GLA (宗教法人)

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GLA総合本部

GLA(ジーエルエー)は、1969年設立の新宗教団体。正式名称は宗教法人GLA

創設者は、高橋信次。現在の指導者は、高橋信次の長女、高橋佳子

目次

沿革[編集]

1969年 GLA創立[編集]

1968年7月12日、高橋信次は、自らの著書『心の発見 現証篇』に記しているように、幼少の頃から探求してきた「もう一人の自分(魂)」の存在に目覚め、宇宙を貫く法(神理)に到達した。そして、「人間は誰もが永遠の生命を生きる魂の存在。人生には目的と使命がある」)[1]と新たな生き方の原点を自宅で説き始めたのがGLAの始まりで、当時は、週一回土曜日に集まる為に「土曜会」と称していた。その後、自然発生的に組織を形成しようとする動きが生じ、1969年4月に「大宇宙神光会」が発足した。1970年12月には、国際化を考慮して会名を「GLA」に変更した。(GLAとはGod Light Associationの略)[2]

1976年 法の継承[編集]

高橋信次は、多くの著書や講演活動を通して、一人でも多くの人の魂が目覚めることを願って全国を奔走した。信次は、後に法を継承する佳子と共に二人三脚で神理探求を続け、48歳が近づいてきた頃、かねてからの預言通り、自らの帰天の日が近いことをしばしば口にするようになった。そして、「青年の中から、法を継承する人が出てくるはずなのです」と切迫した口調で語りながら、それが誰なのかを問い続け、懸命に探していた。当時大学生だった佳子は、「私も、頑張って探してみます」と語っていた。

そして1976年3月、和歌山県で行われた白浜研修会で、信次と佳子は魂の邂逅を果たす。そのとき、佳子は、信次の人生の意味を、魂の次元から明かし、語ってゆくという出来事が起こった。佳子によって語られた人生をくまどるそのまなざしは、やがて「魂の因果律」(GLAの教義の中核の1つ)に結晶化してゆくものだったという。信次は、佳子によって初めて示されたそのまなざしこそ、GLAの使命である「自己の確立」と「世界の調和」が現実のものになる要であると確信し、「これで人類は救われる!」とその歓びを周囲に伝えた。

この魂の邂逅によって、法の継承者が佳子であることを確信した信次は、その後の一切を佳子に託していった。同時に、「私が実在界(あの世)に帰ったら、通信を送る相手は佳子だけです。そのことを忘れないでください」と周囲に告げ、いずれ高橋信次の名を騙って自説を説く人々が現れても、それに惑わされないようにと伝えたという。」)[1]

しかし、高橋信次、高橋佳子の大悟は、それまで信次を釈迦の生まれ変わりと解釈してきた一部の講師に動揺を与えた。

信次と若い新参者の佳子に対して、周辺にいた者に、猜疑心や不信感、嫉妬心や対抗意識などの荒みが出ていたということである。その後、信次の健康状態の悪化に伴い、佳子は信次の代理として講演活動を行うようになり[2]、信次の死去に伴い当時19歳の佳子が法の継承者になった。

信次は生前、佳子に対して、「自分は今の日本人が解りやすいように主として仏教的な説き方をしたが、これでは神理は世界に伝わらない。佳子は新しい言葉で語りなさい」と言い、関西における講演会にて実際に佳子が自分の言葉で講演したことを東京にいながら感じ、大いに喜んだという[2]

1976年~ 「ウイズダム」「プロジェクト活動」による新展開[編集]

信次より法を継承し、GLA主宰として立った高橋佳子は、1976年7月10日、東京・青山葬儀所(青山斎場)で行われた「感謝と誓いの式」で、神、そして高橋信次に向かって、その志を引き継いで必ず神の光が顕現した仏国土・ユートピアを具現してゆくことを誓願した。

翌1977年、佳子は、『真創世記』三部作(地獄篇・天上篇・黙示篇)を発刊、誰もが日々の生活の中で本当に神理を生きることができるように、智慧やシステムを次々に示してゆく。例えば、問題解決などにあたり、まず「何のために」「願いは何か」と自らの心深くに問い、そのまなざしから現状を見とり、具体的な方策を立ててゆく「ウイズダム」。また、GLAにおける活動を単なる奉仕活動にとどめず、神理の体験学習の機会としてゆく「プロジェクト活動」といった新しいシステムを立ち上げた。

それは、GLAが、高橋信次のもとで「人間は、誰もが神の子であり、永遠の生命を抱く魂の存在である」という確信を深める段階から、高橋佳子のもとで「では、どうしたら私たちは神の子として、永遠の魂として、今を生きることができるのか」を探求する段階に飛躍していったことを意味していた。[1]

1980年~ 三論(基盤論・自業論・響働論)[編集]

こうして佳子は、GLAがめざすべき方向と願いを示しながら、人間が抱える闇の問題を直視し、永遠の生命として今を生きるための道をさらに説き続けていった。そして、「人間は永遠の時を生きる魂の存在でありながら、なぜその本来の姿を見失い、煩悩に呑まれてしまうのか。どうしたら一人ひとりが魂としての本質に目覚め、日々の一瞬一瞬を生きることができるのか──」と問い続け、探求を深めてゆく中で、その道を「基盤論」「自業論」「響働論」という「三論」に集約し、新たな著書『人間の絆』(三部作)として発表した(1991~93年)。また、世界と人間の究極の真実を伝え、生きる指針となる『生命の余白に』(1982年)、また常に会員1人ひとりの傍らで対話・同伴したいという願いから著された『祈りのみち』(1985年)など、現在のGLAの信仰の糧となっている著書も、この時期に発刊されている。それに伴い、GLAでは、全国各地に会員の研鑽の拠点となる地方本部が次々に整備されていった。[1]

1993年~ 師と弟子の「信と応え」の深まり[編集]

1993年以降、GLAは、大切な節目を迎える。それは、大いなる存在・神の御心を受けた佳子が、弟子(会員)の魂を信じて神理を開示すると、それに応えて、弟子が神理の実践に励む。その歩みの深まりに応じて、佳子はさらに新たな道行きを示してゆく──。そのような師と弟子の「信と応え」の歩みが深まり、新しい次元へと向かう時を迎えていた。

