知ってるつもり?!
知ってるつもり?! Do You Really Know About It ?! |
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![]() 番組の収録が行われた生田スタジオ
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ジャンル | 教養番組 |
放送時間 | 日曜日 21:00 - 21:54(54分) |
放送期間 | 1989年10月8日 - 2002年3月24日 |
放送国 | ![]() |
制作局 | 日本テレビ |
製作総指揮 | 高橋靖二 重松修 大井紀子 ほか |
プロデューサー | 小山正 小山啓 大澤弘子 大野彰作 |
出演者 | 関口宏 高木希世子 千野志麻 水野真紀 ほか |
音声 | モノラル放送 |
字幕 | 無し → 字幕放送 |
オープニング | 「ビスマルク出動」(戸塚修) |
エンディング | 当該節参照 |
外部リンク | 公式サイト |
『知ってるつもり?!』(しってるつもり?!)は、1989年10月8日から2002年3月24日まで日本テレビ系列局で毎週日曜日 21:00 - 21:54 (JST) に放送されていた人物系教養番組である。1996年から2000年9月まではCS★日テレでも放送されていた(ただし権利関係の問題で、回によっては別の番組に差し替えられることもあった)。
目次
概要[編集]
12年半にわたって放送されていた教養番組で、毎回歴史上の人物を取り上げて紹介していた。大半がその人物の生涯を振り返るものだったが、中には番組放送当時にも現役で活躍している人物を取り上げることもあった。杉原千畝やマルセル・ジュノー、中村久子など、当時は一般にはあまり知られていなかった人物の功績や活躍を取り上げることもあった。取り上げる内容については、一般的に認知されている事柄以外の意外な一面をクローズアップするようにしており、意外性の少ない人物については強引な構成となることがあるほど、ありきたりの伝記番組には収まらないように工夫されていた。
流れとしては、司会の関口宏が番組の要所や終わりに、「さっ、(ここまで)いかがでしたか?」とパネリスト1人ひとりに感想を求め、最後にエンディングテーマ曲とともに関口が箴言調のまとめ文を朗読して番組を終えるというパターンだった。
タイトルの「?!」は、通常の「!?」とは逆の表記になっている。これは「聞いて、驚く」という順序を表している[1]。またごく初期のころはエンターテインメント型情報番組という位置づけで、「巨泉のこんなモノいらない!?」から引き続いて「"THAT'S INFOR-TAINMENT" (ザッツ・インフォーテインメント)」のサブタイトルを冠としていた。
番組の歴史[編集]
番組開始前、司会の関口宏が高橋進(当時プロデューサー、後に讀賣テレビ放送専務)らとともに、「先人たちの生き方の中にわれわれ現代人が生きるヒントを得られるような番組はできないものか」と企画。数カ月に及ぶ準備期間を経て、日曜午後9時枠での1時間番組という条件で編成に持ち込み、番組開始が決定された。放送第1回目で取り上げた人物は平賀源内だった。
この番組は『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』に続く「日本テレビクイズプロジェクト」第2弾の番組と位置付けられており、1991年ごろまではクイズ番組的な要素も含んでいた。しかし、そのクイズは2択(3択の場合もあり)が主であり非常に簡素なもので番組のメイン要素ではなく、正答者に対しても賞品や賞金などは出なかった。これはプロデューサーが、地味な伝記番組では企画が通らないだろうと、クイズ番組と偽って企画書を出したためである。
当初の視聴率は1桁台で、萩原敏雄(当時の日本テレビ編成部長、後に同局社長)は、「日曜のゴールデンタイムでこんな地味な番組が視聴率を取れるわけがない、と思った」と述べている[2]。しかし、その後はじわじわと数字を上げていき、放送1周年を迎える頃には20%を突破した。そして、日本テレビが10年連続年間視聴率四冠王を獲得する「黄金の90年代」を代表する番組へと成長していった。最高視聴率は、1993年10月10日放送分の「ジョン・F・ケネディ伝説」(2時間スペシャル)で26.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。
その後は、徐々に視聴率が低下したが、21世紀に入ってからも12%前後の視聴率はあった。しかし、関口の意向とも氏家齊一郎の意向ともいわれる中、2002年3月をもって12年半の歴史に幕を下ろした。最終回(90分スペシャル)では、世界の思想・良心に影響を与える釈迦、イエス・キリストの2聖人を2週にわたって取り上げ、最後に「感動のグランドフィナーレ」という字幕スーパーが表示され、関口への花束贈呈の様子を映して番組を終了した。
番組開始から1998年ごろまでは、日本テレビスタジオ(主にドラマ収録を行う生田スタジオ)での公開収録の形式だった。しかし、水野真紀が3代目アシスタントになった1999年ごろからはスタジオ収録が減り、ロケーション場所での収録(観客非公開)が多くなっていった。
伝記VTRも、初期には死への過程までが再現で生々しく紹介されていた。
出演者[編集]
司会[編集]
アシスタント[編集]
パネリスト(主にレギュラー扱い)[編集]
スタッフ[編集]
- 構成:矢野義幸、武田浩、平松邦宏、豊村剛、内田裕士、雫弘幸、冨永一郎、新田英生、佐々木守、わぐりたかし他
- 歴代プロデューサー:小山正、小山啓、大澤弘子、大野彰作
- 歴代チーフプロデューサー:高橋靖二、重松修、大井紀子、室川治久、吉川圭三
- 制作協力:IVSテレビ制作、エムロックス、テレビキッズオフィス、TVSTATION、TVBOX、マックスコム、東京映画新社、ネバーランド、バサラ、三桂
テーマ曲[編集]
オープニングテーマ[編集]
歴代エンディングテーマ[編集]
- 岡村孝子「愛がほしい」(1989年10月8日 - )
- 平井菜水「めざめ」(1990年3月4日 - )
- 平井菜水「輝きたいから」(1991年9月22日 - )
- 平井菜水「誕生物語」(1992年11月8日 - )
- ヤン・スギョン「泣きながら ほほえみながら 愛しながら」(1993年6月13日 - )
