崇教真光

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崇教真光(すうきょうまひかり)
Sukyo Mahikari Headquarter 01.jpg
崇教真光 世界総本山 手前の白い建物が教団本部
設立年 1978年(昭和53年)
設立者 岡田恵珠
種類 宗教法人
法人番号 8200005009851
本部 岐阜県高山市

崇教真光(すうきょうまひかり)は、岐阜県高山市に本部を置く新宗教世界真光文明教団の教祖岡田光玉(本名・岡田良一)の養女岡田恵珠が後継者争いから1978年に分派独立した。現在は岡田光央(本名・手島泰六)が教祖(教え主)。

沿革[編集]

前身は1963年(昭和38年)に岡田光玉(本名・岡田良一)が設立した「宗教法人 世界真光文明教団」である。1974年(昭和49年)6月23日に岡田光玉が死去。その葬儀の席上、光玉の遺言に従い幹部のひとり関口榮が二代教え主に就任したことが発表され、その旨が真光誌に記載された[1]。 しかし岡田恵珠は「死去の10日前、光玉からの教え主継承の儀は終えている」と反論し、7月に代表役員の登記を済ませた。 これに対し関口榮は、代表役員の地位を明らかにするために提訴し、昭和52年には「関口榮が代表役員である」という最高裁判決(通称、'真光裁判)を得て、正式に教団の2代教え主に就任した。これによって岡田恵珠は文明教団から分派独立し、1978年(昭和53年)に崇教真光を設立した。崇教真光は正当な霊統を継承しており、唯一の正統であると主張していることもあり、光玉時代の信者の多くを吸収している[2]。「崇教」とは、医学、科学、経済学などを含む、過去の宗教を超えた人類教であるとしている[2]

2009年からは、岡田恵珠の弟子であり、その後養子となった岡田晃弥(岡田光央)が三代教え主(現・総裁)として教団を先導している。

教団は、国内に約1000ヵ所 海外に約300ヵ所の拠点があり、世界75ヶ国に約100万人の信者がいるとしている[3]

「聖地の建設」という点で世界救世教同様に大本の影響を受けていると言われ、飛騨高山に高さ50メートルの主座黄金神殿を作った。屋根は丹銅板で黄金に輝き、映画「丹波哲郎の大霊界 死んだらどうなる」のロケに使われた[4]

宗教学者の島田裕巳は、手かざしには組織的な活動が必要ないため共同体が形成される契機がなく、信者に組織活動への参加をあまり求めないこともあり、気軽に参加でき若者も多かったが、同時に抜けるのも簡単であるため、組織の勢力を保ち続けるのが難しいと評している[5]。島田は、真光系諸教団はスピリチュアル・ブームの先駆けとなったと評価することもできる、と述べている[6]

信仰の対象[編集]

天地創造の最高神として御親元主真光大御神を信仰する。「主(ス)の大御神様」「主神様(スしんさま)」とも呼ぶ。[3]

教義[編集]

教義は習合的で、神道の要素が多く、最終戦争を信じる千年王国主義的な面を持つ[7]。世界真光文明教団と崇教真光の教義・儀礼の大きな差はない[8]

世界は多くの層からなる地獄、肉体界、幽界(アストラル界)、霊界からなり、頂点に主神があり、いく柱かの主な神々が補佐するとされる[7]

