ユーライア・ヒープ

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ユーライア・ヒープ
Uriah Heep
Uriah Heep - 2018173210837 2018-06-22 Rock the Ring - 5DS R - 0194 - 5DSR7036.jpg
ドイツ・ニュルブルク公演(2018年6月)
基本情報
別名 Spice(前身)
出身地 イングランドの旗 イングランドロンドン
ジャンル ハードロック
ヘヴィメタル
プログレッシブ・ロック
オルガン・ロック(1970年代)
活動期間 1969年 - 現在
レーベル ヴァーティゴ・レコード
ブロンズ・レコード
アイランド・レコード
ワーナー・ブラザース・レコード
マーキュリー・レコード
クリサリス・レコード
サンクチュアリ・レコード
キャッスル・レコード
Frontiers Records ほか
公式サイト uriah-heep.com
メンバー ミック・ボックス
バーニー・ショウ
フィル・ランゾン
デイヴィー・リマー
ラッセル・ギルブルック
旧メンバー デヴィッド・バイロン
ケン・ヘンズレー
リー・カースレイク
トレヴァー・ボルダー
ほか別記参照

ユーライア・ヒープUriah Heep)は、イングランド出身のロックバンド

ハードロックの草創期から活動するグループの一つ。1970年代に全盛期を迎え、「レッド・ツェッペリン」「ブラック・サバス」「ディープ・パープル」と並び称された。

1980年代半ばまではメンバーの入れ代わりが激しかったが、1986年以降は、ほぼ固定メンバーで活動。デビュー以来、メンバーによるコーラス・スタイルを特徴とする。

略歴[編集]

黎明期[編集]

ミック・ボックス(G) 1977年
ケン・ヘンズレー(Key) 1977年
リー・カースレイク(Ds) 1973年

1960年代中頃、ミック・ボックス(ギター)が結成していた「ストーカーズ」にデヴィッド・バイロン(ヴォーカル)が加入。

1967年、ストーカーズが解散し、ミック・ボックスとデヴィッド・バイロンの二人は「スパイス」を結成。途中ポール・ニュートン(ベース)、アレックス・ネピアー(ドラムス)を迎え、活動を行う。

1969年末、スパイスを改名して新たに「ユーライア・ヒープ」として発足し、後にケン・ヘンズレー(キーボード/リズムギター)が加入。所事情により翌1970年初頭までスパイス名義で活動し、同3月から新生グループとして本格始動する。途中ドラマーをナイジェル・オルソンに変更するも、1stアルバム『...ヴェリー・ヘヴィ・ヴェリー・ハンブル(VERY 'EAVY, VERY 'UMBLE)』を完成させ、ヴァーティゴ・レーベルからデビュー。短期間だけツアーに参加したナイジェル・オルソンに変わり、キース・ベイカーがドラムを務める。

1971年、シンフォニックな2ndアルバム『ソールズベリー(SALISBURY)』を発表。同年ドラマーをイアン・クラークに交替させ、ブロンズ・レコードから歴代の代表作となる3rdアルバム『対自核LOOK AT YOURSELF)』を発表[1]

全盛期[編集]

1972年、ドラマーにリー・カースレイク、ベーシストにマーク・クラークを迎える。ツアーから参加したクラークはわずか3ヶ月在籍しただけで次作の制作レコーディング中に脱退。後任ベーシストにニュージーランド出身のゲイリー・セインを加入して、ロジャー・ディーンをアート・ワークに起用した『悪魔と魔法使いDEMONS AND WIZARDS)』発表。同アルバムからは「安息の日々( Easy Livin)」が日本でスマッシュ・ヒットした。続いて、同傾向の『魔の饗宴THE MAGICIAN'S BIRTHDAY)』を発表。こちらもアート・ワークをロジャー・ディーンが担当した。

1973年3月、日本武道館を含む初来日公演を行う(5公演)。同年『スウィート・フリーダム(SWEET FREEDOM)』発表。

1974年、初期ヒープらしさを持った最後のアルバム『夢幻劇(WONDERWORLD)』発表。ゲイリー・セインはコンサート中に感電事故に遭い重傷を負う。グループに復帰はするものの薬物中毒から脱却することができずにグループはセインを解雇する。

