清水直行

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
清水 直行
Naoyuki Shimizu on May 5, 2010.jpg
横浜ベイスターズ時代
(2010年5月5日、横浜スタジアム)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府京都市下京区
生年月日 (1975-11-24) 1975年11月24日(41歳)
身長
体重
180 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1999年 ドラフト2位
初出場 2000年4月1日
最終出場 2011年8月20日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
五輪 2004年
WBC 2006年
オリンピック
男子 野球
2004 野球

清水 直行(しみず なおゆき、1975年11月24日 - )は、京都府京都市下京区出身(兵庫県西宮市育ち)の元プロ野球選手投手)・野球解説者2014年からは、ニュージーランド野球連盟のゼネラルマネジャー(GM)補佐や、野球ニュージーランド代表の統括コーチも務める[1][2][3]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

1998年都市対抗野球・社会人野球日本選手権に出場するが、共に登板機会がなかった。1999年の都市対抗野球2回戦で先発するが、満塁本塁打を被弾して降板、この試合を最後に活動を停止した東芝府中硬式野球部最後の敗戦投手となった。以降は統合した東芝硬式野球部所属となり、 1999年のドラフト会議において、千葉ロッテマリーンズを逆指名し、2巡目で入団。

ロッテ時代[編集]

2000年4月1日の対福岡ダイエーホークス戦で初登板。5月4日の対大阪近鉄バファローズ戦で初先発・初勝利を挙げる。その後は中継ぎ投手として起用されていた。

2002年黒木知宏小野晋吾が怪我で離脱し、ネイサン・ミンチーが開幕当初不調に陥り、チームも開幕から11連敗と危機的状況の中、先発投手に転向し、プロ野球ワーストタイ記録の開幕12連敗を阻止する。この後先発ローテーションに入る。

2003年、初めてオールスターゲーム出場し、第2戦千葉マリンスタジアムで先発するが敗戦投手となる。リーグ唯一の200イニングを登板する。

2004年西武ライオンズとの開幕戦で初の開幕投手をつとめ、松坂大輔に投げ勝つ。アテネオリンピック野球日本代表にも選ばれ対ギリシャ戦で先発。勝利投手になる。

2005年、開幕戦の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦に登板するが敗れ、楽天球団創立初公式戦での初白星を献上している。この年防御率はロッテの先発ローテーション投手中、最も悪かった。リーグ優勝の際のビールかけ会場では挨拶の際に「今まで迷惑かけて・・・」と言葉を詰まらせ、涙を拭く場面があった(その後は「嘘泣きです!」と明るく振る舞っていた)。シーズン中は味方が4点以上援護した試合は10勝0敗、援護点が4点未満だった試合は0勝11敗という極端な成績であった。

2006年開幕前の3月に、第1回WBCの日本代表に選出された[4]。この大会では、1次リーグの対中国戦に登板しセーブを上げる。2次リーグアメリカ戦ではデレク・リーに同点本塁打を記録される。

シーズンでは、9月2日の対オリックス戦(京セラドーム大阪)の3回、カリーム・ガルシアを空振り三振に打ち取り投球回数1000回を達成。シーズン最終戦の10月1日の対楽天戦に登板し、1失点完投勝利して5年連続2桁勝利を達成。なお2桁勝利での1桁敗戦(10勝8敗)は初。さらに、年々悩まされてきた一発病も、この年は規定投球回に達した投手の中ではトム・デイビー(オリックス)と並んでリーグ最少の被本塁打9本と安定感を見せた。この年まで他の主戦級投手不在もあり、安定した活躍を続けたため、次第にエースとしての認識が定着する。2002年 - 2006年のシーズンに連続2桁勝利を挙げているのは、清水以外に井川慶阪神タイガース)、石川雅規東京ヤクルトスワローズ)のみである。現役投手の連続2桁勝利記録は1996年 - 2002年の7年連続の西口文也(西武)。オフには10月から翌年3月まで、TBSラジオでプロ野球選手をオフ期間中パーソナリティに起用した番組『エキサイト・スタジアム』の木曜日を担当。

2007年、3度目の開幕投手を務めるが4失点で6回途中で降板、その後も不安定な投球が続き、1年間ローテーションを守るも6勝止まり。シーズン連続2桁勝利は5年で止まった。特に優勝した北海道日本ハムファイターズに0勝4敗と相性が悪かった。

