L'Arc〜en〜Ciel
L'Arc〜en〜Ciel | |
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基本情報 | |
出身地 |
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ジャンル | |
活動期間 | 1991年 - |
レーベル |
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事務所 | MAVERICK(1992年 - ) |
共同作業者 | 岡野ハジメ(共同プロデューサー、1996年 - 現在)、富樫春生、西平彰、佐久間正英、小西貴雄、秦野猛行、CHOKKAKU、亀田誠治、前嶋康明、牛尾憲輔 |
公式サイト | L'Arc-en-Ciel Official Web Site |
メンバー | |
旧メンバー |
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L'Arc〜en〜Ciel | ||||||||
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YouTube | ||||||||
チャンネル | ||||||||
活動期間 | 2019年12月3日[注釈 2] - | |||||||
ジャンル | 音楽 | |||||||
登録者数 | 50.3万人 | |||||||
総再生回数 | 2億659万9905回 | |||||||
事務所(MCN) | MAVERICK | |||||||
YouTube Creator Awards
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チャンネル登録者数・総再生回数は 2023年6月30日時点。 |
L'Arc〜en〜Ciel[注釈 3](ラルク アン シエル[注釈 4])は、日本の4人組ロックバンド。通称・略称は、主に「ラルク」が用いられている。
1991年にtetsuya(Ba.)を中心に結成[3]。現在バンドに在籍するメンバーはtetsuyaを含め、hyde(Vo.)、ken(Gt.)、yukihiro(Dr.)の4名。過去にはhiro(Gt.)、pero(Dr.)、sakura(Dr.)がメンバーとして参加していた。バンド名はフランス語で"虹"を表しており、tetsuyaにより名付けられている。
1993年に発表した1stアルバム『DUNE』がインディーズチャートで首位を獲得するなど、インディーズシーンで絶大な人気を得て[3]、1994年7月にビデオシングル「眠りによせて」でメジャーデビューを果たす[3]。1990年代には「flower」「虹」「winter fall」「HONEY」「花葬」「Driver's High」などの楽曲でヒットを記録し[4]、2000年代・2010年代にも「NEO UNIVERSE」「READY STEADY GO」「叙情詩」「MY HEART DRAWS A DREAM」「DAYBREAK'S BELL」「DRINK IT DOWN」「X X X」などでチャート首位を獲得している。そして現在までに、計12作品のスタジオ・アルバムを発表している。
楽曲は、バンド活動の最初期の頃、メンバーがルーツとする1980年代のニューウェイヴやポストパンクからの影響を感じるものが多く発表されている[4]。ただ、活動が進むにつれ、グランジやオルタナティヴ・ロックなど[4]、その時代の刺激的なサウンドを吸収し[4]、多彩なアレンジを施した独創的なポップ・ミュージックを手掛けるようになっている。また、メンバー4人全員がメインコンポーザーとして作曲を手掛け、多様な方向性のアプローチにつなげている点も、バンドの大きな特徴のひとつとなっている[4]。
1990年代後半以降の活動では、スタジアムクラスの会場で頻繁にライヴを行うようになっている。1999年には野外特設会場をまわる全12公演のツアーで65万人を動員、2000年には4大ドームツアーを敢行している。さらに2014年には、国立霞ヶ丘競技場陸上競技場(通称:旧国立競技場)の最多収容人数記録となる8万人(2日間計16万人)を集めた公演を開催。そして近年は、各メンバーのソロ活動と並行しつつ、日本国外でのライヴも行っており[3]、これまでにソウル、台北、上海、香港、シンガポール、バンコク、ジャカルタ、パリ、ロンドン、ホノルル、ボルチモア、ニューヨークといった都市でライヴを開催している。なお、2012年にはニューヨークのマディソン・スクウェア・ガーデンで、日本人アーティストとして初の単独公演を開催している[5]。
マネジメントはMAVERICKが担当。レコード会社はソニー・ミュージックレーベルズの社内レーベル、Ki/oon Musicに所属している。
公式ファンクラブ名はフランス語で"空"を意味する「LE-CIEL」[注釈 5](1995年設立、デジタル版は2021年設立)。公式モバイルサイト名は「L'mobile」[注釈 6](2009年設立)。
メンバー[編集]
現メンバー[編集]
メンバープロフィール | ソロプロジェクト・バンド遍歴 | パート[注釈 7] |
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hyde (読み:ハイド) (本名:寶井 秀人[6]) 1969年1月29日 和歌山県和歌山市出身 |
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ken (読み:ケン) (本名:北村 健) 1968年11月28日 滋賀県米原市出身 |
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tetsuya (読み:テツヤ) (本名:"非公表") 1969年10月3日 滋賀県米原市出身 ※リーダー |
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yukihiro (読み:ユキヒロ) (本名:淡路 幸宏) 1968年11月24日 千葉県市川市出身 |
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過去に在籍したメンバー[編集]
メンバープロフィール | パート | 在籍期間 | 備考 |
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hiro (読み:ヒロ) |
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1991年2月 - 1992年6月12日 |
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pero (読み:ペロ) |
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1991年2月 - 1992年12月30日 |
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sakura (読み:サクラ) (本名:桜澤 泰徳) 1969年11月20日 東京都練馬区出身 |
1993年1月16日 - 1997年11月4日 |
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時系列[編集]

活動概要[編集]
1991年:L'Arc〜en〜Ciel結成[編集]
バンド結成の経緯[編集]
1990年前後に、大阪の有名レコード店(ワルツ堂)でアルバイトをしていたtetsuyaは[10]、バンドを組むべくメンバー探しを行っていたという[11][12]。そのような中でtetsuyaは、アルバイト先で当時大阪のシーンで有名だったバンド、BILLY & THE SLUTSのボーカルを務めるSAMMYと知り合っている[11][12]。そして、SAMMYから「いいギターがいる」と、L'Arc〜en〜Ciel結成メンバーとなるhiroを紹介されたという[11][12]。その後tetsuyaは、hiroと2人でバンドを結成する方向で動いていたが、形にならず終わってしまう[12]。このあともメンバーを探すため、ライヴハウスに頻繁に訪れていたtetsuyaは、とあるギタリストに「今度スタジオで音を出そうと思ってる、ちょうどベースがいないから合わせてみる?[11]」と誘われ[11][12]、そのセッションに参加することにする[11][12]。そこで、L'Arc〜en〜Cielの結成メンバーとなるhydeとperoに出会ったという[11][12]。また、余談だが、この当時tetsuyaはバンドメンバーを探すため、多くのミュージシャン志望の人とセッションしていたといい、その中には当時Luis-Maryのボーカリストとして高い知名度を持ち、後にT.M.Revolutionとしても活動を始める、西川貴教(当時は"灰猫"名義で主に活動)もいたという[12]。
一方、hydeもtetsuyaと同様に、バンドを組むべく、大阪でメンバー探しを行っていたという[11][13]。そして、Kiddy Bombsというバンドと知り合い、同バンドのドラマー、peroと交流を持つようになる[13][14]。その後、Kiddy Bombsがボーカル脱退に伴い解散状態となり、peroはhydeに「一緒にバンドやろう」と声をかける[13]。こうしてhydeとpero、さらにKiddy Bombsのギタリストとベーシストを加えた4人は、新たなバンド、Jelsarem's Rodを結成する[13][14]。そして結成してすぐに、ベーシスト以外の3人は、tetsuyaも参加した前述のセッションに赴いたという[13][14]。
上記のセッションを振り返り、tetsuyaは2010年に発表された書籍のインタビューで「課題曲を決めておいて、セッションで何曲か合わせて…お互いに様子見ですよね、お見合いみたいな。peroとhydeは一緒にバンドをやってて、僕は僕で、別のところで、hiroとふたりでメンバーを探してたんですよ[12]」と述懐している。また、hydeは2012年に発表した自叙伝で「当時はJelsarem's Rodを作ったばかりだったから、他のバンドには興味が持てなくて。peroが"行こうよ"って言うから行ったけど、ひと通り演奏して帰ったっていう感じだったね。まあ、"上手だな〜""うちのバンドとは全然違うな〜"とは思ったけど[14]」と述懐している。そして、このセッションでhydeとperoと出会ったtetsuyaは、L'Arc〜en〜Ciel結成に向け、大きな一歩を踏み出すことにする。
と言うのも、tetsuyaはhydeとperoと出会った際に、"hyde、pero、hiro、自分で全部がつながった"、"すごいバンドになる"と直感的に感じたという[12]。そのため、tetsuyaは「自分とバンドを組まないか」とhyde、peroの2人に打診したという[12]。ただ、前述の通り、「Jelsarem's Rodを結成したばかりだから」という理由で、hydeに断られてしまう[12]。それでも諦め切れなかったtetsuyaは、Jelsarem's Rodのライヴに足繫く通い、hydeとperoを口説き続けたという[12][14]。この当時のtetsuyaの熱烈な勧誘を振り返り、hydeは「その時(セッションの時)にtetsuyaは俺らに目をつけてたみたいで。それから、毎回、俺らのバンドのライヴに来てくれるようになって、打ち上げにも来たし電話もあったんだけど、"どう?バンド、調子ええ?"って聞くから"うん、調子ええよ"って言うと、"そっか"って残念そうにしてたな(笑)[14][15]」と述べている。また、後年tetsuyaは、このときの自身の行動について「ちょっと今では考えられない(笑)。当時はもっとおしゃべり、おしゃべりじゃないな、積極的な少年やって[13]」と振り返っている。なお、peroはtetsuyaの誘いに乗り気だったようで、tetsuya曰く「"hydeがOKしたら俺はいつでも行くよ"的なことを言ってた[13]」という。
止めどないラヴ・コールを受け続けたhydeは、Jelsarem's Rodの先行きが見えなかったこともあり、tetsuyaと一度セッションすることを決意する[13]。そして、1991年2月頃、hyde、tetsuya、peroに、tetsuyaと共にバンドメンバーを探していたhiroを加えた4人で、兵庫県西宮北口駅のスタジオでセッションを行う[13][16][15]。このセッションでhydeは「やっぱり自分たちのバンドとは全然クオリティーが違う[15]」と感じ、tetsuyaからの誘いに「一緒にやろう」と返答し[15]、Jelsarem's Rodを解散させ[15]、新たなるバンド、L'Arc〜en〜Cielを結成することを決断する。なお、後年hydeは、Jelsarem's Rodの解散を決めたときを振り返り、2012年に発表した自叙伝で「そうこうしてるうちに、俺らのバンド(Jelsarem's Rod)もすごく行き詰ってきて。毎回、ギターソロは、スケールが外れてるし(笑)。友達としては大好きだったんだけど、バンドとしてこれでは無理だと気がついて来たんだ。その後、Jelsarem's Rodの解散を切り出す事になるんだけど、とてもつらかったのを覚えてる[15]」と綴っている。
こういった紆余曲折があり、hyde(結成当時のアーティスト名義は"hide")(ボーカル)、hiro (ギター)、tetsuya(結成当時のアーティスト名義は"tetsu")(ベース)、pero (ドラムス)の4名から成るロックバンド、L'Arc〜en〜Cielが結成された。
余談だが、L'Arc〜en〜Cielは結成後、3回にわたりメンバーの脱退・加入が繰り返されているが、新加入したメンバーはいずれも、バンドの発起人であるtetsuyaの知り合い、もしくは直接知り合っていないながら、奇しくもバンド結成の流れの中に居合わせていた人物となっている。例えば、hiroと入れ替わるかたちで1992年に加入したギタリストのkenは、tetsuyaとバンドを組んでいたことがあった幼馴染で、客としてL'Arc〜en〜Cielを観たこともあった[17]。そして、peroと入れ替わるかたちで1993年に加入したsakuraは、tetsuyaがアルバイトしていたレコード店に訪れたロックバンド、DEAD ENDでドラムを担当していた湊雅史のローディーを務めており、tetsuyaと直接知り合っていないものの、アルバイト先に赴いていたことがあった[12]。そして、sakura脱退後の1998年に加入したyukihiroは、当時ZI:KILLのドラマーを務めており、tetsuyaが、hydeとperoの2人も赴いた最初のセッションに招待したギタリストとライヴハウスで接触した当日に、奇しくもそこでライヴをしていたという[12]。
以上のように、L'Arc〜en〜Cielは結成メンバー4人、そしてのちに加入するメンバー3人、合わせて計7人によって歴史が紡がれていくことになる。なお、L'Arc〜en〜Cielというバンド名は、後述の"バンド名の由来"の項目にあるように、大気光学現象のひとつである「虹」を意味している。そして、虹の色数は、日本では一般的に「7色」とされており、これは奇しくも「L'Arc〜en〜Cielに在籍したメンバーの数」と一致する。この偶然の一致について、tetsuyaは、2006年に受けた音楽雑誌のインタビューにて「今までのラルクのメンバーって7人(hyde, hiro, tetsuya, pero, ken, sakura, yukihiro)いるんですよ。なんかそれも運命かなぁって。誰ひとり欠けても今のラルクはない[18]」と述べている。ちなみにアーティストが自身のメモリアルイヤーを定める際、メジャーデビュー年を起点に算出するミュージシャンと、結成年・活動開始年を起点に算出するミュージシャンの2パターンに分かれることが多いが、L'Arc〜en〜Cielは後者の"結成年"を基準にしていることが多い。L'Arc〜en〜Cielの場合、結成年を基準にすることにより、結成メンバー4人でアマチュアバンドとして活動していた時期も年数に含めることができるが、このことが"結成年"を基準にしている理由かどうかは定かでない。
バンド名の由来[編集]
バンド名は、結成時にオリジナルメンバー4人が各々で、様々な案を考えたという[19]。結果的にtetsuyaが提案した、フランス語で「虹(=空に架かる橋)」を意味する『arc-en-ciel[注釈 48]』を由来とした「L'Arc〜en〜Ciel(カナ表記ではラルク アン シエル)」(フランス語発音: [laʀkɑ̃sjɛl] ラルコンスィエル、ラフコンスィエル[注釈 49])という言葉がバンド名に採用されている[19]。ちなみにバンド名は、そのときのデザインによって「L'Arc-en-Ciel」という表記で記載している場合もある。
L'Arc〜en〜Cielというワードは、tetsuya曰く、当時本屋などをまわり、様々な資料をもとにバンド名に適した言葉を探していたときに、たまたま見つけた言葉だったという[19]。この言葉を見つけた経緯について、tetsuyaは2011年に受けた音楽雑誌のインタビューで「当時はインターネットとかなかったので、本屋さんとかでいろんな資料を見たんですが、その中にこのフランス語の言葉があった。意味は虹ですけど、分割すると、天空にかかる橋。見た目もいいし、響きもいい。音楽でいろんな色を表現するというところでも合うなと。長くて、覚えにくいものではあるけれど、ローマ字で表記したときにインパクトがあると思ったんです[19]」「(この言葉には)洋服のブランドみたいな雰囲気もあって、いいかなって[19]」と語っている。
なお、2012年に受けたアメリカの経済雑誌『フォーブス』のインタビューで、バンド名の由来を聞かれた際に、hydeは「名前を付けようと思ったときに、英語の単語はもう全部他のバンドに使われていたから新鮮だったフランス語にした[20]」「特に最初意味はなかったんだけど、今のバンドの音楽性が多彩なので、それを上手く表している名前だな、と僕たちも思う[20]」と述べている。ちなみに、結成当初に作られたL'Arc〜en〜Cielのバンドロゴやチラシは、hydeの手で制作されている。なお、hydeはミュージシャンを志す前に、画家や漫画家、デザイナーといった職業に憧れ、「絵の道に進もう」と考えていたことから、かつてデザイナー学校に通っていた[21]。後年hydeは、結成当初にバンドロゴや、ライヴのチラシを作っていた頃を振り返り「俺が出来る事と言えば、バイト先のカラーコピー機を無断使用してライヴのチラシを作る事だった。ベルトと手袋の会社で梱包のバイトをしてたんだけど、俺の経歴のデザイナー学院卒を見てくれて、企画を手伝うことになったんだ。ファッションデザイナーが描いてくるベルトの絵を、商品化しやすいような絵に変えるような仕事がメインだったかな。ほとんどは一人で作業してたから、当時は1枚100円くらいしたカラーコピーを何十枚も刷ってたね(笑)。見つかったら怒られるだろうからヒヤヒヤしながらやってたよ(笑)。CDをリリースしてた訳じゃないからバンドのアートセンスはチラシで決まる所もあって、結構時間をかけた。それこそまさにアナログでカラーコピーを駆使した「self portrait」(音楽雑誌『R&R NewsMaker』で連載していたhydeによるアート企画)の原型だね。L'Arc〜en〜Cielの質を上げるのに貢献したと思うよ。そこのデスクで初代のロゴも作った。カッターとのりで切り貼りしたヤツを何度もコピーしたから少し歪んでるけどね(笑)[21]」と述懐している。
余談だが、バンド名の由来に関し、"当時tetsuyaが阪急梅田三番街にあった喫茶店の名前を気に入り、そこから取った"という根も葉もない噂が世間で流布されたことがあったが、この説は、バンドの名付け親であるtetsuya本人の口から何度も明確に否定されている[19][22]。このデマについて、tetsuyaは音楽雑誌『WHAT's IN?』2011年2月号でのインタビューで「梅田に同じ表記の喫茶店があって、そこからとったという説がずーっとWikipediaに書かれてたんですよ。でもまったく関係ないです。冷静に考えてみてくださいよ、喫茶店の名前からバンド名をとるわけないじゃないですか!?[19]」と述べている。
ちなみに、1995年2月1日付けでバンドの公式ファンクラブ「Ciel」が設立されている。それから約5年後の2000年4月21日には、公式ファンクラブの名称が「LE-CIEL」に変更されている。なお、公式ファンクラブの名称は、フランス語で「空」という意味を持つ『ciel』が由来となっており、この名称には「ファンとバンドが"空"と"虹"のような関係でいれたら」というL'Arc〜en〜Cielの想いが込められている。
バンド結成直後の活動方針、当時のアマチュアバンドの真逆を行くブランディング戦略[編集]
1991年2月頃のセッションを経て、新たに結成されたバンド、L'Arc〜en〜Cielは、同年5月30日に難波ロケッツで記念すべきファーストライヴを開催する[23]。このライヴはいわゆる対バン形式で、バンド名も決定していなかったが、100人以上の動員を記録。そして、1991年9月27日に同所でL'Arc〜en〜Cielとして初のワンマンライヴを行い、300人以上の観客を集めている[23]。こうしてL'Arc〜en〜Cielは、結成して間もなくバンドが軌道に乗り始め、大阪を中心に様々な活動を展開していくことになる。なお、L'Arc〜en〜Cielが結成当初から一定の人気を獲得できていたのは、hyde曰く、hiroが以前組んでいたバンドで名を知られていたことや[21]、tetsuyaの考えたプロモーション・イメージ戦略によるところが大きいという[21]。
結成当時のL'Arc〜en〜Cielの活動を振り返り、後年hydeは2012年に発表した自叙伝で「面白かったのは、L'Arc〜en〜Cielって最初から戦略的だった事。俺なんかは、いいライヴさえやっていれば、いつかそれが人目に付いて、動員が増えてプロになれるんじゃないかな?くらいに考えてたんだけど、L'Arc〜en〜Cielはとても戦略的で、tetsuyaはもう既に大勢の人の名簿を持っていて、それを元にダイレクトメールを送ったり、ギターのhiroは、元々ちょっと名前の知れた子だったから、その子が復活するってだけでも話題になったり、最初のライヴは150人だったかな?ちょっと普通ではありえないような動員があったね[15][21]」と綴っている。また、後年tetsuyaは「今だと個人情報保護とかでダメだと思うんですけど、当時僕がアルバイトしていたレコード店にあるお客さんのリストを使って、ライヴ開催のダイレクトメールを送ったりしてましたね[24]」と当時を振り返っている。
その後L'Arc〜en〜Cielは、この当時のアマチュアバンドが行っていたありがちな活動と真逆の戦略を展開し始める。この当時のアマチュアバンドの多くは、手作りのデモテープを販売することで活動資金を集め、それをもとに様々な地域でツアーと称し、長期的なライヴ活動を行うことが定番になっていた[22][24]。こういったバンドが溢れる中、活動最初期の頃のL'Arc〜en〜Cielはデモテープの販売を避け、あえて大阪からあまり動かず、先々のライヴ予定も発表しないスタンスをとっていた[22]。この当時の活動方針について、tetsuyaは「当時ね、周りの同じようなバンドはライヴをいっぱいやってたんですよ。数をこなす、みたいな。月に2〜3回はライヴやって、それこそツアーで全国を回るとか。でも僕らは月1回に絞って、それ以上はやらない、ツアーもやらない。で、大阪に観に来てもらう、東京からでも来てもらう…ぐらいの気持ちでやってました。ライヴの本数をあえて絞りましたね[22]」「あと、他のバンドは先々のスケジュールまで発表しちゃうんですけど、そうじゃなくて、次のライヴは観に来た人に伝える。ライヴに来て初めて、次のライヴをいつどこでやるのかわかる。逆に、来ないとわからない。次はいつ観られるかわからないっていう状況をあえて作りましたね[22]」と語っている。このようにライヴの開催数を減らし、長期のライヴスケジュールを発表しない戦略をとったことによって、口コミが喚起され、動員数が増加していったとtetsuyaは当時を述懐している[22]。なお、ライヴを行った際は、メンバー主導で音楽雑誌編集者に対し、公演の模様や動員数などの情報を送り、より外に話題を広げていくためのプロモーション施策を行っていたという[24]。後年hydeは、こういったバンドを広める戦略について「バンドがたくさん居る東京に行くよりも、大阪で一番になったほうが目立つだろうっていう、tetsuyaの考え方もすごく賢いと思ったし。実際その通りになった[25]」と述懐している。
ちなみに、あえてデモテープを販売しなかった背景には、「ライヴに来ないと(曲を)聴けない[22]」「自分たちが納得できるタイミングで音源を出したい」というtetsuyaなりの考えがあったという。そのため、L'Arc〜en〜Cielは結成してすぐに、レーベルからの勧誘、あるいは「デモテープを販売しないか」という催促があったにもかかわらず、それらすべてを断っていたという。tetsuyaは、2011年に公表されたインタビューで「インディーズバンドに群がる大人っていっぱいいるんですよ、今も昔も。ライヴハウスでちょっと動員があると聞くと、すぐ飛んできて"うちでやらないか"って声をかけてくる、金儲けを考える大人たちがたくさんいる。俺らのとこにもいっぱい来ました。自分たち的にはタイミングとしてまだ何も出したくなかったので、メジャーから話が来ても断っていました[26]」と当時を述懐している。
他にも、この当時のアマチュアバンドの中には、観客との距離を詰め、ライヴの打ち上げに客を参加させるバンドも多く存在していたが、L'Arc〜en〜Cielはこういったファンとの過度なコミュニケーションを一切行わないようにしていた[10]。また、tetsuya曰く、ブランディングの観点から、メンバーが自作したライヴのチラシやフライヤーを直接配布する行為をしないようにしたり[26]、会場に出入りする観客の前でメンバーが演奏機材を運搬するといった行動を避けるため、結成当初からローディーやスタッフを雇っていたという[10]。こういったイメージ作りについて、後年tetsuyaは、2022年に公開された自身がパーソナリティを務めるインターネットラジオ番組で「ブランディングとして人気があるように見せた、最初から[10]」「ラルクとして機材を自分達で(会場に)運んだなんてことは歴史上ない[10]」「売れる前から徹底してやってたんですよ。"勘違いしてる"と言われようと[10]」と述べている。
