崇教真光

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崇教真光(すうきょうまひかり)
Sukyo Mahikari Headquarter 01.jpg
崇教真光 世界総本山 手前の白い建物が教団本部
設立年 1959年昭和34年)
設立者 岡田光玉
種類 宗教法人
本部 岐阜県高山市

崇教真光(すうきょうまひかり)は、岐阜県高山市に本部を置く新宗教教祖、初代総裁・教え主は岡田光玉(本名・岡田良一)。二代岡田恵珠をへて、現在は三代岡田光央(本名・手島泰六)が教え主。

沿革[編集]

1901年(明治34年)、岡田光玉(本名・岡田良一)は、元陸軍少将の長男として東京・青山に生まれた。戦後になって「世界救世教」に入信した光玉は、この教団の浄霊法である「手かざし」で病人の治療をし、布教師となった[1]。しかし、昭和30年、世界救世教の教祖・岡田茂吉の死去にともなう教団の内紛に際し、独立を考えるようになったという[2]

1959年昭和34年)2月27日初代教祖(総裁)岡田光玉は「天地創造神より立教に関する神示が下った」と主張し、同年8月に「L・H陽光子友乃会」を発会。

1963年(昭和38年)11月19日、「L・H陽光子友乃会」は「宗教法人 世界真光文明教団」として法人登記。その後、海外を含め急速に教線は拡大した。

1974年(昭和49年)6月23日に岡田光玉が死去。その葬儀の席上、『二代教え主は関口さんにお願いしなさい』との光玉の遺言に従い、関口榮が二代教え主に就任したことが発表され、その旨が真光誌に記載された[3]。 しかし岡田恵珠は「死去の10日前、光玉からの教え主継承の儀は終えている」と反論し、7月に代表役員の登記を済ませてしまった。 これに対し関口榮は、代表役員の地位を明らかにするために提訴し、昭和52年には「関口榮が代表役員である」という最高裁判決を得て、正式に教団の2代教え主に就任した。これによって岡田恵珠は文明教団から分派独立した。

1978年(昭和53年)に崇教真光を設立。

2009年からは、岡田恵珠の弟子であり、その後養子となった岡田光央が三代教え主(現・総裁)として教団を先導している。

年表[編集]

  • 1959年(昭和34年)
  • 1963年(昭和38年)
    • 11月「L・H陽光子友乃会」は「宗教法人 世界真光文明教団」として法人登記。
  • 1964年(昭和39年)9月 「青年部」を結成。
  • 1966年(昭和41年)4月 「青年部」を組織変更し真光青年隊を結成する。
  • 1971年(昭和46年)
    • 4月 真光青年隊を全国で組織として結成する。
    • 9月 パリで海外初めての初級研修会を開催。
  • 1973年(昭和48年)9月 光玉がヨーロッパ巡光(布教の旅)をおこなう。
  • 1974年(昭和49年)
    • 6月 岡田恵珠が、熱海市内にある元みたま座にて光玉より二代教え主を継承(世界真光文明教団は否定)。
    • 6月 光玉が死去。
  • 1978年(昭和53年)後継者問題(真光裁判)を経て 崇教真光を設立。
  • 1979年(昭和54年)7月 岐阜県高山市にて「世界総本山」の地鎮祭を実施。
  • 1984年(昭和59年)
    • 10月 位山に「世界総本山奥宮」を建立する。
      世界総本山奥宮
    • 11月 世界総本山が竣工し建立する。
  • 1986年(昭和61年)
    • 5月 二代教え主が中南米を巡光する。10月30日 - 11月1日
    • 世界総本山の国際会議場にて「第1回陽光文明国際会議」を開催。
  • 1989年平成元年)
    • 10月28日 - 11月1日 世界総本山の国際会議場にて「第2回陽光文明国際会議」を開催。
    • 11月 岐阜県高山市に陽光診療所を開設。
  • 1992年(平成4年)6月 位山山麓に「光神殿」が完成する。
位山の光神殿
  • 1993年(平成5年)
  • 1997年(平成9年)8月25日 - 27日 栃木県那須町の「ホテルエピナール那須」にて「第3回陽光文明国際会議準備小会議」を開催。
  • 1998年(平成10年)8月17日 - 19日 東京国際フォーラムにて「第3回陽光文明国際会議準備小会議」を開催。
  • 1999年(平成11年)
    • 4月 岐阜県高山市に光ミュージアム(記念館)を開館する。
    • 8月18日 - 21日 世界総本山の国際会議場にて「第3回陽光文明国際会議」を開催。
  • 2000年(平成12年)
  • 2001年(平成13年)12月4日 - 16日 神奈川県箱根町の「箱根ホテル」にて「第4回陽光文明国際会議準備小会議」を開催。
  • 2002年(平成14年)
    • 8月 岐阜県高山市久々野町に「真光青年会館」を開館。
    • 10月 世界総本山にて行われた大祭中、教え主による教示終了後、教え主が教え主代理「晃弥」(岡田光央)を大祭に来た組み手(信者)代表参拝約1万人を前に紹介し、代理任命式を行った。
    • 10月24日 - 25日 KDDIホールにて「第4回陽光文明国際会議準備小会議」を開催。
  • 2003年(平成15年)10月24日 - 25日 兵庫県立淡路夢舞台国際会議場にて「第4回陽光文明国際会議準備小会議」を開催。
  • 2004年(平成16年)
    • 2月 教え主と教え主代理(光央)がアジア方面を巡光する。
    • 8月 光央がヨーロッパ方面を巡光する。
  • 2005年(平成17年)
    • 8月 世界総本山にて「正法実践隊大会」を開催。
    • 9月18日 - 21日 兵庫県立淡路夢舞台国際会議場にて「第4回陽光文明国際会議」を開催。
    • 11月 光央がアフリカ方面を巡光。
  • 2006年(平成18年)
  • 2008年(平成20年)
    • 6月 光央が中南米方面を巡光。
    • 8月 世界総本山にて「第2回正法実践隊大会」を開催。
  • 2009年(平成21年)11月 世界総本山にて「立教五十周年秋季大祭」を開催。同時に1日に元み魂座にて二代教え主より三代教え主の継承を執行したこと。「光央」の名前が新しく「聖眞」(せいしん)となったことを発表する。また、節目の50周年を記念し「輝ける、崇教真光五十年史」を発刊している。
  • 2010年(平成22年)6月 第1回・真光隊グリーン化計画と題して、青年会館(久々野町)で2日間。最終日に世界総本山で1日、上級受講資格を達成した正隊員限定で上級研修会を開催。
  • 2013年(平成25年)12月 毎年、名古屋市国際展示場で二日間行われていた「大炎開陽霊祭-おおはらひさい-」が、同展示場1号館の老朽化によることから使用を取り止め、会場を世界総本山に移し三日間、開催された。
  • 2014年(平成26年)1月1日、世界総本山において元旦祭が行われ、三代教え主・岡田光央より新年の教示があり、ブラジルサンパウロにてブラジルにおける2月27日を「崇教真光の日」と認定されたことを発表[4](2月27日は、初代教祖・岡田光玉の誕生日)


