ステージ101

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ステージ101
Stage 101
ジャンル 音楽番組
放送期間 1970年1月10日 - 1974年3月31日
放送国 日本の旗 日本
制作局 NHK
出演者 関口宏
黒柳徹子
マイク真木
前田美波里
ヤング101
ほか、ゲスト歌手多数
テンプレートを表示

ステージ101』(ステージいちまるいち)は、1970年1月10日から1974年3月31日までNHK総合テレビで放送された音楽番組である。

概要[編集]

タイトルの「101」とは、当時より東洋一の広さを誇る[注 1]渋谷のNHK放送センターCT-101スタジオで収録されていたことによる[注 2]

番組のために日本国内各地でオーディションが行われ、その合格者と、すでにメジャー活動をしていたザ・バロンやシング・アウトといったグループも集まって「ヤング101」が結成された。

1969年11月3日に、シャンソン歌手の石井好子俳優関口宏を司会に迎えて祝日の特集番組としてまず放送され、翌1970年1月にレギュラー放送が開始された。メジャーからマイナーまで幅広い上質な音楽や海外のポピュラーを仕入れ、全国の若者からの支持を得た[要出典]。また、番組で生まれたオリジナルソングや「ヤング101の歌」も人気を得た[要出典]

デューク・エイセスの和田昭冶、振付師の坂上道之助らも講師陣として非常に厳しいレッスンでメンバーを育て上げ、現在[いつ?]に至る音楽や演劇のプロフェッショナルがメンバーから多数活躍しているのも特徴。

映像の現存・保存状況[編集]

放送当時は、ビデオテープが非常に高価であったため上書き使用が基本だった。このため、2016年6月現在で残っているのは放送用ビデオテープでNHKに残された1974年3月31日放送の最終回と、関係者がたまたま録画していた「開拓[注 3]」の回の2本、及びヤング101メンバーが保存していた最終回時のリハーサル映像(8ミリフィルム・音声なし)のみとなっている[1]。 一方、2016年7月1日付のNHKアーカイブス「発掘ニュース」No.112では黒柳徹子がメイン司会を担当していた頃のモノクロ断片映像が発掘された[2]ことが明らかにされており、さらに同じページの「思い出・コメント」欄にて他にも白黒、カラー合わせて数時間分の映像が見つかっていることがアーカイブス担当者より言及されている。

なお、「開拓」と最終回時の映像はNHKアーカイブスと全国のNHK公開ライブラリーで見ることができる。

歴史[編集]

草創[編集]

この番組は、全世界を覆った学園紛争の嵐で傷ついた若者の心を癒し、良質の音楽を紹介しようという意図で企画された。

1960年代前半『夢であいましょう』の演出を手がけたNHKのディレクター(当時)末盛憲彦は、許可を得て渡米。そこで、アメリカならではのミュージカルバラエティ番組ヤング・アメリカンズ』を目にし、衝撃を受けた。

「こんな番組が、日本でもできないだろうか…」と考えた末盛は、帰国後、まだ官僚的体質が色濃く残っていた局内を説得し、プロジェクトをスタート。手始めとして、関東地方の若者を対象としたオーディションを実施。合格者には各界の実力者を講師として約1年間の厳しいレッスンを行い、歌や踊り、芝居の基礎を叩き込んだ。

1969年、レッスンを積んだ若者たちにプロとして活躍していたザ・バロン、シングアウトなどのグループを加え、新たなグループが結成された。そして11月3日、石井好子と関口宏が司会を務めた特別番組が放送された。これがヤング101のお披露目だったが、グループ名は同年の『第20回NHK紅白歌合戦』で初めて発表された。

成長と転換[編集]

1970年1月に、関口を司会として週1回のレギュラー番組がスタートし、末盛らの狙い通りたちまち全国の若者たちをとりこにした。編集方針として、フォークソングなど当時の流行歌は流さず、海外の曲や番組の音楽スタッフが作ったオリジナルソングなどを歌うことが徹底された。レッスンは番組が始まってからも続き、メンバーは次第に力をつけていった。後述の大規模追加オーディションまでの間にも、メンバーは随時追加されている。

