下京区

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しもぎょうく
下京区
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 京都府
京都市
団体コード 26106-8
面積 6.78km²
総人口 82,682
推計人口、2016年10月1日)
人口密度 12,190人/km²
隣接自治体
隣接行政区
京都市右京区南区中京区
東山区
下京区役所
所在地 600-8588
京都府京都市下京区西洞院通塩小路上る東塩小路町608番地8
北緯34度59分15.4秒東経135度45分19.7秒座標: 北緯34度59分15.4秒 東経135度45分19.7秒
下京区総合庁舎
外部リンク 京都市 下京区

下京区位置図

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下京区(しもぎょうく)は、京都市を構成する11区のひとつである。北辺を通る四条通四条烏丸烏丸通)から四条河原町河原町通)までは京都府、京都市有数の繁華街となっている。

また、京都駅は、京都市周辺部のターミナルであり、周辺には京都タワー・京都駅ビルなどを中心に商業施設が集まっている。

早くから業務地化が進み、人口は30年以上にわたってドーナツ化現象により減り続けていたが、1995年以降都心回帰に伴う居住地再整備やマンション建設の増加に伴い再び人口が増加傾向に転じている。2005年に行われた国勢調査においても、隣接する中京区南区などと並び人口増加区のひとつとなった。

地理[編集]

歴史[編集]

  • 平安時代末期のころ、京都平安京)の南側を下辺(しものわたり、しもわたり)、これに対し北側を上辺(かみのわたり、かみわたり)と呼ぶようになる。これが中世にそれぞれ下京上京となった。下京と上京の境界はおおむね二条通であった[注 1]。上京には京都御所があって富裕者が集まっていたのに対し、下京は商業街区であり、民衆の町であった[1][2]
  • 1868年 - 1869年明治元年11月) 下京を下大組(しもおおぐみ)、上京を上大組(かみおおぐみ)とする[2][3]
  • 1869年(明治2年) 下大組と上大組の境界を二条通から三条通に変更、下京に32番組(現在の元学区)が成立する[2][3]
  • 1879年(明治12年)4月10日 郡区町村編制法により、京都府に下京区が設置される。
  • 1889年(明治22年)4月1日 上京区と下京区を市域として市制施行、京都市が発足。上京区と下京区はともに京都市の行政区となる。
  • 1929年昭和4年)4月1日 上京区と下京区の2区から左京区中京区東山区を分区する。
  • 1955年(昭和30年)9月1日 南区を分区する。

人口[編集]

下京区の人口の推移
1970年 116,200人
1975年 99,779人
1980年 86,821人
1985年 78,744人
1990年 73,457人
1995年 70,662人
2000年 71,212人
2005年 75,437人
2010年 79,287人
2015年 82,668人
総務省統計局 国勢調査より

地域[編集]

教育[編集]

大学[編集]

短期大学[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

施設[編集]

交通[編集]

鉄道路線[編集]

道路[編集]

区内の主な通り[編集]

四条通五条通七条通塩小路通
西大路通千本通大宮通、堀川通、烏丸通、河原町通

一般国道[編集]

名所・旧跡・観光スポット・観光名産品・祭事・催事[編集]

出身著名人[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 現在の中京区の過半は当時は下京に含まれた。

出典[編集]

  1. ^ 上京と下京 都市史13”. フィールド・ミュージアム京都. 京都市 (2008年). 2016年6月3日閲覧。
  2. ^ a b c 上京区について”. 上京区の紹介. 京都市上京区 (2013年5月21日). 2016年6月3日閲覧。
  3. ^ a b 町組改正と小学校 都市史26”. フィールド・ミュージアム京都. 京都市 (2008年). 2016年6月3日閲覧。

外部リンク[編集]