを知っています。
  13. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「コリント人への第二の手紙」4章4節 『新世界訳聖書』1985年。 その人たちの間にあって,この事物の体制の神が不信者の思いをくらまし,神の像であるキリストについての栄光ある良いたよりの光明が輝きわたらないようにしているのです。
  14. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「エフェソス人への手紙」2章2節 『新世界訳聖書』1985年。 あなた方は,この世の事物の体制にしたがい,また空中の権威の支配者,不従順の子らのうちにいま働いている霊にしたがって,一時はそうした[罪]のうちを歩んでいました。
  15. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネの第一の手紙」5章19節 『新世界訳聖書』1985年。 [また,]わたしたちが神から出ており,全世界が邪悪な者[の配下]にあることを知っています。
  16. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「コリント人への第二の手紙」4章4節 『新世界訳聖書』1985年。 その人たちの間にあって,この事物の体制の神が不信者の思いをくらまし,神の像であるキリストについての栄光ある良いたよりの光明が輝きわたらないようにしているのです。
  17. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「マタイによる書」11章11節 『新世界訳聖書』1985年。 あなた方に真実に言いますが,女から生まれた者の中で+バプテストの*ヨハネより偉大な者は起こされていません。しかし,天の王国+において小さいほうの者も彼よりは偉大です。
  18. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネへの啓示」7章4〜8節『新世界訳聖書』1985年。 そしてわたしは,証印を押された者たちの数を聞いたが,それは十四万四千であり,イスラエルの子らのすべての部族の者たちが証印を押された。 ユダの部族の中から一万二千人が証印を押され, ルベンの部族の中から一万二千人, ガドの部族の中から一万二千人, アシェルの部族の中から一万二千人, ナフタリの部族の中から一万二千人, マナセの部族の中から一万二千人, シメオンの部族の中から一万二千人, レビの部族の中から一万二千人, イッサカルの部族の中から一万二千人, ゼブルンの部族の中から一万二千人, ヨセフの部族の中から一万二千人, ベニヤミンの部族の中から一万二千人が証印を押された。
  19. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネへの啓示」14章1〜3節 『新世界訳聖書』1985年。 またわたしが見ると,見よ,子羊がシオンの山に立っており,彼と共に,十四万四千人の者が,彼の名と彼の父の名をその額に書かれて[立っていた]。またわたしは,多くの水の音のような,そして大きな雷鳴のような音が天から出るのを聞いた。わたしが聞いた音は,自分で弾くたて琴に合わせて歌う歌い手たちの[声]のようであった。そして彼らは,み座の前および四つの生き物と長老たちの前で,新しい歌であるかのような[歌]を歌っている。地から買い取られた十四万四千人の者でなければ,だれもその歌を学び取ることができなかった。
  20. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネへの啓示」7章9節 『新世界訳聖書』1985年。 これらのことの後,わたしが見ると,見よ,すべての国民と部族と民と国語の中から来た,だれも数えつくすことのできない大群衆が,白くて長い衣を着て,み座の前と子羊の前に立っていた。彼らの手には,やしの枝があった。
  21. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「イザヤ書」9章6節 『新世界訳聖書』1985年。 わたしたちのためにひとりの子供が生まれ,わたしたちにひとりの男子が与えられたからである。君としての支配がその肩に置かれる。そして彼の名は,“くすしい助言者”,“力ある神”,“とこしえの父”,“平和の君”と呼ばれるであろう。
  22. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「マタイによる書」24章36節『新世界訳聖書』1985年。 「その日と時刻についてはだれも知りません。天のみ使いたちも子も[知らず],ただ父だけが[知っておられます]。