  • 平成31年、世界総本山西側に第2神殿(約8000人収容可能な多目的神殿)の完成予定。[5]

信仰の対象[編集]

天地創造の最高神の御親元主真光大御神様(みおやもとスまひかりおほみかみさま)と、伊都能売大国魂大国主之大神様(いづのめおほくにたまおほくにぬしのおほかみさま)である。

基本理念[編集]

「地球は元一つ、世界は元一つ、人類は元一つ、万教の元又一つ」 神の真の光のまくばり

仏教キリスト教神道回教儒教道教などの大元を説くとしており、宗門宗派を問わずに入信することができるとされている(例えば、仏教の僧侶やキリスト教の神父牧師でも入信できる)。

感謝[6]、ス直、心の下座を三大徳目とする。

基本は利他愛であり、人々に与え、悩み苦しむ人々を救い真の幸福へと導く。真の幸福とは

  • 健(無病化・すこやか・狂いのない)
  • 和(無争無対立・愛和の想念)
  • 富(脱貧・経済的不安の無い)

真の幸福を実現し、天国のような平和で幸せな高次元文明を作ることを目標とし、科学、経済学、医学を正法(教義)に合ったものへと転換をしていくことで実現を目指していく。学校、職場など生活の場での実践を重視しており、環境問題にも関心が高い。

真光の業[編集]

教団の教義によればこの世の人間のあらゆる不幸現象のうち、80%が他の憑依によるものとしており、初級研修を終えた信徒が行なう真光の業(まひかりのわざ)、つまり手かざしによって霊魂を浄めることで不幸現象を少なくできるとしている(病気や傷が治る、壊れた機械が動く、人間の性格が良くなる、が止められる、大事が小事で済む、食品の添加物が消え味が変わる、など)。信者はこの業をお浄め(おきよめ)と呼んでいる。

三位一体[編集]

霊界、幽界、肉体界が存在し、その3つは区別することができないものであり、密実一体である。人は霊体(魂)、幽体、肉体からなり、その3つの世界にそれぞれ属している。手かざし によって、魂を浄めることで、知覚できる肉体界の不幸現象から脱することができるとしている。

陽光農法[編集]

教団は「陽光農法」と呼ばれる農作物の生産方法を提唱し、「陽光農法」に基づく「陽光農園」や家庭菜園の推進を行なっている。陽光農法は「手かざし」「想念」「言霊」「有機堆肥」の4項目を基本とし、大地の浄化や非常用食料の確保などを目的としている。端的に説明すると、農作物に「手かざし」する活動を「陽光農法」と言う。「陽光農園」は日本国内のほぼ全ての道場が各自、南米を主とする一部海外地域で保有しており、組み手およびその家族に農業教育を行っている。

