金光教

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金光教(こんこうきょう)
金光教本部広前会堂
設立年 1859年(安政6年)
種類 宗教法人
本部 岡山県浅口市金光町大谷
設立者 赤沢文治(川手文治郎)、後の金光大神
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金光教(こんこうきょう)は、日本の新宗教教派神道連合会に属し、戦前の神道十三派の一つ。

概要[編集]

安政6年(1859年)、備中国浅口郡大谷村にて赤沢文治(川手文治郎)、後の金光大神(こんこうだいじん)が開いた創唱宗教である。同じ江戸時代末期に開かれた黒住教天理教と共に幕末三大新宗教の一つに数えられる。

現在の本拠地は岡山県浅口市金光町大谷である(旧町名由来の金光町という地名は金光教の本部があることから付けられた)。

祭神は天地金乃神(てんちかねのかみ)と生神金光大神(いきがみこんこうだいじん)である。

教主は金光平輝(こんこうへいき、五代金光様)、教務総長岡成敏正(おかなりとしまさ)[1]である。日本を中心に約1600の教会・布教所、45万人の信者を有する。

教え[編集]

従来の金神思想では日柄方位の吉凶を重視し、厳密な日柄方位の遵守を求めたが、金光教祖は自身の体験から、そういう凶事は人間の勝手気ままから生じる神への無礼が原因であり、神への願いにかなう生き方や行動を行いさえすれば、すべてが神に守られた中での生活が行えると説いた。そして、神と人とは「あいよかけよ」の関係であるとした(人が助かるには神に願い、神の助けが必要だが、神もまた人が助かって欲しいという願いを持ち、人を助けることで神としての働きが出来るので助かっているという関係)。また、人はみな神のいとしご(氏子)であり、それぞれの宗教の開祖も、神のいとしごであるという教えから、他の全ての宗教を否定しないという思想を持つ。文化人の信者も多いが、こうした性格から布教活動的な言論は少なく、比較的最近の関連著作であるかんべむさし理屈は理屈 神は神』などもかなりニュートラル、分析的な内容となっている。なお信者が日々唱える言葉は「生神金光大神(いきがみこんこうだいじん)天地金乃神(てんちかねのかみ)一心に願(ねがえ)おかげは和賀心(わがこころ)にあり、今月今日でたのめい」である。

特徴[編集]

信者は、本部および各教会の広前に設けられた結界の場において、生神金光大神の代理(てがわり)となる取次者を通じて、各人それぞれの願い・詫び・断り・お礼を天地金乃神に伝えることにより、その願い・祈りを神に届け、また神からの助かりを受ける。これを「取次」といい、金光教の特徴とされる。(本部広前の結界の場で金光教主は、年間を通して、一日の大半を取次業に専念している。)

本部施設[編集]

金光教の歴史(主として日本国内)[編集]