ジョン・ウェットン加入[編集]

1974年キング・クリムゾンジョン・ウェットンが、レコーディングにベーシスト兼ヴォーカルとして加入し、1975年にアルバム『幻想への回帰(RETURN TO FANTASY)』を発表。グループにとって唯一の英国のアルバム・チャートトップ10入り作品となる最高位7位を記録している。同12月、ゲイリー・セインがヘロインの過剰摂取の事故により死亡(27歳没)。

1976年、曲作りの時点から参加したウェットンとヘンズレーとの共作を含むスタジオ・アルバム『ハイ・アンド・マイティ(HIGH AND MIGHTY)』を発表、ウェットンがヘンズレーとリード・ヴォーカルをともにとる「ワン・ウェイ・オア・アナザー(One Way Or Another)」はシングルとしてリリースされた。
また同年バンドはアルコール中毒の問題を抱えていたデヴィッド・バイロンを解雇。そしてジョン・ウェットンはUKの活動専念のためにグループを脱退している。

デヴィッド・バイロン脱退〜ケン・ヘンズレー脱退[編集]

トレヴァー・ボルダー(B) 1980年
1977年ラインナップ

1977年、新ヴォーカリストにジョン・ロートン、新ベーシストにトレヴァー・ボルダーを迎え、『ファイアフライFIREFLY)』発表。

1978年、ハード・ポップ色を色濃くした佳作『罪なきいけにえ(INNOCENT VICTIM)』発表。再び散漫なアルバム『堕ちた天使(FALLEN ANGEL)』発表。1979年にFive Milesセッションでアルバム1枚分のマテリアルを残すものの、リー・カースレイクとジョン・ロートンが脱退し、幻のアルバムと化す(この時期の再発CD盤などで一部音源が聴ける)。

1980年、ジョン・スローマンをヴォーカル、クリス・スレイドをドラムに迎えた『征服者(CONQUEST)』発表。オリジナル・キーボーディストのケン・ヘンズレー脱退。後にカナダ人キーボーディストのグレッグ・デシャートを迎え『シンク・イット・オーバー(Think It Over)』発表。アルバムも1枚分のマテリアルを残すものの未発表に終わる。トレヴァー・ボルダー、ジョン・スローマン、クリス・スレイド、グレッグ・デシャート脱退。その後、ユーライア・ヒープは活動停止状態へ。ミック・ボックスはミック・ボックス・バンドとして活動を続ける。

再始動[編集]

1980年、ミック・ボックスの自身のバンドで活動を開始するもののレコーディング契約に際し、一度消滅したユーライア・ヒープの名前が必要となりミック・ボックス・バンドよりユーライア・ヒープを再編することになる。元ヘヴィ・メタル・キッズ~ライオンのジョン・シンクレア(キーボード)、トラピーズのピート・ゴールビー(ヴォーカル)が参加して約2年の停滞期間の後、オジー・オズボーン・バンドを脱退したリー・カースレイク(ドラムス)とボブ・デイズリー(ベース)を迎えたことによってレコーディングにこぎつけられる様になりハードでキャッチーなアルバム『魔界再来(ABOMINOG)』(1982年発表)。Paul Bliss作の"That's the Way That It Is"はアメリカでのシングル・ヒット曲となる。

1983年、同メンバーでスタジオ・アルバム『ヘッド・ファースト(HEAD FIRST)』を発表。レコーディング後にボブ・デイズリーの後任にトレヴァー・ボルダーが復帰し、プロモーション・ツアーを行う。

1985年、2月にオリジナル・メンバーのデヴィッド・バイロンがアルコール依存症にともなう肝硬変により死去(38歳没)。CBS傘下のポートレイト・レーベル(日本ではエピック・レコード)に移籍し、16thアルバム『イクウェイター(EQUATOR)』発表。ピート・ゴールビー、ジョン・シンクレアが同年脱退した。