入信・退会[編集]

入信(入会)[編集]

10歳以上であれば、老若男女の区別なく入信が可能。毎月3日間、道場又は拠点にて開催される。初級真光研修会を受講し最終日に「おみたま」を拝受する(貰う)ことで組み手(信者)となる。この「おみたま」により神(主神)と繋がることができるとされ、「手かざし」という真光の業ができるようになる。「命よりも大事にする気持ちで扱うように」と指導され、また所定の人数をお導き(紹介)、再聴講、年数、所属長の推薦があると「中級」・「上級」研修の受講が可能となる。御み霊にも初級、中級、上級の種類がありペンダント部分の大きさが異なり、各級の受講修了により昇格となる。他に、教え主と教え主代理のみに許される「特級」があるが、特級研修は一般の者は受講できない。

各級研修会受講資格、開催場所、各級値段[編集]

  • [初級]・・・研修費用は15000円。以前は入信を希望すると誰でも研修会を受けられたが、現在は定期的な道場参拝と手かざしの受光を行い、研修前に行われる道場長面接にて受講許可を得た者が受講可能となっている。開催場所は各道場もしくは道場管轄拠点。拠点開催の場合、月の中頃(土日)に行い最終3日目は管轄道場で開催中の最終日に合流する事がある。(道場同士が近い場合、どちらかの道場での合同開催もある)

研修会の講義中の撮影・録音・質問は講義の妨げになるとして禁止されている。

  • [中級]・・・各都道府県の主管道場もしくは、指定された道場。開催日は月の中頃(金土日)。開催は初級と違い方面単位で行う為、各方面、年2回程となっている。受講資格は初級受講後2年以上、2人以上のお導き(新しい信者を作ること・勧誘)、初級研修再聴講1回。
  • [上級]・・・世界総本山で年1回または2回開催される。開催日は最終日に祝日か休日が来るよう設定された3日間。まれに海外開催がある。受講資格は、中級受講後2年以上、3人以上のお導き[7]、中級再聴講1回以上。

御み霊が昇格すると霊波線が強まりみ光が強力になるため、今までの汚れた魂のままでは霊的・精神的・肉体的に耐えられなくなるとされている。そのため、強いみ光でも耐えられるよう罪穢(カルマ・霊的曇りのこと)を消すためにお導きが必要とされている。

会費・奉納[編集]

神組み手(信者)となると「霊線保持御礼(れいせんほじおんれい)」という月謝を納める必要があり、金額は学生が毎月200円、社会人その他は500円である(日本国外では現地通貨換算でおおよそ同一価値の金額)。

入信後、義務付けられている奉納は霊線保持御礼のみであり、それ以外に参拝の際に奉納する「お浄め御礼」や「お玉串」などがあるがそれらの金額は「本人の想念(気持ち)」で決めるものであるとされている。

退会[編集]

信仰を辞める場合、最寄りの拠点・道場幹部に申し出をし「おみたま」を返却する事で辞めることが可能となる。但し、教団側としては退会扱いではなく、「信仰を休止する」扱いとしており辞めた本人が戻る事を前提に、道場にて「おみたま」を一定期間保管している。他にも教団会費の「霊線保持御礼」を約半年、支払っていない場合でも退会扱いとなる。

御み霊[編集]

御み霊とはのついた金色のペンダントのようなものである。ペンダント部分は通常和紙ラップフィルムアルミホイルの3重に包んであり、中には紙切れが入っている[8]。特定の状況(後述)を除き四六時中首にかけておくよう指導され、鎖を首に掛けて包まれたペンダント部分を安全ピンなどで下着に固定する。入浴や水泳など水につかる場合や・病院などでレントゲン検査を受ける場合は、外して下半身が通常乗らない場所(テーブルなど。自宅の場合は決まった場所を作ることが多い)に神様に御参りして安置する。

この御み霊により四六時中、神様と霊波線が繋がる事ができ神組み手は守られ、御み霊で神の光をキャッチしその体を通して手のひらから神の真の光を放射し、奇跡のわざ手かざしを行うという。

組み手は、御み霊を入浴時などの明らかに「御無礼」となる場合を除き、24時間常に首に掛けていることを求められている。個々の御み霊について、教え主自身が個々人に合わせて御親元主真光大御神との霊波線を繋げる調整をしていると、教団は主張している。その為、他人の御み霊をかけたり二つ以上の御み霊を重ねた場合、霊波線が乱れて「御無礼」になるとされている。

御み霊ご無礼[編集]

御み霊の取り扱いを誤ることを「ご無礼」といい、神様との霊波線が切れるか非常に薄くなった状態になり、手かざしをしても光がでないとされる。

以下の状況になるとご無礼したとみなされるため、大至急幹部に報告して指導に従わないといけない[9]

