大山ねずの命神示教会

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本来の表記は「大山ねずの命神示教会」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。
大山ねずの命神示教会
神総本部.jpg
教団本部
設立年 1953年9月23日
設立者 供丸斎(稲飯定雄)
種類 宗教法人
本部 日本の旗 日本 神奈川県横浜市南区宮元町82[1]
会長 神主教会長
供丸光
代表役員 森日出子(不明 - 2001年[2]
森眞一(2002年[3] - )
信仰対象 大山ねずの命
重要人物 供丸姫(森日出子)
ウェブサイト http://www.shinjikyoukai.jp/(日本語)
http://shinjikyoukai.jp/kaigai/index.html(英語)

大山ねずの命神示教会(おおやまねずのみことしんじきょうかい[4][注 1])は、日本の単立宗教法人である[7]信仰対象は「大山ねずの命[8](おおやまねずのみこと)」。「ねず」は教会独自の字[9]で、「」のつくり横画がないような字[注 2]であるが、Unicodeで規定されていないため、当記事ではこれ以降ひらがなで表記する。 記紀神話に登場する「大山(おおやまづみのかみ)」のことではなく、三島・山祇信仰とも無関係[要出典]

概要[編集]

大山ねずの命神示教会は、供丸斎(ともまるさい[8]、本名:稲飯 定雄[10]1905年 - 1988年)が1953年9月23日に設立した新宗教である。教会によれば、「神、仏、人の道」が教義である。

奉祭神は大山ねずの命であり、また、代表役員であった供丸姫(ともまるひめ[8]、本名:森 日出子[11]1946年 - 2002年)がその化身であると教義で定められている。

2005年10月に法人番号が指定された[1]

設立[編集]

稲飯定雄が1952年昭和27年)に宗教法人の認可を受け、翌1953年昭和28年)9月23日、横浜市西区戸部町に大山ねずの命神示教会を設立[12]。その際、稲飯は「供丸斎」と改名し称号と合わせて「使者供丸斎」を名乗る[12]。またこの時、稲飯は使者供丸斎として「神示人相鑑定官[要説明]」という肩書を持つ。

経営する銭湯の一角に6畳の神前[要説明]を設け、そこを訪れた人々の相談に乗ったことが「よく当たる神様」と評判になり、毎月23日に浴室を開放して行う講話には部屋に入りきれないほどの人を集めるようになる[要出典]

有力な信者を支部長にし、横浜を中心に多くの支部を開所した[13]

沿革[編集]

1946年昭和21年)11月15日、横浜市南区宮元町に森日出子が生まれる[11]。 南区で代々地主として知られた森家に生まれた日出子は、後の教会長である兄、後に供丸光と名乗る弟とともに成長したが、中学生のころから病気がちとなる。やがて原因不明の病により、20歳のときに医師から余命がわずかであると宣告される。そのおりに大山ねずの命の存在を知り、家族ぐるみで信者となる。1967年(昭和42年)2月4日、快復したお礼のため戸部総本部を訪れた日出子に、供丸斎は神の運命であると告げる。 同年の7月から啓示を受けられるようになった日出子は、2年後に宮元支部の支部長として頭角を現していく[14]

そんな中[いつ?]、横浜市内の有力な支部の支部長が女性信者への暴行容疑で逮捕され、供丸斎も警察の聴取を受けることとなり、それが週刊誌などに報道された[要追加記述]ことから信者に動揺が広がった。この事件を利用し、供丸嬢(供丸斎の妻)や教会幹事長による供丸斎の排除も計画された[15]。 日出子の弟の依頼を受けた弁護士沼野輝彦により事件は不起訴処分となった。供丸斎の排除を計画した教会幹事長は教会を去り、供丸嬢は教会運営から遠ざけられた[16]

1975年(昭和50年)に日出子は「副使者供丸姫」の肩書を名乗り、その3年後には教会監査役として教会運営の中心になっていった。 供丸姫は1985年(昭和60年)に「使者」、翌年に「直使(ちょくし)」となった[17]

