立花ハジメ

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立花 ハジメ(たちばな はじめ、1951年10月28日 - )は東京都出身のミュージシャン及びグラフィックデザイナー映像作家

人物・来歴[編集]

早稲田大学商学部卒業。奥村靫正等のWORKSHOP MU!!に師事しグラフィックデザイナーとして活動する傍ら、1976年テクノポップバンド「プラスチックス」を結成、ギターを担当し、1980年にはisland recordよりアルバムを世界発売。ワールドツアーを数回行った。

プラスチックス解散後の1982年サックスに転向し、高橋幸宏プロデューサーとして迎えて、初のソロ・アルバム『H』を発表、この時、自作楽器「アルプス1号」を使って演奏を行っている(以降自作楽器はアルプスシリーズとして4号まで製作された)。鈴木さえ子矢口博康等とツアーも行う。

3枚目のアルバム『テッキー君とキップルちゃん』以降はテクノポップに回帰、4枚目のアルバム『太陽さん』ではプログラマー藤井丈司レコーディング・エンジニア飯尾芳史とのユニット「テッキーズ」を結成、原田大三郎率いるラジカルTVと共にツアーを行った。このツアーではアルプスシリーズの他、自作楽器「ソラノイド」、コンピュータ制御された油圧シリンダーを体に装着しダンスをさせる「ブレイクダンス養成ギブス」を用いている。

グラフィックデザイナーとしては自身の作品のほか、高橋幸宏、坂本龍一矢野顕子トーキング・ヘッズなどのレコードジャケット、ヴィデオクリップ舞台美術を手がけた。またタイポグラフィなどの分野で活躍し、1991年ADC賞最高賞受賞。

1987年公開の映画ラストエンペラー」に、映画制作の現場を知るため志願して端役で出演。

1992年には初の個展「タイポグラフィ」を全国開催。

1995年スウォッチアーティストヴァージョンのデザインを手がけ、またMacintoshAdobe Illustratorプラグイン「信用ベータ」を発表する。

1997年には現motherのeri、Baffallo Daughterの大野由美子らと「立花ハジメとLow Powers」を結成、ここでは5弦変則チューニングのギター担当。アルバム「真摯」を発表。

2002年携帯電話向けWeb上に於けるJAVAのプログラミングのグループ展「TENDJAVa」開催。

2004年宮島達男とのコラボレーション「1000 Deathclock in Paris」がアルスエレクロニカで入選。

2007年屋敷豪太紺野千春らと共に新バンドTHE CHILLを立ち上げアルバム発表。プラスチックスを短期間再結成。

2010年、プラスチックスを短期間再結成。

2012年、facebookにて半生記*time & place Jerkin' Back 'n' Forth the first half of my life* http://www.facebook.com/pages/Hajime-Tachibana/343242189083777

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

ベストアルバム[編集]

  • 逢うは別れのハジメなり(1986年、アルファレコード
  • ベスト~ハジメヨケレバスベテヨシ(1990年、ミディ)

シングル[編集]

7インチ[編集]

  • 一人のエジプト人 -Sex Symbol Strikes Back- (1983年、アルファレコード)
B面「二人のエジプト人 -AB1013-」が自身出演の三菱電機CMに使われた。

12インチ[編集]

  • Repricant J.B.(1984年、アルファレコード)
  • Beauty & Modern things (1986年、ミディ):片面シングル。音楽が収録されていない面には手塚治虫画のレリーフが施された。
  • happy (1986年、ミディ)

その他[編集]

アートディレクション[編集]

CM出演[編集]

テレビ出演[編集]

著書[編集]

  • 『Application Tour』光琳社出版、1995年11月

関連人物[編集]

  • ショコラータ
    • シングルをプロデュースした。
  • DEVO
    • リーダーのマーク・マザースヴォーと親交が深い。

外部リンク[編集]