○足の付く場所や不浄な所に触れる・落とす。

○御み霊を入れた服やカバンを足の付く所や脱衣籠・洗濯機に置く。

○就寝時、下着の内側が外に反転したり、御み霊が飛び出て布団に直接触れる。

○水など液体に濡れる。

○御み霊がへそより下に直接触れる。

○他人の御み霊をかける。

○一つの御み霊ケースに複数の御み霊を入れたり、御み霊が重なる。

○御み霊をかけたままレントゲンを撮る。

○御み霊の容器が破損する。

足の着く場所からの高さがあっても椅子など下半身が着く場所に触れたり落ちた場合は「ご無礼」となり、幹部に御み霊をお浄めしてもらうか最悪の場合再拝受が必要となる。ただし首にかけて下着に止められた状態であればうつぶせになるなどしてもご無礼にはならないとされる。

足の付く所ではないテーブルや台の上に触れた場合もご無礼に準じるとされ、必ず幹部に報告し指導に従いお詫びして、自分の首にかけたまま御み霊の表裏を三分ぐらいずつお浄めする。

御み霊がご無礼になるのは、御み霊が不幸現象の身代わりや、想念が神より離れている、神仏に関する間違いがあるからだとされており、神にお詫びして神の御用(勧誘・奉納・奉仕など)に精進努力するよう指導される。

御神書[編集]

教団の教えが書かれた書物の総称である。

御神書からは神の光が出ているとされており、御神書を事務所に置いていたら泥棒が何も取らずに出て行ったとする体験談が盛んに組み手に聞かされている。

御神書は直に足の付く場所に置かないように指導されている。

特に、陽光子祈言集と御聖言集は重要とされており、専用のカバーを被せて携帯するように指導されている。

陽光子祈言集[編集]

通称「祈言集」と呼ばれる。天津祈言・伊都能売大国魂大国主祈言や各種神歌等が記載されている。

昔の祈言集は神歌が横書きであったが、現在は縦書きになっている。 時々祈言集の改訂があり、新しい神歌が追加されたり(今まで非公開だったが、特別に公開許可を得た神歌だと教団は主張している)、今まで記載されていた神歌等の文言が少しずつ変えられている[10]

御聖言集[編集]

岡田光玉が主神より神示受けした膨大な神示の中で、特別に主神に公開許可を得たものだけが記載されている。

「崇教真光」誌[編集]

教団の機関誌であり、毎月発刊される。

主に、先月発表された教え主の教示や寸教・御聖言集の抜粋、様々な体験談が載っている。

L・H陽光子友乃会時代の昭和37年7月1日に第一号が発刊され、当年12月の第六号まで新聞形式で発刊された。昭和38年1月より雑誌形式となり、現在に至る。

各道場から集まる体験談は教え主によって細かく添削され [11]、教団広報部で編集され、L・H陽光出版にて話の前後で内容に矛盾がないかを確認されている[12]

以前は真配り(勧誘チラシ配り)時に「崇教真光」誌を未組み手に渡していたが、記載内容をインターネットに書き込まれるなど教団情報の漏洩を恐れて、現在は未組み手への配布は禁止されている。

慈善活動[編集]

実際に報道されているものとしてはアフリカで行われている緑の大壁運動は真光が発案したもので、組み手が多く参加している。

神祭り[編集]

現在、高山市内パレード以外は全て世界総本山内にて行われている。また、世界総本山内の撮影・録音、世界総本山内への飲食物の持ち込み、教団行事中に世界総本山敷地外へ出ることを禁じられている。

世界総本山は普段は立ち入り自由だが、教団行事中は事前に参拝許可を受けた者しか会場に入れないよう警備されている。参拝許可は自身の所属する道場長が行うが、参拝に相応しくないと判断されると参拝許可しない場合もある。

以前は世界総本山への自家用車や公共機関等による自由な個人参拝が認められていたが、現在は高山市内の渋滞緩和を理由に原則バス参拝しか認められておらず、個人参拝は道場長の許可を受けた者しか出来ない。しかし、高山市内の渋滞緩和には至っておらず、教団幹部のみ自由な個人参拝が認められている。

  • 元旦祭(毎年1月・お浄め所長以上の幹部のみ参加)
  • 立春大祭(2月4日)
  • 高山市内パレード(11月2日)[13]
  • 秋季大祭(11月3日)
  • 大炎開陽霊祭(おほはらひさい・12月)
  • 月始祭(3〜10月)

教団組織[編集]

本部・ほか[編集]

