ハードロック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ハード・ロックから転送)
ナビゲーションに移動 検索に移動
ハードロック
様式的起源 ブルースロックガレージロックサイケデリック・ロックロックンロールロックリズム・アンド・ブルース
文化的起源 1960年代後半、イギリスアメリカ合衆国
使用楽器 エレクトリック・ギターベースボーカルドラムスキーボード
派生ジャンル ヘヴィメタル
関連項目
ロック・オペラ – グランジ

ハードロック (Hard Rock) は、ロックの一ジャンルである。

歴史[編集]

ハードロックはメンフィスブルースのギタリスト、ジョー・ヒル・ルイスやウィリー・ジョンソン、パット・ヘアらのグリッター、獰猛なギターの影響を受けていた[1]。 初期の標準的なスタイルはブルースやブギーを基調としたラウドなサウンドのロック形態を取った。ハードロックの定義は、大音量でアグレッシブなロックの一種であり、歪んだ音のエレクトリック・ギターをリード楽器としてソロを演奏し、反復リフなども使用したものである(英語版もAllmusicを引用)[2]1960年代後半に誕生した。

初期はサイケデリック・ロックやブルース・ロックの混合物としてスタートし、1970年代前半にはハードロックの呼称が定着し、全盛期を迎えた。ハードロックとヘヴィ・メタルの微妙な相違点を定義づけるのは難しい。ただ例をあげると、グランド・ファンク・レイルロード[注 1]は黒人音楽の強い影響を受けており、ハードロックではあるが、ヘヴィ・メタルとは呼ばれない。またディープ・パープル[注 2]も、70年代にはハードロックと呼ばれ、ヘヴィ・メタルという言い方はあまりされなかった。また、ヘヴィ・メタルという名称も比較的早くから存在しており、「レッド・ツェッペリン」、「ブラック・サバス[注 3]などが代表的なバンドである。

ハードロックの特徴としては以下が挙げられる。

  1. ギタリスト及びヴォーカリストが主役、リズム隊は脇役[注 4]
  2. 曲の主に中盤に長いギターソロを用いる[注 5]
  3. ヴォーカリストのシャウト[注 6]
  4. ラウドなギターでの大音量演奏[注 7]
  5. 初期には、ブルース・ロックの影響が強かった[注 8]。。

大音量によってアンプをオーバードライヴ状態にして、歪みを生じさせた手法も見られる。ベース&ドラムはサポートにまわるのが一般的である。

ハードロックなどロック分野だけに留まらず、ポピュラー音楽の発展はブルース[3]との関連抜きに語る事は難しい。ブルースは、もともとは奴隷状態下に置かれたアメリカの黒人の労働歌ワーク・ソングを唄ったものに起源があり、これ故「簡素で分かりやすい形式」(I→IV →Vを基本形とする単純なドミナント進行)であり、またその境遇故に唄われる内容は少なからず、プロテストな色彩であった。ジャズもブルース起源である。ただジャズはインストルメンタルの楽曲が多いため、ビリー・ホリディ[注 9]やマックス・ローチ[注 10]らを除けば、辛辣、痛烈な批判をするなどの(奴隷であった彼らは、白人への不満を直接的に口にできなかった)直接的な表明をすることが難しかった。また、アメリカに於いては黒人人口が多く、ロックンロールロカビリー[4]などの、カントリーに黒人音楽のブルースやR&Bを混合した音楽が発達した。1950年代は、アメリカのロックンロール、ロカビリーが、世界のかなりの数の若者の心をとらえていた時代である。

イギリスではスキッフル・ブーム[注 11]の後、より直接的な感情の発露の手段として、ブルースが若者の心をとらえたことから、ブルースを基調とする音楽を演奏する者が次々現れた。60年代には、イギリスではちょっとした「ブルース、ブルース・ロック・ブーム」になった。これが、イギリスにおけるハードロックの原点である。アメリカでも、原点であるブルースに回帰する流れの中に、60年代後半のキャンド・ヒートやポール・バターフィールド・ブルース・バンドなど多くのバンドがいた。

ロックはブルースから簡素でわかりやすい形式や、少数の曲はプロテスト的な歌詞を受け継いでいるが、白人の演奏家は黒人文化とは縁遠いため、「跳ねるリズム感覚」を所有していなかった。これは白人のハードロック、プログレッシヴ・ロックが、クラシック音楽をルーツとしていることが主因と見られている。

