ベヴ・ベヴァン
| ベヴ・ベヴァン Bev Bevan | |
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ベヴ・ベヴァン(1977年) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | Beverley Bevan |
| 生誕 | 1944年11月24日(81歳) |
| 出身地 |
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| ジャンル | ロック、ポップス |
| 職業 | 音楽家、ドラマー |
| 担当楽器 | ドラム、パーカッション |
| レーベル | ユナイテッド・アーティスツ、ジェット、ハーヴェスト、エピック、EMI |
| 共同作業者 | ザ・ムーヴ、エレクトリック・ライト・オーケストラ、ブラック・サバス、ELO Part II、Bev Bevan's Move |
| 公式サイト | Musical career |
ベヴ・ベヴァン(Bev Bevan、1944年11月24日 - )は、イングランドのロック・ドラマー。ザ・ムーヴ、エレクトリック・ライト・オーケストラのオリジナル・メンバーとして著名。1983年から1984年にはブラック・サバスのツアー・メンバーとしても活動した。
キャリア
[編集]バーミンガムのスパークヒル出身[1]。高校卒業後、デパートのバイヤーとして働いていた。プロとしての音楽キャリアはデニー・レイン&ザ・ディプロマッツ[2]への助っ人参加がスタートであった。1966年、カール・ウェイン&ザ・バイキングス[3][4]に加入し、それがザ・ムーヴ、エレクトリック・ライト・オーケストラ(以下ELO)へと発展していった。ベヴァンはドラム、パーカッションのほか、ザ・ムーヴ時代にはボーカルもこなした[注釈 1]。
ELOはソングライターにしてマルチプレイヤーのジェフ・リン、ロイ・ウッド[注釈 2]、ベヴァンによって結成され、1971年にファースト・アルバムを発表。以降、1970年代から1980年代の初頭まで世界的な人気を博す。
ベヴァンは、『ズーム』[注釈 3](2001年)以降の作品を除く、すべてのELO名義のアルバムのレコーディングに参加した。1976年には、ソロ・シングル「Let There Be Drums」[5][注釈 4]を発表。1980年にはELOのバイオグラフィを出版した。
1983年、イアン・ギラン擁するブラック・サバスのアルバム『悪魔の落とし子』収録の「Trashed」と「Zero the Hero」のPVに出演、そのままビル・ワードの代役として「Born Again tour」に参加した。
1986年、バーミンガム小児病院のためのチャリティ・イベント『ハートビート』を企画立案した。同イベントは同年3月15日に開催され、ムーディー・ブルース、ロバート・プラント、UB40、ザ・ロイ・ウッド・バンド、ELOが出演して大成功を収めた[6]。
1988年、既に活動を停止していたELOの復活をリンに打診するも同意が得られなかったので、リン抜きでの活動再開を決意。バンド名を巡ってELOの商標権を共有していたリンと紛糾し、ELO Part IIと名乗ることで合意を得た。
ELO Part IIはニール・ロックウッド[7]ほか3名のリード・ボーカリストを擁し、ベヴァンの下で良く言えば民主的に運営されたが、ELOの中心人物であったリンに相当する創作の核を持たなかった。デビュー・アルバム発表後に元ELOのメンバーと関係者数人を迎え入れて[注釈 5]活動し続けたが、結局ELOほどの成功は収められなかった。1999年末、べヴァンは音楽界からの引退を決意し、所有していたELOの商標権をリンに売却して[8]2000年にELO Part IIの解散を発表する[注釈 6]。
2004年のカール・ウェインの死後、ELO Part IIのメンバーだったロックウッドとフィル・ベイツ、フィル・トゥリーらとベヴ・ベヴァンズ・ムーヴを結成して音楽界に復帰。ザ・ムーヴ時代の曲をセットの中心に据えたツアーを敢行した[注釈 7]。
現在、BBCのローカル・ラジオ放送局BBCウェストミッドランズで毎週日曜日午後の番組を担当しているほか、バーミンガムで週1回発行されるタブロイド紙サンデー・マーキュリーの紙面上でレコード・レビューを担当、同紙のブログでも執筆活動を行っている。
私生活
[編集]イングランド中部のウォリックシャーに妻、息子と暮らしている。彼はウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFCの熱狂的なサポーターである。
著書
[編集]- Bevan, Bev (1980). The Electric Light Orchestra Story. Mushroom Publishing Ltd. ISBN 978-0907394013
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 「Zing! Went the Strings of My Heart」「Ben Crawley Steel Co」の2曲をレコーディングしてもいる。
- ↑ ファースト・アルバムのみで脱退。
- ↑ ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターらをゲストに迎えて制作された、事実上リンのソロ・アルバム。ELOの元メンバーではリチャード・タンディのみが参加。
- ↑ サンディ・ネルソンの曲のカバー。
- ↑ ミック・カミンスキー(ヴァイオリン)、ヒュー・マクダウェル(チェロ)とケリー・グロウカット(ベース、ボーカル)。オーケストレーションと指揮を担当していた非メンバーのルイス・クラーク。
- ↑ カミンスキー、グロウカット、クラークらはバンド名をジ・オーケストラ(The Orchestra)と変えて活動を存続させた。
- ↑ ベイツは2007年7月に脱退し、ジ・オーケストラに加入した。
出典
[編集]- ↑ Strong, Martin C. (2000). The Great Rock Discography (5th ed.). Edinburgh: Mojo Books. pp. 673–675. ISBN 1-84195-017-3
- ↑ “Denny Laine And The Diplomats” (英語). www.discogs.com. 2026年2月13日閲覧。
- ↑ “Carl Wayne & The Vikings” (英語). www.discogs.com. 2026年2月13日閲覧。
- ↑ Turner (2024), p. 9.
- ↑ “Bev Bevan – Let There Be Drums” (英語). www.discogs.com. 2026年2月13日閲覧。
- ↑ face-the-music.de
- ↑ “Neil Lockwood” (英語). www.discogs.com. 2026年4月12日閲覧。
- ↑ Delve (2022), p. 237.
引用文献
[編集]- Delve, Barry (2022). The Electric Light Orchestra on Tracks. Sonicbond Publishing. ASIN B0B8QX7TV8
- Turner, James R. (2024). Roy Wood. The Move, ELO and Wizzard. Sonicbond Publishing. ASIN B0DP4M935P
外部リンク
[編集]bevbevan.com公式サイト(2019年1月現在、閉鎖。同ドメインはアダルトサイトが流用)- face-the-music.de