苦しみの杭

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

苦しみの杭(くるしみのくい)は、エホバの証人によって運営されているものみの塔聖書冊子協会が発行する「新世界訳聖書」におけるギリシャ語、スタウロスに対する英訳語torture stakeの日本語訳である。

イエスの処刑に関連して用いられています。

「スタウロス(σταγδζ)は、主としてまっすぐな杭を指す。それに犯罪者は処刑のためにくぎづけにされた。この名詞も、杭に留めるという意味の動詞スタウロォーも元々は、教会の用いている2本の梁材(はりざい)を十字に組み合わせた形とは区別されていた。後者の形は古代カルデアに起源を有し、同国およびエジプトを含む隣接した国々において、タンムズ神の象徴(その名の最初の文字で、神秘的意味の付されたタウの形)として用いられた。西暦3世紀の半ばまでに、諸教会はキリスト教の幾つかの教理から逸脱するか、それをこっけいなものにしてしまった。背教した教会制度の威信を高めるため、異教徒が、信仰による再生なしに教会に受け入れられた。それらのものには異教徒の印(しるし)や象徴を引き続き用いることが大幅に認められた。こうして、タウつまりTがキリストの十字架を表すために用いられるようになり、多くの場合と同様に横棒を下にずらした形が使われた」。(W・E・バイン著「新約聖書用語解説辞典」(An Expository Dictionary of New Testament Words,1966年再版、第1巻、256ページ)

ラテン語のクルクスの基本的意味「犯罪者がつけられたり掛けられたりする、木、枠木、または木製の他の処刑具」を挙げています。(ルイスとショートのラテン語辞典)

「公開処刑場として選ばれた所でいつでも立ち木が利用できるわけではなかった。それで、普通の梁材(はりざい)が地面に立てられた。犯罪常習者はその上に上方に手を伸ばした両手を、そして多くの場合は両足をも縛り付けられるか釘で打ち付けられた」。(ヘルマンフルダ著、「十字架と磔刑(たっけい)」1878年、109ページ)

「イエスは普通の死刑用杭の上で死なれた。これを支持するものとして次の点が、挙げられる。(イ)東洋においてこの種の処刑法が当時習慣的に行われていたこと、(ロ)、間接的であるが、イエスが味わわれた苦しみに関する歴史的記述そのもの、および(ハ)教会教父たちの書き残した多くの文書」。(ヘルマンフルダ著、「十字架と磔刑(たっけい)」219、220ページ。)

スタウロスは、イエスの死後300年ほど経ってから十字架と訳されるようになり、新世界訳聖書以外の聖書翻訳は十字架と訳している。

訳語の由来[編集]

マタイによる良いたより27章40節に基づく。(新世界訳聖書)。

「苦しみの杭」は、カルバリすなわち”ドクロの場所”におけるイエスの処刑に関連して用いられています。異教徒はキリスト以前の幾世紀十字架を宗教的象徴として用いていましたが、ここでギリシャ語スタウロスがそうした十字架を意味することを示す証拠は何もありません。

 古代ギリシャ語において、スタウロスという語は単に、まっすぐな杭、土台に用いるような棒中を意味していました。スタウロオーという動詞は、単に杭で柵を巡らすこと、砦柵(さいさく)を作ることを意味していました。

バーゼル大学の教授であったパウル・ビルヘウム・シュミットは自著、「イエスの歴史」(Die Geschichte Jesu,第2巻,チュービンゲンおよびライプチヒ,1904年,386-394ページ)の中で、ギリシャ語スタウロスについて詳細な研究を行いました。同書の386ページには、「スタウロスは真っ直ぐに立っているすべての杭または樹幹を意味する」と記されています。

