井崎脩五郎

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井崎 脩五郎
Syugoro-Isaki20101127.jpg
2010年ジャパンカップ当日イベント
生誕 布目健二
(1947-07-23) 1947年7月23日(70歳)
東京都荒川区
長野県伊那市
国籍 日本の旗 日本
教育 明治大学商学部中退
職業 競馬ジャーナリスト、作家・コラムニスト
活動期間 1970年 - 現在
代表経歴 ホースニュース・馬広報部部長
競馬解説者

井崎 脩五郎(いさき しゅうごろう、1947年7月23日 - )は日本の競馬評論家コメンテーター。本名は布目 健二(ぬのめ けんじ)。父は浪曲奇術師の布目貫一競馬専門紙ホースニュース・馬』に所属していた(元・株式会社ホースニュース広報部部長)。

来歴・人物[編集]

出身地は東京都荒川区とする説と長野県伊那市とする説とがある。2007年には荒川区の観光大使に任命されている[1]

東京都立葛飾野高等学校卒業、明治大学商学部中退(本人は「中退ではなく除籍」と主張している)後の1970年、株式会社ホースニュースに入り、競馬専門紙記者となる。

フジテレビの競馬中継には1983年からレギュラー解説者として出演し、現在でも『みんなのKEIBA』にレギュラーとして出演。独特のデータ予想を駆使して、また持ち前の明るくユニークな性格で人気を博している。前身番組の『スーパー競馬』まではスタジオでの解説のみだったが、『みんなのケイバ』ではスタジオ解説と共に実況席解説も兼任していた。長年、フジテレビ競馬中継のメイン解説者として活躍していたが、『みんなのKEIBA』から、メイン解説者ではなくご意見番の立場として、これまでよりは一歩引いた立場となっている。また、世界の競馬珍話集(但し自身の創作も多い)や競馬をテーマにした小説を何冊か執筆しており、現在は『週刊Gallop』(サンケイスポーツ)にて小ネタ的競馬エピソードを連載中である。

豊富な知識は競馬だけにとどまらず、TBSテレビ噂の!東京マガジン』の“見出し評論家”など複数の評論家の肩書きで、幅広い分野で活躍している。

名前の読み方は「いさき」が正しいが、一般的には「いざき」と呼ばれ、本人もペンネームであることから時々「いざき」と言ってしまうことがある。

2008年2月19日に所属していたホースニュース・馬が休刊(事実上の廃刊)となったため、その後はフリーランスの競馬予想者として活動している。

株式会社ホースニュース在籍中から、前述の『週刊Gallop』に加え東京中日スポーツ「井崎脩五郎の競馬探偵」など数多くの連載を持っているが、ホースニュース・馬の休刊に伴い2008年4月から東京スポーツで予想コラム「そりゃホントか井崎亭」の連載を開始した。ただし、ホースニュース・馬在籍時のように全レースの予想が掲載されるわけではなく、当コラムにて掲載される井崎の予想はメインレースのみであり、東スポの馬柱には予想印は載らない。

エピソード[編集]

競馬予想・評論[編集]

大学時代、人に勧められて初めて買った馬券が的中したのがきっかけで競馬にのめり込んだという。学費を全額ぶち込んだという伝説まである。

専門紙の記者になったきっかけは、大学生時代、アルバイトでフジテレビの競馬中継のADをしていて、タニノムーティエの勝った日本ダービーを中継車で見ていて感動したからで、そのまま競馬専門紙の門を叩いたとある年の日本ダービーの日のレーシングプログラムに書いている。

そのキャラクターから普通とは逆に“予想が的中すると苦情が来る”ともいわれ、井崎の子息からは「こんなの来るわけないのに、なんでこんな予想するのかわからない」と言われたこともある。かつて週刊誌の対談で、テレビ出演時に今のようなキャラクターを演じた理由として「当時まだまだ博打という偏見が強かった競馬に対して親近感を持って欲しかったから」と述べたことがある。

十数年前の『スーパー競馬』では30連敗を記録し記念に楠玉が割られた程であった。1996年オークスでは『噂の!東京マガジン』にて「枠連1-4の1点でいい」と言明し、司会の森本毅郎に即座に「その組み合わせはいりませんね」と言われつつも的中させた。同番組の収録スケジュールと予想的中のタイミングが合うと、その度に番組冒頭で話題になることが慣例になっている。

ただし、データ予想に関しては「予想データは突き詰めていくと全ての馬が勝つ可能性があることになり、結局、最終的には自分に都合のいいデータを取捨選択することになる」と語っている。

