サディスティック・ミカ・バンド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
サディスティック・ミカ・バンド
Sadistic Mika Band
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ロック
サイケデリック・ロック
プログレッシブ・ロック
グラムロック
アートロック
ファンク
ニューロマンティック
ニュー・ウェーヴ
活動期間 1972年 - 1975年
1989年
2006年 - 2007年
レーベル 東芝音工→東芝EMI
(1972年-1975年、1989年)
コロムビアミュージックエンタテインメント
(2006年-2007年)
共同作業者 サディスティックス
小田和正
松山猛
クリス・トーマス
坂本龍一
松任谷由実
財津和夫
奥田民生
メンバー 加藤和彦リズムギターボーカル
高中正義リードギター
小原礼ベース
高橋幸宏ドラムス
木村カエラ(ボーカル)
旧メンバー 加藤ミカ(ボーカル)
つのだ☆ひろ(ドラムス)
今井裕キーボードサックス
後藤次利(ベース)
桐島かれん(ボーカル)

サディスティック・ミカ・バンド(Sadistic Mika Band)は、日本ロックバンド

1972年デビュー。1974年発表のアルバム『黒船』は、当時英米でも発売されていた。活動中の1975年にはイギリスでツアーを行っている。1975年の解散後もこれまでに3度、ゲストボーカリストを迎えて再結成されている。

バンド名の由来であるが、ジョン・レノンが結成していた「プラスティック・オノ・バンド」をもじったもので、また、ボーカル(初代)のミカの包丁使いがあまりにサディスティックだったことに由来する[1]

来歴[編集]

結成から解散まで[編集]

1971年11月、元ザ・フォーク・クルセダーズ加藤和彦ギターボーカル)、加藤ミカボーカル)、角田ひろ(ドラムス、現:つのだ☆ひろ)のメンバーで結成される。そこに高中正義リードギター)が加入し、1972年にシングル「サイクリングブギ」でデビュー。

その後まもなくして角田が自らのバンドを結成する為に脱退する。ドラマーとして大口広司の一時加入を経た後、高橋幸宏が参加、高橋に誘われる形で小原礼ベース)がメンバーとなる。

1973年、ファーストアルバム『サディスティック・ミカ・バンド』を発表[2]。このアルバムは発売当初は数千枚しか売れなかったが、イギリス、特にロンドンで評判となり逆輸入という形で日本でも評価されるようになった。また泉谷しげるのアルバム『光と影』にも「加藤和彦とサディスティック・ミカ・バンド」名義で参加した。

1974年、ファーストアルバムを聴いたイギリスの音楽プロデューサー、クリス・トーマス(当時ビートルズピンク・フロイドを手掛けたことで有名になっていた)からプロデュースの話があり、セカンドアルバム『黒船』を発表[3]。このレコーディングには実に450時間が費やされた。

その後、小原礼が脱退し、後藤次利がベースとして参加。サードアルバム『ホット!メニュー』[4]をリリース後、1975年には、ロキシーミュージックの全英ツアーにおいてオープニングアクトを務めた(アルバム『Live In London』での今野雄二の解説によると、ロキシーの時間も大幅に食ってしまったとのことである)[5]

その後、加藤和彦・ミカの離婚により、1975年11月に解散した。

解散後の活動[編集]

解散後、今井裕、後藤次利、高中正義、高橋幸宏の4人でサディスティックスとして活動した時期がある(1978年頃には自然消滅)。

ミカはクリス・トーマスの紹介でバッド・フィンガーの曲『Know One Knows』に日本語の語りとして参加している。

1985年、加藤和彦、高中正義、高橋幸宏、後藤次利に坂本龍一松任谷由実を加えた「Sadistic Yuming Band」として、国立競技場で開催された国際青年年の記念音楽イベント「All Together Now」に出演。各アーティストの代表曲のメドレーと「タイムマシンにお願い」、更にボーカルに小田和正財津和夫を加え、松任谷・小田・財津のコラボレーション曲「今だから」を披露した。

1989年、加藤和彦、高中正義、小原礼、高橋幸宏の4人に桐島かれん(ボーカル)を加えて Sadistic Mica Band(ミカの表記が下線のとおり変更)として再結成。アルバム『天晴』を発表した。先行シングル「Boys and girls」はマツダ・ファミリアCMソングにもなり、オリコン13位を記録。サディスティック・ミカ・バンドとしては唯一のオリコントップ100入りシングルとなっている。また、このメンバーでライブが行われ、後にライブアルバム『晴天』として発売された。

1992年には、アニメ『まぼろしまぼちゃん』のOP曲に1974年、3rdシングルとして発表した「タイムマシンにおねがい」が、ED曲に1973年、1stシングルとして発表した「サイクリングブギ」が使われ、同年の6月17日に「サイクリグブギ」をカップリングに収録したCDシングルとして再発売される。