また、この時期を境に、佳子は、以前にも増して、全国各地の「魂の巡礼」に赴くようになる(道を求めた先人や会員に関わりのある魂の足跡を辿る巡礼。その歩みの一部は佳子の著書『天地有情』『天涙』『天の響 地の物語』などに掲載)。そこでは、会員1人ひとりに深い癒しと再生が起こり、「神の存在と永遠の生命の実感」がさらに深まっていったという。[1]

1994年~ 弟子の志の立ち上がり[編集]

翌1994年、GLA創立25周年にあたる「善友の集い」で、前年来の新たな流れは、さらに新たな局面を迎える。

佳子は、この日の講演の最後に、会員1人ひとりがGLAの願いを体現して「他人の苦しみわが苦しみ、他人の喜びわが喜び」の心を生き連ね、古来、「ボーディ・サットヴァ」(菩薩)と呼ばれてきた求道者・伝道者へと成りゆくことができるように──と、「菩薩の祈り」を捧げた。そのとき、会場にいた会員は魂が震えるような感動に打たれ、「私もそのように生きたい!」という願いが心の深奥から噴き上がり、誰言うともなく会場の全員が立ち上がっていた。そして、全国各地で同じ現象が次々に起こっていった。

佳子は、その志の発露を、弟子による「ボーディ・サットヴァ宣言」と受けとめ、その志に応えようと、誰もが「ボーディ・サットヴァへの道」を歩めるように、「プロジェクト活動」をさらに進化させた新たな研鑽を始める。それが、「ニュープロジェクト」だった(ニュープロジェクトは、2001年に「ジェネシスプロジェクト研鑽」、2007年には「グローバル・ジェネシスプロジェクト研鑽」としてさらに進化してゆく)。こうして、1993年、1994年を経て、師と弟子の信と応えの歩みが深まり、「ニュープロジェクト」を支柱とした研鑽体系が再構築されてゆく中で、GLAでは、神理の実践者が飛躍的に増えていった。[1]

2001年~ ジェネシスプロジェクト宣言、「魂の因果律」の開示、GLA会員憲章の採択・宣言など[編集]

2001年1月1日、新世紀開闢のそのとき、佳子は、これからの会員1人ひとりの歩みを、新たな時代・世界を創世してゆく「ジェネシスプロジェクト」であると宣言する(「ジェネシス」とは「すべての始まり」「創世」の意)。そして、2003年12月の「感謝の集い」では、これまで説いてきた神理の集大成とも言える「魂の因果律」を説いた。さらに翌年の「2004善友の集い」では、会員の願いと信条が「GLA会員憲章」として採択・宣言され、すべての会員が共に新たなスタートラインに立ち、共に菩薩への道を歩んでゆくことを誓い合った。 その後も、佳子は、人間の内なる光を表した「12の菩提心」、「魂の因果律」の実践における新たなステージである「菩薩必携の四力」など、新たな神理を次々に説いてゆき、会員の歩みもさらに進化していった。[1]

2011年 東日本大震災において[編集]

その中で、2011年、東日本大震災の折、佳子は地震発生直後いち早く被災地に赴き、救援活動の陣頭指揮を執り、祈りとともに被災地一軒一軒を慰問していった。被災地でその佳子の姿を目にした衆議院議員の二階俊博は「驚き、感銘を受けた。これこそ真の指導者の姿であり、リーダーシップだと心から思った」と述べている)。[3]

佳子に指揮され、支援物資を積んだGLAのトラックは、非常に早く被災地入りし、現地の小学校など、多くの人々が避難している場所に生活物資を届けていった。同時に、汚泥除去のボランティア、医療・法律などの専門家の派遣など、被災地の状況に応じた段階的な支援を行った。

佳子は、震災をテーマにした詩と写真集三部作(『果てなき荒野を越えて』『彼の地へ』『希望の王国』)を発刊し、多くの被災者の心を癒やし、希望を与えていった。[4] そして、佳子はこれら3冊の自らの印税の全額1500万円を義援金として、岩手県の達増拓也知事、宮城県の村井嘉浩知事、福島県の佐藤雄平知事(当時)と面会し、直接届けている。[5]

GLAの会員数[編集]

GLAの会員数は、1976年6月(高橋信次の死亡時)9千人弱[6]、1976年末8761人[2]、1978年9千人(『日本宗教総覧』)、1988年1.3万人(同)、1994年1.6万人[2]、2001年2万人(『日本宗教総覧』)、2006年2.6万人[6]、2014年4万2,437人(物故会員 5,899人を含む)[7]

教義概要[編集]

GLA創始者高橋信次並びに2代目主宰者高橋佳子は、「魂の学」(人間を魂と見る人間観・世界観、及びその実践の体系)を説き、GLA教義の根本的な考え方としている[8]


「魂の学」とは[編集]

「魂の学」とは、目に見える次元を扱う「現象の学」(科学がその代表)に対して、見える次元(現象)と見えない次元(心・魂)を合わせた領域を対象とした、理論と実践の体系。「唯物的な生き方」や「精神論」のどちらかに偏ることなく、一貫して、目に見える現象と目に見えない精神の融合をめざす実践哲学。[9]「魂の学」の基本的な人間観・人生観として、以下の6項目が挙げられている。[9]

①人間は魂と心と肉体から成る

②魂は人生を何度も経験する

③魂は永遠に成長する

④人生の出会いと出来事はすべて魂成長の糧である

⑤人生には目的と使命がある

⑥個の目覚めは全体の目覚めにつながる


「魂の学」の中核をなすコンセプト(一部)[編集]

受発色[編集]

「魂の学」では、人間の「心」のはたらきを「受発色」という言葉で捉えている。

「受」とは、心の受信のはたらきで、世界を感じ取り、受けとめる力。

「発」とは、発信のはたらきで、思い考え、行動する力。

「色」とは「現実」のこと。周囲の現実を受信し、考えを膨らませ、自らの言動を発信して、新たな現実を生み出す。その現実をまた受信して……といったように、「心」は、「受」→「発」→「色」→「受」→「発」→「色」を繰り返しながら、様々な現実を生み出してゆく回路(サーキット)であると言うことができる。[10]


3つの「ち」(血・地・知)[編集]