ハードロックの起源とされるのは、ビートルズの「ヘルター・スケルター」「レボリューション[注 12]や、クリームジミ・ヘンドリックスザ・フーブルー・チアー[5]ヴァニラ・ファッジなどである。彼らは、ロック、ブルーズとサイケデリック・ロックを融合し、新しいスタイルを呈示してみせた。特に、ジミ・ヘンドリックスは、大音量でディストーションの掛かった音の先駆けとなった。またブルー・チアーやマウンテン[注 13]、フリー、グランド・ファンク・レイルロード、ユーライア・ヒープ[6]なども、ハードロックの草分け的なバンドであった。ハードロック誕生の背景としては、アメリカで起こっていた公民権運動、これと同時進行する形で世界各国で学生運動が発生、ベトナム反戦運動がこの流れに合流した。このように60年代は「反権力」を旗印とした市民運動が、全世界的に盛り上がった時代である。ブルースの流れを踏襲しているロック音楽は、プロテスト音楽的色彩を帯びた。無論プロテスト的ではないロックも存在していたが、この時代のムードにマッチしたものはプロテスト的なロックであった。その親和性故に市民運動の集会とロック(またはフォークソング)コンサートが合同で行われるコラボレーション)が自然発生的に出来上がった。若者を中心に人が集まる「市民運動団体」と「レコード会社、コンサート興行主等の音楽産業界」双方の思惑が一致したことから、このコラボレーションは次第に大規模化、組織化されていく。この最大規模のものが「ウッドストック・フェスティバル」(1969年)である。

サウンド的には、歪んだギター・サウンド(ディストーション・サウンド)と直情傾向のラウドな音量だった。具体的に表現するなら、チョーキングアーミングの使用である。ただ、チョーキングとアーミングを使い出したのは、何もハードロックが最初ではない。例えばチャック・ベリーやアルバート・キング[注 14]らはチョーキングを使い、ベンチャーズはアーミングを多用した。

1968年には、ジェフ・ベック・グループレッド・ツェッペリンがデビューした。1970年には、後にヘヴィメタルの代表的存在となるブラック・サバスがデビューした。3枚目ぐらいから、ディープ・パープルがハードロックに転向。ディープ・パープルのアルバム『マシーンヘッド』(1972)には、「ハイウェイ・スター」「スモーク・オン・ザ・ウォーター」の有名曲が収録されていた[7]。クイーンも、73年から75年ごろまでは、ハードロック・サウンドが主体だった。1973年には、グラム・ロックの影響の見られる女性ロッカースージー・クアトロがデビューした。他にも、ホークウィンド、スレイド、スウィートらが活躍した。このころには、ハードロックが欧米中心にブームとなった。

アメリカでは、1970年代にはブルー・オイスター・カルトや、アリス・クーパー、カクタス[8]、ジェームス・ギャング、リック・デリンジャー、モントローズらが活躍した。カナダのゲス・フーの『アメリカン・ウーマン』(1970)も、ハードなヒット曲だった。

エアロスミス[注 15]キッス[注 16]、クイーンは、70年代前半にはすでにデビューしていたが、人気が出てきたのは、70年代後半だった。シン・リジィやナザレスはUSチャートでヒットを出し、アメリカ進出に成功した。ZZトップやレーナード・スキナードなどサザン・ロック・バンドも、ハード・ロック的な音を出していた。一方でジャーニー、ボストン、フォリナー、TOTO、スティックスなどは、”産業ロック”[注 17]というカテゴリーに含まれた。スティックスはハードロックというよりも、ポップなプログレッシヴにジャンル分けするのが妥当である。70年代後半にはパンク・ニューウェイブが一大ブームとなり、ハードロックの人気は下降した。当時の人気バンドとしては、ジューダス・プリースト、レインボウ(ブラックモアズ・レインボウ)がいた。英米以外の国では、カナダのマホガニー・ラッシュ、オーストラリアのAC/DC、ドイツのスコーピオンズ、オランダのゴールデン・イアリングらが活躍した。ソロ・ギタリストではロイ・ブキャナン、パット・トラヴァース”[注 18]という、ロビン・トロワー”[注 19]というらがいた。日本のハード・ロックでは、カルメン・マキ&OZ、紫、コンディション・グリーン、クリエイション(元のブルース・クリエイション)、BOWWOWらがシーンを盛り上げた。

1980年代前半になると、ツインギターを売り物にしたナイト・レンジャーがデビュー。ポップ性とハード性を兼ね備えたボン・ジョヴィがヒットを出し、アメリカン・ハードロックが注目された。ヴァン・ヘイレンがアルバム「1984」でシンセサイザーを使用し、シングル曲「ジャンプ」が大ヒット。続いてラットやモトリー・クルー、ドッケン、ポイズンなど、ロサンゼルス出身のハードロックバンドが続々とデビューし、ロサンゼルス以外のアメリカ出身であるシンデレラなども併せてLAメタルと呼んだ。一方で、デフ・レパードやホワイトスネイクなど、イギリス系のアーティストも上記のバンド同様にアメリカでヒットを出し、ハードロック・ヘヴィメタルが復権した。

1980年代中頃になると、さらにアメリカから、アンスラックスメタリカのような、これまでとは違うスピード感と重圧感を売りにしたスラッシュメタルがブレイクした。1980年代後半からは、ハードロックバンド、ガンズ・アンド・ローゼズがヒットを連発した。この頃、テスラやドッケン等、次々にアコースティックの楽曲を取り入れたバンドが続出した。

イギリス勢からは79年ごろから、アイアン・メイデンらのNWOBHM(ニュー・ウェイブ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)が登場した。後年、ドイツではハローウィンらのスピードメタルが、北ヨーロッパからは北欧メタルが出現した。