供丸斎と供丸姫は支部制度を廃して教会を一元化。信者数は約10年の間に5万人からその10倍以上に発展した。1987年(昭和62年)には本部を西区戸部町から供丸姫の生家のある南区宮元町に移し、「神総本部(しんそうほんぶ)」と称する[18]。付近には次々と施設を建設した。

1988年に供丸斎が死去。自身が目指した教会像が実現したことに満足していたという[19]それ[いつ?]から15年後の2002年(平成14年)9月に供丸姫が死去。

教義[編集]

宗教法人「大山ねずの命神示教会」は供丸斎の時代から説き続けられている[誰によって?]「神、仏、人の道」を教義とする。「神の道」は、朝夕、また事有るごとに神に祈願し、神の教えに沿って生活する。「仏の道」は、故人や先祖に願い事をするのではなく、親、先祖、目上に感謝する心で暮らし、安心感を与える。「人の道」は、人との調和を保ち、人と支え合って暮らすことである[20]。 供丸姫は、どのような人の心も救うことのできる「希望の光(きぼうのみち)」と、繰り返し仕合せ[ママ 1]な人生に生まれることができる「真実の光(しんじつのみち)」を表し、救いの道を確立したとされる[22]

現在[いつ?]は、供丸姫の実弟供丸光が神示[要説明]を受け、一つ一つを解析して、人々の豊かな心を育んでいる。神の教えを守ることによって、神から授けられた自分の運命が輝き、悔いのない人生を送ることができるとされる[22]

奉祭神[編集]

宗教法人「大山ねずの命神示教会」の奉祭神は、女神[10]大山ねずの命[要説明]である。また、教義では、大山ねずの命の御魂が封じ込められて生まれてきたのが供丸姫とされている[11]。 1987年11月15日には、神の御魂が封じ込められた、神そのものの存在であることが明かされた[誰によって?]。この日は教会にとっての聖なる日、「聖日(せいび)」とされ[17]、この年を紀元とする「教会暦」が制定された。

教義によると、咽喉がんで生死のふちをさまよっていた[いつ?]稲飯定雄(のちの供丸斎)の夢の中に表れて「命が欲しければ、神にすがれ。神の教えを世に伝えよ」と言い、夢から覚めると水がのどを楽に通るようになった稲飯はそれで命が救われたことを知ったという[10]1948年昭和23年)9月23日、稲飯は「大山ねずの命の名を世に広め、神の力によって大衆を救助せよ」との啓示を受け、その日から「神の教育[要説明]」が始まった[12]

現在[いつ?]、救いの道筋を完成させ神の世界へと戻ったとされる供丸姫は「大山ねずの命の神魂(しんこん)」として、神と人間との橋渡しとなっている[22]。供丸斎は大山ねずの命の側近の神である「代神(だいしん)」として、「供丸斎命(ともまるさいのみこと)」と呼ばれている。

称号と名前は神から授かるとされる[12]

組織・施設[編集]

2002年9月からは、供丸姫の実兄で教会の組織長である「神主教会長[要説明](しんしゅきょうかいちょう)」と、実弟で説教と信者教育を担当する「教主正使者[要説明]供丸光(きょうしゅせいししゃ ともまるこう)、教会長の長男で2人を補佐する「神奉仕[要説明]供丸清(しんほうし ともまるしょう)の3人体制で運営されている。

2002年から2016年現在の代表役員は森 眞一[3][4]である。森は教会長を務めている[23]

2014年時点の信者数は約80万人[8]。 信者は、教団本部のある神奈川県を中心に、東京千葉埼玉などの近県をはじめ、北海道から沖縄まで、全国各地に分布している。

教会施設は、横浜市営地下鉄蒔田駅周辺に、神殿や教育会館、儀式会館、食堂などのビルがあり、全国に「偉光会館(ひかりのやかた)」と呼ばれる施設が32か所ある。納骨施設は、神奈川県湯河原町にあるほか、11か所の偉光会館にも併設されている。