3つの「ち」とは、すべての人の人生に、不可避的に流れ込む3つの流れ(血・地・知)をさす。

「血」とは、両親から流れ込む価値観や生き方。赤子は、多くの場合、その両親を生き方のモデルとし、両親の言葉、身振り・仕草を吸収してゆく。「人と同じじゃ駄目だ、人と違うことをやれ」「世間を信じるとひどい目に遭うぞ」……など、両親が繰り返してつぶやく言葉を心の深くに刻み、それがその人の行動原則となってゆく。

「地」とは、地域・業界から流れ込む前提や慣習。生まれた土地に根ざした様々な人間関係、そこで繰り返される出来事、会話。偏見やこだわり。「酒が飲めない奴はだめ」「つきあいの悪い人間は信じられない」……など、自分ではそんな偏見に染まっていないと思っていても、気づかぬうちにそうした偏見を抱え込んでいることも少なくない。また、地域だけでなく、様々な業界や分野にも、そこに浸透している特有の価値観、常識、前提、慣習があり、そこに身を置いていると、そうした前提は気づくこともできないことが多い。

「知」とは、時代から流れ込む常識や価値観。その人が生まれた時代に特有の知識や情報。たとえば、第2次世界大戦前の日本では、人々は自分が軍部の喧伝やマスコミの扇動に動かされているとは意識することなく、戦争へと駆り立てられていった。いつの時代にも、その時代が抱く気分があり、その時代の常識、流行する考え方、人々が暗黙の内に認める価値の序列がある。それを1人ひとりが自覚し、自ら吟味して選択することは極めて困難なことである。

3つの「ち」は、「心」のはたらきを決める因子――いわば「心の遺伝子」として、肉体の遺伝子に勝るとも劣らない多大な影響を、1人ひとりに与えている。そこには、私たちの「心」を形成するものごとの感じ方・受けとめ方、考え方、判断・行動の仕方、言葉、常識、習慣、価値観……それら一切が含まれている。

こうした3つの「ち」によって、1人ひとりの日々の現実がつくられ、人生の方向性が与えられ、未来が決定されていってしまう。しかし、その3つの「ち」の呪縛をほどいて自由になったとき、それは、真の意味で新たな人生の創造へとつながってゆく。[9]


魂願とカルマ[編集]

魂の中には、魂願とカルマという2つのエネルギーが混在している。

魂願とは、その魂が、人生の中でどうしても果たしたいと願っている魂の願いをさす。それは、光のエネルギーであり、魂の意志である。

一方、カルマとは、その魂の未熟、弱点をさす。それは、闇のエネルギーであり、魂願を生きることを阻む力である。

魂願とカルマは、目には見えないが、人生を超えるエネルギーとして、強い力で1人ひとりの心(受発色)に影響を与えている。それは、今、生きているこの人生だけでなく、それ以前のいくつもの転生(生まれ変わり)の中で、長い時間をかけて蓄積されてきたものだからである。

カルマは、たとえば、以下のような体験から知ることができる。

①何度も同じ失敗を繰り返す。②わかっているのにやめられない。③どうしても乗り越えられない。④逃げていても、同じ巡り合わせになる。⑤自分では気づけないが、他者からは明らかである。

魂願は、例えば、以下のような体験から知ることができる。 ①人生の中で強い感動を体験した。②強い後悔が湧き上がった。③どうしても捨てられない願いがある。④適当には見過ごせない強いこだわりがある。⑤自分の意図とは別に人生が開かれてゆく。[10]


「魂の因果律」[編集]

「私はなぜ生まれてきたのか」「なぜこの人生を生きているのか」「なぜ今、ここに存在し、生きているのか」といった、科学では答えが出せない問題を解き明かす、魂に関わる原因と結果の法則。そのまなざしは、人間と世界を「魂」と「心」と「現実」の3層で捉えることを基本としている。

そして、その3者は別々に存在しているのではなく、密接につながり、その間には原因と結果=因果の関係があると捉える。つまり、目の前の「現実」は、1人ひとりの「心」の反映であり、その「心」は、さらにその奥に存在する「魂」の反映でもある。

「魂の因果律」は、2つの因果から成っている。

第1は、「心」(受発色)を原因とし、「現実」を結果とする因果。第2は、「魂」(魂願とカルマ)を原因とし、「心」(受発色)を結果とする因果。1人ひとりの人生は、「魂」「心」「現実」が常に結びつき、影響し合う中で営まれている。

したがって、「魂の因果律」によって、人は、目の前の「現実」を通して自らの「心」を知り、さらに「魂」のテーマを知ることができる。そして、自らの「心」を変革することによって、「現実」を変えると同時に、魂の進化と成長を果たすことができる。[10]

カオス[編集]

カオスという言葉は、しばしば混乱、無秩序というネガティブな意味で使われることが多いが、「魂の学」における「カオス」は、それとは異なった意味を持つ。

「魂の学」では、「カオス」は、様々な可能性と制約、光と闇が同時にたたみ込まれた状態、まだ結果が出ていない状態をさす。そこには、調和や発展につながる光転因子と、混乱や停滞、破壊を導いてしまう暗転因子が孕まれている。

あらゆる出来事、事態は、カオスとして私たちの前に現れる。そのカオス(出来事、事態)に、1人ひとりの心(受発色)が触れることによって、カオスは1つの現実として新たに結晶化してゆく。重要なことは、人間がどのような心(受発色)でカオスに触れるのか――それによって、現実は、光あふれるものにもなれば、闇に覆われたものにもなり得るということである。[11] [9]


人生創造のユニット[編集]

1人ひとりの人生を形づくる基本単位(ユニット)。「カオス→受発色→光転・暗転の現実」という連鎖が1つのユニットである。すなわち、無数の可能性と制約を抱いた「カオス」(訪れる出来事や事態)に、人間の「受発色」(心)が触れることによって、そこに光転の現実(歓び・調和・活性・創造)、あるいは暗転の現実(痛み・混乱・停滞・破壊)が生まれる。光転の現実が生まれるか、暗転の現実が生まれるかは、1人ひとりの受発色(心)にかかっている。[9]


心の傾向の4つのタイプ[編集]

