マイケル・シェンカー

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マイケル・シェンカー
Michael Schenker
20150524 Gelsenkirchen RockHard Michael Schenkers Temple of Rock 0002.jpg
ドイツ・ゲルゼンキルヒェン『RockHard』公演(2015年5月)
基本情報
生誕 1955年1月10日(61歳)
出身地 西ドイツの旗 西ドイツ
ニーダーザクセン州
ヒルデスハイム郡
ザルシュテット
ジャンル ハード・ロック
職業 ギタリスト
活動期間 1972年 -
レーベル BMG
共同作業者 マイケル・シェンカー・グループ
UFO
スコーピオンズ
公式サイト Official Website
著名使用楽器
Gibson Flying V
Dean Signature V model
レズリー・ウェストなど

マイケル・シェンカーミヒャエル・シェンカー[1]Michael Schenker1955年1月10日 - )は、ドイツ出身のハードロックギタリスト。白と黒の2色で塗り分けられたギブソンのギター「フライングV」を使用していることで有名[2]。日本ではアルバムの邦題から「」とも称される。

実兄はスコーピオンズのリーダーであるルドルフ・シェンカー、実妹はヴィーヴァのキーボーティストであるバーバラ・シェンカー

来歴[編集]

兄 ルドルフ・シェンカー(G)2014年

兄であるルドルフ・シェンカーの影響で幼少期よりギターを始める。11歳で初ステージを踏み、15歳でスコーピオンズのデビューアルバム『恐怖の蠍団』にリード・ギターとして参加した(なお、ルドルフがリズムギターを務めた)。

1973年6月、リードギターを探していたUFOからオファーを受け加入。これは、前年にスコーピオンズがUFOのドイツ・ツアーの前座を務めた際、UFOの当時のギタリストだったミック・ボルトン(バーニー・マースデンとの説もあり)が突如失踪し、急遽マイケルを借りたという出来事がきっかけであった。

UFOには1978年まで在籍し6枚のアルバムに参加。UFOの世界的な成功に貢献する一方、メンバーとのコミュニケーションやアルコールの問題を抱えていた。

UFO脱退後、短期間ながら古巣のスコーピオンズに所属した後、1979年に自らのバンド、マイケル・シェンカー・グループ(MSG)を結成。デビューから1984年までに4枚のスタジオ・アルバムと2枚のライヴ・アルバムを発表。ロック・ギターの名手として一時代を築いた。

ボーカルのロビン・マッコーリー加入にともない、1986年から1993年にかけては「マッコーリー・シェンカー・グループ」名義で活動。3枚のスタジオ・アルバムをリリースした。

1993年、UFOの再結成に参加。新アルバムのレコーディングやライブ活動で1995年まで在籍した。

1996年、マイケル・シェンカー・グループを再始動させる。近年は並行して自身のソロ・プロジェクトも行っている。

2006年には、ヴァッケンの野外コンサートで、息子でFaster Infernoのギタリストのタイソン・シェンカーと競演した。

2011年、ソロアルバム「テンプル・オブ・ロック」を発表。これ以降はこのアルバムから発展したマイケル・シェンカーズ・テンプル・オブ・ロックとして活動を行っており、精力的にワールドツアーを行っている。

音楽性[編集]

奏法そのものはペンタトニック・スケール主体の極めてオーソドックスなロック奏法(セオリー通りの奏法)の積み重ねである。彼の使用するギターにはビブラート・ユニットが搭載されていないが、ネック・ベンディングによりアーミングに似た効果を出すこともある。

ヘッドを左手で押して音程を下げるのだが、あまりに強く押すのでネックが折れることがあり、リペアーマン泣かせであった。

機材[編集]

ギブソン・フライングV - MSV650

元々、白と黒にリフィニッシュしたギブソン・フライングVを使用していたが、現在はディーン製の様々なシグネイチャーモデルのフライングVを使用している。1980年代には、Performanceというカスタムギターメーカーの制作した、レプリカのフライングVを使用していたこともあった。