西暦年(和暦) 月日 事項
1814年(文化11年) 8月16日
太陽暦9月29日
教祖生誕、幼名香取源七。
1825年(文政8年) 11月26日 川手家の養子へ、文治郎と改名。
1830年(文政13年) 7月15日より 小野四右衛門らと伊勢参宮
1836年(天保7年) 12月13日 文治、古川八百蔵娘とせと結婚。
1846年(弘化3年) 2月22日から3月26日 文治、四国八十八カ所巡拝。
1855年(安政2年) 4月29日 25日頃より、教祖大患。古川治郎祈祷時に石鎚山神降臨、金神への無礼の指摘と病気平癒の神示。
1857年(安政4年) 10月13日 教祖実弟香取繁右衛門金神降臨し文治神命にそって普請の手伝いを行う。
1857年(安政4年) 11月9日 香取繁右衛門、金神の奉祭者となり文治は参拝する。
1858年(安政5年) 7月13日 文治、盂蘭盆会にて祖先の霊神の降臨と金神より種々の神示をうける。
1859年(安政6年) 10月21日
太陽暦11月15日
農作業後、教祖に立教神伝が下る、金光教立教の日とされる。
1864年(元治1年) 4月9日 白川神祇伯王家より、神拝式許状ならびに金神の宮建築許可を得る。
1864年(元治1年) 9月21・22日 初めての神祭りを仕える。(年に一度奉行する金神への感謝の祭、以降毎年)
1866年(慶応2年) 10月2日 神祇伯より、神拝の節・冠・布斎服・差貫着用の許可、ならびに『金光河内』と名乗ることを許される。
1867年(慶応3年) 2月22日 金神社神主の補任状を得る。
1869年(明治2年) 7月 神仏分離令施行により、大谷村の神社(寂光院が管轄していた社祠)の神事を執り行うことになる。
1869年(明治2年) 9月9日・10日 金光大神祭りを仕える。身内親類を集めての先祖祭りを仕える。(以降毎年)
1870年(明治3年) 9月1日 浅尾藩庁より出社神号さしとめの指令出る。
1871年(明治4年) 4月 白神新一郎『御道案内』を著す。
1871年(明治4年) 10月15日 浅尾藩庁より 神職廃止命令。
1872年(明治5年) 11月26日 小田県庁より 神勤廃止命令。
1873年(明治6年) 2月13日 神前の撤去。
1873年(明治6年) 4月11日 天地書附』定まる。
1876年(明治9年) 10月19日 「敬神教育之儀」願書を岡山県令に提出26日に認可、官憲の弾圧がおさまる。
1879年(明治12年) 7月28日 金光萩雄「教導職試補」となり、国家資格を得る。
1881年(明治14年) 1月30日
(旧暦の正月)
神命により「八つ波に金の文字」の紋章を定める。
1882年(明治15年) 8月 佐藤範雄教団組織を志し、備後沼名前神社宮司吉岡徳明の助言により、金光教祖の元で、金光萩雄と共に、信条(神戒神訓の元)の記録を始める。(翌年9月8日終える)
1883年(明治16年) 6月10日 白神新一郎近藤藤守、佐藤範雄を訪ね、道の将来に渡り協議。(この三人を金光教では後に三直信と呼ぶ。)
1883年(明治16年) 10月10日 教祖死去(諡名は金光大神人力威命)。
1883年(明治16年) 11月28日 教祖五十日祭、遺業継承の旨。金光萩雄と三直信の4人が教団創設について打ち合せ。この日から金光宅吉が神前奉仕。
1885年(明治18年) 3月15日 神道備中事務分局長・井上泰憲に「教会講社開設進達御願」を添えて「金光教会講社結収之件御願」の願書提出。
1885年(明治18年) 6月2日 神道管長稲葉正邦による認可。
1885年(明治18年) 6月10日 「金光教会所設置願」を岡山県令千坂高雅代理高津暉に提出。
1885年(明治18年) 6月13日 神道備中事務分局附属金光教会として教団創設。
1888年(明治21年) 3月1日 神道金光教会規約改正 神名「天地金乃神」が公認される。
1888年(明治21年) 5月21日 畑徳三郎 東京四ッ谷にて取次開始(正式な東京布教の開まり)。
1889年(明治22年) 7月4日 金光萩雄・佐藤範雄「日本赤十字社」に入社。金光教での赤十字運動の開始。
1890年(明治23年) 10月 教祖大祭に初めて「吉備楽」が祭典音楽として採用され演奏される。
1891年(明治24年) 7月 山陽鉄道倉敷 - 笠岡間開通、祭典時の金神仮駅開設。
1892年(明治25年) 7月10日 金光萩雄、金光大陣と戸籍名を変更。
1893年(明治26年) 12月20日 金光宅吉死去(二代金光様、金光四神貫行君)。
1893年(明治26年) 12月29日 金光攝胤14歳で神前奉仕を継承。
1894年(明治27年) 11月29日 神道金光教会学問所開設 (金光教学院金光学園中学校・高等学校の創立記念日)。
1897年(明治30年) 4月1日 神道金光教会学問所を神道金光教会中学部と改称。
1898年(明治31年) 4月10日 神道金光教会が神道本局一等直轄教会となる。
1898年(明治31年) 4月15日 神道金光教会中学部は、金光中学として内務大臣の認可を得て、公認学校となる。
1899年(明治32年) 4月 畑徳三郎主唱により令徳会(婦人会)を結成。7月、長谷川まつらを中心に日本初の婦人雑誌『令徳』創刊。
1900年(明治33年) 6月16日 金光教団として神道本局から別派独立。
1901年(明治34年) 8月4日 金神駅営業開始。
1901年(明治34年) 10月 斉藤俊三郎台湾布教。