人間は、霊体・幽体・肉体の三位一体の存在で、霊が主で、幽体(心)が従 、肉体が属の関係であるという教義であり、これの上に手かざしが成り立っている[8]。ほとんどの病気、災い、経済上や人間関係の問題は、汚染、食品添加物、医薬品、悪行、またしばしば悪霊によるアストラル体への憑依であると信じられている[7]。少なくとも8割、ほぼすべての人間が霊に憑依されており、霊に憑依されている人は霊障にあっており、不幸であると考える[8]。憑依する霊は、害を受けたものが恨んで憑く恨みの霊、正しい先祖供養が行われていないため幽界で苦しみ迷い出た先祖の霊、先祖供養がおろそかであることによる守護力の低下・本人の霊が弱っていることによる無関係の霊の憑依があるとされる[8]。先祖供養が重視され、位牌をぞんざいに扱うと、先祖がアストラル界で苦しみ、子孫に病気や不幸をもたらすとされる[7]。講習を受け入信することで「お浄め」または「真光の業」と呼ばれる手かざしができるようになり、これによって人間、動物、植物、物体、空間などへのお浄めを行うことができるとされる[7]。手から発する神の光が受け手の体を通り抜け、受け手の霊的な汚れを消し、病気のような汚れの肉体的現れも取り除くことができると信じられている[7]。病気治しではなく、患者の霊的な体を清める行為であると強調されている[7]

本来人間は、神が人に顕現・変化したものであり、世界ができた当初人は神、仏そのものであったとする。宗教の役割とは、人間に元々ある神性を開発 ・復活させることであるが、多くの宗教は哲学化し本来の役割を果たしていないと考える。1、2年の修行で奇跡の力を手に入れることができるのは、人が本来神であるからであるとされる。[8]

教え主は、主神と人々の接点であり、その霊体は「無線電信の中継局」の役割を果たしているとされる。教え主は神が決めるとされる。教え主は他の信者とは段違いの力を持つとされる。[8]

信者を「神の経輪に加わり、神と共に世直しをしていく」という意味を込めて「神組み手」と呼ぶ[2]。キリスト教や仏教の信者でも、信仰を持ったまま真光の信者になることができる[9]

火の洗礼[編集]

神が汚れた人類を大みそぎする「火の洗礼」、大地震・大爆発・大洪水などの自然災害、核戦争・最終戦争があると信じられている[8]。地球温暖化、自然破壊は、「火の洗礼」の時代が始まったことを示しており、利己主義と物質主義から目覚め、世界の刷新に備えなければならないと考えられている[7]。主神は全ての人類を滅ぼすのではなく、岡田光玉によって「火の洗礼」を乗り越えた先の新しい文明のための「タネビト」(種人)を残そうとしており、このタネビトをなるべく多く用意し、「火の洗礼」の後に新しい文明を築き、主神の教えを実現することを目指す[8]。手かざしは人間に世界への刷新の準備をさせるものと考えられている[7]。「火の洗礼」の時代には信者は誰でも「小観音」「小キリスト」として世界を救済する「タネビト」候補になれると信じられている[2]

「火の洗礼」の予言は、オイルショック以降の世界の終末を恐れる若者たちを教団に惹きつけた。真光系諸教団はめずらしく若者の参加の多い新宗教として一時期注目されていた[10]ノストラダムスの大予言で世界の終わりとされた20世紀末が過ぎた後は、予言の求心力は低下した。

歴史観[編集]

真光の述べる歴史は次のようなものである。スの大神が世界を創造し、神々を作り、ムー大陸に黄人、赤人、白人、青人、黒人の「五色人」という世界人類を作り、神自ら天祖、皇祖、人祖をまつった。ムー大陸は陥没し、五色人は世界中に散った。日本はムー大陸の残った山頂で、日本人は五色人の直系の子孫である。万世一系の天皇は世界創造以来の全人類の王統が続いたものである。五色人のうち、南米に上陸しインカ帝国などを作ったのがアメリカ・インディアン、西に向かったのが朝鮮半島、アジア大陸中央、インド、西アジア(ユダヤ)の人々であり、釈迦の教えもイエスの教えも「五色人の血肉の兄弟の教え」である。「全人類が日の本の国に集って、霊的新文明を築く仕組みになっている」という。[11]

