解脱会

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解脱会発祥の地「御霊地」にある天神地祇太神社殿

解脱会(げだつかい)は、日本新宗教団体。1929年に創設された。真言宗系新宗教に分類されることもあるが、神仏混淆色が強く、宗教法人としての届けは「諸教」としてなされ、文化庁の宗教年鑑では諸教に分類されている。また剣道稽古を行なう解脱錬心館と呼ばれる団体も存在する。『宗教年鑑 平成28年版』における国内信者数は、99,184人[1]

創始者(教祖)[編集]

創始者は岡野聖憲である。 教団では岡野を「解脱金剛尊者」、「金剛さま」、「尊者」などと呼称している。
宗教社会学者の 塚田穂高は、岡野の主張・言行について、国粋主義的である、との指摘をしている[2]

所在地[編集]

本部は東京都新宿区だが、教祖の出身地および教団の発祥の地は埼玉県北本市にあり、「御霊地」と呼ばれる信仰の拠点が存在する。アメリカ合衆国にも支部を持つ[3]

教義[編集]

解脱会の信仰対象は、宇宙の本体を表す主祭神「天神地祇太神」、宇宙の法則を表す主尊「五智如来」、解脱会の創始者であり、宇宙の真理の教えを残した御霊魂「解脱金剛(岡野聖憲)」である。
解脱会では、「敬神崇祖・報恩感謝」という標語で、教団の根本理念を表している。信者に家代々の信仰をはじめ、地域の氏神や菩提寺を尊ぶことを奨励し、皇室尊崇を呼びかけている。
解脱会独自の供養法として、「天茶供養」、「御秘法お浄め」、「御五法修行」という秘義三法と呼ばれる修法がある。これは「真智の啓発・意力の増強・霊性の浄化」を図る修行とされる[4][5]

沿革[編集]

解脱会の創始者・岡野英三(法名・聖憲)は、1881年(明治14年)11月28日、埼玉県北足立郡中丸村(現・北本市)に農家の次男として生まれた。小学校の高等科を卒業後、酒屋奉公、日雇労働者等を経験したのち、海運会社に就職。聖憲は番頭まで出世し、事業を発展させた。1916年(大正5年)、芸者と結婚し、置屋や料亭を構えたあと、独立して東京の日本橋に海運会社を立ち上げた。しかし、事業面で苦境に立ち、また、1925年(大正14年)に病を患ったことを機に宗教に関心を持ちはじめた。各地の神社仏閣に訪れ、宗教的体験を続けるうち、1929年(昭和4年)、故郷・北本宿の生家付近で、「太神を世に出せ」という啓示を受けた。この体験により、実業界から決別し、それに反対する妻とは離別し、宗教家となった。解脱会ではこの年を立教の年としている。1931年(昭和6年)、醍醐寺三宝院にて出家得度。聖憲はその後、「御五法修業」、「天茶供養」という秘義を編み出し、信者に指導していく。1931年(昭和12年)に日支事変が始まると、戦時中における奉献金活動や慰問活動などを行い、以後終戦まで続ける。聖憲は、皇室至上主義、国粋主義思想を持ちつつも、日本軍だけでなく、中国軍の戦死者、太平洋戦争が始まってからは、米軍の戦死者も供養した。1941年(昭和16年)からは国恩報謝、戦意高揚を祈願するために伊勢神宮橿原神宮、御寺泉涌寺などへの参拝が行われるようになり、以後、現在に至るまで、毎年4月に行われている。敗戦後の混乱期、クズ繊維を集め、織物に更正する方法を信者たちに教え、信者の生活を助けた。1948年(昭和23年)11月4日、聖憲は糖尿病と慢性腎炎を併発して死亡。死後、醍醐寺から「解脱金剛」の諡号と権大僧正位(1954年、大僧正位を贈補)が贈られた。聖憲は教義を体系的には整備しておらず、死後、高弟の岸田英山が、聖憲の講話や言動を整理し、教団の教義を体系づけた。聖憲の死後、しばらく後継者をおかなかったが、1953年(昭和28年)に甥である岡野聖法が正式な法燈継承者となった[6][5]

泉涌寺との関係[編集]

解脱会の創始者・岡野聖憲(諡号・解脱金剛)は、敗戦により維持・運営に困難をきたしていた御寺泉涌寺に対する援助を行った。聖憲は死後、同寺境内に埋葬されることを希望し、1954年、聖憲の遺骨を祀る「解脱金剛宝塔」が泉涌寺境内に建立された。聖憲の命日にあたる11月4日には、「解脱金剛御年祭」が行われるほか、毎月4日には、聖憲に対する法要を執り行われている。解脱会は泉涌寺を、伊勢神宮橿原神宮と並ぶ三聖地と定め、聖地巡拝として毎年1000人ほどが参列している[3][7]

関係者[編集]

政治活動[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 文化庁『宗教年鑑 平成28年版』 P89
  2. ^ 塚田穂高 『宗教と政治の転轍点』花伝社 (2015年)
  3. ^ a b 井上順孝『世界宗教百科事典』丸善出版(2012/12) P426
  4. ^ 梅原正紀ほか『新宗教の世界3』大蔵出版(1978年)p150~155
  5. ^ a b 島田裕巳『現代にっぽん新宗教百科』 柏書房 (2011/09) P263~P265
  6. ^ 梅原正紀ほか『新宗教の世界3』大蔵出版(1978年)p155~163,p177~187
  7. ^ 解脱金剛御年祭”. 解脱会. 2016年6月5日閲覧。
  8. ^ http://www.nipponkaigi.org/voice/10years/kakkai#years1048
  9. ^ 「ご協力者御芳名」、『教育再生』、日本教育再生機構、2015年9月号

リンク[編集]