1902年(明治35年) 釜山教会所設立認可。
1906年(明治39年) 2月25日 金光教教師養成の専門機関として、金光中学の組織改編により教義講究所設置。
1906年(明治39年) 5月 高橋正雄佐藤金造ら金光中学卒業の学生、東京にて「金光教青年会」を組織する。
1906年(明治39年) 12月17日 信奉者の信念修養の場として修徳殿を設置。
1907年(明治40年) 7月1日 布教興学基本財団設立(2008年8月8日解散)。
1907年(明治40年) 9月30日 松山成三満州布教開始。
1910年(明治43年) 6月から7月 金光教監佐藤範雄、満州・朝鮮布教視察。
1912年(大正1年) 4月10日 管長世襲制および金光教維持財団設立(2008年8月8日解散)。
1913年(大正2年) 10月4日 『金光教祖理解』を刊行(教祖三十年祭)。
1915年(大正4年) 4月 尾原音人創始の「中正楽」が大祭の祭典楽として採用される。
1919年(大正8年) 2月 平山文次郎北米布教開始。
1919年(大正8年) 12月17日 金光大陣死去(第一世管長、諡名は金光山神大道立別命)。
1920年(大正9年) 3月19日 金光家邦管長を襲職(第二世管長)。
1921年(大正10年) 2月22日 大教会所新築落成祝祭。
1925年(大正14年) 4月14日 大教会所ならびに付属舎、炎上。
1928年(昭和3年) 10月10日 金光教教典』(教祖四十五年祭)。
1934年 - 1935年
(昭和9年 - 10年)
教団自覚運動(国が定めた管長の命より結界奉仕者の三代金光様の御取次を信仰の中心ととらえる運動)「昭和九年十年事件」。
1941年(昭和16年) 4月16日 宗教団体法に基づく金光教団となる。管長は世襲制から選挙制へ。
1941年(昭和16年) 8月1日 金光攝胤管長選挙により管長就任。
1946年(昭和21年) 4月1日 宗教法人令施行にともなう組織変更『天地書附』を奉斎の神儀と定める。
1947年(昭和22年) 5月5日 公共事業として私立図書館の「金光図書館」を開設。
1949年(昭和24年) 4月1日 信仰活動として「御取次成就信心生活運動(おんとりつぎじょうじゅしんじんせいかつうんどう)」が始められる。
1953年(昭和28年) 10月1日 教祖伝記『金光大神』刊行(教祖七十年祭)。
1953年(昭和28年) 10月8日 金光教のラジオ放送開始。
1954年(昭和29年) 4月1日 金光教規改正。『天地書附』を『金光教教典』に掲載。
1954年(昭和29年) 11月1日 金光教学研究所設置。
1959年(昭和34年) 8月5日 本部広前祭場竣工報告祭(金光攝胤の誕生日と少年少女全国大会に併せて)。
1959年(昭和34年) 10月 立教百年教祖大祭が4回に分けて行われる。
1959年(昭和34年) 11月 立教百年祭が4回に分けて行われる。
1960年(昭和35年) 8月 シカゴミッドビル神学校との交流で留学生(後の国際センター所長)派遣。
1963年(昭和38年) 4月13日 教主金光攝胤死去 (三代金光様)。
1963年(昭和38年) 7月9日 金光鑑太郎教主就任。
1964年(昭和39年) 3月11日 南米ブラジルビリグイでの布教開始。
1969年(昭和44年) 10月1日 『金光大神覚(こんこうだいじんおぼえ)』刊行 金光教祖の書いた自伝の公表。
1972年(昭和47年) 4月1日 『概説金光教』刊行 金光教の教義の概説書。
1973年(昭和48年) 7月20日 本部広前会堂竣工 天地書附を正面奉掲する形式になる。
1976年(昭和51年) 7月24日 ラジオ放送番組の安定制作のため、大阪に金光教電波布教センターを設置(現・金光教放送センター)。
1981年(昭和56年) 1月1日 金光教東京布教センターを設置。
1983年(昭和58年) 1月1日 金光教独自の新儀式,拝詞,服制の施行。
1983年(昭和58年) 10月 9月29日から5回に分けて金光教祖百年祭が行われる。
1983年(昭和58年) 10月10日 『金光教教典』刊行 教祖の信仰日記や多くの弟子達が書き残した教祖の教えが公刊された。
1989年(平成元年) 6月10日 信仰活動として「よい話をしていく運動」が始められる。
1991年(平成3年) 1月10日 教主金光鑑太郎死去(四代金光様)。
1991年(平成3年) 3月27日 金光平輝教主就任。
1993年(平成5年) 7月1日 東京に金光教国際センター設置。
2000年(平成12年) 2月1日 金光教ソウル活動センター設置。
2000年(平成12年) 6月10日 教団独立百年記念祭が、翌11日と2回に分けて行われる。
2001年(平成13年) 1月1日 『金光教宣言』発表。
2001年(平成13年) 6月10日 信仰活動として「あいよかけよの生活運動」がはじまる。
2003年(平成15年) 9月28日 教祖伝『金光大神』刊行 昭和28年版が全面的に書き換えられた。
2008年(平成20年) 8月8日 旧三財団法人(宿泊施設、出版、学生寮を管理)を解散し、宗教法人『金光教』へ事業を集約。
2008年(平成20年) 12月1日 新公益法人制度よる一般財団法人『金光財団』設立し、旧三財団法人の行ってきた収益事業を移管。
2012年(平成24年) 1月1日 信仰活動として「神人あいよかけよの生活運動」がはじまる。