上記のような、頭を使った戦略をとったことで、L'Arc〜en〜Cielは結成してすぐにワンマンライヴで観客を埋めることができ、先輩バンドに頼み込んで前座でライヴに出させてもらったり[24]、全国を行脚して対バンライヴで知名度を上げていくといった施策を行わなくて済んだため、当時のバンドの滑り出しとしては、稀に見る順風満帆な始まり方となった。そのため、tetsuyaは当時について「L'Arc〜en〜Cielって、苦労してないんですよ(笑)[24]」と冗談交じりで述懐している。また、tetsuyaは当時の活動方針について「やるべきことはやったんですよ?やるべきことはやったけど、無駄な努力はあまりしてないっていうか、ムダな下積みは。努力って、的を射た努力しないと意味がないと思ってて。なんかがむしゃらに頑張っても、意味のない努力をいくら頑張っても結果出ないじゃないですか。だからちゃんと目標を決めて、どこに向かいたいのか、どうしたいのか、そのための努力は何なのか、っていうのを考えて、そのためのやるべきことをやってきた。それをやっただけですよ[24]」と語っている。さらにtetsuyaは、結成当初に対バンライヴをあまり行わなかったことについて「対バンで3バンド、4バンド一緒にライヴやるのとか、そういうことは本当にしたくないなって思ってたんで、僕が、個人的に。(対バンライヴで他のバンドのファンがこちらに興味を持つといった)そういう戦略もあると思うんですけど、僕はそれを当時は取りたくなかったんですよ。やっぱり3バンドも4バンドも出てたら、ゴチャゴチャじゃないですか、楽屋まわり。そういうのがイヤだったんでしょうね。だからホントにワンマンがやりたかったんですよ、それこそ最初から。最初からワンマンでやれるバンドにしたくて。で、本当に最初の数回ですよ、対バンでやったの[24]」と述べている。
余談だが、L'Arc〜en〜Cielは上記にあるように、当時のアマチュアバンドの中ではあまり対バンライヴを行わない珍しいバンドであったが、数少ない対バン相手としてロックバンド、黒夢がいた[24]。tetsuyaは「黒夢(との対バン)はお互いにメリットがあったというか。黒夢は黒夢で、もうある程度の立ち位置にいて、固定のファンもある程度いて。黒夢にとってもラルクにとっても…お互いがハッピーになるような感じだったから、"対バンしよう"って言う話になったんです[24]」と述べている。ちなみにtetsuyaは、2022年に自身がパーソナリティを務めるラジオ番組で[27]、「L'Arc〜en〜Cielのライバルバンドは?」と聞かれ、「我々の一番のライバルは黒夢[27]」と答えている。なお、黒夢の中でも、特にボーカルの清春は、L'Arc〜en〜Cielの現メンバーのほとんどと現在でも交流があり、お互いがメジャーデビューした後もライヴイベントや楽曲制作の場で共演している。
1992年 - 1997年:『DUNE』『Tierra』『heavenly』『True』[編集]
- 幻のアルバムレコーディング、hiroとperoの脱退、kenとsakuraの加入
1992年に入り、3月にはオリジナルのビデオ『L'Arc-en-Ciel』のプレゼントライブを大阪の他に東京でも行い、関東地方にも活動拠点を広げるが[28]、6月12日の難波ロケッツで行われたライブ終了をもってギタリストのhiroが脱退することとなった。後釜にはtetsuyaと学生時代に親交のあったkenが加入。kenは同年6月25日の新宿ロフトで行われたライブでL'Arc〜en〜Cielとして初めてステージに立つこととなった。
ken加入直後からアルバム制作のためレコーディングを行い、1992年10月1日に発売されたオムニバスアルバム『Gimmick』にバンド初の音源となる「VOICE」を提供した。しかし、アルバム自体は、メンバー曰く「出来映えが気に入らなかった」ため、完成直前まで漕ぎ着けていたが全曲をボツにし発売しない意向を取った[29]。また、これに関しては脱退したhiro側から「自分の曲を使わないでほしい」と言われたことも理由の一つになっている。この一件で当時所属していた事務所との間に軋轢が生まれ、レコーディングに掛かった経費などの支払いを命じられることとなる。これとほぼ同時期に、デンジャークルー・レコード (現:マーヴェリック・ディー・シー・グループ) 社長の大石征裕から「うちの事務所に来て欲しい」と誘いがあり、そのままデンジャークルー・レコードへ移籍。この時の金銭問題は、事務所間での話し合いで全て白紙となった[29]。ちなみに、インディーズ時代に唯一リリースされた生産限定シングル「Floods of tears/夜想花」は、前述の金銭問題を処理する為にリリースされたものである[29]。また、この移籍の話が出たころにtetsuyaがバンドのリーダーとなっている。tetsuyaをバンドのリーダーにしようと提案したのはhydeで、後年にhydeは「先導が誰かに決める必要があったんだと思う。本人が"リーダーになる"って言えないだろうから、"tetsuyaがリーダーに相応しいと思う"って言ったんだよ。tetsuyaは当時からしっかり者だったからね[30]」と振り返っている。しかし、前述のシングルリリース直後の1992年12月30日に、大阪ミューズホールで行われたオールナイトライブをもってドラマーのperoが脱退することとなり、後任のドラマーを探すこととなった。
1993年1月16日、前年脱退したperoに代わりsakuraが加入。加入後に約1ヶ月間のレコーディングに入り[31]、1stアルバム『DUNE』をデンジャークルー・レコードより発売した。1993年5月10日付のオリコンインディーズアルバム週間チャートでは首位を獲得し、インディーズでの人気を不動のものとする。
1993年夏、当時レコード店でアルバイトをしていたtetsuyaが「店に来た担当の人間を気に入った」という理由から[32]、1992年にソニー・ミュージックエンタテインメント内で新規レーベルとして設立されたばかりのキューンソニーレコードと契約を結ぶ。所属事務所の社長である大石征裕は、「当時のソニーはメジャー志向のアーティストを続々とヒットさせていて、当時はサブカルチャー寄りだったラルクに興味を持ってくれるか最初は不安だった[33]」と述べている。
- メジャーデビュー、地道な活動、自身初の日本武道館公演開催
1994年7月1日、ビデオシングル「眠りによせて」を発売しメジャーデビューする。同年7月14日には2ndアルバム『Tierra』、同年10月21日にはシングル「Blurry Eyes」を発売し、メジャーレーベルでの本格的な活動を開始した。ちなみに、当時メンバーの口からメジャーデビューの発表は一切行われていない。このことに関し、tetsuyaは「ライブや広告でメジャーデビューを発表するトレンドが嫌だった[34]」と述べている。
メジャーデビュー直後はインディーズ時代からのファンも多かったが、デビュー後初めて行った全国コンサートツアー「Tour Sense of time '94」の東京ベイNKホール公演などでチケットがソールドアウトしないという事態が発生した。以後は「スタッフに全て任せきり」だったコンサートの会場決め、プロモーションなどをインディーズ時代のようにメンバー主導で行うようになった[35]。当時を振り返り、hydeは「自らが主導権を握って活動していなければ、多分(バンドは)終わっていたと思う。そこからは変わってないと思うんですよね、それぞれがいろいろ経験して大人にはなったけど[36]」、tetsuyaは「メジャーに来たらある程度はスタッフにお任せして、自分達は音楽に専念できる環境が整ったんですけど、ふたを開けてみたら”あれ?”と思うことが多くて。メジャーデビューして1年ぐらいしてからやっぱり自分たちのやり方に戻した方がいいなと思った[36]」と述べている。
1995年1月からは公式ファンクラブ『Ciel(現・LE-CIEL)』の発足記念ライブツアー「Ciel/winter '95」を開催。同年5月21日からはライブツアー「in CLUB '95」を開催。ツアー初日に合わせ、ビデオシングル『and She Said』を発売。さらに、同ツアーでは同年9月にリリースされる3rdアルバム『heavenly』の収録曲を先行披露して廻るなど、ライブを積極的に行う活動にシフトしていった。また、アルバムを引っ提げて行われたライブツアー「TOUR heavenly '95」では初の日本武道館公演を開催し、徐々に人気を広げ動員規模を拡大していった。
- 自身初のミリオンセラー、自身初のアリーナツアー開催、sakura逮捕に伴う活動休止
1996年5月には、ライブ「Kiss me heavenly deadly '96 REVENGE」を開催し、2年前のリベンジとなる東京ベイNKホールでのソールドアウトを達成。また、同年7月からシングル3作品を立て続けにリリースした。中でも10月17日に発売したシングル「flower」は累計30万枚以上を売り上げるヒット作となった。さらに、同年12月には4thアルバム『True』を発売。過去のアルバム3作と異なり、富樫春生、岡野ハジメ、秦野猛行、小西貴雄、西平彰、佐久間正英の計6人の共同プロデューサーを迎えて制作された。本作以前のアルバムは、ほとんどの楽曲がセルフプロデュースで制作され、楽曲もメンバーが好んで聴いていたザ・キュアーやザ・スミスといったニュー・ウェイヴやゴシック・ロックの影響を受けた楽曲を多く収録した作品をリリースしていたが[37]、思っていたほどセールスが伸びていなかったことから、バラエティに富んだポップ色の強いアルバムとして本作が制作された。本作について、hydeは「僕らにやりたいことが山ほどあったから、ここでポップな曲での攻撃を覚え始めた[38]」、kenは「(L'Arc〜en〜Cielが)売れねえって声が聞こえた時、当時自分が一番曲を書いていたから、"曲が悪いんだろう"、"俺が悪いんだろう"、"そりゃ売れねえの作ってるよ、俺は"と思っていた。だから"じゃあ売れるの作りましょうか"っていう気分で『True』の制作にあたった[39]」と述べている。結果、本作は発売6週目でメジャーデビュー後では自身初となるオリコン週間アルバムチャート首位を獲得。その後、チャートに自己最長となる110週ランクインし続け、シングル・アルバム通じて初のミリオンセラーを記録し、「L'Arc〜en〜Cielの前期の集大成[40]」と呼べる作品となった。
また、この頃から作品リリースに合わせ、プロモーションのため、テレビ朝日系番組『ミュージックステーション』などの音楽番組に頻繁に出演するようになる。hydeはテレビ出演に関し、「正直言うと、僕はそんなに売れっ子アーティストになりたかったわけでもなく。まさかテレビで歌うとかそこまで思ってなかった。でも、いざこの世界に入ってきて自分の芸術を表現したいときって、売れてないと出来ないことが多くて。そこでやっぱどんどん拍車がかかったんだと思う[41]」と述べている。
前年から1997年初頭にかけ、初のアリーナ公演を含むコンサートツアー「CONCERT TOUR '96〜'97 Carnival of True」を開催するなど人気は過熱しはじめ、ヒット街道を驀進するものと思われたが、同年2月にドラマーのsakuraが覚醒剤取締法違反で逮捕される。これにより、活動予定を全て白紙化することとなった。それに留まらず、これまでにリリースした全てのシングル・アルバム・映像作品の出荷を一時停止し、バンドは活動休止体制へ突入した。(詳細は"sakura逮捕時の流れや概要"の項目参照)
1997年 - 2002年:『HEART』『ark』『ray』『REAL』[編集]
- sakuraの脱退、変名バンドとしてのライブ開催、復活ライブとなる自身初の東京ドーム公演開催
sakuraの逮捕後、「曲作りとリフレッシュ」の名目で渡英する。シングルの制作やプロモーションのため一旦日本に戻るも、ミュージックビデオの撮影も兼ねて再度渡英、さらにドイツを巡るなど数ヶ月の間ヨーロッパに滞在することとなる。この間にサポートドラムとして元ZI:KILL、DIE IN CRIESのドラマー、yukihiroが参加したセッションなどが行われ、1997年10月に長い休止から復活。直後発売したシングル「虹」は初動30万枚、累計70万枚以上を売上げ、当時の自己最高初動・最高売上を記録した。同年11月4日には、sakuraがバンドから正式に脱退することが発表された。
同年12月には、L'Arc〜en〜Cielのコピーバンド"the Zombies"を期間限定で結成。同月16日から18日の3日間限定で、変名バンド名義でライブ「Live Tour NIGHTMARE BEFORE CHRISTMAS EVE」を東京・大阪のライブハウスにおいて開催した。さらに12月23日には、L'Arc〜en〜Cielとして初となる東京ドーム公演となる復活ライブ「L'Arc〜en〜Ciel 1997 REINCARNATION」を開催。当時の東京ドームの愛称であった「ビッグエッグ」にちなみ、<おおきなあたたかいたまごから僕たちはもう一度生まれた>というコンセプトのもと再始動を予告した。本公演のチケットは当時の最速記録である4分で完売し、当時絶頂にあったバンドブームと重なり休止前までには無かったほどの爆発的人気を得ることになった。また、後年tetsuyaはこの公演を振り返り、「賭けだった」と述べており、「同じような会場で同じようなことをやっても、ラルクはもうダメになっちゃったと思われるんじゃないかって、だから絶対に良くなったって思わせたかった[42]」と語っている。
- yukihiro加入による新体制での活動再開、自己最長となるホールツアー開催
1998年1月1日にはサポートドラマーとして参加していたyukihiroが正式に加入。加入直後にシングル「winter fall」を発売し、自身初となるオリコン週間シングルチャート首位を獲得。シングルリリースの翌月には5thアルバム『HEART』を発売。前作の制作に参加した岡野ハジメ(ex.PINK)が本格的に共同プロデューサーとして携わる最初のアルバムとなった。ドラマーが手数の多いyukihiroに変わりドラムがタイトかつシャープなスタイルになったことや、kenのギターの音色がグランジ寄りに変化し始めたことから、以前と比べグランジ、オルタナ色の強い音楽性に変化していくこととなった[37]。また、本作はアジア各国でアルバムの海賊盤が多数出回り始めたことや、海外からの要望が高まったことから、日本の他、台湾、香港、タイ、マレーシア、シンガポールのアジア6ヶ国においてリリースされ[43]、結果的にこれがL'Arc〜en〜Cielとして海外進出する第一歩となった。
yukihiroが正式加入して初めてのツアーとして、1998年5月より自己最長となる全国45都市56公演にも及ぶホールツアー「Tour'98 ハートに火をつけろ!」を敢行。tetsuyaは後年この長期ツアーを振り返り、「yukihiroが加入した後だったので、この4人がL'Arc〜en〜Cielなんだというイメージを植え付けたいという意識がどこかにあった[44]」「そのためにはそれまでにやった以上に数多くのライヴをやることだな、たくさんリリースすることだなって思ってた[44]」と述べている。
- シングル3作同時発売、アルバム2作同時発売、2度のシングルチャート1位・2位の独占
前述のアルバム発売以降も連続かつ集中的なリリースパターンを取り、1998年7月には「HONEY」「花葬」「浸食 〜lose control〜」のシングル3作を同時発売した。この同時発売により、発売2週目にはオリコン週間シングルチャート1位と2位を独占し、「HONEY」「花葬」の2作がシングルとしては初のミリオンセラーを記録。中でも自身のシングル最高売上を記録した「HONEY」は、全日本有線放送大賞を獲得する他、初出場となったNHK紅白歌合戦において披露された。さらに、10月には「snow drop」「forbidden lover」のシングル2作を2週連続発売し、オリコンチャート史上初の2度目のシングルチャート1位と2位の独占を達成し大きな注目を浴びた。なお、この年リリースしたシングル7作全てがオリコン年間シングルランキングTOP30入りを果たした。
翌1999年、当時B'zやGLAYらのベストアルバムがJ-POP界にて市場を席巻していたことから、巷では「ラルクもベストアルバムを出すのでは?」との噂が囁かれており、金屏風の前にて紋付羽織袴姿(kenのみこの年の干支であるウサギの着ぐるみ)のメンバー集合写真と共に「本年もよろしくお願いします。L'Arc~en~Cielは、1999年ベストアルバムは出しません。オリジナルアルバムをお楽しみに」との年初の挨拶広告を新聞紙面に打ち出した[45]。その予告通り、7月には6thアルバム『ark』と7thアルバム『ray』のアルバム2作を同時発売。2作合わせ初動300万枚以上、トータルセールス600万枚以上を売り上げ[46]、2作ともオリコン歴代アルバムランキングTOP100にランクインするほどの大ヒット作となった。また、本作は日本を含め、台湾、香港、タイ、マレーシア、シンガポール、フィリピンのアジア7ヶ国においてリリースされた[47]。
また、同時期からフリーの映像ディレクター・箭内道彦が主な広告ディレクションを担当するようになり[48]、藤原喜明、風間杜夫やユースケ・サンタマリア[注釈 50]の起用を始めとするバラエティに富んだ広告展開を行うようになる。テレビCMでは「グループ名『L'Arc〜en〜Ciel(ラルク・アン・シエル)』の正しい読み方を広く認知させる」もの[注釈 51] や「記者会見風の『活動予定告知』告知」を流し、新聞広告では「新曲の着信メロディの作成方法」や、コンピュータグラフィックスで作成した「坊主頭のメンバーの写真」などのような、それまでにはない奇抜なものを掲載するなどして注目を集めていった。後年に箭内は当時のディレクションを振り返り、「アンチで人を驚かせるようなものはマイナーな場所には山ほどあるが、それをメジャーシーンでやることに意義がある[49]」として、<メジャーで、アンチで、びっくり[49]>をテーマに広告を制作していたと述べている。また、箭内は「常に世の中やファンを裏切るような、次に何が出てくるかわからないような流れを作りたかった[49]」と述懐している。こういった様々なメディアを活用した世間を手玉に取ったようなプロモーション戦略について、hydeは「俺としては、世の中をなめた感じの表現の仕方は"ロックでカッコいいな"って思ってたけど、同時に"そこに芸術性はないな"とも思ってたね。だから、"おちゃらけた話題をどんどん出したり、リリースをするのはいいけど、芸術性を高めないと次がないんじゃないかな?"っていう不安が、ずっーとあった[50]」と自叙伝にて述べている。
- 自己最大規模の野外ツアー、4大ドームツアー開催、2度目の活動休止
1999年7月からは自身初の野外ライブツアー「1999 GRAND CROSS TOUR」を全国6都市で開催。ツアータイトルの「グランドクロス」は同年8月に惑星が十字に並び、世紀末不安と重ね不吉の前兆とされた特殊な天体現象の名称からとられている。また、「誰もコンサートをやっていないところでライブをやろう[51]」という目的から、本公演では既存のスタジアムを用いず、各会場に特設ステージを設置する大掛かりなものとなり、全12公演で65万人を動員する自己最大規模のツアーとなった[52]。hydeはこのツアーをバンドの歴史の中で一番記憶に残っているコンサートとして挙げており、「このコンサートはホントに未だに夢のように思いますね。人の地平線に向かって歌えたという。この時期の集大成です[41]」と述べている。同年8月21日・22日に行われたこのツアーの東京・東京国際展示場 駐車場特設ステージ公演では、自己最多動員数となる12万5千人 (両日25万人)を動員したライブを敢行した。さらに、21日の東京公演はViewsic (現・MUSIC ON! TV)で、自身初のアジア各国におけるコンサートの同時生放送が行われた。
1999年12月31日から2000年1月1日にかけて、自身初のカウントダウンライブ「RESET>>LIVE *000」を開催。資生堂「ピエヌ」CMソングに起用された「NEO UNIVERSE」を2000年代突入の一曲目として初披露し、同月にメジャー初の両A面シングル「NEO UNIVERSE/finale」としてリリースされた。同年7月にはシングル「STAY AWAY」をリリース。同曲のミュージック・クリップは、CGを用いたダンス表現が話題となり[53]、音楽専門チャンネルスペースシャワーTV主催の音楽賞『SPACE SHOWER Music Video Awards 00』において『BEST VIDEO OF THE YEAR』を前年の「Pieces」に続き2年連続で受賞した。同年8月には8thアルバム『REAL』を発売。前作の反動からハードロックの要素の強い作品となり、これまでとセールス面では多少見劣りするものがあったが、アルバムとしては5作連続ミリオンセラーを記録した。1998年の活動再開から2000年までの3年間で、シングル13作、アルバム4作ものリリースし、その内の9作がミリオンセラーを記録した。さらに、前年の自己最大規模の野外ライブツアーとは正反対のコンセプトとなるライブハウスツアー「CLUB CIRCUIT 2000 REALIVE」を同年10月から開催。同ツアー後に立て続けに自身初の4大ドームツアー「TOUR 2000 REAL」を開催した。
翌2001年には自身初となるベストアルバム『Clicked Singles Best 13』を発売。本作でシングル・アルバムを通じて11作目となるミリオンセラーを記録した。また、本作制作にあたり、Yahoo! JAPANとのジョイント企画として期間限定特設ウェブサイトを開設。アジアの8つの国と地域から人気投票を募り、各国で収録内容が異なるベストアルバムを発売した。本作は同年4月下旬にアメリカ[54]、2004年に韓国でも発売された。
2001年9月発売のシングル「Spirit dreams inside -another dream-」のリリース前後から、tetsuya・yukihiro・hydeが相次いで個人活動[注釈 52] を開始。公式発表はないものの、実質的な活動休止状態に入る。前述のように1998年以降のL'Arc〜en〜Cielは活動が集中的に行われていたため、急な活動の沈静化に一部では解散説も流れ、「もうL'Arc〜en〜Cielとしての活動は無いのではないか」と思われていた。活動が止まった経緯に関して、tetsuyaは「どれが本当の理由か分からなくなるほどたくさんの理由があった」と語っている。また、当時hydeがバンドに流れる空気の重さが肌に合わず脱退を考えていたことや[55]、tetsuyaがバンドを取り巻く環境の改善に取り組もうとしていたことが[56] 、各個人名義で出版した本で綴られている。
2003年 - 2010年:『SMILE』『AWAKE』『KISS』[編集]
- 2年半ぶりのライブ開催、本格的な活動再開、自身初の海外公演開催
個人活動の開始から約2年半が経った2003年6月、国立代々木競技場でバンド名に沿った7日間のライブ「Shibuya Seven days 2003」を開催。この公演が解散ライブになると当時噂されていたが、ライブ最終日の公演後において場内スクリーンに翌年の活動予定(シングル・アルバムのリリース、ライブツアーの開催)を掲載し、それまで流れていた解散説を一蹴する。
上記ライブでの発表通り、2004年2月には2年5ヶ月ぶりとなるシングル「READY STEADY GO」を発売。本作の表題曲はテレビアニメ『鋼の錬金術師』のオープニングテーマに起用され、2000年以来4年ぶりにオリコン年間シングルランキングTOP30にランクインした。そして、同年3月には3年7ヶ月ぶりとなる9thアルバム『SMILE』を発売。さらに、5月よりアリーナツアー「SMILE TOUR 2004」を開催し、L'Arc〜en〜Cielの活動を本格的に再開した。また、2004年7月31日にはアメリカ東海岸で開かれる地域最大のアニメコンベンション「OTAKON 2004」の一環として「L'Arc〜en〜Ciel Live in USA」を開催。このライブはボルチモアにあるファースト・マリナー・アリーナで行われ、自身初となる海外公演は1万1100人を動員するライブとなった。
翌2005年には1999年以来6年ぶりにシングル4作品をリリース。中でも同年5月18日に発売したシングル「叙情詩」は、7作連続でオリコン週間シングルチャート首位獲得を記録し、ミュージック・クリップは第9回文化庁メディア芸術祭のエンターテインメント部門の審査委員会推薦作品に認定された。同年6月には10thアルバム『AWAKE』を発売。同年8月からはアルバムを引っ提げたアリーナツアー『AWAKE TOUR 2005』を開催。アルバムがhydeの思想を先行した反戦や平和をテーマとして制作されており、コンサートもアルバムに合わせコンセプチュアルなものとなった[57]。前述のツアーを経て、同年9月から自身初のアジアツアー「ASIALIVE 2005」を行い、ソウル、上海において自身初のライブを開催した。
- 結成15周年記念ライブ、9年ぶりとなるホールツアー開催、5ヶ月連続作品リリース
2006年には結成15周年を迎え、特別企画「L'Anniversary(読み:ラニバーサリー)」を開始。同年8月には「Blurry Eyes」から「forbidden lover」までのシングル14作の12cmCDシングル盤と、sakura逮捕に伴い当時発売中止したシングル「the Fourth Avenue Café」を発売。この再発によって、全15作がオリコン週間シングルチャートTOP30にランクインし、「同一アーティストによるオリコン週間シングルチャートTOP30入り」の記録を更新した[58]。さらにシングル再発に立て続いて、1999年に2作同時発売されたアルバム『ark』、『ray』に特典DVDを付属した15周年記念盤が発売された。
2006年11月25日・26日には、結成15周年を記念したライブ「15th L'Anniversary Live」を東京ドームにて開催。ライブ最終日には翌年のシングルリリースと9年ぶりとなるホールツアーの開催を発表した。翌2007年5月にはシングル「SEVENTH HEAVEN」を発売。また、SUBARU「レガシィ」のCMソングに起用された「MY HEART DRAWS A DREAM」を同年8月にシングルとして発売することを皮切りに、シングル・アルバム・映像作品を5ヶ月連続でリリースすることを発表した。さらに、前述のホールツアー「Are you ready? 2007 またハートに火をつけろ!」では、同年12月に発売される11thアルバム『KISS』の収録曲を含んだセットリストが組まれ、未音源化楽曲の先行披露をして全国32都市を廻った。
- 自身初の欧州公演を含むツアー開催、ライブ活動休止
2007年12月より前述のアルバムを引っ提げ、童話『不思議の国のアリス』を題材にした演出やセットが組まれたライブツアー「TOUR 2007-2008 THEATER OF KISS」を開催。ライブで新曲として披露された「DRINK IT DOWN」がゲームソフト『デビルメイクライ4』の主題歌に起用され、翌2008年4月に発売された。
