東北芸術工科大学

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東北芸術工科大学
TUAD2.jpg
大学設置/創立 1991年
学校種別 私立
設置者 学校法人東北芸術工科大学
本部所在地 山形県山形市上桜田3-4-5
北緯38度13分6.4秒 東経140度20分44秒 / 北緯38.218444度 東経140.34556度 / 38.218444; 140.34556座標: 北緯38度13分6.4秒 東経140度20分44秒 / 北緯38.218444度 東経140.34556度 / 38.218444; 140.34556
学部 芸術学部
デザイン工学部
研究科 芸術工学研究科
ウェブサイト 東北芸術工科大学公式サイト
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東北芸術工科大学(とうほくげいじゅつこうかだいがく、英語: Tōhoku University of Art & Design、公用語表記: 東北芸術工科大学)は、山形県山形市上桜田3-4-5に本部を置く日本私立大学である。1991年に設置された。大学の略称は芸工大またはTUAD。

概要[編集]

1947年制定の学校教育法に則り、県内に位置する高等教育機関であった山形高等学校山形師範学校山形青年師範学校米沢工業専門学校及び山形県立農林専門学校を母体として新制大学として山形大学(山大)が発足した。山大は、一県一医大構想に沿って医学部を設置するなど、逐次、総合大学として教育内容に充実させた。しかし、県下において短期大学等は整備されたが、4年制大学は山大のみの状況が続いた。このため、大学教育希望者の大半は東京や仙台の大学を受験したほか、県下における大学進学率は全国最低クラスに留まっていた[1]。この大学進学率の低さを憂慮した山形経済同友会の有志らが、1975年頃から大学問題の検討を開始。同会は将来を展望した県勢発展を担える人材育成の観点から、新しい4年制大学の必要性を提言し、啓蒙を繰り広げた[2]

県内各層において大学新設への期待が高まる中、1985年4月に山形県が策定した第7次山形県総合開発計画では、大学等高等教育研究機能の強化が主要プロジェクトとして掲げられた。また翌年3月、山形市が策定した山形市第五次計画では、特色ある新規大学誘致事業が方策として盛り込まれた。

県と市の思惑が一致していたことから、この後、双方は協議を進め、1989年4月に県と市が共同で大学整備準備室を設置し、文部省と交渉に入った[3]。同年6月、県と市は山形県議会に対し、準備を進めてきた芸術工科大学の設立基本構想について、京都芸術短期大学2000年京都造形芸術大学に統合)を運営する学校法人瓜生山学園 (理事長徳山詳直)から設置計画、運営への協力の申し出をうけたこと、設置の考え方としては、芸術工科系大学は北関東以北には存在しないこと、加えて、経済のソフト化・サービス化が高まり、商品価値を高める芸術性が重要となっていることを挙げた。そして私立大学として開学する方針も報告した[3]。こののち、同年12月には学校法人設立準備委員会が発足。翌1990年3月までに大学用地である山形市桜田低丘陵地の買収も終了。同年12月に文部省認可が決定し、大学新設は実現の運びとなった[4]

東北芸術工科大学(芸工大)は、山形県と山形市が大学の設置に必要な経費約150億円を折半拠出し(土地、建物、教育施設、申請経費。創立時の運営費も含めれば総額196億円)[5]、法人による大学の設立段階までを「準備委員会」(県と市)が行い、施設完成年度以降の運営は学校法人に委ねる公設民営方式を執ることとした[6][注釈 1]

1992年4月1日に、芸工大は初代学長に久保正彰(東京大学教授・西洋古典学)を迎え、デザイン工学部ならびに芸術学部を設置し開学した[7]。また大学の初代理事長は、当時の板垣清一郎知事が務めたほか、大学職員も県と山形市から多数出向した。

近年は宮城県仙台市から高速バスを用いて通学する者が多い傾向にある。2016年度新入生の出身都道府県は、宮城県が最多(173人)となり、地元山形県の167人を上回った[8]

統合断念[編集]

2011年6月に、学校法人東北芸術工科大学が、京都造形芸術大学を運営する学校法人瓜生山学園と2012年4月に「学校法人藝術学舎」という一つの法人になる統合を目指していることが明らかになった[9]