イエスがつけられた処刑具に関して、P ・W・シュミットは387-389ページで次のように書きました。「福音書の記述によると、イエス加えられた処罰として考えられるのは、むち打ちの他には、衣をはいで体を杭に掛ける、ローマの最も単純な形式の磔刑(たっけい)だけである。その処罰を一層忌まわしいものにするため、イエスは処刑場までその杭を運ぶか引きずって行かねばならなかった。……こうした単純な仕方で杭に掛ける方法がしばしば大量処刑で採用されていたことから、これ以外の方法は考えられない。この種の大量処刑の例は、バルスによる一度に2,000人の処刑(ヨセフス著、『古代史』、第17巻、10章10節)、クワドラツゥス(『ユダヤ戦記』、第2巻、12章6節)、行政長官フェリクス(『ユダヤ戦記』、第2巻、15章2節)、ティツス(『ユダヤ戦記』、第7巻、1節)による刑具に見られる」。

イエスが処刑された際に刑具として使用された十字架は、その語の現在持つ意味自身が示しているように、一般的には十字の形をしていたと信じられている。しかし一方で、その刑具は十字形ではなかったとする学説が存在していた。その学説において、スタウロスは、杭の形、Tの形、Xの形をしているなどと論じられた。
エホバの証人スタウロスを杭とする学説を支持した。この神学上の判断には1896年に英国で発行された『キリスト教に無関係の十字架』と題する書物の影響が大きいと思われる。この書物は、キリスト教史初期にイエスのスタウロスを十字と仮定することが行われ、やがてそれが事実として普及するようになったと論じている。
1950年にはエホバの証人の翻訳者たちによってクリスチャン・ギリシャ語聖書 新世界訳が刊行された。翻訳者がエホバの証人である以上、スタウロスを「杭」と訳出することはふさわしいと思われた。しかし、これを単に「杭」と訳出したのではその神学的意味が薄くなると翻訳者たちは考えたようである。そこで「杭」ではなく「苦しみの杭」という訳語が選択された。これはイエス自身のスタウロスの用法に一致している。(マタイ10:38, 16:24, マルコ 8:34, ルカ 9:23, 14:27)

考古学的背景[編集]

イエスの時代のスタウロスが何であったかを知る考古学上の物証は極めて少ない。理由のひとつに、当時の風習により、スタウロスによる処刑を受けた者が正式に埋葬されることは少なかっただろうということを考えることができる。さらに、イエスがスタウロスによって処刑されたほぼ同じ時期に、ユダヤ人の間でスタウロスの刑が廃止されたことも考慮しなければならない。一度スタウロスの刑が廃れているので、イエスの時代より後の時代の資料をもってイエスのスタウロスを論じることは困難である。

神学的背景[編集]

現在、この種の学説に固執している宗教団体はエホバの証人のみである。(根拠が不明である。)

キリスト教会の見解[編集]

ウィリアム・ウッド牧師の著書『[エホバの証人]への伝道ハンドブック』[1]によると、エホバの証人は『参照資料付き新世界訳聖書』の付録において、苦しみの杭の根拠としてカトリック教会の学者ユストゥス・リプシウス(1547-1606年)の著書『デー・クルケ・リブリー・トレース』[2]を引用しており、その本の複写を掲載している。しかし同書には十字架につけられた人の絵も掲載してあり、『十字架こそキリストを処刑するのに使われた刑具である』とリプシウスは説明している(同書p46)。

参考文献[編集]

他に・W・ E・バイン「新約聖書用語解説辞典」(1966年再版、第1巻、256ページ)

・ルイスとショートのラテン語辞典

・ヘルマンフルダ著「十字架と磔刑(たっけい)」プレスラウ、 1878年、109ページ)

・パウル・ビルヘルム・シュミット「イエスの歴史」第2巻、チュービンゲンおよびライプチヒ、1904年、386−389ページ)

ヨセフス著「古代史」、17巻、10章10節。クワドラツゥス(「ユダヤ戦記」、第二巻、12章6節)行政長官フエリクス(「ユダヤ戦記」、第二巻、15章2節)ティツス(「ユダヤ戦記」、第7巻、1節)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ ウィリアム・ウッド『[エホバの証人]への伝道ハンドブック』いのちのことば社、1987年
  2. ^ ユストゥス・リプシウス『De cruce libritres』アントワープ,1629年,p19