真光は大本の神話を継承・発展させている。真光では、人類誕生から天皇制まで、すべて日本が世界の中心に位置づけられている。金沢大学中村伸浩は、このイメージは、高度経済成長期の日本経済を反映した日本人のアイデンティティの世界的拡大に関係していると想像できると述べている。真光の天皇制は、ムー大陸の実在を主張したジェームズ・チャーチワードや超古代史を記した「竹内文書」の影響を受けており、神武天皇の前に数十代の天皇がいたとされ、現実の天皇制とも記紀神話の天皇制とも異なっている。極端な日本中心主義と、日本のもとで世界民族が共存するというコスモポリタニズムがあるが、世界の把握は象徴的で具体性に欠ける面がある。世界性は儀礼にも反映されており、「立春大祭」は、人種・国境・宗教を超えた「人類の祭り」として、ヨーロッパ、アメリカ、オーストアリア、アジアの信者がプラカードや旗をもって入場することから始まる。[12]

中村伸浩は、岡田光玉の国粋主義的言説には、「特有の諧謔とディタッチメント」があり、超古代論のオーディオ・ヴィジュアル文化的な現代的発展(古代ピラミッド、UFOノストラダムスの大予言等)の始祖的な存在となっていると述べている[13]

実践[編集]

真光の業(手かざし)[編集]

教団の教義によればこの世の人間のあらゆる不幸現象のうち、80%が他の憑依によるものとしており、初級研修を終えた信徒が行なう真光の業(まひかりのわざ)、手かざしによって霊魂を浄めることで不幸現象を少なくできるとしている(治りにくい病気や傷の回復を早める、壊れた機械が動く、大事が小事で済む、食材の味覚の変化、経済的不安解消、精神の安定など)。信者はこの業をお浄め(おきよめ)と呼んでいる。信者が対象者の前に座り右手を額の前にかざすと悪霊が動き出す「霊動」が起こって浄化され、不幸が解決するとされる。釈迦やキリストが行った奇跡の業と同様の行為であるが、3日間の初級の研修でだれでも可能であるとされている。これが真光の救済のシステムで、非常にシンプルなものである[14]

神の力を分け与えるために、信者には御み霊(おみたま)が与えられる。御み霊とはのついた金色のペンダントのようなものである。ペンダント内には紙切れが入っている。入浴や水泳など水につかる場合や・病院などでレントゲン検査を受ける場合などを除き、常に首にかけておくよう指導される。この御み霊により、神と霊波線で繋がり力が与えられるとされる。個々の御み霊は、教え主自身が御親元主真光大御神との霊波線を繋げる調整をしていると教団は主張している。

御み霊の取り扱いにはルールがあり、足の付く場所や不浄な所に触れる・落とす、水にぬれるなど、取り扱いを誤ることを「ご無礼」といい、神との霊波線が切れるか非常に薄くなった状態になり、手かざしをしても光がでないとされる。

研修会は初級・中級・上級からなり、終了後に与えらえる御み霊の大きさが大きくなり、御み霊から与えられる力も大きくなるとされる[8]。中級の受講資格は初級受講後2年以上、2人以上の紹介、初級研修再聴講1回。上級の受講資格は、中級受講後2年以上、3人以上のお導き、中級再聴講1回以上。

真光の「手かざし」は、大本の「み手代」世界救世教の「浄霊」につながるものであると考えられている[8]。宗教学者の島田裕巳は、真光の業と霊動の関係は、野口晴哉野口整体における「愉気」と「活元」を宗教的・霊的に解釈したものであると述べている[15]

陽光農法[編集]

教団は丹生川村に陽光農園を作り、陽光農法と呼ぶ無農薬・有機堆肥の農園を経営している[16]

年表[編集]

