過越
過越(すぎこし、ヘブライ語: פֶּסַח、英語: Passover)またはペサハ (pesach) とは、ユダヤ教の宗教的記念日。家族が食卓につき、マッツァーやセーデル等の儀式的なメニューの食事をとって祝う。期間はザドク暦では第一のホデシュの14日。ユダヤ暦ではニサン月(政治暦7月、宗教暦正月)14日。ユダヤ暦は太陰太陽暦であり、初日のニサン月15日はグレゴリオ暦3月末から4月頃の満月の日となる。
ペサハ | |
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教派 | ユダヤ教 |
呼び方 | ヘブライ語: פֶּסַח イディッシュ語: פֶּסַח |
和訳 | 過越 |
開始 | ユダヤ暦:ニサンの14日 |
終了 | ユダヤ暦:ニサンの21日/22日 |
由来 | 十の災いの後、奴隷から解放されてヘブライ人がエジプトから脱出したことを祝う。 |
しるし | 2つ(イスラエルでは1つ)の祝いの食事「セーデル」、ハッガーダーの詠唱、マッツァーを食す、4杯のぶどう酒を飲む、エリヤの杯を満たす。 |
関係する祭り | シャブオット(七週の祭り、ペンテコステ):過越祭の第2日から49日後に祝われる。 |
起源[編集]
聖書の出エジプト記12章に記述されている、古代エジプトでアビブ(ニサン)の月に起こったとされる出来事に起源を持つ。エジプトの地で奴隷になっていたイスラエルの民が、モーゼの先導でパレスチナの地に脱出した故事を記念する。
イスラエル人は、エジプトに避難したヨセフの時代以降の長い期間の間に、奴隷として虐げられるようになっていた。神は、当時80歳になっていたモーセを民の指導者に任命して約束の地へと向かわせようとするが、ファラオがこれを妨害しようとする。そこで神は、エジプトに対して十の災いを臨ませる(エジプト神話の神々を皮肉している。例)ナイル川の水を血に変える災い:ナイル川の神ハピ、大量の蛙の災い:蛙の頭をした多産の女神ハケット、すべての初子を撃つ災い:生殖の神ミンなど)。その十番目の災いは、人間から家畜に至るまで、エジプトの「すべての初子を撃つ」というものであった。神は、二本の門柱と、かもいに、子羊の血がついていない家にその災いを臨ませることをモーセに伝える。(出エジ12:1~14)つまり、この名称は、二本の門柱と、かもいに、子羊の血のついている家にはその災厄が臨まなかった(過ぎ越された)ことに由来する。
聖書における過越の準備[編集]
現在では行われないものと受け継がれているものがある[1]。
- アビブ(ニサン)10日
- 傷のない雄の子羊、または山羊を選び分ける(出エジプト記12章5節)。
- アビブ(ニサン)14日
- その羊(または山羊)を屠殺し、その血を家の2本の戸柱と戸口の上部に掛ける(出エジプト記12章6-7節)。夜にその肉を焼き、酵母の入っていないパン(マッツァー)と苦菜(マーロール)を添えて食べる。生のまま、または煮て食べることは禁止されている(出エジプト記12章8-9節)。残った肉は火で焼き尽くす必要がある。朝まで残しておいてはいけない(出エジプト記12章10節)。
聖書における除酵祭の規定[編集]
- エジプトを出発した15日から始まる。(民数記33章3節)
- 神への祭りとして代々祝わなければならない(出エジプト記12章14節)。
- 14日の夕方から21日の夕方まで酵母なしのパンを食べなければならない(出エジプト記15, 18節)。
- 1日目と7日目の聖会の日には仕事をしてはいけない。しかし食べなければいけないものは用意される。(出エジプト記16節)[1]。
- 安息日の翌日に祭司が穀物の初穂の束を揺り動かす(レビ記23章10節)
現代の過越祭(ペサハ)[編集]
聖書の命令に従って、ユダヤ教では今日でも過越祭(除酵祭)を守り行っている。このユダヤ暦のニサン15日から始まる一週間はペサハと呼ばれるユダヤ教の三大祭りのひとつであり、ほとんどのユダヤ教徒がこれを祝う。
期間中は「ハガダー」という「出エジプト」にまつわる書物を読む習わしがある。この祭のあいだ、男子の多くは敬虔の証として「キッパー」という縁なしの帽子をかぶる。
食事[編集]

ユダヤ人がモーゼに率いられてエジプトを脱出した時の状況を伝える「出エジプト記」は、エジプト王の追跡を受けたユダヤ人集団はパンに酵母を混ぜて膨らむのを待つだけの時間の余裕がなく、酵母を入れないパンをそのまま食べたと記録する。3月末から4月はじめの1週間、ユダヤの人びとは、エジプトを脱出した時の記憶を忘れないよう、酵母でふくらませたパンを食べない。
過ぎ越祭の日の夕食には、以下のものが提供される。
- マッツァー 種入れぬパン。エクソダスを記憶する。
- ゼローア 焼いた羊肉。犠牲の羊を象徴する。
