ハノイ・ロックス

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ハノイ・ロックス
Hanoi Rocks
Hanoi Rocks - Ilosaarirock 2008.jpg
2008年7月11日ヨエンスーで開催されたロック・フェスティバル「イロサーリロック」でのハノイ・ロックス
基本情報
別名 ハノイ
出身地 フィンランドの旗 フィンランド
ウーシマー州 ヘルシンキ
ジャンル グラム・パンク
ハードロック
グラムロック
グラム・メタル
活動期間 1980年 - 1985年
2001年 - 2008年
共同作業者 スーサイド・ツインズ
エルサレム・スリム
デモリション23
ニューヨーク・ドールズ
公式サイト Hanoi Rocks - MySpace
メンバー マイケル・モンロー
アンディ・マッコイ
コニー・ブルーム
アンディ・クリステル
ジョージ・アトラジック
旧メンバー ナスティ・スーサイド
ステファン・ピースナック
ネド
ペキ・サーロラ
サム・ヤッファ
ジップ・カジノ
ラズル
テリー・チャイムス
レネ・ベーグ
ティモ・カルティオ
ラク
ティンパ
コステロ・ホートマキ

ハノイ・ロックス(HANOI ROCKS)は、フィンランド出身のロックバンド。略称「ハノイ」。

概要[編集]

1980年ヘルシンキマイケル・モンローアンディ・マッコイを中心に結成された。1981年、のデビュー以来、メロディアスで小気味の良いロックナンバーを発表。本格的な全米デビューを控えていた矢先の1984年、ドラマーのラズルがヴィンス・ニールモトリー・クルー)の運転する車に乗車中、事故に遭い死亡。代役を入れるなどしたが上手くいかず、翌1985年に解散した。活動当時はあまり知名度が高くなかったが、解散後、ガンズ・アンド・ローゼズスキッド・ロウ日本ではZIGGYなどが彼らに影響を受けたと話すようになり、次第に有名になっていった。往年のメンバーはそれぞれの道を歩んでいたが、2001年にマイケルとアンディによって復活。3作のアルバムをリリースし、ファンの期待も大きかったが2008年に再び解散を発表し、2009年4月12日フィンランドでのライブをもって活動を終了した。

略歴[編集]

1977年アンディ・マッコイスウェーデンパンクバンドBriardでデビュー。

1980年フィンランドヘルシンキマイケル・モンローナスティ・スーサイドサム・ヤッファのバンドにアンディ・マッコイが加入する形で結成。

1981年4月、1stアルバム「Bangkok Shocks Saigon Shakes」をリリース。

1982年1月、2ndアルバム「Oriental Beat」をリリース。フィンランドで国内No1を獲得。8月にコンピレーション・アルバム「Self Destruction Blues」をリリース。またもフィンランド国内でNo1。この頃にバンドは本拠地をロンドンに移転、ドラマーがジップ・カジノからラズルへ交代する。

1983年5月、3rdアルバム「Back To Mystery City」をリリース。レディング・フェスティバルに出演。

1984年9月、メジャー・レーベルCBSと契約し4thアルバム「Two Steps From The Move」をリリース。いよいよ全米進出という矢先の12月、ラズルがモトリー・クルーヴィンス・ニールの起こした交通事故により死去。

1985年に解散。

マイケルはソロ活動を開始、アンディはナスティと「スーサイド・ツインズ」を結成したがアルバム一枚で解散。その後ナスティは「チープ・アンド・ナスティ」を結成、アンディは「チェリー・ボムズ」を結成した。サムはアメリカのグラム・メタルバンド、「ジェット・ボーイ」に参加、とメンバーはそれぞれの道を歩んでいった。

解散後最も活動が成功していたマイケルは1992年スティーヴ・スティーヴンスと「エルサレム・スリム」を結成し話題となったが、スティーヴンスが当時モトリー・クルーを脱退しソロ活動を始めていたヴィンス・ニールのバンドに合流するため即脱退、「エルサレム・スリム」はアルバムをリリースした時点ですでに解散という結果となった。その後マイケルは1994年にサムと「デモリション23」を結成するもののアルバム一枚を残して活動を停止。