  • 1978年(昭和53年)後継者問題(真光裁判)を経て崇教真光を設立。
  • 1984年(昭和59年)
    • 10月 位山に「世界総本山奥宮」を建立する。
      世界総本山奥宮
    • 11月 世界総本山が竣工し建立する。
  • 1986年(昭和61年)
  • 1989年平成元年)
  • 1992年(平成4年)6月 位山山麓に「光神殿」が完成する。
位山の光神殿
  • 1993年(平成5年)
    • 5月 岡田恵珠がヨーロッパ・アフリカ方面を巡光する。
  • 1999年(平成11年)
  • 2000年(平成12年)
  • 2002年(平成14年)
    • 8月 岐阜県高山市久々野町に「真光青年会館」を開館。
  • 2004年(平成16年)
    • 2月 岡田恵珠と後継者の光央がアジア方面を巡光する。
    • 8月 光央がヨーロッパ方面を巡光する。
  • 2005年(平成17年)
    • 11月 光央がアフリカ方面を巡光。
  • 2006年(平成18年)
    • 11月 光央が北米方面を巡光。
  • 2008年(平成20年)
    • 6月 光央が中南米方面を巡光。
  • 2009年(平成21年)11月 世界総本山にて「立教五十周年秋季大祭」を開催。同時に1日に元み魂座にて岡田恵珠より三代教え主の継承を執行したこと。「光央」の名前が新しく「聖眞」(せいしん)となったことを発表する。また、節目の50周年を記念し「輝ける、崇教真光五十年史」を発刊している。
  • 2016年9月18日 二代教え主岡田恵珠が死去。

入信・退会[編集]

以前は入信を希望すると誰でも研修会を受けられたが、現在は道場参拝と手かざしの受光を行い、崇教真光の教え(神の思い)を知ることで、研修会を受けることができる。

入信し、組み手(信者)となると毎月、「霊線保持御礼(れいせんほじおんれい)」を納める必要がある。

信仰を辞める場合、最寄りの拠点・道場幹部に申し出をし「おみたま」を返却する事で辞めることが可能となる。但し、教団側としては退会扱いではなく、「信仰を休止する」扱いとしており、辞めた本人が戻る事を前提に、道場にて「おみたま」を一定期間保管している。他にも教団会費の「霊線保持御礼」を約半年支払っていない場合でも退会扱いとなる。

教団書物[編集]

陽光子祈言集

通称「祈言集」と呼ばれる。天津祈言・伊都能売大国魂大国主祈言や各種神歌等が記載されている。

昔の祈言集は神歌が横書きであったが、現在は縦書きになっている。 時々祈言集の改訂があり、新しい神歌が追加されたり、今まで記載されていた神歌等の文言が少しずつ変えられている(非公開だった神歌も掲載された)[17]

御聖言集

岡田光玉が主神より神示受けしたとする、膨大な神示の中で、特別に主神に公開許可を得たものだけが記載されている。

「崇教真光」誌

教団の機関誌であり、毎月発刊される。主に、先月発表された教え主の教示や寸教・御聖言集の抜粋、様々な体験談が載っている。[18]

各道場から集まる体験談は教え主によって細かく添削され [19]、教団広報部で編集され、L・H陽光出版にて話の前後で内容に矛盾がないかを確認されている[20]

祭り・イベント[編集]

  • 毎月、世界総本山にて神祭り(1月・元旦祭、2月・立春大祭、11月・秋季大祭、12月・大炎開陽霊(オオハラヒ)祭、それ以外・月始祭)が行われている。各神祭りにおいて、本山内部の撮影・録音は指定された係の者以外、教団行事が無くても禁止とされている。(内部外は可能)
  • 立春大祭(1日のみ、もしくは2日間)秋季大祭・大炎開陽霊祭(共に3日間もしくは4日間)開催される。
  • 立春大祭・秋季大祭では、大拝殿舞台上にて奉納演芸(日本・海外各方面の代表組み手による、民族踊り・劇・合唱などの発表を奉納)が大祭の最終に行われる他、休憩時には待機所屋上広場においても奉納演芸が行われている。
  • 元旦祭・月始祭は、共に1日のみ。奉納演芸は行わない。
  • 高山市中パレード:崇教真光隊や組み手(まれに海外組み手も参加)が、高山市桜山八幡宮鳥居前~高山陣屋までの指定されたコースを行進する。

教団組織[編集]