やがてヤング101は活躍の場をNHK以外にも広げた。番組連動企画ながら、日本万国博覧会(EXPO '70)や札幌冬季五輪の関連イベントに参加するなど社会現象となり、NHKには「俺たちもヤング101に入れてくれ」という声が数多く寄せられるようになった。これを受け、1971年から1972年にかけて対象を全国に広げた大規模オーディションが実施された。また、メンバーのヤング101以外での活動も積極的に行われた。特に田中星児の場合、ヤング101に加入後、局内でうたのおにいさんオーディションの案内を見てオーディションに参加し、1971年11月からは当番組と並行で同局の「おかあさんといっしょ」初代うたのおにいさんを務めた。


初期のメンバーは20歳代が中心だったが、初期メンバーの一人、ザ・チャープスの三女・えり子は中学生、第2次募集で入ってきた西玲子も高校生だった。1972年に入ると代替わりによってヤング101メンバーの低年齢化が起こり、オーディションによって新たなメンバーが次々に加わる一方、初期のメンバーが次々と卒業した。この頃から女子高生のメンバーも増加し、番組が終わる約1年前には谷山浩子太田裕美(当時はスクールメイツ)等も参加した。プロデューサー・スタッフも一新され音楽監督も変わった。

番組の終了[編集]

1973年、ヤング101は自分たちだけで番組を進行。テーマ曲もこれまでの「ヤッポン!」に替わり、新しいオリジナル曲となった。この年の7月、NHKは9年間続いた前田義徳体制から小野吉郎体制へ移行。同じ頃、内幸町から渋谷への移転を完了しNHKホール(2代目)が開業し、同ホールを活かした新たな番組の制作が大きな課題となった。

その数か月後に発生した第1次オイルショックにより、NHKは当時2波だけだったテレビの放送時間短縮に加え、翌1974年度の予算も緊縮型となり、徹底した経費削減が求められた。その中で、ステージ101関連の予算は削減対象のやり玉に挙げられ、公開型の番組に移行すべしという結論が出された。1974年3月31日午後6時40分、『ステージ101』はその歴史に幕を下ろし、ヤング101も解散した。

本番組終了後、引き続き日曜18時枠で『レッツゴーヤング』( - 1986年4月)→『ヤングスタジオ101』(1986年 - 1988年)と続き、土曜夕方→金曜深夜枠の『ジャストポップアップ』(1988年 - 1991年)、土曜夕方(単発)→週末深夜枠で『ポップジャム(POP JAM)』(1993年 - 2007年)、平日深夜→日曜夕方→木曜夜→日曜深夜枠で『MUSIC JAPAN』(通称MJ。2007年4月 - 2016年3月)、月1回不定期(単発)で『シブヤノオト』と『NAOMIの部屋』(ともに2016年4月 - )。1993年からBS2で日曜18時に『サンデーヤングミュージック』(アイドルオンステージミュージック・ジャンプザ少年倶楽部[注 4])、など、2016年現在もNHKでは若者向け音楽番組が趣向を変えながらも続いている。

その後[編集]

終了から14年後、1988年5月の『NHKビデオギャラリー』で『ステージ101』が取り上げられ、一城みゆ希らがゲスト出演。これを機にかつての出演者やファンらが、復活を目指した活動を開始することとなる。

1993年8月14日には『第25回思い出のメロディー』出演のためヤング101が再結成し、番組内で『ステージ101』の放送終了日と同じく「涙をこえて」を披露した。2002年の第34回でも再結成し同曲と「怪獣のバラード」を披露。2013年の第45回では再結成こそ無かったが、エンディングでほぼ全ての出演者が「涙をこえて」を歌った。

2001年10月13日には、インディーズレーベルウルトラ・ヴァイヴから『ステージ101』の2枚組ベストアルバムCD『ステージ101ベスト』が発売され、3500枚を売り上げた[3]