  23. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「創世記」3章19節 『新世界訳聖書』1985年。 あなたは顔に汗してパンを食べ,ついには地面に帰る。あなたはそこから取られたからである。あなたは塵だから塵に帰る」。
  24. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「エレミヤ書」7章31節 『新世界訳聖書』1985年。 そして,彼らはヒンノムの子の谷にあるトフェトの高き所を築いた。自分たちの息子や娘を火で焼くためである。それはわたしが命じたこともなければ,わたしの心に上りもしなかったことである』。
  25. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「創世記」1章2節 『新世界訳聖書』1985年。 さて,地は形がなく,荒漠としていて,闇が水の深みの表にあった。そして,神の活動する力が水の表を行きめぐっていた。
  26. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「詩編」146編4節『新世界訳聖書』1985年。 その霊は出て行き,彼は自分の地面に帰る。 その日に彼の考えは滅びうせる。
  27. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「マタイによる書」22章30節 『新世界訳聖書』1985年。 復活のさい,男はめとらず,女も嫁ぎません。天にいるみ使いたちのようになるのです。
  28. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネによる書」17章16節 『新世界訳聖書』1985年。 わたしが世のものではないのと同じように,彼らも世のものではありません。
  29. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネによる書」18章36節 『新世界訳聖書』1985年。 イエスは答えられた,「わたしの王国はこの世のものではありません。わたしの王国がこの世のものであったなら,わたしに付き添う者たちは,わたしをユダヤ人たちに渡さないようにと戦ったことでしょう。しかし実際のところ,わたしの王国はそのようなところからのものではありません」。
  30. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネによる書」18章36節 『新世界訳聖書』1985年。 イエスは答えられた,「わたしの王国はこの世のものではありません。わたしの王国がこの世のものであったなら,わたしに付き添う者たちは,わたしをユダヤ人たちに渡さないようにと戦ったことでしょう。しかし実際のところ,わたしの王国はそのようなところからのものではありません」。
  31. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「レビ記」18章5節 『新世界訳聖書』1985年。 それであなた方はわたしの法令と司法上の定めとを守らねばならない。それを守り行なうなら,人はそれによって必ず生きるのである。わたしはエホバである。
  32. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「マタイによる書」12章9〜14節 『新世界訳聖書』1985年。 その場所を去ってから,[イエス]は人々の会堂に入られた。すると,見よ,片手のなえた人がいた。それで彼らは,「安息日に[病気を]治すことは許されるだろうか」と[イエス]に尋ねた。彼を訴える理由を得ようとしてであった。[イエス]は彼らに言われた,「あなた方のうち,一匹の羊を持っていて,それが安息日に穴に落ち込んだ場合,それをつかんで引き出さない人がいるでしょうか。どう考えても,人は羊よりずっと価値のあるものではありませんか。それで,安息日にりっぱなことをするのは許されているのです」。それから,その人に向かって,「あなたの手を伸ばしなさい」と言われた。それで彼が伸ばすと,それは元どおりになり,他方の手のように健やかになったのである。しかしパリサイ人たちは出て行き,[イエス]を滅ぼそうとして相談した。
  33. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「マルコによる書」3章1〜6節 『新世界訳聖書』1985年。 [イエス]はもう一度会堂の中に入られた。すると,片手のすっかりなえた人がそこにいた。それで人々は,安息日にその人を治すかどうかを見ようとして,じっと彼を見守っていた。彼を訴えようとしてであった。すると,[イエス]はその片手のなえた人にこう言われた。「立って,中央に[来なさい]」。次いで彼らにこう言われた。「安息日に許されているのは,善行をすることですか,悪行をすることですか。魂を救うことですか,殺すことですか」。しかし彼らは黙っていた。それで[イエス]は憤りを抱いて彼らを見回したのち,その心の無感覚さを深く憂えつつ,「あなたの手を伸ばしなさい」とその人に言われた。そこで彼が伸ばすと,その手は元どおりになったのである。すると,パリサイ人たちは出て行き,すぐにヘロデの党派的追随者たちと協議を始めた。[イエス]に敵し,これを滅ぼそうとしてであった。