  • 世界総本山奥宮(おくみや)
  • 世界総本山
  • 光神殿(ひかるしんでん)
  • 元み魂座(もとみたまざ) 静岡県熱海市にある教え主の住居、耐震強化の為2013年11月に地鎮祭を執行し、2014年から建て替え工事が始まる予定)
  • 崇教真光 本部
    • 本部分室
  • 光ミュージアム(光記念館・博物館)光ミュージアムは正式名称が「救い主様顕彰記念館」である。県登録博物館であるが、歴史や自然科学だけではなく教団史も展示している。展示物は5万年前の打器や20万年前のチョッパー、それに島根の恐竜の足跡など。最上階の展示スペースには岡田光玉所縁の品や教団史が展示されている。「聖の間」と呼ばれる部屋には、岡田光玉の金色像が祀られている。
    • 光記念館案内所
  • 陽光文明研究所
  • 陽光診療所
  • 崇教真光青年会館(教団では、全国からの代表者による研修会や訓練会で利用され、また、教団幹部候補の訓練施設でもある。まれに数回、民間解放も行っている。)

方面指導部[編集]

主管道場の上に方面指導部が置かれている。

  • 北海道方面指導部(札幌市)
  • 東北方面指導部(仙台市)
  • 西関東方面指導部
  • 東関東方面指導部
  • 北陸方面指導部(金沢市)
  • 中京方面指導部(名古屋市)
  • 関西方面指導部(大阪市)
  • 中国方面指導部(広島市)
  • 四国方面指導部(松山市)
  • 九州方面指導部(福岡市)
  • 欧州方面・アフリカ方面指導部[1]
  • 北米方面指導部[2]ハワイ
  • ラテンアメリカ方面指導部
  • オーストラリア・オセアニア方面指導部
  • アジア方面指導部(インド

主管道場[編集]

主管道場は、日本国内においては東京都以外の各道府県には1つの主管道場が置かれており、東京都は複数置かれている。また「主管道場」の呼称自体は規模を表す名称ではなく、準道場から大道場までの主管道場がそれぞれ存在する。

道場・拠点[編集]

教団の活動拠点である「霊魂修験道場」(たまひしゅうけんどうじょう・「修験道場」、「道場」とも略す)と拠点には規模に応じて以下の種類がある。

小道場・中道場・大道場に昇格すると月始祭や大祭時の教え主教示前に発表が行われる。教団では小道場以上を正式な道場としており、準道場が小道場に昇格した時は、発表時に御神紋旗が親受される。

道場の昇格には組み手総数・中級組み手数・上級組み手数・御神体拝受数・霊線保持御礼奉納割合など細かな基準が設けられているが、詳しい内容は公開されていない。

  • 道場
    • 大修験道場(大道場)
    • 中修験道場(中道場)
    • 小修験道場(小道場)
    • 準修験道場(準道場)
  • 拠点
    • お浄め所 (例:○○道場管轄内○○お浄め所)
    • 連絡所 (例:○○道場管轄内○○連絡所)

関連・関係企業[編集]

  • L・H陽光出版(書籍・冊子発行)[3]
    • Sunrise Press Pty Ltd(L・H陽光出版オーストラリア法人)[4]
  • 弘文社(神具・仏具・防災用品などの販売)
  • サンサービス(世界総本山参拝時などの交通手段の手配)
  • ミズラホ(陽光農法の農作物を扱う企業、信者が経営)[5]
  • ゆうき(陽光農法の農作物を扱う企業、信者が経営)[6]

本部[編集]

  • 局長(指導部長より上位)
  • 部長
    • 部長補佐
  • 課長
  • 主任
    • 導士
  • 幹部候補生
  • 訓練生

幹部[編集]

  • 指導部長
    • 指導部長補佐
  • 主管道場長
  • 道場長(代理道場長の肩書の場合もある)
    • 副道場長
    • 道場長補佐
    • 導士
      • 導士補
    • 幹部候補生
    • 所長(導士以上が就任・兼任する場合もある)
      • 所長補佐
    • 準幹部
    • お主枝和人会長
      • お主枝和人副会長
      • お主枝和人
  • お世話係(お世話係の中でリーダーに相当する役が置かれる場合もある)
  • 一般組み手

(道場長〜道場長補佐の格は、道場の規模により異なる。例えば、中道場副道場長は小道場長と同格であり、大道場長補佐は中道場長の1段階格下である)

お世話係以上〜局長以下を「み役者(みやくしゃ)」、所長補佐以上〜局長以下(所長補佐が準幹部未満の格となる場合を含む)を幹部と呼ばれることが多い。また、中道場長級以上〜局長以下は上級幹部とされる。

御神紋[編集]

世界総本山にある篭目紋

御神紋(ごしんもん)とは、崇教真光のシンボルマークである。 崇教真光の御神紋は「篭目神紋(かごめしんもん)」と呼ばれることもあり、篭目紋の中心に世界真光文明教団の御神紋を配した図形となっている。

これは、世界真光文明教団において岡田光玉の後継を巡る激しい後継者争いから訴訟に発展し、「地位保全事件」で敗訴した岡田恵珠が文明教団を飛び出す形で崇教真光を設立し、また最高裁判所より、世界真光文明教団との決定条項として「和解成立後、遅延なく紋章に新たな外縁または台座を付加する等、世界真光文明教団が現に使用する紋章と識別できるように措置を取ることが義務付けられた。その為、後に「地位確認事件」にて和解に至った際に現在使用している御神紋の形を定めた[14][15]