また、同月からは上海、台北、パリ、ソウル、香港、大阪、東京という世界7都市を廻るコンサートツアー「TOUR 2008 L'7 〜Trans ASIA via PARIS〜」が開催され、日本公演含め30万人を動員した。同年5月9日に行われたフランス・パリのルゥ・ゼニット公演は、自身初のヨーロッパでのライブとなった。また、このパリ公演は日本全国5ヶ所の映画館において、世界初となる海外コンサートの同時中継が実施された。
さらに、同年5月13日の読売新聞朝刊記事で、シングル「NEXUS 4/SHINE」の発売および上記ツアー終了を持って結成20周年となる2011年までライブ活動を休止することを発表[59]。以後2011年まで各メンバーの個人活動の期間に充てられたが、あくまでライブ活動のみの休止のため、新譜は定期的にリリースされていた。2010年には「PEPSI NEX」CMソングに起用された自身初のカバー楽曲「I Love Rock'n Roll」を配信リリースした他、バンクーバーオリンピック・パラリンピックのNHK放送テーマソングに起用された「BLESS」がシングルとしてリリースされた。さらに、同年放送されたNHK紅白歌合戦に10年ぶり4度目の出場を果たすなど、テレビ出演含め音楽活動は途切れず継続された。
2011年 - 2020年:『BUTTERFLY』[編集]
- ライブ活動再開、結成20周年記念ライブ、約3年3ヶ月ぶりとなるライブツアー開催
前年の紅白歌合戦への出場直後となる2011年1月1日にニューイヤーライブ『20th L'Anniversary Starting Live "L'A HAPPY NEW YEAR!"』を開催。L'Arc〜en〜Cielとしては約2年半ぶりのライブ開催となった。また、同ライブでは公式Twitterと動画共有サービスUstreamの連動企画が行われ、最後のhydeのMCからライブ生配信が実施された[60]。そのMCにおいて、hydeが公演翌日から作曲期間に入ることを宣言し[61]、本格的な始動を予告。さらに、公演終了後に場内スクリーンでオールタイムベストアルバムとなる『TWENITY』シリーズ3作と記念ライブの開催を発表した。
新年の発表通り、2011年5月28日・29日に結成20周年を記念したライブ「20th L'Anniversary LIVE」を味の素スタジアムで開催。本公演のセットリストは初日公演で結成から1998年までにリリースされたアルバムの楽曲を、最終日公演では1999年発売のアルバムから当時の最新楽曲を中心に披露し、2日間で1曲も被りがないものとなった。また、本公演の収益全額を、公演2ヶ月前に発生した東日本大震災の被災地への義援金として寄付することをメンバーとスタッフの連名で発表した[62]。さらに、同年9月10日からはアリーナ、ドーム公演を含む約3年3ヶ月ぶりとなるコンサートツアー「20th L'Anniversary TOUR」を全国5都市で開催。メンバー4人以外がステージに立つことが滅多にないL'Arc〜en〜Cielとしては珍しくステージ後方にストリングス隊を携えた構成で展開され、多数の楽曲にストリングスアレンジを施し披露されるライブとなった[63]。
同年には前述の記念ライブで初披露された「GOOD LUCK MY WAY」を含めシングル3作、翌2012年2月には4年3ヶ月ぶりとなる12thアルバム『BUTTERFLY』が発売された。中でも2011年10月に発売されたシングル「X X X」は、ロックバンドとして史上3組目となる1990年代・2000年代・2010年代の3つの十年代連続でのオリコン週間シングルチャート首位獲得を記録した。さらに、同年12月には前述の結成20周年ライブの模様を収録したライブビデオの発売により、DVD総売上のミリオン突破を記録した。また、VHS総売上と合わせ映像作品全体(VHS+DVD)においてダブルミリオンの達成となった[64]。
- 世界10カ国14都市を廻るワールドツアー、日本人初のマディソン・スクエア・ガーデン単独公演、2度の国立競技場公演開催
2012年3月からは、香港、バンコク、上海、台北、ニューヨーク、ロンドン、パリ、シンガポール、ジャカルタ、ソウル、ホノルル等、世界10カ国14都市を廻るワールドツアー「WORLD TOUR 2012」が開催され、日本公演含め45万人を動員した[52]。同年3月25日には、アメリカ・ニューヨークにあるマディソン・スクエア・ガーデンにおいて、日本人ミュージシャンとして初となる単独公演が行われた[65]。本公演について、hydeは「今までのライブの中で一番覚悟が違った。戦いの日で、日本の旗を持ってきてライブをした気分だった[66]」、「アニメ (日本のアニメーション作品)の力とか昔から聴いてくれてた人が集まったりしたことで実現した、ラルクだからできたこと[67]」と述べている。
さらに、上記ツアーの追加公演として、横浜、大阪、東京の国内3都市の野外会場でコンサートツアー「20th L'Anniversary WORLD TOUR 2012 THE FINAL」が行われ、5月26日・27日には、ミュージシャンとしては史上4組目、ロックバンドでは初となる国立霞ヶ丘競技場陸上競技場(通称・旧国立競技場)公演が開催された[68]。
2014年3月には、1年10ヶ月ぶりとなる2度目の国立競技場におけるライブ「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2014 at 国立競技場」を開催。前回の同所での公演と異なり、フィールドに設置される花道を排除し限界まで座席を敷き詰めることにより、スタンド、フィールド含め8万人(両日16万人)を動員。国立競技場でのライブにおいて史上最多となる動員数を記録した[69]。また、同年5月には同所で行われたライブイベント「SAYONARA 国立競技場FINAL WEEK JAPAN NIGHT」に出演。この公演は全面建替工事前の国立競技場で行われる最後の音楽イベントとなり、L'Arc〜en〜Cielは最終日のトリを務め、全9曲を披露し国立競技場の長い歴史に花を添えた[70]。
同年2月26日には、過去のライブビデオ18作のBlu-ray Disc化を発表。さらに、同年10月22日には過去にリリースされたアルバム12作品のハイレゾリューションオーディオが配信された。hydeは「(レコード会社が)ソニーっていうのと、(事務所の)社長がエンジニアだったからだから結構音にはうるさいんですよね。何もないころから常にいい音で録音したりとか、いい映像で撮ったりとかもう趣味なんですよね。だからその時はお金はかかるけど、いざ発表するときにその時の効果が出るんですよね[71]」と述べている。また、同年12月には前述のワールドツアーに密着したドキュメンタリー映画『Over The L'Arc-en-Ciel』を全国72ヶ所の映画館で期間限定公開した。本作が自身初のドキュメンタリー映画となり、同年公開された音楽ドキュメンタリー映画の中で、最速となる興業収入1億円突破を記録した。
- 4年ぶりとなるシングルリリース、結成25周年記念ライブ開催、ライブ制作体制の見直し
2015年9月には大阪・夢洲において史上初となるライブ「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2015 L'ArCASINO」を開催し、同ライブにて新曲「Wings Flap」を発表。限定シングルを除いて約4年ぶりとなるシングルとしてリリースされた。翌2016年12月にはシングル「Don't be Afraid」を発売。表題曲は映画『バイオハザード: ザ・ファイナル』の日本語吹替版主題歌に起用された他、同年に発売20周年を迎えたゲームシリーズともコラボし、世界初のVRミュージックビデオ「Don't be Afraid -Biohazard×L'Arc-en-Ciel on PlayStation VR-」をPlayStation VR向けで制作・配信した[72]。そして、2017年4月8日・9日には、結成25周年を記念したライブ「25th L'Anniversary LIVE」が東京ドームで行われた[73]。
2012年に開催されたワールドツアー終了から2017年までの約5年間は、L'Arc〜en〜CielとしてのCDリリースはシングル3作とライブアルバム1作のみ、ライブ開催は単発ライブの6公演のみと活動ペースが急激に落ち込み、各メンバーの個人活動が活発化した。バンドの活動ペースが落ち込んだことにより、一部報道で内紛・解散説が囁かれる事態となった[74]。
tetsuyaはワールドツアー終了以降の活動について、度々「知らない所でライブ開催が決まっていた」と述べており、結成25周年記念ライブの終了後に、所属事務所の社長である大石征裕とtetsuyaの間でL'Arc〜en〜Cielのライブ制作体制の見直しが話し合われることとなった。大石曰く、tetsuyaが「アーティストとの信頼関係が保てるライブ制作体制を目指したい」「全てをガラス張りにするためにも一緒に組む制作会社はコンペによって決定したい」と意思を表明したといい[75]、結果的に2018年以降のライブでは興行主体を、所属事務所のマーベリックからライブ・ネイションに変更する運びとなった[注釈 53]。
- 自身初のクリスマスライブ開催、定額制音楽配信サービス開始、8年ぶりとなるライブツアー開催
前述の経緯で連携が決まったライブ・ネイション・ジャパンを興行主体とし、2018年に自身初のクリスマスライブ「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2018 L'ArChristmas」を開催。興行主体が変わったことで、数%の既存スタッフを除き、PA、照明、制作、舞台、各種システム担当に渡りほとんどのスタッフを一新した上でライブ制作が行われた[76]。動画配信サービスサイト『Paravi』で配信された同ライブのドキュメンタリー番組では、このライブから新たに制作に携わったスタッフ達の証言が収録されている[77]。
翌2019年9月1日には、公式Twitterに"20190902 4:00"というメッセージを掲載[78]。Twitter上に新情報のヒントとなる文字を時間差でアップし、翌日4時に翌2020年に8年ぶりとなるライブツアーを開催することを発表した[78]。また、同年12月2日にはツアー開催に先駆け、公式YouTubeチャンネルを開設。12月11日にはYouTubeチャンネルにおいて一部楽曲のミュージック・クリップの無料公開、ライブ映像のプレミア配信を開始するとともに、サブスクリプションサービス(定額制音楽配信)の解禁を発表した。同日より、これまでに発表した計428曲の全音源[注釈 54] 一斉配信し、計51作の全ミュージック・クリップ[注釈 55] も順次配信を開始した。解禁直後のSpotifyの日本の週間バイラルチャートでは、上位18位までを独占しTOP50に34曲がチャートインし、翌週も1位・2位を独占するなどファンダムが強さが浮き彫りとなった[79]。
翌2020年1月からは前年9月の発表通り、8年ぶりとなるアリーナツアー「ARENA TOUR MMXX」[注釈 56] を開催。このツアーでは前年に開設した公式YouTubeチャンネルや公式Instagramを新たなプラットフォームとして活用し、公演前の会場の様子やライブの一部模様、舞台裏でのメンバーの様子などを撮影した映像を公開する企画が行われた。また、前年に解禁した各種サブスクリプションサービスにおいて、開場時に流すメンバーセレクトのBGMのプレイリストや、過去のライブのセットリストのプレイリストを公開する企画が行われた。このツアーの当初の公演規模は全国5都市12公演を予定していたが、同年1月末に日本国内で初感染が確認された新型コロナウイルスの感染症拡大防止のため、同年2月26日に最終4公演の中止を決定した。
2021年 - 現在[編集]
2021年5月29日・30日に、結成30周年の幕開けとなるライブ「30th L'Anniversary Starting Live "L'APPY BIRTHDAY!"」を開催。公演初日となる5月29日の0:00より公式YouTubeアーティストチャンネルにて、新曲「ミライ」を1コーラスがサプライズでプレミア公開された。この曲は前述のライブでフルコーラスが初披露され、同年5月31日にフィジカルでのリリースに先駆け、各種音楽配信サイトにおいてダウンロード・ストリーミング配信された。
同年9月からは約1年7ヶ月ぶりとなるライブツアー「30th L'Anniversary TOUR」を開催。このツアーは当初、2020年から日本を含め全世界で蔓延した新型コロナウイルスの影響により、接触感染を防ぐため、原則として座席の前後左右を空け、収容人数を最大キャパシティの半数に制限したうえで開催されている。ただ、11月に開催した公演は、行動制限緩和に向けた日本の政府・地方自治体の実証実験の対象イベントに指定されたこともあり、収容率を50%より引き上げたうえで開催されている[80][81]。また、最終公演となった東京・国立代々木競技場 第一体育館公演では、東京都から感染防止安全計画の承認を得たことにより、最大収容人数で開催されている[80][82]。
翌2022年5月21日・22日には、結成30周年を記念したライブ「30th L'Anniversary LIVE」を東京ドームで開催した。
来歴[編集]
1990年代[編集]
1991年
- 2月、大阪で結成。結成当初のメンバーは、tetsu(当時、現tetsuya)を中心にhide(当時、現hyde)、hiro、peroの4人[83]。
- 4月18日、ヤンタ鹿鳴館で上記の4人による謎のセッション・バンドとしてライブを行う[83]。
- 5月30日、後に活動拠点を置いた難波ロケッツで、L'Arc〜en〜Ciel名義での初ライブを行う[83]。
- 8月31日、市川CLUB GIOで関東での初ライブを行う[83]。
1992年
- 3月10日、難波ロケッツで行われたライブにおいて、自主制作ライブビデオ『L'Arc-en-Ciel』を無料配布。同年3月16日の新宿LOFT公演においても同ビデオを無料配布。
- 6月12日、難波ロケッツで行われたライブでギタリストのhiroが脱退。後任としてkenがギタリストで加入する[83]。
- 10月1日、コロムビアから発売されたオムニバスアルバム『GIMMICK』に「VOICE」が収録される。これが自身の楽曲の初CD化となる。
- 11月25日、初の単独音源であるシングル「Floods of tears/夜想花」をインディーズで1000枚限定発売し、予約のみで完売する。
- 12月30日、OSAKA MUSEに行われたライブをもってドラマーのperoが脱退[83]。
1993年
- 1月16日、peroの後任に元The HAREM Qのドラマーであるsakuraが加入[83]。
- 3月11日、コンサート「SONIC GIG」を恵比寿GUILTYにて開催[83]。
- 4月10日、1stアルバム『DUNE』の限定版をデンジャークルー・レコードから発売。4月27日に通常版を発売。
- 4月27日、コンサート「SONIC GIG II」を恵比寿GUILTYにて開催[83]。
- 5月31日付けのオリコンインディーズアルバムチャートで『DUNE』が1位を獲得。
- 6月14日 - 7月3日、バンド初のコンサートツアー「Close by DUNE」を開催。8月1日には日清パワーステーションで最終公演「Close by DUNE FINAL」を開催する。
- 10月13日、ミュージック・クリップ集『TOUCH OF DUNE』をデンジャークルー・レコードから1万本限定で発売。オリコンインディーズビデオチャートで1位を獲得。
- 11月9日 - 12月20日、コンサートツアー「FEEL OF DUNE」を開催。
1994年
- 4月3日 - 4月15日、コンサートツアー「ノスタルジーの予感」を開催。
- 4月8日から14回に渡り、テレビ埼玉制作のテレビ番組『ノスタルジーの予感』を放送。
- 7月1日、1stビデオシングル「眠りによせて」でKi/oon Sony Records (現・Ki/oon Music) からメジャーデビュー。
- 7月7日、テレビ埼玉制作のテレビ番組『ノスタルジーの予感 第2章』を放送。
- 7月14日、2ndアルバム『Tierra』を発売。
- 7月14日 - 8月27日、コンサートツアー「Sense of time '94』を開催。
- 8月20日、LUNA SEA、SOFT BALLET、BUCK-TICKによる合同ライブツアー「L.S.B.」の札幌公演へ、THE MAD CAPSULE MARKET'S、DIE IN CRIESと共にゲストアクトとして出演。
- 10月21日、1stシングル「Blurry Eyes」を発売。
- 12月1日、公式ファンクラブ「Ciel (シエル)」の入会受付を開始する。
- 12月1日、イメージビデオ『Siesta 〜Film of Dreams〜』を発売。
1995年
- 2月1日、公式ファンクラブ「Ciel」が正式に発足し、これを受けて1月24日 - 2月4日に発足記念ライブツアー「Ciel/winter '95」を開催する。
- 5月21日、2ndビデオシングル「and She Said」を発売。
- 5月21日 - 6月27日、コンサートツアー「in CLUB '95」を開催。
- 7月6日、2ndシングル「Vivid Colors」を発売。
- 7月22日、渋谷公会堂で行われたイベント「SHOCK AGE SPECIAL '95」に出演。GLAYなどと競演する。
- 7月30日、渋谷公会堂でキャンペーンイベント「Rendez-vous前夜祭」を開催。当日渋谷駅ハチ公前のスクリーンにて告知が行われた。
- 8月22日、エフエムナックファイブ主催のライブイベント「彩の国秩父ミューズコンサート'95 NACK5 GO-ROCK」に出演。黒夢、THE YELLOW MONKEY、SIAM SHADEと共演する。
- 8月24日 - 8月31日、メンバー自身による全国キャンペーンイベント「Rendez-vous 1995 Summer」を開催。
- 9月1日、3rdアルバム『heavenly』を発売。
- 9月9日 - 10月4日、コンサートツアー「TOUR heavenly '95」を開催。
- 10月3日から、エフエムナックファイブのラジオ番組『MIDNIGHT ROCK CITY』の火曜パーソナリティを務める (1996年3月26日まで)。
- 10月21日、3rdシングル「夏の憂鬱 [time to say good-bye]」を発売。
- 12月12日 - 12月25日、コンサートツアー「The other side of heavenly '95」を開催。
- 12月23日 - 12月25日、としまえんとのタイアップイベントを開催。期間中、シングル「夏の憂鬱 [time to say good-bye]」のジャケットを持参した入場無料先着2万名にメモリアルカードがプレゼントされた。園内では特設シアター「ドリームドーム」にてスペシャルビデオが上映された。
- 12月27日、コンサートツアー「TOUR heavenly '95」の最終公演として、初の日本武道館ライブ「TOUR heavenly '95 final」を開催。
1996年
- 3月21日、ライブビデオ『heavenly 〜films〜』を発売。
- 4月3日 - 5月29日、コンサートツアー「Kiss me
deadlyheavenly '96」を開催。5月26日にはそれを挟み、東京ベイNKホールで「Kiss meheavenlydeadly '96 REVENGE」を開催。 - 7月6日から、エフエム北海道のラジオ番組『FM ROCK KIDS』のパーソナリティを務める (9月28日まで)。
- 7月8日、4thシングル「風にきえないで」を発売。
- 8月26日 - 9月4日、コンサートツアー「BIG CITY NIGHTS ROUND AROUND '96」を開催。
- 10月7日から、TBSラジオ系ラジオ番組『宮川賢の誰なんだお前は?!』内で箱番組『ボンジュール! L'Arc〜en〜Ciel』を開始 (1997年3月11日まで)。
- 10月17日、5thシングル「flower」を発売。
- 11月21日、6thシングル「Lies and Truth」を発売。
- 12月12日、4thアルバム『True』を発売。初のオリコンアルバムチャート1位獲得とミリオンセラーを記録する。
- 12月23日 - 1997年1月29日、コンサートツアー「CONCERT TOUR '96〜'97 Carnival of True」開催。sakura在籍時最後のコンサートツアーとなる。
1997年
- 2月24日、sakuraが覚醒剤取締法違反の現行犯で逮捕され (後述)、事実上の活動中止となる。
- 10月17日、7thシングル「虹」を発売。サポートドラムとして元ZI:KILL、DIE IN CRIESのyukihiroが参加する。
- 11月4日、ドラマーのsakuraが正式にL'Arc〜en〜Cielからの脱退を発表。
- 12月16日 - 12月18日、変名バンド「the Zombies」として、シークレットコンサートツアー「Live Tour NIGHTMARE BEFORE CHRISTMAS EVE」をライブハウスで開催。あくまで「ラルクのコピーバンド」として登場。新曲や他のアーティストのカヴァー演奏なども披露した。
- 12月23日、ライブ「L'Arc〜en〜Ciel 1997 REINCARNATION」を自身初の東京ドームで開催。当日に日本衛星放送 (現・WOWOW)で、開演から終演までの完全生放送が行われた。
1998年
- 1月1日、元ZI:KILL、元DIE IN CRIESのドラマーyukihiroが正式なメンバーとして加入。
- 1月28日、8thシングル「winter fall」を発売。初のオリコンシングルチャート1位獲得。
- 2月25日、5thアルバム『HEART』を発売。2作目のオリコンアルバムチャート1位を獲得すると共に、初週の売上のみで2度目のミリオンセラーを達成した。
- 3月25日、9thシングル「DIVE TO BLUE」を発売。また、オリコンシングルチャートで2作目となる1位を獲得すると共に、初の2週連続1位を獲得。
- 4月22日、ミュージック・クリップ集『A PIECE OF REINCARNATION』を発売。
- 5月1日 - 7月21日、コンサートツアー「Tour'98 ハートに火をつけろ!」の前半を開催。
- 7月8日、10thシングル「HONEY」、11thシングル「花葬」、12thシングル「浸食 〜lose control〜」を同時発売。3枚で初動157万枚を売り上げ、同一アーティストが売り上げた最多初動セールスを記録。発売2週目に「HONEY」が3作目オリコンシングルチャート1位を獲得し、「浸食 〜lose control〜」と共にオリコンシングルチャート1位と2位を独占。また、「HONEY」「花葬」がシングルにおいて初のミリオンセラーを突破し、その中でも「HONEY」は自身最高のセールスを記録した。
- 9月3日 - 10月21日、コンサートツアー「Tour'98 ハートに火をつけろ!」の後半を開催。ツアー全体で、全国47ヵ所計56公演を開催し23万人を動員。
- 10月5日、ニッポン放送系ラジオ番組『ゲルゲットショッキングセンター』内で『L'Arc〜en〜CielのOH! DAIBA TO BLUE』を開始。
- 10月7日、13thシングル「snow drop」を発売。4作目のオリコンシングルチャート1位を獲得すると共に、通算3作目のミリオンセラーを記録。
- 10月14日、14thシングル「forbidden lover」を発売。5作目のオリコンシングルチャート1位を獲得し、前週に発売した「snow drop」と共に、史上初となる2度目のオリコンシングルチャート1位と2位の独占を達成。
- 11月21日、全日本有線放送大賞を受賞。
- 12月4日、日本有線大賞最多リクエスト歌手賞、日本有線大賞を受賞。
- 12月23日、ライブビデオ『ハートに火をつけろ!』を発売。
- 12月31日、第40回日本レコード大賞優秀作品賞を獲得。同時に第49回NHK紅白歌合戦に初出場。曲目は「HONEY」。
1999年
- 1月18日付けのオリコンシングルチャート「国内盤200」(邦楽部門のシングルチャート・トップ200)に、メジャーデビュー以後に発売した14作のCDシングルがすべてランクインする[84]。
- 3月、第36回ゴールデン・アロー賞音楽賞、グランプリ受賞。
- 3月20日開幕の全日本GT選手権 (参照)、および8月21日・22日開催の鈴鹿1000kmに参戦した『Castrol無限NSX』にスポンサーとして参加。
- 4月3日、ラジオ番組『L'Arc〜en〜CielのOH! DAIBA TO BLUE』が『クールKのウルトラカウントダウン』内へ時間帯を移動(同年6月26日終了)。
- 4月18日 - 7月4日、テレビ朝日系番組『イナヅマ!ロンドンハーツ』のエンディングで楽曲を演奏するコーナーに出演。
- 4月21日、15thシングル「HEAVEN'S DRIVE」を発売。6作目のオリコンシングルチャート1位を獲得すると共に、2度目となる2週連続1位 (12cmCD部門) を達成。さらに、ノンタイアップながら通算4作目のミリオンセラーを記録。
- 6月2日、16thシングル「Pieces」を発売。7作目のオリコンシングルチャート1位を獲得。
- 7月1日、6thアルバム『ark』7thアルバム『ray』を同時発売。2枚合算で初動300万枚以上を売り上げ、同一ミュージシャンが売り上げた最多初動セールスを記録した。また、『ark』が3作目のオリコンアルバムチャート1位を獲得し、『ray』と共にオリコンアルバムルチャート1位と2位の独占を2週に渡って達成。さらに、両作がダブルミリオンを超える売り上げを記録。また、この日から8月31日まで62日間限定サイト「arkray.com」を展開。
- 7月17日 - 8月21日、野外ライブツアー「1999 GRAND CROSS TOUR」を開催。東京公演では1公演につき12万5千人 (2日間で延べ25万人) の観客を、ツアー全体では65万人を動員。また、8月21日の東京公演はViewsic (現・MUSIC ON! TV)でアジア各国同時の生放送が行われる。
- 8月11日
- 17thシングル「Driver's High」を発売。
- ミュージック・クリップ集『CHRONICLE』を発売。
- 10月4日からTOKYO FM系ラジオ番組『やまだひさしのラジアンリミテッド』内の箱番組『FLYING〜L'Arc〜ATTACK』を開始。
- 10月27日、18thシングル「LOVE FLIES」を発売。8作目のオリコンシングルチャート1位を獲得。
- 12月1日、ライブビデオ『1999 GRAND CROSS CONCLUSION』を発売。オリコンDVD総合チャートで初の1位を獲得。
- 12月7日、1999年度ベストドレッサー賞受賞。
- 12月31日
- 第50回NHK紅白歌合戦に2度目の出場。曲目は「HEAVEN'S DRIVE」。
