ムーディー・ブルース

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ムーディー・ブルース
The Moody Blues
The Moody Blues gig Bristol 2013 MMB 16.jpg
UK.ブリストル公演 (2013年6月)
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランド
ウェスト・ミッドランズ州バーミンガム
ジャンル プログレッシブ・ロック
シンフォニック・ロック
サイケデリック・ロック
シンセポップ
活動期間 1964年 - 現在
レーベル デッカ/デラム・レコード
Threshold Records
ロンドンレコード
ポリドール・レコード
ユニバーサル ミュージック
公式サイト moodybluestoday.com
メンバー ジャスティン・ヘイワード
ジョン・ロッジ
グレアム・エッジ
旧メンバー レイ・トーマス
マイク・ピンダー
パトリック・モラーツ
デニー・レイン
クリント・ワーウィック

ムーディー・ブルースThe Moody Blues)は、イングランド出身のプログレッシブ・ロックバンド

ロック界において最古参に位置し、プログレの草分け的存在としても知られる。音楽にいち早くメロトロンを取り入れ、シンフォニック・ロックの礎を築いた。

経歴[編集]

1970年のグループショット

プログレッシブ・ロック期 (1964年 - 1974年)[編集]

1964年5月、バーミンガムでムーディー・ブルースとして初のライブを行う[1]。当時のメンバーはレイ・トーマスマイク・ピンダーグレアム・エッジデニー・レイン、クリント・ワーウィックの5人。デビュー最初期はR&B系グループとして活動しており、「ゴー・ナウ!」が1965年に全英1位・全米10位の大ヒットを記録するが、1966年春にクリント・ワーウィックが脱退し、同年にはリード・ボーカルとギターを担当していたデニー・レインも脱退[1]。レインは後にポール・マッカートニー率いるウイングスに加入する。

メンバー2人の脱退に伴い、バンドはジョン・ロッジジャスティン・ヘイワードを迎え入れて、メロトロンシンセサイザーなどの電子楽器を駆使した前衛的な音楽性に変わっていく。1967年発表の2ndアルバム『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』では、1960年代の段階でオーケストラとの競演で新しいロックのスタイルを築き上げるなど、プログレッシブ・ロックというジャンルを生み出した草分け的な存在と言える[2]

その後は、1968年失われたコードを求めて』、1969年夢幻』、1971年童夢』といったほとんどのアルバムが英米で大ヒットを記録。ピンク・フロイドキング・クリムゾンイエスEL&Pジェネシス等と共に1960〜70年代のプログレッシブ・ロック・ムーブメントを支えた。かつてジミー・ペイジは「本当にプログレッシブなバンドは、ピンク・フロイドとムーディー・ブルースだけだ」と語っていた。

また、1967年に発売されたシングル「サテンの夜」は、発売当時は全英19位のヒットだったが、1972年にラジオ局から人気に火がつき、全英9位・全米2位・カナダ1位の大ヒットを記録し、彼らの代表曲となった。収録されているアルバム『デイズ・オヴ・フューチャー・パスト』も後年1972年にアメリカでチャートインし最高位3位迄上昇した。

1972年にアルバム『セヴンス・ソジャーン』を発表してからは、メンバー個人のソロ・アルバム製作や、アーティスト自身のレコード・レーベルでは先駆けとなる「スレッショルド・レコード」(『夢幻』の原題から名称がとられた)の運営などが活動の中心となり、バンド活動が停滞する。この時期はプログレッシブ・ロックの最盛期であり、この頃にほとんど活動を行っていなかった。1974年4月には、アメリカカリフォルニア州に移住していたマイク・ピンダーが、家族との生活を優先させるためバンドを一度脱退する[3]

再始動以降 (1978年 - 現在)[編集]

再始動時期のライブ

1977年、かつて1969年に開催されたロイヤル・アルバート・ホール公演のライブ音源とスタジオ・アウトテイク5曲を収録したアルバム『Caught Live +5』がリリースされ、同アルバムの売り上げが好調だったことから1978年に正式に再始動し[4]、マイク・ピンダーもバンドに復帰した[3]。しかし、再結成第1弾アルバム『新世界の曙』録音途中で、マイク・ピンダーは続くツアー参加に難色を示し、録音途中でアルバム製作から抜け、プロモーションビデオやアルバム用写真撮影にも不参加。それに伴い、長年、6人目のムーディーブルースとまで言われたプロデューサーのトニ・ークラークも「マイクがいないムーディー・ブルースをプロデュースする意味がない」という理由で抜け、同じく長年録音エンジニアを担当していたデレク・バーナルズが、生オーケストラを使ったアレンジを加え、最終的なアレンジが完成した。こうして難題が続いた『新世界の曙』は、リリースまでこぎつけたが、続くツアーには、オーディションの結果、元イエスパトリック・モラーツが参加した[5]