このカラー・コーディネートに至ったきっかけは、白と黒のVを交互に演奏していて、ある時「1本のVをいっそのこと白と黒に塗ってしまおう」と思いついたからとの事。

アンプは、M.S.G初期までマーシャルの1987を愛用。80年代後半からは一貫して、同じくマーシャルのJCM800 2205を愛用。 エフェクトは、Jim Dunlopse製DB01 Dimebag Signatureワウペダル、BOSS製のFV-500Lボリュームペダル、同社のDD-6、DD-3デジタルディレイ、CE-5、CH-1コーラス、TU-2チューナーを使用し、センド/リターン等は使わず、全てギターからアンプまで直列で接続して使用。(2012年来日時)

ディレイとコーラスが2個ずつセットされているのは、効き目を強くしたい時は2個同時ON、効き目を弱くしたい時は1個OFFという風な使い方をするため。

弦はD'ANGELICOのEXTRALIGHTを、ピックはJIM DUNLOPのNYLON STANDARDを使用(時期によって厚みが異なるが近年は0.88mmを使用している模様)

逸話[編集]

  • 1992年にはMSGでの来日公演が予定されていたが、マネジメントが勝手に契約しチケットを売り出したものの、当のマイケル本人に伝わっておらず、マイケルが激怒。来日直前になって来日中止になった。
  • 時にはライブの途中でギターを放り投げて演奏を放棄してしまうこともあり、日本でも最近の例として2006年11月の中野サンプラザ公演において、二日酔いの殆ど演奏が不可能な状態でステージに登場し、2曲が終わった所でステージから降りてしまうという事件が発生した(翌年2月に振り替え公演)[3]
  • キャリア最初期の頃はギブソンのレスポールを愛用し、兄のルドルフがフライングVを愛用していた。
  • スコーピオンズ在籍時の10代の頃、とあるライヴで、ギターソロ直前のパートで弦が切れてしまい、急遽、兄のルドルフがマイケルに弾いていたフライングVを渡し、ギタープレイを続行させた。これがマイケルとフライングVの最初の出会いだったと言われている。
  • アンプはスコーピオンズ初期の頃からマーシャルの50Wを愛用しており、上記のライヴで初めてマーシャル50WとフライングVのコンビネーションで音を出し、その音が自分の理想に限りなく近かった事から、フライングVを愛用する事となった。
  • 最初に手に入れたフライングVは、弦が切れた時に急遽借りた物を、後日ルドルフから買い取った物。最初は借りて使用していたが、最終的に買い取ったという。
  • マイケルは最初のフライングVの入手の経緯を覚えているが、兄ルドルフはスッカリ忘れて記憶が曖昧なようで

