ラット (バンド)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ラット
RATT
Glam metal band Ratt.jpg
クラシックメンバー 『INFESTATION』ツアーにて (2010月8月)
基本情報
別名 Mickey Ratt (1976-1981)
Bobby Blotzer's Ratt Experience (2016- )
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州 サンディエゴ
ロサンゼルス
ジャンル LAメタル
グラムメタル
ヘヴィメタル
ハードロック
活動期間 1981年 - 1992年
1997年 - 現在
レーベル アトランティック・レコード
ポートレイト/エピック・レコード
ロードランナー・レコード
共同作業者 オジー・オズボーン
ドッケン
公式サイト THERATTPACK.COM
メンバー ウォーレン・デ・マルティーニ(G)
ボビー・ブロッツァー (Ds)
旧メンバー スティーヴン・パーシー (Vo)
ロビン・クロスビー (G)
フォアン・クルーシェ (B)
ほか以下を参照
ディープ・パープル
KISS
エアロスミス
バンドのロゴ

ラットRatt)は、アメリカ合衆国出身のロックバンド

1980年代に隆盛したLAメタルの代表的存在で、モトリー・クルーと双璧をなす人気を誇り、全米で1600万枚、全世界で3000万枚以上のアルバム総セールスを記録した。

2016年の時点でバンドは、ウォーレン・デ・マルティーニ(G)とボビー・ブロッツァー(Ds)の2派に分裂し、ボビー側は「Bobby Blotzer's Ratt Experience」名義で活動している。

略歴[編集]

結成〜改名[編集]

[1] 1976年スティーヴン・パーシー(Vo)を中心にカリフォルニア南部サンディエゴで「Micky Ratt」を結成。 その後ロサンゼルスへ拠点を移し、後にオジー・オズボーンに選ばれるギタリストジェイク・E・リーが参加する。

1981年、バンド名を「Ratt」に改名。リーを含む初期のメンバーらが「ラフ・カット」を結成するためグループを脱退。バンドはパーシーと残留したギタリストロビン・クロスビーを中心にメンバーを再編する。リハーサル、ライヴを重ねた末、ドラマーとしてボビー・ブロッツァーが加わり、またパーシーとクロスビーの地元サンディエゴから当時18歳のギタリストウォーレン・デ・マルティーニが参加。最後にベーシストのフォアン・クルーシェがドッケンを脱退してバンド加入し、ラインナップが固まる。

1983年8月に自主制作のEP『RATT』でデビュー。派手なファッションと化粧、明るく開放的な音楽性はラットン・ロール(RATT N' ROLL)と呼ばれて人気を博し、「モトリー・クルー」とともにLAメタルのブームを牽引した。

このバンドがLAメタル特有の独特なスタイルを築いた経緯はベーシストのクルーシェがドッケンの元メンバーであった事による効果もあるが、それ以上にバンドの作曲面での中心人物であったクロスビーと「モトリー・クルー」の中心人物であるニッキー・シックス(B)がそもそものルームメイト同士であった由縁が強いとされる。

メジャー・デビュー〜解散[編集]

大手レーベル「アトランティック・レコード」と契約してプロデューサー,ボー・ヒルの元、1984年3月にメジャー・デビューアルバム『OUT OF THE CELLAR』(全米チャート7位)をリリース。シングル「ラウンド・アンド・ラウンド」がMTVを通じて全米でヒットを起こし、日本ではSONY MUSIC TVを通じてラットブレイクのきっかけとなった。

1985年7月に2ndアルバム『INVASION OF YOUR PRIVACY』をリリース(全米チャート7位)。特にシングル・ヒット「レイ・イット・ダウン」のヴィデオに当時のプレイボーイ誌のモデルMarianne Gravatteが出演、PMRCによる検閲を受けることでグラム・メタルのグラマラスなイメージを高めていった。「オジー・オズボーン」や「[ボン・ジョヴィ]]」らとともにイギリスアメリカ日本などで公演を行い9月にイギリス・ドニントンでのモンスターズ・オブ・ロックに出演する。

1986年8月に3rdアルバム『DANCING UNDERCOVER』をリリース。この頃からメイン・ソングライターの座がクロスビーからデ・マルティーニへ徐々に移っていく。収録曲「ボディ・トーク」がエディ・マーフィ主演の映画『ゴールデン・チャイルド』に起用された。若手の「ポイズン」をサポートに起用し1987年にかけてアメリカ国内、ヨーロッパでツアーをおこなう。同年2度目の来日公演。

1988年11月に4thアルバム『REACH FOR THE SKY』をリリース。1989年3度目の来日公演。

1990年8月に5thアルバム『DETONATOR』をリリース。メジャーデビュー以降、すべてのアルバムをプロデュースしてきたヒルが制作を離れ、ヒットメイカーであるデズモンド・チャイルドを起用、ジョン・ボン・ジョヴィもゲスト参加、と話題となるも結果的にバンド初のプラチナムに届かない作品となった。

時代は既にグランジの様なオルタナティヴ・ロックの時代に移っており多くのグラム・メタルのグループは大手レーベルの契約を失う様になっていった。別の問題としてクロスビーは重度のヘロイン中毒に陥っていた。

1991年2月の来日公演後、クロスビーのリハビリに伴い、マイケル・シェンカー(G)がグループをサポートすることになる。9月にベストアルバム『RATT & ROLL 8191』を最後に、アトランティック・レコードから契約を解除される。すでにクロスビーは新しいグループで活動を開始した事情もあり、1992年にバンドは解散する。

再結成〜クロスビー死去[編集]