- 初のカウントダウンライブ「RESET>>LIVE *000」を開催。協賛はツーカー[85]。本公演ではビッグサイト東館展示ホールに隣接するホールにおいて、大型ビジョンでライブの模様を生中継するリアルタイム・ヴァーチャル・ライブも開催された。ライヴとヴァーチャル・ライブを合わせ5万5千人を動員した(ライブで3万5千人、ヴァーチャル・ライブで2万人を動員)。
2000年代[編集]
2000年
- 1月19日、19thシングル「NEO UNIVERSE/finale」を発売。9作目のオリコンシングルチャート1位を獲得すると共に5作目のミリオンセラーを記録。現時点でこの作品がL'Arc〜en〜Cielのラストミリオンセラーシングルとなっている。
- 4月7日、NTTドコモのiモード、J-PHONE各社のJ-Sky Webで最新情報提供が全国一斉にサービスを開始。同年5月17日には、IDO・セルラー・ツーカー各社のEZwebでもサービスを開始した。
- 4月17日、新曲「STAY AWAY」が、各携帯電話へ着信メロディサービスを開始。全国のレコード店で限定200,000枚の着信メロディデータを掲載したフライヤーを配布した。
- 4月21日、公式ファンクラブ「Ciel」が「LE-CIEL (ルゥ シエル)」に改称される。
- 6月28日、yukihiroプロデュースのリミックス・アルバム『ectomorphed works』を発売。
- 7月19日
- 8月30日、8thアルバム『REAL』を発売。4作目のオリコンアルバムチャート1位、並びに5作目のミリオンセラーを達成。
- 10月8日 - 10月27日、ライブハウスツアー「CLUB CIRCUIT 2000 REALIVE」を開催。
- 11月4日 - 12月6日、初の4大ドームツアー「TOUR 2000 REAL」を開催。協賛はトヨタ自動車、Yahoo! JAPAN[86]。40万人以上を動員する。東京ドームでの4公演のうち、12月5日公演はYahoo! JAPAN内のコンテンツ「Yahoo!ブロードキャスト」で配信され[86]、12月6日公演はスカイパーフェクTVのペイ・パー・ビューチャンネル、パーフェクト・チョイスで、通常形態の放送+メンバー4人のアングル別チャンネルで生放送が行われた。携帯電話サービス「LE-CIEL NET」でも12月6日公演のライヴ動画中継が実施された。
- 12月31日、第51回NHK紅白歌合戦に3回目の出場。曲目は「STAY AWAY」。
2001年
- 3月14日
- Yahoo! JAPANとのジョイント企画で初のベスト・アルバム『Clicked Singles Best 13』を発売。5作目のオリコンアルバムチャート1位を獲得、並びに6作目のミリオンセラーを達成。現時点でこの作品がL'Arc〜en〜Cielのラストミリオンセラーアルバムとなっている。
- 携帯電話情報サービス「LE-CIEL NET」で着メロ配信サービスを開始。
- 3月28日、ミュージック・クリップ集『CHRONICLE 2』を発売。2作目のオリコンDVD総合チャート1位を獲得。
- 6月20日、ライブビデオ『CLUB CIRCUIT 2000 REALIVE -NO CUT-』を発売。
- 7月4日、8thアルバム『REAL』のSuper Audio CD版を発売。
- 8月29日、東京国際フォーラムで行われた、映画『ファイナルファンタジー』の試写会にシークレット出演し、「Spirit dreams inside」を披露。
- 9月5日、21stシングル「Spirit dreams inside -another dream-」を発売。10作目のオリコンシングルチャート1位を獲得。
- 実質の活動休止状態に入り、各個人がソロ活動を開始。
2002年
- 3月28日、ラジオ番組『FLYING〜L'Arc〜ATTACK』レギュラー放送終了。
2003年
- 3月19日、ベスト・アルバム『The Best of L'Arc〜en〜Ciel』を『1994-1998』『1998-2000』『c/w』の3枚に分け同時発売。
- 6月25日、LE-CIEL会員限定ライブ「Akasaka Zero day」を開催。
- 6月28日 - 7月6日、国立代々木競技場・第一体育館でのコンサート「Shibuya Seven days 2003」を開催。チケットは約3分で完売し、7日間で約9万人を動員した。最終日は世界初の試みとして、NTTドコモのFOMAを用いたライブ映像のストリーミング配信を行った。
- 12月17日、ライブビデオ『7』を発売。同時に『眠りによせて』『heavenly 〜films〜』のDVD版、『A PIECE OF REINCARNATION』・『ハートに火をつけろ!』のトールケース仕様廉価版を発売。
- 12月26日、日本武道館で行われたマーヴェリック・ディー・シー主催のイベント「天嘉 弐 -DANGER II-」にシークレットゲストとして参加。新曲「READY STEADY GO」を初披露。
2004年
- 2月4日、22ndシングル「READY STEADY GO」を発売。11作目のオリコンシングルチャート1位を獲得し、2年7ヶ月振りに本格的な活動を開始する。
- 3月3日、23rdシングル「瞳の住人」を発売。12作目のオリコンシングルチャート1位を獲得。
- 3月31日、9thアルバム『SMILE』を発売。
- 4月21日、メジャーデビュー10周年記念復刻盤アルバム『DUNE 10th Anniversary Edition』を発売。
- 5月11日 - 6月27日、3年6ヶ月振りとなるコンサートツアー「SMILE TOUR 2004」を開催し、25万人を動員。
- 6月2日、24thシングル「自由への招待」を発売。13作目のオリコンシングルチャート1位を獲得。
- 7月24日・25日、大阪ドームおよび横浜国際総合競技場で行われたロックフェスティバル「THE ROCK ODYSSEY 2004」へ出演し、12曲を披露。
- 7月30日、アメリカ合衆国・メリーランド州ボルチモア、ファースト・マリナー・アリーナで行われたアニメコンベンション「OTAKON 2004」の一環で、初の海外コンサート「Live in USA」を開催。
- 12月14日、ライブビデオ『LIVE IN U.S.A 〜at 1st Mariner Arena July 31, 2004〜』を発売。
- 12月19日、大阪城ホールで行われたイベント「鋼の錬金術師FESTIVAL」にシークレットゲストとして参加。
- 12月25日、ライブイベント「天嘉 参 -DANGER III-」にスペシャルゲストとして参加し、新曲「Killing Me」を披露。
- 12月26日、国立代々木競技場・第一体育館で行われたイベント「鋼の錬金術師FESTIVAL」にシークレットゲストとして参加。
2005年
- 1月13日、25thシングル「Killing Me」を発売。14作目のオリコンシングルチャート1位を獲得。
- 4月6日、26thシングル「New World」を発売。15作目のオリコンシングルチャート1位を獲得。
- 5月18日、27thシングル「叙情詩」を発売。16作目のオリコンシングルチャート1位を獲得。
- 6月1日、ライブビデオ『SMILE TOUR 2004 〜全国編〜』を発売。3作目のオリコンDVD総合チャート1位を獲得。
- 6月22日、10thアルバム『AWAKE』を発売。6作目のオリコンアルバムチャート1位を獲得[87]。
- 7月8日、ニッポン放送の深夜ラジオ番組『オールナイトニッポン』のパーソナリティを1夜限りで務める (録音放送)[注釈 57]。
- 7月20日、28thシングル「Link」を発売。
- 7月22日、東京国際フォーラムで行われたイベント「劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者 前夜祭」にスペシャルゲストとして出演。
- 7月28日、単発ライブ「AWAKE TOUR 2005前夜祭 「今夜奇跡が起きる!?」」をLIQUIDROOMにて開催。
- 7月29日、大阪城西の丸庭園で行われたイベント「MBS ANIME FES.'05」にシークレットゲストとして参加し、3曲を披露[88]。
- 8月6日 - 8月31日、コンサートツアー「AWAKE TOUR 2005」を開催、13万2千人を動員する。
- 9月3日 - 9月25日、大韓民国・中華人民共和国・日本のアジア地域3カ国を回るコンサートツアー「ASIALIVE 2005」を開催 (韓国・上海では各1万人、東京では2日間で9万2千人を動員)。
- 12月14日、ライブビデオ『AWAKE TOUR 2005』を発売。
2006年
- 6月21日、ライブビデオ『ASIALIVE 2005』を発売。4作目のオリコンDVD総合チャート1位を獲得。また、結成15周年企画の「L'Anniversary」を開始し、関連商品・イベントにはそれを示すマークが付与された[注釈 58]。
- 7月15日 - 8月31日、J-POP CAFE SHIBUYAでカフェイベント「L'Arcafe」を開催[89]。メンバー考案のオリジナルメニュー販売のほか、過去の未公開ライブ映像(後にDVD-BOX『FIVE LIVE ARCHIVES』へ収録)も公開された。
- 8月30日、「Blurry Eyes」から「forbidden lover」までの14枚のシングルと、1997年に発売中止となった29thシングル「the Fourth Avenue Café」(当初は7thシングルとして発売予定)を12cmシングル化し発売[90]。この再発売によって、前年にサザンオールスターズが記録した「同一アーティストによるオリコンシングルチャートTOP30入り」の記録を12から15へ伸ばした[58]。
- 9月1日、中華人民共和国にてオフィシャルファンクラブ設立。
- 11月25日・26日、東京ドームで結成15周年記念ライブ「15th L'Anniversary Live」を開催。チケットは約2分で完売し、2日間で約11万人を動員する。
- 12月13日、アルバム『ark』『ray』に特典DVDを付属した結成15周年記念復刻盤『ark 15th Anniversary Expanded Edition』『ray 15th Anniversary Expanded Edition』を発売。
2007年
- 2月14日、ミュージック・クリップ集『CHRONICLE 0 -ZERO-』を発売。
- 4月4日、DVD-BOX『FIVE LIVE ARCHIVES』を発売。
- 5月30日、30thシングル「SEVENTH HEAVEN」を発売し、活動を再開。17作目のオリコンシングルチャートで1位獲得。
- 6月8日 - 8月30日、9年ぶりとなるホールツアー「Are you ready? 2007 またハートに火をつけろ!」を開催。
- 7月28日、韓国・仁川広域市で行われたロックフェスティバル「2007 INCHEON PENTAPORT ROCK FESTIVAL」の2日目にヘッドライナーとして出演し、15曲を披露。
- 8月29日、31stシングル「MY HEART DRAWS A DREAM」を発売。18作目のオリコンシングルチャート1位を獲得。
- 9月12日、ライブビデオ『15th L'Anniversary Live』を発売。5作目のオリコンDVD総合チャート1位を獲得。
- 10月10日、32ndシングル「DAYBREAK'S BELL」を発売。19作目のオリコンシングルチャート1位を獲得。
- 11月14日、33rdシングル「Hurry Xmas」を発売。
- 11月21日、11thアルバム『KISS』を発売。7作目のオリコンアルバムチャート1位を獲得[91]。
- 12月5日、ミュージック・クリップ集『CHRONICLE 3』を発売。
- 12月22日 - (2008年)2月17日、コンサートツアー「TOUR 2007-2008 THEATER OF KISS」を開催。
2008年
- 4月2日
- 34thシングル「DRINK IT DOWN」を発売。20作目のオリコンシングルチャート1位を獲得。
- ライブビデオ『Are you ready? 2007 またハートに火をつけろ! in OKINAWA』を発売。
- 4月12日、MySpace上で『L'Arc〜en〜Ciel Official MySpace』を開設。
- 4月19日 - 6月8日、上海・中華民国・フランス・大韓民国・香港・東京・大阪の全7会場を回るコンサートツアー「TOUR 2008 L'7 〜Trans ASIA via PARIS〜」を開催し、約30万人を動員。5月9日のパリ公演の模様は、東京・大阪・福岡・広島・新潟の全国5箇所のシネマコンプレックスにおいて、世界初となる海外コンサートの同時中継が行われた。
- 5月13日の読売新聞朝刊でニューシングルの発売と、2011年に控える結成20周年記念ライブの開催を発表[59]。これに関連し、記念ライブまでのライブ活動の休止を発表した。
- 8月27日
- 35thシングル「NEXUS 4/SHINE」を発売。
- ライブビデオ『TOUR 2007-2008 THEATER OF KISS』を発売。6作目のオリコンDVD総合チャート1位を獲得。
- 11月26日、33rdシングル「Hurry Xmas」の2008年版を発売。
2009年
- 2月25日、ミュージック・クリップ集『CHRONICLE 4』を発売。
- 3月25日、ドキュメンタリー・ビデオ『DOCUMENTARY FILMS 〜Trans ASIA via PARIS〜』を発売。
- 5月20日、ライブビデオ『LIVE IN PARIS』を発売。当時の男性アーティストとしては歴代1位タイとなる、7作目のオリコンDVD総合チャート1位を獲得する[92]。
- 5月22日 - 5月24日、ドキュメンタリー・ビデオ『DOCUMENTARY FILMS 〜Trans ASIA via PARIS〜』・ライブビデオ『LIVE IN PARIS』・写真集『á Paris』(カジュアル仕様)の発売記念イベントとして、赤坂サカスにて「L'Arc〜en〜Ciel MUSEUM」を開催。
- 9月2日、ベスト・アルバム『Clicked Singles Best 13』のブルースペックCD版を発売。
- 12月1日、tetsuyaが自身のアーティスト名を「tetsu」から現在の「tetsuya」へ改名。
- 12月9日、33rdシングル「Hurry Xmas」の2009年版を発売。
2010年代[編集]
2010年
- 1月27日、36thシングル「BLESS」を発売。
- 3月10日、ベスト・アルバム『QUADRINITY 〜MEMBER'S BEST SELECTIONS〜』を発売。
- 3月31日
- ライブビデオ『TOUR 2008 L'7 〜Trans ASIA via PARIS〜』を発売。
- 配信限定シングル「I Love Rock'n Roll」の各種音楽配信サイトでのダウンロード配信を開始。
- 11月24日、33rdシングル「Hurry Xmas」の2010年版を発売。
- 12月31日、第61回NHK紅白歌合戦に4度目の出場。曲目は「BLESS」。
2011年
- 1月1日、ニューイヤーライブ「20th L'Anniversary Starting Live "L'A HAPPY NEW YEAR!"」を幕張メッセにて開催。なお、ライブの模様は当日の19:00 (JST) からUstreamで生中継が行われ、直前に出演したNHK紅白歌合戦の会場・NHKホールからの移動などの様子も中継された[93]。
- 2月16日、ベスト・アルバム『TWENITY』を『1991-1996』『1997-1999』『2000-2010』の3枚に分け同時発売。
- 3月9日、上記のCD3枚とDVDおよび特典を付属した『TWENITY BOX』をリリース。
- 3月29日、3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震 (東日本大震災) を受け、オフィシャルHP上にてメンバー・スタッフのコメントを掲載。併せて、5月開催の「20th L'Anniversary LIVE」の全収益を震災の義援金として寄付することを発表した[94]。
- 4月6日、DVD-BOX『FIVE LIVE ARCHIVES 2』を発売[注釈 59]。
- 5月28日・29日、味の素スタジアムで結成20周年記念ライブ「20th L'Anniversary LIVE」を開催。同公演は日本国内の映画館40ヶ所、およびフランス (パリ)・イギリス (ロンドン)・アメリカ合衆国 (ニューヨーク)・中華民国 (台北市)・中華人民共和国 (香港)・大韓民国 (ソウル特別市、2会場) の7ヶ国でライブビューイングが開催された[95]。
- 6月27日・28日、ニコニコ生放送で24時間 (27日20:00 - 28日20:00、JST) に渡り、ミュージック・クリップ44曲を含む123曲およびライブビデオ『TOUR 2008 L'7 〜Trans ASIA via PARIS〜』からの映像を連続放送[96]。28日の19:00からはメンバー4人が生放送へ出演し、19:30からは東京・大阪・名古屋の3都市にある街頭ビジョンで生中継が行われた[97]。
- 6月29日、37thシングル「GOOD LUCK MY WAY」を発売。
- 7月21日 - 8月31日、約5年ぶりにSPACE SHOWER TV THE DINERでカフェイベント「L'Arcafe」を開催[98]。メンバー考案のオリジナルメニュー販売のほか、スペシャル映像も公開された。
- 9月10日 - 12月4日、コンサートツアー「20th L'Anniversary TOUR」を開催。12月4日の京セラドーム大阪公演は、日本国内の映画館54ヶ所および中華人民共和国 (香港)・中華民国 (台北市、台中市、高雄市) ・大韓民国 (ソウル特別市) の3ヶ国で生中継が行われた[99]。
- 9月23日、日本武道館で開催されたライブイベント「テレビ朝日ドリームフェスティバル2011」にヘッドライナーとして出演し、10曲を披露。
- 10月12日、38thシングル「X X X」を発売。21作目のオリコンシングルチャート1位を獲得。これにより、ロックバンドとして史上3組目となる1990年代・2000年代・2010年代の「3つの十年代連続」でシングル1位獲得を達成[100]。
- 12月21日、39thシングル「CHASE」を発売。
- 12月28日、ライブビデオ『20th L'Anniversary LIVE -Complete Box-』『-Day 1-』『-Day 2-』を発売。男女通じてバンドグループでは史上3組目となるDVD総売上100万枚突破を記録。映像作品全体(VHS+DVD)ではダブルミリオンを達成した[64]。
- 12月31日、第62回NHK紅白歌合戦に5度目の出場。曲目は「CHASE」。
2012年
- 2月8日、12thアルバム『BUTTERFLY』を発売。8作目のオリコンアルバムチャート1位を獲得。
- 2月22日・23日、LE-CIEL会員限定ライブを横浜アリーナで開催。
- 3月3日 - 5月5日、4年振りとなるワールドツアー「WORLD TOUR 2012」を香港、上海、ソウル、台北、バンコク、シンガポール、ジャカルタ、ニューヨーク、ロンドン、パリの海外10都市にて開催。3月25日のマディソン・スクエア・ガーデン公演は、日本人のミュージシャンとして初めて単独公演が行われた[65][101]。また、アメリカ公演の模様は、日本全国29ヶ所の映画館で3月26日午前9時から生中継され約1万5000人を動員した[102]。
- 4月20日、自身が所属するキューンミュージックの20周年記念イベント「キューン20 イヤーズ&デイズ」の一環として、LIQUIDROOM ebisuで7年ぶりとなるライブハウス公演「一夜限りのL'Arc〜en〜Ciel Premium Night」を開催[103]。公演は12thアルバム『BUTTERFLY』に付属するIDを特設サイト上で入力し、抽選によって獲得できる「公演チケット (777人)」と「Ustream上の生中継アクセスコード (10万人)」のいずれかの当選者が見ることを可能とした[104]。
- 5月12日 - 5月27日、コンサートツアー「20th L'Anniversary WORLD TOUR 2012 THE FINAL」を開催。ツアー最終の国立霞ヶ丘競技場陸上競技場公演は、ミュージシャンとしては史上4組目、ロックバンドでは初となった[68]。
- 5月23日、配信限定シングル「X X X -English version-」「CHASE -English version-」の各種音楽配信サイトでのダウンロード配信を開始。
- 5月31日、ホノルル・ワイキキシェルで初のハワイ公演「L'Arc〜en〜Ciel 20th L'Anniversary Year Live in Hawaii」を開催。日ハワイの友好関係向上の架け橋になったとして、ホノルル市が同日を「L'Arc〜en〜Cielの日」(L'Arc〜en〜Ciel DAY)と制定した[105]。
- 6月1日、LE-CIEL会員限定ライブ「LE-CIEL Presents ハワイ アン シエル Special Live」をワイキキシェルで開催。
- 6月3日 - 6月10日、東京・銀座のソニービル内のOPUSにおいて、「L'Arc-en-Ciel PREMIERE SCREENING Supported by Sony and Ki/oon Music」を開催[106][107]。
- 6月9日 - 7月8日、横須賀美術館で結成20周年特別展「L'Arc〜en〜Ciel 20th L'Anniversary EXHIBITION」を開催。
- 6月13日
- トリビュート・アルバム『L'Arc〜en〜Ciel Tribute』を発売。
- ライブビデオ『LIVE TWENITY』を発売。
- 11月7日、ソニー・ミュージックエンタテインメントがiTunes Storeへ参入したことに伴い、同所での楽曲配信を開始する[108]。
- 12月26日、ライブビデオ『WORLD TOUR 2012 LIVE at MADISON SQUARE GARDEN』を発売。
2013年
- 3月20日、ライブビデオ『20th L'Anniversary WORLD TOUR 2012 THE FINAL LIVE at 国立競技場』を発売。
- 8月7日、iTunes Storeが同日に開始した「iTunesライブビデオ」において『LIVE TWENITY』の配信を開始[109][110]。
2014年
- 2月26日、BD-BOX『L'Aive Blu-ray BOX -Limited Edition-』を発売。
- 3月19日、ライブビデオ『heavenly 〜films〜』から『WORLD TOUR 2012 LIVE at MADISON SQUARE GARDEN』の全18作品のBlu-ray Disc版を発売。
- 3月21日・22日、1年10ヶ月ぶりとなる国立霞ヶ丘陸上競技場でのライブ「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2014 at 国立競技場」を開催[111]。スタンド、フィールド含め8万人 (2日間で延べ16万人)を動員し、ライブにおける国立競技場の最多動員数となった[69]。本公演の模様は日本国内の映画館37ヶ所で生中継された他、イギリス、フランス、アメリカ、メキシコ、台湾、香港の海外20都市でもライブビューイングが実施された[112]。
- 5月29日、国立霞ヶ丘陸上競技場で開催されるライブイベント「SAYONARA 国立競技場FINAL WEEK JAPAN NIGHT」の2日目公演に出演し、9曲を披露。
- 7月23日、4K対応液晶テレビ「BRAVIA」とライブビデオ『L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2014 at 国立競技場』のコラボレーション企画「BRAVIA 4K×L'Arc〜en〜Ciel」開始。東京・大阪・愛知のソニービル他全国約1800店の家電販売店にて4K編集によるダイジェスト映像が順次上映された[113]。10月3日からは、JR品川駅中央改札内のソニーショーケースでも上映された。12月5日には、このコラボ施策が国際3D先進映像協会による「グッドプラクティス・アワード2014」の4K部門本賞に選出された[114]。
- 8月13日、完全受注生産限定作品「EVERLASTING」を発売[115]。
- 10月2日、音楽配信サイトのmoraおよび VICTOR STUDIO HD-Music. において、楽曲のハイレゾリューションオーディオ (ハイレゾ音源) 配信を発表。10月10日から「EVERLASTING」を、10月22日から『DUNE』以降のアルバム作品12作をFLAC形式 (96 kHz/24bit) で配信開始する[116][117]。ちなみに「EVERLASTING」より前にリリースされた作品には、全曲リマスターが施された。
- 10月10日 - 11月2日、東京・銀座のソニービル内のOPUSにおいて、ライブビデオ発売及びハイレゾ配信を記念した「4K&ハイレゾで感じる、新次元の美しいL'Arc〜en〜Ciel」を開催。
- 11月12日、ライブビデオ『L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2014 at 国立競技場』を発売。オリコンBD総合チャートで初の1位を獲得。また、音楽DVDとBDの週間売上枚数を合算したミュージックDVD・BDランキングにおいても初の首位獲得となった。
- 12月5日、2012年に世界10都市で行われたライブツアー「WORLD TOUR 2012」の模様を収めたドキュメント映画『Over The L'Arc-en-Ciel』を公開。12月12日までの期間限定公開となる[118][119]。
2015年
- 4月15日、ドキュメンタリー・ビデオ『DOCUMENTARY FILMS 〜WORLD TOUR 2012〜「Over The L'Arc-en-Ciel」』を発売[120]。
- 9月21日・22日、大阪・夢洲でライブ「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2015 L'ArCASINO」を開催。夢洲地区がコンサート会場として利用されるのは今回が初となる[121][122]。本公演の模様は日本国内の映画館37ヶ所で生中継された他、中華人民共和国、中華民国、シンガポール、タイ、インドネシア、フィリピン、アメリカ、フランス、メキシコ、ペルー、チリ、アルゼンチン、コロンビア、コスタリカ、グアテマラの海外15ヵ国でもライブビューイングが実施された[123]。
- 11月5日、ライブ「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2015 L'ArCASINO」のライブ音源のハイレゾ配信を翌月開始するに伴い、東京・大阪・愛知のソニービルに設置された『Hi-Res Tasting Spot』で先行試聴企画を開始。12月2日からは全国の家電販売店でも先行試聴が開始された。
