ゲルニカ (バンド)

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ゲルニカ
出身地 日本の旗 日本
ジャンル 歌謡曲テクノ
活動期間 1981年 - 1982年
1988年 - 1989年
レーベル アルファレコード/YEN
1982年
テイチクレコード
1988年 - 1989年
共同作業者 細野晴臣プロデューサー
公式サイト ゲルニカ・オフィシャルサイト
メンバー 戸川純
上野耕路
太田螢一

ゲルニカGUERNICA)は、男女3人によって構成される日本音楽ユニット1981年に結成され、現在は活動を休止している。

概要[編集]

戸川純上野耕路太田螢一の3人による音楽ユニットで、細野晴臣プロデュースを手がけたことでも知られる[1][2]

結成のきっかけは、戸川純がゲストボーカルとしてハルメンズのライブに参加したこと[注 1][3]。そこでハルメンズのメンバーだった上野耕路が戸川と意気投合してコンセプトを構築し、ハルメンズを脱退してバンドを結成する[3]。そこに太田螢一が合流してゲルニカへと発展する。

当初ユニット名は未来派の騒音楽器から取ってイントナルモーリと名乗っていたが、戸川が名前を覚えられないということでゲルニカへと変更された[4]

ゲルニカにおける戸川純は、太田螢一が作詞して上野耕路が作曲した歌を唄うことで彼らの世界観を聴き手に伝えるという意味において媒体であり、主演女優に徹していた[5]。戸川自身は、上野と太田がゲルニカの参謀ならば自身は前線を往く兵隊という気持ちであり、上野と太田が頭を使って自身は身体を使うというつもりでいた[5]モチーフ的に寄りな曲もチャンバラごっこ止まりというバンドのコンセプトも、戸川の趣味に合っていた[5]

1983年からの活動休止は当初、1年間限定の予定で、上野と太田は1年後にゲルニカを再開するつもりだった[注 2][5]。しかし残されていたレコード会社との契約を消化するために3人それぞれのソロ・アルバムを出すことになり、戸川がソロ活動やそれがきっかけで生まれたヤプーズでの活動に注力したことで再開は1988年まで先延ばしにされた[5]

来歴[編集]

1981年結成[7]。前年10月に戸川と上野が意気投合したことがきっかけ。

1982年イエロー・マジック・オーケストラ細野晴臣プロデュースによるアルバム改造への躍動』をリリースしメジャー・デビュー[7]。アルバムは細野が主宰するアルファレコード内のレーベル『YEN』からリリースされた。

1983年から活動を休止、戸川はソロヤプーズでの活動に専念する。

1988年テイチクレコードに移籍、アルバム『新世紀への運河』をリリースして活動を再開する[7]。音楽性も前作のテクノ調からオーケストラに変化した。

1989年、3枚目のアルバム『電離層からの眼差し』を発表後、再び活動を休止[7]

2002年12月にデビュー二十周年を記念して3枚組アルバム『GUERNICA IN MEMORIA FUTURI 〜ゲルニカ二十周年記念完全盤〜』を発売した。

メンバー[編集]

戸川純
ボーカル担当[7]
上野耕路
作曲編曲キーボードを担当[7]
太田螢一
作詞・ステージデザイン・コンセプト・美術(ライブ衣装を含む)を担当[7]

作品[編集]

シングル[編集]

  発売日 タイトル 規格 規格品番 収録曲 レーベル 備考
1st 1982年12月5日 銀輪は唄う 7インチシングルレコード YLR-702 アルファレコード/YEN フルオーケストラの伴奏による再録音。

アルバム[編集]