  34. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ルカによる書」6章6〜11節 『新世界訳聖書』1985年。 別の安息日のこと,[イエス]は会堂の中に入って教えはじめられた。すると,そこには右手のなえた人が来ていた。 7 そこで,書士とパリサイ人たちは,彼が安息日に[病人を]治すかどうかを見ようとして,じっと見守っていた。彼を訴えるすべを何か見いだそうとしてであった。 8 しかし[イエス]は,彼らの論議を知っていたにもかかわらず,片手のなえた人に,「起き上がって,中央に立ちなさい」と言われた。それで彼は身を起こして,そこに立った。 9 それからイエスは彼らに言われた,「あなた方に尋ねますが,安息日に許されているのは,善を行なうことですか,危害を加えることですか。魂を救うことですか,滅ぼすことですか」。そして,彼らすべてを見回してから,その人にこう言われた。「あなたの手を伸ばしなさい」。彼がそのとおりにすると,その手は元どおりになったのである。ところが,彼らは狂わんばかりに怒り,イエスに対して何を行なおうかと話し合いをはじめた。
  35. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「創世記」9章4節 『新世界訳聖書』1985年。 ただし,その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない。
  36. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「使徒たちの活動」15章20節 『新世界訳聖書』1985年。 ただ,偶像によって汚された物と淫行と絞め殺されたものと血を避けるよう彼らに書き送ることです。
  37. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネへの啓示」13章14〜15節 『新世界訳聖書』1985年。 そして,野獣の前で行なうことを許されたしるしによって地に住む者たちを惑わし,一方では,剣の一撃を受けながら生き返った野獣のために像を作るようにと地に住む者たちに言う。またそれには,野獣の像に息を与えることが許された。それによって野獣の像は話すようになり,また,野獣の像をどうしても崇拝しない者たちをみな殺させるようにするのである。
  38. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネへの啓示」17章3節 『新世界訳聖書』1985年。 そして彼は,霊[の力]のうちにわたしを荒野に運んで行った。そこでわたしは,冒とく的な名で満ちた,七つの頭と十本の角を持つ緋色の野獣の上に,ひとりの女が座っているのを目にした。
  39. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネへの啓示」17章11節 『新世界訳聖書』1985年。 そして,かつていたが今はいない野獣,それ自身は八人目[の王]でもあるが,その七つから出,去って滅びに至る。
  40. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネへの啓示」14章8節 『新世界訳聖書』1985年。 また,別の,二人目のみ使いがそのあとに従って,こう言った。「彼女は倒れた! 大いなるバビロン,あらゆる国民に自分の淫行の怒りのぶどう酒を飲ませた者は倒れた!」
  41. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネへの啓示」17章17節 『新世界訳聖書』1985年。 神は,ご自分の考えを遂行することを彼らの心の中に入れたからである。すなわち,彼らの王国を野獣に与えて[彼らの]一つの考えを遂行し,神の言葉の成し遂げられるに至ることである。
  42. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネへの啓示」17章3節 『新世界訳聖書』1985年。 そして彼は,霊[の力]のうちにわたしを荒野に運んで行った。そこでわたしは,冒とく的な名で満ちた,七つの頭と十本の角を持つ緋色の野獣の上に,ひとりの女が座っているのを目にした。