ジジー・パール(Vo)&ジョン・コラビ(G)在籍時 - USA.シカゴ公演 (2005月9月)

スティーヴン・パーシーは「アーケイド」(Arcade)を結成。ウォーレン・デ・マルティーニは1994年に「ホワイトスネイク」に参加、ソロ作品をリリースする。

1994年にクロスビーはHIVの保持者として診断される。(ヘロイン注射の回し打ちで注射針から感染した)

1997年にスティーヴン・パーシー、ウォーレン・デ・マルティーニ、ボビー・ブロッツァー、元「ヴィンス・ニール・バンド」のロビー・クレインのラインナップで再結成。未発表曲集『COLLAGE』をメジャー・レーベル、ソニーからリリース。

スウェーデン・セルベスボリ公演 (2008月6月)

1999年には再びバンド名を冠した6thアルバム『RATT』をリリースするもパーシーが脱退。

その後はデ・マルティーニを中心としジジー・パール(Vo)やジョン・コラビ(G・元モトリー・クルー)をメンバーに加え活動を続けていたが、その後バンドは再び解散することとなる。

2002年6月6日、ロビン・クロスビー(G)がエイズにより42歳で死亡(闘病苦からの自殺説あり)[2]

2007年、2枚目のベストアルバム『TELL THE WORLD: THE VERY BEST OF RATT』をリリースし、パーシー、デ・マルティーニ、ブロッツァーを中心に再結成ギグを行う[3]

2008年8月、ジョン・コラビに代わり、元「クワイエット・ライオット」のカルロス・カヴァーゾ(G)が加入。

2010年4月、ロードランナー・レコードから11年ぶりのニュー・アルバム『INFESTATION』がリリースされた。「LOUD PARK 10」出演のため来日。

2012年、「M3 Rock Festival」から、フォアン・クルーシェがバンドに復帰した。

Bobby Blotzer's Ratt Experience - USA.ヒューストン公演 (2016月10月)

2014年、スティーヴン・パーシー2度目の離脱を契機に活動が停止[4]

分裂〜現在[編集]

2015年、権利を有するボビー・ブロッツァーは、リアルタイムの活動を望み新規にバンド再編。もう一方の権利を有するウォーレン・デ・マルティーニは、あくまでクラシックメンバーで集合離散するスタイルにこだわり、両者は対立。訴訟闘争にまで発展する。

2016年、ボビー・ブロッツァーは「Bobby Blotzer's Ratt Experience」名義に変更し、活動を継続する[5]

メンバー[編集]

現メンバー[編集]

全盛期ラインナップ[編集]

        
スティーヴン・パーシー(Vo) 2008年
ウォーレン・デ・マルティーニ(G) 1986年
ボビー・ブロッツァー(Ds) 2016年

Bobby Blotzer's Ratt Experience名義[編集]

  • ボビー・ブロッツァー Bobby Blotzer - ドラムス (1982- )
  • ジョシュア・アラン Joshua Alan - ボーカル (2015- )
  • ミッチ・ペリー Mitch Perry - ギター (2016- )
  • ステーシー・ブレーズ Stacey Blades - ギター (2016- )
  • ブラッド・ラング Brad Lang - ベース (2016- )
        
ジョシュア・アラン(Vo) 2016年
ステーシー・ブレーズ(G) 2008年

旧メンバー[編集]

Mickey Ratt名義
  • Tommy Asakawa - ギター (1976)
  • クリス・ハガー Chris Hager - ギター (1976-1981)
  • マット・ソーアー Matt Thorr - ベース (1976-1981)
  • ジョン・ターナー John Turner - ドラムス (1978-1981)
  • ティム・ガルシア Tim Garcia - ベース (1978-1981)
  • ボブ・アイゼンバーグ Bob Eisenberg - ドラムス (1978-1980)
  • ポール・デニスコ Paul DeNisco - ギター (1980)
Ratt名義
  • ジェイク・E・リー Jake E. Lee - ギター (1980-1981)
  • デイヴ・ジェリソン Dave Jellison - ベース (1980-1981)
  • ボブ・デ・レリス Bob De Lellis - ギター (1981)
  • マイク・ニュー Mike New - ベース (1982)
  • マルク・トリアン Marq Torien - ギター (1982)
  • ジョーイ・クリストファニリ Joey Cristofanilli - ベース (1982)
  • ロビー・クレーン Robbie Crane - ベース (1996-2012)
  • ケリ・ケリー Keri Kelli - ギター (1999-2000)
  • ジョン・コラビ John Corabi - ギター (2000-2008)
  • ジジー・パール Jizzy Pearl - ボーカル (2000-2006)
  • カルロス・カヴァーゾ Carlos Cavazo - ギター (2008-2014)
Bobby Blotzer's Ratt Experience名義
  • マイケル・エリス Michael "Doc" Ellis - ギター (2015-2016)
  • スコット・グリフィン Scott Griffin - ベース (2015-2016)
  • ブレイズ Blaze - ギター (2015-2016)
  • ロビー・クレーン Robbie Crane - ベース (2016)

ディスコグラフィー[編集]

オリジナル・アルバム[編集]

7位 3Xプラチナム(US)
7位 2Xプラチナム(US)
26位 プラチナム(US)
17位 プラチナム(US)
23位 ゴールド(US)
169位(US)
30位(US)

コンピレーション・アルバム[編集]

  • 1991年 ラットン・ロール 8191 - Ratt N Roll 8191
57位 ゴールド(US)
  • 1997年 コラージュ - Collage -
49位(US)

日本公演[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]