- 12月23日
- 40thシングル「Wings Flap」を発売[124]。
- 音楽配信サイトのmoraおよびVICTOR STUDIO HD-Music.において、「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2015 L'ArCASINO」で演奏された「Driver's High」「MY HEART DRAWS A DREAM」「X X X」「Wings Flap」「HONEY」「READY STEADY GO」のライブハイレゾ音源の配信を開始[125]。ライブ音源のハイレゾ配信は自身初のこととなる。
2016年
- 8月23日、「チケット転売問題」を通じて、社会問題であるアーティストのライブ・コンサートチケットの高額転売に反対する姿勢を表明した。
- 9月13日、新曲「Don't be Afraid」の完成を発表。また、ソニー・インタラクティブエンタテインメントより、カプコン社のゲーム『バイオハザード』とのコラボ企画となる、PlayStation VR向けミュージックビデオ「Don't be Afraid -Biohazard×L'Arc-en-Ciel on PlayStation VR-」が併せて発表された。本作はPlayStation Storeにて11月17日に配信。さらに、本作の先行体験版が10月13日に配信された[72]。なお、本作は世界初のPlayStation VRのフルデジタイズ360°MVソフトとなる[126]。
- 11月8日、新曲「Don't be Afraid」がソニー・ピクチャーズ エンタテインメント製作である、上記ゲームの実写映画『バイオハザード: ザ・ファイナル』の日本語吹き替え版主題歌になることが発表された。
- 11月25日、配信限定シングル「Don't be Afraid -English version-」の各種音楽配信サイトでのダウンロード配信を開始。同日ハイレゾ音源の配信も開始した。
- 12月21日、41stシングル「Don't be Afraid」を発売[127]。
2017年
- 3月1日、ライブビデオ『L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2015 L'ArCASINO』を発売。
- 3月29日、iOS、Android向け位置情報ゲームアプリ『L'Arcollection』の配信を開始(配信は同年4月7日迄)[128]。アーティストのオリジナル位置情報ゲーム配信は世界初となる。
- 4月8日・9日、東京ドームで結成25周年記念ライブ「25th L'Anniversary LIVE」を開催[73]。同公演は日本国内の映画館50ヶ所、および中華人民共和国、中華民国、韓国、タイ、インドネシア、メキシコ、コロンビア、コスタリカ、ペルー、グアテマラの海外10カ国13都市16か所の映画館でもライヴビューイングが実施された[129]。
2018年
- 3月14日、iTunesライブビデオにおいて、ライブビデオ『15th L'Anniversary Live』『20th L'Anniversary LIVE -Day1-』『20th L'Anniversary LIVE -Day2-』の配信を開始。
- 3月28日、ライブアルバム『25th L'Anniversary LIVE』を発売。キャリア初のライブ音源が単独で収録されたCD作品のリリースとなった[130]。
- 5月30日、ライブビデオ『25th L'Anniversary LIVE』を発売。2作目のオリコンBD総合チャート1位を獲得。また、音楽DVDとBDの週間売上枚数を合算したミュージックDVD・BDランキングにおいても2度目の首位獲得となった[131]。
- 12月12日 - 12月17日、代々木公園のイベント広場野外ステージでイベント「L'ArChristmas Park」を開催[132]。
- 12月19日・20日、東京ドームで自身初のクリスマスライブ「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2018 L'ArChristmas」を開催[133]。同公演は日本国内の映画館50ヶ所、および台湾、香港、韓国でライブビューイングが開催された。
2019年
- 12月3日、公式YouTubeアーティストチャンネル を開設。同チャンネルにて、1998年に3作同時でリリースされたシングルの表題曲「HONEY」「花葬」「浸食 〜lose control〜」のミュージック・クリップを翌週10日までの期間限定で3曲同時公開した[134]。
- 12月11日、公式Instagramアカウント を開設[135]。さらに、公式YouTubeアーティストチャンネルにおいて「虹」「HONEY」「花葬」「浸食 〜lose control〜」「Driver's High」「STAY AWAY」「New World」「DRINK IT DOWN」「X X X」「Don't be Afraid」の計10曲のミュージック・クリップを無料公開。また、同日より7日間連続で「YouTube Seven days 2019」と題されたライブ映像のプレミア配信企画が開始された[135]。また、各種サブスクリプションサービス(定額制音楽配信)にて、これまで発表した全楽曲、全ミュージック・クリップのストリーミング配信を全世界で一斉解禁した[135][注釈 60]。
- 12月18日、ライブビデオ『LIVE 2018 L'ArChristmas』を発売。3作目のオリコンBD総合チャート1位を獲得。また、音楽DVDとBDの週間売上枚数を合算したミュージックDVD・BDランキングにおいても3度目の首位獲得となった。
- 12月24日、公式ファンクラブ「LE-CIEL」の運営会社をソニー・ミュージックソリューションズに移行。
2020年代[編集]
2020年
- 1月9日 - 2月9日、約8年ぶりとなるコンサートツアー「ARENA TOUR MMXX」を開催。当初開催される予定の2月28日・29日の横浜アリーナ公演、3月4日・5日の国立代々木競技場第一体育館公演については、新型コロナウイルス感染症の拡大に絡み中止を発表[136][137]。また、日本国内・香港・台湾・韓国・タイの映画館における当該公演のライブビューイングも同じく中止となった[137][138]。
- 1月10日 - 3月5日、各種サブスクリプションサービス(定額制音楽配信)にて、プレイリスト公開企画「L'Arc〜en〜Ciel LIVE SET LIST L'Archives」を開催[139]。歴代ライブ30公演分のセットリストをプレイリストとして毎週金曜日に順次公開。3月4日・5日にはコンサートツアー「ARENA TOUR MMXX」で披露された2パターンのセットリストが公開された。
2021年
- 5月29日・30日、結成30周年の幕開けとなるライブ「30th L'Anniversary Starting Live "L'APPY BIRTHDAY!"」を幕張メッセにて開催。同年8月22日には、本公演の模様を動画配信サービス・StagecrowdおよびVeepsにて配信。見逃し配信は翌8月23日23時59分まで実施された。
- 5月31日、新曲「ミライ」の各種音楽配信サイトでのダウンロード、ストリーミング先行配信を開始。同日ハイレゾ音源の配信も開始した。
- 6月1日、公式デジタルファンクラブ「Digital LE-CIEL」を発足。運営会社はソニー・ミュージックソリューションズ。
- 7月3日、日本テレビ系テレビアニメ『EDENS ZERO』第2期オープニングテーマに新曲「FOREVER」が起用されることが発表される。
- 7月25日、配信限定シングル「FOREVER (Anime Edit)」の各種音楽配信サイトでのダウンロード、ストリーミング配信を開始。同日ハイレゾ音源の配信も開始した。
- 7月30日 - 9月12日、SHIBUYUA TSUTAYAをジャックする「30th L'AMUSEMENT at SHIBUYA TSUTAYA」を開催。さらに、SHIBUYA TSUTAYAの7階にあるカフェ兼書店の「WIRED TOKYO 1999」とのコラボレーションとして、約10年ぶりのカフェイベント「L'Arcafe 2021」を期間限定で開催[140]。来場者にはランチョンマットとコースターが配布され、カフェではオリジナルフードの販売、ライブ衣装の展示が行われ、さらにライブ映像が流された[141]。
- 8月8日、新曲「FOREVER」の各種音楽配信サイトでのダウンロード、ストリーミング先行配信を開始。同日ハイレゾ音源の配信も開始した。
- 8月23日 - 8月29日、西武新宿駅前のユニカビジョンにおいて、2020年に行われたコンサートツアー「ARENA TOUR MMXX」から「Driver's High」「LOVE FLIES」「DRINK IT DOWN」「Killing Me」4曲のライヴ映像と新曲「ミライ」のミュージック・ビデオを期間限定で放映。スマートフォン向けアプリ『VISION α』との連動企画で、映像の放映中にスマートフォンをかざすことで、番組の音声を高音質で視聴することができる仕様となっている。
- 8月25日
- 9月5日 - 12月26日、コンサートツアー「30th L'Anniversary TOUR」を開催。
- 9月29日、43rdシングル「FOREVER」を発売。
- 10月4日 - 10月10日、国内初の車窓モビリティサイネージサービス「THE TOKYO MOBILITY GALLERY Canvas」とのコラボレーション施策を実施した[143]。前述のサービスはタクシーの後方のサイドガラスに広告を映し出すもので、L'Arc〜en〜Cielのアーティスト写真に加え、「FOREVER=永遠」というテーマを回文で表現した100種ものキーアートを窓ガラスに掲出した「L'AXI(ラクシー)」が都内で100台走行された。
- 12月4日、決済ブランドであるVisaと連携し、オフィシャルクレジットカード「L'Arcard(L'Ar〜en〜Ciel Official Credit Card)」の発行を発表し、同日より募集を開始した[144]。
2022年
- 4月1日、公式YouTubeアーティストチャンネルにおいて、2019年12月よりYouTube Music Premium会員を対象とした有料会員限定で公開されていた「眠りによせて」「Blurry Eyes」「風の行方」「瞳に映るもの」「and She Said」計5曲のミュージック・クリップの無料公開を開始した。同日には、YouTube Music Premium会員限定で公開していたL'Ar〜en〜Cielのミュージック・クリップを7週連続で無料公開することも発表された[145]。
- 4月8日、公式YouTubeアーティストチャンネルにおいて、2019年12月よりYouTube Music Premium会員を対象とした有料会員限定で公開されていた「Vivid Colors」「夏の憂鬱 [time to say good-bye]」「風にきえないで」「flower」「Lies and Truth」「winter fall」計6曲のミュージック・クリップの無料公開を開始。
- 4月15日、公式YouTubeアーティストチャンネルにおいて、2019年12月よりYouTube Music Premium会員を対象とした有料会員限定で公開されていた「DIVE TO BLUE」「snow drop」「forbidden lover」「HEAVEN'S DRIVE」「Pieces」計5曲のミュージック・クリップの無料公開を開始。
- 4月22日、公式YouTubeアーティストチャンネルにおいて、2019年12月よりYouTube Music Premium会員を対象とした有料会員限定で公開されていた「LOVE FLIES」「NEO UNIVERSE」「finale」「Anemone」「Spirit dreams inside -another dream-」計5曲のミュージック・クリップの無料公開を開始。
- 4月29日、公式YouTubeアーティストチャンネルにおいて、2019年12月よりYouTube Music Premium会員を対象とした有料会員限定で公開されていた「READY STEADY GO」「瞳の住人」「自由への招待」「Killing Me」「叙情詩」計5曲のミュージック・クリップの無料公開を開始。
- 5月6日、公式YouTubeアーティストチャンネルにおいて、2019年12月よりYouTube Music Premium会員を対象とした有料会員限定で公開されていた「Link」「SEVENTH HEAVEN」「MY HEART DRAWS A DREAM」「DAYBREAK'S BELL」Hurry Xmas」計5曲のミュージック・クリップの無料公開を開始。
- 5月13日、公式YouTubeアーティストチャンネルにおいて、2019年12月よりYouTube Music Premium会員を対象とした有料会員限定で公開されていた「NEXUS 4」「SHINE」「BLESS」「GOOD LUCK MY WAY」「CHASE」「Wings Flap」計6曲のミュージック・クリップの無料公開を開始。
- 5月18日、リマスターアルバム・ボックス『L'Album Complete Box -Remastered Edition-』を発売。同日には、ボックスに収録された、スタジオ・アルバムをリマスタリングした11作品(『Tierra(Remastered 2022)』〜『BUTTERFLY(Remastered 2022)』)を各種音楽配信サイトでのダウンロード、ストリーミング配信を開始した。さらに、ハイレゾ音源の配信も同日開始している。
- 5月21日・22日、結成30周年を記念したライブ「30th L'Anniversary LIVE」を開催。
- 12月23日、Amazon Prime Videoにてライヴ映像『L'Arc〜en〜Ciel 30th L'Anniversary LIVE』と、そのドキュメンタリー映像『L'Arc〜en〜Ciel Documentary of 30th L'Anniversary LIVE』を配信開始。
2023年
- 1月18日、Amazon Prime Videoにて上記ライブ映像に「Singin' in the Rain」を加えた『L'Arc〜en〜Ciel 30th L'Anniversary LIVE -Special Edition-』を2月28日まで期間限定配信。
- 5月30日、アルバム『DUNE』発売30周年を記念し、リマスター盤を3形態(スペシャルジャケット限定盤、通常盤、アナログ盤)で発売。同時に公式YouTubeアーティストチャンネルにおいて「Dune」「Floods of tears」「As if in a dream」計3曲のミュージック・クリップの無料公開を開始。
sakura逮捕時の流れや概要[編集]
時系列[編集]
- 1997年2月24日
- sakuraが覚醒剤取締法違反で現行犯逮捕。
- 1997年2月27日
- 1997年3月11日
- 1997年3月29日
- 前日にsakuraが保釈されたことを受け、事件後初めて4人でのメンバーミーティングを行う。
- 1997年4月17日
- 東京地方裁判所八王子支部で、sakuraの第1回公判が行われる。
- 1997年4月18日
- ファンクラブ・マスコミ・スタッフなどに、今回の事件に関してメンバーの連名でコメントが発表される。
- 1997年4月27日
- この日以降の各音楽雑誌に18日発表のコメントが掲載される。
- 1997年5月1日
- sakuraに懲役2年・執行猶予3年の判決が言い渡される。
- 1997年10月17日
- シングル『虹』を発売し、活動再開。サポートドラマーとしてyukihiroが参加。
- 1997年11月4日
- sakuraが正式にL'Arc〜en〜Cielを脱退[注釈 61]。
- 1998年1月1日
- 同日付でyukihiroがL'Arc〜en〜Cielのドラマーとして正式加入。
事件を受けての活動自粛等[編集]
- 3月26日に発売予定だった7thシングル『the Fourth Avenue Café』の発売を中止[注釈 62]
- 旧譜の出荷停止 (4月21日に解除)
- ラジオ番組『ボンジュール! L'Arc〜en〜Ciel』が3月11日をもって放送終了
- 4月に予定されていたファンクラブツアー『ハワイ・アン・シエル』の中止[注釈 63]
- 夏前に発売予定だったニューシングルのレコーディング延期
- 野外ライブイベントへの出演中止
- 各音楽雑誌でメンバーが持っていた連載等が休止
音楽性[編集]
音楽的影響・嗜好[編集]
メンバー | 音楽的趣向(ジャンル) | 影響を受けた・好きなアーティスト (太字はバンド、五十音順) |
備考 |
---|---|---|---|
hyde |
一覧
洋楽
邦楽 |
一覧
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ken | 一覧
洋楽
邦楽 |
一覧
| |
tetsuya | 一覧
洋楽
邦楽 |
一覧
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yukihiro | 一覧
洋楽
邦楽 |
一覧
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L'Arc〜en〜Cielと『ヴィジュアル系』[編集]
- ポップジャム事件
1999年4月19日、NHKの音楽番組『ポップジャム』の5月1日放送分の収録にメンバーが参加した。その日の収録では、L'Arc〜en〜Cielは2曲演奏する予定であったが、当日は1曲演奏終了時点でメンバーが演奏を中止、そのままステージを去るといった事態が起こったことが後日[195] 報じられた。
事の発端は、当時番組のMCを務めていたお笑いコンビ・爆笑問題[注釈 64] がメンバーに対して『ヴィジュアル系』と発言したこと。そのトーク後に『HEAVEN'S DRIVE』の演奏を行ったが、tetsuyaは本来担当するはずのコーラスパートを無視し、演奏を終了。ステージから捌けていく際には「ベースをぞんざいに扱う」など不機嫌な様子だったとされた[注釈 65] 他に、「本来は2曲撮影する予定だったところを1曲で切り上げた」とも伝えられた。また、tetsuyaが事件の数ヶ月後に受けた雑誌インタビューでは「(怒って帰ったのは) 俺がファンなら格好いいって言う」「(『大人げないか正当か』の議論に対し) 俺は大人だなんて一言も言ってないし、自分が大人だなんて思ってない。(中略) 大人げなくて結構」[196][要ページ番号]と発言するなど、行動に対して議論を呼んだ。
- 事件の真相、事件後の反応
tetsuya自身は、今回の出来事を後年に「元々2曲を別々に収録する予定であり、楽器をぞんざいに扱い、キレてそのまま帰ったというのは間違い」と否定しており、実際は、番組に出る時点で要望などを事務所、レコード会社を通して番組に伝えていたが、それが司会の爆笑問題まで伝わっていなかった。また、番組の構成等においても番組側とL'Arc〜en〜Ciel側のスタッフとの間でちゃんと打ち合わせがなされていなかったとしている。その結果、NHKとL'Arc〜en〜CielのメンバーおよびL'Arc〜en〜Ciel側のスタッフが話し合った結果、気持ちよく仕事をする環境が整っておらず、このまま収録を続行することができないという結論に達したため、スタッフ、爆笑問題等に挨拶をし次の仕事へ向かった」といった内容を語っている[197][要ページ番号]。「司会の爆笑問題やNHK側のスタッフに責任がある訳ではなく、メンバーの意思を相手側に伝えなかったラルク側のスタッフに責任がある」「うちのスタッフに対してもっとちゃんとやってくれという意味での行動だった」[197] とした[注釈 66]。
これに対し、長年語ってこなかった爆笑問題・太田光は、約20年の時が過ぎた2019年2月、自身がレギュラーを務めるラジオ番組[198] において「俺には何もキレてないし、俺たちにはむしろ"すみません"って」「彼らの名誉のために言っておくけど、本当に真摯な態度で、"申し訳ありません"って帰って行った」「番組プロデューサーからNHK側のミスでと伝えられた」言う旨の発言をした。また、このラジオ放送を受けてtetsuyaはニコニコ動画の有料チャンネル「てっちゃんねる」[199] にて、「太田さんの口から言っていただけると説得力がありますよね」「自分達のレコード会社とトラブルにはなったがNHKとはトラブルにはなっていない」「NHKにはその後オリンピックのテーマもやらせてもらった」等の発言をした事により、当時週刊誌等で報道された「ラルクと爆笑問題がケンカを起こした」と言う事実は無いと言う事が双方より語られた。
事件以後、テレビ番組等でヴィジュアル系バンドの特集が放送される際、上記の騒動を踏まえてかL'Arc〜en〜Cielが取り上げられることは少ない[200]。ちなみに、CD取り扱い店舗に、『L'Arc〜en〜Cielの商品はヴィジュアル系のコーナーに展開せず、J-POP・ROCKのコーナーに展開して下さい。』という内容の書類がレコード会社から送られていたことがあったという。
- 『ヴィジュアル系』に対するリーダーtetsuyaの見解
tetsuyaは現在まで一貫してtetsuyaは自分たちを『ヴィジュアル系』というくくりに包括されることを頑なに否定し、『ヴィジュアル系』という呼び方、ジャンル分けを批判している (ただし、『ヴィジュアル系』と呼ばれるバンドや音楽、ファッションは批判していない)。
(uv Vol.102 2004年インタビューから抜粋)「デビューして2~3年経ったころから、雑誌とか見てるとヴィジュアル系って言葉を目にするようになって、そのなかに俺らも入ってて、それで”あ、ヴィジュアル系って俺らみたいなのを言うんだ!”って初めて知って。で、ヤだなって(笑)。偏見持つわけじゃないですか、好きな人以外は。」「ヴィジュアル系が好きな人からはともかく、一般的には、その肩書きだけでちょっと馬鹿にした目で見られるわけですよ。音楽的にはたいしたことやってないとか、音楽が駄目だから見た目で勝負してるとか。で、音を聴いてもらえなくなる。そういうことに対して、すごく怖いなって思って……。ただ、ステージに立つのにそれなりの服装をして、それなりにメイクを施したり髪型を整えたりするっていうのは、俺はアタリマエのマナーっていうか、人前に出るうえで当然のことだと思っているんで。それは今でもそんなに変わってないですね。自分が好きだったアーティストもみんなそういう格好をしていたし、メイクもしてたから、なんの抵抗もなかったわけですよ。」と発言。
また、メジャーデビューのタイミングが同時期だったという理由のみでこの当時にL'Arc〜en〜Cielと比較されることの多かったロックバンド、GLAYに対しては、「当時も今もそうだけど、ラルクとGLAYって全然違うじゃないですか、音楽性が。だからなんでそこで比較するんだろうなって思ってました[201]」と語っている。また、tetsuyaはL'Arc〜en〜Cielと同じくザ・キュアーやザ・スミスの影響を受けていたスピッツの名前をあげ、「音楽性で言ったら、僕はスピッツの方が近いと思ってた[201]」とも同番組で語っている。
- 『ヴィジュアル系』に対する他メンバーの反応
- hyde - 自身がニューロマンティックの様式に多大な影響を受けていることもあり、デュラン・デュランを例に挙げ「ルックスも好きだし、でも音楽も大好き」とした上で「そういう受け止められ方をして貰うと一番嬉しい」との発言もしているが[202]、その後のインタビューでは「(ヴィジュアル系と呼ばれることは) 自分としては嫌だけど、世間がそう言うからには『しょうがない』みたいな諦めがあった」ともコメントした[203]。
- ken - 「ヴィジュアル先行で見られるのは嫌ですか」との問いに対し「そうでもない、先行というか同じ歩調で行けば別に…。"この人、音楽は良いけど顔ダサい"って言われるよりは良い」と発言した[202]。また、2010年には自身のTwitter上で、「自身にどういうあだ名をつけるか」との問いに対して「ヴィジュアル界一の黒さ」と答えている[204]。
- yukihiro - ヴィジュアル系バンドに関し、「俺とかがヴィジュアル系って呼ばれていた時 (ZI:KILL在籍時) は、『言うな』って思っていた」「自分達で『ヴィジュアル系です』って言うのが出てきた時点で (ラルクはヴィジュアル系とは) 違うと思う。俺とかの頃は『ヴィジュアル系です』って言ってバンドなんかやってなかった」と発言[205]。
- 評論家による評価
- 市川哲史(音楽評論家、音楽と人元編集長) - 「誰がどう観ても聴いてもV系のくせに<V系であること>を頑なに拒否し続けている」と指摘している[206]。一方で、2016年のYOSHIKI(X JAPAN)主催によるヴィジュアル系バンドが集うフェス「VISUAL JAPAN SUMMIT 2016」にtetsuya以外のメンバー3人がソロで出演しているが[207][208]、L'Arc〜en〜Cielとしては出演していないことに対し、市川は「今回のフェスは、『出演しなかった奴こそ主役』だったんだな実は。自らの意志で出演を拒んだ奴の勇気と正義、みたいな(苦笑)。だってBUCK-TICKにせよDEAD ENDにせよISSAYにせよ、『ルナフェス出演したけど今回は拒否』組はV系バンドじゃないもんねぇ。だから他の三人がYOSHIKIちゃん祭りの壇上に上がっても、一人だけ出演しなかったtetsuyaの頑なさは、死ぬほど面倒くさいけど立派だと思う。でも初めて感心したよ、あの男に[209]」と評価している[210]。
- 藤谷千明(音楽ライター) - ヴィジュアル系の代表的なバンドであるX JAPANと比較し、「X JAPANとラルクとでは、”背景とするもの”が大違い[211]」と分析している。また、メンバーの音楽以外の趣味・嗜好を指摘し、「ラルクは明らかに文化系気質のバンド。ゆえにX JAPANを中心においたヤンキー・ヴィジュアル系とは、根本的に趣味・嗜好が異なるわけです。彼らの”主張”も故無きことではないのです[211]」と一定の理解を示している。
楽曲制作[編集]
作詞[編集]
L'Arc〜en〜Cielの楽曲の作詞のほとんどをhydeが担当しており、特にシングルの表題曲は「New World」と「FOREVER」を除いた全ての楽曲において作詞を担当している。
hydeはL'Arc〜en〜Cielで作詞を行うにあたって、「他のメンバーが作る自分の聴いてきたジャンルとは異なるキャッチーな楽曲に詩を付けることに苦労した[149]」と述べている[注釈 67]。そのため、自身が尊敬する小田和正の歌詞の言葉選びや、抽象的な比喩表現を取り入れており、これが特に活動初期の頃の歌詞に反映されている[149]。
