出雲大社教

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出雲大社教
(いずもおおやしろきょう)
Izumo ooyashirokyou Soreisha.jpg
祖霊社。左が御霊(霊魂)を祀るための拝殿。出雲大社の西方にある。
略称 大社教
前身 出雲大社敬神講 → 神道大社派 → 神道大社教
設立年 1873年
設立者 千家尊福
種類 宗教法人
法人番号 4280005003181
本部 日本の旗 日本 島根県出雲市大社町杵築東195(出雲大社社務所)
位置 北緯35度24分1.7秒
東経132度41分5.9秒
座標: 北緯35度24分1.7秒 東経132度41分5.9秒
公用語 日本語
関連組織 出雲大社(大社教職員を兼務)
ウェブサイト 出雲大社教 - 出雲大社公式

出雲大社教(いずもおおやしろきょう)は、1873年明治6年)、当時の出雲大社大宮司千家尊福(せんげたかとみ)が創設した教団である。教派神道(神道十三派)の一。

概要[編集]

島根県出雲市の出雲大社社務所内に本部(教務本庁)があり、出雲大社の職員が教職員を兼務している。布教機関は全国に渡り設けられていて、特に中国地方を中心とした西日本に多くの分祠教会等がある。教団としての組織性はあまり強くない。

統理者にあたる管長職は千家家が代々世襲している。2014年現在の管長は六代・千家隆比古である[1]

出雲大社附属の神職養成所である大社國學館では、卒業の際、神社本庁の神職の階位のほかに出雲大社教の教師資格も授与される。

教義[編集]

大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)を奉斎し、「生死一つながらの一如の道[注 1]」を説く。また、人間は「霊止(ひと)」として霊的な存在であり、親神のムスヒ幸魂・奇魂(さきみたま・くしみたま)の恩頼(みたまのふゆ)[注 2]によって先祖からの一貫した霊を継承し、現身(うつしみ)の誕生があるとする。教書として「教旨大要」「大道要義」「出雲大神」「国の真柱」「大道問答」「風教百首講説」「幽顕分界話」「教会撮要」「氏子の心得」「道の一草」などがある[2]

沿革[編集]

1873年(明治6年)、千家尊福が布教のため創設した「出雲大社敬神講」を前身とする。1882年(明治15年)の「神官教導職分離令[3]」によって神職の布教活動が原則禁止されたため、出雲大社より独立し別組織「神道大社派」(のちに「神道大社教」へ改称)となる。1951年(昭和26年)、出雲大社は国家管理を離れ、1882年の分離令も失効したため、出雲大社に復帰合併し、出雲大社の職員が出雲大社教の職員を兼ねる。また教団名を「〜たいしゃきょう」から「〜おおやしろきょう」と改称する。

年表[編集]

  • 1873年明治6年) - 出雲大社が「出雲大社敬神講」を組織、社務所内に大社教院を設ける
  • 1875年(明治8年) - 全国の神道家によって神道事務局設立
  • 1882年(明治15年)
    • 1月 - 政府により、神官の布教および葬祭の禁止法令(神官教導職分離令)
    • 5月15日 - 出雲大社と分離、「神道大社派」の設立
    • 11月 - 「神道大社教」と改称、千家尊福が宮司職を後継へ譲り初代管長となる
  • 1886年(明治19年) - 祖霊社が出雲大社(銅鳥居前)を離れ、西方の現在地へ移転
  • 1951年昭和26年)4月 - 出雲大社と出雲大社教が復帰統合
  • 1982年(昭和57年) - 特立100周年祭
  • 1994年平成6年)- 初代管長生誕150周年祭

施設[編集]

神語[編集]

神語(しんご)とは出雲大社教や出雲大社などが神事などで用いる最も重要な唱え詞。神語は、すなわち「幸魂奇魂守給幸給」(さきみたま くしみたま まもりたまえ さきはえたまえ)である。

日本神話で、大国主大神は少彦名に去られてしまい、大変に困っていた。その時、海原を照らし寄ってくる神があった。それが「幸魂奇魂」であった。大国主大神は、自分の生命の中に潜む「幸魂・奇魂」という偉大な御霊力により「縁結びの大神」になられた。

「幸魂奇魂守給幸給」は、花が「咲く」、布を「裂く」という言葉のように、「増加」や「分裂」の意味と、「櫛」や「串」の言葉のように「整える」や「統一する」という意味を持つ。神語を唱えれば、分化繁殖したものを統一し、調和のとれたものとなり発展し、大国主大神の道に神習い、明るく和やかな日々が送れるという。この「神語」を「奉書」して出雲大社に奉納る神語奉書も大切な儀礼である[4]

仏教では「南無阿弥陀仏」とか「南無妙法蓮華経」…、またキリスト教では「アーメン」ともいう。出雲大社では「神語」すなわち「幸魂奇魂守給幸給」(「さきみたま くしみたま まもりたまえ さきはえたまえ」)である。神語を唱える事により、大国主大神から御霊力を頂く事ができ、大きな幸せの縁を結んで頂けるという。

なお葬儀や慰霊祭などでは幽冥神語(ゆうめいしんご)「幽世大神憐給恵給幸魂奇魂守給幸給」(かくりよのおおかみ あわれみたまえめぐみたまえ さきみたまくしみたま まもりたまえさきわえたまえ)を唱える。「神語」も「幽冥神語」も通常は三唱するが、非常にゆっくりと、また独特な節回しを用いる[5]

教師の称号・等級[編集]

