霊友会

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霊友会
Main hall of Reiyukai as seen from Tokyo Tower.jpg
霊友会釈迦殿(東京タワーから)
設立年 1920年
設立者 久保角太郎
種類 宗教法人
本部 東京都港区麻布台1-7-8
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宗教法人霊友会(しゅうきょうほうじんれいゆうかい)は、法華系の新宗教である。信者数は公称4,263,879人[2]。『宗教年鑑 平成27年版』における国内信者数は、1,340,703人とされている[3]


歴史[編集]

  • 1920年 - 創立者の久保角太郎西田無学の思想と行法を知り、それをきっかけとして本格的な法華経研究と在家による実践方法の模索に入る。
  • 1924年 - 若月チセらと第一次「霊友会(南千住霊友会)」結成するが、若月らに菩薩行としての趣旨が理解されず、その後袂を分かつ。
  • 1927年 - 兄夫婦の小谷安吉・小谷喜美らとともに「赤坂霊友会」として活動を開始。
  • 1930年 - 小谷喜美を名誉会長とし、貴族院議員・永山武敏男爵を会長に迎え久保を理事長として「霊友会」として発会式を行う。永山は三ヶ月で辞任し、小谷喜美が会長に復帰する[4]。「在家による法華経の菩薩行を実践する団体」として発展。
  • 1936年 - 九条日浄を総裁に迎える。弾圧への配慮のためである[5]
  • 1944年 - 久保角太郎他界。その後、小谷喜美を中心に戦後大きく教勢を伸ばしていくが、多くの分派を生むに至る[6]
  • 1949年 - 教団本部がGHQの捜索を受け、金塊とコカインが押収される。翌年には小谷喜美が脱税の容疑で捜査を受け、麻薬所持で摘発される[7]。この後普明会教団妙智会教団佛所護念会教団が分派していく。
井上順孝は、終戦直後の社会的混乱の中で、脱税を目的とする便乗教団が生まれたことを指摘している[8]。霊友会は戦前から存在しているが、そのような便乗教団と行動面では共通しているのである。
  • 1952年11月15日 - 宗教法人法による宗教法人となる。
  • 1953年 - 小谷喜美が赤い羽根共同募金110万円の横領、闇ドル入手、贈賄などの容疑で検挙される。顧問弁護士木村篤太郎らの尽力で釈放される[9][10]。なおこの闇ドル入手には、聖イグナチオ教会会計係の神父が関係していた[11]
  • 1971年2月 - 小谷喜美死去後、久保角太郎の子息である久保継成が会長に就任。「インナートリップ」を提唱し若者をターゲットとした布教方針を掲げた。
  • 1993年11月18日 - 久保継成は集団合議制を確立する為に会長職を辞任、理事長に就任。
  • 1993年6月9日 - 霊友会本部釈迦殿(東京都港区麻布台)で行われている月例行事「在家のつどい」に久保継成が登壇。久保継成は自身が会長職に復帰する旨の宣言を一方的に発表する。これにより、久保継成、及び、久保が会長職への復帰を支持する幹部・役員・会員と、その他の霊友会幹部・役員・会員との内紛状態に入る。以降、久保継成及び久保を支持するグループによる霊友会本部、及び、関連施設への立ち入りが出来なくなる。
  • 1996年9月4日 - 濱口八重が後継会長に就任。久保継成は、久保継成を支持する第七支部の松本廣を中心とした独自の別グループを形成し、団体名称「Inner Trip REIYUKAI International」という国際団体として活動を開始。日本国内においては団体名称を「ITRI日本センター」とし、所在地を東京都港区虎ノ門5-6-11に置く。
  • 2000年5月18日 - 濱口八重会長死去により大形市太郎が会長に就任。
  • 2003年 - 久保継成は「Inner Trip REIYUKAI International」及び「ITRI日本センター」から離れ、新団体「在家仏教こころの会」を設立し、以降、分派団体としての活動を行う。以降、「Inner Trip REIYUKAI International」及び「ITRI日本センター」の代表は、松本廣が担っている。
  • 2013年4月8日 -大形市太郎会長死去により末吉将祠が会長に就任。