ミカ自身は再結成に際し、「呼ばれてもいない」ということで「ミカ・バンド」というグループ名を再結成バンドが掲げることに対し、遺憾の意をインタヴューで表明している。

再々結成[編集]

2006年、加藤和彦、高中正義、小原礼、高橋幸宏の4人に木村カエラ(ボーカル)を加えて、Sadistic Mica Band Revisitedとして再々結成。このメンバーでキリンラガービールのテレビCMに出演し、CMには新しく録音された「タイムマシンにおねがい」が使用された。フルバージョンで聴きたいという希望が多かった(CMではサビの部分が使用された)為、着うたインターネットで音楽配信されることが決定。iTunes Music Storeの配信ランキングで1位を獲得するなどの記録を残した。

2006年8月30日、ライブ形式の無料PV撮影会を行う。10月25日にはアルバム『NARKISSOS』を発表。この際に、バンド名のアルファベット表記を、カエラの名前を入れたSadistic Mikaela Band(カナ表記はそのまま)としている。

2007年3月8日NHKホールにおいて、ミカバンド名義としては18年ぶりのライブを行った。引き続き木村カエラがボーカルとして参加した他、アンコールにはカエラや小原との親交が深い奥田民生がゲストとして登場。同年秋には、このライブの映像を含むドキュメンタリー映画『サディスティック・ミカ・バンド』(監修:井筒和幸)が公開された。なお、ライブの模様が収録されたアルバム『LIVE in Tokyo』では表記がSadistic Mica Bandと、桐島かれん在籍時と同じものになっている(このアルバムでは桐島かれん在籍時の音源は無い)。また、ボーナスディスクとして75年の神田講堂でのMika Bandの音源が収録されている。

以降、個々の親交はあったものの、バンド活動は行われないまま、2009年10月、中心人物であった加藤和彦が逝去する。

在籍したメンバー[編集]

(期数・メンバー名については1987年に発売された「20 SONGS TO 21ST CENTURY」の小倉エージの解説を元に、「ミカのチャンスミーティング」(1988年版/JICC刊)などにより補足)

  • 第1期(1971年11月 - 1972年9月) シングル「サイクリングブギ」
    • 加藤和彦・ミカ・つのだひろ
  • 第2期(1972年9月 - 1973年10月) アルバム『サディスティック・ミカ・バンド』
    • 加藤和彦・ミカ・高橋幸宏・小原礼・高中正義
  • 第3期(1973年11月) シングル「ハイ・ベイビー」
    • 加藤和彦・ミカ・高橋幸宏・小原礼
  • 第4期(1973年末) この時期の音源なし
    • 加藤和彦・ミカ・高橋幸宏・小原礼・永井充夫
  • 第5期(1974年2月頃 - 1975年6月) アルバム『黒船』
    • 加藤和彦・ミカ・高橋幸宏・小原礼・今井裕・高中正義
  • 第6期(1975年6月頃) この時期の音源なし(ただし、テレビ出演の映像あり)
    • 加藤和彦・ミカ・高橋幸宏・今井裕・高中正義・ジャック松村
  • 第7期(1975年7月~1975年11月) アルバム『ホット!メニュー』『ライブ・イン・ロンドン』
    • 加藤和彦・ミカ・高橋幸宏・今井裕・高中正義・後藤次利[6]

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

タイトル リリース日 レーベル EP・CDコード 備考
サイクリングブギ 1972年または1973年(前出) 東芝音楽工業 DTP-2681 EP フジテレビ系アニメ「まぼろしまぼちゃん」エンディング
ハイ・ベイビー 1973年(前出) 東芝音楽工業 EP
タイムマシンにおねがい 1974年10月5日 東芝音楽工業 DTP-20053 EP
SUKISUKISUKI /塀までひとっとび 1974年 東芝音楽工業 DTP-20154 EP アルバム「黒船」からのシングルカット
Boys & Girls/ 愛と快楽主義者 1989年3月1日 東芝EMI RT07-2301
XT10-2301
再結成時のシングル
Boys & GirlsはマツダファミリアCMソング
タイムマシンにおねがい 1992年6月17日 東芝EMI TODT-2860 フジテレビ系アニメ「まぼろしまぼちゃん」主題歌

オリジナル・アルバム[編集]