活動[編集]

マスコミによる派手な宣伝や強引な布教活動を行わず、もっぱら家族、親族、知人への口コミによる布教で今日にいたる[要出典]。行事や勉強会は全て無料で、「新興宗教は、営利が目的」と言われる[誰によって?]中では特異な存在と言える。新宗教団体が攻撃の対象とされやすい特性の極めて少ない教団と言われる[誰によって?]。教団信者には顕著な人格の向上が見られ、個別化の進んだ現代社会に適応した心直しの教団として成功していると評される[24]

海外では、在留邦人信者を中心に、カナダバンクーバーカルガリーアメリカニュージャージーロサンゼルスで勉強会が開かれ、本部の職員が出向くこともある[25]

2000年には職員食堂で集団食中毒事件が発生した[26]

脚注[編集]

  1. ^ 平成26年版と平成27年版の宗教年鑑には「おおやまねずのみことしんじきょうかい」と記載されている[5][6]
  2. ^ ただし「祇」と異なり最後の一画をはねずにはらって書くように表明されている[9]
  1. ^ 公式サイトにて「神は、一人一人の幸福を願われ、どのように生きれば仕合せ〔ママ〕になれるのか、使者を通して確かな道筋を示されています」[21]と記載。
  1. ^ a b 大山_命神示教会の情報”. 国税庁. 2017年7月4日閲覧。
  2. ^ 宗教年鑑 平成13年版 (PDF)”. 文化庁. 2017年7月4日閲覧。
  3. ^ a b 宗教年鑑 平成14年版 (PDF)”. 文化庁. 2017年7月4日閲覧。
  4. ^ a b 宗教年鑑 平成28年版 (PDF)”. 文化庁. 2017年7月4日閲覧。
  5. ^ 宗教年鑑 平成26年版 (PDF)”. 文化庁. 2017年7月4日閲覧。
  6. ^ 宗教年鑑 平成27年版 (PDF)”. 文化庁. 2017年7月4日閲覧。
  7. ^ 文化庁編『平成26年版宗教年鑑』P159
  8. ^ a b c d (公財)国際宗教研究所 - 教団データベース(新)”. 宗教情報リサーチセンター. 2017年7月4日閲覧。
  9. ^ a b 教会名表記”. 大山ねずの命神示教会. 2017年7月4日閲覧。
  10. ^ a b c 神奈川新聞社編 『神は降りた』P124
  11. ^ a b c 神奈川新聞社編 『神は降りた』P150
  12. ^ a b c d 神奈川新聞社編 『神は降りた』P125
  13. ^ 神奈川新聞社編 『神は降りた』P133
  14. ^ 神奈川新聞社編 『神は降りた』P158
  15. ^ 清水雅人編『新宗教時代②』P30
  16. ^ 清水雅人編『新宗教時代②』P30-P31
  17. ^ a b 清水雅人編『新宗教時代②』P35
  18. ^ 清水雅人編『新宗教時代②』P30-P35
  19. ^ 清水雅人編『新宗教時代②』P36
  20. ^ 沼田健哉著『宗教と科学のネオパラダイム』P336-P338
  21. ^ 神示教会とは”. 大山ねずの命神示教会. 2017年7月4日閲覧。
  22. ^ a b c 別冊宝島『日本の新宗教』増補改訂版P110
  23. ^ 結果報告書 : 神奈川県”. 神奈川県. 2017年7月4日閲覧。
  24. ^ 沼田健哉著『宗教と科学のネオパラダイム』P354
  25. ^ 神示教会公式サイト国外ページ
  26. ^ 集団食中毒:宗教団体の施設で職員106人が症状 横浜”. 毎日新聞. 2001年12月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年7月4日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]