神霊教

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神霊教本部

神霊教(しんれいきょう)は、東京都港区赤坂に本部を置く神道系の新宗教である。教祖は大塚寛一(1891年 - 1972年)。1947年に開教した。

概要[編集]

大塚の「御神力」により数々の奇蹟が起きていると教団は主張しており、大塚が1972年に逝去した後も様々な奇蹟が起こっているとして「実証の超宗教」「奇蹟の殿堂」を名乗っている。かつては「ガンは切らずに治る」のスローガンを掲げていた。

神霊教の見解によれば、大塚は戦前「大日本精神」と題した不戦の建白書を日本の指導層に送付し三国同盟や米英開戦に反対したとしている。

戦後に本教団を開教。昭和40年代、まだ世界に左翼運動が盛んな時代に共産主義の崩壊を予言したとされる。革命と亡国の危機を乗り越えるべく「日本人は日本精神に返れ」と訴え、全国で連続講演会を実施したとする。

大塚は、宇宙の根本理法を「真理・神の道」と呼ぶ。日本に伝わる日本精神は、真理・神の道が人間生活によく現れたものとする。そして、「真の日本精神」は日本を再建し、21世紀の世界を救う、唯一の指導原理である、と説いている。

傘下に右派団体「日本精神復興促進会」を持つ。

備考[編集]

世界基督教統一神霊協会(統一教会、統一協会)と混同しやすいが、両者は団体名が似ているだけで全くの別団体である。

大岡越前 (テレビドラマ) - 第2部第22話「幻術師」において、劇中に「唯一神霊教」が登場した。これに対し神霊教は抗議を行い、この回は欠番となった。又、DVDボックスにもこの回が収録されていたため、同様に削除となった。放送を行ったTBSは、「朝日新聞」「毎日新聞」「読売新聞」に神霊教の抗議に対する謝罪広告を掲載した。又、翌年に神霊教を取り上げた番組の放送を行った。

うしろの百太郎 - 「少年マガジン」1975年7月27日号において、神霊教の機関紙「神霊時報」の記事を一部加工した内容が掲載された。神霊教は講談社に対し強く抗議を行った[1]。問題の回では「神霊時報」の記事をベースにして「インチキ心霊術の除霊の正体をみた」などの見出しがつけられていた。このことが信者の目にとまり糾弾へと至った[1]。数十名の信者が講談社に対し抗議を展開し、抗議は1975年8月初旬から1週間に亘った[1]。その結果、講談社は「少年マガジン」1975年8月17日号に神霊教に対するお詫びを掲載した。加えて、8月14日付の「朝日新聞」「毎日新聞」「読売新聞」に謝罪広告の掲載を行った。[1]

関連書籍[編集]

  • 大塚寛一著『真の日本精神が世界を救う―百ガン撲滅の理論と実証』 イースト・プレス、2006。ISBN 4872576896
  • 神霊教信者一同著『神霊教入門―本当の幸せがここにある』イースト・プレス、2000。ISBN 4872572122
  • 山岡荘八監修、現代宗教研究所編『奇蹟の泉―大塚寛一と神霊教』 フェイス本社、1965。
  • 菅原通済監修『実在する奇蹟』 創思社、1968。
  • 上之郷利昭著『教祖誕生』講談社(『新潮45』初出の「『全学連』去ってキャンパスに『神霊教』」を収録) ISBN 4103670010 ISBN 4061857398

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 『差別用語』(汐文社、1975年)p.78

外部リンク[編集]