  43. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネへの啓示」17章11節 『新世界訳聖書』1985年。 そして,かつていたが今はいない野獣,それ自身は八人目[の王]でもあるが,その七つから出,去って滅びに至る。
  44. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネへの啓示」14章8節 『新世界訳聖書』1985年。 また,別の,二人目のみ使いがそのあとに従って,こう言った。「彼女は倒れた! 大いなるバビロン,あらゆる国民に自分の淫行の怒りのぶどう酒を飲ませた者は倒れた!」
  45. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネへの啓示」17章17節 『新世界訳聖書』1985年。 神は,ご自分の考えを遂行することを彼らの心の中に入れたからである。すなわち,彼らの王国を野獣に与えて[彼らの]一つの考えを遂行し,神の言葉の成し遂げられるに至ることである。
  46. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ダニエル書」11章27節『新世界訳聖書』1985年、本引用以降にも登場。 「そして,これら二人の王は,その心を悪を行なうことに傾け,一つの食卓について偽りを語り合う。しかし何事も成功しないであろう。終わりはなお定めの時に臨むのである。
  47. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネへの啓示」13章11節 『新世界訳聖書』1985年。 また,わたしは別の野獣が地から上って行くのを見た。それには子羊のような二本の角があった。それは龍のように話しはじめた。
  48. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ダニエル書」11章36〜41節『新世界訳聖書』1985年。 「そして,その王はまさに自分の意のままに事を行ない,自分を高め,自分を大いなるものとしてあらゆる神の上に高める。また,神々の神たる者に向かって驚くべきことを語る。また彼は糾弾がなし終えられるまでは必ず成功を収める。決定された事柄は遂げられねばならないからである。また彼は自分の父たちの神に何の考慮も払わない。女たちの願いにも,他のすべての神にも考慮を払わず,すべての者に勝って自分を大いなるものとする。しかし要害の神に対しては,自分のその地位からも栄光を帰する。その父たちの知らなかった神に対して,金により,銀により,宝石により,望ましい物によって栄光を帰する。また彼は,異国の神と共になって,最強の防備の施されたとりでに対しても効果的に行動する。彼はだれでも[自分を]認めた者を栄光に富ませ,それらの者を多くの者の中で支配させる。また,代価を取って土地を配分する。 「そして,終わりの時に,南の王は彼と押し合うが,これに対して北の王は兵車と騎手と多くの船とをもって強襲する。彼は必ず[多くの]土地に入り,みなぎりあふれて通り行く。彼はさらに飾りの地にも入り,多くの[土地]がつまずきに渡される。しかし,これらは,すなわち,エドム,モアブ,またアンモンの子らの主立った部分はその手から逃れ出る。
  49. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「ヨハネへの啓示」17章5節 『新世界訳聖書』1985年。 そして,額にはひとつの名が書いてあった。それは秘義であって,「大いなるバビロン,娼婦たちと地の嫌悪すべきものとの母」というものであった。
  50. ^ 新世界訳聖書翻訳委員会(エホバの証人) 「イザヤ書」2章4節『新世界訳聖書』1985年。 そして,[神]は諸国民の中で必ず裁きを行ない,多くの民に関して事を正される。そして,彼らはその剣をすきの刃に,その槍を刈り込みばさみに打ち変えなければならなくなる。国民は国民に向かって剣を上げず,彼らはもはや戦いを学ばない。

口語訳聖書より[編集]

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  1. ^ 日本聖書協会 「マルコによる福音書」6章7節『口語訳聖書』1954年1955年。 また十二弟子を呼び寄せ、ふたりずつつかわすことにして、彼らにけがれた霊を制する権威を与え、
  2. ^ 日本聖書協会 「ルカによる福音書」10章1節『口語訳聖書』1954年1955年。 その後、主は別に七十二人を選び、行こうとしておられたすべての町や村へ、ふたりずつ先におつかわしになった。
  3. ^ 日本聖書協会 「創世記」2章4節『口語訳聖書』1954年1955年。 これが天地創造の由来である。 主なる神が地と天とを造られた時、
  4. ^ 日本聖書協会 「創世記」2章3節『口語訳聖書』1954年1955年。 神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。