貸したままなのか、返してもらったのか、買い取ってもらって別のフライングVを購入したのかすら定かでは無い様子。

  • 当時、白と黒のフライングVが、マイケル・シェンカー・モデルとしてフェルナンデス、グレコ、トーカイ、アリアプロⅡから発売されていた。
  • マイケル本人は基本的に機材に無頓着。拘っているのはVシェイプのギターと50Wのマーシャルアンプくらいで、使用するエフェクトや代名詞のワウペダル等には、特にメーカーや機種に強い拘りは無く、「トーンが好みで、フィーリングが合えばそれで良い」というスタンスであったが、近年はコンパクトエフェクターはBOSS製品の愛好家であると自負しており、ワウペダルはジムダンロップ製で落ち着いている。
  • マイケル・シェンカーの代名詞と言えばワウペダルが挙げられるが、シェンカーマニアの間では、彼が使用していたJEN製のクライベイビー(ワウペダル)が有名で一部では神格化されてるが、実はこのワウペダルも最初は本人が特別拘って使用していた訳ではなく、U.F.O時代にそれまで使用していたVOX製のワウペダルが盗難に遭い、仕方なく楽器店で購入し、代用品として使用し始めた物。このJEN製クライベイビーを使用していた時期に、名演と言われるギタープレイの数々や名曲の数々を残した事と、マイケル自身がそのトーンを気に入り、長期間使用していた事、現在ではJENというメーカーも消滅し入手困難になっている事などから、神格化される事となった。
  • JEN製クライベイビーは内部のギヤに改造が施され、目一杯ペダルを踏み込んだところでマイケルが1番好むトーンになるように調整されていた。マニアの間ではこの改造を真似る人も多い。
  • 使用するケーブルに至っては、「柔らかくジャックがL型のタイプであれば別に何でも良い」という感じで、全く興味も拘りも無く、ギターテクが用意してくれた物をそのまま使用するため、どこのメーカーのどの種類のケーブルを使用しているのか本人も分かっていない事が多い。
  • 近年はやらなくなったが、以前はエフェクターやギターからケーブルが抜けないように、黒いガムテープでグルグル巻にする事があった。見栄えよりギタープレイに集中する環境を重視していた事が伺える。
  • 機材に無頓着ならば、その扱いも無頓着なようで、ペダルボード(エフェクターを整理して配置するための床置き式のラック)なんか必要ない!と足元に乱雑に配置されたエフェクターを目にしたマイケルのギターテクが、見かねて大きなスポンジをくり抜いてエフェクターが動かないように固定するペダルボードを作成し、使用している。
  • 新品の弦の音と感触が嫌いで、ギターの弦は切れるまで交換しない。弦が切れても全ての弦を交換する事はせず、切れた弦だけ交換し、尚且つギターテクに弾かせ、新品弦をある程度馴染ませてもらった状態でプレイする。
  • ライヴステージではマーシャルの3段積みスタックアンプを並べてアンプの壁を形成してプレイしているが、実際に音が出てるのは1台のみ。これについて「アンプが1台だけだと見た目が間抜けに見える、飾りであって必要ではないけど見栄えが良い、それにもしメインのアンプにトラブルがあった場合の予備にも使える。でも結局はあの見た目が好きでやっている事、小さなアンプを1台置いて、あとは巨大スクリーンでステージを飾るのは好みじゃない。子供の頃に影響を受けたミュージシャンは皆、巨大なアンプの壁があった、それが自分のルーツだ。」と、現代のテクノロジーを駆使したステージセットには興味がなく、昔ながらのハードロック黎明期に見られたステージを好んでいる。
  • 欧米人としてはそれほど大柄ではないが、かなり手が大きく、日本人であれば通常薬指で弦を押えて弾くようなフレーズも楽々と中指で届いて弾いてしまうのと、ギターソロ等のリードプレイでは中指を多用する場面が多々見られる。本人は全くの無意識だそうで、ギター雑誌のインタビューで指摘されて初めて気付いたという。
  • 「ハウラー」と呼ばれる、小さな金属片を弦に擦り付け、スライドさせ効果音的な音を出す奏法を思いつき、それに使用する金属片を、ライヴで使いやすいようにギターに取り付けたところ、ギター雑誌等でコレは一体何?と質問され、ジョークで「これは宇宙のエナジーを取り込む道具、エナジーチャンネルと言うんだ」と発言したところ、ジョークが通じず、真に受ける人が散見され、いつの間にか広まってしまった。(過去に失踪事件を起こしたり、精神的に不安定な時期が何度かあった為、このようなジョークが通じにくかったのが誤解を生んだ真相だった模様)

作品[編集]

マイケル・シェンカー・グループ - ブルガリア公演(2012年)
マイケル・シェンカーズ・ テンプル・オブ・ロック - ドイツ公演(2015年5月)

スコーピオンズ[編集]

UFO[編集]

マイケル・シェンカー・グループ / マッコリー・シェンカー・グループ[編集]