篭目紋は太陽族の紋章であるとされ、かつての帝国ムーの紋章であり、モーゼの紋章であるとしている。

御み霊を拝受すると、御神紋の徽章が支給される。道場・拠点参拝の際には着装の義務はないが、月始祭、立春大祭、秋季大祭、大炎開陽霊祭に参拝の際には必ず着装しなくてはならない[16]

信者の初級・中級・上級の違いによって、御神紋の大きさが異なる。準幹部以上の幹部の御神紋は中央の円(世界真光文明教団の御神紋)の部分が張り出しており、導士以上の幹部はその御神紋の下に金色の房が垂れ下がっている。金色の房の長さにも数種類あり、上級の幹部ほど長い。特級の教え主と教え主代理は御神紋を着装していない。 2011年5月度月始祭にて行われた導士任用式にて教え主が、全幹部に対して房を外すように指示したため、現在幹部は房を付けていない。

お主枝和人には通常の「御神紋」とは若干意匠の異なる徽章(色合いが若干異なり、中央の円の部分の周囲には歯車の歯が描かれている)が貸与される。お主枝和人は原則「中級」以上である必要があり、本徽章も級の違いにより大きさが異なる。また、小道場以上のお主枝和人会長は本徽章の下に銀色の房が垂れ下がっている。

崇教真光青年隊[編集]

崇教真光青年隊(すうきょうまひかりせいねんたい、略称「真光隊」)とは、崇教真光の青年組織である。

准尉・少佐などの階級こそないが、分隊長・小隊長・司令など軍隊式の呼称を用いた組織となっており、軍隊式に酷似した教練も行われている。

必ずしも教団幹部が真光隊の幹部であるとは限らず、教え主代理時代の岡田晃弥[17]は真光隊の幹部ではない。しかし、真光隊の幹部ではない教団幹部であっても真光隊に対して指導は行っている。

隊員章[編集]

隊員章とは、篭目紋の部分のうち、六角形の部分の内側に、火・水・時間・空間の「4大源力」の回転を表すとしているスワスチカ(逆卍と同形の図形)[18]を表す図形を配し、残りの6つの三角形の部分に緑色を配した図形である(参考)。正隊員になると、隊員章が2つ貸与され、1つはベレー帽の正面に、もう1つはブレザーの左胸に着装する。

編成[編集]

(概要)

  • 北海道方面隊(第1方面隊)
  • 東北方面隊(第2方面隊)
  • 西関東方面隊(第3西方面隊)
  • 東関東方面隊(第3東方面隊)
  • 北陸方面隊(第4方面隊)
  • 中京方面隊(第5方面隊)
  • 関西方面隊(第6方面隊)
  • 中国方面隊(第7方面隊)
  • 四国方面隊(第8方面隊)
  • 九州方面隊(第9方面隊)
  • 欧州方面・アフリカ方面隊
  • 北米方面隊
  • ラテンアメリカ方面隊
  • オーストラリア・オセアニア方面隊
  • アジア方面隊

隊組織[編集]

  • 総裁(教え主が兼任)

統監部

  • 統長
  • 教官長
  • 教官
  • 助教官

方面

  • 方面司令(指導部長が兼任)
    • 方面隊指導導士
  • 方面隊長(隊規にて男子に限定されている)
    • 方面副隊長

道場隊

  • 道場隊司令(道場長が兼任)
  • 道場隊隊長
    • 道場副隊長
  • 中隊長
    • 副中隊長
  • 小隊長
    • 副小隊長
  • 分隊長
    • 副分隊長
  • 準隊員リーダー
  • 少年部リーダー
  • 正隊員(準隊員教育訓練を受け合格した者〜男性35歳・未婚の女性30歳までの者)
  • 準隊員(14歳以上、中学3年生以上からであれば志願可能となっている)
  • 少年部隊員(10歳〜中学2年生まで)
  • 最近では将来の青少年育成(エリート育成)の為という理由で、3歳〜9歳までの幼児や児童にも隊活動教育を行っており、この年齢の隊の呼び名は「幼児部」である。

隊規[編集]

崇教真光青年隊員全員に配布されている隊員必携には真光青年隊隊規の抜粋のみしか掲載されておらず、隊規の全文を知らされないまま入隊を強いられている。さらに、入隊後も隊長など限られた者しか閲覧を許されていないため、大部分の隊員が隊規の詳しい内容を知らない。

真光隊員が男女交際を行なう場合は、教団幹部へ届け出るよう義務付けられている。理由としては、幹部が神様にお念じをする事で別れることなく永く幸せに暮らしていける事や、子孫繁栄にも繋がるからであるが、報告無しでの隊員同士での恋愛から結婚は多く、別れる率はかなり低いのは事実である。

サークル活動[編集]