ジミー・ペイジ[注 20]はレス・ポールのギターを主に使用したが、ファースト・アルバムではテレキャスターを使用していた。リッチー・ブラックモアは、ハードロック期からはずっとフェンダー・ストラトキャスターを使用した。1960年代当時トランジスタはやっと実用化レベルに達したばかりで、今日のような歪み率の低い電気特性の優秀なアンプ(アンプリファイア)は存在しなかった。トランジスタ以前の電気増幅素子真空管であった。トランジスタに比較して、真空管は与えられた入力の音響特性を変えずに増幅出来る帯域が非常に狹い。しかし真空管アンプは価格が高額だが、暖かみのある独特の音質から需要が存在し続けている。

多くの聴衆に音を聴かせる必要性が増してきたことから、PAシステムと共に楽器用アンプも大出力のものが求められるようになっていった。この要求に応えるべくヴォックスフェンダーマーシャルオレンジなど各社が大出力のアンプをこぞって 造し出したが、先述の通りそもそも大音量再生には無理がある真空管で半ば強引に高出力のものを作っていたので、少し音量を上げると非常によく歪んだ[注 21]

派生ジャンル[編集]

主なミュージシャン[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ ブルース寄りの「ハート・ブレイカー」、ブギーの「オー・ワンダフル」など黒人音楽とのかかわりが強い
  2. ^ スペース・トラッキン」などはファンキーな側面もある
  3. ^ オジー・オズボーン、トニー・アイオミらを中心としたヘヴィメタル・バンド
  4. ^ ブラックモア、イアン・ギランが主役で、グローバー、ペイスが脇役に徹するDパープル・スタイルが例
  5. ^ リッチー、ブラックモア、ジミー・ペイジの長尺のギター・ソロが有名
  6. ^ イアン・ギランらの金切り声でのシャウトが典型例
  7. ^ 前述のAllmusicの記述に準拠
  8. ^ クリームやジミ・ヘンドリクスがルーツとの説が有力
  9. ^ 「奇妙な果実」を指している
  10. ^ 「ウイ・インシスト」がプロテスト・アルバム」である
  11. ^ ロニー・ドネガンが特に有名だった
  12. ^ マンソン・ファミリーの事件で「ヘルター・スケルター」は悪い意味でも有名になってしまった
  13. ^ 「ミシシッピー・クイーン」「暗黒への旅路」などが代表曲
  14. ^ 左利きのブルースギタリストで「ボーン・アンダー・ア・バッド・サイン(悪い星の下に生まれ)」などが代表曲
  15. ^ 「ウォーク・ジス・ウェイ」などが代表曲
  16. ^ 「ロックンロール・オールナイト」「デトロイト・ロック・シティ」「ハードラック・ウーマン」などのヒット曲がある
  17. ^ 欧米では、コーポレート・ロックと呼ばれる
  18. ^ カナダ出身のギタリスト
  19. ^ プロコル・ハルム出身のギタリスト
  20. ^ ミッシェル・ポルナレフのヒット「愛の休日」でエレキ・ギターを演奏している
  21. ^ とは言っても今日の、最初から歪ませる事を狙って設計されているハイゲイン・アンプでのディストーション・サウンドと比較すれば「軽く歪んだ」程度であり、「ナチュラル・ディストーション」と今日呼ばれることから想像が付くように、現代の感覚では寧ろナチュラルに近い音である
  22. ^ ジャーニー、スティックス、ボストン、カンサスらが代表
  23. ^ アイアン・メイデン、デフ・レパードらが代表
  24. ^ メタリカ、ドッケンなど
  25. ^ 日本では産業ロック。ジャーニー、TOTO、スティックスなど
  26. ^ バック・イン・ブラックは記録的なベストセラーとなった
  27. ^ 約10年ほど売れなかったが、「キープ・オン・ラヴィン・ユー」が大ヒット
  28. ^ イアン・ギランらの金切り声でのシャウトが典型例
  29. ^ テッド・ニュージェントのいたバンド。

出典[編集]

  1. ^ Robert Palmer, "Church of the Sonic Guitar", pp. 13–38 in Anthony DeCurtis, Present Tense (Durham NC: Duke University Press, 1992), ISBN 0-8223-1265-4, pp. 24–27.
  2. ^ https://www.allmusic.com/style/hard-rock-ma0000002636
  3. ^ http://www.allmusic.com/genre/blues-ma0000002467
  4. ^ http://www.allmusic.com/style/rockabilly-ma0000002831
  5. ^ http://www.rockprog.com/04_RockStory/RootsHeavy.aspx
  6. ^ http://www.allmusic.com/artist/uriah-heep-mn0000835648
  7. ^ R. Walser, Running With the Devil: Power, Gender, and Madness in Heavy Metal Music (Middletown, CT: Wesleyan University Press, 1993), ISBN 0-8195-6260-2, p. 64.
  8. ^ Cactus Member Carmine Appice Hall of Fame Induction ”. 09-March 2020閲覧。
  9. ^ "Arthur Brown on Shock Rock, Hendrix, Close Calls With Fire". Rolling Stone. Retrieved
  10. ^ https://www.discogs.com/ja/artist/267661-Mahogany-Rush

関連項目[編集]


外部リンク[編集]