  • 神(帰ってきたフライング・アロウ) - The Michael Schenker Group (1980)
  • 神話 - M.S.G. (1981)
  • 飛翔伝説〜M.S.G.武道館ライヴ - ONE NIGHT AT BUDOKAN (1981、ライブ)
  • 黙示録 - Assault Attack (1982)
  • 限りなき戦い - Built To Destroy (1983)
  • ロック・ウィル・ネヴァー・ダイ - Rock Will Never Die (1984、ライブ)
  • パーフェクト・タイミング - Perfect Timing (1987) (マッコリー・シェンカー・グループ)
  • セイヴ・ユアセルフ - Save Yourself (1989) (マッコリー・シェンカー・グループ)
  • マイケル・シェンカー・グループ - M.S.G. (1991) (マッコリー・シェンカー・グループ)
  • アコースティックM.S.G.! - Nightmare : The Acoustic M.S.G. (1991) (マッコリー・シェンカー・グループ)
  • The Essential Michael Schenker Group (1991、ベスト)
  • 神々の饗宴〜M.S.G.ライヴ!!〜 - M.S.G. Unplugged (1992、ライブ) (マッコリー・シェンカー・グループ)
  • リトゥン・イン・ザ・サンド - Written in the Sand (1996)
  • ストーリー・ライブ - The Michael Schenker Story Live (1997、ライブ)
  • ジ・アンフォーギヴン - The Unforgiven (1999)
  • ライヴ〜ジ・アンフォーギヴン・ワールド・ツアー - The Unforgiven World Tour (2000、ライブ)
  • ビー・アウェア・オブ・スコーピオンズ - Be Aware of Scorpions (2002)
  • アラクノフォビアク - Arachnophobiac (2003)
  • ヘヴィー・ヒッターズ - Heavy Hitters (2005)
  • テイルズ・オヴ・ロックンロール〜25thアニヴァーサリー・アルバム - Tales of Rock'n'Roll (2006)
  • イン・ザ・ミッドスト・オブ・ビューティー - In the Midst of Beauty (2008)
  • MSG 30周年記念コンサート~ライヴ・イン・トウキョウ - The 30th Anniversary Concert: Live in Tokyo (2008)
  • バイ・インヴィテーション・オンリー - By Invitation Only (2011)

ソロ[編集]

  • Thank You (1993)
  • The Story Of Michael Schenker (1994)
  • Thank You 2 (1998)
  • Thank You With Orchestra (1999)
  • Adventures of the Imagination (2000)
  • The Odd Trio (2000)
  • Thank You 3 (2001)
  • Dreams And Expressions (2001)
  • Forever And More: The Best Of Michael Schenker (2003)
  • Thank You 4 (2003)
  • Doctor, Doctor: The Kulick Sessions (2008)
  • Greatest Riffs (2009)

マイケル・シェンカーズ・テンプル・オブ・ロック[編集]

  • テンプル・オブ・ロック Temple Of Rock (2011)
  • テンプル・オブ・ロック・ライヴ・イン・ヨーロッパ Temple of Rock - Live in Europe (2012)
  • ブリッジ・ザ・ギャップ Bridge The Gap (2013)
  • スピリット・オン・ア・ミッション Spirit On A Mission (2015)

その他のプロジェクト[編集]

  • Contraband (1991)
  • The Plot (2003)
  • Under Construction (2003)
  • Schenker-Pattison Summit - The Endless Jam (2004)
  • Siggi Schwarz & The Electricguitar Legends (2004)
  • Schenker-Pattison Summit - The Endless Jam Continues (2005)
  • Siggi Schwarz & The Rock Legends (2005)
  • Siggi Schwarz and Michael Schenker - Live Together (2006)
  • Acoustic Project - Gipsy Lady (2009)

日本公演[編集]

[編集]

  1. ^ 国外では英語の発音で呼ばれるため、ドイツ国内のみ
  2. ^ ただし、スコーピオンズの1972年のプロモーションビデオ「I'm Going Mad」でマイケルが弾いているのはレスポール・モデルのギターであり、フライングVではない。
  3. ^ Words from REV

外部リンク[編集]