しかし、同年7月、地元のフリーペーパー「やまがたコミュニティ新聞」が、統合を疑問視する特集を掲載[10]。その後、元教授などで構成された統合に反対する「東北芸術工科大学を愛する会」が正式に発足した。同年8月に開会された山形県議会総務常任委員会で統合問題が取り上げられた他、衆議院文部科学委員会でも山形選出で自民党所属の遠藤利明議員が「県議会の同意がないと認可すべきじゃない」などと発言。同年10月に県民を対象とした説明会が開催され[11]、山形県と山形市は2回、統合計画の不備を指摘する要望書を提出。大学側はその都度、回答書の形で改善案を示すものの、同年12月には、山形県と山形市が「計画は拙速」と最終見解を示した。

これらを受け、学校法人東北芸術工科大学は理事会を開催し対応を審議。審議の結果、2012年4月の法人統合は見合わせ、文部科学省に提出していた認可申請を取り下げるとともに、当面法人統合の再申請を行わないことを決定。2012年1月16日に学校法人東北芸術工科大学副理事長の古澤茂堂(現:理事長、弁護士)が、文科省を訪ね認可申請を取り下げた[12]

大学施設[編集]

東北芸術工科大学
情報
設計者 基本設計 学校法人東北芸術工科大学設立準備委員会[13]
実施設計 本間利雄建築設計事務所+地域環境計画研究室[13]
施工 清水建設鴻池組・千歳組JV(本館・図書館・学生会館棟)[13]
市村工務店・東南建設JV(美術実習棟・体育館棟)[13]
山形建設・小野建設JV(デザイン実習A・B棟)[13]
構造形式 RC壁式構造(ギャラリー部S造[13]
敷地面積 194,551.820[13]
建築面積 6,527.358(本部棟・図書館棟・学生会館棟のみ)[13]
高さ 37.37m(本部棟)[13]
竣工 1992年
開館開所 1992年4月1日
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芸工大は山形市南東側の上桜田の低位段丘面に位置し、東に西蔵王高原と蔵王連峰を背負い、西には市街地ごしに西部丘陵や朝日連峰月山等の山形盆地を形成する山々を遠望する[13]

施設の設計は小国町出身の建築家である本間利雄と徳山詳直が手掛けた[14]切妻形のダイナミックな大屋根シンメトリーに流したシンボリックなフォルム、切妻+ガラス壁の置屋根を中心とした地域的なシンボルを造形した[13]

三角形の本館前には水を置き、その中央に網走刑務所博物館網走監獄)の鏡橋を模した鏡橋を設置した。この橋は受刑者が刑に服する時のように、学生が鏡橋を渡るときに水を鏡として自分を見つめて正しい目的に向かってほしいとの願いを込め設置した。このほか、2001年に開学10周年を記念して本館脇に建てられた水上能楽堂「伝統館」では、例年5月に能楽が舞われる[14]

沿革[編集]

年表[編集]

  • 1989年 学校法人設立準備委員会が発足。
  • 1991年 学校法人東北芸術工科大学設立。
  • 1992年
    • 4月1日 - 東北芸術工科大学開学。芸術学部・デザイン工学部設置。
    • 4月19日 - 入学式を挙行。一期生を迎える。
    • 9月12日 - 創立記念式典挙行。
  • 1994年 全国高等学校デザイン選手権大会第1回大会開催。以降、毎年開催。
  • 1996年 大学院開学。芸術工学研究科(修士課程)設置。
  • 1997年 総合研究センター設立。
  • 1999年 東北文化研究センター設立。
  • 2001年 文化財保存修復研究センター設立。東京サテライトキャンパス設置。学都仙台単位互換ネットワークに参加。
  • 2003年 東アジア民族文化アーカイブ研究センター設立。韓国事務所開設。
  • 2004年 こども芸術教育研究センター設立。卒業生支援センター開設。
  • 2005年 大学院芸術工学研究科博士後期課程設置。大学院仙台スクール開設。こども芸術大学開学。デザイン哲学研究所設立。仙台事務所開設。
  • 2006年 デザイン工学部生産デザイン学科をプロダクトデザイン学科、環境デザイン学科を建築・環境デザイン学科へそれぞれ名称変更。東アジア芸術文化研究所設立。文化財保存修復研究センター センター棟竣工。
  • 2007年 社会芸術総合研究所設立。
  • 2009年 デザイン工学部にグラフィックデザイン学科、映像学科、企画構想学科を開設。美術館大学センター設立。教養教育センター設立。
  • 2010年 東京港区北青山に外苑キャンパスを開設(京都造形芸術大学と共同キャンパス)
  • 2011年 芸術学部に文芸学科を開設。山形県が売却した知事公舎を、改修し「やまがた藝術学舎」を開設。また、学園長ポストを新設し、初代学園長に細川護熙が就任。
  • 2012年 副学長ポストを1から2へ増やすことを発表。文明哲学研究所を開設。
  • 2013年 創造性開発研究センターを設立。