「魂の学」では、人間の心の傾向には、①「快・暴流」(独りよがりの自信家)、②「快・衰退」(自己満足の幸福者)、③「苦・暴流」(恨みの強い被害者)、④「苦・衰退」(あきらめに縛られた卑下者)という4つの類型があるとしている。それらは、人間の心が抱くあらゆる「闇」(煩悩)を4つのタイプに集約したものであり、心の闇を見抜き、的確に捉えるために極めて有効な座標軸となっている。

4つのタイプそれぞれの特徴は、以下のように示される。


●快・暴流(独りよがりの自信家)[編集]

ものごとを肯定的、楽観的に受けとめ、積極的に考えて行動してゆくタイプ。

何事に対しても意欲的で、エネルギッシュに取り組み、人間関係でもリーダーシップを取って場を活性化させようとする。持ち前の明るさゆえに、活性化した状態が生まれるが、行き過ぎたり、強引だったりして、長続きしない。人一倍頑張るのに、なぜかいつの間にか周りの人がいなくなったり、パートナーから反旗を翻されたりする。自分の言う通りにするのが一番と思い込み、その結果、他人の意見を聞かずに、優位の意識で上から支配的に関わるので、周囲は嫌になってしまう。


●快・衰退(自己満足の幸福者)[編集]

ものごとを肯定的、楽観的に受けとめ、融和的に考えて行動してゆくタイプ。

平和的で優しく穏やかで誰とでも仲よくできる人、また「人はいいが当てにできない」と思われている人に多い。すぐに「まあ、大丈夫」とエネルギーを落としたり、求める水準が曖昧で低いために「まあ、こんなもの」と満足したり、頼りになりそうな人がいると依存しがち。その結果、いつの間にか場は停滞してマンネリ化し、混乱に陥る。


●苦・暴流(恨みの強い被害者)[編集]

ものごとを否定的、悲観的に受けとめ、攻撃的に考えて行動してゆくタイプ。

人一倍、正義感や責任感が強く、妥協せずにものごとを進めてゆく。気むずかしく、激しい気性の人に多い。「自分は全体のことを考えてやっている」という信念を抱いているために、相手を激しく責めたり、不満を爆発させたりするので、どうしても周囲は過緊張になり、恐怖心、警戒心が蔓延してしまう。


●苦・衰退(あきらめに縛られた卑下者)[編集]

ものごとを否定的、悲観的に受けとめ、消極的に考え行動してゆくタイプ。

何ごとも誠実、慎重、着実に進める。また引っ込み思案で、心配性の人に多い。いつも不安や恐れを抱え、「きっと行き詰まる」「もうダメだ」と考え、挑戦する前にやめてしまったりする。その結果、周りの人をイライラさせ、また重い気分に影響されて、みなが沈鬱な気持ちになってしまう。ニヒリズムが蔓延し、徒労感、不信感が場にあふれ、場全体がエネルギーダウンし、沈滞したムードをつくり出す。


これら4つのタイプの心の闇(煩悩)は、それぞれその奥に固有の光を宿している。「魂の学」の実践によって、少しずつその光は姿を現し、この世界を照らし、輝かせるものとなる。[12]


菩提心[編集]

「菩提心」とは、もともと仏教で「菩提=悟りを求める心」のことを指すが、「魂の学」では、その精神を受けとめつつ、さらに広く、「菩提心」とは、「本当の自らを求め、他を愛し、世界の調和に貢献する心」と定義している。

「菩提心」は、その響きと輝きによって、以下のような「12の菩提心」として表されている。「月の心」「火の心」「空の心」「山の心」「稲穂の心」「泉の心」「川の心」「大地の心」「観音の心」「風の心」「海の心」「太陽の心」。

12の菩提心は、宇宙、自然に遍在する光の性質を、12の側面から捉えたものと言うこともできる。それらは、ダイヤモンドの原石のように、1人ひとりの心の奥に眠っていて、その1つ1つを想い念じ、磨いてゆくならば、必ずまばゆい輝きを放つようになる。1つの輝きが放たれることで、次の輝きが引き出され、1つ1つの菩提心の輝きが満ちてゆくに従って、自由ですがすがしく、エネルギッシュで忍耐強く、慈しみと包容力に満ちて、謙虚さを少しも失わない、本当に自分が現れてくる。[13]


試練は呼びかけ[編集]

「魂の学」の生き方における最も基本的な姿勢の1つ。

試練は、ただ苦難や困難を与えるものではない。それは、1人ひとりの不足や未熟を呼びかけていると同時に、これから向かうべき新たなステージを示している。そして、その呼びかけは、一切を知り、一切を見守り、一切を導いている宇宙の叡智の次元、大いなる存在の次元から送られてくるものであり、試練は神様から届けられたメッセージにほかならない。

試練をただ嫌なもの、排除すべきものとして受けとめるのではなく、そこには意味があり、自分に何かを伝えようとしている――そのように「試練は呼びかけ」と受けとめてゆくとき、事態のマイナスをゼロに戻し、さらにプラスに導くことができる。

さらに、試練を通じて、心の奥に刻まれている魂の願い見出し、人生の仕事とも言うべき大きな目標を果たすことができる。[14]


人生進化の3段階[編集]

あらゆる人生は、以下の3つの段階を経て進化してゆくという法則。

1.「こうだったから、こうなってしまった人生」[編集]

変えることのできない人生の条件によって、不可避的に、自動的につくられてゆく人生の段階。

たとえば、貧しさの中で心を小さくしたり、世間を恨んで被害者意識に満たされてしまったり、あるいは両親から愛されずに育ったがゆえに人を信じられなくなってしまう人生。また、何不自由ない生まれ育ちの中で、自己中心的な性格を強めてしまったり、「何とかなるだろう」という強い猶予感覚をもってしまったりする人生も、この段階にあると言える。

2.「こうだったけれど、こうなれた人生」[編集]

人生が抱える負の条件を跳ね返し、多くの困難を乗り越えて生きる段階。

たとえば、貧しい生い立ちの中でも、卑屈になることなく、努力してひとかどの人物になる人、恵まれた条件の中でも高慢さとは無縁の生き方を示す人。

3.「こうだったからこそ、こうなれた人生」[編集]

人生の負の条件を跳ね返すだけではなく、その条件を背負わなければ気づけなかった生き方を現してゆく段階。

たとえば、孤独に耐えて強くなるだけではない。貧しさを跳ね返して富を築くだけではない。孤独をとことん味わったからこそ、孤独に苦しむ人の気持ちがわかり、本当の意味で手を差し伸べることができる。貧しさの中で苦しんだからこそ、後に得た富を同じ苦しみの中であえぐ人々に還元する生き方。この段階に達するとき、人生はさらなる深い次元に導かれてゆく。[9]