  5. ^ 日本聖書協会 「伝道の書」9章5〜6節『口語訳聖書』1954年1955年。 生きている者は死ぬべき事を知っている。しかし死者は何事をも知らない、また、もはや報いを受けることもない。その記憶に残る事がらさえも、ついに忘れられる。その愛も、憎しみも、ねたみも、すでに消えうせて、彼らはもはや日の下に行われるすべての事に、永久にかかわることがない。
  6. ^ 日本聖書協会 「マタイによる福音書」19章9節『口語訳聖書』1954年1955年。 そこでわたしはあなたがたに言う。不品行のゆえでなくて、自分の妻を出して他の女をめとる者は、姦淫を行うのである」。
  7. ^ 日本聖書協会|「エゼキエル書」28章16節『口語訳聖書』1954年1955年。 あなたの商売が盛んになると、 あなたの中に暴虐が満ちて、あなたは罪を犯した。 それゆえ、わたしはあなたを神の山から 汚れたものとして投げ出し、 守護のケルブはあなたを 火の石の間から追い出した。
  8. ^ 日本聖書協会 「ヨブ記」2章4節『口語訳聖書』1954年1955年。 サタンは主に答えて言った、「皮には皮をもってします。人は自分の命のために、その持っているすべての物をも与えます。
  9. ^ 日本聖書協会 「箴言」27章11節『口語訳聖書』1954年1955年。 わが子よ、知恵を得て、わたしの心を喜ばせよ、 そうすればわたしをそしる者に答えることができる。
  10. ^ 日本聖書協会 「ヨハネによる福音書」14章30節 『口語訳聖書』1954年1955年。 わたしはもはや、あなたがたに、多くを語るまい。この世の君が来るからである。だが、彼はわたしに対して、なんの力もない。
  11. ^ 日本聖書協会 「エペソ人への手紙」2章2節 『口語訳聖書』1954年1955年。 かつてはそれらの中で、この世のならわしに従い、空中の権をもつ君、すなわち、不従順の子らの中に今も働いている霊に従って、歩いていたのである。
  12. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの第一の手紙」5章19節 『口語訳聖書』1954年1955年。 また、わたしたちは神から出た者であり、全世界は悪しき者の配下にあることを、知っている。
  13. ^ 日本聖書協会 「コリント人への第二の手紙」4章4節『口語訳聖書』1954年1955年。 彼らの場合、この世の神が不信の者たちの思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光の福音の輝きを、見えなくしているのである。
  14. ^ 日本聖書協会 「エペソ人への手紙」2章2節 『口語訳聖書』1954年1955年。 かつてはそれらの中で、この世のならわしに従い、空中の権をもつ君、すなわち、不従順の子らの中に今も働いている霊に従って、歩いていたのである。
  15. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの第一の手紙」5章19節 『口語訳聖書』1954年1955年。 また、わたしたちは神から出た者であり、全世界は悪しき者の配下にあることを、知っている。
  16. ^ 日本聖書協会 「コリント人への第二の手紙」4章4節『口語訳聖書』1954年1955年。 彼らの場合、この世の神が不信の者たちの思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光の福音の輝きを、見えなくしているのである。
  17. ^ 日本聖書協会 「マタイによる福音書」11章11節『口語訳聖書』1954年1955年。 あなたがたによく言っておく。女の産んだ者の中で、バプテスマのヨハネより大きい人物は起らなかった。しかし、天国で最も小さい者も、彼よりは大きい。
  18. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの黙示録」7章4〜8節『口語訳聖書』1954年1955年。 わたしは印をおされた者の数を聞いたが、イスラエルの子らのすべての部族のうち、印をおされた者は十四万四千人であった。 ユダの部族のうち、一万二千人が印をおされ、 ルベンの部族のうち、一万二千人、 ガドの部族のうち、一万二千人、 アセルの部族のうち、一万二千人、 ナフタリの部族のうち、一万二千人、 マナセの部族のうち、一万二千人、 シメオンの部族のうち、一万二千人、 レビの部族のうち、一万二千人、 イサカルの部族のうち、一万二千人、 ゼブルンの部族のうち、一万二千人、 ヨセフの部族のうち、一万二千人、 ベニヤミンの部族のうち、 一万二千人が印をおされた。
