ブラック・サバス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ブラック・サバス
Black Sabbath
Black Sabbath Barclays Center March 2014.jpg
USA.ニューヨーク公演 (2014年3月)
基本情報
別名 The Polka Tulk Blues Band
Earth
出身地 イングランドの旗 イングランド
ウェスト・ミッドランズ州 バーミンガム
ジャンル ヘヴィメタル[1][2][3]
ハードロック
ブルースロック[1]
ドゥームメタル[2]
活動期間 1968年 - 現在
レーベル ヴァーティゴ・レコード
ワーナー・ブラザース・レコード
I.R.S.レコード
ユニバーサル・ミュージック
公式サイト http://www.blacksabbath.com/
メンバー オジー・オズボーン (Vo)
トニー・アイオミ (G)
ギーザー・バトラー (B))
ビル・ワード (Ds)
旧メンバー ロニー・ジェイムズ・ディオ (Vo)
イアン・ギラン (Vo)
トニー・マーティン (Vo)
コージー・パウエル (Ds)
ジェフ・ニコルズ (Key)
ほか 以下を参照
バンドのロゴ

ブラック・サバスBlack Sabbath)は、イングランド出身のロックバンド

幾度もの変遷を経ながらも約50年に渡って活動し、「レッド・ツェッペリン」「ディープ・パープル」「ユーライア・ヒープ」と並ぶ、1970年代の四大ハードロック・バンドに数えられる。また、ヘヴィメタルの源流となる始祖的グループとしても知られる。

2000年2014年グラミー賞』受賞。2006年ロックの殿堂』入り。ローリング・ストーン誌選出「歴史上最も偉大な100組のアーティスト」第85位。

来歴[編集]

デビュー当時のグループショット (1970年)

オジー・オズボーン在籍期 (1968年 - 1979年)[編集]

[4] 1968年バーミンガムで結成。ボーカリストオジー・オズボーンが、新聞に新バンド結成のためのメンバー募集の公告を出した事が契機だった。

バンド名は当初「Earth」と名乗っていたが、ベーシストギーザー・バトラーが、1964年に公開されたマリオ・バーヴァホラー映画『BLACK SABBATH』(邦題『ブラック・サバス/恐怖!三つの顔』)から取って改名した。その映画の公開時、映画館には長蛇の列が出来ていたことから、「人間は恐怖を求める」という着想を得た、と本人は語っている。

デビューアルバム『Black Sabbath』(邦題『黒い安息日』)は、1970年2月の"13日の金曜日"という曰くつきの日付にリリースされた。

同年リリースの2ndアルバム『パラノイド』からシングルカットしたタイトルナンバー「Paranoid」がスマッシュヒット。同アルバムも全英アルバムチャート1位を獲得する。その後、1975年発表の6thアルバム『サボタージュ』まで、全英・全米ともにアルバムチャート上位にランクイン。特に5thアルバム『血まみれの安息日』までの作品が、いずれも全米で100万枚以上の売り上げを記録した。

1976年、この時期から新たな音楽の波「パンク/ニューウェーブ」のムーブメントが到来し、既存のロック・ミュージックは徐々に終息していく。それは当バンドも例外ではなく方向性の相違もあり、メンバー間にも不協和音が漂い始める。特にオジーが重度のアルコール問題を抱えていた。

1977年、遂にオジーを解雇。しかし後釜を据えても上手くいかず、継続のため翌年に呼び戻されて復帰するも、制作した8thアルバム『ネヴァー・セイ・ダイ』が酷評されて芳しくなかった。そして結局アルコール問題が改善されなかったオジーは、再度解雇される。

トニー・アイオミ主導期 (1979年 - 1996年)[編集]

ロニー・ディオ在籍時代 (1981年)

1979年、後任として「レインボー」を脱退したばかりのロニー・ジェイムス・ディオが加入。そのレインボーのサウンドと融合し、新たな様式美スタイルを展開した9thアルバム『ヘヴン&ヘル』を翌年に発表。業界からも高い評価を受ける。

1982年、ロニーがリーダーバンド『ディオ』結成に向けて脱退。後任に元ディープ・パープルイアン・ギランが加入するが、1984年にディープ・パープル再結成のためギランは脱退。その煽りを食らい、バンドは活動を停止してしまう。

1985年、トニー・アイオミはソロ・アルバムの制作を開始。翌年レーベルからの強い要請により、完成したアルバム『セヴンス・スター』をブラック・サバス名義でリリース。ゲストに招いていたグレン・ヒューズ等が、そのままツアーのバンドメンバーとなった。

また、この年に世界規模の大型チャリティー・コンサート『ライヴエイド』が開催。オリジナル・メンバーによる、一度きりのラインナップ復活として参加した[5]