赤い羽根募金業務上横領事件[編集]

1953年、小谷喜美が赤い羽根共同募金110万円の横領、闇ドル入手、贈賄などの容疑で検挙された。この事件では、次の3件が裁判になった。

   ①赤い羽根募金業務横領事件―霊友会付属国友婦人会は、小谷を会長、Tを書記として募金の集計・保管などに従事していた。Tは昭和27年から28年の募金実額を不正に削減し、一部を業務上横領したもの。
   ②贈収賄事件―宗教法人認証の便宜を図るため、文部省宗務課長・篠原義雄に10万円を贈与したもの。
   ③外国為替および外国貿易管理法違反事件

昭和32年3月5日、東京地方裁判所で第1審の判決が下された。小谷喜美は①で無罪。小谷喜美は②③で懲役1年罰金200万円執行猶予2年の有罪。Tは①で懲役8月執行猶予2年の有罪。篠原義雄は収賄で懲役8月執行猶予2年の有罪。その後、被告弁護側・検察側双方ともに判決を不服として控訴。昭和34年3月3日、東京高等裁判所は、すべての控訴を棄却する判決を出した。[12]

教義[編集]

霊友会の目的は、在家による法華経の菩薩行の実践とその普及にある。

その基本は、自分自身のあり方を理解する事にある。言い換えれば、仏教の縁起観によって自分自身を捕らえなおすということである。仏教の縁起観によれば、あらゆるものは相互依存の関係によって成り立っており、それ自体の固定的な実体をもつものはないとされる。自分という存在も、時間的・空間的なさまざまな関係性の中で現象しているものであり、それらの関係性を理解していく事が、自分自身のあり方を理解する事に繋がる事になる。

霊友会の修行では、自分に繋がる父系・母系双系のすべての先祖との関係性と、日常生活において触れ合うすべての他者との関係性の中に、これまでの自分のあり方が反映されている事を認識し、それらについて内省して自身のあり方の問題点に気付き、その気付きを基に日常の行動パターンを変革していく事が重視される。

具体的には、自分に繋がる父系・母系双系のすべての先祖を象徴した「総戒名」と呼ばれる、一種の時間軸における関係性の象徴を前にして、日々、「青経巻」と呼ばれる、法華三部経からの抜粋を中心に編纂された経巻を読誦する。これを霊友会では「先祖供養」と呼んでいるが、これは、旧来の男系中心の家制度に基づく儒教的な影響を受けた日本の伝統的祖先崇拝とは発想を異にするもので、上述したとおり、自分という存在を縁起観で捕らえ直す純仏教的な修行の一環として位置づけられるものである。

しかしながら、この「先祖供養」という用語により、会の外部はもちろん、霊友会の会員自体の中にも大きな誤解が生じ、それが霊友会の本来の趣旨が正確に伝わらなかった大きな要因になったことは否定できない。

本来の霊友会の趣旨では、先祖は祟るものでも依存する対象でもなく、父系母系双系のすべての先祖との関係性はDNAの例を見ても分かるとおり、現在の自分自身の中に集約されており、それら先祖の象徴である「総戒名」を前にして法華経を読誦すると言う行為は、広い意味での自分自身の象徴の前で、自身に対して経を聞かせるのと同義なのであった。と同時に、先祖を他者として考えた場合も、自分と同じく先祖一人一人も仏道に導かれるべき衆生であり、自ら読誦する法華経を共に聞くことによって、共に仏道に目覚めていくことが意図されており、そういう意味でもいわゆる菩薩行の一環と位置づけられるものである。

このような菩薩行としての「先祖供養」に加え、上述したとおり、日常生活において日々触れ合う他者との関係性にも、自己のあり方が反映されていることを認識し、そこから学び反省し自らの行動を変革する事によって、それらの関係性をよりよいものにしていくことが期待される。霊友会における、経の読誦はそのような内省と「気付き」の為の時間としても重視されるのである。

また、そのような自らの「気付き」と変革の努力の成果を、他者とも分かち合う事によって、他者にも、それぞれの「気付き」を誘発し、それが彼らに関係する他者の「気付き」を誘発するという「悟りの連鎖」の輪が広がることが、期待される。