2003年10月21日夜、22日昼・夜の計3回にわたり、シアターコクーンBunkamura内)にて、復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』が行われた。ヤング101、101ダンサーズのメンバーはもちろん、永六輔黒柳徹子、関口宏、マイク真木前田美波里上條恒彦らもゲスト出演した。さらに、かつてプロたちに選ばれたヤング101のメンバーが選ぶ側に回り、若い世代のタレントの卵を発掘し新たに「ヤング101Jr.」を結成させ、復活コンサートで共演した。この模様はBS2で放送された。こうした盛り上がりを受け、『NHKアーカイブス』では2006年3月に最終回をノーカットで放送した。

放送終了から既に30年以上が経過し、ヤング101メンバーの高齢化が進み亡くなったメンバーもいる一方、今なお第一線に立ち続けているメンバーも少なくない。その1人、この番組が完全終了する半年前にナベプロから入ってきた太田裕美が『きよしとこの夜』にゲスト出演した際、「ズンドコタイムトラベル」のコーナーでこの番組のVTRを流した後、青春を過ごしたCT-101スタジオで『きよしとこの夜』の収録が行われていると知って驚いたという。

2016年3月6日放送の新・BS日本のうたNHK BSプレミアム)の「あの歌に再会」というコーナーにてステージ101のいづみ朱子ザ・チャープス田中星児を始めとするメンバー16名が出演しテーマ曲の「ヤッポン」から当時の話題曲「人生すばらしきドラマ」「涙をこえて」を披露した。

放送時間[編集]

初回 - 1971年4月3日
毎週土曜日 20:00 - 21:00
1971年4月7日 - 1972年3月29日
毎週水曜日 20:00 - 20:45
1972年4月9日 - 1973年4月1日
毎週日曜日 19:20 - 20:00
1973年4月8日 - 1974年3月31日
毎週日曜日 18:00 - 18:40

歴代音楽監督[編集]

  • 中村八大(1970年1月 - 1972年3月)
  • 和田昭治(1970年1月 - 1972年3月)・・・ワンツーおじさん、の愛称でヤング101メンバーから慕われた。2014年5月12日逝去[4]
  • 東海林修(1972年4月 - 1973年9月)
  • 宮川泰(1973年10月 - 1974年3月)

出演者[編集]

歴代司会者[編集]

1972年4月から9月まではマンスリーゲスト(沢田研二加山雄三西郷輝彦など)を事実上の司会者として招き放送。同年10月から最終回放送までは若子内悦郎、西玲子[注 5]を中心にヤング101のメンバーで番組進行を行った。

ヤング101出身者[編集]

楽曲[編集]

番組テーマソング[編集]

歌はいずれもヤング101。

  • ステージ101テーマソング「ヤッポン!」
    • 1970年1月10日 - 1972年3月29日
      作詞:井上頌一、作曲:中村八大、編曲:中村八大
    • 1972年4月9日 - 1973年4月1日
      作詞:井上頌一、作曲:中村八大、編曲:東海林修
  • ステージ101 テーマ'73
    1973年4月8日 - 1974年3月31日
    作詞:岡田冨美子、作曲:若子内悦郎、編曲:東海林修

オリジナルソング[編集]