その後、1981年発表のアルバム『魂の叫び』のレコーディングに際し、マイク・ピンダーから「レコーディングにだけは参加したい」との連絡がメンバーに入ったが、バンドはマイク・ピンダーの参加を認めず、パトリック・モラーツを正式なメンバーとし、『魂の叫び』のレコーディングを行う。この『魂の叫び』は、9年ぶりに全米1位を獲得[6]、復活を印象付けた。『魂の叫び』録音でのグレアム・エッジのコメントが残っている。「イーグルスのホテル・カリフォルニアのようなドラム演奏をしたかった」実際、グレアム・エッジのドラム演奏は、過去のアルバムを通し、もっともダイナミックでパワフルな演奏を残している。

UK.オックスフォード公演 (2008年10月)

1980年代以降はプログレッシブ・ロックの衰退もあり、ポップな大衆的音楽に変化していった。1986年にはトニー・ヴィスコンティをプロデューサーに迎え、ポップ・ナンバー「Your Wildest Dreams」が全米9位を記録し、久々のヒットとなった。

1991年、パトリック・モラーツが脱退[5]

2002年12月、レイ・トーマスが今後のツアーには参加しない意志を明かし[7]、バンドの正式メンバーはジャスティン・ヘイワード、ジョン・ロッジ、グレアム・エッジの3人となる。

2003年、16thアルバム『December』をリリース。後日ジャスティン・ヘイワードは「これが最後のスタジオアルバムになるだろう」と示唆した[8]

その後はライブ活動に専念し、サポートメンバーを集いながら活動を続けている。

メンバー[編集]

現ラインナップ[編集]

  • ジャスティン・ヘイワード Justin Hayward – ギター/ボーカル (1966– )
  • ジョン・ロッジ John Lodge – ベース/ボーカル (1966– )
  • グレアム・エッジ Graeme Edge – ドラムス/ボーカル (1964– )

旧メンバー[編集]

  • レイ・トーマス Ray Thomas – フルート/ボーカル (1964–2002)
  • マイク・ピンダー Mike Pinder – キーボード/ボーカル (1964–1978)
  • デニー・レイン Denny Laine – ギター/ボーカル (1964–1966)
  • クリント・ワーウィック Clint Warwick – ベース/ボーカル (1964–1966) RIP.2004
  • ロドニー・クラーク Rodney Clark – ベース/ボーカル (1966)
  • パトリック・モラーツ Patrick Moraz – キーボード (1978–1990)

ディスコグラフィー[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

発売年 邦題 原題 順位(英) 順位(米)
1965 デビュー! The Magnificent Moodies - -
1967 デイズ・オブ・フューチャー・パスト Days Of Future Passed 27位 3位
1968 失われたコードを求めて In Search Of The Lost Chord 5位 23位
1969 夢幻 On The Threshold Of A Dream 1位 20位
1969 子供たちの子供たちの子供たちへ To Our Children's Children's Children 2位 14位
1970 クエスチョン・オブ・バランス A Question Of Balance 1位 3位
1971 童夢 Every Good Boy Deserves Favour 1位 2位
1972 セヴンス・ソジャーン Seventh Sojourn 5位 1位
1978 新世界の曙 Octave 6位 13位
1981 魂の叫び Long Distance Voyager 7位 1位
1983 新世界への道程 The Present 15位 26位
1986 ジ・アザー・サイド・オブ・ライフ The Other Side Of Life 24位 9位
1988 シュール・ラ・メール Sur La Mer 21位 38位
1991 キーズ・オブ・ザ・キングダム Keys Of The Kingdom 54位 94位
1999 ストレンジ・タイムズ Strange Times 19位 93位
2003 ディセンバー December - -

ライブ・アルバム/コンピレーション・アルバム[編集]

発売年 邦題 原題 順位(英) 順位(米)
1974 ディス・イズ・ザ・ムーディー・ブルース This is The Moody Blues 14位 11位
1977 コート・ライヴ Caught Live + 5 - 26位
1979 アウト・オヴ・ディス・ワールド Out of this world 15位 -
1985 ヴォイス・イン・ザ・スカイ Voices in the sky - 132位
1990 グレーティスト・ヒッツ Greatest Hits 71位 113位
1993 ライヴ:ア・ナイト・アット・レッド・ロックス A Night At Red Rocks - 93位
1996 ヴェリー・ベスト・オヴ・ザ・ムーディー・ブルース Very Best of The Moody Blues 13位 -
2000 ホール・オヴ・フェイム Hall Of Fame - 185位
2005 ラヴリー・トゥー・シー・ユー Lovely To See You - -
2007 BBC:1976-1970 Live At The BBC: 1967 - 1970 - -
2010 ワイト島 Live at the Isle of Wight Festival 1970 - -

日本公演[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]

公式ウェブサイト