Hi-NRG

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ハイエナジー 『Hi-NRG』
様式的起源 ディスコ
ポスト・ディスコ
ポップ・ミュージック
シンセポップ
エレクトロニカ
文化的起源 1970年代イギリスおよびアメリカ合衆国
使用楽器 ドラムセットシンセサイザー鍵盤楽器ミュージックシーケンサー
派生ジャンル ユーロビート,テクノ
地域的なスタイル
東京ニューヨークニューヨーク州

Hi-NRGHigh Energy, ハイエナジー)は、1980年代初期にディスコやクラブで人気の高かったダンス・ミュージックの一種であり、今日では音楽マニアのみに人気のあるジャンルである。ディスコ音楽電子楽器を導入したポスト・ディスコから発展して生まれた音楽であるとされる。

概要[編集]

楽器電気楽器で作られるディスコ音楽から派生した、電子楽器によるダンスミュージック(Hi-NRG,ユーロビート,ハウス,テクノ等)の中でも最初に登場したジャンルである。全面的に電子楽器を導入しているが、1970年代から続く伝統的なディスコ音楽が持つ華美さを色濃く残している。1980年代中盤に、よりポップさとスピードを増したユーロビートへと進化した。元々万人受けを目指したジャンルであり、聴けばそれと分かる定型的な楽曲ばかりが発表され続けたため世界的に飽きられ、1980年代末から流行はハウスに移行した。しかし、流行が去った後も、好事家のためのアンダーグラウンドな音楽ジャンルとして細々と制作は続けられているようである。

現代的な価値[編集]

人類史上で見ると、電子楽器によるダンス・ミュージックは実験期のポスト・ディスコに続いて電子化されたポピュラー志向のディスコ音楽であるHi-NRGが登場し、当時の一般層は最先端の音楽として受け入れることが出来た。しかし、現代からすればダンス・ミュージックに関するノウハウが少なく、デジタル化最初期の非常に貧弱な機材で制作された音楽であるため、現在では下記のような欠点が耳に付いてしまう。

  • ポップスとして理解しやすいが、リスナーが予測しやすい単調な展開
  • 技術的に発展途上にあったシンセサイザーの音色のバリエーションの狭さと音抜けの悪さ

元々は流行物として作られた音楽であるが、世界的にブームが過ぎ去った現代では、音楽の歴史に関する体系的な理解を前提として聴く敷居の高い音楽に変貌してしまったと言える。

歴史[編集]

伝統的なディスコ音楽はエレキギターを初めとした電気楽器で制作される。しかし、1977年にジョルジオ・モロダーピート・ベロッテのコンビによるプロデュースで全ての楽器を”電子楽器”に置き換えて実験的に制作された、ドナ・サマーの「I Feel Love」[1]が発売されると、電子楽器によるディスコ音楽の可能性が認知されるようになった。ブライアン・イーノも「I Feel Love」の発売当初に「このシングルはこの先15年のクラブミュージックのサウンドを変えることになるだろう」とコメントしており、1977年当時において「I Feel Love」が非常に画期的な楽曲であったことが伺える。従って、Hi-NRGはディスコ音楽電子音楽の融合により誕生したジャンルであると言える。

"Hi-NRG"という名称は、ロンドンイアン・レビーン(Ian Levine)によってプロデュースされた、イブリン・トーマス(Evelyn Thomas)のディスコ・ヒット"ハイエナジー(High Energy)"(1984年)に由来する。

典型的な"Hi-NRG"の特徴のひとつに、シンセベースのオクターブ奏法(低音と1オクターブ上の高音が交互に並び、ドラムのハイハット的な役割を担う)を用いる事がある。これは1980年代半ばにHi-NRGがユーロビートに進化した際にもそのまま引き継がれた。またシーケンサーで組まれたエネルギッシュでスタッカートの効いたシンセサイザー音が使用され、ドラムマシンのクラップ音も頻繁に使用される。1982年The EndUp英語版(※訳注:サンフランシスコナイトクラブ)で、DJパトリック・カウリーが最初にHi-NRG音楽の人気を高めた。1984年には主にレコードレーベルレコード・シャーク(Record Shack)が、イギリスアメリカの主流ポップチャートで成功を収め、一気にポピュラー化する。

レコード・シャークは、ブレイク・マシン英語版ミケール・ブラウンによるトラックと、84年に奇跡的にカムバック・シングルをヒットさせた大ベテランの女性歌手、アーサ・キット(Eartha Kitt)によって、ダンス・チャートでの成功を収めた。

ストック・エイトキン・ウォーターマン(Stock Aitken Waterman)も、その時期のHi-NRGプロデューサーである。彼はディヴァイン(Divine)とヘイゼル・ディーン英語版を世を送り出し、プロデュースとして最も成功したHi-NRGトラック、デッド・オア・アライヴの「You Spin Me Round (Like a Record)」は、UKナンバーワンとなった。 その後のHi-NRGは、主にハウスミュージックに取って代わられた観があるが、それでも主流ポップヒットでは、Hi-NRGバージョンとしてアンダーグラウンドシーンにおいて楽しまれているものも残っている。

現代のHi-NRGサウンドは、1990年代に出現したクリスティーン W英語版アビゲイル (歌手)英語版という、2人の主要なHi-NRGアーティストの功績によってクラブ/ダンスミュージックシーンのメジャー勢力となっているが、かつてと基本的なスタイルは同じであるものの、時代の流行が取り込まれたリズムとシンセへと変化している。

この時期にヨーロッパで作成されたHi-NRGトラックの例としては、イタロ・ディスコ(すなわち、タフィーマガジン60Roni Griffithなど)と、ディスコフォックス(すなわち、リンダ・ジョー・リッツオリアン・ロスモダン・トーキングファンシーレフト・アップブルー・システムバッド・ボーイズ・ブルー)を挙げることができる。

アーティスト[編集]

レコード[編集]

これらのレコードは全て、1980年代にHi-NRGチャートに到達した

ナンバー1[編集]

これらのレコードは、レコードミラーでジェームズ・ハミルトンとアラン・ジョーンズによって作成されたHi-NRGチャートにおいて、ナンバー1に着いた

Hi-NRGスタイルとしてのカヴァー・ヴァージョン[編集]

レコード・レーベル[編集]

比較的多くレコードミラーのHi-NRGチャートに入ったレコード・レーベルは次の通り

その他のHi-NRGレコード・レーベル[編集]

日本版コンピレーション[編集]

ALFA INTERNATIONALより、『THAT'S Hi-NRG』がリリースされる。レコードでは楽曲のイントロからアウトロまでをフルに収録したノーマルなコンピレーションが、カセットテープではM.I.D.によるノンストップなメガミックスがそれぞれ発売された。

このコンピレーション商品は、『That's EURO BEAT』として以降シリーズ化されていくことになる。

出典[編集]

  • Jones, Alan and Kantonen, Jussi (1999) Saturday Night Forever: The Story of Disco. Chicago, Illinois: A Cappella Books. ISBN 1-55652-411-0.

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]