2008年、キャンプ直前の1月17日に病気療養中だった妻・明美を心不全で失う不幸に見舞われた(夫婦の間に1男)が、開幕からほぼ一年間、先発ローテーションを守り通して13勝をあげた。9月15日の対福岡ソフトバンクホークス戦では、同点で迎えた9回表に自ら志願して2002年6月以来のリリーフ登板を果たし、1回無失点で切り抜けると、その裏にチームがサヨナラ勝ちを収め、7年ぶりの救援勝利をあげた。シーズン終了後には、同年にFA権を取得する清水に対して、阪神タイガースが獲得を検討するとの報道がなされたものの、残留するという形で翌年の契約更改を行い、2年総額5億2000万円で合意した。1年目が2億4000万円、2年目が2億8000万円という年俸変動性のものであった。

2009年、開幕から不調が続き、6勝にとどまった。11月9日、那須野巧斉藤俊雄との交換トレード横浜ベイスターズへ移籍。2年目の年俸2億8000万円は横浜が支払うことになった。背番号は、入団して以来着けていた18番をエースの三浦大輔が着用しているため、同時期にトレードで日本ハムへ移籍した加藤武治が着用していた17となった。

横浜・DeNA時代[編集]

2010年は、6月20日の対阪神戦でプロ通算100勝を挙げる。また、三浦の不調もあって横浜投手陣の柱として活躍し、2年ぶりの二桁勝利である10勝を挙げる。しかし、調子の善し悪しが激しく11敗を喫し、共にリーグワーストとなる防御率5.40と26被本塁打を記録するなど前年より成績は悪化した。

2011年の開幕前に左膝を痛め開幕メンバーから外れると、4月に1試合登板したのみで登録を抹消され、7月に一軍昇格を果たしたが、8月24日に再び左膝を痛めて登録抹消。左大腿骨滑車部損傷と診断され、結局7試合の登板でシーズンを終えて、2001年以来10年振りに規定投球回到達を逃した。オフには2010年の松中信彦(ソフトバンク)と並びプロ野球史上最大(当時)の減額となる2億円減の5000万円で契約更改した。2012年は一軍での登板がなく、10月10日に球団から戦力外通告を受けた[5]

DeNA退団後[編集]

2013年、所属球団がない状況で、現役続行を視野に左膝のリハビリを続行。2月には東京ヤクルトスワローズの春季キャンプで入団テストを受験する予定だったが、テストの直前に辞退した[6]。同月17日からは、「リハビリ中で所属なしの現役投手」という立場で、『neo sports』(テレビ東京[7]にコメンテーターとして出演。同年のシーズン中には、現役続行への道を模索しながら、FOX SPORTS ジャパンBASEBALL CENTERおよびBS12 プロ野球中継のロッテ戦中継で解説を務めた。

2014年、ニュージーランド野球連盟のGM補佐と、野球ニュージーランド代表のコーチに就任。清水によれば、DeNAからの戦力外通告後にニュージーランドの野球に興味を持ったことで、「野球への恩返しを兼ねて、野球人口の増加や、2020年夏季東京オリンピックにおける野球・ソフトボールの競技復活に携わりたい」という思いに至ったという[8]。これを機に、同年3月24日付で現役からの引退を発表[9]。以降は、日本で野球解説者としての活動を続けながら、隔月ペースでニュージーランドに滞在して技術指導などに当たっている[8]6月28日には、QVCマリンフィールドのロッテ対オリックス戦の試合前に、ロッテの主催で引退セレモニーを行った[10]

2015年7月6日に第4回WBC予選のニュージーランド代表投手コーチを務める事が発表された[11]

2016年3月、書籍『日本野球を売り込め!〜元世界一投手のニュージーランドからの挑戦〜』が上梓された[12]

選手としての特徴[編集]

最速151km/hのストレートの伸びやキレはリーグ屈指と評され、高速スライダーフォークチェンジアップも高レベルであった[13]。2008年にはシュートの割合を増やしたことで復活を果たした[14]

人物[編集]

ロッテに入団した当初、チームには清水将海が在籍していたため、「清水直」と表記された。これが定着したため、チームに同姓の選手がいない場合でもスコアボードでは「清水直」と表記されている。

先発ローテーションの1人として2002年から2006年まで5年連続で規定投球回、2桁勝利を継続していた。その安定した成績や統率力のある性格から、ロッテのエースと呼ばれ、メディアでもそのように紹介されていた。