  19. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの黙示録」14章1〜3節『口語訳聖書』1954年1955年。 なお、わたしが見ていると、見よ、小羊がシオンの山に立っていた。また、十四万四千の人々が小羊と共におり、その額に小羊の名とその父の名とが書かれていた。またわたしは、大水のとどろきのような、激しい雷鳴のような声が、天から出るのを聞いた。わたしの聞いたその声は、琴をひく人が立琴をひく音のようでもあった。彼らは、御座の前、四つの生き物と長老たちとの前で、新しい歌を歌った。この歌は、地からあがなわれた十四万四千人のほかは、だれも学ぶことができなかった。
  20. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの黙示録」7章9節『口語訳聖書』1954年1955年。 その後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、数えきれないほどの大ぜいの群衆が、白い衣を身にまとい、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立ち、
  21. ^ 日本聖書協会 「イザヤ書」9章6節『口語訳聖書』1954年1955年。 ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、 ひとりの男の子がわれわれに与えられた。 まつりごとはその肩にあり、 その名は、「霊妙なる議士、大能の神、 とこしえの父、平和の君」ととなえられる。
  22. ^ 日本聖書協会 「マタイによる福音書」24章36節『口語訳聖書』1954年1955年。 その日、その時は、だれも知らない。天の御使たちも、また子も知らない、ただ父だけが知っておられる。
  23. ^ 日本聖書協会 「創世記」3章19節『口語訳聖書』1954年1955年。 あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、 あなたは土から取られたのだから。 あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。
  24. ^ 日本聖書協会 「エレミヤ書」7章31節『口語訳聖書』1954年1955年。 またベンヒンノムの谷にあるトペテの高き所を築いて、むすこ娘を火に焼いた。わたしはそれを命じたことはなく、またそのようなことを考えたこともなかった。
  25. ^ 日本聖書協会 「創世記」1章2節『口語訳聖書』1954年1955年。 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
  26. ^ 日本聖書協会 「詩篇」146篇4節『口語訳聖書』1954年1955年。 その息が出ていけば彼は土に帰る。 その日には彼のもろもろの計画は滅びる。
  27. ^ 日本聖書協会 「マタイによる福音書」22章30節『口語訳聖書』1954年1955年。 復活の時には、彼らはめとったり、とついだりすることはない。彼らは天にいる御使のようなものである。
  28. ^ 日本聖書協会 「」章節 『口語訳聖書』1954年1955年。 わたしが世のものでないように、彼らも世のものではありません。
  29. ^ 日本聖書協会 「ヨハネによる福音書」18章36節『口語訳聖書』1954年1955年。 イエスは答えられた、「わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであれば、わたしに従っている者たちは、わたしをユダヤ人に渡さないように戦ったであろう。しかし事実、わたしの国はこの世のものではない」。
  30. ^ 日本聖書協会 「ヨハネによる福音書」18章36節『口語訳聖書』1954年1955年。 イエスは答えられた、「わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであれば、わたしに従っている者たちは、わたしをユダヤ人に渡さないように戦ったであろう。しかし事実、わたしの国はこの世のものではない」。
  31. ^ 日本聖書協会 「レビ記」18章5節 『口語訳聖書』1954年1955年。 あなたがたはわたしの定めとわたしのおきてを守らなければならない。もし人が、これを行うならば、これによって生きるであろう。わたしは主である。
  32. ^ 日本聖書協会 「マタイによる福音書」12章9〜14節 『口語訳聖書』1954年1955年。 イエスはそこを去って、彼らの会堂にはいられた。すると、そのとき、片手のなえた人がいた。人々はイエスを訴えようと思って、「安息日に人をいやしても、さしつかえないか」と尋ねた。イエスは彼らに言われた、「あなたがたのうちに、一匹の羊を持っている人があるとして、もしそれが安息日に穴に落ちこんだなら、手をかけて引き上げてやらないだろうか。人は羊よりも、はるかにすぐれているではないか。だから、安息日に良いことをするのは、正しいことである」。そしてイエスはその人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。そこで手を伸ばすと、ほかの手のように良くなった。パリサイ人たちは出て行って、なんとかしてイエスを殺そうと相談した。
