再臨待望運動

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再臨待望運動(さいりんたいぼううんどう、Adventism)とは、イエス・キリスト再臨を待望(アドベント)した運動であり、19世紀前半に起こったこれはキリスト教諸派が行った運動でありその頃はまだセブンスデーアドベンティストは設立瀬れていません。彼らはアドヴェンティスト(Adventist)と呼ばれ、ウィリアム・ミラーの伝統の線にある。ミラーはキリストの再臨を1843年と特定し、再臨待望集会は100以上の場所で開かれ、熱狂的な雰囲気であった。ミラー派に加わった牧師・教会員たちは(異端として)自分たちの教会から追放され、エレン・G・ホワイトは所属していたメソジスト教会から(異端として)教籍を剥奪される結果を招いた。しかし1844年になっても再臨は起こらなかったため、待っていた人々の失望は大きく、この失敗をキリスト教諸派はセブンスデー・アドベンチストの責任にしている。 グループからの離脱者も少なくなかった。その後、セブンスデー・アドベンチスト教会は BC457 を2300年の起点とし聖書のダニエル書8:14 彼は言った、「二千三百の夕と朝の間である。そして聖所は清められてその正しい状態に復する」。[1]とし、日時は正しく意味が違っただけであり「ダニエル8:14の預言は成就した」と説明した[2][3]。BC457は 70週の預言の起点でもあり 実際にキリストの処刑がAD31年に行われ最後の週の半ばの預言の年数とピッタリ合っている。又1844年は

脚注[編集]

  1. ^ . 日本聖書協会. (2015/12/1). 
  2. ^ 白石尚『そこが知りたいSDA 57のQ&A-現代のセブンスデー・アドベンチスト教会』福音社2007年
  3. ^ 山形正男『エレン・ホワイト-その生涯とメッセージ- 』, 福音社, 2010年