教育[編集]

学校法人金光学園
学校法人関西金光学園

関連項目[編集]

著名人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 7月25日 内局就退任式 教務総長挨拶”. 金光教 (2012年7月25日). 2012年7月25日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『新宗教事典』 井上順孝ほか 編、弘文堂、1990年3月。ISBN 4-335-16018-6
  • かんべむさし 『理屈は理屈 神は神』 講談社、2005年4月15日ISBN 4-06-212885-3
  • 『金光教教典』 金光家邦編、金光教本部、1928年10月10日NDLJP:1103656
    • 『金光教教典』 金光教本部教庁編、金光教本部、1929年
    • 『金光教教典』 金光教本部教庁、1941年、改訂版。 - 大和綴活版。
    • 『金光教教典 附・金光教教規前文』 金光教本部教庁編、金光図書館、1969年3月。 - 点訳:上坂文雄。
    • 『金光教教典』 金光教本部教庁編、金光教本部教庁、1983年10月。 - 付録(51頁)。
  • 『金光教年表』 金光教本部教庁、1960年
    • 『金光教年表 昭和61年』 金光教本部教庁、1986年4月。
  • 『金光教教典 用語索引』 金光教本部教庁編、金光教本部教庁、1987年10月。 - 付録(2枚):検索ガイド。
  • 『金光教教典 お知らせ事覚帳注釈』 金光教本部教庁編、金光教本部教庁、1989年10月。
  • 『天地は語る 金光教教典抄』 金光教本部教庁編、金光教本部教庁、1989年6月。 - 付録(1枚):『金光教教典』対照表。
  • 『金光教教典 人物誌』 金光教本部教庁編、金光教本部教庁、1994年12月。
  • 『金光教教典 用語辞典』 金光教本部教庁編、金光教本部教庁、2001年
  • 『金光大神』 金光教本部教庁編、金光教本部教庁、2003年ISBN 4-906088-15-5
  • 『教団史基本資料集成』上巻・下巻、金光教教学研究所 編、金光教教学研究所、2001年12月。 - 紀要『金光教学』別冊。
  • 佐藤範雄 編・著 『信仰回顧六十五年』上・下、「信仰回顧六十五年」刊行会、1970-1971。
  • 吉川信雄 編・著 『金光教満州布教史』 金光教福岡高宮教会、2008年

関連文献[編集]

