ブライアン・フェリー

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ブライアン・フェリー
Bryan Ferry (6216585713).jpg
ブライアン・フェリー (2011)
基本情報
出生名 Bryan Ferry
生誕 (1945-09-26) 1945年9月26日(72歳)
出身地 イングランドの旗イングランドシティ・オブ・サンダーランドワシントン
ジャンル グラム・ロック、アートロック、R&B、ソウル、フォーク・ロック、ポップ、AOR
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ヴォーカル、キーボード、ハーモニカ、ギター
活動期間 1971年 - 現在
レーベル アトランティック・レコード
共同作業者 ロキシー・ミュージック

ブライアン・フェリー(Bryan Ferry, CBE, 1945年9月26日 - )は、イギリスロックミュージシャンシンガー、作曲家。ロキシー・ミュージックやソロ活動で有名である。

Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第60位[1]

来歴[編集]

イギリス、イングランド北部ニューカッスル郊外ワシントンで父親が炭坑夫の労働者階級家庭で生まれた。ロキシー・ミュージックのオリジナル・メンバーでは、フェリー以外のメンバーは全員が中流階級出身である。1963年にアマチュア・ソウル・バンドのバンシーズでシンガーとして活動。苦学しつつニューカッスル大学に入り、ポップアートの先駆的存在とされるリチャード・ハミルトンのもとで美術を学ぶ。その後ロンドンに引っ越し、陶芸やピアノの教師として働きながら曲を書く。

1971年ロキシー・ミュージック結成、1972年に『ロキシー・ミュージック』でデビュー。1973年にはバンドと並行してソロ活動も開始し、全曲カヴァーのソロ・デビュー作『愚かなり、我が恋』発表。1974年末、ロキシー・ミュージックの活動の合間を縫って、初のソロ・コンサートを行う。フェリーは、75年から77年にはキャリアのピークを迎える。1975年にはロキシーとしての「恋はドラッグ」がアメリカでもヒットした。76年から77年にかけての「レッツ・スティック・トゥゲザー」(R&B歌手ウィルバート・ハリソン「レッツ・ワーク・トゥゲザーのカバー)、「トキヨー・ジョー」は彼の作品の中でも特にデキが良く、評価が高かった。1975年にロキシー・ミュージックが解散してからは、ソロ活動に専念し、1977年に初来日公演を行う。

1979年から1983年にかけて、再結成ロキシー・ミュージックで活動。その後ソロ活動を再開させ、1985年にはアルバム『ボーイズ・アンド・ガールズ』が好調なチャート・アクションを示した。。このアルバムからのシングル「DON’T STOP THE DANCE」もアメリカでヒットした。

1997年、『イン・ユア・マインド』(1977年)収録曲「TOKYO JOE」が、フジテレビの水曜劇場で使用され、日本のオリコン洋楽シングルチャートで1位を記録する[2]など日本で大ヒットした(フェリー自身も同ドラマにカメオ出演している[2])。

2001年、ロキシー・ミュージックの再々結成ツアーに参加。

音楽性[編集]

ロキシー・ミュージックは、ヨーロッパ的ダンディズムを感じさせるサウンドと奇抜なファッションから、グラム・ロックのバンドとされた。ブライアン自身は、R&Bソウル・ミュージックといったブラック・ミュージックからも影響を受けている。

自身も優れたソングライターで、ロキシー・ミュージックでは曲作りの中心を担っていたが、ソロ活動では、他人の曲をカヴァーするのも好んでいる。ボブ・ディランの反戦歌「激しい雨が降る」[3]、ビーチ・ボーイズの「ドント・ワリー・ベイビー」、プラターズの「煙が目に染みる」などはデキの良いカバーだった。『タクシー』は黒人音楽のカヴァーが中心だが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのカヴァーも含む。『ディラネスク』は全曲ボブ・ディランのカヴァー。他にもビートルズエルヴィス・プレスリー等を取り上げている。

基本的にシンガーであるが、ハーモニカやギター、キーボードも演奏する。特に多くのアルバムとライブにて披露されているキーボードは、個性的なサウンドで技術的な制約に由来する、ある意味でヘタウマの典型例と言える。ハーモニカもロキシーミュージック初期のアルバム『フォー・ユアー・プレジャー』やソロアルバム「レッツ・スティック・トゥゲザー」などのほか、一部のライブで聴くことが出来る。ハーモニカは本来ブルースの楽器であるが、ブライアンの演奏にはソウルフルな味わいがあり(「レッツ・スティック・トゥゲザー」ではメル・コリンズのサックスと聴き比べることもできる)、彼のルーツを知る手掛かりとして興味深い。ギターは初期のライヴ映像や『アヴァロン』の「INDIA」などで披露されているが、彼のギターは基本的にシンガーの余興の域を越えないレベルである。

ディスコグラフィ[編集]

ロキシー・ミュージック[編集]

ロキシー・ミュージックの項目参照

ソロ[編集]

  • These Foolish Things (1973)
  • Another Time, Another Place (1974)
  • Let's Stick Together (1976)
  • In Your Mind (1977)
  • The Bride Stripped Bare (1978)
  • Boys And Girls (1985)
  • Bête Noire (1987)
  • Taxi (1993)
  • Mamouna (1994)
  • As Time Goes By (1999)
  • Frantic (2002)
  • Dylanesque (2007)
  • OLYMPIA (2010)
  • Avonmore (2014)

日本公演[編集]

  • 1977 IN YOUR MIND TOUR
  • 1988 BETE NOIRE TOUR
  • 1995 MAMOUNA TOUR
  • 2002 FRANTIC TOUR

著作物[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Rocklist.net...Q Magazine Lists..”. Q - 100 Greatest Singers (2007年4月). 2013年5月21日閲覧。
  2. ^ a b 「ギフト」主題歌歌手が特別出演、ZAKZAK、1997年5月26日。(インターネットアーカイブのキャッシュ)
  3. ^ http://www.pastemagazine.com/.../bryan-ferry-a-hard-rains-a-...

外部リンク[編集]