山科区

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やましなく
山科区
琵琶湖疏水と桜
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 京都府
京都市
市町村コード 26110-6
面積 28.70km2
総人口 134,098[編集]
推計人口、2021年2月1日)
人口密度 4,672人/km2
隣接自治体
隣接行政区
京都市左京区東山区伏見区
滋賀県大津市
山科区役所
所在地

607-8511
京都府京都市山科区椥辻池尻町14番地の2
北緯34度58分21秒東経135度48分49秒座標: 北緯34度58分21秒 東経135度48分49秒
山科区総合庁舎

外部リンク 京都市山科区役所

山科区位置図

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山科区(やましなく)は、京都市を構成する11の行政区の1つ。京都市の東側にある山科盆地の北部と、周辺の山地を区の範囲としている。清水焼団地西野山ニュータウンなど住宅街も整備されている。

概要[編集]

本項ではかつて同一地域に存在した宇治郡山科町(やましなちょう)、同町の町制前の名称である山科村(やましなむら)についても述べる。

東山により京都盆地から、音羽山や醍醐山(笠取山)などにより近江盆地からは隔てられている。昔から京都東国とを結ぶ交通の要衝であった。

かつては、滋賀県との府県境の農村だったが、現在は、京都中心部や大阪ベッドタウンとなり、他地域からの移入者も多く、名神高速道路京都東ICなどもあり、京都市東部の玄関口として発展している。

東側は滋賀県大津市との県境に接しており、大津との結び付きも強い[* 1]。 また、南側は伏見区醍醐地区と接しており、山科区と同一の生活圏や経済圏を形成している。山科区と醍醐地区との繋がりは、伏見区中心部と醍醐地区の繋がりよりも深いと言われる。

地理[編集]

地形[編集]

山地[編集]

主な山

河川[編集]

主な川

土地[編集]

地域[編集]

区を構成する町:京都市山科区の町名を参照。

人口[編集]

山科区に相当する地域の人口の推移
1975年(昭和50年) 126,124人
1980年(昭和55年) 136,318人
1985年(昭和60年) 136,954人
1990年(平成2年) 136,070人
1995年(平成7年) 137,104人
2000年(平成12年) 137,624人
2005年(平成17年) 136,670人
2010年(平成22年) 136,045人
2015年(平成27年) 135,471人
総務省統計局 国勢調査より

隣接自治体・行政区[編集]

京都府の旗京都府
滋賀県の旗滋賀県

歴史[編集]

古代[編集]

中世[編集]

室町時代から戦国時代まで[編集]

山科中央公園の山科本願寺土塁跡

しかし城郭都市のようになった本願寺の存在と門徒たちの勢いを恐れた細川晴元は、京都市内をほぼ勢力下に置いた日蓮宗徒らと結託して一向宗に打撃を加えようとした。

この後本拠を失った本願寺勢力は大坂石山本願寺)に移っている。山科本願寺は廃墟と化したが、今も高い土塁の跡が区内各地に残存している。

近世[編集]

江戸時代[編集]

  • 江戸時代は山科や四宮、そして髭茶屋追分(現在の大津市追分)までが東海道(三条通の開通に伴い、今は旧街道・旧三条通り等と呼ばれる)の街道筋として一続きの町となり、飛脚参勤交代をはじめ多くの人々が行き交った。

髭茶屋追分からは京都を通らず大津宿伏見宿大坂を直接つなぐ伏見街道(大津街道)が山科盆地を南へ走っていた。

  • 京都に住まわれている天皇陛下のため、禁裏御料地として宮中に献上する作物を栽培したほか、近郊農村として京都の市民に野菜などを供給された。
  • 大石良雄(内蔵助)は山科区の西の端にあたる西野山に住み、仇討ちまでの間、夜毎東山を越えて祇園に通いながら世間の目を欺いていた。

近代[編集]

明治維新から第二次世界大戦まで[編集]

  • 1921年に西野にできた日本絹布が特に大きな工場であり、翌年鐘紡に吸収されその山科工場となった。

多くの女工が周囲に住み、近隣には市場映画館もできるなど山科駅周辺の市街地化に貢献した。(山科工場は1970年に長浜に移転し、跡地は山科団地となっている。)

現代[編集]

第二次世界大戦後[編集]

  • 近年は西大津バイパスなどの琵琶湖西縦貫道路[* 2]や、京都市中心部から日ノ岡の下を通り山科区を南に縦断する京都市営地下鉄東西線が開通するなど更なる交通網の整備が進んだほか、山科駅前は地下鉄開通とともに再開発されデパート(大丸)が入る再開発ビルが建設されている。

そのため山科駅周辺ならびに地下鉄東西線が地下を走る外環状線沿線は活気ある街に育ちつつあるが、かつてのメインストリートであった旧東海道や醍醐街道の繁栄振りは鳴りを潜め、空洞化が進んでいる。

政治[編集]

山科町
廃止日 1931年4月1日
廃止理由 編入合併
山科町京都市東山区
現在の自治体 京都市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 京都府
宇治郡
総人口 20,398
国勢調査1930年
隣接自治体 京都府
京都市
宇治郡醍醐村
紀伊郡深草町
滋賀県
大津市
滋賀郡膳所町
山科町役場
所在地 京都府宇治郡山科町
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行政[編集]

