井手町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
いでちょう
井手町
万灯呂山展望台 - panoramio.jpg
橘諸兄公旧趾 - panoramio.jpg
Kerria japonica & Cherry01.jpg
Flag of Ide Kyoto.JPG Ide Kyoto chapter.JPG
井手町旗 井手町章
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 京都府
綴喜郡
団体コード 26343-5
法人番号 1000020263435
面積 18.04km2
総人口 7,661
推計人口、2018年4月1日)
人口密度 425人/km2
隣接自治体 城陽市京田辺市木津川市
相楽郡和束町精華町
綴喜郡宇治田原町
町の木 ヒノキ
町の花 ヤマブキ
井手町役場
町長 汐見明男
所在地 610-0302
京都府綴喜郡井手町井手南玉水67番地
北緯34度47分54.2秒東経135度48分11.7秒
井手町役場庁舎
外部リンク 井手町の公式ページ

井手町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

 表示 ウィキプロジェクト

井手町(いでちょう)は、京都府南部に位置する。面積18.01 km2

木津川の支流である玉川が町を東西に縦断している。春になると花見をする人たちで賑わう。町内の地域としては、多賀、井手、有王区域となる。町域の約七割は山林である[1]。田園風景の中に井提寺(井手寺)跡[2]平城京にあった南都七大寺の一つ、大安寺を焼いたとされる石橋瓦窯の遺構などもある[1]奈良時代の貴族、政治家で、井手町に別荘をもち、「井手の左大臣」と呼ばれ万葉集の撰者とも伝えられる橘諸兄ゆかりの地である[3]

歴史[編集]

井手町には須恵器が見つかった弥勒古墳や横穴式石室の高月古墳などがあり、古くから人が住んでいた。奈良時代の有力貴族橘諸兄は、井堤の地(いでと読む、現在の井手町)に相楽別業という別荘を作り、また井堤寺(いでじ)を建立した。康治2年(1143年)の『井堤郷古絵図』によれば、橘諸兄の居館や井堤寺が記されている[4]。また平安時代には玉川流域が山吹の名所として和歌に詠まれた[5]

  • 「駒とめて猶水かはむ山吹の花の露そふ井手の玉川」 新古今集 藤原俊成
  • 「玉川の岸の山吹影みえて色なる浪に蛙(かわず)なくなり」 續古今 後鳥羽院
京田辺市から見た井手町多賀地区の遠景

1953年(昭和28年)8月14日・15日の南山城水害では玉川堤防が決壊し、井手町内だけで死者・行方不明者計109人、全壊・流出戸数278戸を出す大災害となった[6]。1958年(昭和33年)4月1日には(旧)井手町と多賀村が合併して(新)井手町が発足した[1]

地域[編集]

  • 井手
  • 多賀
  • 有王
  • (大字なし)

行政[編集]

産業・経済[編集]

町の主要産業は農業と土木業だが振るわない[1]農家人口は1985年の約2000人から2005年には約1200人になった[1]ベンチャー企業を育成するため新産業育成施設への入居が2001年に始まり、電子機器メーカーなど5社が入居した[1]2003年に町工場等誘致条例を制定し、2社の誘致に成功、パートを含め約450人の地元雇用につながった[1]

店・企業[編集]

地域[編集]

人口[編集]

平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、5.55%減の8,454人であり、増減率は府下26市町村中18位、36行政区域中28位。

Demography26343.svg
井手町と全国の年齢別人口分布(2005年) 井手町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 井手町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
井手町(に相当する地域)の人口の推移
1970年 8,560人
1975年 9,112人
1980年 9,258人
1985年 9,316人
1990年 9,234人
1995年 9,438人
2000年 9,102人
2005年 8,951人
2010年 8,447人
2015年 7,910人
総務省統計局 国勢調査より

隣接している自治体[編集]

他府県とは隣接していない。

施設[編集]