元グランプリ組加入〜リー・カースレイク脱退[編集]

1986年、かつて所属していたブロンズ・レコード倒産。ヴォーカリストにステフ・フォンテイン、キーボーディストにフィル・ランゾンを迎えて活動再開。11月にフォンテインを解雇し、ヴォーカリストをバーニー・ショウに変更し活動。

1988年、新ラインナップで収録したライブ・アルバム『ライブ・イン・モスクワ(LIVE IN MOSCOW)』をリリース。

1989年、新ラインナップでは初となるスタジオ・アルバム『レイジング・サイレンス(RAGING SILENCE)』を発表。

1991年、スタジオ・アルバム『ディファレント・ワールド(DIFFERENT WORLD)』発表。18年ぶりの来日公演を行う。

1995年、久々の傑作となるスタジオ・アルバム『シー・オブ・ライト(SEA OF LIGHT)』発表。久々にアート・ワークはロジャー・ディーン。バーニー・ショウが喉の手術を行ったため、一部ツアーでは代役として、ジョン・ロートンが参加。

  • 1998年、スタジオ・アルバム『ソニック・オリガミ(SONIC ORIGAMI)』発表。以降はスタジオ・アルバムの発表は無く、ライブ活動に専念する。

ラッセル・ギルブルック加入後[編集]

2008年ラインナップ

2007年、健康上の理由からリー・カースレイクが脱退。最も長続きした1986年からのラインナップが終わる。後任としてラッセル・ギルブルックが加入。

2008年、10年振りのスタジオ・アルバムとなる『ウェイク・ザ・スリーパー(WAKE THE SLEEPER)』を発表。

2009年、最新メンバーによる往年の名曲の新録+新曲2曲のデビュー40周年記念ベスト盤『CELEBRATION』をリリース。

2010年、デビュー40周年記念 川崎クラブチッタにて19年ぶり三度目の来日。「悪魔と魔法使い」完全再現ライブを行った。ゲストでは元ホワイト・スネイクミッキー・ムーディが参加。このライヴは『Official Bootleg vol3:Live in Kawasaki Japan 2010』としてCD化され、2013年に『ライヴ・イン・カワサキ 2010』として国内盤が発売された[2]

2011年4月、22thアルバム『イントゥ・ザ・ワイルド(INTO THE WILD)』をリリース。

トレヴァー・ボルダー死去[編集]

2013年、現行メンバーであったトレヴァー・ボルダーが癌のため死去(62歳没)。ボルダー療養中のツアーの代役はデイヴィー・リマーが務め、彼の死去を受けて正式メンバーに昇格した[3]。その後、彼を迎えたラインナップで、2014年6月に通算23枚目のスタジオ・アルバム『異端審問(OUTSIDER)』をリリースした[4]

2016年、デビュー45周年記念 ジョン・ロートン率いるルシファーズ・フレンドと大阪Zeppなんば、川崎クラブチッタで来日ジョイント公演を開催した[5]

2018年、25thアルバム『リヴィング・ザ・ドリーム(Living The Dream)』をリリース[6]

備考・補足[編集]

「スパイス」から「ユーライア・ヒープ」への改名について、ミック・ボックスは1995年版CDのライナーノーツに「スタジオに入った時は4人組のスパイスだったのに、出てきた時は5人組のユーライア・ヒープになっていた」と書いている。この改名はブロンズ・レコードの社長兼ユーライア・ヒープのマネージャーのジェリー・ブロン(1933‐2012)の提案によるもので、ちょうど没後100周年でイギリス国内がディケンズ・ブームだったためにこの名前が目に留まったという。(『ユーライア・ヒープ』は、ディケンズの小説『デイヴィッド・コパフィールド』の登場人物)アルバムのタイトルもディケンズの描写に由来し、heavy、humbleのhが落ちているのもヒープの喋り方を模しているため)

メンバー[編集]

※2018年時点

現ラインナップ[編集]