学部[編集]

大学院[編集]

  • 芸術工学研究科
    • 芸術工学専攻(博士後期課程)
    • 芸術文化専攻(修士課程)
    • デザイン工学専攻(修士課程)
    • デザイン工学専攻 仙台スクール(修士課程)

施設・附置機関[編集]

  • 本館
  • 図書館
  • 体育館
  • 学生会館
  • 水上能舞台
  • ギャラリー
  • 芸術研究棟A
  • 芸術研究棟B
  • 芸術研究棟C
  • 芸術実習棟
  • 新実習棟A
  • 新実習棟B
  • 新実習棟C
  • デザイン工学実習棟A
  • デザイン工学研究棟A
  • デザイン工学実習棟B
  • デザイン工学研究棟B
  • 大学院棟
  • 東北文化研究センター
  • こども芸術教育研究センター
  • 美術大学センター
  • 文化財保存修復研究センター
  • 共創デザイン室
  • 東北復興支援機構TRSO
  • 創造性開発研究センター
  • 文明哲学研究所
  • 東アジア芸術文化研究所(京都造形芸術大学、大韓民国ソウル弘益大学校と共同設置/研究所は大韓民国のソウル弘益大学校内に設置)
  • 社会芸術総合研究所(京都造形芸術大学と共同設置/東京都渋谷区)
  • 総合研究センター
  • デザイン哲学研究所
  • 東アジア民族文化アーカイブ研究センター

対外関係[編集]

他大学との協定[編集]

姉妹校[編集]

大学関係者一覧[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ ただし同様の方式で開学した大学に本州大学(現在の長野大学)があり、その設立年は1966年であるが、本州大学設立当時はまだ「公設民営方式」なる言葉や概念そのものがなかった。本州大学は公設民営大学の先駆であるが、設立時「公設民営方式」とは称されず、自治体が学校法人を設立し、その学校法人によって運営される私立大学という扱いであった。

出典[編集]

  1. ^ 『山形県地域開発史 続 下巻』p.173
  2. ^ 『山形県地域開発史 続 下巻』p.175
  3. ^ a b 『山形県史 第7巻 (現代編 下)』p.868
  4. ^ 『山形県史 第7巻 (現代編 下)』p.869
  5. ^ “《おしえて!編集長》 どうなるの?東北芸工大―京都造形芸術大と統合へ―”. 山形コミュニティ新聞. (2011年7月22日). http://www.yamacomi.com/2628.html 2017年10月27日閲覧。 
  6. ^ 『月刊自治研』 1994年10月号
  7. ^ 『山形県史 第7巻 (現代編 下)』p.869 - 870
  8. ^ <高速バス>仙台-上山 満席で芸工大生悲鳴 - 河北新報社(2016/06/24閲覧)
  9. ^ 「ニュース最前線 芸工大統合疑問の声も 県、山形市が多額補助金」『読売新聞』山形版 2011年9月21日
  10. ^ “芸工大・造芸大統合問題”. 山形コミュニティ新聞. http://www.yamacomi.com/2679.html 2017年10月27日閲覧。 
  11. ^ 「芸工大、来春の統合断念へ 県・山形市の理解得られず」『朝日新聞』山形版 2011年12月23日
  12. ^ 「芸工大、申請取り下げ 学校法人統合問題」『朝日新聞』山形版 2012年1月18日
  13. ^ a b c d e f g h i j k 『建築技術』1993年5月号
  14. ^ a b “みちのく建物探訪 山形市 東北芸術工科大学本館 稜線表す巨大三角形 /宮城”. 毎日新聞. (2016年4月16日). https://mainichi.jp/articles/20160416/ddl/k04/070/155000c 2017年10月27日閲覧。 
  15. ^ 放送大学 平成28年度 単位互換案内

参考文献[編集]

  • 山形県地域開発史作成事務局編 『山形県地域開発史 続 下巻』 山形県職員研修所、1998年。
  • 山形県編 『山形県史 第7巻 (現代編 下)』 山形県、2004年。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]