2014年10月24日、ニュージーランド航空が「壮大すぎる機内安全ビデオ」の日本語版(英語制作/日本語字幕)を公開した。イライジャ・ウッドの右側座席に搭乗する客として出演。これは日本では12月13日に公開される映画「ホビット」シリーズの完結編公開にちなんだものである。撮影が映画内で「中つ国」として登場するニュージーランドのロケであることからの出演で、野球ニュージーランド代表の帽子をかぶっている。日本-ニュージーランド便に採用されている最新のボーイング787-9型機の専用ビデオで、ボーイング777-300ER型機用のビデオには登場していない。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2000 ロッテ 27 16 1 0 0 3 6 0 -- .333 475 100.0 110 9 66 1 2 69 13 0 77 68 6.12 1.76
2001 31 0 0 0 0 6 2 0 -- .750 191 43.1 43 6 20 1 2 30 0 0 20 18 3.74 1.45
2002 31 29 2 1 0 14 11 0 -- .560 768 177.2 197 28 57 0 3 124 4 1 91 90 4.56 1.43
2003 28 28 5 1 0 15 10 0 -- .600 850 204.1 200 14 53 0 6 147 9 0 86 71 3.13 1.24
2004 23 23 5 2 1 10 11 0 -- .476 699 169.1 160 21 42 2 4 126 2 0 73 64 3.40 1.19
2005 23 23 7 1 2 10 11 0 0 .476 687 164.1 170 27 37 1 5 99 4 0 77 70 3.83 1.26
2006 25 25 6 1 1 10 8 0 0 .556 718 171.0 178 9 36 1 6 137 2 0 74 65 3.42 1.25
2007 25 25 3 1 0 6 10 0 0 .375 657 145.0 189 15 39 4 6 101 1 0 86 77 4.78 1.57
2008 25 24 7 2 2 13 9 0 0 .591 679 165.2 151 13 41 3 1 108 4 0 81 69 3.75 1.16
2009 23 22 2 0 0 6 7 0 0 .462 638 144.2 177 14 42 0 1 88 5 0 75 71 4.42 1.51
2010 横浜 26 26 1 1 0 10 11 0 0 .476 699 155.0 203 26 39 1 8 105 1 0 98 93 5.40 1.56
2011 7 7 0 0 0 2 4 0 0 .333 172 37.0 47 4 14 0 1 20 1 0 23 19 4.62 1.65
通算:12年 294 248 39 10 6 105 100 0 0 .512 7233 1677.1 1825 186 486 14 45 1154 46 1 861 775 4.16 1.38
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
節目の記録
その他の記録
国際大会記録
  • 2004年 アテネ五輪
  • 2006年 WBC(2試合 0勝0敗1セーブ 防御率4.15 4 1/3投球回 6奪三振 自責点2[15]

背番号[編集]

  • 18 (2000年 - 2009年)
  • 17 (2010年 - 2012年)

代表歴[編集]

コーチ歴[編集]

監督歴[編集]

  • 2016 WBSC U-15ワールドカップ ニュージーランド代表

関連情報[編集]

出演番組[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 野球ニュージーランド代表統括コーチ・清水直行
  2. ^ 清水直行(元千葉ロッテ、横浜DeNA)が引退、ニュージーランド代表チームのコーチに就任
  3. ^ On to the next one
  4. ^ 2006 Tournament Roster WBC公式サイト 英語 2015年8月20日閲覧
  5. ^ “来季の選手契約について”. 横浜DeNAベイスターズ公式ホームページ. (2012年10月10日). http://www.baystars.co.jp/news/2012/10/1010_07.php 2012年10月10日閲覧。 
  6. ^ “清水、ヤクルト入団テストを辞退”. 日刊スポーツ. (2013年2月3日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20130203-1080245.html 2013年2月17日閲覧。 
  7. ^ a b レギュラーコメンテーターの緒方耕一が、野球日本代表外野守備・走塁コーチとして第3回WBC決勝大会に帯同することを受けて、過去のWBC日本代表の出場・優勝経験者の立場で代演。
  8. ^ a b “元ロッテ・清水が引退表明 NZ連盟入り発表”. スポーツニッポン. (2014年3月26日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/03/26/kiji/K20140326007846410.html 2014年3月26日閲覧。 
  9. ^ “元ロッテのエース清水直行が引退へ”. 日刊スポーツ. (2014年3月24日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20140324-1274848.html 2014年3月24日閲覧。 
  10. ^ 清水直行氏 引退セレモニーについて球団公式サイト2014年6月2日配信
  11. ^ Team NZ WBC Coaching Staff Named Baseball New Zealand (英語) (2015年7月6日) 2015年8月20日閲覧
  12. ^ “"世界の野球”「ニュージーランド野球の世界挑戦記」著者・清水直行氏の書籍が発売”. 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト. (2016年3月24日). http://www.japan-baseball.jp/jp/news/press/20160324_1.html 2016年11月29日閲覧。 
  13. ^ 野球小僧 世界野球選手名鑑2005』 白夜書房2005年、44頁。ISBN 4-86191-015-3
  14. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2009』 白夜書房、2009年、48頁。ISBN 978-4-86191-508-6
  15. ^ 2006 WORLD BASEBALL CLASSIC 日本代表個人成績 NPB.jp 日本野球機構 2016年4月8日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]