神一条教

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神一條教
設立年 1942年(昭和17年)
設立者 米谷玉水仙(米谷クニ)
種類 宗教法人
本部 日本の旗 日本
大阪府東大阪市三ノ瀬2-3-22
ウェブサイト 神一条にようこそ (日本語)

神一条教(かみいちじょうきょう)は日本の新宗教。ほんみちの分派である天理三輪講の流れを汲む。教祖、米谷クニ(玉水仙)は天理教の教師であったが、1935年(昭和10年)に天理教を離れ、天理三輪講に入信するも1941年(昭和16年)に教団解散、1942年(昭和17年)に大阪府布施市の自宅で「神一条打明場所」を開く。1946年(昭和21年)に大自然神一条教と改称し、1952年(昭和27年)、宗教法人認可を受けた際に現名称となる。

概要[編集]

「神一条」とは天理教の教義上の概念で、神の教えに触れて人生観が転回することをいう[1]。創始者の米谷玉水仙は1889年8月に京都市上京区の豪商であった浅野家の次女に生まれた。玉水仙は米谷庄太郎と結婚し1920年に大阪に移るが、二男・三男・四男を相次いで病気で失ったことから1925年に天理教に入信。天理教で修業を積んだのちに、同教の分派である勝ヒサノ天理三輪講に移り、1942年に神一條教(神一条教)を創始した。[2]

1974年に玉水仙が没し、教団は玉水仙の長男の妻である米谷千恵子が継承した。1985年、千恵子没。[2]

教義[編集]

教義としては天理三輪講の教義を継承し、仏教キリスト教天理教をひとつのものとしてとらえる独特の教義を持つ。感謝祭などの祭礼にも天理教の祭礼と同様の内容がみられる[2]

火・水・風の三元神が信仰の対象であり、「火と水とが一の神、風より外に神はないぞや」という原則を信ずることで天の守護を得られるとしている[2]

脚注[編集]

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  1. ^ 「天理教見聞記(4)」1930年5月23日読売新聞朝刊4面 2016年4月10日ヨミダス歴史館にて閲覧
  2. ^ a b c d (新宗教研究会 1999)

参考文献[編集]

  • 新宗教研究会 『改訂最新版 新宗教ガイドブック』 ベストブック、1999年。