井手町山吹ふれあいセンター
  • 井手町山吹ふれあいセンター
    • 山吹ふれあいセンター天文台
      山吹ふれあいセンターの屋上には天体ドームがあり、35cm反射望遠鏡が設置されている[7]。また、屋外広場には12.5cm屈折望遠鏡や15cm双眼鏡が設置されている[7]
    • 井手町図書館
      1982年(昭和57年)7月に京都府立図書館が井手町内で自動車文庫の巡回を開始2[8]。1990年(平成2年)7月には京都府立図書館による自動車文庫の巡回が終了し、自然休養村管理センター2階に井手町図書室が開館[8]。床面積は70m2であり、蔵書数は4,800冊だった[8]。井手町ふるさと創生事業懇談会は社会教育施設の整備充実を町長に具申しており、1994年7月14日に山吹ふれあいセンター1階に井手町図書館が開館した[8]
      図書館部分の床面積は621.66m2[9]。2009年度末の蔵書数は85,405冊、2009年度の貸出数は71,301冊だった[10]。2009年度末の人口は8,311人であり、住民1人あたり貸出数は8.6冊だった。
  • 井手町まちづくりセンター椿坂
  • 京都府立山城勤労者福祉会館
  • 井手町自然休養村管理センター
  • 井手町保健センター
  • 井手町地域包括支援センター
  • 井手町子育て支援センター

交通[編集]

鉄道路線[編集]

中心となる駅はJR奈良線の玉水駅であり、2003年3月15日のダイヤ改正により快速停車駅となった。

なお、当町西部を流れる木津川に架けられた玉水橋を渡り、京田辺市側に出ると近鉄京都線三山木駅片町線JR三山木駅も利用可能となっている。両駅は当町役場より1.7kmの位置にある。

路線バス[編集]

当町内に路線バスは通じていないが、国道307号が徒歩圏となる地域では京都京阪バスの山城大橋停留所・多賀口停留所が利用可能で、近鉄京都線新田辺駅・片町線京田辺駅、および宇治田原町方面へ行くことができる。多賀口停留所からは城陽市乗合タクシーも利用可能で、1日3往復、火・木のみの運行ながら平和堂(アル・プラザ城陽)や城陽郵便局へ行くことができる。

また、当町南側に接する木津川市(旧:山城町域)が徒歩圏となる地域では木津川市コミュニティバス山城線の渋川停留所・渋川西停留所が利用可能で、JR奈良線棚倉駅上狛駅および関西本線木津駅へ行くことができる。

道路[編集]

一般国道[編集]

府道[編集]

教育[編集]

小学校
中学校
高校はない。京都府立城陽高等学校への通学者が多い。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

玉川の桜並木

橘諸兄の旧跡、井提寺(井手寺)跡、六角井戸、蛙塚、小野小町塚がある。

また、古来より山吹と蛙(かはづ)の名所として世に知られており、歌枕として多くの和歌に歌われてきた[11]鴨長明の歌論書である無名抄「第17話 井手の山吹、并かはづ」に井手町の山吹、蛙(かはづ)についての言及がある[12]

出身人物・ゆかりある人物[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d e f g 企業誘致で経済活性を、2009年3月5日、京都新聞
  2. ^ 乾幸次『井出左大臣橘諸兄公と井出(井出)郷ー古代よりの歴史と文化が薫る井出の里』玉津岡神社氏子総代会 1993年
  3. ^ 歴史のロマン体感、井手町「諸兄まつり」、2007年11月19日、京都民報Web
  4. ^ 乾幸次『萬葉集に詠まれた南山城の古代景観』古今書院、2002年、pp.127-128
  5. ^ 「新撰京都名所圖絵」 竹村俊則 白河書院 1965年 p150-151
  6. ^ 「忘れない 南山城水害60年」『京都新聞』山城版、2013年4月1日
  7. ^ a b 天文台公開について 井手町
  8. ^ a b c d 『図書館年報 平成21年度(2009)』p.2
  9. ^ 『図書館年報 平成21年度(2009)』p.3
  10. ^ 『図書館年報 平成21年度(2009)』p.28
  11. ^ 井手町史編集委員会 『日本文学にあらわれた井手町』 井手町史編集委員会、1975年、139頁。
  12. ^ 鴨長明 『無名抄 (国立国会図書館デジタルコレクション)』 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2579571?tocOpened=1、1216年

参考文献[編集]

  • 井手町図書館『図書館年報 平成21年度(2009)』井手町図書館、2010年

外部リンク[編集]