タイトル リリース日 レーベル LP・CDコード 備考
1st SADISTIC MIKA BAND 1973年5月5日 東芝音楽工業(ドーナツ) DTP-9074 初期プレスのLPはボーナスEP付き「レコーディング・データc/wサイクリング・ブギ」BRT-1001
1987年8月5日 東芝EMI CA30-1495
1992年6月24日 TOCT-6577
1998年3月18日 TOCT-10138
2006年8月23日 TOCT-11161
2011年10月26日 EMIミュージック・ジャパン TOCT-11304
2nd 黒船 1974年11月5日 東芝EMI(ドーナツ) DTP-72003
1987年8月5日 東芝EMI CA30-1410
1992年6月24日 TOCT-6578
1998年3月18日 TOCT-10139
2000年12月6日 TOCT-10748
2003年6月27日 TOCT-25113
2005年3月30日 TOCT-16012
2006年8月23日 TOCT-11162
2013年9月25日 ユニバーサルミュージック TOCT-95214
3rd HOT! MENU 1975年11月5日 東芝EMI(ドーナツ) DTP-72099
1987年8月5日 東芝EMI CA30-1496
1992年7月22日 TOCT-6579
1998年3月18日 TOCT-10140
2004年2月25日 TOCT-25340
2006年8月23日 TOCT-11163
2013年9月25日 ユニバーサルミュージック TOCT-95215
天晴 1989年4月8日 東芝EMI CT32-5432
ZT28-5432
収録曲である「Boys & Girls」はマツダファミリアCMソングに起用された。
2006年8月23日 TOCT-11165
2013年7月24日 ユニバーサルミュージック TOCT-95191
NARKISSOS 2006年10月25日 コロムビアミュージックエンタテインメント COZA-227/8(DVD付き)
COCP-33931(通常盤)
ゴールド認定(日本レコード協会

ライブ・アルバム[編集]

タイトル リリース日 レーベル LP・CDコード 備考
Live In London 1976年7月5日 東芝EMI(ドーナツ) DTP-72185
1989年4月26日 東芝EMI CT30-5445
1993年4月7日 TOCT-6983
1998年3月18日 TOCT-10141
2006年8月23日 TOCT-11164
2013年3月27日 ユニバーサルミュージック TOCT-95164
天晴 SADISTICK MICA BAND LIVE IN TOKYO 1989 1989年7月12日 EMIミュージック・ジャパン CT32-5508
ZT28-5508
2006年8月23日 EMIミュージック・ジャパン TOCT-11166
LIVE in Tokyo 2007年5月23日 コロムビアミュージックエンタテインメント COCP-34374/6

ベスト・アルバム[編集]

タイトル リリース日 レーベル CDコード 備考
ベスト・オブ・サディスティック・ミカ・バンド 〜20 Songs to 21st Century 1988年1月25日 EMIミュージック・ジャパン CT32-5092
幕の内 (S.M.B. SUPER BEST) 1989年12月6日 EMIミュージック・ジャパン TOTT-5596
TOCT-5596
別嬪 〜サディスティック・ミカ・バンド・ベスト 1992年9月3日 EMIミュージック・ジャパン TOCT-6701
サディスティック・ミカ・バンド ゴールデン☆ベスト 2002年6月19日 EMIミュージック・ジャパン TOCT-10861
NEW BEST 1500 2005年8月24日 EMIミュージック・ジャパン TOCT-11036
超別嬪 2006年5月24日 EMIミュージック・ジャパン TOCT-26020

Boxセット[編集]

タイトル リリース日 レーベル CDコード 備考
サディスティック・ミカ・バンド CD-BOX 1989年6月7日 EMIミュージック・ジャパン CT25-5466/9
PERFECT! 1994年3月23日 EMIミュージック・ジャパン TOCT-8330/5

オムニバス・ライヴ盤参加[編集]

タイトル リリース日 レーベル LPコード 備考
ラブジェネレーション~ラブ・ジェネレーション・ライヴ・コンサート 日本武道館に於ける実況録音盤 1973年8月 東芝音楽工業(エクスプレス) ETP-7695~6 2曲収録「ピクニック・ブギ」「銀河列車」※"加藤和彦とサディスティック・ミカ・バンド"名義

映画[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ レコード・コレクターズ、2007年1月号(p.60)
  2. ^ ファースト・アルバムにサポート的に参加していた今井裕キーボードサックス)は、次作の『黒船』から正式メンバーになる(ちなみに小田和正もファースト・アルバムでサポート・メンバーとしてピアノを弾いていた)。
  3. ^ 幻のセカンドアルバム『駅前旅館』は諸問題により頓挫、後に「お花見ブギ」のみがBest盤に収録され日の目を見る。
  4. ^ 英ハーヴェスト盤には「オキナワBOOGALOO」の英語ヴァージョンが収録されている。
  5. ^ 「塀までひとっとび」は1989年及び2007年の再結成ライブの際にも、終盤に演奏された。再結成時の音源は、ライブ盤『晴天』(1989年)、『Live in Tokyo』(2007年)で、解散前のライブでの音源は、『Live in Tokyo』(2007年、曲名は加藤によって書かれたメモにより、「HiHiHi」と表記されている)、『Live In London』(1989年、ミカが本来の英語タイトルである「Suki,Suki,Suki」の名前で紹介している)で聴くことができる。
  6. ^ 後藤は正式メンバーではなく、サポートメンバー扱いだった

関連人物・グループ[編集]

外部リンク[編集]