  • 『金光教管長御親教』 畑徳三郎 解、畑徳三郎、1900年12月。NDLJP:815351
  • 金光大陣 『金光大教』 金光教本部、1904年6月。NDLJP:815355
  • 早田玄洞 『金光教側面観』 能勢修身堂、1908年4月。NDLJP:815352 - 付録:日本の祖先教。
  • 佐藤金造 (薇洞) 『金光教の成立』 金光教本部、1909年6月。NDLJP:815353
  • 『金光教令達類纂』 大教新報社、1911年6月。NDLJP:815354
  • 碧瑠璃園 『金光教祖』 武田弥富久、1912年NDLJP:943406
  • 長谷川雄次郎 『金光教一班』 弥高舎、1913年NDLJP:907719
  • 『金光教祖御理解』 金光教本部、1913年NDLJP:913736
  • 田地匡 『金光教座話』 弥高舎、1916年NDLJP:912777
  • 渡辺霞亭 『金光教祖御絵伝』 教育勅語実会、1923年NDLJP:967787
  • 『金光教祖と初代白神』 初代白神先生追慕記念会編、初代白神先生追慕記念会、1923年NDLJP:1229561
  • 和泉乙三 『金光教観』 宗徳書院、1924年、改訂5版。NDLJP:924419
  • 佐藤範雄 『佐藤範雄先生金光教々学講演』 佐藤範雄先生興学基金、1927年NDLJP:1037073
  • 近藤良助 『日本宗教大講座』第2巻 神道篇 金光教、東方書院、1927年NDLJP:1913235
  • 早田玄洞 『金光教祖とその教義』 山陽新報社出版部、1930年NDLJP:1109097
  • 長谷川雄次郎 『金光教概観』 篠山書房、1931年NDLJP:1233235
  • 大西利夫 『金光教祖物語』 宝文館、1933年NDLJP:1210587
  • 『金光教大要』 金光教本部編、金光教本部、1933年NDLJP:1210577
  • 近藤良助 『金光教』 東方書院〈日本宗教講座〉、1934年NDLJP:1093673
  • 田中義能 『金光教の研究』 日本学術研究会、1934年NDLJP:1241463
  • 近藤良助 「金光教」『日本宗教講座』8、東方書院編、東方書院、1934年8月。 - 書名は背による。
  • をゝしま・ひろし 『危機に瀕す?金光教の運命』 時事研究社、1936年4月25日(原著1936年4月15日)、5版。NDLJP:1097182
  • 『金光教・ひとのみち・天理教本部訪問記』 木津無庵 述、破塵閣書房、1936年NDLJP:1099206
  • 金光教本部 『金光教条規』 金光教本部、1937年9月15日NDLJP:1094656 - 昭和12年7月現行。
  • 青木茂 『金光教祖伝』 金光教徒社、1948年NDLJP:1157140
  • 『金光教大意』 白石匡 述、誠文社書房、1948年NDLJP:3012286
  • 福田美亮 『金光教の信心』 金光教徒社、1948年4月。
  • 高橋一郎 『金光教の本質について』 金光教徒社、1952年、再版。NDLJP:3012318
  • 『金光教学院沿革史』 金光教学院、1956年NDLJP:3004914 - 教師育成機関創設六十年記念。
  • 小野敏夫 『金光教祖の生活態度 御伝記「金光大神」をいただいて』 金光教徒社、1956年NDLJP:2978360
  • 『門前町の研究 金光教本部門前町』 藤沢晋編、門前町金光研究調査団、1959年、謄写版。NDLJP:2996778
  • 『金光教祖の一生』 金光教徒社、1962年NDLJP:2978386 - 標題紙、背には「The life of the founder」とあり。英文併記。
  • 『金光教における文書布教九十年 金光教徒社のあゆみを中心として.』 金光教徒社、1963年NDLJP:3004921
  • 長田二郎 『金光教とは』 金光教徒社編、金光教徒社、1965年4月。
  • 金光大神 「金光教・金光大神覚・金光大神理解(抄)」『日本思想大系 67(民衆宗教の思想)』67、村上重良校注、岩波書店、1971年
  • 『概説金光教』 金光教本部教庁、1972年 - 付録:参考図書。
  • 『図録金光教のあゆみ』 金光図書館編、金光図書館、1974年 - 金光図書館報『土』第100号記念別冊。
  • 『日本の情報産業 大衆操作の生態学的研究』第2巻 情報産業としての宗教――創価学会・霊友会・天理教・PL教団・金光教・天照皇大神宮教・出羽三山・恐山の全面分析、YTV情報産業研究グループ編、サイマル出版会、1975年
  • 金光大神 『金光大神覚 民衆宗教の聖典・金光教』 村上重良校注、平凡社〈東洋文庫 304〉、1977年3月。ISBN 4-582-80304-0 - 底本は金光教本部所蔵本。
