砂川しげひさ

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砂川 しげひさ
本名 砂川 恵永
生誕 1941年10月11日[1]
沖縄県那覇市
職業 漫画家エッセイスト
活動期間 1961年 -
代表作 寄らば斬るド
ワガハイ
受賞 第17回文藝春秋漫画賞[1]
第36回日本漫画家協会賞 大賞[2]
公式サイト 砂川ナンセンス漫画館
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砂川 しげひさ(すながわ しげひさ、1941年10月11日[1] - )は、日本の漫画家エッセイスト。本名:砂川 恵永(すながわ しげひさ)。

略歴・活動[編集]

沖縄県那覇市に生まれたが、一家が戦火を避けて1944年宮崎県に疎開し、翌年に兵庫県尼崎市に移ったため、そこで育つ[1]。中学生時代に寺田ヒロオが選者をつとめていた『漫画少年』『野球少年』の常連投稿者になり、やがて個人的な親交を結ぶ[1]兵庫県立尼崎高等学校卒業後、塗料会社や印刷会社で働きながら、新大阪新聞の『すたみなコイさん』の連載でデビュー[1]。東京での活動にあこがれ、1964年5月に上京し、持ち込み活動を開始。上京後に知己を得ていたサトウサンペイに『漫画サンデー』編集長・峯島正行の紹介を受け、1969年、同誌で『寄らば斬るド』の連載を開始[1]

代表作は『寄らば斬るド』『おんな武蔵』の他、1996年から2003年まで朝日新聞夕刊に連載された4コマ漫画『Mr.ボォ』→『ワガハイ』など。漫画のほか、造詣が深いクラシック音楽に関するイラストつきエッセイや、絵本を多く執筆している。

受賞歴[編集]

画風[編集]

デビュー当初は、子供の描いた絵かと思われるような一見稚拙な画風で人目を引いたが、10代頃には児童向け漫画制作を志して通信教育を受講した事もあり、漫画家としての画力はあった。

著書[編集]

  • 寄らば斬るド(実業之日本社ホリデー・コミックス 1970)
  • テンプラウエスタン(読売新聞社 1972)
  • ホンダラ部落(青林堂 現代漫画家自選シリーズ 1972)
  • 寄らば斬るド 砂川しげひさ傑作集(立風書房 1972)
  • スラブの星ドボルザーク音楽之友社 ジュニア音楽図書館 作曲家シリーズ 1982)
  • 名演奏家たちのタックル・ランド(音楽之友社 1984)
  • なんたってクラシック ぼくの一方的音楽宣言(光文社カッパ・ブックス 1984 → 朝日文庫 1986)
  • クラシックだドン!(共同通信社 1986)
    • がんばれクラシック(改題 朝日文庫 1993)
  • コテン音楽帖(朝日新聞社 1986)
  • コテン氏のおもしろ組曲(朝日新聞社 1987)
  • ぼくの漫画人生はカプリッチョ(新潮社 1988)
  • コテン氏のおもしろオペラ(朝日新聞社 1989)
  • なんたってモーツァルト(東京書籍 1989)
  • コテン氏のカプリッチョ気分(朝日新聞社 1989)
  • コテン氏のラストコンサート(朝日新聞社 1990)
  • ぶつぶつの時代(「砂川恵永」名義 早川書房 1990)
  • つべこべいわずにベートーヴェン(東京書籍 1991)
  • 鼻ちょうちんのメヌエット(世界文化社 1992)
  • のぼりつめたら大バッハ(東京書籍 1993)
  • 聴け聴けクラシック ぼくの名曲101選(朝日文庫 1994)
  • コテンコテン流クラシック超入門(東京書籍 2000)
  • ワガハイとチビ丸(朝日新聞社 2002)
  • チャンとチビ丸 Web版(星の環会 2003)
  • ボスとチビ丸 WEB版(星の環会 2004)
  • だいじな絵本(星の環会 2006)
    • からだの絵本
    • こころの絵本
    • まいにちの絵本
  • タマちゃんとチビ丸(星の環会 2007)
  • チビ丸の時代(星の環会 2007)
  • ノラの時代(星の環会 2007)
  • ワガハイの時代(星の環会 2007)
  • ぼくのあかん信心帖(金光新聞編集室編 金光教徒社 2010)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 寺光忠男『正伝・昭和漫画 ナンセンスの系譜』 毎日新聞社、1990年 pp.153-156
  2. ^ a b 歴代受賞者 第36回(2007年度)日本漫画家協会

外部リンク[編集]