崇教真光青年隊の隊活動として、大学などの学校内にて「崇教真光」の他に「L・H陽光研究会」等の名称を用い、学園祭に崇教真光の教えや手かざしを体験してもらい、より多くの人に業を知ってもらう事を目的に参加することがある[19]

「L・H陽光研究会」は、学校内の真光隊に所属する有志が結成し教団とは独立した組織の同好会とは異なり、崇教真光および真光隊の組織内の一機関である。

隊活動[編集]

布教の主として教練[20]と休日には遠征をし駅前等で、「陽光ライフ」というチラシ配りと勧誘チラシを各世帯に投函して回る活動が行われているが、最近では勧誘チラシ投函による苦情が増えたことにより、「陽光ライフ」を直接手渡しで配布する所が多い。

社会貢献活動として観光名所(富士山清掃など)や公園の地域清掃、ご当地イベントでの案内・誘導ボランティアにも参加している。

また、真光隊員は自らの家族親戚友人・知人を入信させる為に勧誘するよう隊活動で指導される。所属する方面隊によっては勧誘による入信の実績がなければ正隊員へ進級できない制度がある。

推奨校[編集]

教団が直接経営しているわけではないものの、立正大学淞南高等学校を推奨校として真光隊員や青年信者に入学を勧めている[21]

因みに、立正大学淞南高等学校が推奨校に指定された当時に理事長であった岡崎功(故人)は教団の幹部であり、34周年秋季大祭(1993年)の大祭委員長を務めている[22]

称号と勲章の受章[編集]

教団の創設者である岡田光玉は、1972年に国際アメリカン学術協会より人類の幸福と文明と世界平和への貢献を認められ、「ナイト・コマンダー」の称号と「セント・デニス・ザンテ勲章」が授与された。叙勲式と祝賀披露宴は、福田赳夫外務大臣(当時)を発起人として催された。これらの称号と勲章はアメリカ歴代大統領、各国元首など、世界第一級の功績者に贈られた称号および勲章であると教団関連書物にて紹介されている(監修・救い主様伝記編纂委員会 『大聖主 岡田光玉師』、責任編集・中部大学教授 畑中幸子 編集協力・崇教真光本部 『現代のこころ 崇教真光』、小山高生『霊もピチピチ生きている 実証・真光の業』)現在でも、本勲章を着用している岡田光玉の写真を掲載した冊子を教団関連企業が発行している(『すうきょう 崇教』L・H陽光出版)。

政治運動[編集]

創価学会立正佼成会霊友会などと同様、選挙の組織票や、特定の政治家(例:自民党民主党の有名幹部)との係わりの深さが指摘されている[23][24]

高山市と協力し、高山市内に水力発電所を建設する計画が進行している。2014年に第2発電所が完成し、稼働を行っている[25][26]

2010年7月11日の第22回参議院議員通常選挙大阪府選挙区岡部まり民主党から立候補[27]した。61万7,932票で落選[28]

社会運動[編集]

日本会議に加盟しており、現在は三代教え主の岡田光央が日本会議の代表委員を務めている[29]二代教え主の岡田恵珠日本会議の代表委員をその前身の日本を守る国民会議の時代より務めていた[要出典]教育基本法改正に関しては「宗教的情操」を盛り込むことを強く主張した[要出典]。また、『崇教真光』誌527号には日本会議事務総長の椛島有三による教育基本法改正についての主張が掲載された。

2006年9月17日に行われた大阪大道場遷座祭では、『お代理様御教示』にて現在の世は「物主逆法」であると批判し、また教育勅語を暗唱させている幼稚園を紹介し教育勅語とその幼稚園を称賛した。また、悠仁親王の誕生は信者の祈りが通じた為であるかの様に示した[要出典]

2007年6月度月始祭『教え主様お代理 御教示』では、日本における新憲法の制定と、日本の憲法に防衛軍の保持を明記する必要性を訴えた[要出典]

また、44周年秋季大祭(2003年)には靖国神社宮司を来賓に招いた[要出典]

石原家との関係[編集]

秋季大祭の来賓の中でも石原伸晃は少年の頃、岡田光玉岡田恵珠が自宅に訪れたエピソードを42周年秋季大祭(2001年)の祝辞にて披露した[30]。45周年秋季大祭(2004年)では自身が組み手(信者)であることを明らかにし、組み手としての立場をメインに祝辞を述べた[31]。46周年秋季大祭(2005年)では中級に昇格したことを祝辞にて紹介している[32]

また、Exposure Magazineは、教団の関連企業である「L・H陽光出版」発行の『岡田光玉師御対談集』に、石原慎太郎と教団の創始者岡田光玉が親しい友人として30ページの記事が組まれていることを紹介した[33]

教団発行・公認書籍など[編集]

絶版を含む一般人も入手可能な書籍のみ記載。

文化財[編集]

国宝
  • 太刀 銘 康次 附絲巻太刀拵[34]
重要文化財(国指定)
  • 太刀 銘 了戒[35]