  • 世界総本山奥宮
  • 世界総本山
  • 光神殿(ひかるしんでん)
  • 元み魂座(もとみたまざ) 静岡県熱海市にある歴代教え主の住居、耐震強化の為2013年11月に地鎮祭を執行し、2014年から建て替え工事が始まった。
  • 崇教真光 本部
    • 本部分室
  • 光ミュージアム(光記念館・博物館)光ミュージアムは正式名称が「救い主様顕彰記念館」である。県登録博物館であるが、歴史や自然科学だけではなく教団史も展示している。展示物は5万年前の打器や20万年前のチョッパー、それに島根の恐竜の足跡など。最上階の展示スペースには岡田光玉所縁の品や教団史が展示されている。「聖の間」と呼ばれる部屋には、岡田光玉の金色像が祀られている。
    • 光記念館案内所
  • 陽光文明研究所
  • 陽光診療所
  • 崇教真光青年会館(教団では、全国からの代表者による研修会や訓練会で利用され、また、教団幹部候補の訓練施設でもある。まれに数回、民間解放も行っている。)

関連・関係企業[編集]

  • L・H陽光出版(書籍・冊子発行)[1]
    • Sunrise Press Pty Ltd(L・H陽光出版オーストラリア法人)[2]
  • 弘文社(神具・仏具・防災用品などの販売)
  • サンサービス(世界総本山参拝時などの交通手段の手配)
  • ミズラホ(陽光農法の農作物を扱う企業、信者が経営)[3]
  • ゆうき(陽光農法の農作物を扱う企業、信者が経営)[4]

御神紋[編集]

世界総本山にある篭目紋

御神紋(ごしんもん)とは、崇教真光のシンボルマークである。 崇教真光の御神紋は「篭目神紋(かごめしんもん)」と呼ばれることもあり、篭目紋の中心に世界真光文明教団の御神紋を配した図形となっている。

これは、世界真光文明教団において岡田光玉の後継を巡る激しい後継者争いから訴訟に発展し、「地位保全事件」で敗訴した岡田恵珠が文明教団を飛び出す形で崇教真光を設立し、また最高裁判所より、世界真光文明教団との決定条項として「和解成立後、遅延なく紋章に新たな外縁または台座を付加する等、世界真光文明教団が現に使用する紋章と識別できるように措置を取ることが義務付けられた。その為、後に「地位確認事件」にて和解に至った際に現在使用している御神紋の形を定めた[21]

篭目紋は太陽族の紋章であるとされ、かつての帝国ムーの紋章であり、モーゼの紋章であるとしている。

御み霊を拝受すると、御神紋の徽章が支給される。道場・拠点参拝の際には着装の義務はないが、月始祭、立春大祭、秋季大祭、大炎開陽霊祭に参拝の際には必ず着装しなくてはならない。

崇教真光青年隊[編集]

崇教真光青年隊(すうきょうまひかりせいねんたい、略称「真光隊」)とは、崇教真光の青年組織である。准尉・少佐などの階級こそないが、分隊長・小隊長・司令など軍隊式の呼称を用いた組織となっており、軍隊式に酷似した教練も行われている。

必ずしも教団幹部が真光隊の幹部であるとは限らず、教え主代理時代の岡田晃弥は真光隊の幹部ではない。ただし、真光隊の幹部ではない教団幹部であっても真光隊への指導は行っている。

推奨校[編集]

教団が直接経営しているわけではないものの、立正大学淞南高等学校を推奨校として真光隊員や青年信者に入学を勧めている[22]

政治・地域貢献[編集]

創価学会立正佼成会霊友会などと同様、選挙の組織票や、特定の政治家(例:自民党民主党の有名幹部)との係わりの深さが指摘されている[23][24]

これまで参議院比例区選挙において八代英太小野清子橋本聖子釜本邦茂森元恒雄衛藤晟一有村治子といった候補を支援してきた[25][26][27]

高山市と協力し、高山市内に水力発電所を建設する計画が進行している。2014年に第2発電所が完成し、稼働を行っている[28][29]