1987年以降はロニー時代の様式美スタイル回帰を狙い、同タイプのボーカリスト トニー・マーティンやレインボー人脈のコージー・パウエル(Ds)を起用する。1992年、コージー等と入れ替わりに、その本家ロニー・ジェイムス・ディオが復帰するも、アルバムの1枚の短命に終わる。

1993年、トニー・マーティンが復帰。1994年にはコージーも復帰し活動を継続するが、その後オジー・オズボーンを含んだオリジナル・ラインナップの復活が企図される。

リユニオン期 (1997年 - 現在)[編集]

オリジナル再結成ツアーのグループショット (1999年)

1997年、正式にオリジナルメンバーの再結成を果たす。以降 当ラインナップ以外でブラック・サバスとは名乗らないと宣言。数年間ツアー活動を行いライブ・アルバムをリリースしたが、新しいスタジオ・アルバムは制作しなかった。

2000年、楽曲「Iron Man」で『グラミー賞』受賞。2006年ロックの殿堂』入り[6]

2007年、トニー・アイオミ側が、10thアルバム『悪魔の掟』時代のメンバー編成(ロニー・ディオ、ヴィニー・アピス、ギーザー・バトラー、トニー・アイオミ)でツアーを行うと発表。ブラック・サバスとして事実上の変名「ヘヴン・アンド・ヘル」名義で活動する[7]

2010年、ロニーが他界し、ヘヴン・アンド・ヘルの活動が停止[8]

2013年のグループショット

2011年11月11日11時11分、オジー・オズボーン、トニー・アイオミ、ギーザー・バトラー、ビル・ワードは、オリジナル・ラインナップの再始動を会見で発表した[9]。しかし後に、ビル・ワードが契約の内容に不満を持ち、再結成に参加しないと表明する。今後のライブや創作は、代役を迎えての活動に移行[10]

2013年、18年ぶりの19thアルバム『13』をリリース。デビューから43年目にして、初めて全米ビルボードチャート1位を獲得[11]。各国でも軒並み1位ないし上位にランクインした。

2014年、楽曲「God Is Dead?」で『グラミー賞』受賞[12]

2016年、バンドの最後となるライブツアー「THE END」を開始[13]

影響[編集]

1973年のグループショット

ジャズブルースを基調とし、「人を怖がらせる音楽を作る」というコンセプトで作られた音楽性は、ヘヴィメタルを形成していく要素の一つとして後続に大きな影響を与えた。その怪奇的なイメージで度々黒魔術悪魔と結び付けられ、ギタリストのトニー・アイオミがアメリカ・ツアーの最中、狂信者に楽屋で刃物を突きつけられたという危険なエピソードもある。結成当初からメンバー内の交流も公私共に良好で、ビル・ワードのエッセイ・『若き安息日』には「女風呂を必死にのぞこうとするトニー。その尻を持ち上げるオジー。それを心配そうに見守るギーザー。あの瞬間、俺達は初めてのセッションをした」との記述も残されている。

ブラック・サバスはその革新的な音楽により後続に大きな影響を与えた。アメリカではオジー・オズボーンのソロでの成功や、レインボーで知名度のあったロニー・ジェイムス・ディオの加入で多大な人気が今でもあり、HR/HMの歴史上最も重要なアーティストを決める投票でレッド・ツェッペリンに次いで2位に入ったこともあるほどである。

その影響力は、直系のハードロックヘヴィメタルに留まらず、ブラック・フラッグなどのハードコア・パンクニルヴァーナなどのグランジブラックメタルドゥームメタル(ストーナーロックやスラッジメタルも含む)といったジャンルにおいても、その源流として扱われることが多い。

メンバー[編集]

オリジナル・ラインナップ[編集]

        
オジー・オズボーン(Vo) 2011年
トニー・アイオミ(G) 2012年
ギーザー・バトラー(B) 2013年
ビル・ワード(Ds) 1999年

ライヴ・サポート[編集]

  • トミー・クルフェトス Tommy Clufetos - ドラムス (2012年- )
  • アダム・ウェイクマン Adam Wakeman - キーボード (2004年-2006年, 2012年- )

旧メンバー[編集]

ボーカル
ベース
  • デイヴ・スピッツ Dave Spitz (1985年-1986年, 1987年)
  • ボブ・デイズリー Bob Daisley (1986年)
  • ジョー・バート Jo Burt (1987年)
  • ローレンス・コットル Laurence Cottle (1988年-1989年)
  • ニール・マーレイ Neil Murray (1989年-1991年, 1994年-1995年)
ドラムス
キーボード
  • ジェフ・ニコルズ Geoff Nicholls (1980年-2004年)

ディスコグラフィー[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

ライヴ・アルバム[編集]

コンピレーション・アルバム[編集]

来日公演[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]