  • ミック・ボックス (Mick Box) - ギター(1969年-現在、ギタリスト兼リーダー、唯一のオリジナルメンバー、元スパイス)
  • バーニー・ショウ (Bernie Shaw) - ヴォーカル(1986年-現在、六代目ヴォーカリスト、元グランプリ、元プレイング・マンティス、元ストレイタス
  • フィル・ランゾン (Phil Lanzon) - キーボード(1986年-現在、四代目オルガン・キーボード、元グランプリ
  • デイヴィー・リマー (Davey Rimmer) - ベース(2012年-現在、七代目ベーシスト)
  • ラッセル・ギルブルック (Russell Gilbrook) - ドラムス(2007年-現在、六代目ドラマー、元ベドラム、元クリス・バーバー・バンド、元G.O.D.S

旧メンバー[編集]

ヴォーカル[編集]

キーボード[編集]

ドラムス[編集]

ベース[編集]

ディスコグラフィ[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

  • ...ヴェリー・ヘヴィ・ヴェリー・ハンブル(原題 : VERY 'EAVY... VERY 'UMBLE)(1970年)
  • ソールズベリー(原題 : SALISBURY)(1971年)
  • 対自核(原題 : LOOK AT YOURSELF)(1971年)
  • 悪魔と魔法使い(原題 : DEMONS AND WIZARDS)(1972年)
  • 魔の饗宴(原題 : THE MAGICIAN'S BIRTHDAY)(1972年)
  • スウィート・フリーダム (原題 : SWEET FREEDOM)(1973年)
  • 夢幻劇(原題 : WONDERWORLD)(1974年)
  • 幻想への回帰(原題 : RETURN TO FANTASY)(1975年)
  • ハイ・アンド・マイティ(原題 : HIGH AND MIGHTY)(1976年)
  • ファイアフライ(原題 : FIREFLY)(1977年)
  • 罪なきいけにえ(原題 : INNOCENT VICTIM)(1978年)
  • 堕ちた天使(原題 : FALLEN ANGEL)(1978年)
  • 征服者(原題 : CONQUEST)(1980年)
  • 魔界再来(原題 : ABOMINOG)(1982年)
  • ヘッド・ファースト(原題 : HEAD FIRST)(1983年)
  • イクウェイター(原題 : EQUATOR)(1985年)
  • レイジング・サイレンス(原題 : RAGING SILENCE)(1989年)
  • ディファレント・ワールド(原題 : DIFFERENT WORLD)(1991年)
  • シー・オブ・ライト(原題 : SEA OF LIGHT)(1995年)
  • ソニック・オリガミ(原題 : SONIC ORIGAMI)(1998年)
  • ウェイク・ザ・スリーパー(原題 : WAKE THE SLEEPER)(2008年)
  • セレブレイション(原題 : CELEBRATION)(2009年)
  • イントゥ・ザ・ワイルド(原題 : INTO THE WILD)(2011年)
  • 異端審問(原題 : Outsider)(2014年)
  • リヴィング・ザ・ドリーム(原題 : Living the Dream)(2018年)

ライヴ・アルバム[編集]

  • ユーライア・ヒープ・ライヴ(原題 : LIVE 73)(1973年)
  • ライヴ・イン・ヨーロッパ1979(原題 : LIVE IN EUROPE1979)(1987年)
  • ライヴ・イン・モスクワ(原題 : LIVE IN MOSCOW)(1988年)
  • ライヴ・イン・ジャーマニー(原題 : SPELLBINDER)(1999年)
  • ライヴ・イン・アルメニア(原題 : Live in Armenia)(2011年)

OFFICIAL BOOTLEG

  • Official Bootleg 1:LIVE AT SWEDEN ROCK FESTIVAL 2009 (2010年)
  • Official Bootleg 2:Live in Budapest 2010 (2010年)
  • Official Bootleg 3:Live in Kawasaki Japan 2010 (2011年)
  • Official Bootleg 4:Live from Brisbane 2011 (2011年)
  • Official Bootleg 5:Live in Athens Greece 2011 (2011年)

脚注[編集]

外部リンク[編集]