円環的人生観[編集]

人生は、偶然のように始まってやがて終わり、無に帰してしまうものではなく、生まれる前の過去の人生があって今この人生があり、この人生を終えた後もさらに次の人生へと続いてゆく。そのように、人生のすべての瞬間が、環のように連綿とつながってゆく中で、永遠の生命=魂として進化成長を果たそうとするのが私たち人間であると捉えるまなざしを「円環的人生観」と呼ぶ。

円環的人生観では、春夏秋冬という四季がどの季節も取り替えることのできないものであるように、少年期、青年期、壮年期、実年期、老年期のいずれもが比べることのできない尊いものであると捉える。たとえば、通常、余生と考えられている老年期は、新たな挑戦を果たし、蓄えられた力によって世の中に貢献し、さらに次の人生(来世)の準備をするための、大切な人生集大成の時間となる。円環的人生観は、従来の「生まれて生きて、死んで終わる」という直線的な人生観とは異なる新しい人生観であると言える。[15]

研鑽システム[編集]

GLAには、会員1人ひとりが「魂の学」を学び、実践を深めるための様々な研鑽システム(各種の集いやセミナーなど)がある。

四聖日の集い[編集]

四聖日とは、1年という時の流れの中で、GLAが大切にしている4つの聖なる日のこと。すなわち、

①新たな年の始まり

②GLA創立記念日(4月8日)

③高橋信次の命日(6月25日)

④1年の終わり


上記に対応して以下の集いが開催され、これらは「四聖日の集い」と呼ばれている。


①新年の集い

②善友の集い

③現身の集い

④感謝の集い

「四聖日の集い」は、参加するだけで、誰もが神理の基本を学び、生きることができるように考えられており、会員は、年に4回の「四聖日の集い」に参加することで、GLAの1年の学びを概観し、「魂の学」のいのちを体験することができるとされている。[16]


層別セミナー[編集]

年齢層(層別)に分かれて行われるセミナー。

少年層は「チャレンジングエンジェルス スクール」、青年層は「青年塾」、壮実年層は「フロンティアカレッジ」、婦人層は「こころの看護学校」、熟年層は「豊心大学」と呼ばれる。

毎年、春から夏にかけて、主に以下の名称の層別セミナーが行われている。

「かけ橋セミナー」(親子対象)

「青年塾セミナー」(青年層対象)

「フロンティアカレッジ・こころの看護学校合同セミナー」(壮実年・婦人層対象)

「豊心大学セミナー」(熟年層対象)

これらは、2泊3日で、八ヶ岳いのちの里(山梨県にあるGLAの研修施設)で行われているが、中には、全国の地方本部の会場でも同時中継で開催されるセミナーもある。

セミナーでは、主宰者である高橋佳子の講演やオリジナル教材を基に、その世代ならではの課題に取り組むことを通して、それぞれの人生の季節の可能性の開花をめざす。層別セミナーは、GLAの教義の1つである「円環的人生観」にもとづいてつくられている。 [17]


グローバル・ジェネシスプロジェクト研鑽[編集]

週1回、「魂の学」の最前線を学びながら、プロジェクト活動(GLAでのボランティア活動)を通して、「魂の学」を体験的に理解できる、「研鑽」と「奉仕」が1つになった実践的な学びの場。

「ジェネシス」とは「すべての始まり」「創世」の意。「ジェネシスプロジェクト」は、この地が神の光で満たされるように、「自らを見つめ、他を愛し、世界の調和に貢献したい」「他人の苦しみ我が苦しみ、他人の歓び我が歓び」というボーディ・サットヴァの心を大切に生きたいというGLAの願いに基づいた新たな世界を創造してゆくプロジェクトとされる。

「グローバル・ジェネシスプロジェクト研鑽」は、1年間の登録制の研鑽で、現在、日本、アメリカ、ブラジル、オーストラリアなどで1万人を超える会員が学んでいるという。[18]


生活実践[編集]

1カ月に2回、2時間程度、自宅や職場が近くの会員5、6名が1つのグループをつくって、「魂の学」の基本を学ぶ場。2017年現在、約3000グループが活動しているとされる。

高橋佳子の著作や、月刊『G.』、講演映像などを学びながら、1人ひとりが自らの心(受発色)の傾向を見つめつつ、お互いの人生を深く語り合う。その中で、互いの絆や友情が育まれると同時に、現実の試練や問題をあるがままに受けとめ、解決してゆく道が開かれてゆくという。 [19]


専門分野の研鑽[編集]

経営・医療・教育・アート・音楽・演劇・法務などの専門分野で働く人々のための研鑽の場。

そこでは、それぞれが培ってきた専門性を生かしながら、何よりも「一人の人間として生きる」ことを原点とした研鑽が進められる。具体的には、「TL人間学セミナー」(年1回)や「シリーズセミナー」(登録制、年3回)では、高橋佳子の講義、様々な実習、仲間の実践発表、シンポジウムなどが行われている。 [20]


高橋佳子講演会[編集]

高橋佳子の著作を読んだ読者からの「ぜひ著者の講演を聴いてみたい」という要望に応えるかたちで始まった講演会。

毎年、東京、大阪、名古屋を含む地方都市約20カ所で開催されている。「高橋佳子講演会」は、GLA会員でなくても参加することができる。主宰は、高橋佳子講演会実行委員会(GLA、TL経営研修機構、TL医療研究会、TL教育研究会)。 [21]

この高橋佳子講演会の様子は、たとえば中外日報で以下のように紹介されている。「……GLAは9日、パシフィコ横浜で高橋佳子主宰の講演会を開いた。約7千人が来場し、高橋主宰は心を魂がつながれば使命達成の道を歩めると説いた。広島など全国6会場にも中継された。横浜会場ではまず会員の体験を映像で紹介。京都で200年の歴史を持つ近江屋ロープの経営を再生させた野々内達雄社長、世界各国で空手を指導する東恩納盛男・国際沖縄剛柔流空手連盟最高師範が、GLAの「魂の学」を学ぶことで人生の使命を感じ取り、そこから生きる力が湧いてきたことを伝えた。高橋主宰は、心の奥にある魂から自分が生まれてきた理由や人生で果たすべき使命が分かると説明。埼玉で障害児施設を運営する医師・許斐博史さんとの対話を通して、『心と魂の溝をなくせば、現実の快苦の刺激に振り回されることなく、悠々と使命達成の道を歩むことができる』と語った。会場ロビーには、心の傾向が分かる『自己診断チャート』のコンピューター判定コーナーもあり、来場者らの長い列ができていた」 [22]

