昨日のつづき

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昨日のつづき(きのうのつづき)は、ラジオ関東(現:アール・エフ・ラジオ日本)で1959年7月6日[1][出典無効][注釈 1]から1971年3月まで放送されたラジオ番組である。

概要[編集]

当初は前田武彦永六輔らが交代で執筆した台本に基づいて出演者が進行する番組を制作する予定だったが、当時は民間放送の開局ラッシュという状況に比してまだ人数が少なかった放送作家は引っ張りだこであり、到底執筆が間に合わないので放送作家が自ら出演することになった[2]。日本初の台本なしでフリートークで進行するラジオ番組である[2]。平日の月曜 - 金曜 午後10:25 - 10:35の10分間の放送で、スポンサーは参天製薬

出演者[編集]

当初のパーソナリティは前田武彦・永六輔、アシスタントは女優の冨田恵子。永六輔は番組開始後早い時期に喧嘩別れして降板し[2]東京ヴィデオ・ホール[注釈 2]で客を入れずに夜中に行われていた番組収録[3][注釈 3]に頻繁に居合わせて何度か飛び入り参加したことのある大橋巨泉と交代した[4]。番組の最後にアシスタントが語る「今日の話は昨日のつづき、今日のつづきはまた明日」というキャッチフレーズは大橋巨泉の考案である[1][出典無効]。大橋巨泉は2年ほどで降板したが[4]、前田武彦はその後も出演を継続した。その他にパーソナリティとして青島幸男佐野洋はかま満緒保富康午小林信彦[5]らが出演した。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 大橋巨泉は前年の開局前夜祭に於いて原型になった番組が放送されたとしている。
  2. ^ 小谷正一1953年東京都千代田区有楽町1丁目の蚕糸会館ビル6階にラジオ・テレビ局の公開番組用の賃貸ホールとして開設した。「ビデオホール」とも通称されていた。近隣のよみうりホール1957年開設)と混同される事が多いが全くの別物である。
  3. ^ 当時、開局したばかりのラジオ関東は自社のスタジオを所有していなかったため、収録から番組制作まですべて東京ヴィデオ・ホールで行っていた。昼間のスケジュールは各放送局の公開番組の収録に当てられるので、非公開である当番組は夜中の時間帯が割り当てられていた。

出典[編集]

  1. ^ a b 2010年10月23日「土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界」での大橋巨泉の発言より。[出典無効]
  2. ^ a b c 「永六輔 ラジオとその草創期を語る」『笑芸人 Vol.14』、26頁、白夜書房、2004年。
  3. ^ 「永六輔 ラジオとその草創期を語る」『笑芸人 Vol.14』、27頁、白夜書房、2004年。
  4. ^ a b 今週の遺言 第136回「巨泉・前武」ではなく「前武・巨泉」が正しい 彼は話術の天才であった(2016年7月24日時点のアーカイブ)」KYOSEN.com 2011年9月03日号、2016年7月23日閲覧。
  5. ^ 高田文夫「私の芸能さんぽ」第3回『小説現代』2017年1月号。

関連項目[編集]