  • 牟田満正 『親と子の金光教』 玄潮社、1979年1月。
  • 瀬戸美喜雄 『金光教祖の生涯』 金光教教学研究所〈教学叢書 2〉、1980年9月。 - 『紀要』別冊。
  • 『ああ門司東部教会牟田百市大人 金光教門司港教会長牟田百市道立厳根大人三年祭偲び草』 牟田満正編、金光教門司港教会、1982年2月。
  • 『金光教拝詞集 昭和57年8月20日制定』 金光図書館、1983年1月。 - 墨字併記。原本:金光教本部教庁 1982。
  • 瀬戸美喜雄 『金光教 金光大神の生涯と信仰』 金光教本部監修、講談社〈新宗教創始者伝〉、1985年3月。ISBN 4-06-201727-X
  • 『金光図書館蔵 金光教図書目録』昭和58年12月末現在、金光図書館編、金光図書館、1985年9月。
  • 山県二雄 『百年物語 教祖没後の金光教』上巻、金光教徒社、1985年3月。
  • 山県二雄 『百年物語 教祖没後の金光教』下巻、金光教徒社、1986年3月。
  • 『現代のこころ金光教』 ひろたまさき責任編集、永井道雄森本哲郎監修、荒木美智雄ほか執筆、旺文社、1987年4月。ISBN 4-01-071033-0
  • 窪田英樹編著 『祈りの塔 金光教三宅歳雄師の魂』上巻、和賀心会(出版) 海風社(発売)、1988年9月。ISBN 4-87616-164-X
  • 桂島宣弘 「民衆宗教における民俗的蹉跌――金光教の「近代」」『近代日本社会と天皇制』 岩井忠熊編、柏書房、1988年6月。ISBN 4-7601-0410-0
  • 『金光教近畿布教史 慶応四年から明治三十三年まで 資料』 金光教近畿布教史編纂委員会編、金光教近畿布教史編纂委員会、1991年10月。 - 近畿布教史参考年表:pp.675-704。
  • 『金光教北海道布教百年史』 金光教北海道布教史編修委員会編、金光教北海道教師会、1991年12月。 - 年表:pp.237-297。
  • 金光教本部教庁 『神と人共に生きる 金光教教義の概要』 金光教本部教庁、1993年10月。
    • 金光教本部教庁 『神と人共に生きる 金光教教義の概要 「信心と生活」編』 金光教本部教庁、1997年12月。
    • 金光教本部教庁 『神と人共に生きる 金光教教義の概要 「信心と生活」編』下巻、金光教本部教庁、1999年3月。
  • 畑愷 『平人なりとも 金光教祖の生と死』 扶桑社、1996年3月。ISBN 4-594-01904-8
  • 『えがお 金光教少年少女全国大会50回記念誌』 大会記念誌編集委員会編、金光教少年少女会連合本部、1997年12月。
  • 金光鑑太郎 『生きる力の贈りもの 金光教前教主金光鑑太郎の言葉より』 金光教徒社、2001年7月。ISBN 4-906088-10-4 - 肖像あり。
  • 秋山実雄 『子どもに語る金光教』 金光教若葉刊行会、2001年3月、第2版。
  • 『いざもろともに 金光教少年少女会連合本部50年史』 金光教少年少女会連合本部編、金光教少年少女会連合本部、2002年12月。 - 年表あり。
  • 高橋行地郎 『生まれ変わり物語 金光教祖と出会った人々』 金光教徒社、2003年6月。ISBN 4-906088-14-7
  • 『命どぅ宝 金光教沖縄遺骨収集記録』 金光教沖縄遺骨収集運営委員会編、金光教沖縄遺骨収集運営委員会、2005年6月。
  • 『あいよかけよの信心 天地の道理にもとづいて 金光教立教百五十年生神金光大神大祭・徳島南教会布教四十年記念大祭・徳島南教会初代教会長岡開造真道厳栄大人霊神一年祭.』 金光教徳島南教会金光教徳島南社会文化事業団、2009年11月。 - 年譜あり。
  • 末永邦昭 『生身の人間が生きた神に進化していくとき 金光教祖赤沢文治が歩んだ波瀾の生涯』 金光出版、2009年8月。
  • 行徳照真 『私の「お差し向け」ものがたり 私の金光教案内』 金光教全国学生会OB会 編、金光教徒社〈「みち」シリーズ 1〉、2009年3月。ISBN 978-4-906088-22-5
  • 『日本文化の中心と周縁』 近畿大学日本文化研究所編、風媒社〈近畿大学日本文化研究所叢書 5〉、2010年3月。ISBN 978-4-8331-0548-4
  • 荒木美智雄 『危機の時代に生きる力を 荒木美智雄講演集』 金光教全国学生会OB会 編、金光教徒社〈「みち」シリーズ 3〉、2010年12月。ISBN 978-4-906088-26-3
  • 『あしおと 金光教祖聖跡めぐり』 金光教徒社、2012年12月。ISBN 978-4-906088-29-4 - 付録:金光教本部施設案内。

外部リンク[編集]