- 大橋純子「Rain」(1994年1月2日 - )
- 真璃子「素直になって…」(1994年5月1日 - )
- 国分友里恵「憧憬(あこがれ)」(1994年10月9日 - )
- Akiko「Sweet Chiristmas」(1995年10月1日 - )
- 衛藤利恵「この海へ」(1996年1月7日 - )
- 石嶺聡子「Shine」(1996年10月13日 - )
- 薬師丸ひろ子「交叉点 〜そう それがそう〜」(1997年4月13日 - )
- X JAPAN「THE LAST SONG」(1997年12月7日 - )
- 亜波根綾乃「遙かなわたしたちへ〜eternal ribbon in the air〜」(1998年5月10日 - )
- L'Arc〜en〜Ciel「forbidden lover」(1998年10月11日 - )
- 荻野目洋子「WE'LL BE TOGETHER」(1999年4月11日 - )
- ゴダイゴ「地球を我が手に」(1999年10月17日 - )
- Bluem of Youth「Stairway」(2000年1月9日 - )
- ASKA「good time」(2000年4月9日 - )
- ジョー山中「A MAN, beyond the sky」(2000年10月15日 - )
放送一覧[編集]
視聴率ベスト10[編集]
※『テレビ夢50年』番組編・5 1989 - 1995(日本テレビ50年史編集室 編)p.54 より出典。
順位 | 放送日 | タイトル | 視聴率 |
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第1位 | 1993年10月10日 | ジョン・F・ケネディ伝説 (2時間SP) | 26.1% |
第2位 | 1991年10月13日 | 女帝伝説 (90分SP) | 24.6% |
第3位 | 1993年5月23日 | 織田信長 | 24.1% |
第4位 | 1994年12月25日 | 大富豪伝説 (2時間SP) | 23.3% |
第5位 | 1999年6月13日 | 小野田寛郎と猛烈母30年戦争 | 23.2% |
第6位 | 1993年5月16日 | 芥川龍之介 | 23.1% |
第7位 | 1995年5月21日 | 北条政子 | 23.0% |
1997年3月23日 | 激動世紀末!!大予言者伝説 (2時間スペシャル) | ||
第9位 | 1991年4月7日 | 独裁者伝説 (90分SP) | 22.8% |
1993年11月14日 | 春日局 | ||
1996年2月25日 | カレン・カーペンター |
ネット局[編集]
系列はネット終了時(2002年3月)のもの。
放送対象地域 | 放送局 | 系列 | 備考 |
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関東広域圏 | 日本テレビ | 日本テレビ系列 | 制作局 |
北海道 | 札幌テレビ | ||
青森県 | 青森放送 | ||
岩手県 | テレビ岩手 | ||
宮城県 | ミヤギテレビ | ||
秋田県 | 秋田放送 | ||
山形県 | 山形テレビ | テレビ朝日系列 | 1993年3月まで[3] |
山形放送 | 日本テレビ系列 | 1993年4月から | |
福島県 | 福島中央テレビ | ||
山梨県 | 山梨放送 | ||
新潟県 | テレビ新潟 | ||
長野県 | テレビ信州 | [4] | |
静岡県 | 静岡第一テレビ | ||
富山県 | 北日本放送 | ||
石川県 | テレビ金沢 | 1990年4月開局から | |
福井県 | 福井放送 | 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 |
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中京広域圏 | 中京テレビ | 日本テレビ系列 | |
近畿広域圏 | 読売テレビ | ||
鳥取県 島根県 |
日本海テレビ | ||
広島県 | 広島テレビ | ||
山口県 | 山口放送 | ||
徳島県 | 四国放送 | ||
香川県 岡山県 |
西日本放送 | ||
愛媛県 | 南海放送 | ||
高知県 | 高知放送 | ||
福岡県 | 福岡放送 | ||
長崎県 | テレビ長崎 | フジテレビ系列 | 1990年9月打ち切り |
長崎国際テレビ | 日本テレビ系列 | 1991年4月開局から | |
熊本県 | 熊本県民テレビ | ||
大分県 | テレビ大分 | 日本テレビ系列 フジテレビ系列 |
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宮崎県 | テレビ宮崎 | フジテレビ系列 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 |
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鹿児島県 | 南日本放送 | TBS系列 | 1992年3月打ち切り[5] |
鹿児島読売テレビ | 日本テレビ系列 | 1994年4月開局から | |
沖縄県 | 琉球放送 | TBS系列 | 1993年4月から[6] |
脚注[編集]
- ^ 知ってるつもり?!、3月末で終了 先人の生き方探って584回 関口宏に聞く - 読売新聞 東京本社版夕刊 2002年3月13日
- ^ 【TVレシピ】日テレ系「知ってるつもり?!」12年半のエピソード - 産経新聞 2002年1月13日
- ^ なお、1993年3月31日までフジテレビ系列に加盟していた。
- ^ ネット開始は1990年1月7日から。テレ朝系とクロスネット期間中の1991年3月24日までは時差ネット。ANNを離脱し、NNSに加盟した同年4月7日からは同時ネット(1990年1月7日、1991年3月24日、4月7日付信濃毎日新聞テレビ欄より)
- ^ ネット期間中は不定期放送(休止期間あり)。
- ^ 1993年3月までは沖縄テレビが不定期放送していた。
外部リンク[編集]
日本テレビ系列 日曜21:00 - 21:54枠 | ||
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