冠婚葬祭[編集]

GLAでは、「円環的人生観」(人間を、幾度も転生を繰り返しながら魂の進化と成長を重ねてゆく魂の存在と捉え、そのすべての瞬間を輝かせて生きるための人生観)という教義にもとづいて、以下のような独自の冠婚葬祭が行われている。少年期、青年期、壮実年期、老年期、さらには魂としてあの世で過ごす時期まで、人生の節目を通して、会員1人ひとりが魂の存在の原点に還り、人生を輝かせて生きることができるような同伴体制が整備されているという。[23]


命名の儀[編集]

「命名の儀」は、魂願とカルマを抱き、果たすべき使命を抱いてこの世に生まれてきた魂の存在として嬰児を受けとめ、嬰児がこれからの人生のテーマに応え、使命を果たしてゆくことを願って執り行われる。その場では、両親や親族によってつけられた「名」が、かけがえのない唯一の魂のしるしとして、血を超えた転生の絆の証として、司祭の祈りとともに嬰児に授けられる。[24]


結婚式[編集]

GLAの結婚式(結婚と誓いの儀)は、異なる人生を歩んできた2つの魂が、不壊の絆によって結ばれる生涯の伴侶として、ひとつの家庭を築き、ともに人生を歩み続けることを誓い合う場として行われる。それは、新郎新婦の「魂、人生、生活」が、「魂の学」のまなざしによって、より深く結ばれ、慈しみと愛に満ちた家庭を築いてゆくことを願いとしている。同時に、新郎新婦のみならず、家族や親族、友人など、関わるすべての人にとっても、両親や地域や時代から吸収した習慣、価値観などを超えて、新たな人生に向かう出発の時となることを願って行われるという。[25]


葬儀[編集]

GLAの葬儀では、何よりも故人を偲び、 故人への畏敬と感謝とともに、あの世での道行きに神理の光が注がれるように祈りを捧げることが大切にされる。それは、この世での修行を終えた故人の魂が、人生において頂いたすべての「ご縁」に感謝を捧げると同時に、 十全に生ききれなかった後悔を新たな「志」とし、 魂として赴くべきところに旅立ってゆく「人生の卒業式」と言われている。


葬儀にあたっては、故人が生前に体験した幾多の出会いや出来事、喜びや悲しみなど、その人生の道のりをしたためた小さな栞(葬儀の栞)が作成される。それを通して、参列者は、故人の人生や人柄をより深く知り、かけがえのない別れの時が実現されるという。[26]


特別供養[編集]

GLAでは、長年にわたって、「供養」の取り組みが行われてきた。主宰者・高橋佳子によって導かれるその「供養行」は、一定の期間、取り組む本人が自らの人生を振り返り、心の浄化を深めながら、あの世の魂に祈り、語りかけ、共に魂の成長と進化の道を歩んでゆくものである。


その後、2009年、佳子は「特別供養」という場を開く。その場では、事前の供養行の取り組みを経て、当日は、佳子自身の祈り、司祭の祈り添えによって、あの世とこの世の窓が開かれる。その中で、多くの参列者が、故人の存在を様々な形で実感してゆく。「身体がどんどん温かくなり、『亡くなった弟が来ている!』と感じた。再会の喜びを伝えることができた」「この場は、一般的な供養と違って、亡くなった方をこんなに身近に感じられるのかと驚いた」「まるで重荷が外れたように、私自身がすごく癒された」……などの声が多く寄せられているという。


圧倒的な神の光によって、「あの世」(実在界)と「この世」(現象界)をつなぐ窓が開かれ、通常ではあり得ない、次元を超えた魂の邂逅が起こるのが、「特別供養」の大きな特徴であり、あの世の魂のみならず、供養者にも深い癒しが起こり、亡きの魂との確かな絆を抱いて、共に新たな未来に歩み出すことができる、とされている。


「特別供養」は、年2回(春季特別供養、夏季特別供養)、GLA会員とその親族を対象に、GLA各本部で開催されている。[27]


人生祈念館[編集]

●人生祈念館が抱く2つの柱[編集]

GLAでは、1人ひとりが魂としてこの人生を生きた軌跡こそ、後世に伝えられるべき遺産との考えから、2013年、山梨県北杜市に人生祈念館を開設した。


その竣工式で、主宰者・高橋佳子は、人生祈念館が抱く2つの柱について語った。第1の柱は、様々な人生の条件を引き受けた人々が神理と出会い、それを支えにして記した神理実践の足跡、魂の歩みが、人生祈念館に蓄積されること。第2の柱は、人生祈念館が祈りの中心の場となるということ。この2つの柱を抱く人生祈念館の始動とともに、魂の文化の蓄積を進めてゆく歩みが始まったという。


その第1の柱として、具体的には、人生祈念館に会員1人ひとりの「人生記録」及びその人生を支えた肉体の形見である「遺骨」を預かり、その人生の挑戦を讃え、後世に伝え遺してゆくという。「人生記録」は、会員1人ひとりが生前に自ら自身で取り組み、納める。それは、新しい人生伝承の実践であり、1人ひとりの魂を重んじる新しい葬制のあり方と言われている。 [28]


●新聞各紙の紹介[編集]

「人生祈念館」の活動は、「新宗教にみる葬送」と題して、各紙で紹介された。そこでは、たとえば「……GLAによると、肉体の形見である遺骨は30年で散骨して大自然に返すが、『人生の折々の場面で、事態をどう受け止め、どう思い考え、行動して、どのような現実を生み出したのかという心と現実の軌跡』としての『人生記録』は遺してゆく、という。ある仏教団体幹部は『今後の葬送の在り方として興味深いアイデア』と関心を示した」と書かれている。 [29]