- ベーツァー ゆで卵。神殿崩壊の嘆きを表す。
- カルパス 春の季節を象徴する緑の野菜。
- マーロール 苦菜。エジプトで奴隷の境遇に落ちたユダヤ人が流した涙を表す。
- ハローセト 果汁の練り物。奴隷となったユダヤ人が、エジプト王のために作った煉瓦を表す。
過越祭の食卓で主催者の捧げる祈祷には「今年は異郷の地にあっても、来年こそはエルサレムで!」の文言が含まれる。ディアスポラで全世界に離散したユダヤ人は、数千年にわたって「来年こそはエルサレムで」の文言を毎年唱え続け、シオニズム運動の根拠となった。
語源と、各国語での名称[編集]
ヘブライ語 | פָּסַח |
ラテン語 | Pascha |
イタリア語 | Pesach/Pesah/Pasqua ebraica |
フランス語 | Pessa'h/Pâque |
スペイン語 | Pascua |
ドイツ語 | Pessach |
オランダ語 | Pesach |
英語 | Passover |
スウェーデン語 | Pesach |
ハンガリー語 | Pészah (húsvét) |
ポーランド語 | Pascha |
ロシア語 | пасха (paskha) |
エスペラント語 | Pesaĥo |
西暦での対応表[編集]
キリスト教における預言的解釈[編集]
洗礼者ヨハネは民衆に対し、イエス・キリストのことを「世の罪を取り除く神の小羊」であると紹介した。これは「苦難の僕」(イザヤ書 52:13-53:12,哀歌3)のことであると解されている。その他の様々なヤハウェの預言者も、民の罪を贖う神の子羊(メシア、キリスト)をユダヤ教聖書(キリスト教旧約聖書)に預言している。(創世記3:15,14:20,22:14,17,24:60,詩篇23,91,118,イザヤ1:18,6:13,7:14,43:25,44:22 ,59:20,ゼカリヤ13:1,ミカ2:4,5:2)
そして、ナザレのイエスが不法に処刑された(レビ記21:10,マタイ26:65,マルコ14:63~64)のはニサン14日(過越の準備の日)であり、民を罪から贖うための犠牲の子羊はイエス・キリストであったと、神の霊感により様々な著者を通して書かれている。(マタイ26:28,マルコ14:24,ルカ22:20,ヨハネ6:53~56,使徒20:28,ローマ3:25,5:9,コリントの信徒への手紙1 5:7、10:16,11:25,27,エペソ1:7,2:13,コロサイ1:20,ヘブル9:12,14,10:19,22,29,12:24,13:12,20,、第一ペテロ1:2,19,第一ヨハネ1:7,5:6、黙示録1:5,5:9,7:14,12:11,19:13)。
脚注[編集]
- ^ a b
ウィキソースには、出エジプト記(口語訳)の原文があります。
- ^ Towards a common date for easter
- ^ “Hebrew Date Converter”. Google Workspace Marketplace. 2020年12月23日閲覧。
参考文献[編集]
- 石川耕一郎著 『過越祭のハガダー』 山本書店 1988年(昭和63年)、ISBN 4-8414-0198-9
- 関根正雄『出エジプト記』岩波書店、1969年。ISBN 4-00-338012-6。
- 『ハガダー 過越し祭の式次第』 ミルトス 2003年(平成15年)、ISBN 4-89586-147-3
- 米谷ふみ子著 『過越しの祭』 岩波書店〈岩波現代文庫〉2002年(平成14年)、ISBN 4-00-602055-4
関連項目[編集]
- セーデル・シェル・ペサハ
- マッツァー
- ファルフェル
- ハド・ガドヤ
- ペイサホフカ (пейсаховка) とはイディッシュとロシア語の混成語で、ロシア・東欧のユダヤ教徒が祭りで飲む強いウォッカのことである。
- キリスト教:
- Quartodecimanism
- アニケトゥス
- 復活祭(イースター)
- メシアニック・ジュダイズム
外部リンク[編集]
- 「過越の祭り」式次第
- Passover History and Meaning of Freedom in Faith - Jewish Passover Holidays, Story, Recipes, Seder, Meal, Supper, Feasts, Foods, Songs, Humor, Paintings, Art
- La Hagada de Rosheim en fac-similé - ウェイバックマシン(2005年4月7日アーカイブ分) - 1779年 ネッケルスハイム(解説は仏語)
- 口語訳旧約聖書(日本聖書協会翻訳、1955年)- ウィキソース