  33. ^ 日本聖書協会 「マルコによる福音書」3章1〜6節 『口語訳聖書』1954年1955年。 イエスがまた会堂にはいられると、そこに片手のなえた人がいた。人々はイエスを訴えようと思って、安息日にその人をいやされるかどうかをうかがっていた。すると、イエスは片手のなえたその人に、「立って、中へ出てきなさい」と言い、人々にむかって、「安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」と言われた。彼らは黙っていた。イエスは怒りを含んで彼らを見まわし、その心のかたくななのを嘆いて、その人に「手を伸ばしなさい」と言われた。そこで手を伸ばすと、その手は元どおりになった。パリサイ人たちは出て行って、すぐにヘロデ党の者たちと、なんとかしてイエスを殺そうと相談しはじめた。
  34. ^ 日本聖書協会 「ルカによる福音書」6章6〜11節『口語訳聖書』1954年1955年。 また、ほかの安息日に会堂にはいって教えておられたところ、そこに右手のなえた人がいた。律法学者やパリサイ人たちは、イエスを訴える口実を見付けようと思って、安息日にいやされるかどうかをうかがっていた。イエスは彼らの思っていることを知って、その手のなえた人に、「起きて、まん中に立ちなさい」と言われると、起き上がって立った。そこでイエスは彼らにむかって言われた、「あなたがたに聞くが、安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」。そして彼ら一同を見まわして、その人に「手を伸ばしなさい」と言われた。そのとおりにすると、その手は元どおりになった。そこで彼らは激しく怒って、イエスをどうかしてやろうと、互に話合いをはじめた。
  35. ^ 日本聖書協会 「創世記」9章4節 『口語訳聖書』1954年1955年。 しかし肉を、その命である血のままで、食べてはならない。
  36. ^ 日本聖書協会 「使徒行伝」15章20節『口語訳聖書』1954年1955年。 ただ、偶像に供えて汚れた物と、不品行と、絞め殺したものと、血とを、避けるようにと、彼らに書き送ることにしたい。
  37. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの黙示録」13章14〜15節 『口語訳聖書』1954年1955年。 さらに、先の獣の前で行うのを許されたしるしで、地に住む人々を惑わし、かつ、つるぎの傷を受けてもなお生きている先の獣の像を造ることを、地に住む人々に命じた。それから、その獣の像に息を吹き込んで、その獣の像が物を言うことさえできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。
  38. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの黙示録」17章3節 『口語訳聖書』1954年1955年。 御使は、わたしを御霊に感じたまま、荒野へ連れて行った。わたしは、そこでひとりの女が赤い獣に乗っているのを見た。その獣は神を汚すかずかずの名でおおわれ、また、それに七つの頭と十の角とがあった。
  39. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの黙示録」17章11節 『口語訳聖書』1954年1955年。 昔はいたが今はいないという獣は、すなわち第八のものであるが、またそれは、かの七人の中のひとりであって、ついには滅びに至るものである。
  40. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの黙示録」14章8節 『口語訳聖書』1954年1955年。 また、ほかの第二の御使が、続いてきて言った、「倒れた、大いなるバビロンは倒れた。その不品行に対する激しい怒りのぶどう酒を、あらゆる国民に飲ませた者」。
  41. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの黙示録」17章17節『口語訳聖書』1954年1955年。 神は、御言が成就する時まで、彼らの心の中に、御旨を行い、思いをひとつにし、彼らの支配権を獣に与える思いを持つようにされたからである。
