この記事は半保護されています。(半保護の方針による半保護)

城戸真亜子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

きど まあこ
城戸 真亜子
生誕 (1961-08-28) 1961年8月28日(57歳)
日本の旗 日本 愛知県
出身校 武蔵野美術大学
職業 画家、タレント
配偶者 吉田裕史 (芸能事務所社長)

城戸 真亜子(きど まあこ、1961年8月28日 - )は、日本の洋画家であり、タレントである。本名、吉田 真亜子(よしだ まあこ)旧姓、城戸中部国際空港株式会社顧問、テレビ東京番組審議会委員、中日本高速道路CSR懇談会委員。

人物

1961年昭和36年)、愛知県名古屋市生まれ。桐朋女子中学校・高等学校を経て、1987年(昭和62年)に武蔵野美術大学油絵学科を卒業(大学時代はボクシング部マネージャーもしていた)。

タレント活動

美術大学在学中からモデルとして活動していたが、1981年(昭和56年)度の『カネボウ化粧品キャンペーンガール』に選出されたことで広く知られるようになった[1]。同年10月には、映画「アモーレの鐘」(監督:渡辺邦彦)に主演、映画デビューした。

さらに1984年(昭和59年)には歌手として、楽曲 『やさしく描いて ~カシニョールの女のように~(作詞・作曲:小坂恭子)をリリースした。また、1988年(昭和63年)4月からは、テレビのワイドショー番組 『3時にあいましょう』(TBS)で司会を務め、以後4年間に渡って毎日出演していた。

その後は、2004年平成16年)から、朝の報道番組「ウォッチ!」(TBS)にレギュラー出演していた。

画家

画業はタレント活動と並行して行っており、銀座日本橋などでの個展の開催もある。また、神保町にある珈琲店の巨大壁画、東京湾横断道路の壁画 (海ほたる内)などを手がけている。1998年平成10年)には、上野の森美術館が主催するVOCA展[2]に入選した。

私生活

1990年(平成2年)、所属事務所社長の吉田裕史と結婚した。元プロ野球選手城戸則文はおじである。

2004年から義母と同居、2013年から義母が特別養護老人ホームに入居、2017年10月まで13年間介護を続けた[3]

出演

映画

テレビ

テレビドラマ

教養番組

情報番組

バラエティー

他多数

CM

ラジオ

その他

テレビ

連載

  • 京王電鉄「あいぼりー(年4回発行の沿線情報誌)」 - 「城戸真亜子の季節のスケッチ」連載

作詞

  • ポピンズ 『ホワイト・ランデブー』・C/W『好きしてKISSして』(1986年)

著書

  • 『描きかけの自画像』全国朝日放送,1985
  • 『城戸真亜子のドリーム・グラス・アート』山海堂,1988.趣味との出逢い
  • 『抱きしめてシャ、シャ、シャ、』フリーダム・K 写真 PARCO出版局,1989.PARCO cat books
  • 『寺泉憲・城戸真亜子のたまに行くならこんな店 3』テレビ朝日「料理バンザイ!」 編.全国朝日放送,1989
  • 『Love scene エロティックな棘』井上香織 詩・文.講談社,1992 Artist book
  • 『天使の降る街 城戸真亜子のローマ・イスタンブール紀行 ディアーリオ』日本テレビ放送網,1993
  • 『Tokyo private life : Maako Kido exhibition 1994』日本テレビ放送網,1994
  • 『ほんわか介護 私から母へありがとう絵日記』集英社,2009.

脚注

  1. ^ CMデビュー時のカネボウのキャンペーンコピー「君に、クラクラ。」は糸井重里の作品であり、同コピーをタイトルにしたキャンペーンソング「君に、クラクラ。」(歌:SKY)という曲も作られた
  2. ^ VOCA展は、Vision Of Contemporary Artの略で、上野の森美術館が主催する平面作品の展覧会
  3. ^ 迫る最期、義母を前に揺らいだ 城戸真亜子さんの選択”. 朝日新聞デジタル (2019年6月25日). 2019年6月25日閲覧。

外部リンク