社会運動[編集]

日本会議に加盟しており、現在は三代教え主の岡田光央が日本会議の代表委員を務めている[30]。『崇教真光』誌527号には日本会議事務総長の椛島有三による教育基本法改正についての主張が掲載された。

上杉聡は、過去に実施された日本会議のイベントの受付では、崇教真光を含む各種宗教団体別の受付窓口が設けられ、参加者を組織動員したことがうかがえるとしている[31]

2006年9月17日に行われた大阪大道場遷座祭では、『お代理様御教示』にて現在の世は「物主逆法」であると批判し、また教育勅語を暗唱させている塚本幼稚園を紹介し教育勅語とその幼稚園を称賛した。また、悠仁親王の誕生は信者の祈りが通じた為であるかの様に示した。[32]

石原家との関係[編集]

秋季大祭の来賓の中でも石原伸晃は少年の頃、岡田光玉岡田恵珠が自宅に訪れたエピソードを42周年秋季大祭(2001年)の祝辞にて披露し、それ以降も来賓祝辞の際に語っている。[33]45周年秋季大祭(2004年)では自身が組み手(信者)であることを明らかにし、組み手としての立場をメインに祝辞を述べた[34]。46周年秋季大祭(2005年)では中級に昇格したことを祝辞にて紹介している[35]

また、Exposure Magazineは、教団の関連企業である「L・H陽光出版」発行の『岡田光玉師御対談集』に、石原慎太郎と教団の創始者岡田光玉が親しい友人として30ページの記事が組まれていることを紹介した[36]

文化財[編集]

国宝
  • 太刀 銘 康次 附絲巻太刀拵[37]
重要文化財
  • 太刀 銘 了戒[38]

脚注[編集]

  1. ^ 『真光』誌昭和49年9月号 巻頭カラーページ「聖凰師みたまおくりの祭り 人類の師よ永遠に」には『「二代様は関口さんにお願いしなさい」という、救い主様のご遺言により、ご神命を受けて立たれた関口二代様は、参集の神組み手に決意を表明された。』と書かれている。
  2. ^ a b c d ムー編集部 編 『完全版 日本と世界の宗教』学研プラス、2009年
  3. ^ a b [崇教真光について http://www.sukyomahikari.or.jp/information/] 崇教真光
  4. ^ 島田(2007),p.157.
  5. ^ 島田(2007),pp.157-158.
  6. ^ 島田(2007),pp.157-158.
  7. ^ a b c d e f g h i Birgit Staemmler 「真光」クリストファー・パートリッジ『現在世界宗教事典』 井上順孝 監訳、 井上順孝・井上まどか・冨澤かな・宮坂清 訳、悠書館、2009年
  8. ^ a b c d e f g h i j 沼田健哉「現代日本における新宗教の諸相 : カリスマを中心として」桃山学院大学社会学論集 19(1), 1-30, 1985-10-30, 桃山学院大学
  9. ^ 中村(1999),pp.183-185.
  10. ^ 島田(2007),p.158.
  11. ^ 中村(1999),pp.183-185.
  12. ^ 中村(1999),pp.183-185.
  13. ^ 中村(1999),p.194.
  14. ^ 島田(2007),pp.156-157.
  15. ^ 島田(2007),pp.156-157.
  16. ^ 島田(2007),pp.157-158.
  17. ^ 陽光子祈言集変更箇所
  18. ^ L・H陽光子友乃会時代の昭和37年7月1日に第一号が発刊され、当年12月の第六号まで新聞形式で発刊された。昭和38年1月より雑誌形式となり、現在に至る。
  19. ^ 「真光」誌400号「特集・御神書『真光』誌」
  20. ^ 「崇教真光」誌2012年9月号(600号)p71「『崇教真光』誌が出来るまで」
  21. ^ 早川和廣『新興宗教の正体』 P52
  22. ^ 『崇教真光』誌平成18年10月号
  23. ^ 週刊ダイヤモンド、2009年09月12日、特集“新宗教”[要ページ番号]
  24. ^ 朝倉秀雄、「国会議員リアル白書」、2011年9月11日初版発行、笠倉出版社、168ページ
  25. ^ 戦後日本国家と民衆宗教の政治参加 : 宗教学的一考察 中野毅
  26. ^ 2001年7月12日付読売新聞
  27. ^ 2013年8月16日付朝日新聞
  28. ^ http://www.city.takayama.lg.jp/kouhou/h24/p/117719.pdf
  29. ^ http://kunishima.hida-ch.com/e654158.html
  30. ^ 日本会議 役員名簿
  31. ^ 上杉聡「日本における『宗教右翼』の台頭と『つくる会』『日本会議』」戦争責任、39、2003年、53ページ。
  32. ^ 『崇教真光』誌平成18年11月号
  33. ^ 『崇教真光』誌平成13年12月号
  34. ^ 『崇教真光』誌平成16年12月号
  35. ^ 『崇教真光』誌平成17年12月号
  36. ^ THE DEMON IN THE PROTOCOLS, Exposure Magazine (Australia), June-July 1998
  37. ^ 太刀 銘 康次 附絲巻太刀拵”. 岐阜県. 2013年5月13日閲覧。
  38. ^ 太刀 銘 了戒”. 岐阜県. 2013年5月13日閲覧。