  42. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの黙示録」17章3節 『口語訳聖書』1954年1955年。 御使は、わたしを御霊に感じたまま、荒野へ連れて行った。わたしは、そこでひとりの女が赤い獣に乗っているのを見た。その獣は神を汚すかずかずの名でおおわれ、また、それに七つの頭と十の角とがあった。
  43. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの黙示録」17章11節 『口語訳聖書』1954年1955年。 昔はいたが今はいないという獣は、すなわち第八のものであるが、またそれは、かの七人の中のひとりであって、ついには滅びに至るものである。
  44. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの黙示録」14章8節 『口語訳聖書』1954年1955年。 また、ほかの第二の御使が、続いてきて言った、「倒れた、大いなるバビロンは倒れた。その不品行に対する激しい怒りのぶどう酒を、あらゆる国民に飲ませた者」。
  45. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの黙示録」17章17節『口語訳聖書』1954年1955年。 神は、御言が成就する時まで、彼らの心の中に、御旨を行い、思いをひとつにし、彼らの支配権を獣に与える思いを持つようにされたからである。
  46. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの黙示録」13章11節『口語訳聖書』1954年1955年、本引用以降にも登場。 このふたりの王は、害を与えようと心にはかり、ひとつ食卓に共に食して、偽りを語るが、それは成功しません。終りはなお定まった時の来るまでこないからです。
  47. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの黙示録」13章11節『口語訳聖書』1954年1955年。 わたしはまた、ほかの獣が地から上って来るのを見た。それには小羊のような角が二つあって、龍のように物を言った。
  48. ^ 日本聖書協会 ダニエル書」11章36〜41節『口語訳聖書』1954年1955年。 この王は、その心のままに事をおこない、すべての神を越えて、自分を高くし、自分を大いにし、神々の神たる者にむかって、驚くべき事を語り、憤りのやむ時まで栄えるでしょう。これは定められた事が成就するからです。彼はその先祖の神々を顧みず、また婦人の好む者も、いかなる神をも顧みないでしょう。彼はすべてにまさって、自分を大いなる者とするからです。彼はこれらの者の代りに、要害の神をあがめ、金、銀、宝石、および宝物をもって、その先祖たちの知らなかった神をあがめ、 異邦の神の助けによって、最も強固な城にむかって、事をなすでしょう。そして彼を認める者には、栄誉を増し与え、これに多くの人を治めさせ、賞与として土地を分け与えるでしょう。 終りの時になって、南の王は彼と戦います。北の王は、戦車と騎兵と、多くの船をもって、つむじ風のように彼を攻め、国々にはいっていって、みなぎりあふれ、通り過ぎるでしょう。彼はまた麗しい国にはいります。また彼によって、多くの者が滅ぼされます。しかし、エドム、モアブ、アンモンびとらのうちのおもな者は、彼の手から救われましょう。
  49. ^ 日本聖書協会 「ヨハネの黙示録」17章5節『口語訳聖書』1954年1955年。 その額には、一つの名がしるされていた。それは奥義であって、「大いなるバビロン、淫婦どもと地の憎むべきものらとの母」というのであった。
  50. ^ 日本聖書協会 「イザヤ書」2章4節『口語訳聖書』1954年1955年。 彼はもろもろの国のあいだにさばきを行い、 多くの民のために仲裁に立たれる。 こうして彼らはそのつるぎを打ちかえて、すきとし、 そのやりを打ちかえて、かまとし、 国は国にむかって、つるぎをあげず、 彼らはもはや戦いのことを学ばない。

ほか[編集]

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  1. ^ 共同訳聖書実行委員会マタイによる福音書」24章36節『新共同訳聖書』、1987年。 「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存じである。
  1. ^ 新日本聖書刊行会マタイの福音書」24章36節『新改訳聖書』第3版、2003年。 ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。
  1. ^ 日本聖書協会 「マタイ傳福音書」24章36節『大正改訳聖書』(『舊新約聖書』所収)、1917年。 その日その時を知る者なし、天の使たちも知らず、子も知らず、ただ父のみ知り給ふ。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]