  発売日 タイトル 規格 規格品番 収録曲 レーベル 備考
1st 1982年6月21日 改造への躍動 LPレコード YLR-20001 アルファレコード/YEN オリジナル盤。ブックレットは当時としては珍しい左開きによって構成され、歴史的仮名遣(ただし、疑似的なもの)と旧字体を多用して歌詞を掲載。
1984年3月25日 カセットテープ YLC-20001
1990年2月24日 CD ALCA-4 アルファレコード 再発。販売元はワーナー・パイオニア
1994年12月21日 CD ALCA-9124 アルファミュージック 再発。販売元は東芝EMI
2006年2月22日 CD MHCL-711 Sony Music Direct デジタルリマスタリング。完全限定生産盤。紙ジャケット仕様。
2011年5月11日 Blu-spec CD MHCL-20131 2006年盤をBlu-spec CD化。
2016年12月21日 改造への躍動〜特別拡大版〜 Blu-spec CD2 MHCL-30425 カラオケを含む全てのアルファ発売音源を追加収録した特別拡大版。
2nd 1988年7月21日 新世紀への運河 LPレコード 28BA-18 テイチクエンタテインメント
カセットテープ 28TB-18
CD 30CH-310
1995年11月22日 CD TECN-15321
3rd 1989年3月5日 電離層からの眼指し LP 28BA-32 テイチクエンタテインメント
カセットテープ 28TB-32
CD 30CH-372
1995年11月22日 CD TECN-15322

CD BOX[編集]

  発売日 タイトル 規格 規格品番 収録曲 レーベル 備考
2002年12月4日 GUERNICA IN MEMORIA FUTURI 〜ゲルニカ20周年記念完全盤〜 CD TECN-42858 インペリアルレコード デビュー20周年(2002年時)記念盤。テイチク在籍時の3枚のオリジナル・アルバムを完全収録した3CD BOX。またボーナス・トラックとしてデビューシングル「銀輪は唄う」とC/W「マロニエ読本」、デモテープ、ライヴなど未発表音源13曲を収録。CD EXTRA仕様で、1988.7.24 渋谷クラブクアトロのライヴ映像「髑髏の円舞曲」を収録。
2012年3月21日 GUERNICA 30TH ANNIVERSARY 〜ゲルニカ30周年記念完全盤〜 SHM-CD TECH-75291/3 テイチクエンタテインメント デビュー30周年(2012年時)記念盤。テイチク在籍時のオリジナル・アルバム『新世紀への運河』、『電離層からの眼差し』、(仮)『名古屋 FLEX HALL LIVE』(未発表ライヴ音源)を収録した3CD BOX。

映像作品[編集]

  発売日 タイトル 規格 規格品番 レーベル 備考
2004年6月23日 ゲルニカ:リライティング・ヒストリー 1982-1989 DVD VPBQ-19019 VAP ライブやオフショット、CMなどの映像を収録した作品。

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 戸川は、ハルメンズの前身バンド、8 1/2(ハッカニブンノイチ)の追っかけをしていた。
  2. ^ 活動休止の原因は、父親のやっていた家業が傾いた上野が一時、音楽活動を続けられなくなったためだという[6]

出典[編集]

  1. ^ 世間に誤解されてきた戸川純、貪欲に生き抜いてきた35年を語る”. CINRA.NET (2016年12月27日). 2018年11月5日閲覧。
  2. ^ 【JOYSOUNDだから、歌える! 隠れた名曲ライブラリー】#64 戸川純ユニット「眼球綺譚」”. 全日本歌謡情報センター (2018年10月31日). 2018年11月5日閲覧。
  3. ^ a b カルト歌謡カルタ【れ】‪戸川純「レーダーマン」”. 全日本歌謡情報センター (2018年2月6日). 2018年11月5日閲覧。
  4. ^ 非常階段とのコラボレイト『戸川階段』について語る”. Ele-king. Pヴァイン (2016年7月19日). 2018年11月8日閲覧。
  5. ^ a b c d e テイチク在籍時の作品を編纂した究極のBOXセットに見る玉姫様の軌跡”. Rooftop (2009年8月1日). 2018年11月5日閲覧。
  6. ^ ばるぼら著『NYLON100% 80年代渋谷発ポップ・カルチャーの源流』(アスペクト)収録の上野へのインタビューより。
  7. ^ a b c d e f g 戸川純”. テイチクエンタテインメント. 2018年11月5日閲覧。

外部リンク[編集]