深澤弘

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ふかさわ ひろし
深澤 弘
プロフィール
出身地 日本の旗神奈川県川崎市
生年月日 (1936-01-02) 1936年1月2日(83歳)
最終学歴 早稲田大学
所属事務所 オフィスR&M
職歴 東北放送ニッポン放送アナウンサー→フリーアナウンサー。現:FM PORT東京支社長
活動期間 1958年 - 1963年(東北放送)
1964年 - 1994年(ニッポン放送)
ジャンル スポーツ
公式サイト オフィスR&M
出演番組・活動
現在 スポーツ中継実況
SUNDAY SPORTS BAR
過去 ニッポン放送ショウアップナイター実況
その他 著書「わが友長嶋茂雄」
大正大学教授
音響芸術専門学校講師

深澤 弘(ふかさわ ひろし、1936年1月2日 - )は、神奈川県川崎市出身の新潟県民エフエム放送東京支社長、アナウンサー、スポーツコメンテーター。

来歴・人物[編集]

高輪高等学校を経て早稲田大学卒業。1958年東北放送アナウンサーとして入社。1964年東京オリンピック開催に伴いニッポン放送でスポーツ実況アナウンサーが不足したことからスカウトされ、同年にニッポン放送へ移籍。プロ野球中継1970年代後半から1990年代にかけて『ニッポン放送ショウアップナイター』のメイン実況アナウンサーとして1600試合以上実況アナウンスを担当した他、各種スポーツ中継(中央競馬ボクシングなど)にも多数出演。『ニッポン放送ショウアップナイター』のスタート時から長らく番組に携わっていたことから、「ミスターショウアップナイター」と呼ばれたり、長らくショウアップナイターで解説を担当した関根潤三とともに「レジェンド」と呼ばれることもある[1]

1974年10月14日に行われた長嶋茂雄現役引退試合では、引退発表の前の10月1日に長嶋から「オレの引退試合はアンタがしゃべってくれ」と直々に実況依頼され、ラジオ局では唯一となる長嶋の引退試合の実況を深澤が行ったという[1]

1993年にニッポン放送を退社した後フリーになり、ディレクTV(取締役でもあった)、スカイパーフェクTV!テレビ神奈川でプロ野球中継の実況・コメンテーターに携わりながら、長嶋茂雄との交流を描いた著書「わが友長嶋茂雄」執筆や講演会、FM PORT東京支社長、大正大学教授としても活躍している。2007年からは、大山のぶ代が校長を務める音響芸術専門学校東京港区)の講師も務めている。

長らく野球中継アナの第一人者として活躍し、V9時代の巨人もよく知り、「天皇」の異名も取る。特徴としては、誰もが打った瞬間にわかる(たとえば東京ドーム外野席上の広告を直撃するような)大ホームランが飛び出た時でも「あるいはホームランか?」と「疑問型」でしゃべること。ただし現在では、そのような演出は少なくなり、素直に「これはホームランでしょう!」ということが多い。

2009年7月15日放送のニッポン放送ショウアップナイターヤクルト巨人戦(神宮球場)で久しぶりのラジオ実況を務めた。この日はニッポン放送の開局55周年記念日であり、中継で使われたジングル(得点を取ったときやホームランが出たときに流れるBGM)も1970年代から1980年代前半に使われていたものが復活した(解説は関根潤三)。

2014年8月30日放送のニッポン放送ショウアップナイターDeNA巨人戦(横浜スタジアム)でラジオ実況を務めた。この日は、スペシャルウィーク(聴取率調査週間)で、ニッポン放送の開局60周年レジェンドリレー実況中継と銘打ち、一回から三回は、現役の松本秀夫アナ、四回、五回が深澤アナ、六回、七回が高嶋秀武アナとリレー実況中継を行った。

現在、毎日放送のアナウンサーである馬野雅行は深澤の実況を聞き、アナウンサーになる決意をした。

主な実況[編集]

出演番組[編集]

現在の出演番組[編集]

過去の出演番組[編集]

出演作品[編集]

ゲーム[編集]

著書[編集]

  • ニッポン放送 編『ショウアップナイター50年 プロ野球感動名場面完全読本』ベースボール・マガジン社、2016年、ISBN 978-4-583-11069-1 - 名場面実況の解説 深澤へのインタビューも

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 『ショウアップナイター50年 プロ野球感動名場面完全読本』ベースボール・マガジン社、2016年、ISBN 978-4-583-11069-1

外部リンク[編集]