●北米照明学会(IES)の「2013北米照明学会照明賞」で「部門佳作」[編集]

また、人生祈念館の照明デザインは、2013年、北米照明学会(IES、本拠地:ニューヨーク)主催の国際照明コンテスト「2013 IES Illumination Awards(イルミネーション アウォーズ)」(北米照明学会照明賞)で「Award of Merit」(部門佳作)に選ばれている。 [30]


●特徴的なランドスケープ[編集]

また、人生祈念館と周辺の土地は、非常に特徴的なランドスケープを有しており、その設計を担当した株式会社ランドスケープ・プラスは、以下のように述べている。

――八ヶ岳いのちの里は、宗教法人GLAの研修を行う場として1980年代より施設の整備を進めてきた場所です。GLA40周年を期に、八ヶ岳いのちの里に本宗教法人の中心的な施設となる祈念館と祈念広場を整備したいとの思いを実現することが、設計者に与えられた使命でした。GLAの掲げる「ビッグクロス」という光を象徴した概念によってランドスケープのスタディを重ねる中、私たちはこの地が創始者生家とGLA総本部を結ぶ軸の交点であることを発見します。このランドスケープの導きによって、いのちの里の骨格が定まり、祈念館の祭壇から祈念広場の森へとつながる螺旋状の道程における風景そのものが、創始者と信者のこころをつなげる中心的な場所となりました。北に八ヶ岳の頂を仰ぎ、南にアルプスの山並みを抱くこの地に身をおくとき、私たちの描いた風景もまた、この地を大切に想うGLA関係者の導きであったことを教えられます。大切な人を想う気持ちは、いつも大切な風景とともにあるのです。―― [31]

学会等での活動[編集]

●ライフエンディング研究会定例会[編集]

2015年6月29日(月)、ライフエンディング研究会定例会(武蔵野市・武蔵野プレイスにて)にGLA広報次長が招かれ、GLAでは円環的人生観という新たな人生観にもとづいた冠婚葬祭が行われていること、また葬儀を「人生の卒業式」と位置づけることや、故人の人柄や歩みをまとめた「葬儀の栞」を参列者に配布すること、さらに山梨県北杜市に建てられた「人生祈念館」の特徴などが紹介された。その場には、武蔵野・多摩地域の宗教者や葬儀業者、医師、行政書士といった生と死に関わる専門家が参加し、GLAの葬儀や納骨施設に対する取り組みを学んだ。 [32]


●日本宗教学会第74回学術大会[編集]

2015年9月4日(金)~9月6日(日)、創価大学で開催された日本宗教学会第74回学術大会で、「現代における新しい葬送のあり方――GLAの事例から」と題する報告が行われた。 [33]


●「第25回宗教者災害支援連絡会」(宗援連)[編集]

2016年1月30日(土)、東京大学仏教青年会ホールで開催された「第25回宗教者災害支援連絡会」(宗援連)において、GLA総合本部広報部次長が「命・生活・人生・魂を守る災害支援——GLAの取り組み」と題して、「GLAの災害支援の基本的な考え方」「東日本大震災のときにGLAがどのような支援をしたのか」などについて報告を行った。 [34]


●日本宗教学会第75回学術大会[編集]

2016年9月9日(金)~11日(日)、早稲田大学で開催された日本宗教学会第75回学術大会で、GLAで「魂の学」を学ぶ医師3名がパネリストとして登壇し、「人間を魂として受けとめる医療」の実践について発表した(パネリストは、馬渕茂樹[東京トータルライフクリニック院長]、福島一成[藤枝市立総合病院心療内科部長 兼 精神科科長]、井口清吾[上尾甦生病院副院長 兼 ホスピス病棟長]。なお、コメンテーターは、加藤眞三・慶應義塾大学看護医療学部教授)。 [35]

また、部会においては、「死者を記憶するあり方――GLAと岩手県大槌町の事例から」と題する報告も行われている。 [36]


●公開シンポジウム「人口減少時代に宗教はどう立ち向かうか」(主催:公益財団法人国際宗教研究所)[編集]

2017年2月18日(土)、大正大学で行われた公開シンポジウム「人口減少時代に宗教はどう立ち向かうか」(主催:公益財団法人国際宗教研究所)に、GLA理事の1人がパネリストとして招聘され、「人と地域と日本を元気にする『魂の学』の実践」というテーマで発表を行った。 [37]

宗教学者による評価[編集]

沼田健哉の評価(1994年時点)[編集]

信次、佳子とも、非凡な資質の持ち主である。信次から佳子への継承時における教義の転換は、会員数の増加という点だけから考えるならば、短期的には望ましくなかった可能性がある。

しかし、佳子はきわめてすぐれた素質の持ち主のようにみうけられ、佳子の学識は、専門の研究者に互しても遜色ない。 その説く内容は、現代的というよりも、21世紀を先取りした先見の明がある。

長期的に見て佳子のとった路線が正しかったか否かは今後の歴史により明らかになるだろう。

GLAがより大きな教団となって、社会的影響力を持つ可能性は十分ある[2]


島田裕巳の評価(2007-2008年時点)[編集]

以下の記述は島田裕巳『日本の10大新宗教』[6]第10刷による。

GLAは、「日本の10大新宗教」の中では、信者数が最も少ない部類に属し、分派も小規模であるが、高橋信次を宗教家として高く評価する人たちは少なくなく、教団外部に熱心な高橋信次のファンが少なからず存在する。

2003年に起こった「白装束騒動」。その集団の指導者千乃裕子はその著作において、天上界のエル・ランティーと呼ばれる神のもと(信次はエル・ランティは神ではなく、その命を受けた天使であるとしている)モーゼ、イエス、ブッダと並んで高橋信次を聖人として捉えるが、千乃自身がそれに関わったともいわれるGLAにおいての後継者争いあるいは信者であったか否かを含めてGLAとの関わりはないと見てよいと考える。

1964年、東京都大田区大森にコンピュータ関連の高電工業株式会社を設立した信次は、4年後の1968年に古代エジプトや中国の霊による霊的現象を体験。それを契機として同11月に開かれた「土曜会」が70年発展的にGLAとなり、73年に宗教法人としての認証を得た。1960年代当時のアメリカの『ミステリー・ゾーン』や日本の『ウルトラQ』等の放送を受けて醸成された、社会のオカルト的なものへの関心にGLAは合致していた。