このように、霊友会の修行は、自らの悟りと他者の悟りを同時に希求するという法華経が唱導した「菩薩行」を実現するものであり、先祖の供養も含めてすべての活動が菩薩行の一環であるとされている。

分裂・分派発生[編集]

創立者の久保角太郎の子息である久保継成は、さまざまな改革を断行したが、結局、会内部での改革をあきらめ、改革の趣旨に賛同した会員達とともに、在家仏教こころの会という別団体を設立する事になる。

政治運動[編集]

これまで参議院全国区比例区選挙において内田芳郎細川護熙佐藤信二久世公堯石井道子清水嘉与子石田昌宏太田房江といった候補を支援してきた[13][14][15]

その他[編集]

かつて、フランスで十分な確認がされないまま規制すべき団体「セクト」に一時指定された。しかし、フランス政府関係者が来日した際に教えや活動内容を説明した結果、指定は解除された。現在はヨーロッパ仏教連盟にも加盟し、地域社会に溶け込んでいる[16]

著名な信者[編集]

  • 石原慎太郎
    霊友会信者であり、政界進出にあたり支持をとりつけて大量の組織票を獲得した[17][18]。霊友会の定期刊行物「あした21」に寄稿するほか、イベントにも参加している[19]
  • 花田勝治[20]
    元横綱。長男を不慮の事故で亡くした後に入会している。他の花田一族も信徒である。実弟に当たる貴ノ花は霊友会から化粧廻しを提供されていたこともある。
  • 日高六男夫妻[21]
    元大関。現役時代に入会。部屋を興した後も夫妻で活動。

脚注[編集]

  1. ^ 五十嵐太郎 『新宗教と巨大建築』 講談社現代新書 1580 ISBN 4061495801、217p
  2. ^ 海外含む2013年12月31日時点の公称 概要 - 霊友会
  3. ^ 文化庁『宗教年鑑 平成27年版』 P113
  4. ^ 村上重良 『日本宗教事典』 講談社学術文庫 837 ISBN 4061588370、415p
  5. ^ 村上重良 『新宗教 その行動と思想岩波現代文庫 G170 ISBN 978-4006001704、204p
  6. ^ 主な分派として、立正佼成会思親会佛所護念会教団妙智会教団妙道会教団大慧會教団正義会教団法師宗などの新宗教の団体が挙げられる。これらを総称して霊友会系教団と分類することが多い
  7. ^ 村上 『新宗教』、205p
  8. ^ 井上順孝 『新宗教の解読』 ちくま学芸文庫 [イ-12-1] ISBN 4480082735、135p
  9. ^ 室伏哲郎実録 日本汚職史』 ちくま文庫 [む-2-1] ISBN 4480022031、272-273p
  10. ^ 島田裕巳 『日本の10大新宗教』 幻冬舎新書 061 ISBN 978-4344980600、118p
  11. ^ 松本清張 『黒い手帖』 中公文庫 [ま-12-25] ISBN 4122045177、205p
  12. ^ 井上順孝・他/偏「新宗教事典 本文篇」弘文堂(平成6年7月)P510~P511
  13. ^ 戦後日本国家と民衆宗教の政治参加 : 宗教学的一考察 中野毅
  14. ^ 2001年7月12日付読売新聞
  15. ^ 2013年8月16日付朝日新聞
  16. ^ 中外日報』平成26年7月25日号<連載・断面>新宗教⑤”. 中外日報. 2016年6月21日閲覧。
  17. ^ 「てっぺん野郎本人も知らなかった石原慎太郎」佐野眞一 ISBN 4062119064
  18. ^ 朝倉秀雄、「国会議員リアル白書」、2011年9月11日初版発行、笠倉出版社、168ページ
  19. ^ あした21 バックナンバー
  20. ^ 「あの若貴も信者 霊友会お家騒動であぶり出された女とカネ」『週刊朝日』1996-7-5
  21. ^ 『福商会報』2014年「クロマグロに英気を」のところ

参考文献[編集]

  • 週刊ダイヤモンド、2009/09/12、特集 “新宗教”

関連項目[編集]

外部リンク[編集]