曲名 歌手名 作詞 作曲
主な番組オリジナルソング ふたつのひとつ 石岡ひろし 井上頌一 山本直純
夕べの祈り 江崎英子 有馬三恵子 中村八大
涙をこえて[注 8] シング・アウト かぜ耕士[14] 中村八大
めぐり逢う日まで 泉朱子 岩谷時子 いずみたく
涙のしのび逢い 牧ミユキ なかにし礼 鈴木邦彦
気になるわ 泉朱子 岩谷時子 いずみたく
恋人中心世界 小林啓子 小平なほみ 中村八大
しあわせの限界 串田アキラ 片桐和子 佐和田容堂
めざめ 串田アキラ 片桐和子 和田昭治
駄目ね! チャープス 駄目な娘 中村八大
ハイスクール・ブギ 水木誠 阿久悠 都倉俊一
ピコ・ピコ・ピッコ 樋口康雄 林春生 筒美京平
のんびり マイク真木 マイク真木 マイク真木
脱線列車にのり込んで ヤング101 かぜ耕士 中村八大
朝がきた 井口典子 太田一朗 中村八大
愛ある世界 河内広明 山上路夫 和田昭治
返事をおくれよ 樋口康雄・水木誠 忌野清志郎 肝沢暢一
若さがあるから 小原初美 山上路夫 渋谷毅
お昼は何にしましょうか 小林啓子 かぜ耕士 山木幸三郎
おやすみなさい 若子内悦郎 永六輔 中村八大
故郷を去って行くとき 若子内悦郎 藤田敏雄 いずみたく
今なら間に合うだろうか 石岡ひろし 山川啓介 和田昭治
若い旅 塩見大治郎 永六輔 中村八大
心、心よ ヤング101 及川恒平 東海林修
荷馬車にゆられて 西玲子 山上路夫 東海林修
君のコスモス ヤング101 岩谷時子 宮川泰
主な「ヤング101の歌」 人生すばらしきドラマ 黒沢裕一 山川啓介 和田昭治
にくい太陽 ワカとヒロ 増永直子 東海林修
怪獣のバラード[注 9] ヤング101 岡田冨美子 東海林修
港祭りの町 相沢忠彦 山上路夫 かまやつひろし
愛の限界 藤島新 岡田冨美子 東海林修
僕が五年前に考えたこと 田中星児・まきのりゆき 及川恒平 東海林修
ジャングルジム ヤング101(男性メンバー) 及川恒平 東海林修

CD[編集]

  • ステージ101ベスト(CDSOL-1043)
  • みんなのステージ101ベスト2(CDSOL-1051)
  • GOLDEN☆BEST / ステージ101 ヤング青春の日々(MHCL-240)
  • 赤い屋根の家 / ステージ101(CDSOL-1078)
  • ステージ101(ファースト・アルバム)(CDSOL-1077)
  • ギフト・ボックス/ヤング101(DYCL 401-405)

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 現在[いつ?]放送局全体では最大級の広さ。
  2. ^ 番組開始から1973年7月末に渋谷にある現・放送センターへ完全移転するまでは、NHKの本部は千代田区内幸町にあった東京放送会館が機能を持っていたが、現・放送センターもCT-101スタジオを含め、1965年から本格的に運用が開始されていたので収録も内幸町ではなく渋谷で行われていた。
  3. ^ 1972年1月19日放送、直後に控えていた札幌オリンピックに関連したテーマ、一部映像に乱れがある。
  4. ^ 2010年4月に金曜18時枠へ移行、2011年4月よりBSプレミアム水曜20時枠で放送中。
  5. ^ 1973年10月21日放送分で西は卒業。
  6. ^ 伊藤三礼子の弟、後期メンバー。
  7. ^ 歌手伊藤久男の長女。
  8. ^ この曲自体は、前年よりヒットしていたが、「ステージ101」オリジナルソング第1曲目となった。学校の卒業式などにも歌われる。
  9. ^ 当楽曲は小中学校、高校の合唱コンクール等を中心に歌われ、老若男女に幅広く親しまれている。

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

NHK総合テレビ 毎週土曜日 20時
前番組 番組名 次番組
劇映画 または 劇場中継
ステージ101
土曜スペシャル
NHK総合テレビ 毎週水曜日 20時
8:00 - 8:25 ママは太陽
8:25 - 9:00 お笑い招待席
ステージ101
NHK総合テレビ 毎週日曜日 19時20分
ステージ101
NHK総合テレビ 毎週日曜日 18時
6:00 - 6:05 こどもニュース
6:05 - 6:49 少年映画劇場
ステージ101