また、東大阪の宗教団体「瑞宝会」の集団帰依による組織そのもののGLA関西本部への転換、東京小金井のキリスト教会の宣教師、建物ごとのGLA移籍などがみられる。

高橋信次死後、佳子は、後継者として就任した。その後、 佳子は経営、医療、教育等に跨る「TL(トータルライフ)人間学」を提唱し、講演会の開催、地域における小規模な研鑽、60歳以上の人を対象とした「豊心大学」の開設・実践に取り組む。 GLAの講演会は洗練されており、宗教というイメージからはむしろ遠い。

佳子は、死を間近にした会員やその家族のケアなども行っており、現代において宗教に求められる役割を忠実に果たしている。

ただ、活動が現実的である分教団は大きくは伸びず、会員数も2万人台であり、新宗教一般に見られるような大規模施設の建設も見られず、浅草雷門付近の総合本部施設も、普通のビルで、通行人も言われなければ宗教団体の本部とは気付かない。

GLAは、信次から佳子に継承されることで、土俗的、土着的な要素が払われ、大規模な精神世界の運動にその姿を変えてきた。終末論・世直し的な側面は見られず、また急速な拡大がなかったため、GLAからは千乃正法のような集団は生まれない。 現在のGLAの活動はひどくまっとうであり、問題にすべきことはほとんどなく、今後の新宗教が進んでゆく道を示している。 しかし、それは現代社会に対する批判性を失っているからであるともいえ、批判性を失い、日常化した新宗教がどこまで信者の関心をつなぎとめておけるのかということは、GLAのみならず新宗教全般の課題である。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g 「GLAの歩み――創立から現在までの略史」
  2. ^ a b c d e f 清水雅人 編『新宗教時代2』大蔵出版、1994年12月、ISBN 978-4804352077
  3. ^ 高橋佳子『1億総自己ベストの時代』オビに掲載 三宝出版:衆議院議員・二階俊博による「高橋佳子先生のこと」、2013年12月、ISBN 978-4879280886
  4. ^ 「三宝出版、読者の声」
  5. ^ 高橋佳子『果てなき荒野を越えて』増補版 p13 三宝出版、2016年3月、ISBN 978-4879281043
  6. ^ a b c 島田裕巳『日本の10大新宗教』幻冬舎、2007年11月、ISBN 978-4344980600
  7. ^ GLAの概要
  8. ^ GLAの教義
  9. ^ a b c d e f 高橋佳子『運命の逆転』 三宝出版、2016年10月 ISBN 978-4879281074
  10. ^ a b c 高橋佳子『あなたが生まれてきた理由』 三宝出版、2005年9月 ISBN 978-4879280480
  11. ^ 高橋佳子『未来は変えられる!』 三宝出版、2015年9月 ISBN 978-4879281005
  12. ^ 高橋佳子『魂の冒険』 三宝出版、2010年9月 ISBN 978-4879280619
  13. ^ 高橋佳子『12の菩提心』三宝出版、2008年10月 ISBN 978-4879280565
  14. ^ 高橋佳子『Calling 試練は呼びかける』三宝出版、2009年10月 ISBN 978-4879280572
  15. ^ 高橋佳子『人生で一番知りたかったこと』三宝出版、2003年5月 ISBN 978-4879280411
  16. ^ [ http://www.gla.or.jp/studysessions/shiseijitu/ GLA「四聖日の集い」]
  17. ^ [ http://www.gla.or.jp/studysessions/seminar/ GLA「層別の研鑽で学ぶ」]
  18. ^ [ http://www.gla.or.jp/studysessions/ggp/ GLA「グローバル・ジェネシスプロジェクト研鑽」で学ぶ]
  19. ^ [ http://www.gla.or.jp/studysessions/seikatsujissen/ GLA「生活実践」で学ぶ]
  20. ^ [ http://www.gla.or.jp/studysessions/specialty/ GLA「専門性を生かした活動]
  21. ^ [ http://www.gla.or.jp/keiko_takahashi/lecture/ GLA「各種講演会・文化活動」]
  22. ^ 中外日報2014年11月21日
  23. ^ [ http://www.gla.or.jp/support/ceremony/ GLA「冠婚葬祭」]
  24. ^ [ http://www.gla.or.jp/support/ceremony/naming.php/ GLA「命名の儀」]
  25. ^ [ http://www.gla.or.jp/support/ceremony/wedding.php/ GLA「結婚式」]
  26. ^ [ http://www.gla.or.jp/support/ceremony/funeral.php/ GLA「葬儀」]
  27. ^ [ http://www.gla.or.jp/studysessions/tokubetsukuyo/ GLA「特別供養」]
  28. ^ [ https://www.gla.or.jp/support/kinenkan/ GLA 「人生祈念館」]
  29. ^ 信濃毎日新聞2014年8月26日夕刊、河北新報2014年8月30日、熊本日日新聞2014年9月7日、福井新聞2014年9月8日、山梨日日新聞2014年10月3日ほか
  30. ^ [ https://www.gla.or.jp/topics/activities/20131214_2.php / GLA 「GLA Topics」]
  31. ^ [ https://www.landscape-plus.co.jp/gla/ ランドスケープの軸が導く施設の整備方針 ]
  32. ^ 中外日報2015年7月3日
  33. ^ 日本宗教学会『宗教研究』第89巻別冊、第74回学術大会紀要特集、「現代における新しい葬送のあり方――GLAの事例から」、2016年3月、:338-339
  34. ^ [ https://sites.google.com/site/syuenrenindex/home/report/meeting/20160130suzuki / 宗教者災害支援連絡会(宗援連)「情報交換会」]
  35. ^ 日本宗教学会『宗教研究』第90巻別冊、第75回学術大会紀要特集、「人間を魂と受けとめる医療――医療者が信仰を持つ可能性」、2017年3月、:115-121
  36. ^ 日本宗教学会『宗教研究』第90巻別冊、第75回学術大会紀要特集、「死者を記憶するあり方――GLAと岩手県大槌町の事例から」、2017年3月、:385-386
  37. ^ [ http://www.iisr.jp/symposium/present/sym_111.html 国際宗教研究所「公開シンポジウム「人口減少時代に宗教はどう立ち向かうか」]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]