hydeの歌詞について、総合音楽家の和久井光司は「あるストーリーの断片を散りばめたような雰囲気重視のもの[212]」と表現しており、「パンク以後の精神性としての”ロックンロール”からは遠く、文学・映画・演劇の要素まで取り込んで”ロック”とする表現の発展性とみれば大いにありだと思う[212]」と評している。他にも、雑誌MUSICAの創刊者で音楽評論家の鹿野淳は「バラッドではかなり文学的な言葉世界を展開するものの、ドライヴ・ナンバーになると途端にわかりやすい言葉しか歌わなくなる。だからこそラルクの楽曲はどんな曲でも必ず"聴きとれる"。これは実は凄いことだ[213]」と評している。また、松任谷由実は1999年の近田春夫との対談において、"同じ粒々を持っている人"としてhydeの名を挙げており[注釈 68]、「詞とメロディは連動してるけど、詞に心地よい空白を感じました[214]」と評している。
ただ、2006年にソロで発売したアルバム『FAITH』の頃から、リスナーの歌詞についての誤解を避けるため比喩ではなく直接的な表現を使う楽曲が増えている[215]。
また、1996年発表のアルバム『True』以降のアルバムにおいて、hyde以外メンバーもアルバム内で数曲作詞を担当するようになり、2007年発表のアルバム『KISS』では初めてメンバー4人とも独自で作詞・作曲を担当した楽曲が収録されている。hyde以外のメンバーがL'Arc〜en〜Cielにおいて作詞を担当した楽曲は以下の通り(リアレンジ楽曲は除く)。
- ken - 「Lover Boy」、「twinkle, twinkle」、「Pretty girl」
- tetsuya - 「milky way」、「Perfect Blue」、「bravery」、「Time goes on」、「砂時計」
- yukihiro - 「L'heure[注釈 69]」、「trick」、「New World」、「spiral」、「shade of season」
- sakura - 「"good-morning Hide"」
作曲[編集]
活動初期からメンバー全員が作曲を担当しており、コンポーザーが4人いる故にそれぞれの楽曲が独自の個性を持っている点がL'Arc〜en〜Cielの楽曲の最大の特徴[216] であり、ハードロック、ニュー・ウェイヴ、ポストパンク、グランジ、オルタナティヴ・ロック、インダストリアル、ダンス・ミュージックなど[217] といった多種多様のジャンルに大衆性を注入し楽曲をポップスとして仕上げている[218]。
メンバー全員が共通して好きなアーティストは多くないが、ザ・キュアー、ザ・スミス、デペッシュ・モードといった1980年代のニュー・ウェイヴやポストパンク、DEAD ENDのような耽美なゴシック・ロックを全員が好んで聴いていたことから、特に活動初期の楽曲はこれらの影響を受けた曲が多い。他にも、kenがHR/HMを聴き始める前に松山千春などのニューミュージックを聴いていたこともあり[219]、そのテイストをコンパイルした楽曲もある。ドラマーがyukihiroに代わって以降、ドラムがタイトでシャープなサウンドに変化し、さらにkenのギターのアプローチも変化したことで、グランジやオルタナティヴ・ロック色の強い楽曲[37] が活動中期以降に増えている。また、yukihiroがエレクトロやインダストリアル・ミュージックを好んでいたことから、クラブ・ミュージックとの親和性が高い楽曲も増えている[220]。さらに、前述のジャンル以外にもメンバーの影響を受けた音楽性として、ヘヴィメタルやハードコアが挙げられるが、L'Arc〜en〜Cielの楽曲はこれらの要素は少ない[221]。ken曰く「ヘヴィメタル禁止令っぽいものがあった[221]」「あまりにもメタルみたいなのは周りが嬉しそうじゃないような感じだった[221]」といい、このようなジャンルの要素がバンドに少なかった背景を述べている。ただ、L'Arc〜en〜Cielの楽曲のリアレンジ楽曲をリリースするパートチェンジバンド、P'UNK〜EN〜CIELではスレイヤー[注釈 70]、アイアン・メイデン[注釈 71]、モトリー・クルー[注釈 72] をオマージュした編曲を行っている。
元PINKのベーシストで、バンドの共同プロデューサーの岡野ハジメは、「アレンジをどのジャンルにも広げていける非常に珍しいバンド[49]」と評しており、「メンバーのあらゆるアイディアを一つの作品にまとめることはプロのやり方だけではできない。ある種アマチュアリズム的で、レンジが広くないとできないことだと思う[49]」と述べている。雑誌ミュージック・マガジンにて音楽ライターの安藤優は「ネクラの代表格ともいえるゴシックやダーク・サイケ風味を大胆に盛り込みつつも、平然とお茶の間に浸透して一般大衆の耳にアピールしてしまえる点に、ラルクの醍醐味や痛快さを感じる[222]」「とかく日本のポップスやロックにありがちな借物だらけの段階での自己満足に終始することなく、イイトコ取りしつつも咀嚼してラルク的に仕立てるセンスには、バンドとプロデューサーの岡野ハジメの並々ならぬ曲者ぶりが発揮されており実に楽しい[222]」と批評している。また、ニューヨークタイムズ紙のポピュラー音楽評論家であるジョン・ペアレスは「多くの楽曲がメタリカ、U2、デペッシュ・モードやデヴィッド・ボウイのようなギター・ロックでありながら、"X X X"のダンス・ポップのようなタッチの、アメリカのロックバンドがやらないスタイルの曲もこなしている[223]」と楽曲について評している。
2001年より各メンバーがソロ活動を始め、活動を再開した2004年以降のL'Arc〜en〜Cielは、各メンバーのソロでの音楽性と差別化した楽曲制作にシフトしている。岡野ハジメは「メンバーの精神的にはいろいろ変化があったんじゃないですかね。純粋にバンドらしいラルクというのは何となく『REAL』までで、『SMILE』からは別のラルク・ブランドみたいな感じです。メンバー的にも"ラルクでできること、できないこと"を考え出したんだ思う[224]」と述べている。
メンバーも全員がコンポーザーであることをバンドの特徴の一つとして捉えており、kenは「L'Arc〜en〜Cielは4人の作曲者がいて、それぞれにいろんな匂いがあるっていう面白さがあると思う[225]」と語っている。また、hydeはL'Arc〜en〜Cielでのアルバム制作について「皆がキャンバスに好きな色を塗っていって、最終的に出来たものから、こういう絵が描きたかったんだって確認する感じです[226]」と表現している。
- hyde
- 「初期はカップリングを担当することが多かった[227]」とhyde自身が言うように、「I'm so happy」、「さようなら」など、初期の楽曲の多くがカップリングに収録されている。
- hyde作曲の代表曲として、バンドとして最高売上を記録した「HONEY」や「HEAVEN'S DRIVE」などが挙げられ、ライブではどちらも自身がリズムギターを担当している。また、「いばらの涙」においても自身が多くのライブでギターを担当している他、「Spirit dreams inside」ではアコースティックギター、「flower」ではハーモニカ、「LORELEY」、「Ophelia」ではアルトサックスを演奏している。ソロ活動のライブ・イベントでも、前述の「I'm so happy」や「All Dead」等一部の楽曲を演奏したことがある。
- hydeは近年、L'Arc〜en〜Cielで作曲するうえで「L'Arc〜en〜Cielはなんでもやる音楽集団だからこそ、L'Arc〜en〜Cielにしかできないことを狙って作っている[228]」「L'Arc〜en〜Cielに基準はないんです。歌謡曲みたいなのでもいいし、ポップスでもイージーリスニング的なものでもいい[229]」と語っており、特定の音楽観に従属しない楽曲制作を行っている。1980年代のユーロビートを意識した「SEVENTH HEAVEN」や[230]、ポップなジャズテイストのクリスマスソングである「Hurry Xmas」[231]、R&Bの要素を入れた「X X X」[232] など企画性のある楽曲を多く手掛けている。
- ken
- L'Arc〜en〜Ciel内では作曲数が最も多く、これまで50曲以上の楽曲をリリースしている。hydeはken作曲の楽曲について「L'Arc〜en〜Cielの核」と表現している。
- 初期のアルバム (『DUNE』-『True』) に収録されている楽曲はken作曲による楽曲が半数以上を占めており、以降のアルバムにおいても「Shout at the Devil」、「fate」、「真実と幻想と」、「the silver shining」、「Coming Closer」、「Pretty girl」[注釈 73] などken作曲の楽曲が多く収録されている。
- ken作曲の代表曲として、バンド名の日本語訳でありバンドにとっての代表曲でもある「虹」や、ミリオンセラーを記録した「花葬」、「NEO UNIVERSE」が挙げられる。他にも「As if in a dream」、「White Feathers」、「夏の憂鬱」、「the Fourth Avenue Café」、「winter fall」、「浸食 〜lose control〜」、「forbidden lover」、「叙情詩」、「MY HEART DRAWS A DREAM」、「DAYBREAK'S BELL」、「Wings Flap」など、様々なジャンルの境界線を越えたボーダレスな楽曲[233] が挙げられる。
- 自身の曲作りのスタンスに関して、「無理矢理、作ろうとするのではなくて、その時に自分が感じる空気をそのまま曲にするという作り方ですね。空気って、説明するのが難しいんですけど、それがあるかないかでまったく違うんですよ。そのなかに空気がなかったら、作る意味はないかなって、ちょっと思います[233]」と語っている。 また、「特殊なものが整合性を持った時にポップになると思っている[234]」と自身の思うポップ・ミュージック像について述べている。
- tetsuya
- 作曲数ではkenよりも少ないが、シングルの表題曲になっている楽曲は15曲以上に及び、作曲した楽曲のうち表題曲になった楽曲の割合はメンバー4人の中で一番大きい。また、自身作曲のシングル曲の中には、アルバムからリカットされたものがいくつかある。先行シングル曲でも、別バージョンとしてアルバムに収録されることが多々ある。ほかのメンバーと違い、カップリングに収録された曲はない。メンバー内で唯一、アルバムと同題曲がある。
- 「アレンジする上でメロディーがしっかりしていることが大前提[235]」とtetsuya自身が言うように、tetsuya作曲の楽曲は浸透力あるメロディーラインが特徴[236]。
- kenは「メジャー・キーを愛す男だなと。ある種メロディで、十代の持つ気持ちを忘れてないなという感じがしますよね[160]」と評している。また、共同プロデューサーの岡野ハジメはtetsuyaの楽曲を「テツポップ[49]」と表現しており、「ある程度成功していったバンドは、とかくマニアックな方面にズブズブと行ってしまう場合が多いんですけど、特にtetsuyaの曲とかはポップチューンをきちんと抑えている[49]」と評している。
- tetsuya作曲の代表曲として、2001年以降の活動休止期間を経てリリースされた「READY STEADY GO」や、ミリオンセラーを記録した「snow drop」が挙げられる。他にも「Driver's High」、「STAY AWAY」、「自由への招待」、「GOOD LUCK MY WAY」、「Don't be Afraid」などの疾走感のある楽曲や、「DIVE TO BLUE」、「Link」などのポップス[236] が挙げられる。また、「Pieces」、「瞳の住人」、「あなた」のようなストリングスをフィーチャーしたバラードソングも多く作曲している。さらに、前述のような明るい楽曲に対し、「finale」、「死の灰」などダークな楽曲も時折手掛けている[236]。シングルとしてのヒットには至らなかったものの、「Blurry Eyes」もファンの間では人気が高い。
- yukihiro
- 他の3人と比べて作曲数は少ないが、アルバム『ark』、『ray』以降の全てアルバムに、自身が作曲した楽曲を提供している。また、L'Arc〜en〜Ciel加入後長らくシングルの表題曲を担当していなかったが、2004年にバンドが活動を再開して以降、「New World」、「DRINK IT DOWN」を表題曲として発表している。
- yukihiro作曲の楽曲は、前述の「New World」、「trick」や「get out from the shell」に代表されるように、ハウス、ブレイクビーツなどを下敷きにしたマシーン・ビートをバンドサウンドと同期させたプレイを多く取り入れているものを得意としている[220]。そのため、曲によっては他のメンバーが作曲した楽曲の打ち込みによるアレンジを担うことが多く、「winter fall」(ken作曲)、「SEVENTH HEAVEN」(hyde作曲)、「AS ONE」(hyde作曲)などで打ち込みやサウンドデザインを担っている。
- また、自身のソロプロジェクトにおける楽曲制作では、ギターリフや取り入れたい音色、サンプリングから作り始め[220]、歌メロを重視せず制作することが多い。一方、L'Arc〜en〜Cielでは原曲を提示した後に、アレンジを他のメンバーと共同で取り組むことが多い[220]。例えば、「New World」ではサビをhydeが制作しているため共作としてクレジットされており、「REVELATION」ではhydeがメロディーの制作を担当している[220]。また、「shade of season」ではkenと共同でアレンジを行っている[237]。
編曲・プロデュース[編集]
楽曲の編曲は結成初期からデビュー後しばらくまではメンバー自身が行っていたが、1995年に発表した2ndシングル「Vivid Colors」以降はシングル収録曲のみ、1996年に発表した4thアルバム『True』からは、全曲が西平彰を筆頭とするアレンジャーとの共同編曲となった。
また、楽曲のプロデュースは、1993年に発表した1stアルバム『DUNE』は所属事務所の代表でレコーディングエンジニアでもある大石征裕が担当していたが、以降2作は一部を除きセルフプロデュースとなっている。ちなみに、1994年に発表した2ndアルバム『Tierra』ではサウンドディレクションとして本田恭之(ex.GRASS VALLEY)が参加し、同アルバムの収録曲では唯一「瞳に映るもの」に限り、富樫春生との共同プロデュースが行われている。
1996年から現在まで、元PINKのベーシストである岡野ハジメが共同プロデューサーとして参加しており、2005年までは大半の楽曲を岡野が共同編曲・共同プロデュースを担当していた。2007年以降はセルフアレンジの楽曲が多くなっているが、曲によっては作曲者が楽曲に合うアレンジャーを迎えて編曲を行っている。また、弦管編曲や鍵盤編曲は外部に一任することもあるが、「winter fall」、「Butterfly's Sleep」、「LOST HEAVEN」、「ALONE EN LA VIDA」などではkenが、「finale」や「Pieces」ではtetsuyaがアレンジャーと共同で編曲している。
メジャーデビュー以後は以下の楽曲において、岡野ハジメ以外のアレンジャー・プロデューサーと共同で楽曲制作を行っている。
カップリング曲[編集]
メジャーデビュー以降、L'Arc〜en〜Cielはカップリング曲をアルバムに収録しない方針を取っており[注釈 74]、10thシングル「DIVE TO BLUE」までは「表題曲+カップリング曲 (+表題曲のインストゥルメンタル)」という形態で発売していた。しかし、yukihiroが加入してからは[注釈 75]、彼による過去の楽曲のリミックス音源が主なカップリング曲であり、未発表曲を収録することは極めて少なくなった。収録曲も「表題曲+カップリング曲のみ(※インストゥルメンタルなし)」の形態が多くなった。 このリミックス音源は全曲再アレンジし、2000年に発売されたリミックス・アルバム『ectomorphed works』にも収録されている。また、2003年にはアルバム未収録だったカップリング曲を収めたベストアルバム『The Best of L'Arc〜en〜Ciel c/w』が、いわゆる企画盤ベストとして発売されている。
活動を本格的に再開した2004年からのシングルではメンバーのパートチェンジバンド"P'UNK〜EN〜CIEL"によるセルフカバー楽曲とのスプリットシングルという形態で発売され、一時期には収録されていなかったインストゥルメンタルも復活している。このスプリットシングルという形態でのリリースは、37thシングル「GOOD LUCK MY WAY」までの12作品で行われた。2012年にはそれまでにリリースした全楽曲を収録したアルバム『P'UNK IS NOT DEAD』が、L'Arc〜en〜Cielの12作目のアルバム『BUTTERFLY』の完全生産限定盤の特典CDとして発売されている。これをもってP'UNK〜EN〜CIELとしての活動は一旦の区切りとなった[238]。
38thシングル「X X X」からは、過去の楽曲にアコースティックアレンジを施した「L'Acoustic version」が収録されている。楽曲のアレンジはP'UNK〜EN〜CIELのときと同様にメンバーが持ち回りで担当することになっている[239]。
パートチェンジバンド[編集]
L'Arc〜en〜Cielではバンド内の遊びも兼ね、不定期でメンバー間のパートチェンジを行うことがある。またそこからの発展型として、過去KIOTO (キオト)、D'ARK〜EN〜CIEL (ダーク アン シエル)、P'UNK〜EN〜CIEL (パンク アン シエル) の3つのパートチェンジバンドが存在した。この3バンドの共通項として、メンバー構成が同一という点がある (tetsuya…ボーカル、yukihiro (sakura)…ベース、hyde…ギター、ken…ドラム)。
- KIOTO
- 1995年 - 1996年にライブのみで披露されたTOKIOのコピーバンドで、「LOVE YOU ONLY」をカバーしていた。ちなみに「TOKIOのリーダー、城島茂の公認バンド」で「バンドの詳細は謎に包まれている」、という設定である。
- D'ARK〜EN〜CIEL
- 1996年 - 1997年のライブで登場したスラッシーなメタルバンド。他2バンドとは違い、オリジナル楽曲を演奏している。詳細は「the Fourth Avenue Café」参照。
- P'UNK〜EN〜CIEL
- 2004年 - 2011年に活動していたL'Arc〜en〜Cielのカバーバンド。L'Arc〜en〜Cielとして過去に発表した楽曲をパンク、ハードロック、ヘヴィメタル調にアレンジしシングルのカップリングとして収録していた。詳しくはP'UNK〜EN〜CIELを参照。
また、その他のパートチェンジとして
- 「L'Arc〜en〜Ciel Shibuya Seven days 2003」(2003年) -「trick」において実施。メンバー4人が交互にボーカルを取り、yukihiroのボーカルパートではkenがドラムスを担当した。
- 「L'Arc〜en〜Ciel AWAKE TOUR 2005」(2005年) -「STAY AWAY」において実施。「formation A」「formation B」の2パターンが存在し、「A」ではyukihiroとhyde、「B」ではyukihiroとtetsuyaがそれぞれ交代した。
- 「L'Arc〜en〜Ciel 15th L'Anniversary Live」(2006年) -「trick」において実施。メンバー全員がボーカルとギターを担当した。
- 「TOUR 2008 L'7 〜Trans ASIA via PARIS〜」(2008年) -「STAY AWAY」において実施 (海外公演のみ)。
- 「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2015 L'ArCASINO」(2015年) -「trick」において実施。メンバー全員がボーカルとギターを担当した。
- 「L'Arc〜en〜Ciel 25th L'Anniversary LIVE」(2017年) -「REVELATION」において実施。tetsuyaとyukihiroがギターを、hydeとkenがスチールドラムを演奏した[240]。
- 「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2018 L'ArChristmas」(2018年) -「trick」において実施。メンバー全員がボーカルとギターを担当した。
- 「L'Arc〜en〜Ciel ARENA TOUR MMXX」(2020年) -「REVELATION」において実施。メンバー全員がギターを担当した。
インディーズ時代では「Ber:Sati」というバンドとセッションした時にそのセッションバンド名を「B'Erc〜en〜Ciel」にしたことがある。その時はD'ERLANGERの「1999-shyboy story」、「DEAR SECRET LOVER」とLUNA SEAの「SHADE」を演奏した。
作品[編集]
公式作品[編集]
非公式デモテープ[編集]
L'Arc〜en〜Cielはインディーズ時代にデモテープを公式配布・公式販売はしていないが、音源が流出し、ファンや関係者によって勝手にタイトルが付けられジャケットも作られ、デモテープとして出回っているものが存在する。もちろん全て非公式品であり本物は存在しない。ただし、「I'm in pain」については、歌詞カードのみライブで公式に配布されたことがある。他にもアルバム『ark』、『ray』などに収録された楽曲など、メジャーで発売された曲のデモ音源もネットを中心に流出している。
- Unfinished DEMO 7 tracks
- Claustro phobia (Shutting from the skyの原曲)
- 記憶の破片 (Curelessの原曲)
- 追憶の情景
- No Truth
- Dune
- Entichers
- I'm in Pain
- hiro在籍時にレコーディングされた音源が流出したもの。当初は、これらの楽曲が『DUNE』に収録予定であった。この中で「Dune」だけが、後に『DUNE』に収録された音源とアレンジがほぼ同じである。「I'm in pain」は2006年のライブ「15th L'Anniversary Live」で演奏され、後にDVDに収録されている。「記憶の破片」はhiroが結成したバンドFlame(ex.Ange∞Graie)の楽曲「冷たい雨」の原曲にもなった。
- Floods of remaster
- Nostalgia
- I'm in Pain
- 結成して間もない頃、ライブハウスのブッキング用に作成された音源が出回ったもの。こちらもhiro在籍時の音源である。「Nostalgia」はhiroが結成したバンドFlame(ex.Ange∞Graie)に引き継がれ「Dear Whisper」として再録された。
- Voice
- Voice
- kenが加入し、1992年に発売されたオムニバスアルバム『Gimmick』に収録するために、録音したデモテイク音源。アレンジは『Gimmick』に収録された音源と変わりは無い。デモテープの中では一番出回っていない。こちらは流出音源ではなく、知人などに配られたもの。
ミュージック・クリップ[編集]
監督 | 曲名 |
---|---|
穴見文秀 | 「NEO UNIVERSE」 |
池田一真 | 「Wings Flap」 |
ヴィンセント・ギャロ | 「Anemone」 |
上田拓 | 「STAY AWAY」 |
A.T. | 「DAYBREAK'S BELL」 |
大坪草次郎 | 「Driver's High -LIVE IN PARIS Ver.-」「CHASE -WORLD TOUR 2012 EDITION-」 |
柿本ケンサク | 「ミライ」 |
栗田裕介 | 「風にきえないで」 |
小島淳二 | 「叙情詩」 |
後藤新吾 | 「Dune」「Floods of tears」「As if in a dream」「Blurry Eyes」「Vivid Colors」 |
高木照之 | 「White Feathers」「眠りによせて」 |
高田弘隆 | 「NEXUS 4」 |
高田雅博 | 「Pieces」 |
竹石渉 | 「winter fall」「DIVE TO BLUE」「HONEY」「snow drop」「Driver's High」「finale」「READY STEADY GO」 |
竹内スグル | 「flower」「Lies and Truth」「虹」「forbidden lover」「瞳の住人」 |
多田琢 | 「Pieces」「STAY AWAY」 |
多田卓也 | 「GOOD LUCK MY WAY」 |
タナカノリユキ | 「trick (new2 wave of japanese heavy metal mix)」「fate (everybody knows but god mix)」 |
丹修一 | 「and She Said」 |
デビッド・ステットソン | 「夏の憂鬱 [time to say good-bye]」 |
中島シンヤ | 「Spirit dreams inside -another dream-」 |
中村剛 | 「SEVENTH HEAVEN」 |
二階健 | 「風の行方」「瞳に映るもの」 |
野田智雄 | 「自由への招待」「Killing Me」「New World」「Link」 |
芳賀薫 | 「Hurry Xmas」 |
東弘明 | 「CHASE」 |
Higuchinsky | 「花葬」「浸食 〜lose control〜」「Anemone (sub angle)」 |
松岡公一 | 「MY HEART DRAWS A DREAM」 |
マンジョット・ベディ | 「SHINE」「BLESS」 |
武藤眞志 | 「HEAVEN'S DRIVE」「LOVE FLIES」 |
ムラカミタツヤ | 「DRINK IT DOWN」 |
森田淳也 | 「Don't be Afraid -Biohazard×L'Arc-en-Ciel on PlayStation VR-」 |
安田大地 | 「Don't be Afraid」「Don't be Afraid -BIOHAZARD THE FINAL collaboration version-」 |
L'Arc〜en〜Ciel | 「X X X」 |
ライブ・コンサートツアー[編集]
- 「映像化」項目はパッケージ化されたのと同内容のTV放送は省略。
年 | タイトル | 会場 | 映像化 |
---|---|---|---|
1991年 - 1992年 | L'Arc〜en〜Ciel[注釈 76] | 全28公演[83]
1991年 |
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1993年 | SONIC GIG | 3月11日 恵比寿GUILTY
|
|
SONIC GIG II | 4月27日 恵比寿GUILTY