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 世界救世教の刊行物「岡田茂吉全集」著述篇第五巻付録8頁19行〜9頁7行に、同氏が教団の布教師であったことが明記されている。
  2. ^ 崇教真光では、岡田光玉が世界救世教の布教師であったことを否定している[要出典]
  3. ^ 『真光』誌昭和49年9月号 巻頭カラーページ「聖凰師みたまおくりの祭り 人類の師よ永遠に」には『「二代様は関口さんにお願いしなさい」という、救い主様のご遺言により、ご神命を受けて立たれた関口二代様は、参集の神組み手に決意を表明された。』と書かれている。
  4. ^ 崇教真光誌2014年1月号記載
  5. ^ 崇教真光誌2015年12月号
  6. ^ 「究極の感謝は、死しても感謝である」と言われている。『陽光子の三大徳目「感謝」p127』
  7. ^ 以前は5人以上のお導きであった
  8. ^ 御み霊の蓋は絶対に開けてはならないとされているため、大部分の組み手が御み霊の中に何が入っているのか知らない。
  9. ^ 初級真光研修用テキストp62〜67
  10. ^ 陽光子祈言集変更箇所
  11. ^ 「真光」誌400号「特集・御神書『真光』誌」
  12. ^ 「崇教真光」誌2012年9月号(600号)p71「『崇教真光』誌が出来るまで 」
  13. ^ 桜山八幡宮から高山陣屋前に向かい、万国旗カラーガード・真光隊隊旗・真光隊員による行進が行われる。秋季大祭にて行われる行進と違い、巨大な日章旗や御神紋旗・指導部長による行進は行われない。
  14. ^ 早川和廣『新興宗教の正体』 P52
  15. ^ 組み手に対しては神の御経綸が変更し、教団名と御神紋を変えるよう御神示が降りたと説明している
  16. ^ 月始祭・立春大祭・秋季大祭・大炎開陽霊祭に参拝の際は、御神紋と参拝バスの中で渡される参拝リボン(道場名が書かれており、道場ごとに色や材質が違う)を装着しないと会場に入れてもらえないため、参拝バスの中で御神紋を忘れていないか確認される
  17. ^ 50周年秋季大祭にて教え主に昇格し、現在は真光隊の総裁である。
  18. ^ 岡田恵珠・述『主座へ至るミチ』(L・H陽光出版)P405-406
  19. ^ 【暫定二版】隊員必携。隊規第九六条『真光青年隊の修錬活動にあたり必要あるときは「L・H陽光研究会」の名称を使用することは差し支えない。』とある。
  20. ^ 休日に広場で、ジャージ姿に緑(男子隊員)と白(女子隊員)のベレー帽を被った若者の集団が「各個教練(規律訓練)」「部隊教練(行進)」をしている。
  21. ^ 『崇教真光』誌平成18年10月号
  22. ^ 『真光』誌平成5年12月号
  23. ^ 週刊ダイヤモンド、2009年09月12日、特集”新宗教”[要ページ番号]
  24. ^ 朝倉秀雄、「国会議員リアル白書」、2011年9月11日初版発行、笠倉出版社、168ページ
  25. ^ http://www.city.takayama.lg.jp/kouhou/h24/p/117719.pdf
  26. ^ http://kunishima.hida-ch.com/e654158.html
  27. ^ “「ナイトスクープ」は降板 参院選出馬表明の岡部氏”. MSN産経ニュース. (2010年4月14日). オリジナル2010年4月19日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20100419045344/http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100414/stt1004142226017-n1.htm 
  28. ^ “岡部まり氏が小沢幹事長と涙の出馬会見 参院大阪選挙区”. MSN産経ニュース. (2010年4月14日). オリジナル2010年4月17日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20100417064142/http://sankei.jp.msn.com/politics/election/100414/elc1004142102001-n1.htm 
  29. ^ 日本会議 役員名簿
  30. ^ 『崇教真光』誌平成13年12月号
  31. ^ 『崇教真光』誌平成16年12月号
  32. ^ 『崇教真光』誌平成17年12月号
  33. ^ THE DEMON IN THE PROTOCOLS, Exposure Magazine (Australia), June-July 1998
  34. ^ 太刀 銘 康次 附絲巻太刀拵”. 岐阜県. 2013年5月13日閲覧。
  35. ^ 太刀 銘 了戒”. 岐阜県. 2013年5月13日閲覧。

関連項目[編集]

真光関連[編集]

カルトという主張[編集]

1997年のベルギー代議院の報告書によれば、不法行為や危険な行為が継続されていないか監視する必要がある189団体の中に、崇教真光が含まれている(政府の文書によってセクトと分類された団体一覧#フランス)。

真光は現地キリスト教信者からの反発を受けるためカルト指定への動きが起きたとみられる。

外部リンク[編集]

公式サイト[編集]

日本国内の教団本体の公式サイトは2007年(平成19年)に開設された。