中野良子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
なかの りょうこ
中野 良子
本名 川崎 良子
生年月日 (1950-05-06) 1950年5月6日(72歳)
出生地 日本の旗 日本愛知県常滑市
身長 160 cm
血液型 O型
職業 女優
ジャンル 映画テレビドラマ舞台
活動期間 1971年 -
配偶者 あり
公式サイト 中野良子の世界
主な作品
テレビドラマ
国盗り物語
赤い迷路
『光る海』
狩矢父娘シリーズ

映画
君よ憤怒の河を渉れ
野性の証明
テンプレートを表示

中野 良子(なかの りょうこ、1950年5月6日 - )は、日本女優愛知県常滑市出身[1][2]愛知県立常滑高等学校卒業[3]。身長160cm。B83cm、W57cm、H88cm(1975年2月)[2]

来歴[編集]

反戦女優として知られたジェーン・フォンダに憧れ、女優を志す[2]。高校卒業後、名古屋市のアマチュア劇団に入ったが[2]。本格的に演技者の道を歩みたいと1969年4月に上京し[2]大映東京撮影所演技研究所に入所[2]。しかし僅か6ヶ月の研修で大映が倒産[2]1970年1月、知人の紹介で三船プロに所属[1](デビューのきっかけは『われら高校生』(NHK[4][5])。

1971年、映画『二人だけの朝』で初出演デビュー[1]。同年、大ヒットした『天下御免』のヒロイン役で高い知名度を獲得する[1][2]

1978年カネボウが行なった「唇美人」調査では若尾文子を抑えて1位に選ばれる。

1979年、『君よ憤怒の河を渉れ』『お吟さま』が中国で上映され、特に前者で演じたヒロイン・真由美役は強い支持を得て、8億人以上が視聴し、中国でも人気女優になる(このときのヌードは吹き替えだったが、当然、中国ではこのシーンはカットされた)。

1984年、首相訪中時のゲストとしてキャスターに起用される。以後、外務省の依頼で世界各国に派遣され、国内外で講演会を多数開催する。

1995年、中国・秦皇島中野良子小学校を共同建設。

1999年ニューヨーク市の公立学校の課外授業に「中野良子の地球の志」が採用された。

中国のみならず、フランスでも人気を博す。俳優の活動とともに「WILL国際文化交流センター」の代表として「中野良子の地球の志」、「心の豊かさと自然」、「世界の中の日本の魅力」、「日本の社会とその方向性」、「新しい時代に合った、まちづくり語り合う、学び合う」などの課題で日本各地で講演やTV出演。また、トーク・コンサート、執筆などでも活躍。

オイスカ・インターナショナル総裁の中野良子(なかのよしこ、1933年 - )とは別人である。

人物[編集]

ヤングから中年まで男性層からは圧倒的な支持を受けたが[2][6]、共演した主に男性の役者からは総スカンを食らった[2][6][7]。また雑誌のインタビュアーに「そんなこと、私に何の関係があるかしら」[6]「あなたたちは女優の寄生虫」[2]「一生の友になれる人だと思ったら、こっちから進んでお付き合いするわ。でも、すぐすれ違いになってしまうような人とは、最初からお友だちにならないようにしてるの」[2]などと言うため、業界全体に悪評が拡がった[6][7]。『娘たちの四季 愛は素直に』を演出したフジテレビ河合義隆ディレクターから説教されたが[2]、改善されたかは不明で、一度共演した役者からはその後も共演を拒否されるケースもあった[7]

趣味・特技:歌、英語、ソフトテニス、国際交流。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

ウェブドラマ[編集]

映画[編集]

舞台[編集]

情報番組[編集]

ドキュメンタリー[編集]

CM[編集]

音楽[編集]

アルバム[編集]

  1. 夢模様(1982年、コロムビアレコード[9]

他の活動[編集]

  • 1983年:日本各地で「心の豊かさと自然」「日本の魅力とその方向性」「新しい時代のまちづくり」について研究を始める。
  • 1986年:講演や随筆などでの提案が日本各地で採用され始める。国連の「国際平和年」にドキュメンタリードラマを共同制作。文化人を日本に招聘、「平和文化フォーラム」を共催。
  • 1994-5年:親善大使として、アメリカ、フランスを訪問。「日本女性の昨今」「地球の志」を講演、相互理解に貢献、映画「お吟さま」を上映。愛知県の高齢者施設に協力。「互いに学び合う」ことの大切さから太陽熱吸収構造の小学校を共同建設。
  • 1996年:アメリカの地域社会を視察、「地球の志」を講演、理解と親善を深める。「次世代の生活と社会を考える懇談会」委員。アメリカの地域社会を視察、「地球の志」を講演、理解と親善を深める。「次世代の生活と社会を考える懇談会」委員。
  • 1998年:日本各地の地域社会を応援。教育課題「世界の文化と子供たち」共催。
  • 1999年:「発展途上国に学校をつくる会」に寄贈、多くのボランティア活動にも参加。ニューヨーク市公立学校の課外授業に「中野良子の地球の志」が採用される。
  • 2000年:人権教育啓発推進センターのポスター。「自然と心」講演。
  • 2002年:フォーラム「アジア古都物」、「実用化をめざす燃料電池の社会」、「教室から広げよう世界の国のトモダチ」、日本農業を応援するトーク・コンサート。
  • 2003年:「教職員生涯生活設計」(教職員生涯福祉財団ビデオ)、「緑の平和大使」として、中国の徐州市で開催された植樹式に出席。
  • 2004年:孔子祭(主催・ユネスコ他)、「旅の香り・時の遊び」
  • 2006年:フォーラム「アジア観光ビッグバン」、「教職員生涯生活設計」(教職員生涯福祉財団ビデオ)「緑の平和大使」として、中国の徐州市で開催された植樹式に出席。
  • 2009年:「天皇即位20年式典」、「ミス・インターナショナル日本大会」
(この項出典公式HP)

著書[編集]

  • 『星の詩-国際交流への芽生え』(2000年 NHK出版)

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d 河北新報 1983年7月18日 16面「登場」コーナー
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m 上野宏 (1975年2月3日). “スター二つの顔 中野良子 虚像実像 育ち・プロ歴 禄高4000万円の女 虚像 能面の美しさで体当たり演技/実像 感情のままに口が動くの…”. サンケイスポーツ (産業経済新聞社): p. 13 
  3. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.552
  4. ^ NHK名古屋放送局、中部旧友会NHK名古屋放送局80年史編集委員会 企画・編集 『NHK名古屋放送局80年のあゆみ』NHK名古屋放送局、2006年、108頁。 
  5. ^ アカイさんノート 中学生日記(1)”. NHKアーカイブス (2008年10月24日). 2018年9月13日閲覧。
  6. ^ a b c d “中野良子がヘンシン宣言― 私 間違ってたわ これまでの誤解される態度を反省 無理はせず素直に 身にしみたディレクター氏の忠告”. デイリースポーツ (神戸新聞社): p. 6. (1975年10月2日) 
  7. ^ a b c 「〈ワイドコラム・ルック・るっく 人と事件〉中野良子と共演なんてイヤだと新番組を降りた木村功」『週刊現代』1979年9月27日号、講談社、 54頁。
  8. ^ “池内博之主演ドラマ「逃亡料理人ワタナベ」にいとうあさこ、三浦貴大、中村蒼ら出演”. 映画ナタリー. (2021年3月5日). https://natalie.mu/eiga/news/322606 2021年7月20日閲覧。 
  9. ^ 週刊サンケイ、1982年2月25日号

外部リンク[編集]