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Close by DUNE | 全10公演
6月14日 広島WOODY STREET |
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Close by DUNE FINAL | 8月1日 日清パワーステーション
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FEEL OF DUNE | 全14公演
11月9日 KYOTO MUSE |
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1994年 | ノスタルジーの予感 | 全3公演
4月3日 渋谷公会堂 |
・TV『ノスタルジーの予感〜第二章〜』 (渋谷公会堂公演(4/3)の3曲のダイジェスト) |
L'Arc〜en〜Ciel Tour Sense of time '94 | ・WOWOW『Tour Sense of Time '94 Final TOKYO BAY N.K.HALL』 (東京ベイNKホール公演(8/27)) | ||
1995年 | Ciel/winter '95 | 全4公演
1月24日 大阪国際交流センター |
|
L'Arc〜en〜Ciel in CLUB '95 | 全20公演
5月21日 熊谷VOGUE |
||
L'Arc〜en〜Ciel DAY 「RendezVous」前夜祭 | 7月29日 渋谷公会堂
|
||
L'Arc〜en〜Ciel TOUR heavenly '95 | 全9公演
9月8日 仙台市民会館 |
||
L'Arc〜en〜Ciel The other side of heavenly '95 | 全3公演
12月12日 BAYSIDE Jenny |
||
L'Arc〜en〜Ciel TOUR heavenly '95 final | 12月27日 日本武道館
|
・VHS/DVD/BD『heavenly 〜films〜』 (一部楽曲とダイジェスト) ・WOWOW『L'Arc~en~Ciel SPECIAL LIVE & DOCUMENT』 (一部楽曲) | |
1996年 | L'Arc〜en〜Ciel Kiss me |
全25公演
4月3日 結城市民文化センター |
|
L'Arc〜en〜Ciel Kiss me |
5月26日 東京ベイNKホール
|
・スペースシャワーTV『LIVE SHOWER 「L'Arc~en~Ciel LIVE kiss me heavenly '96 FINAL kiss me deadly '96 REVENGE」』 | |
L'Arc〜en〜Ciel BIG CITY NIGHTS ROUND AROUND '96 | 全5公演
8月26日 日本武道館 |
||
Carnival of True Eve | 12月19日 日清パワーステーション
|
||
1996年 - 1997年 | FRESH LIGHT PRESENTS L'Arc〜en〜Ciel CONCERT TOUR '96〜'97 Carnival of True |
||
1997年 | Live Tour NIGHTMARE BEFORE CHRISTMAS EVE[241] |
全3公演
12月16日 赤坂BLITZ |
・VHS『the Zombies Live Tour NIGHTMARE BEFORE CHRISTMAS Eve』 (一部楽曲をダイジェスト収録) ・TV『AMEMURA ROCK STREET』 (梅田HEAT BEAT公演(12/18)の一部楽曲のダイジェスト) ・SSTV『NEWS & Countdown』 (赤坂BLITZ公演(12/16)と難波ロケッツ公演(12/17)の一部楽曲のダイジェスト) |
L'Arc〜en〜Ciel 1997 REINCARNATION | 12月23日 東京ドーム
|
・DVD-BOX『FIVE LIVE ARCHIVES 2』 (東京ドーム公演(12/23)) | |
1998年 | L'Arc〜en〜CielTour '98 ハートに火をつけろ! | 全56公演
5月1日 よこすか芸術劇場 |
・VHS/DVD/BD『ハートに火をつけろ!』 (大阪ドーム公演(10/17)と国立代々木競技場 第一体育館公演(10/21)のザッピング収録) ・DVD-BOX『FIVE LIVE ARCHIVES』 (大阪ドーム公演(10/17)) |
1999年 | L'Arc〜en〜Ciel 1999 GRAND CROSS TOUR | 全12公演
7月17日 大阪コスモスクエア 特設ステージ |
・VHS/DVD/BD『1999 GRAND CROSS CONCLUSION』 (東京国際展示場 駐車場特設ステージ公演(8/22)) ・DVD-BOX『FIVE LIVE ARCHIVES』 (東京国際展示場 駐車場特設ステージ公演(8/21)) ・DVD-BOX『FIVE LIVE ARCHIVES 2』 (大阪コスモスクエア 特設ステージ公演(7/17)) |
Tu-Ka PRESENTS L'Arc〜en〜Ciel RESET>>LIVE *000 |
12月31日 東京国際展示場 東展示棟第4・5・6ホール
|
・DVD-BOX『FIVE LIVE ARCHIVES』 (東京国際展示場 東展示棟第4・5・6ホール公演(12/31)) | |
2000年 | L'Arc〜en〜Ciel CLUB CIRCUIT 2000 REALIVE | 全10公演
10月8日 赤坂BLITZ |
・VHS/DVD/BD『CLUB CIRCUIT 2000 REALIVE -NO CUT-』 (Zepp Osaka公演(10/27)) |
Yahoo! JAPAN presents L'Arc〜en〜Ciel TOUR 2000 REAL |
・DVD-BOX『FIVE LIVE ARCHIVES』 (東京ドーム公演(12/6)) ・スカパー!『TOUR 2000 REAL[242]』 (公演日は上記と同じだが、それぞれ各メンバーのアングルとマルチアングルで5チャンネル同時放送で、更にカットされた楽曲も放送された) | ||
2003年 | Akasaka Zero day | 6月25日 赤坂BLITZ(FC限定)
|
・DVD『SMILE 初回限定盤特典』 (#1『Promised land』のみ) |
L'Arc〜en〜Ciel Shibuya Seven days 2003 | 全7公演
6月28日 国立代々木競技場 第一体育館 |
・DVD/BD『7』 (国立代々木競技場 第一体育館公演(7/6)) ・DVD『SMILE 初回限定盤特典』 (国立代々木競技場第一体育館公演(7/6)。上記に未収録の5曲を収録) | |
2004年 | Sony Music Fes. 2004 スペシャルライブ L'Arc〜en〜Ciel 『SMILE TOUR 2004』前夜祭 |
5月8日 国立代々木競技場 第一体育館
|
|
L'Arc〜en〜Ciel SMILE TOUR 2004 | 全18公演
5月11日 横浜アリーナ |
・DVD/BD『SMILE TOUR 2004 〜全国編〜』 (複数公演のザッピング収録) | |
L'Arc〜en〜Ciel Live in USA | 7月31日 ファースト・マリナー・アリーナ (ボルチモア)
|
・DVD/BD『LIVE IN U.S.A 〜at 1st Mariner Arena July 31, 2004〜』 (ファースト・マリナー・アリーナ公演(7/31)) | |
2005年 | AWAKE TOUR 2005前夜祭 「今夜奇跡が起きる!?」 |
7月28日 LIQUIDROOM
|
・DVD-BOX『FIVE LIVE ARCHIVES 2』 (LIQUIDROOM ebisu公演(7/28)) |
L'Arc〜en〜Ciel AWAKE TOUR 2005 | 全11公演
8月6日 名古屋市総合体育館 レインボーホール |
・DVD/BD『AWAKE TOUR 2005』 (国立代々木競技場 第一体育館公演(8/31)) | |
L'Arc〜en〜Ciel ASIALIVE 2005 | 全4公演
9月3日 オリンピックパーク 体操競技場 (ソウル) |
・DVD/BD『ASIALIVE 2005』 (東京ドーム公演(9/25)の一部楽曲に加え、複数公演のダイジェストが収録) ・DVD-BOX『FIVE LIVE ARCHIVES』 (上海大舞台公演(9/10)) | |
2006年 | L'Arc〜en〜Ciel 15th L'Anniversary Live | 全2公演
11月25日 東京ドーム |
・DVD/BD『15th L'Anniversary Live』 (2日目の公演に1日目の公演のみ披露の楽曲を加え収録) |
2007年 | L'Arc〜en〜Ciel Are you ready? 2007 またハートに火をつけろ! |
全36公演
6月8日 戸田市文化会館(FC限定) |
・DVD/BD『Are you ready? 2007 またハートに火をつけろ! in OKINAWA』 (沖縄コンベンションセンター劇場公演(8/30)) ・DVD-BOX『FIVE LIVE ARCHIVES 2』 (富士急ハイランド コニファーフォレスト公演(8/26)) |
2007年 - 2008年 | L'Arc〜en〜Ciel TOUR 2007-2008 THEATER OF KISS | 全14公演
2007年 |
・DVD/BD『TOUR 2007-2008 THEATER OF KISS』 (国立代々木競技場 第一体育館公演(2/10)を中心に一部同所の2/9公演も収録) |
2008年 | L'Arc〜en〜Ciel TOUR 2008 L'7 〜Trans ASIA via PARIS〜 | ・DVD/BD『LIVE IN PARIS』 (ルゥ・ゼニット・アリーナ公演(5/9)) ・DVD/BD『TOUR 2008 L'7 〜Trans ASIA via PARIS〜』 (東京ドーム公演(6/1)) ・DVD-BOX『FIVE LIVE ARCHIVES 2』 (京セラドーム大阪公演(6/8)) | |
2011年 | L'Arc〜en〜Ciel 20th L'Anniversary Starting Live "L'A HAPPY NEW YEAR!" |
1月1日 幕張メッセ 国際展示場9-11ホール
|
・WOWOW『L'Arc〜en〜Ciel「20th L'Anniversary Starting Live “L'A HAPPY NEW YEAR!”[243]」』 |
L'Arc〜en〜Ciel 20th L'Anniversary LIVE | 全2公演
5月28日 味の素スタジアム |
・DVD/BD『20th L'Anniversary LIVE -Day1-』 (1日目の公演) ・DVD/BD『20th L'Anniversary LIVE -Day2-』 (2日目の公演) | |
L'Arc〜en〜Ciel 20th L'Anniversary TOUR | 全10公演
9月10日 さいたまスーパーアリーナ |
・WOWOW『L'Arc~en~Ciel「20th L'Anniversary TOUR」[244]』 (京セラドーム大阪公演(12/4)) | |
2012年 | LE-CIEL会員限定ライブ | 全2公演
2月22日 横浜アリーナ(FC限定) |
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L'Arc〜en〜Ciel WORLD TOUR 2012 | 全10公演
3月3日 アジア・ワールド・エキスポ (香港) |
・DVD/BD『WORLD TOUR 2012 LIVE at MADISON SQUARE GARDEN』 (マディソン・スクエア・ガーデン公演(3/25)) ・WOWOW『L'Arc~en~Ciel「WORLD TOUR 2012」[245]』 (Jakarta Lapangan D Senayan公演(5/2)) | |
一夜限りのL'Arc〜en〜Ciel Premium Night | 4月20日 LIQUIDROOM
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・USTREAM『USTREAMで生ラルク賞[246]』 | |
L'Arc〜en〜Ciel 20th L'Anniversary WORLD TOUR 2012 THE FINAL | 全6公演
5月12日 日産スタジアム |
・DVD/BD『20th L'Anniversary WORLD TOUR 2012 THE FINAL LIVE at 国立競技場』 (国立霞ヶ丘競技場陸上競技場公演(5/27)) ・WOWOW『L'Arc~en~Ciel「20th L'Anniversary WORLD TOUR 2012 THE FINAL」[247]』 (USJ 野外特設ステージ公演(5/20)) | |
L'Arc〜en〜Ciel 20th L'Anniversary Year Live in Hawaii | ・WOWOW『L'Arc~en~Ciel「20th L'Anniversary Year Live in Hawaii」[248]』 | ||
LE-CIEL Presents ハワイ アン シエル Special Live | 6月1日 ワイキキシェル (ホノルル・FC限定)
|
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2014年 | L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2014 at 国立競技場 | 全2公演
3月21日 国立霞ヶ丘陸上競技場 |
・DVD/BD『L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2014 at 国立競技場』 (2日目の公演) |
2015年 | L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2015 L'ArCASINO | 全2公演
9月21日 夢洲野外特設会場 |
・DVD/BD『L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2015 L'ArCASINO』 (2日目の公演) |
2017年 | [L'Arc〜en〜Ciel 25th L'Anniversary LIVE | 全2公演
4月8日 東京ドーム |
・DVD/BD『25th L'Anniversary LIVE』 (2日目の公演。初回生産限定盤付属BDに1日目のみ披露の3曲が収録) ・WOWOW『L'Arc~en~Ciel 25th L'Anniversary LIVE[249]』 (前半1日目の公演で後半2日目の公演) |
2018年 | L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2018 L'ArChristmas | 全2公演
12月19日 東京ドーム |
・DVD/BD『L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2018 L'ArChristmas』 (2日目の公演) ・WOWOW『L'Arc~en~Ciel LIVE 2018 L'ArChristmas[250]』 (前半1日目の公演で後半2日目の公演) |
2020年 | L'Arc〜en〜Ciel ARENA TOUR MMXX | 全8公演[注釈 79]
1月9日 大阪城ホール |
|
2021年 | L'Arc〜en〜Ciel 30th L'Anniversary Starting Live "L'APPY BIRTHDAY!" |
全2公演
5月29日 幕張メッセ 国際展示場1-3ホール | |
L'Arc〜en〜Ciel 30th L'Anniversary TOUR | 全19公演
9月5日 大阪城ホール |
||
2022年 | L'Arc〜en〜Ciel 30th L'Anniversary LIVE | 全2公演
5月21日 東京ドーム |
出演ライブイベント[編集]
年 | タイトル | 会場 | 備考 |
---|---|---|---|
1993年 | 華麗なる魔性 | 3月14日 渋谷公会堂 | |
Subliminal Vision | 5月3日 渋谷公会堂 | ||
SHOCK AGE | 10月19日 渋谷公会堂 | ||
Because the Night Vol.1 | 10月21日 渋谷公会堂 | ||
1994年 | L.S.B. | 8月20日 札幌芸術の森 特設ステージ | LUNA SEA、SOFT BALLET、BUCK-TICKによる合同ツアー |
1995年 | SHOCK AGE SPECIAL '95 | 7月22日 渋谷公会堂 | |
彩の国秩父ミューズコンサート'95 NACK5 GO-ROCK | 8月20日 秩父ミューズパーク | ||
2003年 | 天嘉 弐 -DANGER II- | 12月26日 日本武道館 | 所属事務所イベント |
2004年 | THE ROCK ODYSSEY 2004 | 7月24日 大阪ドーム 7月25日 横浜国際総合競技場 |
両日出演 |
天嘉 参 -DANGER III- | 12月25日 日本武道館 | 所属事務所イベント | |
2007年 | 2007 INCHEON PENTAPORT ROCK FESTIVAL | 7月28日 韓国・仁川広域市 | ヘッドライナー出演 |
2011年 | テレビ朝日ドリームフェスティバル 2011 | 9月23日 日本武道館 | ヘッドライナー出演 |
2014年 | SAYONARA 国立競技場FINAL WEEK JAPAN NIGHT | 5月29日 国立霞ヶ丘陸上競技場 | 建て替え前の旧国立競技場における最後の音楽イベント |
受賞記録[編集]
受賞日 | 賞 | 受賞作品等 |
---|---|---|
1997年12月24日 | SPACE SHOWER Music Video Awards '97 “BEST GROUP CLIP” | Music Clip「虹」 |
1998年11月21日 | 第31回全日本有線放送大賞 “ゴールドリクエスト賞” | |
1998年11月21日 | 第31回全日本有線放送 “グランプリ” | |
1998年12月4日 | 第40回日本レコード大賞 “優秀作品賞”[251] | シングル「HONEY」 |
1999年3月1日 | 第36回ゴールデン・アロー賞 “音楽賞” | |
1999年3月1日 | 第36回ゴールデン・アロー賞 “グランプリ” | |
1999年3月3日 | 第13回日本ゴールドディスク大賞 “SONG OF THE YEAR”[252] | シングル「花葬」「HONEY」「snow drop」 |
1999年3月3日 | 第13回日本ゴールドディスク大賞 “ALBUM OF THE YEAR”[252] | アルバム『HEART』 |
1999年12月7日 | 1999年度ベストドレッサー賞 | |
1999年12月24日 | SPACE SHOWER Music Video Awards '99 “BEST VIDEO OF THE YEAR” | Music Clip「Pieces」 |
2000年3月15日 | 第14回日本ゴールドディスク大賞 “SONG OF THE YEAR”[253] | シングル「HEAVEN'S DRIVE」 |
2000年3月15日 | 第14回日本ゴールドディスク大賞 “ROCK ALBUM OF THE YEAR”[253] | シングル「NEO UNIVERSE」、アルバム『ark』『ray』 |
2000年12月23日 | SPACE SHOWER Music Video Awards '00 “BEST GROUP VIDEO” | Music Clip「STAY AWAY」 |
2000年12月23日 | SPACE SHOWER Music Video Awards '00 “BEST VIDEO OF THE YEAR” | Music Clip「STAY AWAY」 |
2001年3月13日 | 第15回日本ゴールドディスク大賞 “ROCK ALBUM OF THE YEAR”[254] | アルバム『REAL』 |
2002年3月13日 | 第16回日本ゴールドディスク大賞 “ROCK ALBUM OF THE YEAR”[255] | アルバム『Clicked Singles Best 13』 |
2006年3月17日 | SPACE SHOWER Music Video Awards '06 “ART DIRECTION VIDEO WINNERS” | Music Clip「叙情詩」 |
2006年 | 平成17年度文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門 審査委員会推薦作品[256] | Music Clip「叙情詩」 |
2007年 | J-MELO Awards 第1回「アーティスト別」第1位[257] | |
2008年2月22日 | Yahoo!ミュージックアワード2007 “ベストグループ最優秀賞” | |
2008年 | J-MELO Awards 第2回「アーティスト別」第1位[257] | |
2009年 | J-MELO Awards 第3回「アーティスト別」第1位[257] | |
2011年 | J-MELO Awards 第5回「アーティスト別」第1位[257] |
タイアップ[編集]
- 原則としてシングル収録が行われている場合は収録シングル名を表記
- 放送開始日、公開日などは全て日本でのもの
- ※が付与される場合は本人出演作品
曲名 | タイアップ | オンエア期間など | 収録作品 |
---|---|---|---|
Blurry Eyes | 日本テレビ系アニメ『D・N・A² 〜何処かで失くしたあいつのアイツ〜』オープニングテーマ | 1994年10月7日 - 12月23日 | 1stシングル「Blurry Eyes」 |
KBS京都系『J-ROCK ARTIST COUNT DOWN 50』エンディング・テーマ | 1994年 | ||
Vivid Colors | 日本テレビ系「ぐるぐるナインティナイン」エンディングテーマ | 1995年7月2日 - 9月24日 | 2ndシングル「Vivid Colors」 |
Brilliant Years | 日本テレビ系「しんドラ」エンディングテーマ | 1995年4月11日 - 6月27日 | |
夏の憂鬱 [time to say good-bye] | TBS系「M-Navi」エンディングテーマ | 1995年10月6日 - 11月24日 | 3rdシングル「夏の憂鬱 [time to say good-bye]」 |
風にきえないで | フジテレビ系「猛烈アジア太郎」エンディングテーマ | 1996年7月1日 - 7月31日 | 4thシングル「風にきえないで」 |
日本テレビ系「ミュージックパーク」エンディングテーマ | 1996年8月1日 - 8月31日 | ||
flower | フジテレビ系「プロ野球ニュース」テーマソング | 1996年10月1日 - 1997年3月10日 | 5thシングル「flower」 |
Lies and Truth | テレビ東京系「TOWER COUNTDOWN」エンディングテーマ | 1996年12月2日 - 12月30日 | 6thシングル「Lies and Truth」 |
the Fourth Avenue Café | フジテレビ系アニメ『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』第4期エンディングテーマ | 1997年2月12日 - 3月5日 | 29thシングル「the Fourth Avenue Café」 |
虹 | 映画『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 維新志士への鎮魂歌』オープニングテーマ | 1997年12月20日 (公開) | 7thシングル「虹」 |
winter fall | テレビ朝日系ドラマ『シカゴ・ホープ2』イメージソング | 1998年1月14日 - 3月11日 | 8thシングル「winter fall」 |
milky way | TBS系『ワンダフル』テーマソング | 1998年3月2日 - 3月30日 | 5thアルバム『HEART』 |
Shout at the Devil | ダイハツ工業「ムーヴエアロダウンカスタムXX」CMソング | 1998年5月6日 - 9月30日 | |
DIVE TO BLUE | TBS系「特捜!芸能ポリスくん」エンディングテーマ | 1998年4月8日 - 9月16日 | 9thシングル「DIVE TO BLUE」 |
NTTパーソナル関西 CMソング ※ | 1998年6月6日 - 9月30日 | ||
HONEY | TBS系「スーパーサッカー」テーマソング | 1998年5月2日 - 9月30日 | 11thシングル「HONEY」 |
NTTパーソナル関西 CMソング | 1998年6月6日 - 9月30日 | ||
TOKYO MX、BS11系アニメ『ReLIFE』第4話エンディングテーマ | 2016年7月23日 | ||
花葬 | テレビ朝日系「真相究明!噂のファイル」エンディングテーマ | 1998年7月4日 - 9月12日 | 12thシングル「花葬」 |
浸食 〜lose control〜 | 映画『GODZILLA』挿入歌 | 1998年7月11日 (公開) | 10thシングル「浸食 〜lose control〜」 |
forbidden lover | 日本テレビ系「知ってるつもり?!」テーマソング | 1998年10月11日 - 1999年3月21日 | 14thシングル「forbidden lover」 |
snow drop | フジテレビ系ドラマ『走れ公務員! POLICE WOMAN』テーマソング | 1998年10月13日 - 12月22日 | 13thシングル「snow drop」 |
テレビ東京系『JAPAN COUNTDOWN』2019年12月度オープニングテーマ | 2019年12月 | ||
What is love | TBS系「エクスプレス」テーマソング | 1999年3月29日 - 2000年9月29日 | 6thアルバム『ark』 |
It's the end | プレイステーション用ゲームソフト『グランディア』CMイメージソング | 1999年6月19日 - 7月4日 | 7thアルバム『ray』 |