  • 大教正 (一級)
  • 権大教正(二級)
  • 中教正 (三級)
  • 権中教正(四級)
  • 少教正 (五級)
  • 権少教正(六級)
  • 大講義 (七級)
  • 権大講義(八級)
  • 中講義 (九級)
  • 権中講義(十級)
  • 少講義 (十一級)
  • 権少講義(十二級)
  • 訓導 (十三級)
  • 権訓導(十四級)[6]

服制[編集]

出雲大社教では服制を定め、身分別に規定がある。

正装[編集]

  • 一級以下六級上 - 紫(輪無唐草紋)、紫奴袴(有紋、三級以下無紋)、(繁紋)
  • 七級以下十四級上 - 緑袍(輪無唐草紋)、浅黄奴袴(無紋)、冠(繁紋)

斎服[編集]

白袍(無紋)、白差袴(無紋)、冠(遠紋、二級以上繁紋)。

略服[編集]

狩衣有紋、差袴(色目は正服に準ずる)、烏帽子

葬祭服[編集]

白絹又は無紋鈍色衣冠。従者は布衣、笏または中啓、烏帽子、鈍か白袴。

女教師正服[編集]

上着は固地織紫有紋、紅色、垂髪、檜扇かボンボリ、靴か草履、ただし三〜六級の上着は平絹濃色とし七級以下は平絹松葉色。

女教師略服[編集]

有紋狩衣、烏帽子、紫有紋袴、笏又はボンボリ、靴又は草履。ただし三級以下は紫無紋袴、七級以下は浅黄無紋袴。

女教師礼服[編集]

白生絹か白平絹無紐水干、額当、紅繁菱綾単、紫有紋袴、笏かボンボリ、靴か草履。ただし三級以下は浅黄無紋袴[7]

専門用語[編集]

  • おくにがえり-出雲大社参拝すること。
  • おにわふみ-出雲大社の境内を参進すること。
  • 戒諭文-葬儀で斎主が遺族に対し宣読する教え。
  • 御親大神-大国主大神のこと「みおやのおおかみ」。
  • 国造-出雲大社だけはコクゾウではなく「コクソウ」と発音。
  • 神誡-神前結婚式で斎主が新郎新婦に対し宣読する教え。
  • 琴板-重要神事で用いるだが弦はなく撥で打ち鳴らす。
  • みつえしろ-出雲国造の称号のひとつ。
  • 御玉串-御神威を拝礼祈念するみしるしで「箱玉串」と「板玉串」がある。
  • おつち-稲佐の浜の塩掻島の海中の塩砂で神饌に用いる。
  • はだかまいり-病気を治すために行う海と出雲大社での儀式。
  • 蟇目講-災いを祓い福を呼ぶための
  • 出雲屋敷-出雲大社に伝わる特殊な地鎮祭
  • 出雲年貢-出雲屋敷を行った家が毎年納める初穂料
  • 福徳会-旧正月に越年参詣し抽選を行う。
  • 神饌講-御祭神にお供えをさせて頂く講。
  • 龍蛇神講-御使神の龍蛇神の意味を理解し崇敬する講。
  • 御神供-お供えした御洗米が封入されたもので、ご飯と炊きこんで頂く。
  • 顕世(うつしよ)-見える世界。この世。
  • 画像-大国主大神の御神像を描いた御神札。
  • 剱先-剱の形をした御札で玄関などに祀って災難を防ぐ。
  • 幽世-見えない世界、あの世。かくりよ。
  • 五方札-四方と中央の柱などに貼付し御霊威を頂く。
  • 関札-玄関などに祀って御守護を頂くもの。
  • 丹所-江戸時代に出雲大社の布教などに使用された地方の建物。
  • 古伝新嘗祭-新嘗祭を出雲大社では古伝新嘗祭(こでんしんじょうさい)と呼ぶ。
  • 御忌-神在祭期間中の謹みのこと。おいみ。
  • 神等去出祭(からさでさい)-全国の神々を出雲大社から送り出す神事。
  • 身逃-御神幸前に出雲国造が自宅を出て他の社家に移ること。
  • 宗祠-出雲大社のこと。
  • 幽顕(ゆうけん)-見えない世界と見える世界。また出雲大社教新聞の名称。
  • 御師(おし)-江戸時代の布教神職。出雲ではオンシではなくオシ。
  • 教信徒-出雲大社教の信者のこと「まめびと」ともいう。
  • 玉串拝礼-出雲大社では玉串奉奠ではなく「玉串拝礼」。拍手数、作法等、一般神社とは異なる[8]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 人間とは、生に始まり死に終わるものではなく、幽世(かくりよ=あの世)と顕世(うつしよ=この世)が交互に連なる、一筋の道
  2. ^ 神を敬うことで得られる恩恵など

出典[編集]

  1. ^ 出雲大社教新管長に千家氏が就任 - 産経新聞 2014年6月19日
  2. ^ 出雲大社教神道青年会『縁結び大国主大神とわたくしども』1978年6月17日発行全229頁中40頁
  3. ^ コラム その五十(特立130年に思うこと) - 出雲大社東京分祠
  4. ^ 『見えざる世界』発行出雲大社教教務本庁昭和63年4月1日全179頁中154頁
  5. ^ 『えんむすび』発行出雲大社教青年部昭和55年6月17日発行全226頁中53頁
  6. ^ 『出雲大社教教規』出雲大社教教務本庁昭和58年6月9日発行全31頁中18頁
  7. ^ 『出雲大社教教規』発行出雲大社教教務本庁昭和58年6月9日全33頁中33頁
  8. ^ 『出雲大社教布教師養成講習会』発行出雲大社教教務本庁平成元年9月全427頁中

関連項目[編集]

外部リンク[編集]