自治体の変遷[編集]

明治
  • 1889年明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、宇治郡安朱村、上野村、御陵村、日岡村、厨子奥村、竹鼻村、四宮村、髭茶屋町、八軒町、小山村、音羽村、大塚村、西野村、東野村、北花山村、大宅村、椥辻村、上花山村、川田村、勧修寺村、西野山村、栗栖野村、小野村が合併して宇治郡山科村が成立。
大正
昭和
  • 1931年昭和6年)4月1日 - 宇治郡山科町が京都市に編入。東山区の一部となる。
  • 1951年(昭和26年)6月 - 東山区役所山科支所が発足。
  • 1976年(昭和51年)10月1日 - 東山区から旧山科町が分区され山科区となる。

国家機関[編集]

法務省[編集]

厚生労働省[編集]

施設[編集]

警察[編集]

本部
交番
  • 大塚交番(山科区大塚森町)
  • 花山交番(山科区北花山寺内町)
  • 勧修寺交番(山科区西野山中臣町)
  • 四ノ宮交番(山科区音羽草田町)
  • 竹鼻交番(山科区竹鼻四丁野町)
  • 椥辻交番(山科区大宅桟敷)
  • 百々交番(山科区西野山百々町)
  • 御陵交番(山科区御陵別所町)
  • 山科駅前交番(山科区安朱桟敷町)

消防[編集]

本部
消防署
  • 山科消防署:山科区西野今屋敷町2-10
出張所
  • 大塚:山科区大塚北溝町23-1

医療[編集]

主な病院

公民館[編集]

  • 京都市東部文化会館

図書館[編集]

郵便局[編集]

郵便番号

郵便番号は607-00・-08・-09・-80・-81・-82・-83・-84が使用されている。

主な郵便局

集配郵便局である山科郵便局のほか、以下の郵便局がある。

  • 山科四宮郵便局
  • 京都山科音羽郵便局
  • 京都山科竹鼻郵便局
  • 京都東野郵便局
  • 京都山科椥辻郵便局
  • 京都山科大宅郵便局
  • 京都勧修寺郵便局
  • 京都山科川田郵便局
  • 京都山科西野郵便局
  • 京都山科御陵郵便局
  • 京都北花山郵便局

経済[編集]

イオンタウン山科椥辻
山科駅前の夜景

第三次産業[編集]

商業[編集]

主な商業施設

本社を置く企業[編集]

上場企業

情報・通信[編集]

マスメディア[編集]

中継局[編集]

教育・研究機関[編集]

科研製薬総合研究所

大学[編集]

国立
私立

高等学校[編集]

府立
私立

中学校[編集]

市立
私立

小学校[編集]

市立
私立

特別支援学校[編集]

市立

自動車学校[編集]

研究機関[編集]

交通[編集]

山科駅に隣接する商業施設「ビエラ山科」
京都外環状線から山科駅方面を望む

鉄道[編集]

JR西日本
東海道本線琵琶湖線
(至京都駅)←山科駅→(至米原駅
湖西線
(至京都駅)←山科駅→(至近江塩津駅
京阪電気鉄道
京津線
(至京都市営地下鉄東西線太秦天神川駅まで乗り入れ)←御陵駅 - 京阪山科駅 - 四宮駅→(至びわ湖浜大津駅
京都市営地下鉄
東西線
(至太秦天神川駅)←御陵駅 - 山科駅 - 東野駅 - 椥辻駅 - 小野駅→(至六地蔵駅

バス[編集]

路線バス[編集]

かつては京都市営バスも路線を保有していたが、地下鉄東西線開通時にバス路線再編で路線網を京阪バスに譲り撤退している。

道路[編集]

高速道路[編集]

自動車専用道路

国道[編集]

府県道[編集]

主要地方道
その他の府道
主要道路

観光[編集]

毘沙門堂

名所・旧跡[編集]

主な寺院
主な神社
主な遺跡
主な史跡

観光スポット[編集]

文化・名物[編集]

祭事・催事[編集]

  • 阿含の星まつり
  • 陶器市 - 1975年7月から開催された「陶器まつり」は五条坂で行われる陶器まつりと並ぶ夏の風物詩として知られたが、2010年代に取りやめとなり、陶器市は従前から秋に開催されている「楽陶祭」の中で『清水焼の郷まつり』として開催されている。

名産・特産[編集]

出身関連著名人[編集]

山科区を舞台とした作品[編集]

映画[編集]

小説[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ おおよそ山科盆地内は山科区であるが、盆地の北東端、追分・藤尾などの地域は2012年現在大津市である。
  2. ^ 琵琶湖西縦貫道路の全区間が滋賀県内にあるが、終点の藤尾南ランプから名神高速道路の京都東インターチェンジに接続している。

出典[編集]

参考文献[編集]

  • 『モノクロームヤマシナ:未来へつなぐ山科の記憶』山科区役所、2006年

関連項目[編集]


外部リンク[編集]