Driver's High | フジテレビ系アニメ『GTO』第1期オープニングテーマ・44話/45話エンディングテーマ | 1999年6月30日 - 12月19日 | 17thシングル「Driver's High」 |
Pieces | ソーテック「e-one 500」CMソング | 1999年7月24日 - 9月30日 | 16thシングル「Pieces」 |
LOVE FLIES | テレビ朝日系サタデードラマ『青い鳥症候群』主題歌 | 1999年10月16日 - 12月11日 | 18thシングル「LOVE FLIES」 |
キヤノン「WonderBJ」CMソング ※ | 1999年10月25日 - 12月5日 | ||
いばらの涙 | テレビ朝日系サタデードラマ『青い鳥症候群』テーマソング | 1999年10月16日 - 12月11日 | 7thアルバム『ray』 |
trick (new wave of japanese heavy metal mix) | ツーカーセルラー東京・東海「EZweb 誕生キャンペーン」CMイメージソング | 1999年11月20日 - 12月12日 | 19thシングル「NEO UNIVERSE/finale」 |
NEO UNIVERSE | 資生堂「ピエヌ」CMソング | 2000年1月1日 - 3月20日 | |
finale | 映画『リング0 バースデイ』主題歌 | 2000年1月22日 (公開) | |
キヤノン「WonderBJ」CMソング ※ | 2000年3月16日 - 9月30日 | ||
hole | 映画『リング0 バースデイ』オープニングテーマ | 2000年1月22日 (公開) | |
STAY AWAY | 資生堂「ピエヌ」CMソング | 2000年6月1日 - 未詳 | 20thシングル「STAY AWAY」 |
fate (everybody knows but god mix) | プレイステーション用ゲームソフト『ディノクライシス2』イメージソング | 2000年9月13日 (発売) | リミックスアルバム『ectomorphed works』 |
get out from the shell -asian version- | トヨタ自動車 アジア地区CMイメージソング | - | 8thアルバム『REAL』 |
Spirit dreams inside | 映画『FINAL FANTASY』エンディングテーマ | 2001年8月29日 (公開) | 21stシングル「Spirit dreams inside -another dream-」 |
READY STEADY GO | MBS・TBS系アニメ『鋼の錬金術師』第2期オープニングテーマ | 2004年1月10日 - 3月27日 | 22ndシングル「READY STEADY GO」 |
養楽多 (中国) 投資有限公司「養楽多」CMソング | - | ||
瞳の住人 | エクシング「ポケメロJOYSOUND」CMソング | 2004年2月25日 - 未詳 | 23rdシングル「瞳の住人」 |
上海江崎格力高食品「慕纱」CMソング | - | ||
自由への招待 | ダイハツ工業「ムーヴカスタム Vセレクション」CMソング | 2004年5月12日 - 12月31日 | 24thシングル「自由への招待」 |
Killing Me | テレビ朝日系「Matthew's Best Hit TV」エンディングテーマ | 2005年1月5日 - 3月31日 | 25thシングル「Killing Me」 |
New World | 日本テレビ系プロ野球中継「1球の緊張感 THE LIVE 2005」テーマソング | 2005年4月1日 - 7月23日 | 26thシングル「New World」 |
叙情詩 | 日本テレビ系「スーパーテレビ情報最前線」エンディングテーマ | 2005年4月11日 - 6月27日 | 27thシングル「叙情詩」 |
AS ONE | GyaO「サッカープレミアム」イメージソング | 2005年6月1日 - 6月7日 | 10thアルバム『AWAKE』 |
Link | エクシング「ポケメロJOYSOUND」CMソング | 2005年7月1日 - 9月30日 | 28thシングル「Link」 |
映画『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』オープニングテーマ | 2005年7月23日 (公開) | ||
LOST HEAVEN | 映画『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』エンディングテーマ | 2005年7月23日 (公開) | 10thアルバム『AWAKE』 |
SEVENTH HEAVEN | 日本テレビ系『スポーツうるぐす』テーマソング | 2007年4月1日 - 6月3日 | 30thシングル「SEVENTH HEAVEN」 |
SHINE | NHK-BS2 衛星アニメ劇場『精霊の守り人』オープニングテーマ | 2007年4月7日 - 9月29日 | 35thシングル「NEXUS 4/SHINE」 |
Feeling Fine | 台湾麒麟啤酒「麒麟〈生〉激暢ビール」CMソング | - | 9thアルバム『SMILE』 |
MY HEART DRAWS A DREAM | スバル「レガシィ」CMソング | 2007年5月16日 - 2008年5月8日 | 31stシングル「MY HEART DRAWS A DREAM」 |
上海江崎格力高食品「慕纱」CMソング | - | ||
DAYBREAK'S BELL | エムティーアイ「music.jp」CMソング | 未詳 | 32ndシングル「DAYBREAK'S BELL」 |
MBS・TBS系アニメ『機動戦士ガンダム00』(ファーストシーズン) 第1期オープニングテーマ | 2007年10月6日 - 2008年1月5日 | ||
MBS・TBS系アニメ『機動戦士ガンダム00』(ファーストシーズン) 第25話エンディングテーマ | 2008年3月29日 | ||
MBS・TBS系アニメ『機動戦士ガンダム00』(セカンドシーズン) 第25話エンディングテーマ | 2009年3月29日 | ||
Hurry Xmas | 「天神のXmasへ行こう2007」オフィシャルテーマソング | 2007年11月16日 - 12月25日 | 33rdシングル「Hurry Xmas」 |
スバル「レガシィ」CMソング | 2008年11月26日 - 12月25日 | ||
DRINK IT DOWN | PlayStation 3・Xbox 360・PC用ゲームソフト「デビルメイクライ4」テーマソング | 2008年1月31日 (発売) | 34thシングル「DRINK IT DOWN」 |
NEXUS 4 | スバル「レガシィ」CMソング | 2008年5月9日 - 11月25日 | 35thシングル「NEXUS 4/SHINE」 |
上海江崎格力高食品「慕纱」CMソング | - | ||
BLESS | NHK『NHKバンクーバーオリンピック/バンクーバーパラリンピック』テーマソング | - | 36thシングル「BLESS」 |
I Love Rock'n Roll | ペプシコーラ「ペプシネックス」CMソング ※ | 2010年3月2日 | 配信限定シングル「I Love Rock'n Roll」 |
GOOD LUCK MY WAY | 映画『鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星』主題歌 | 2011年7月2日 (公開) | 37thシングル「GOOD LUCK MY WAY」 |
CHASE | 映画『ワイルド7』テーマソング | 2011年12月21日 (公開) | 39thシングル「CHASE」 |
Don't be Afraid | PlayStation VR向けミュージックビデオ『Don't be Afraid -Biohazard×L'Arc-en-Ciel on PlayStationVR』 | 2016年11月17日(配信) | 41stシングル「Don't be Afraid」 |
映画『バイオハザード: ザ・ファイナル』日本語吹替版主題歌[258] | 2016年12月23日(日本公開) | ||
Don't be Afraid -English version- | ソニー「ハイレゾ級ワイヤレス MDR-1000X」CMソング ※ | 2016年10月17日 | 配信限定シングル「Don't be Afraid -English version-」 |
ミライ | PC向けオンラインゲーム『BLUE PROTOCOL』オープニングテーマソング | 2021年5月31日 | 42ndシングル「ミライ」 |
FOREVER | 日本テレビ系アニメ『EDENS ZERO』第2期オープニングテーマ | 2021年7月4日 - | 配信限定シングル「FOREVER (Anime Edit)」、43rdシングル「FOREVER」 |
出演[編集]
ラジオ[編集]
- ※レギュラー、パーソナリティ出演のみ記載
- FM NACK5・MIDNIGHT ROCK CITY (1995年8月22日 - 1996年3月26日)
- FM北海道・FM ROCK KIDS(1996年 7月6日 - 1996年9月28日)
- TBSラジオ・ボンジュール! L'Arc〜en〜Ciel(1996年10月7日 - 1997年3月11日)
- ニッポン放送・L'Arc〜en〜Cielのオールナイトニッポン(1998年8月28日、2005年7月8日)
- ニッポン放送・L'Arc〜en〜CielのOH! DAIBA TO BLUE(1998年10月5日 - 1999年6月26日)
- TOKYO FM・やまだひさしのラジアンリミテッド内のコーナー「FLYING〜L'Arc〜ATTACK」(1999年10月4日 - 2002年3月28日)
テレビ[編集]
CM出演[編集]
- NTTパーソナル関西(1998年)
- サントリー・BOSS(1998年)
- キヤノン・WonderBJ(1999年 - 2000年)
- サントリー・ペプシネックス(2010年)
- ソニー・ハイレゾ級ワイヤレス MDR-1000X(2016年)
NHK紅白歌合戦出場歴[編集]
- ※出演順は「出演順/出場者数」で表す
年度 | 放送回 | 回 | 曲目 | 出演順 | 対戦相手 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|
1998年 | 第49回 | 初 | HONEY | 11/25 | ポケットビスケッツ&ブラックビスケッツ スペシャルバンド | 紅白初出場 |
1999年 | 第50回 | 2 | HEAVEN'S DRIVE | 15/27 | 鈴木あみ | |
2000年 | 第51回 | 3 | STAY AWAY | 15/28 | 浜崎あゆみ | |
2010年 | 第61回 | 4 | BLESS | 11/22 | 水樹奈々 | 10年ぶりの出場 |
2011年 | 第62回 | 5 | CHASE | 09/25 | 水森かおり |
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ Ki/oon Musicの社名は、「Ki/oon Sony Records」→「Ki/oon Records」→「Ki/oon Music」と変遷がある。
- ^ 公式YouTubeのチャンネルの公開日は2019年12月3日だが、チャンネル登録日は約1ヶ月半前の2019年10月23日となる。
- ^ 環境依存文字である「〜」を使用しない言語圏向けの表記やWebページのURLなどの一部媒体上では、「-(ハイフン)」を使用した「L'Arc-en-Ciel」という表記が散見される。また、1996年まではCDジャケット等に表記されるバンド名の字体が固定されていた。
- ^ 2001年頃までの片仮名表記は、「・(中黒)」を含めたラルク・アン・シエルとしていた。
- ^ 公式ファンクラブ「LE-CIEL」の運営会社は、ソニー・ミュージックソリューションズ。
- ^ 公式モバイルサイト「L'mobile」の運営会社は、ジャパンミュージックネットワーク。
- ^ 公式サイトにおけるプロフィール欄に記載されたパート、及びアルバムにクレジットされたパート、ライヴ・コンサートでの演奏が確認できるパートのみを記載する。なお、P'UNK〜EN〜CIELを含む、パートチェンジバンドで担当した楽器パートや、一部ライヴでメンバー全員が同じパートを演奏したものについては割愛する。
- ^ 8thアルバム『REAL』収録の「THE NEPENTHES」で初めてhydeにギターのクレジットが付いている。ライヴでは「I'm so happy」「HONEY」「HEAVEN'S DRIVE」「死の灰」「いばらの涙」などの演奏時にギターを担当することが多い。
- ^ 8thアルバム『REAL』収録の「ALL YEAR AROUND FALLING IN LOVE」で初めてhydeにキーボードのクレジットが付いている。
- ^ 36thシングル「BLESS」で初めてhydeにプログラミングのクレジットが付いている。
- ^ 5thシングル「flower」で初めてhydeにブルースハープのクレジットが付いている。同曲のライヴ演奏時でもブルースハープを担当している。
- ^ 5thアルバム『HEART』収録の「LORELEY」で初めてhydeにアルトサックスのクレジットが付いている。ライヴでは同曲や「Ophelia」などの演奏時にアルトサックスを担当することが多い。
- ^ 4thアルバム『True』収録の「I Wish」で初めてhydeにハンドクラップのクレジットが付いている。
- ^ 7thアルバム『ray』収録の「It's the end」のライヴ演奏時にタンバリンを担当。
- ^ 6thアルバム『ark』収録の「Perfect Blue」のライヴ演奏時にhydeがコンガを担当。
- ^ 1stシングル「Blurry Eyes」のライヴ演奏時にhydeがホイッスルを担当。
- ^ 3rdアルバム『heavenly』収録の「静かの海で」のレコーディングにおいてメンバー4人でコーラスを担当。また、kenは9thアルバム『SMILE』収録の「Coming Closer」以降に発表した、自身が作曲した楽曲でコーラスをたまに担当している。ライヴではいくつか楽曲でコーラスを担当。
- ^ 8thシングル「winter fall」で初めてkenにキーボードのクレジットが付いている。なお、クレジットはされていないが、インディーズで発表した「Floods of tears」「夜想花」でもkenがキーボードを弾いている。また、ライヴツアー「TOUR 2008 L'7 〜Trans ASIA via PARIS〜」で「My Dear」を披露した際、kenがキーボードを担当している。
- ^ 4thアルバム『True』収録の「Caress of Venus」で初めてkenにエレクトリックピアノのクレジットが付いている。
- ^ 8thシングル「winter fall」で初めてkenにプログラミングのクレジットが付いている。
- ^ 27thシングル「叙情詩」で初めてkenにマニピュレートのクレジットが付いている。
- ^ 5thアルバム『HEART』収録の「LORELEY」で初めてkenにオートハープのクレジットが付いている。
- ^ L'Arc〜en〜Cielの様々な楽曲で、kenは楽器またはそれ以外の音を取り入れている。
- ^ 36thシングル「BLESS」で初めてkenにヴィブラのクレジットが付いている。
- ^ 4thアルバム『True』収録の「"good-morning Hide"」で初めてkenにタンバリンのクレジットが付いている。
- ^ 4thアルバム『True』収録の「I Wish」で初めてkenにハンドクラップのクレジットが付いている。
- ^ 6thアルバム『ark』収録の「Perfect Blue」や、19thシングル「NEO UNIVERSE/finale」収録の「NEO UNIVERSE」では6弦ベースのフェンダー・ベースVIも使用している。また、12thアルバム『BUTTERFLY』収録の「未来世界」のレコーディングではアップライトベースを弾いている。
- ^ 3rdアルバム『heavenly』収録の「静かの海で」のレコーディングにおいてメンバー4人でコーラスを担当。tetsuyaが単独でコーラスを担当したのは「風にきえないで」が初。また、tetsuyaはこの曲以降に発表した、自身が作曲した楽曲でコーラスを頻繁に担当している。ライヴでも多くの楽曲でコーラスを担当。
- ^ 10thアルバム『AWAKE』収録の「TRUST」において、tetsuyaがギターを弾いている。なお、「TRUST」をライヴで演奏する際、tetsuyaはダブルネック・ギターを用い、ベースパートとともに演奏している。また、完全受注生産限定シングル「EVERLASTING」でもギターを担当している。他にも、tetsuyaが作曲した9thアルバム『SMILE』収録の「Time goes on」では、tetsuyaが仮演奏したギターソロのテイクが採用されている。
- ^ 9thシングル「DIVE TO BLUE」で初めてtetsuyaにキーボードのクレジットが付いている。
- ^ 9thシングル「DIVE TO BLUE」で初めてtetsuyaにプログラミングのクレジットが付いている。
- ^ L'Arc〜en〜Cielの様々な楽曲で、tetsuyaは楽器またはそれ以外の音を取り入れている。例えば、9thシングル「DIVE TO BLUE」では、足付きの灰皿をスティックで叩いた音を手拍子とミックスして音源に取り入れており、tetsuyaにメタルパーカッションのクレジットが付いている。
- ^ 4thアルバム『True』収録の「I Wish」で初めてtetsuyaにハンドクラップのクレジットが付いている。
- ^ yukihiroのソロ・プロジェクト、acid androidの現在の表記は、大文字で「ACID ANDROID」となっている(2017年7月1日 - )。
- ^ 9thアルバム『SMILE』収録の「REVELATION」のレコーディングにおいてメンバー4人でコーラスを担当。なお、yukihiroが単独でコーラスを担当した楽曲はなく、ライヴでもコーラスを担当したことはない。
- ^ 7thアルバム『ray』収録の「trick」で初めてyukihiroにギターのクレジットが付いている。他にも9thアルバム『SMILE』収録の「REVELATION」でyukihiroにギターのクレジットが付いている。また、13thシングル「snow drop」収録の「a swell in the sun」では、yukihiroがデモに入れていたギターの音のほとんどがそのまま採用されている。
- ^ 12thシングル「浸食 〜lose control〜」で初めてyukihiroにキーボードのクレジットが付いている。
- ^ 8thシングル「winter fall」で初めてyukihiroにプログラミングのクレジットが付いている。
- ^ 13thシングル「snow drop」収録の「a swell in the sun」やリミックスアルバム『ectomorphed works』の収録曲を手掛けるにあたり、yukihiroはサンプラーを使用している。また、10thアルバム『AWAKE』収録の「My Dear」においてyukihiroにサンプルプログラミングのクレジットが付いている。
- ^ 6thアルバム『ark』収録の「Cradle」で初めてyukihiroにターンテーブルのクレジットが付いている。他にも10thアルバム『AWAKE』収録の「My Dear」で、yukihiroはターンテーブルを使いスクラッチを鳴らしている。
- ^ L'Arc〜en〜Cielの様々な楽曲で、yukihiroは楽器またはそれ以外の音を取り入れている。例えば、5thアルバム『HEART』収録の「Shout at the Devil」では、破損したシンバルを重ねたものを金属の棒で叩いた音が音源に取り入れられており、yukihiroにメタルパーカッションのクレジットが付いている。また、6thアルバム『ark』収録の「Perfect Blue」をライヴで演奏する際、yukihiroは通常のドラムセットではなく、電子パーカッションセットで演奏している。
- ^ 12thアルバム『BUTTERFLY』収録の「未来世界」で初めてyukihiroにグランカッサのクレジットが付いている。
- ^ 7thアルバム『ray』収録の「It's the end」で初めてyukihiroにタンバリンのクレジットが付いている。
- ^ 7thアルバム『ray』収録の「It's the end」で初めてyukihiroにシェイカーのクレジットが付いている。
- ^ 9thシングル「DIVE TO BLUE」で初めて初めてyukihiroにハンドクラップのクレジットが付いている。
- ^ 3rdアルバム『heavenly』収録の「静かの海で」のレコーディングにおいてメンバー4人でコーラスを担当。ライヴでは「I'm so happy」などの楽曲でコーラスを担当。
- ^ 1996年7月8日発売シングル『風にきえないで』までは、sakuraのクレジットが"Drums & Percussion"になっていた。
- ^ 英語直訳は「(the) arch in (the) sky」、日本語直訳は「空中のアーチ」。セールスが伸びはじめた頃は、テレビ等では「天空に架かる橋」と訳されていた。
- ^ 「パリのʁ音」で発音した場合
- ^ ボーカルとして在籍したグループ・ビンゴボンゴ、および自身のソロ活動がL'Arc〜en〜Cielと同じくKi/oon Records(当時)を所属レーベルとしていたため。出演していたCM内でも説明がなされている。
- ^ ラルク・アン・シェルと誤表記するメディア・媒体もあったため、「シェルじゃなくてシ・エ・ル!」と強調した内容のCMであった。
- ^ hyde…『HYDE』名義のソロ、ken…『SONS OF ALL PUSSYS』ボーカル・ギター、tetsuya…『TETSU69』名義のソロ、yukihiro…『acid android』ボーカル
- ^ 所属事務所は変わらず、2018年以降もマーベリックと契約している
- ^ 1992年2月21日発売のオムニバスアルバム『Gimmick』に収録された「VOICE」を除いて、配信限定作品を含む全44シングルと全22アルバムを解禁した。アルバムは全スタジオ・アルバムをはじめ、『WORLD'S BEST SELECTION』を除く全ベスト・アルバム、リミックス・アルバム、ライブCDを網羅した。また、P'UNK〜EN〜CIELの楽曲も、当時収録の各シングルのカップリングと『BUTTERFLY』のデラックス盤に含まれる形で配信された。
- ^ P'UNK〜EN〜CIEL唯一のミュージック・クリップである「I Wish 2007」を含むインディーズ時代からの全映像作品を配信した。しかし、sakuraの脱退に伴いお蔵入りとなった「the Fourth Avenue Café」、PV集『CHRONICLE 0 -ZERO-』に収録された「Vivid Colors」の別バージョンと「Brilliant Years」をBGMに使用した映像作品、および「Don't be Afraid」のVRミュージックビデオは配信されなかった。
- ^ 読み方は「アリーナツアー トゥエンティ トゥエンティ」で、MMXXはローマ数字で2020を意味する。(MM=2000、XX=20)
- ^ 本谷有希子 (本谷有希子のオールナイトニッポン) の代理として放送。
- ^ 対象は『ASIALIVE 2005』、「L'Arcafe」販売商品、シングル15タイトル再発盤、『15th L'Anniversary Live』、『ark 15th Anniversary Expanded Edition』、『ray 15th Anniversary Expanded Edition』、『CHRONICLE 0 -ZERO-』、『FIVE LIVE ARCHIVES』、『15th L'Anniversary Live』。
- ^ 東北地方太平洋沖地震の影響で、当初の3月30日から発売日が順延。
- ^ ただし、ミュージック・クリップは順次配信していった。
- ^ 公式の脱退理由は「音楽性の違いのため」。
- ^ 2006年8月30日に発売 (ナンバリング上は29thシングルとして扱われる)。
- ^ 1998年3月31日 - 4月6日に代替開催された。
- ^ 報道では太田光によるものと伝えられている。
- ^ コーラスに関しては、当時オンエアされた映像でも確認ができる。
- ^ なお、L'Arc〜en〜Cielはこの年に行われた第50回NHK紅白歌合戦に出演し、この行為の以降にも『ポップジャム』『MUSIC JAPAN』へ多数出演している。
- ^ 「誰が作曲したかによって、詩のイメージは概ね決まっている」と語っていた時期もある。
- ^ 他にスガシカオ、草野マサムネ(スピッツ)の名を挙げている
- ^ ただし、インストゥルメンタルであり、フランス語の歌詞で男女の会話のみで構成されているため、hydeの歌唱パートは存在しない。
- ^ 『夏の憂鬱 [SEA IN BLOOD 2007] 』にて
- ^ 『Dune 2008』にて
- ^ 『ROUTE 666 -2010-』にて
- ^ いずれの楽曲もメンバー個々のセレクトによるベストアルバム『QUADRINITY 〜MEMBER'S BEST SELECTIONS〜』とメンバーとスタッフセレクトで収録曲が決定した『TWENITY』シリーズに収録されている楽曲
- ^ 1曲だけ収録されたことがある。
- ^ 12thシングル「浸食 〜lose control〜」から
- ^ ツアータイトルなし
- ^ tetsuyaの過労のため5月29日振替。
- ^ tetsuyaの過労で中止された4月10日公演の振り替え。
- ^ 当初予定は12公演だったが、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、2月28日~3月5日開催予定だった2都市4公演を中止。
- ^ 新型コロナウイルス感染拡大防止のため中止。
出典[編集]
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関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- L'Arc-en-Ciel Official Web Site
- L'Arc-en-Ciel/LArcom.net
- L'Arc-en-Ciel Official Fan Club LE-CIEL
- L'Arc-en-Ciel Official Mobile Site L'mobile
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