データ以外に馬名や枠連の数字やサインに関する造詣も深く、それに関する予想も数多く行う。これは大学の先輩にあたる高本公夫の影響だという。但し的中率はデータ予想時以上に落ち込むようである。

2004年12月20日に行われた「有馬記念フェスティバル」において、司会の須田鷹雄に「今まで見てきた中で一番これは強いと思ったレースは?」と振られ、「昨日のディープインパクトの新馬戦。あれは強い」と答えた(このときのディープインパクトのレースは、手綱を持ったままで後続を引き離す、圧勝と言えるレースであった)。ちなみに、2000年JRAが行なったキャンペーン「Dream Horses 2000」の著名人コメントにおいてはマルゼンスキーが最高の名馬だと答えている。

尚、ポリシーとして競馬関係者(調教師、騎手等)の友人は作らないようにしている。特定の競馬関係者と仲良くなると予想にしがらみが生じ、公平な予想が出来ないからとの理由である。

趣味・嗜好[編集]

  • 酒豪としても知られ、酔っ払った状態でテレビに出演することも少なくない。
  • 官能小説の大変な愛好家。フランス書院のウェブサイトに井崎のインタビュー記事が掲載されている。

その他[編集]

  • 出演していた『スーパー競馬』(フジテレビ)では競馬の神様と言われた 大川慶次郎から「競馬の神様の呼び名を譲るよ」と言われた事がある。
  • 新潟競馬場近くにある島見浜をこよなく愛しており、新潟開催の折には浜茶屋で呑んでいるところをたびたびに目撃されている。また弟子の須田との雑誌での対談企画を同所で収録した事もある。新潟開催の『NSTスーパー競馬』(現・『NSTみんなのKEIBA』)予告CMでも井崎が島見浜を歩くバージョンが放映された事があった。「市報にいがた」第2006号では篠田昭・新潟市長が、新潟市のおすすめスポットとして『競馬評論家の井崎脩五郎さんが「日本一の浜茶屋」と激賞する島見浜』を採り上げている。[2]
  • 美浦トレーニングセンター栗東トレーニングセンターには現在まで取材はおろか、訪問したことすらただの一度もない。
  • 「井崎脩五郎」というペンネームは、野末陳平の姓名判断の本を参考にして考えた。その後、野末本人に会った際、「とてもいい画数だよ!」と絶賛された。
  • ホースニュース社在籍時代、課長に昇進したことに気付かなかったらしく、給与明細書に「課長手当¥3,000」を認め、課長昇進を自覚するまで約3年間、自分は係長だと思い込んでいたらしい。
  • 『みんなのKEIBA』解説者であるため他地域の番組に出演することはまず無いが、2008年のFNS27時間テレビでは『みんなのケイバ』が休止となったため函館競馬場へ赴き、北海道文化放送吉田雅英との珍しいツーショットを披露(地上波中継向け)。レース直前にはこの年のメインキャスターである明石家さんまと競馬トークを繰り広げた。

出演番組[編集]

かつて出演していた番組[編集]

かつてはタキシード姿で出演するのがトレードマークであったが、現在はスーツが多い。

競馬beat』(関西テレビ)視聴の地域(主に西日本)でのメディア露出は少ないが、2005年菊花賞(ディープインパクトの三冠がかかっていた)当日、関西テレビとフジテレビの共同制作となった『スーパードリーム競馬』に出演し、地上波では珍しい杉本清との共演を果たしている(その後2007年4月にも競演している)。ただし、2008年1月6日から2年間放送した『みんなのケイバ』にて全国放送のパートである実況席解説も担当していた。

書籍[編集]

映像[編集]

ゲーム[編集]

ウイニングポスト』シリーズ(コーエー)に「井坂脩三郎」なる井崎をモデルにしたと思しきキャラクターが登場しているが、これについて井崎は須田との対談集[3]の中で「日本酒2本持ってきてくれればOK。吟醸酒なら1本でも可」と語っており、事実上使用を容認している。

キャラクター化[編集]

2009年に井崎をモチーフとするキャラクター「シューゴロー」が作られ、東京競馬場のマナー啓発VTRや遊戯施設[4]に使用されている。名馬と妖怪馬の血を引くという設定[5]で、『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターとも共演している。

脚注[編集]

関連項目[編集]

  • 須田鷹雄 - 井崎の弟子とされる人物。共著多数。
  • 鈴木淑子 - 『スーパー競馬』などで井崎と共演することがよくある。

外部リンク[編集]