2001年にマイケル、アンディを中心に再結成し、2002年に「Twelve Shots On The Rocks」をリリース。ナスティ・サムは参加せず、新規メンバーにコステロ・ホートマキ(ギター)、ティンパ(ベース)、ラク(ドラム)が加入。80年代に活動していたときはグラムロック色のあるパンク系だったが、再生後はマイケル・モンローのソロに通ずるハードロック系であった。

2003年コステロ脱退。

2004年スティーヴィー・クラッソン加入。

2005年スティーヴィー、ティンパ脱退。コニー・ブルーム、アンディ "A.C." クリステル加入。「Another Hostile Takeover」をリリース。

2007年に「Street Poetry」をリリース。

2008年ラク脱退。ジョージ・アトラジック加入。10月21日、二度目の解散を発表。

2009年3月に日本でフェアウェルツアー、4月に地元フィンランドのTavastia Clubにて6日連続8公演を行い、最終日4月12日のライヴをもって、その活動に幕をおろした。

メンバー[編集]

全盛期のメンバー[編集]

1962年6月17日フィンランドヘルシンキ出身、本名Matti Fagerholm
1962年10月11日フィンランドペルコセンニエミ出身、本名Antti Hulklo
  • ナスティ・スーサイド (Nasty Suicide - ギター) (1979年~1985年)
1965年2月27日フィンランドシポー出身、本名Jan Stenfors
  • サミ・ヤッファ (Sami Yaffa - ベース) (1980年~1985年)
1963年9月4日フィンランドエスポー出身、本名Sami Takamäki
1960年12月2日イングランドロイヤル・レミントン・スパ出身、本名Nicholas Dingley

過去在籍したメンバー[編集]

  • ステファン・ピースナック (Stefan Piesnack - ギター) (1979年~1980年)
  • コステロ・ホートマキ (Costello Hautamaki - ギター) (2002年~2003年)
  • スティーヴィー・クラッソン (ギター)(2004年)
  • コニー・ブルーム (Conny Bloom - ギター) (2005年~2008年)
  • ネド (Nedo - ベース) (1979年~1980年)
  • レネ・ベーグ (René Berg - ベース) (1985年)
  • ティモ・カルティオ (Timo Kaltio - ベース) (1985年)
  • ティンパ (Timpa - ベース) (2002年~2004年)
  • アンディ "A.C." クリステル (Andy "A.C." Christell - ベース) (2005年~2008年)
  • ペキ・サーロラ (Peki Sirola - ドラムス) (1979年~1980年)
  • ジップ・カジノ (Gyp Casino - ドラムス) (1980年~1982年)
  • テリー・チャイムス (Terry Chimes - ドラムス) (1984年~1985年)
  • ラク (Lacu - ドラムス) (2002年~2008年)
  • ジョージ・アトラジック (George Atlagic - ドラムス) (2008年)

ディスコグラフィと邦題[編集]

  • 1981年 Bangkok Shocks, Saigon Shakes (白夜のバイオレンス)
  • 1982年 Oriental Beat (オリエンタル・ビート)
  • 1983年 Self Destruction Blues (セルフ・ディストラクション・ブルース)
  • 1983年 Back to Mystery City (ミステリー・シティ)
  • 1984年 All Those Wasted Years (live) (燃えるロンドン・ナイト
  • 1984年 Two Steps From The Move (トゥー・ステップス・フロム・ザ・ムーヴ)

再生後のディスコグラフィ[編集]

  • 2002年 Twelve Shots on the Rocks (トゥエルヴ・ショッツ・オン・ザ・ロックス)
  • 2005年 Another Hostile Takeover (アナザー・ホスタイル・テイクオーヴァー)
  • 2007年 Street Poetry (ストリート・ポエトリー)

外部リンク[編集]