参考文献[編集]

  • 井上順孝 『現代宗教事典』ISBN 4335160372
  • 井上順孝 『新宗教・教団人物事典』ISBN 4335160283
  • 井上順孝 『新宗教事典』ISBN 4335160259
  • 國學院大學日本文化研究所 『神道事典』ISBN 4335160232
  • 松野純孝『新宗教辞典』(東京堂出版)
  • 沼田健哉「現代日本における新宗教の諸相 : カリスマを中心として」桃山学院大学社会学論集 19(1), 1-30, 1985-10-30, 桃山学院大学
  • Birgit Staemmler 「真光」クリストファー・パートリッジ『現在世界宗教事典』 井上順孝 監訳、 井上順孝・井上まどか・冨澤かな・宮坂清 訳、悠書館、2009年
  • 中村伸浩青木保(編)、1999、「新宗教と日本イメージ」、梶原景昭(編)『情報社会の文化1 情報化とアジア・イメージ』、東京大学出版社〈情報社会の文化〉 pp. 73-196
  • 島田裕巳 『日本の10大新宗教』 幻冬舎2007年ISBN 4344980603

関連文献[編集]

  • 監修・救い主様伝記編纂委員会 『大聖主 岡田光玉師』 ISBN なし
  • 編集責任・崇教真光 『すうきょう 崇教』 ISBN なし
  • 崇教真光青年隊統監部 『隊員必携』改定初版 ISBN なし
  • 編集・崇教真光『岡田光玉師御対談集』 ISBN なし
  • 上之郷利昭 「陸軍中佐岡田良一を襲った『真光』の啓示」『教祖誕生』 ISBN 4103670010 ISBN 4061857398
  • A. K. Tebecis Mahikari: Thank God for the Answers at Last ISBN 0959367705 ISBN 0959367713 (日本語版: アンドリス・テベーツィス『(崇教 真光)探し求めた答えはここに』サンライズ プレス)
  • 小山高男 『霊もピチピチ生きている―実証・真光の業』 ISBN 4576850911
  • 山口文憲 『日本ばちかん巡り』ISBN 4104516015
  • 八坂東明 『最後の天の岩戸開き―岡田光玉師の大予告』ISBN 4576970690
  • 八坂東明 『天意の大転換―岡田光玉師の大予告<2>』ISBN 4576991035
  • 八坂東明 『霊主文明の暁―岡田光玉師の大予告<3>』ISBN 4576007513

関連項目[編集]

真光関連[編集]

外部リンク[編集]

日本国内の教団本体の公式サイトは2007年(平成19年)に開設された。